乙女ゲームのモブメイドに転生したら、仕える闇落ち令嬢のお嬢様に別ゲーの推しが転生してました。
とりあえず、お試しで書いてみました。
連載するかは、評判を見て考えます
私、エリー・トワイトが前世の記憶を思い出したのは、数日前のことだ。
エトワール公爵家でメイドとして働く私は、その日もいつものように屋敷の中をせっせと掃除していたところ、不注意で階段の途中で足を踏み外してしまった。
そして、そのとき頭を強くぶつけたことがきっかけで、私の頭の中を知らない……いや、忘れていた記憶が駆け巡ったのだ。
私は前世で望月明という女子高生だったこと、そしてこの世界が、私が最後にプレイしていたゲーム『ローズ・エンペリア』の世界だということを思い出した。
『ローズ・エンペリア』は、いわゆる乙女ゲームで
光属性を持つ主人公が、イケメンヒーローたちと学園生活を送りながら、イベントや冒険を通して恋と絆を深めていく……そんな定番の物語だ。
このゲームのいちばんの特徴は、やっぱりその世界観。
乙女ゲームなのに恋愛要素だけじゃなく、魔法やモンスターが普通に出てくるから、RPG要素も含まれて、男女どちらでも楽しめるように作られていた。
そんな女性に大人気の乙女ゲームなのに――
「よりによってどうしてこのゲームなのよぉぉぉぉぉ!」
全てを思い出した私は、勢いよく頭を抱えた。
だってこのゲーム、友達から借りただけで、別に好きでもなんでもなかったのだ。
前世の私は、中学時代までソフトボールに打ち込んでいた。
けれど、病気で運動ができなくなってからは、部活に費やしていた時間がぽっかり空き、その穴をゲームで埋めていた。
その頃ハマっていたのは、主にアクションやロールプレイングといった、どちらかというと男性向けのゲーム。
恋愛にあまり興味がなかった私は、乙女ゲームにはまったく惹かれなかった。
そんな私がこのゲームをやることになったのは、高校で仲良くなったゲーム友達と、お互いのおすすめタイトルを交換することになったからで、そのときに渡されたのが、この『ローズ・エンペリア』だった。
借りるとき、友達がこのゲームの魅力や推しキャラの話を熱弁していたけれど、部活にすべてを捧げ、男女なんて呼ばれていた私は、特に誰かを推すこともなく、一度だけ全ルートをクリアして終わっていた。
まあ、ゲーム自体はそれなりに楽しめた。システムは王道RPGだし、ストーリーも悪くなかったと思う。
ただ、キャラを語るとなると……正直、これといって惹かれる人はいなかったかな。
ひどいことを言ってた男が急に手のひらを返してきたり、主人公にだけ妙に優しかったり、腹黒ムーブをかましたり――。
個人的には、好きになれるタイプのキャラがいなかったんだよね。
どちらかといえば、主人公の器の大きさで成り立っていたゲームだったと思う。
まあ、それも乙女ゲームの醍醐味だから、そんなことを言ったら元も子もないんだけどね。
そして、そんなゲームの世界に転生してしまったわけだけど……
私が転生したのは、主人公……ではなく、ヒロインをいじめる悪役令嬢……の姉に仕えてる、名前すら出てこないモブメイドだったのだ。
実際はゲームではないので、当然ながら登場人物たちにもちゃんと名前と身分がある。
その中で、悪役令嬢の姉にあたるリリス・エトワールは、ゲームで言うなら、いわば中ボスの立ち位置だ。
リリスは政略結婚で結ばれた両親のもとに生まれた、エトワール公爵家の正嫡の娘なのだが、生まれつき魔力が低いという理由で父から疎まれ、母の死後は屋敷の離れに追いやられていた。
公爵はリリスの母が亡くなった直後に、新しい妻を迎えたが、なぜかその時既に彼女は妊娠していた。
そして生まれたのが、リリスより一つ年下の妹、ユリス。
彼女こそがゲームでいう「悪役令嬢」であり、リリスに闇魔法を覚えるよう唆し、結果的に魔王復活の引き金を引くことになる。
誰からも愛されなかったリリスは、愛を求めるあまりユリスの言葉を信じ、闇魔法に手を出してしまう。
しかし、その力はやがて暴走し、彼女は主人公たちの手によって討たれ、命を落とすことになる。
……そんな、あまりにも悲しい結末を迎える人物だった。
そして、今は物語が始まる三年前なのだが、既にシナリオ通りに動き始めていた。
