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彼の娘  作者: 大島 有
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9話 川沿いの道

あれからかなり飲んだ。何人もの人が入れ代わり立ち代り、家を訪れ、飲んだり騒いだり。お開きになったのは何時頃だったんだろう。覚えがない。酔いつぶれた俺に美香がふとんをかけてくれたのは覚えている。その時もまだ障子の向こうで人がざわめいているのが聞こえた。

「ああ、頭がまだがんがんする。」


「何?何か言った?」

大きな声であいつが振り返った。

もう少しゆっくりさせてくれたって・・・

言いかけて口の中でもごもごと飲み込んだ。振り返ったあいつの顔が、昨日の晩、全くこれっぽちも飲んでなんかいないっていうようなすっきりとした顔をしていたからだ。

「もう少しゆっくり寝ていたかったんだろう。わかってるよ。」

叩き起こしてすまんね、とつけ加えた。

朝の5時だ。まだ暗い中、隆博に叩き起こされて、畑へ連れて行かれた。

しぶしぶついて行くと、

これだから、都会のもんはね、困るよね。

なんて顔されたんだから、まいってしまう。

いかにもこの土地の百姓みたいになっちまって、良二さんちに養子でも入ったかなんて言い返したくなるのをぐっとこらえた。

それから、午前中みっちり、畑仕事の手伝い。

収穫が忙しいんだ。今週中に芋やにんじんや掘り返して、売りに出して、冬に備えて畑をならしておかないといけないし、矢つぎ早にまくしたてて、人にあれこれ指図して。畑仕事手伝いに来たんじゃないんだけど。言いたかったけど、これもこらえた。


何故って?

何故だろう。かなりいい顔をしていたからだ。今までに見たこともないくらい健康的に日に焼けて、楽しそうに作業しているあいつの顔を見て嬉しくなったからだ。

昼過ぎに作業を終えて、良二さんと3人で農協の隣にある大衆食堂で昼飯を食べた。同じように農作業の格好をした常連ばかりの店で、やはりあいつは馴染んでいた。幼馴染のやつらも数人いた。それで話込んでしまって、結構いい時間まで休んでしまった。そうしたら良二さんが後は片付けておくから、ふたりで温泉にでも行ってこいといってくれたから、今日の作業はここまでにして、例の温泉に向かっている。


長い川沿いの道をずっと歩いた先に、良二さんが隆司叔父と一緒に掘った温泉がある。少し山側に細い道を入っていかなければならない。

ふたりで川の上流から下流にかけて続く細い川沿いの土手道を歩く。

「日が暮れるのが早くなったね。」

西に日が落ちかけていた。日差しがゆっくりと西に傾き、夕暮れを告げるかのように涼やかな風が川面を渡っていった。

日が落ちると寒いくらいだ。

〝だいぶ東京とは温度が違うだろ。〟

〝そうだな。昨日の晩は寝ていたら寒いくらいだった。〟

〝すぐに冬だよ。〟

〝そうだな。〟

〝何ヶ月になる。〟

〝そうだね、来たのが8月だったから4ヶ月か。〟

〝そろそろ帰らないか。〟

〝そうだね。〟

隆博は下を向いて、ぽつぽつと歩いた。ゆっくり枯れた草の感触を確かめるように、舗装されていない川沿いの土の道を靴の底で踏みしめるように歩いた。

そして、ズボンの尻ポケットに突っ込んだタオルを首に巻いたり、はずしたりしながら言葉を探していた。


〝帰るか。そうだな。もうそろそろ。〟

「作業を急いでいたのは、僕もそう思っていたからだ。少しでもやっておけば冬になる前に良二さんが少しでも楽が出来る。」

それから何を思ったか、にやにやして、

「二日酔いの悟をひっぱりこんで悪いとは思ったんだけど、ほら、人手が増えるからさ。助かったよ。」

「でも、本当は農作業を手伝いに来たわけじゃない。」

ちょっとむっとした言い方になってしまったのが自分でもわかった。

「わかってる。わかってるよ。」

隆博はそう言って首をすくめた。

「結論を先に言うよ。そうでないと、嫌だろ。悟は。」

せっかちな人の性格をよくわかってきたようだな。

そう言ってあいつの次の言葉を待っていると、

「で、悟は何をしていた?」

急に尋ねられて面食らった。

「俺?」

「ああ。ここへ来てからまるで尋問みたいに質問されてばっかりだ。嫌になっちゃうよ。そっちはどうなんだ?」

矛先がこちらへ向かうとは思わず、ただやつの答えを待っていたから手持ちのカードがなかった。

どうっていわれても・・・

「何してた?」

「だから、言っただろ。ここにいるなんて知らないから、お前のところへ何度も訪ねて出かけたって。」

「うん。それは聞いたよ。」


〝だからさ、それ以外に何してた?〟

やつが言いたかったのは、何を考えていたのか、どうゆう経路があって、何を思ってここへ来たのかとかそういったことだと、ようやくわかった。

今度は自分が言葉を選ぶ番だった。

絵梨香がすぐにアメリカへいった事。乃理子から連絡があって、絵梨香を連れて会いに行った事を手短に話した。

すると、隆博は顔を輝かせて、

「そうか。よかった。絵梨香ちゃんお母さんに会えたんだ。」

嬉しそうに笑った。

あいつが絵梨香のことを親身に心配していたんだなと、その表情を見てよくわかった。

「それだけが気がかりで。」

「確かに。俺もだ。」

「あとは、どうだった?」

乃理子の事を聞いているのだとすぐにわかった。

「幸せそうだった。」

「それから?」

どんな話しをしたのか聞きたそうだった。

すぐそこに川の下流にかかる橋が見えてきた。

〝そこを曲がるんだよ。〟

川沿いの道がその橋の手前で切れていた。

隆博は手馴れたふうにそう言い、先頭を歩いてすぐ脇の山へ入る細道を登っていった。

べつに指図されなくても、道なんかよくわかっているのに。

そうは思ったが、言葉には出さなかった。ここでの暮らしがそんなに肌にあっているんだろうか?少しまた不安になった。


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