隣国の留学生は聖女様?
「なあ、明日から隣国の留学生が来るんだろう?」
「聞いた聞いた。毎年恒例の交換留学らしいけど今年は凄いらしいぜ」
「凄いって、何が?」
「……その中に噂の聖女がいるらしい」
「あの……水竜を呼んで水不足を解消したって話のか?」
「そうそう」
「いやぁ、そんな重要人物隣国が出さないだろう」
「やっぱりそうかな……」
「でも、もしかしたらがあるかもな……情報仕入れにサロンに寄って帰るか」
わいわいと楽しそうに会話しながら下校していくクラスメートを尻目に、俺は黙々と作業を進めていた。
もちろん明日からの交換留学の段取りである。
男爵家次男に生まれ、そこそこ運動も勉強もでき、婚約者こそいないが、友人にも恵まれ順風満帆な人生を謳歌していたのだが、学園の高等部で第2王子と一緒のクラスになったのが運のつき。
見た目100%中身0%の王子に仕事を頼まれるようになり、というか仕事をほぼ丸投げされるようになり、しがない男爵家次男では断ることもできず、毎日放課後遅くまで仕事に追われていた。
そこへ来て今回の交換留学である。目の回る忙しさで猫の手も借りたいところであるが、中身0%の王子は取り巻きたちとさっさと下校し(いても仕事をしないから腹が立つだけなのでいないほうがマシだが)1人寂しく明日の段取りをしているのである。
そこにきて、今回の留学に隣国の聖女がくるかもという噂である。段取りしている俺でさえ、来る生徒の名前しか知らない。しかも無用のトラブルを避けるため、留学中は爵位を明かさないのが一般的だ。一般生徒と同じ扱いを望まない生徒はそもそもこの留学には来ない。
だから聖女が来るという噂も眉唾物だと思うのだが、万が一王子の耳に入ったらまたややこしいことになりかねない。これ以上いらん仕事が増えたら、倒れる自信しかないぞ。
はーっ
思わず大きなため息をついてしまった。
「お疲れ様です。またお一人で仕事ですか?」
気が付くと、目の前に絶世の美女が立っていた。
「セリーヌ様!?」
思わず、椅子から立ち上がる。
「すみません。驚かせましたか?」
「いえ……」
俺の顔が赤くなるのが分かる。
セリーヌ=ライナー公爵令嬢。
我が国の宰相閣下の一人娘で、第2王子の婚約者である。かなりの才女としても知られているが、何より謙虚な性格と誰に対しても平等に思いやり深く接する姿から学園の良心、白百合の君と言われ多くの生徒から慕われている女性である。もちろん白百合の名の通り、透けるような白い肌と銀色に輝く美しい髪が特徴の絶世の美女でもある。
「……また、王子殿下は仕事を放棄されているんですね……」
「いえ、私が好きでやっているだけですのでお気になさらず……」
セリーヌ様の顔が、ひどくつらそうに見えて俺は思わずそう答えていた。
「……お優しいですね。ダレン様は」
「……いや、俺は……」
儚げに微笑まれて、言葉を失ってしまう。
「私も手伝いますわ。今、ぱっと見ましたけれど、明日の準備このままでは間に合いませんわ」
「……ですが、セリーヌ様の手を煩わせるのは……」
そうでなくてもセリーヌ様も王子の王宮での仕事の大半を肩代わりしていると聞いている。彼女にこれ以上仕事を頼んだら倒れてしまいかねない。
「大丈夫です。……実は王宮の仕事はもうしないと昨日宣言してしまったんです。……王子の婚約者も同時におりる話がつきましたの。ですので、私以外と暇なんですわ」
「良かった!」
思わず本音が口をついて出てしまった。あの中身0%王子には本当にもったいない人だったから。しかも、頼ってばかりのくせして扱いは見ていられないほど雑なものだったし……。
でも、婚約解消したばかりの人に告げて良い言葉ではなかったかも。そう考えて、顔が青ざめる。
「……あの、すみ」
くすくすくす
セリーヌ様は笑って俺の言葉を遮るように言った。
「ありがとうございます!私も婚約解消できて本当に良かったと思っておりますの。ダレン様にそう言っていただけてなんだかスッキリしましたわ。さ、今の私は無敵ですわよ。一緒に仕事を片付けてしまいましょう」
そう言うと机と椅子を持って来て俺が広げていた書類を手に取った。
「隣国とは今と同じように良い関係を築いていきたいと思っていますの。ですので、来て良かったと言っていただけるように準備をしっかりしましょう」
「はい!」
