愛した罰を受けるから
床が冷たい。
心地よくて床の一部になりたいとも思う。
友人達のはしゃぐ声、ビール缶の開いた炭酸の音、何人もの足音に、既にほろ酔いの友人が奏でるギターの音。
耳から入り込む情報だけで、起き上がらなければいけない絶妙なタイミングを見計らっている。
極力動きたくは無い、みんなの輪の中の端で置物のように静かに存在していたい。
そうしてまた床にめり込んでいく。
「遅れてごめんねー!」
申し訳なさそうに足早に駆け込む女子の先輩達、数名が家に上がり込む。
誰にも聞こえない小さな呻き声を上げながら、そろそろ飲み会が始まることを察してモゾモゾと起き上がる。
「お酒何飲む?」
「あー、ビールでいい。」
「はーい、どうぞ。あと、はい!おつまみも!」
僕の友人達は心優しいため、無気力な僕の面倒を見てくれる。やはり持つべきものは友だ、間違いない。
「じゃあみんな、乾杯!」
そうして始まった大学のサークルの飲み会も、夜が更け数名が目を閉じ脱落したところで、しっぽりと語る会に変わった。
「別れる時に見せる優しさは残酷すぎる。」
男女の別れ際でよく起こる中途半端な優しさについて、生き残った友人達が鬼の剣幕で討論を繰り広げている。
「でも、言い方きつかったら悲しくない?」
「だからあんたは悪い男に引っかかるんだよ。」
先程、遅れてやって来た女の先輩は悪い男に引っかかりやすいらしい。
何度か行われたサークルの飲み会では初めて見る顔だが、確かに良くない男の後ろを着いていきそうな顔をしている。
僕は男女の関係が面倒臭くて嫌いで、人生でも度々起こった恋の瞬間を避けて歩んできた。
いや、さすがに数回はあるが、その数回でウンザリしてしまった。
そして何より、本気で愛した人と別れる辛さを想像すると、恋をしようとは到底思えない。
そしてとうとう、男女のあれこれについて語っていた友人達も1人を残して全員が目を閉じ床に伏した。
目を開けているのは僕と、悪い男に引っかかる女の先輩だけになった。
「まだ寝ないの?」
「眠気のピーク過ぎました、外でタバコ吸ってきます。」
「あ、私も着いてく!」
暇なのか、寂しいのか、余程他人に興味があるのか、喫煙者でもないのにヘビースモーカーの僕に着いてきてしまったため、外に出る前に膝掛けを手に取った。
腰を下ろし煙草に火をつけようとすると先輩が
「火、つけてあげる」と頼んでもないのにお節介を焼いてきた。こういうところが悪い男を引き寄せるんだろう。
だが、正直僕はこの時、隣にいるこの女性に惚れていた。一目惚れというやつだ。
顔も体型もタイプでは無い。
そんなに話しても無い、内面など何も見えていない。
けれど自分の気持ちに何度も問いただすと同じ返事がくるため、認めざるを得ない。
そんなことは頭の片隅に置いて、二人で記憶にも残らない何気ない会話を重ねた。
目が覚めると朝だった。
語り終えると部屋へ転がり込み、また冷たい床にめり込んだとこまでは覚えている。
だが自分に掛かっていたこの薄い毛布には覚えがない。
友人達はまだ寝ていたが、あの先輩はいなかった。
あれからしばらく経ち、何気ない会話を日々重ねてあの女の先輩とはご飯に行く仲になっていた。
今日は焼肉に連れて行ってもらえた。
ただ焼かれた肉を皿に置いてもらい、それを食べるだけで
「かわいいね」
と言われた。
今日だけではない。
ご飯に行くと毎回言われるし、ご飯の時以外にも何気ない瞬間に言われる。
「何がそんなに可愛いの。」
「えー、わからないけど、なんとなく?」
「...天然って言われません?」
僕達のデートは毎回こんな感じだ。
何も分かっていない僕と、何も考えていない先輩。
友人には、
「天然カップルでお似合いじゃん!」
と言われ、僕が天然だと思われていることに衝撃を受けてしまった。
「そういえば、どうするの?」
「何が?どうもしないけど。」
「好きなんだろ?付き合うの?」
そんなこと考えもしなかった。
今の関係で僕は十分だし、彼女から好きとは一度も言われていない。
ましてや、振られてしまえば今の関係に終止符を打つことになる。
「付き合わないよ。」
「えー、他の人に取られるよ?」
それは、いけない。
なんとなくそれは嫌だ。
「取られるのは、嫌だな。」
「じゃあ告白しな!」
告白、かぁ。