現在屋敷には私を含めて三人のメイドがいる。
この無駄にだだっ広い屋敷を三人で回すのも問題だが、ゲームのシナリオではリリスは二人のメイドから嫌がらせを受けており、彼女たちはろくに家事もしていなかった。
……その一人が私である。
そして、彼女の唯一の理解者である三人目のメイドこそ、義母の送り込んだ密偵だった。
その事を知った事で彼女の心は壊れてしまうのだが、もちろん私はそんなシナリオを阻止するつもりだ。
ゲームでは描かれていなかったが、メイドの二人は夫人からリリスを虐めるよう命じられていたらしく、私はそれを逆手に取り、虐めているふりをしながら親身に接していた。
この程度のことで闇落ちを防げるかはわからない。
それでも、できる限り親身に接しているうちに、リリスは少しずつ私に心を開いてくれるようになった。
私自身も情が湧き、この方の闇落ちを絶対に阻止しなければと、心に決めていた。
そんなある日のことだった。
「おはようございまぁぁぁす! お嬢様!」
部屋の扉を開けた私は、いつものように部活仕込みの元気な声で挨拶をする。
初めの頃はこの勢いに驚いていたお嬢様も、最近では小さな声ながら返事を返してくれるようになってい。
……のだが。
「ええ、おはよう。」
……あれ?
今日のその声は、いつもよりずっと落ち着いて聞こえた。
というよりお嬢様そのものに違和感を覚える。
いつもなら自信なさげに背を丸め、私たち使用人に対しても丁寧すぎるほど敬語で話されていたのに、
今日は違った。
背筋を伸ばし、どこか堂々としていて、その瞳には確かな自信が宿っている。
……まるで正反対。いや、まるで別人のようだ。
「どうかした?」
「え? いえ、なんか今日はいつもと違うなあって」
「へえ、どういうふうに見えるの?」
「え、えーと……いつもより堂々としていて、なんだか貫禄があるように見えます」
思ったことをそのまま口にすると、お嬢様は小さく笑みをこぼした。
「ふふ、さすがエリーね。私のことをよく見てるわ。とりあえず、いつものように着替えを手伝ってくれるかしら?」
「あ、はい。かしこまりました!」
そうして私は、いつものようにお嬢様の着替えを手伝いながら一日を始めた。
それから私は、仕事をこなしながら、しばらくお嬢様の様子を観察していた。
やはり話し方も、振る舞いも、漂う品位さえも、どこかいつものお嬢様とは違う。
……いや、違うなんてもんじゃない。まるで別人だ
……別人?
すると頭に思い浮かんだ言葉に、とある可能性が出てくる。
……もしかして、転生者⁉
普通ならそんな突拍子もない考えに至らない。
けれど、私にはその発想に行きつく理由があった。なぜなら、私も転生者なのだから。
思い立った私は、二人きりの部屋でタイミングを見計らい、思い切って口を開いた。
「あの……お嬢様、ちょっと変なことをお聞きしますが……もしかして、前世の記憶をお持ちだったりしますか?」
「……前世?」
お嬢様は一瞬、目を丸くして私の顔を見つめた。
そして次の瞬間――まるで何かが吹っ切れたように、静かに笑みを浮かべた。
「フフ……なるほど、前世、そういう事ね」
「という事はやはり――」
「そうね、私は前世の記憶を持っているわ。」
おお、やっぱり!
その言葉に思わず、頬がゆるむ。
この世界に、他にも転生者がいるなんて……やっぱり心強い。
「ということは、あなたも?」
「はい、実は私、前世では高校生だったんですよ」
「……高校生?」
お嬢様は小首を傾げて、ぽかんとした表情を浮かべた。
えっ? 高校生を知らない? そんな人、いる?
「はい、高校生です。お嬢様は前世で何をなさってたんですか?」
雰囲気的に少し大人っぽいし、やっぱり社会人とかかな?
「そうね、私は――王を務めていたわ。」
「お、おう?」
お、王ってまさか王族?
それとも……どこかのクラブの女王様とか?
うん、言われてみれば少しSっ気がある気もするし……。
いや、でももしかして海外の方?
転生が日本限定とは限らないし、それもあり得なくはないかも。
「えーと、私は前世で日本に住んでいて、望月明って名前だったんです」
「そう……日本という国は初めて聞くわね。私は、カーミラ・レイジー。レイジー帝国の出身よ」
レイジー帝国? ……どこそれ? そんな国、あったっけ?
