かくして、俺は最悪の形で主要キャラから外れたのである
真っ白で温かな光に、俺は包まれていた。
何かを、問われた気がした。
その問いに俺はーー
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『俺』には前世の記憶がある。所謂「成り代わり」というやつではなく、ちゃんと世界に生を受けてる……はずだ。そうであってほしい。
『俺』は生前、社畜というやつだった。享年36歳、事故死である。そんな記憶を生まれながらにしてもっていたため、生まれた瞬間産声をあげることが出来なかった。
できなかったが故に、母親は阿鼻叫喚。甲高い声で「生きて!!!!」と叫ばれた時は死にかけたし、その形相と言ったら恐ろしいもので、今でも時折悪夢として夢に見る。
精神年齢36歳、本気で泣いた。今では笑い話ではあるが、トラウマでもある。
さて、そんな三十路すぎである『俺』は、とにかく泣かず、笑わない子であった。それはそうだろう、何せ36歳まで生きていたのだ。他の子供よりも達観しているに決まっている。
しかし、そんな『俺』を両親は気味悪く思うことなく、愛情いっぱいに育ててくれた (またの名を過保護という)。
(前世の記憶はバクなのだろう..そのうち忘れる)
当時、強制赤ちゃんプレイをさせられていた『俺』は悟りを開きながら思っていた…そう、思っていたのだ。
それは、よくある夏の日のことだった。
夢、腐、女体化、パロ、悪堕ち、死ネタ、逆行、転生、成り代わり、クロスオーバー..エトセトラエトセトラ。
ありとあらゆる世界線の記憶を三歳の時に、突如として脳内に溢れたーー「これぞまさに存在しない記憶じゃん (笑)」とか言ってる場合ではなかった。吐いた。吐いて吐いて、胃が空っぽになっても吐き続けた。顔が鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった。とにかく怖かった。熱も出た。下がったり上がったりを繰り返していたが、少なくとも一ヶ月以上は熱に魘されていただろう。その為、病院への入退院を繰り返していた。幼心に今世の両親に申し訳なく思ったが、こっちとしても強制SAN値チェックを余儀なくされたのだ。許容して欲しい。
信じられるだろうか? 昨日まで一緒に遊んでいた幼馴染とデキていたり、殺し合ったり、ヤンデレられたり、一人の女性(それか男性)を取り合ったり、ときに分け合ったり。なんなら、近所に住んでいた年上のお兄さんともデキている世界線もあった。
数年後に入学するであろう学園にも、そういう関係になった人がいるのだろう。
俺は恐怖した。この気持ちがわかる人がいるだろうか? 記憶が溢れてからというもの、俺は幼馴染を健全な目で見れなくなった。
幼馴染が目に入ると、彼と結ばれたであろう世界線の俺がしゃしゃり出てくるのだ。
ー愛おしい。好きだ。愛してる。可愛らしい。そばにいて欲しい。一緒に死んで欲しい。閉じ込めたい。ひとつになりたい..
兎に角、その世界線の俺の性癖諸々全てがダイレクトに表に出るのだ…無論、嫌われた。はい、幼馴染の彼に嫌われてしまった。
別の世界線の俺は泣いた。ドン引きするほど泣いていた。一応、同一人物ではあるが他人のフリをしたかった。
何せ、少なくとも『俺』は幼馴染を愛おしいとは思ってないのだ。好きだとか今度こそ添い遂げたいとか、そんなこと微塵も思ってないのだ。
わかるだろうか、このチグハグさを。
子供というのは悪意に敏感である。大人が気付かないであろうことにも気付くことがある。
幼馴染は、俺のこのチグハグさを気味悪く思ったのだ。
それはそうだ。口では「愛しい」だの言ってるくせして、顔は真顔。なんなら死んだ魚の目をしている。そりゃあ、怖かっただろう。正直悪かったと思っている。でも、体が言うこと効かないのだ。
そもそも、三歳児 (精神年齢36歳)VS別世界線の俺 (年齢不明)と戦わせること自体が間違っている。力の差がありすぎるのだ。何せ、この世界にはどうやら「魔法」が使えるらしい。魔法が使えない一般人が魔法を使える俺に勝てるか? 勝てるわけがなかった。
幼馴染は、別世界線の記憶を繋げるに「大魔法士」になる男なのだ。将来的には数百年振りの「大賢者」になる、将来有望な男である。
そんな男となんの力も持っていない俺が戦ったらどうなると思っているのだ。負けるに決まっているだろう。精神的にも、相手の方が屈強なのだ。鋼のメンタルともいう。恐ろしいことに嫌われても尚、「アイツは惑わされているだけ。すぐに自分の元に帰ってくる」と本気で思っているのだ。幼馴染の彼は早く逃げてくれ、俺が法を犯す前に。
