氷の女帝が婚約相手に選んだのは城下町の少年だった
この国のトップに降臨しているのはリリル・ヴァーシアス、通称:氷の女帝。
なぜ、彼女がそう呼ばれているかというと、それは血も涙もない冷酷さとまるで氷のように冷たい目、そして透き通るほど美しいその姿からそう呼ばれていた。
そんな彼女が誰かに心を許すなんて、永劫訪れることはない。
そう思われていた。
◇
「リリル様...本当に行かれるのですか?」
「実態も見ずに大変だなんてそんなこと言っても説得力はないだろう」
「し、しかし...やはり危険ですよ」
「そのための護衛だろう?」
「...はい」と、護衛担当のライクはポツリと呟く。
そうして、我々の護衛の元、リリル様は城下町に向かうのだった。
◇
「...おい、あれ」「馬鹿!目を合わせるな」「肌が触れようものなら一瞬で殺されるぞ」
城下町の人間は私に怯えながらそんなことを言う。
いい。私は別に好かれたいわけではないのだから。
しかし、ここは変わらないな。
いつ来ても空気が澱んでいて濁っていて...。
そんなことを考えながら歩いていると、前を見ずに歩いていた子供が私にぶつかるのだった。
そのまま私を見上げながら、羨望と...嫉妬の目をこちらに向ける。
...少年?少女?と見まがうほどに美しいその顔に見惚れた。
でも、おそらく少年だろう。
「あ、あいつ!馬鹿!」と、誰かが叫ぶ。
そして、少年はすぐに私を見上げて目に涙を溜める。
それは頬が煤で汚れている汚らしい少年だった。
...その顔は一生忘れることはないだろう。
氷固まった私の胸を脈打たせ、高ならせるほどの衝撃が走った。
すぐに護衛達が少年に銃を構える。
「曲者!両手を上げて地面に伏せろ!」
少年は言われるがまま、怯えながら両手をあげて地面には伏す。
「...」
「この方を誰だと思っている!この方はな...、この国の頂点に立つお方だぞ!それにこのドレスも貴様では想像もつかないほどの金額で作られているんだ!それが煤で汚れたお前のような下民が...死をもって償え!」と、引き金を引く。
「...連れて行きなさい」
「...え?」
「城に連れて行きなさい」
「...か、かしこまり...ました」と、ここではやらないのか?と首を傾げる護衛を無視して少年を連れていくのだった。
◇
城に戻ると私はすぐに少年を私の部屋に呼びつけた。
「...連れて参りました」
「ご苦労。下がっていいわよ」
「は?な、何を仰いますか!このような得体の知れぬ下町の下民と2人きりなんて「護衛は不要よ。2度同じことを言わせないで。ここにくる前に身体検査は終えてるはずでしょ?それなら問題ないはずよ」
「し...失礼しました」と、そのまま引き下がる護衛。
床に正座し、プルプルと震えながら私を見上げる少年。
怯えた子犬のような表情に私の胸はより一層高なる。
「...あなた、名前は?」
「...シ、シンク...ラズベルト...でご、ございます...」
「...そう。シンク。お仕事は何をしてるの?」
「...煙突の...掃除など...です」
「そう。とりあえず、まずはお風呂に入って着替えてきてくれるかしら?」
「え?」
「私は2度同じこというのが嫌いなのだけれど」
「か、かしこまりました...」
すぐに執事を呼びつけてお風呂に案内するように伝える。
◇
「お、お待たせいたしました...」
こ綺麗になって帰ってきた少年は相変わらず椅子ではなく、椅子の横に正座する。
「椅子に座っていいのよ?」
「い、いえ...ぼ、僕は...」と言いながら私の方をチラッと見上げて先ほどのことを思い出してか、急いで椅子に座るシンク。
「あら、理解が早い子は好きよ?」
「...あ、ありがとうございます...」
「さて、話の続きといこうかしら。あなた、ご両親は?」
「ふ、2人とも...もう...い、居ないです...」
「...そう。それは残念ね。じゃあ、あなたは1人で生活していたの?」
「...はい」
「そう。よくここまで頑張ったわね」
「...ぼ、僕は...こ、殺される...のですか?」
「そんなことしないわ。だってあなたは私の旦那様になるのだから」
「...へ?」
それからすぐに国内はざわつき始めるのだった。
あの氷帝が結婚するらしい。
それも城下町に住んでいた少年と結婚という事も相まって、噂が噂を呼び真偽も不明な中、いよいよ結婚の発表がされるのだった。
◇
「...本気ですか?お嬢様」
「本気よ。早く準備を進めてくれる?」
「...かしこまりました」
そうして、私とシンクは無事結婚することとなった。
結婚当日はそれはそれは非難と嘲笑と下卑た妄想で溢れていた。
けど、私はそれでも一向に構わなかった。
いや、そんな目線が嬉しいまであった。
シンクは怯えながらもなんとか仕事を全うしようと、一生懸命自分を演じていた。
そんな姿がたまらなく愛おしくて、より一層彼のことを好きになってしまうのであった。
「...どう?幸せかしら?」
「はい!幸せです!!」と、彼は笑った。
その笑顔はとても美しかった。
そうして、私たちは歩み始める。私たちの道を。