私の知らない国? いや、でも――どこかで聞いたことがあるような……。
それに“カーミラ”って名前も……どこかで――。
カーミラ……カーミラ・レイジ―……
「……ああ! カーミラってまさか、怠惰の魔王――!」
そこまで言ったところで、私はハッとして口を押さえた。
カーミラ・レイジー……その名前を、私は知っている。
何故なら、それは――
私がどハマりしていた王道ファンタジーゲーム『エターナルクライシス』に登場する、七人の魔王のひとりの名だったからだ。
『エターナルクライシス』は、四つの大国が覇を競う大陸アムステルダムを舞台にした物語だ。
ある日、冥界から“強欲の魔王”を名乗る魔人が現れ、一つの国を滅ぼしたところから物語は始まる。
やがて強欲の魔王は、「七つの大罪」の名を冠した六人の魔王を従え、世界に宣戦布告をする。
主人公である若き王子は仲間を集め、伝説の聖具を求めて旅に出るそんな王道ファンタジーだ。
そして、その魔王のひとりが“怠惰の魔王カーミラ”。
怠惰とは呼ばれているが、その力は作中屈指。メインストーリーでは倒すことすら叶わず、裏ボスとして存在していた。
時には味方となり、時には気に入らない町を滅ぼすなど、やりたい放題に振る舞うまさに、その力の大きさゆえの怠惰なのだ。
そしてそんなカーミラは、私の“推しキャラ”だった。
圧倒的な強さ、美しいビジュアル。常に上から目線なのに、他者を見下さないカリスマ性。
そして、壮大な過去を背負いながらも、それを一切感じさせない凛とした姿。
そんな彼女に、私は完全に心を奪われていたのだ。
これは予想外だ、まさかゲームの世界に別のゲームのキャラが転生してくるなんて、余りの嬉しさに興奮で鼻血が出そうだ。
神様、私をこの世界に転生させてくれて本当にありがとう。
今なら、どんな宗教にも入信してしまいそうだ。
「どうかしたの?」
「い、いえっ! なんでもないです!」
私は、興奮を必死に抑えて冷静を装う。
「ふーん、まあいいわ。それよりあなた、この状況について、何か知っているのかしら?」
「ええと……はい、一応。」
私のいた世界では、転生というのは小説の鉄板だったので、その事を説明した後、私はこの世界のでのリリスの役割を伝える。
「なるほど、この世界はあなたの元の世界にあった物語の中で、このままだと私は闇堕ちして死ぬのね?」
お嬢様は、まるで他人事のように淡々と言った。
たぶん、この世界には“ゲーム”なんて概念もないだろう。だから、この世界が自分のもといた世界の物語の世界だと伝える。
「は、はい。なので――お願いです、闇魔法には関わらないようにしてください!」
これで、シナリオは回避できるだろう――そう、私は確信していた。
けれど。
「嫌よ。」
「え?」
まさかのシナリオ回避を断られる。
「どうして私が、あなたの指図を受けなきゃならないの?」
「え?だからこのままいくと、お嬢様は闇に囚われて――」
「その“物語”とやらに、私やあなたのことは書かれていたのかしら?」
「え? い、いえ……書かれてませんけど……」
「なら、この世界はあなたの知っている物語じゃない。つまり……その未来が来るとは限らないわ。」
静かな声で言われた言葉は、私の胸を刺した。
まるで、すべてを見通しているような眼差し。
私はただ唖然と立ち尽くすしかなかった。
「折角、新しい命に生まれてきたのですもの。私はこの世界でも、私らしく生きて、私を貫くわ。闇魔法が必要なら手を出すし、それで死ぬのなら本望よ。」
その堂々たる言葉に、なぜか胸が高鳴った。
そうだ、忘れていた。これこそ、私の知っている“怠惰の魔王”カーミラだ。
お嬢様はゆっくりと立ち上がり、私の方へ歩み寄ってくる。
まっすぐに見つめられ、息が止まる。
「あなたの知らない、私の新しい物語――見せてあげる。」
「は……はひ……」
触れてしまいそうなほど近い距離で、囁くように言われた言葉に、顔が一気に熱くなる。
堪えていた鼻から、ツーッと血が垂れた。
こうして、二人の新しい物語が始まった。
そして私が鼻血のエリーで知られるのは少し先の話である。