あと地獄の記憶整理中にわかったのだが、今は魔王との戦争真っ只中。俺は十五歳の時に学園を通じて戦争に送られるらしい。勿論、そこで死んだ世界線は多くある。誰が好き好んで自分とそっくりの男が死ぬところを見なければならないというのか。一時間で五回は吐いてきた。しかし、この膨大な記憶を整理しなければ、『俺』は今どの世界線の俺になっているのかわからないのだ。全ての記憶が混在し、俺が『俺』を見失ってしまう。最悪、悪堕ちとかいう二番煎じ (ところではないが)になる可能性がある。ちなみに、11歳になった今でも、『俺』は今どの世界線の俺なのかはわからない。
そんな俺の中に存在する記憶は、支部や他サイトの小説やイラストが含まれている可能性が高いことに最近気がついたのだ。棒邪神のシナリオの記憶もあるし、ちょっと春画な内容の記憶もある。快楽堕ちの記憶も存在する。
吐き気がしてきたのでSAN値チェックのお時間です。俺は既に失敗しているが。
そう、初めに「成り代わり」ではないと思っていたが、ワンチャン成り代わりの可能性が出てきた。しかし、『俺』は俺の顔を見た事も聞いたこともないし、幼馴染の顔も近所に住むお兄さんの顔も初めて見たのである。
つまり、俺の知らないアニメ、漫画、ゲームの可能性が出てきた。その代わりに、全世界線の記憶を保持することになったが……あまりにも釣り合っていなさすぎる。こんな記憶を持つくらいなら何も知らないまま死んだ方がマシだ。泣いてもいいだろうか? いいや俺は泣くね。
まぁ紆余曲折ありながらも、(別世界線の記憶通りの)学園に入学することができたのであった。
ただひとつ記憶通りではないのが、俺の周りに人が一切いないことぐらいだろう。
それもそのはず。別世界線の俺の自我があまりにも強すぎるせいで、一切『俺』の中に抑え込むことが出来ないのだ。我ながら、自我が強い。賞賛するわけないだろ。さっさと記憶の彼方に死ね。
勘のいい人なら察したと思うのだが..幼馴染同様、別世界線で恋人、宿敵、番、浮気、etcに当てはまる人に全員ちょっかいをかけてしまったのだ。いやぁ..それはもう、並大抵のヤンヘラが気にならないほどに。
結果、孤立した。そりゃそう。あんな言葉に出したくないほどの所業、『俺』は見たことも聞いたこともなかった。なんなら、知らないまま死にたかった。なんていうんだろうか、人の悪辣さと醜態、この世の全ての業を寄せ集めて煮詰めたような..そんな、簡易的な地獄だった。
一番の地獄は、暴走する別世界線の自我たちを止められず、指加えて見ることしかできなかった『俺』だが。
「法に触れているだろう」と言いたいときや、「コイツを法で裁けないのバグだろ」と言いたくなる行為を両手両足では数え切れないほどした。別世界線の俺が。『俺』は無罪である。
以上のことを踏まえ、敢えて神に問おうーー『俺』が何をしたというのだ。
社畜生活送っててまだ36歳なのに事故死した『俺』になんの非があるというのだろうか『俺』はどちらかというと被害者だろう。
この際魔王でもなんでもいいから助けてくれ……
まぁ、混在する記憶の中には魔王討伐を達成した世界線もあるが。
ーーーー
さて、学園生活では何があったのか。一部抜粋しながらあげようではないか。完全被害者である『俺』の強制SAN値チェック必須な黒歴史(という名の人間の醜態と冒涜を寄せ集めて合体したような産物)を。
ーーーー
ある日の授業中、魔法式の応用例を問われていた。
教室は静まり返り、誰も手を挙げない。
その瞬間、俺の中で何かが叫んだーーそう、勤勉な世界線の俺だ。
「……これだ!」
気付けば口が勝手に動き、意味不明な言葉を発している。
内容は、いや、内容というか……絶対に普通の子が言ってはいけない何かであることは、声の調子だけでわかる。何らかの禁忌に触れているであろう言葉と、実際にその魔法によって起こった18歳未満が聞いてはいけない事件(時間軸的には、数年後に起こる事件である)。
周囲の視線が一斉にこちらへ向く。
『俺』は座ったまま、目だけを必死に逸らす。顔は微かに熱を持っていた。
だが、勤勉な俺は止まらない。勤勉な世界線の俺は、知識をひけらかすことに性的欲求を覚えるのだ。はい。下半身に熱が溜まってきた。死にたい。なんでこういう時だけ体は反応するのだろうか??
