表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の娘  作者: 大島 有
8/83

8話 絵梨香の告白

俺が驚いたようにあいつの顔を見ると、彼は戸惑ったように、慎重に言葉を選びながら続けた。

「だってそれは、その、絵梨香ちゃんからはほんと長い間、何通もの手紙をもらっていて、ずっと〝パパに会って〟って言われていて。

でもそれは絵梨香ちゃんの思いだけで、悟がほんとに思っていることはわからないし。乃理子さんと離婚した事も彼女から聞いていた。だからママのことは考えずに、とにかく会って欲しいって言われていて。でもあれから何年も経っているし、悟には悟の生活があるだろうし。」

最後まで言わせず口を挟んだ。

「会いたくないって、そんな事思うわけないだろう。」

つい、娘の前だってことを忘れてあいつの肩を掴んだ。


ニューオリンズにいる間、絵梨香はずっと隆博に手紙を送っていたらしい。

それをついこの間聞いたばかりで、びっくりしてまだ気持ちの整理がつかない部分もあって。


ニューオリンズ。帰国の一週間前。

絵梨香に急に話があるとイーストパークへ呼び出された。

「話があるなら家で話せばいいだろ。」

と言うと、

「たまにはいいじゃない。大事な話なのよ。」

そう答えた。

よく考えてみれば、あれは彼女なりに緊張していたのだろう。

話すことを何度も何度もためらった後、思い切って話をしようとした。たぶん、家ではなく、どこか違うシュチュエーションでならうまくしゃべれるんじゃないかと彼女は考えていたのかもしれない。


イーストパークは自分たちの家から少し郊外に入った場所にある大きな公園だった。

大きな噴水と展望台がついたタワー。自由に散策して歩ける芝生の広場。休日になると家族連れやカップルがピクニックをしたり、フリスビーやバトミントンをしたりする市民の憩いの場所だ。

彼女が指定した公園の入り口まで来ると、絵梨香はもう来て待っていた。

「遅いわよ。」

「悪い。会議が長引いて。」

俺は仕事を抜けてきていた。

でないと、昼間の明るいうちに絵梨香と話をすることなんてなかなか出来ない。そのくらい仕事に忙殺されていた。休日も殆ど取れなくて、彼女ともすれ違いの日々が続いていた。

でも、これも日本に帰るまで。日本に帰れば少しは時間にゆとりも出来るはずだった。


「で、何。何の話?ガイとなんかあった?それとも、一泊でリジーワールドへ旅行に行きたいから許してくれとか、そういう話?」

てっきり大事な事で、家では言いにくい話なんて、当時彼女がつき合っているボーイフレンドのガイの事かと思っていた。

「違うわよ。」

「一泊はだめだ。まだ、子供なんだから。卒業してからなら。」

「だから、違うわよ。ガイのことじゃないわよ。」

「ふうん。」

芝生が延々と公園内のタワーまで続く道を歩きながらしゃべり続けた。

真夏の日差しが照りつけるように暑いが、木陰に入るとそうでもない。

「そこに座る。」

絵梨香がそう言って、近くのベンチに腰を下ろしたので、俺も同じように隣に座った。

「で、何?パパ仕事に戻らないといけないんだから。」

「少しくらいいいじゃない。パパいつも帰り遅いんだから。私とゆっくり話をする時間あまりないでしょ。」

「悪いな。わかっている。」


自分がいつも仕事で遅いし絵梨香も学校があるので、ここへ来てからずっとハウスキーパーのマーサを頼んでいる。彼女はたぶん自分の母親くらいの年齢の年季の入ったベテランで、家事の事から絵梨香の事まで面倒をみてもらっている。

「あの、もうすぐ日本に帰るでしょ。」

「ああ、楽しみだな。」

「それで、その前にパパに話しておきたいことがあったの。」

「うん。」

「私パパに隠していた事があるの。」

「どんな?」

彼女が隠している事。オープンな性格の彼女にしては珍しい。このくらいの年頃の女の子だと、父親とはあまり話をしない子も多いのに、彼女は学校の事からボーイフレンドの事まで結構話をしてくれる。

「ずっと手紙をやりとりしていた人が入るの。その彼に会って欲しいのよ。」

「彼?」

新しいボーイフレンド?いや、でも今ガイの話をしたばかりだ。

彼女はちょっと言いにくそうに口ごもり、深呼吸をして意を決したように続けた。

「日本に帰ったら。」

(日本人?)

彼女が日本にいた頃の彼女の友人をあれこれ思い出してみた。

が、その次の彼女の言葉で全く俺は見当違いなことばかり想像していたのだとわかった。

「堀江さん。」

「えっ?」

もう一度彼女は彼の名前を復唱した。

「堀江さん、堀江隆博さん。」


聞き間違いじゃなった。その名前を忘れるわけがない。大事に自分の奥深くのどこかにしまっておいた人の名前だ。そう何年もの間。

そして、7年前のあの日のことを思い出した。ベッドの上に投げ出された数冊の雑誌とパンフレット。いつもは落ち着いて穏やかな妻が唇を小刻みに震わせて投げつけるように放った言葉。それを見ていたまだ少女だった娘。頬に張り付いた黒い髪。


俺は言葉に詰まった。その名前が娘の口から出るなんて、全く想像すらした事がなかったことだったからだ。そして絵梨香と隆博が繋がるきっかけも、そのやりとりをしていたという事実も全く俺には理解できなかった。

どこをどうしたら絵梨香と隆博が繋がるんだろう?俺は困惑していた。

「…どうして、会って欲しいなんて。」

長い時間をかけてやっと、そう口を開く事ができた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