セリーヌ様という最強のパートナーを得た俺は日が暮れるまでに全ての段取りを終えることができた。そしてそのまま、セリーヌ様を馬車まで送っていく。
「私と殿下の婚約解消の話ですが、今伝えると隣国の留学生の接待どころではなくなるのが目に見えているので、留学生が帰られるまでは内密に願います」
「分かりました」
俺だけが知っていると聞いてなんだか嬉しくなる。いつもは王子に対して愚痴しか出てこないが、今日だけはセリーヌ様と並んで帰るという役得ももらえて、ちょっとだけ王子に感謝したくなった。しかも王子、一ヶ月後に振られることが確定だしな。
次の日になった。今日はいよいよ隣国からの留学生がやって来る。学年もそれぞれ違うらしいが、警備の都合上全員同じクラスに入ってもらう手はずになっている。クラスメートも皆そわそわとどこか落ち着きがない。
「ダレン、隣国からの留学生の中に聖女がいるというのは本当か?」
やっぱり噂が王子の耳にまで入ったか。
「いえ、私が段取りをいたしましたがそのような話は聞いておりません」
「留学生の爵位などは分からんのだろう?それなら聖女がいる可能性も0ではないと思うのだが……」
聖女が来ていたらこの王子どうする気だろう……。俺が口を開きかけたその時、先生が扉を開けて教室に入ってきた。
「皆、静粛に今から留学生を紹介する。一ヶ月という短い時間だが是非しっかりと交流して、仲を深めてほしい。それでは、入ってくれ」
5人の女性が壇上に立つ。
……美しい。
思わず息をのんだ。
それはクラスメートも同じで全員が目の前に立つ4人の女性に見惚れていた。
「メイリアです。よろしくお願いします」
「サフィアだ。よろしく頼む」
「ミルティナです。仲良くしてください」
「ルルリナです。よろしくお願いします」
「クリスタです」
誰が聖女と言われても納得できる美女ばかりである、
最後に入ってきたクリスタという女性は、正直例外ぽいが。
留学生全員が空いている席に座る。
王子に頼まれて王子の横の席を開けていたのだが、最初に自己紹介したメイリア嬢が座る。金髪碧眼のスタイル抜群なゴージャスな美女である。既に王子は彼女に釘付けで目元を赤らめてぼーっと見つめている。
セリーヌ様の横も空いていたのだが、青い髪のサフィア嬢が座った。早速いろいろ話しかけている。
「ここ良いですか?」
俺の横にはクリスタ嬢が座った。茶色の髪に茶色の瞳、なんだかリスに似ている。
「はい!どうぞ」
いろいろ落ち着かない中ではあったが、普通に授業は進み、昼休みとなる。
王子は早速メイリア嬢を誘ってサロンに昼食を用意させるようである。
他の留学生は……
セリーヌ様がきちんと接待されており、それ以外の留学生はクラスの女子全員で昼食を食べるようである。
留学生全員が昼食を食べる相手がいることを確認すると、俺も学食に向かい昼食を食べた。
昼食後、留学生とクラスの女子は一気に仲良くなったらしくキャッキャと楽しそうに話をしている。
「レッド様が……」
「あの時の演出素敵でした!!」
なんの話で盛り上がっているのかいまいちよく分からないが、仲良く話をしているので問題ないだろう。
とにかく慌ただしい1日が終わった。
これなら、1ヶ月間なんとかなるだろう……とその時は思っていました。その思いもはかなく散ることとなる。
やはり、やらかしたのは王子である。
5人の留学生はやはり能力も高く、魔法の授業でも楽々課題をこなしていた。その中でもメイリア様が学力面も含め総合的に優秀であり、聖女様ではないかと噂されるようになったのだ。
その噂に踊らされるかのように、王子が婚約者がいるにもかかわらずあからさまにメイリア嬢ばかりを優遇するようになったのだ。メイリア嬢は無難にかわそうとされるのだが、それにも気づかずとにかくぐいぐいアプローチを続ける。しかもいつの間にかメイリア嬢を呼び捨てにしている。
「メイリア、今日の放課後サロンに行こう」
「いえ、私は先約がありますので……」
「先約など心配せずとも俺が断ってやる。さ、行こう」
ぐいとメイリア嬢の腕を掴み、そのまま教室を出かかる。
こんな具合に彼女の意思などお構い無しに王子という身分を盾にやりたい放題である。
もちろんそれを見たセリーヌ様も王子に苦言を呈される。
「王子、女性の腕を掴むなど……」
「うるさい、自分が相手をされないからと言って嫉妬か?醜いな。お前には関係ないことだ。はやく失せろ」