冷たい視線を浴びながらも、『俺』は心の中で叫ぶ。
(違う、俺じゃない! 俺は無罪だ! 頼む誰か俺の口を縫い合わせてくれ!!!)
だが口は止まらないし、勤勉な俺も止まらない。
声にならない声で、俺自身も聞いたことのない語句が出続ける。言葉が発せられる度に、教師の顔つきがどんどん険しくなっていく。ごめんなさい、本当に。誰か一回『俺』の記憶を全削除してくれ。廃人になるのほど消してもいいから。
教室は凍りつき、時間だけがゆっくりと進む。
そして『俺』は、ひたすらその異様さに震えるしかなかった。
『俺』は空を見上げた。いい..天気ですね。
~~~~
そしてまたある時の実技授業。
『俺』は魔力測定用の水晶に触れた。
瞬間、水晶の奥で何かが蠢き、光と影の混ざった映像が浮かび上がる。
「うわ……な、何これ……」
隣のクラスメイトの声が震える。視線が水晶に釘付けだ。
映像は……まあ、どう表現すればいいか…別世界線の俺(一番残虐性の高い世界線)の魔王討伐の瞬間である。戦場はどこかの国..まぁ言わずもがな、この国である。辺りには赤が飛び散り、動いている者は魔王と、魔王と対峙する俺だけであった。俺の高笑が教室に響く。グロテスク満載な..言ってしまえば、検索してはいけない言葉並のグロさがある。はっきりというが、どちらが魔王なのかわからない。とにかく、子供が見てはいけないものだという空気だけは確かに漂っていた。ごめんね、未来ある若者たち..この世界線の俺は生まれつき人の心が欠落していたんだ。
段々と、画面に向けられていた視線が俺に向けられる。
俺は座ったまま、心の中で叫ぶ。
(違うんだ俺じゃない! 俺は無罪だ!)
しかし口は勝手に動き、吐き出す言葉はただ一言ーー
「誇らしい……」
教室中が静まり返る。
いや、静まり返るどころか、空気が凍りついたと言っていい。
俺はただ、手元の水晶から目を離せず、震えるしかなかった。
うん、今日も天気がいいね!!
~~~~
またある日の歴史の授業中、教師が淡々と尋ねた。
「この戦争で亡くなった英雄の名前は?」
その瞬間、『俺』の脳内で別世界線の映像が走るーー一種の存在しない記憶である。
映ったのは……うまく言えないが、俺が知ってはいけない関係にあったその人物の最後の瞬間の記憶だった。まぁ、そんな人物も今世では『俺』を嫌悪して嫌っているがな! ガハハ!! はぁ..
胸が締め付けられ、全身の血が逆流するような感覚。
俺は気づけば机を叩き、立ち上がっていた。
「お前は生きるって言ったじゃないかァ!」
声は教室中に響き渡り、静まり返った空気だけが残る。俺の頬に涙が伝い、机に水溜まりを作った。精神年齢36歳+11歳、(不本意な) 男泣きである。『俺』は遠い目をした。教師は眉間に皺を寄せ、頭を抑えていた。ごめん、可愛げ所がキチガイな生徒で..
クラスメイトの目が俺をじっと見つめる。
俺はただ、震える手で机を握り、心の中で叫ぶーー
(違う、俺じゃない! 俺は無罪だ!)
だが口から出るのは、どうしても制御できない一言。
「ごめん、でも……誇らしい」
空気が張りつめたまま、授業は再開される。
しかし俺の頭の中では、別世界線の俺とその英雄の会話が延々と続いていた。そう、夜の営みまで..俺は、そっと空を見上げた。
わぁ、なんていい天気!!
