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彼の娘  作者: 大島 有
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7話 会える時期を探していた

「畑へ?」

聞き返すと、

「ああ、そうじゃ。で、その辺の草取りからやらせようと思って、草取り鎌を持たしたら、最初はぶらぶらやっては休み、やっては休みしてたんじゃが、次第に興味を示したみたいで、そのうち夢中でやりだして、畑の半分ほど草が生えてるところをやり終えたら、けっこうさっぱりしたような顔をしておる。お、こらええかもしれん、思うてな。次の日の朝も叩き起こして、畑へ連れて行き、種を蒔いたり、土をならしたり手伝わせて、それも面白いらしく一生懸命やりおったわ。」

意外だ。あいつが農作業に興味を示すなんて。

でも、土をかまうことが精神によい影響をもたらすのかもしれないな。

「畑仕事が良かったのかなあ。」

「ああ、どこで何が功をそうするかわからんもんじゃて。」

そう、良二さんはほっとした声で続けた。


「良二さん大変だったんだろ。俺に連絡してくれればよかったのに。」

そう聞くと、

「ああ、悟に連絡してやりたかったんじゃが、隆博くんにきつう止められてな。しょうがいない。ここへ来たんも、何かお前さんとあったんやろ思うて、それ以上は詮索せんかったんや。」

「そうですか。」

思いついたように、

「そういえば、悟はどうして?」

居場所がわかったんだと、良二さんは聞いた。

「レナさんが。」

「ああ、あの子か。隆博くんの奥さん。あ、元か。」

わはは、と大きな声で笑い、あいつらも変わったふたりよな、と言った。

レナさんと隆博のことだ。

彼女もここへ来て数日滞在していったんだっけ。

「あの子も隆博くんの事が心配で来たみったいやったな。もっとも隆博くんがあの子だけにはここにおることを教えたみたいやったけど。」

一瞬の間があって、

「そうむっとせんで。」

浴室の壁を隔てて、俺の表情なんて見えないはずなのに、良二さんは愉快そうに俺の心境を言い当てた。

「だって。」


前回文さんの墓参りを兼ねて、ここを訪れた後に起こったことを話した。何も言わず急に帰ったあいつと、話し合いをしようと何度も家を訪ねて、高速を往復した事を話すと、

「まあ、あの子なりに考えがあったんやろ。そう、むっとせんで。怒りたい気ぃもわかるけど」

屋根からしずくがぽたんと垂れた。

「わしんとこ来たんは、悟に会える時期を探しておったんじゃろ。でなきゃ、ここには来んて。」

ああ、そうか。

返す言葉がなかった。

そうなのか。

それを聞いてようやくほっとした。

まだ切れてなかったんだ。

本当はここへ来る道すがら、高速の上、ハンドルを握りながらずっと考えていた。いや、迷っていた。

行っていいんだろうか?

レナさんから居場所を聞いて、反射的に行動を起こしたけど、自分のやっていることに間違いはないんだろうか?あれこれ、後になってから思い返した。

自分の一方的な思いだけで、求めている?

俺たちの間にあるもの。阻止しているもの。

それは自分が持っているものもあるし、あいつが持っているものもある。


要が言った。

それは、彼の問題で、彼自身が向き合って解決しないといけないこと。お前が出る幕はない。って。

それを、隆博が解決したい、解決しないといけないと思って行動を起こさなければ、俺との接点なんて永久にやってこない。あいつがこのことをどう思っているのか。心配なのは相手の気持ちが読めないことだ。自分の思いがどこへ行きつくのかわからないことだ。

あの手紙一枚ではやつの心情など、どこまで真実なのか計りきれやしない。

永久に心を閉ざして、和可ちゃんの亡霊を抱えて一生を終えることだってあいつの自由だ。

だけど、それに対して、あれこれ俺が言うことではないのかもしれない。要の言うとおりに。いくら好きでもずっと一緒にいたい相手でも、自分とは違う存在。別の人格で、あいつの思いも希望も未来も、あいつ自身のもので、いくら近くにいてもその自由を奪うことは出来ない。

良二さんが言うように、あいつは自分自身を乗り越えたんだろうか。

そして、自分の進んでいく道、生きていく方向をみつけたんだろうか。

それはどこに繋がっているんだろう。


真夜中の高速。前方を走る車もちらほらとしかいなくて、遠く、前方を走る車の鈍く光る赤いテールランプを目で追いながら、今までのことを思い起こしていた。

何かを求めている自分。求めているものを直視する事が恐いと思っている自分。それでも欲しいものを欲しいと言えるか、自分に問い直している自分。

そんな自分を認めてくれた、いつの間にか成長していた娘。そんなわがままな自分を許してくれ、自分自身の幸せを掴んだ妻。本当は愛したかったんだ、お前に愛されたかったんだと泣いた父親。自分の気持ちに素直になれと後押ししてくれた友達。

そして、ここまで来てしまった。いや、ここまで来れた。

肝心なお前は、今どこの位置に立っているんだろう。


寺の仁王門が見えてきた。

寺に続く道。通りを渡ろうとして信号で止まった。

お前が言った言葉。

〝悟と一緒にいるのは楽だ。〟

あの頃と変わらない。真っ直ぐに射抜くように、人の心を捉える目。

その時のまなざしが、バックミラーに映っては消える。

それを、忘れないように、胸にかき抱きたい衝動を抑えながら、ハンドルを握る。

永遠に続くような長い長いトンネル。オレンジのリノリウムの光に目が痛くなる。

あの時のあの言葉をお守りのように、いや、最後の賭けの切り札のように、胸にしまって。

必要としている。そして、必要とされている?


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