【第9話_胸の中】
玄関を入って、ふたりが靴を脱ぐ。
その瞬間だった。
ふらっ──。
「っ……!」
雨の視界が揺れる。
さっきから続いていた頭痛が一気に強くなり、息が浅くなる。
透がすぐに異変に気づく。
「雨?」
返事をしようとしても、声にならない。
ふっと膝から力が抜ける。
ぐらり。
──落ちる、と思った瞬間。
強く、しっかりと誰かの腕に引き寄せられた。
「ちょっと!雨っ!!」
透の胸に倒れ込む形になり、雨はかろうじて腕を伸ばすけど、掴めるものは透のシャツだけ。
「ご、ごめ……」
「謝るな。立ってられないじゃん…!」
焦った声。
でも優しくて、必死で。
雨の心臓は体調よりも、透の腕の温度のせいで速くなる。
透は一度も手を離さず、ぎゅっと抱き締めたまま体を支える。
「無理したの?ずっと」
雨は否定しようとする。でも言葉が出ない。
「……隠さないでよ。俺、雨が倒れるのなんて…見たくない」
そう言って、透は雨の額にそっと手を当てる。
「熱あがってる……」
一瞬で表情が変わった。
今度は優しさだけじゃない。
“守りたい”がむき出しになった顔。
「もう立たなくていい。俺が運ぶから」
「む、無理……っ」
「無理じゃないよ。ほら、腕まわして」
透の声がいつもより低くて、甘くて、命令みたいで。
雨は逆らえない。
震える腕で、透の首にそっと手を回す。
その瞬間。
「……いい子」
耳元で落ちたそのひとことに、雨の体温は一気に上がる。
透はひょいっと抱き上げるようにして、雨の身体を支えたまま部屋の奥へと歩き出した。
「ベッド、どっち?」
胸の中、揺れるような安心感。
雨は小さく指さすだけで精一杯。
透はその方向に向かいながら、小さく笑った。
「倒れるまで隠すなんて、ほんと…雨らしいよね」
その言い方は、優しさと好きが混ざった音。
ベッドまで運ばれた雨は、透の腕から離れるのが少し寂しく感じてしまう。
でも──。
透はすぐ隣にしゃがみ、雨の頬に手を添えた。
「もう大丈夫。俺が見るから」
距離が近い。
息がかかる。
鼓動が重なる。
倒れたはずなのに、雨の胸はさっきよりずっと熱くて苦しい。
──ここから、さらに甘くなる予感しかしない。