~~~~
まぁ、やらかしエピソードは他にもあるが、抜粋に抜粋を重ねた結果。
放課後、『俺』は図書室に行く→別世界線の知識欲旺盛な俺が暴走して、未知の禁書に手を出す。ちなみに今も教師にも他生徒にもバレていない。
クラスメイトと共同作業中→「絶対に知らないはずの”とある二人”の関係」を口走ってしまう。ちなみに”とある二人”は過去の偉人のことだ..お察しの通り、過去に飛ばされるとかいうご都合展開があった世界線の俺だ。
ここまではまだマシな方なんだ。俺の心とクラスメイトたちの冷たい目線だけで済むから。
でもな、別世界線の俺の恋人、宿敵etcだった人が目の前を通っただけで
(あ、アイツとあんなプレイしたな)
(俺のことを殺しやがって)
とか思うのやめようよ。相手からしたら愛憎と性欲を向けられているだけだから。恐怖だから。そんなんだから『俺』は嫌われるんだよ。精神年齢36歳に11歳の子供の冷たい視線と言葉は効くんだよ。特攻武器なんだよ、武器を下ろせ。俺を殺してくれ、頼むよ。なんで精神年齢的に年下な人などに発情して欲情して劣情を抱いて殺意を抱かねばならぬのだ。可哀想だろ、可哀想すぎるだろ『俺』。
ーーーー
まぁ、そんなこんなで運命の15歳の時。
こんな頭の可笑しい記憶と感情に挟まれ、胃が爆散し頭を抱えている『俺』は無事に三年生になれた。こう見えても、『俺』は努力家なため留年の危機もなかった。成績も学年トップ、外見だけ見たら優等生なのだ。時々、
「お前みたいに頭の可笑しい人間が成績トップなはずがないだろう!!」
そうイチャモンを付けられることが多々あるが、言い返せない。傍から見たら『俺』はただの気狂いである。悲しきかな、誰も『俺』の異常な発言に突っ込む人はいなかったのだ。触らぬ神に祟りなし。頭の可笑しい人には関わりたくないのだ。
相も変わらず友人ひとりできなかった。理由は言わずもがな、『俺』は今日も今日とて頭を抱え、生き恥を晒し続けている。ああ、お労しや『俺』。
15歳になってからというもの、『俺』はビクビク震えて過ごしていた。何せ、別世界線の記憶では15歳になったときに教師に呼び出され、魔王と人間の戦争に駆り出されるのだ。そしてーー
魔王を倒した。
何も出来ぬまま死んだ。
戦死した。
仲間を庇って死んだ。
悪堕ちした。
救済された。
愛しい人が死んだ。
エトセトラエトセトラ。
『俺』にはありとあらゆる世界線の記憶があるのだが..大抵の世界線の記憶では、「魔王を倒したあと」が見えなかった。真っ暗だった。まるで、打ち切り漫画を読んだ気分だ。中途半端な終わりだった。多分、「魔王を倒すこと」が終着点なのだろう。
だが、明らかに二次創作っぽい記憶では「魔王を倒した」その先があった。在学中に恋人同士などになった相手とのささやかな日常。自信に溢れた未来。そこに紛れる現パロ。棒死神やメロンパンがいる世界とのクロス..まぁ、色々あった。
果たして、この世界線では”先”があるのだろうか? その先には、一体何が待っている?
友も居ない。恋人もいない。目標もない。
この学園に在学中、楽しいことなどひとつもなかった。あるのはただ一つ、忌まわしい黒歴史だけである。
もしも、この世界線に「魔王討伐」後の未来があるのであればーー『俺』は、何になれるのだろうか。
そんな疑問が、終ぞ浮かび上がっては消えていった。
一月、二月、四月、八月..刻一刻と時間が迫っているというのに、『俺』は声をかけられることがなかった。
主要キャラであろう幼馴染や先輩の一部は覚悟を決めたような顔をしていると言うのに。
記憶の通り、『俺』が一方的に知っている人が着々と学園から戦場に送られる。
だが、ただ俺だけが呼ばれなかった。
九月、十月、十一月、十二月..
ーーーそして、年が明けた。
魔王は、『俺』の幼馴染一行に打ち倒された。俺の知らないところで、全てが終わった。
『俺』は、戦場に行くことも、声をかけられることもなかった。『俺』は、主要キャラであるにも関わらず、何もなく学園で過ごすことが出来た。
暫く謎の喪失感に悩まされていた時、気がついた。
(別世界線の俺の自我が消えている..?)
あれだけ俺を翻弄し、滅茶苦茶にした自我が綺麗さっぱり消えていた。あんなに鮮明だった別世界線の記憶も、だいぶ薄れていた。
(なぜ、どうして? 『俺』をあれだけ困らせ苦しませたのに、どうして消えているんだ?)
そのとき、はたと思い出した。
俺が世界に産まれる前ーー前世『俺』のが死ぬ直前。
泣きたくなるほど癒してくれる温かな光の中で、誰かに問われたことを。
ーーー「貴方にチャンスを与えましょう」
驚くほどゆったりしていて、眠気を誘う声だった。
ーーー「貴方は、何を願いますか?」
その問いに、俺は..
『もしも、転生先で主要キャラなるものであれば。それから外れたい』
誰かは、一瞬驚いたような顔をしてから、楽しげな笑みを浮かべて、両手を広げて言っていた。
ーーー「いいでしょう、叶えましょう!
手段は問いませんが」
気が付けば、『俺』はそれに頷いていた。
頷いて、そうして生まれた。
『俺』は空を仰いだ。
なるほど、確かに突然求婚してしたり発狂したり……とにかく頭のネジが数百本ぐらい外れているであろう輩に世界は任せられんわな。
確かな納得と涙が同時に出た瞬間であった。