「王子殿下!!」
あまりの言葉に俺は思わず声を荒げてしまった。セリーヌ様になんてことをいうんだ。
「なんだダレン、こんな色気のない女に気があるのか?お前が望むならくてやらんでもないぞ」
その言葉にかっと頭に血が上り、王子に掴みかかろうとした俺を隣の席のクリスタが止めた。
「ダレン様、ちょっと聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
全く関係のない話をされて、なんだか毒気が抜けてしまった。その間に王子はメイリア嬢と取り巻きと共に教室を出て行った。
そして小声で言われる。
「……メイリア様は大丈夫です。セリーヌ様をお願いします」
そう言い残すと、他のクラスメートと留学生と共に教室を出た。教室には俺とセリーヌ様だけが残る。
「……セリーヌ様」
セリーヌ様は気丈に立たれているが、拳がかすかに震えている。うつむいているので表情は分からない。
俺は思わず、彼女の手を取った。
「俺じゃダメですか?身分差はありますが貴方を泣かせるような真似は絶対にしません」
ついに言ってしまった。
本当はずっと好きで陰から見つめてきたのだ。王子の態度がひどくなるにつれ、その想いを隠すことがどんどん難しくなってきていた。それが先日の婚約解消の話を聞き、だめもとでも気持ちを伝えようと思うようになっていた。
「……色気のない、賢いだけの女ですよ」
「そんなことは決してありません、貴方の良いところを俺はたくさん知っています。……それに俺にとっては貴方はいつも気高くて白百合のように綺麗です」
「……私でも良いのですか」
「貴方が良いのです……むしろ俺が釣り合いません」
「そんな……何事にも手を抜かず仕事もちゃんとされていて、しかも周りへの気配りを忘れない、そんなダレン様のことを……私もずっとお慕いしておりました」
俺はそっと彼女を抱きしめた。
「じゃあ両想いですね」
彼女も俺を抱きしめてくれる。
「……はい」
その日のうちに俺とセリーヌ様の家の間で話がつき、無事に婚約を結ぶこととなった。
本来なら身分差で反対されるのだが、セリーヌ様が王子のためにひどく無理をされていたのを知っていた宰相閣下が、娘を幸せにしてくれるのならと賛成してくれたため大きな反対も無く婚約することができた。
と言っても留学生が帰るまでは王以外の誰にも内緒なのだが。
そしてとうとう留学生が帰る日となった。最終日の夜は学園で晩餐会を開くのが習わしとなっていた。生徒は皆思い思いのドレスに身を包み晩餐会に参加している。
俺はセリーヌ様の色の入ったチーフを胸に入れ、晩餐会に参加していた。彼女も俺の目の色に合わせた深い紺色のドレスで参加している。
王子はもちろんメイリア様をエスコートして参加していた。
晩餐会も終盤に差し掛かり、いよいよ留学生からの最後の言葉となった。
4人がステージの上に並ぶ。
4人?クリスタ嬢はどこだろう?
「留学生を代表して、挨拶させていただきます」
皆を代表してメイリア嬢が、前に進む。
「ちょっと待ってくれ、これを機会に私から話がある」
それを遮るように王子がステージの上に立った。
「ここで私は宣言する。セリーヌ、貴様は私の婚約者でありながらここに立つメイリアに嫉妬し、彼女にひどいことをしただろう。そんなお前は俺の婚約者にふさわしくない。よってここに婚約を破棄することを宣言する。そしてメイリア、隣国の聖女である貴方こそ私の妃にふさわしい。どうか俺と結婚してほしい」
王子はメイリア嬢の前に跪くと、パカッと指輪を差し出した。そしてキラキラ輝く瞳でメイリア嬢を見つめる。
それに対するメイリア嬢の返事は……
「無理。絶対に無理。タイプじゃないのよ。筋肉がついてない男は私の中で男じゃないの。……それに聖女ってなんのことかしら……皆さんこんな男どう思いますか?」
「無理」
「無理」
「浮気男は死すべし」
女子生徒が口々に呟く。
王子は指輪を差し出す姿勢で固まっている。
「ダレン、ステージに!」
えっ?俺?
見ているだけだった俺を、周りの女子が背中を押しステージの上に上がらされる。
え?え?
これってどういう状況……?
「新しい恋人として昔の男に言うべきことをきちんと言いなさい」
「えっ……あの……」
なんで俺がセリーヌ様と付き合っているの知ってるの?
しかも皆が俺に注目しているし。
どうすれば……ええい、こうなりゃヤケだ。
「俺にとってセリーヌ様は最高に美人で可愛くて賢い人です。俺が幸せにしてみせますので金輪際近づかないでください」
キャー
女子生徒から歓声が上がる。
男子生徒も楽しそうに拍手している。
そして窓の外を見ると、風竜が顔をのぞかせている。
って風竜?
皆がその存在に気づき、動きを止めた。
「クリスタ上手くいったのね」
「はい!婚約破棄劇場のラストはやっぱり2人の逃避行かと思って、風竜を呼んでみました」
いや、いや、いや。
逃避行しなくて大丈夫。
俺達正式に王様にも認められた婚約者ですから。
「セリーヌ様、ダレン様お幸せに!なにか困ったことがあれば、いつでも隣国を訪ねていらっしゃい」
メイリア嬢が笑顔で手を振ってくる。
「これを渡しておこう。もし、裁判になった時用に王子のセリーヌ嬢に対するひどい言動をビデオにおさめてある。また活用してくれ」
サフィア嬢からは魔導具が渡された。
どうやら留学生たちは俺とセリーヌ様の関係を誤解しているらしい。確かに王子と婚約解消したことと俺と婚約を結んだことは言ってなかったけど。
「いや、あの実は……俺達正式に王様から婚約を認めてもらってるんです。だから逃避行は無しでお願いします」
セリーヌ様もステージに上がってくる。
「はい、言っていませんでしたが、私と王子の婚約は一ヶ月前に解消されており、先日ダレン様と新しく婚約を結び直しました。ですので、王子も浮気はしていません」
浮気はしてないけど、セリーヌ様に対する態度が酷かったから今回のことも自業自得だろう。
「え――!そうだったんだ……じゃあ風竜どうしよう。ここは婚約のお祝いに風で花びらを……」
と言いかけたクリスタの口を恐ろしく整った顔の男がふさいだ。
「いと気高き風竜様。召喚に応じていただきありがとうございます。ここより北の地の海が凪で困っております。そこに風を吹かせていただきたい」
「いや、花びら……」
男がキッと睨む。
「……はい、それで構いません」
クリスタ嬢はしぶしぶその言葉に頷いた。
「了解した。この国に幸多からんことを!!」
そう言い残すと、風竜は北の地へと飛び立って行った。
「なんでいるんですか?」
「いや……お前がなにかしでかしてるんじゃないかと毎日気が気じゃなくてな……」
「も――せっかく2人の門出を祝って花を飛ばそうと思ったのに」
「お前は馬鹿か。風竜を演出に使うやつがどこにいる」
「馬鹿って言った!しばらくエヴァンとは口をききません」
「……いや、馬鹿と言ったのは言葉のあやで……」
ステージの端でクリスタ嬢が金髪碧眼の男性に怒り、それを誤解だと男性が慌ててとりなしている。
「……あの男性、隣国の王子エヴァン様ですわ。クリスタ様を溺愛されているという噂でしたが本当だったんですね」
ステージをおりた俺の隣にはセリーヌ様が立っていた。
「クリスタ嬢が聖女と知ってたんですか?」
「いえ、正式にはクリスタ様は聖女ではなく、魔力量が多い王子の番らしいですわ」
「……そうなんですね」
ステージ上のメイリア嬢が皆に呼びかけるところも女子生徒から間髪入れずに声がかかったことを考えると、女子生徒は今回の話を事前に知っていたのか……。
「……皆が私達のために考えてくれたらしくて……ごめんなさい」
眉間にシワを寄せて、考え込んでいる俺にセリーヌ様が申し訳なさそうに呟く。
「いや……俺の言葉、セリーヌ様に届きましたか?」
「……はい。……嬉しかったです」
顔を赤らめる可愛いセリーヌ様が見られたからま、良いか。
「それではフィナーレです!皆さんバルコニーに出てください」
メイリア嬢が会場にいる皆に呼びかける。
ヒュー ドン
満開の花が夜の空を彩る。
「……クリスタ様、女子生徒の間では幸運の女神様って呼ばれてるそうですよ。彼女が関わる出来事はハッピーエンドで皆幸せになるからって」
「じゃあ、俺達も幸せになれますかね」
「ええ、きっと」
二つの影が一つに重なる。
「王子が固まったまま、動きません!」
「王が性根を鍛えなおすために騎士団に入れると言っていたから、騎士団の連中に迎えに来てもらえ」
ハッピーエンド?




