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彼の娘  作者: 大島 有
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5話 前に進まないと

「〝まず、会ってみないと何ともわかんないよ。今まで親子できたんだから大丈夫だよ。きっとわかりあえるよ。〟そう言うと、〝隆博さんに言われるとそんな気がしてくる〟って。」

「よっぽど絵梨香はお前がいいんだな。」

「そうかなあ。」

彼は、また同じように足元の草をむしり始めた。

だけど、そうだ。隆博が言うと妙に信憑性が出てくるっていうか、ああ、この男の言葉なら信用してみようかなんて気になる。彼が持っている独特の雰囲気がそうさせるのか。悲しみ・・・多分彼が持っている深い悲しみと、どこか人生を吹っ切ったような、見切ったような雰囲気が説得力をもっているのかもしれない。

横で、裕樹が

〝俺もおんなじこと言ったんだけどなあ。何で隆博のいう事なら信用されるのかなあ。〟

なんてこぼしたらしい。

絵梨香は、勇気を出してママに会ってみると、隆博に約束したらしい。だけど、隆博さんもパパの事ちゃんと考えてねって、念押しされたらしい。


むしった草の上に土を被せたりして、隆博は迷った風に、

「そしたら、証人もいるしねえ、なんて裕樹がおどけるもんだから、僕も観念してその場では絵梨香ちゃんに約束したんだけど。」

ひとりになると思い切りがつかなく、俺に連絡を取る勇気もなく、さしあたり良二さんちに逃げ込んだというわけだ。

「うん、でもわかっていたんだ。和可に対する思いを整理しないといけない。もういいかげんそういう時期が来てるんだなって、何となく納得しちゃった。全部絵梨香ちゃんのお陰だ。和可に対する思いを整理して、自分で自分に折り合いをつけて、もう前に進んでいかないといけないんだってどこかでわかっていた。わかっていたけど、・・・そう、出来なかったんだ。逃げていたほうが楽だからね。たぶん、僕はずっと逃げていた。乗り越えないといけないことがあることをわかっていながら逃げていた。僕は弱虫だ。状況を変えることが、自分で自分を乗り越えることが、恐くてたまらなかった。それを克服するためにここへ来たんだ。それが出来るまで、悟には会わないつもりだった。」

「なのに・・」

急に声のトーンが弱々しくなるのにつられて、こちらも少し気が弱くなるのを感じた。

「来てごめん。すまない。」

俺はもっと時を待つべきだったんだろうか。

ちょっとだけここへ来た事を後悔した。

「いや、レナがそう判断したんだろう。たぶん僕がもう大丈夫だろうって。そう。」

日に焼けた顔が健康的で、前に比べると気力に満ちているような気がした。あの時とは違う。横顔を見てそう思った。


その時、畑の向こう側の農道を、腰を少し曲げたようにして年配の男性がこちらへ向かってくるのが見えた。

「あ、良二さんだ。」

先に隆博が声をあげた。

良二さんが手を振っている。

「庭先に車を置いてきたんだろう?」

「ああ。」

俺の車を見つけた良二さんが、かけつけたんだと思いながら、そちらへ歩いていこうと腰を上げた途端、ふと目の前が暗くなった。

(どうした?)

隆博の声が遠くに聞こえた。


ざわざわとした人の喋り声で目が覚めた。

ふすまの向こうに何人かの人がいるみたいだ。

(倒れたか?)

どうも、立ちくらみがしたと思った瞬間、ぶっ倒れたらしい。

(寝てないしなあ。)

彼の奥さんから連絡をもらった後、その足で休暇願いを出したはいいが、仕事が片付かなくて夜中近くまで仕事をし、その後高速をぶっ飛ばしてきたから、結局一睡もしていない。良二さんの姿を見て気が緩んだか。

どうも、ふたりして運んでくれたみたいだ。

起き上がると、髪の毛からぼろぼろと土が落ちてきた。

(やれやれ。)

シャツは真っ黒だし、ひどい格好だ。


ふとんに落ちた土を手で払っていると、

「目が覚めた?気分は?」

ふすまの向こうで女性の声がした。

「ああ。」

誰だろう。

「開けるわよ。」

そう言って入って来た女性の顔を見て、あっと声をあげた。

「美香?」

目元に細かい皺が増え、肩先が中年女性特有の丸みを帯びているが、間違いない。美香だった。

「覚えてた?」

丸い肩先を揺らして彼女は嬉しそうに笑った。

美香は俺が小学生の頃、良二さんの家に出入りしていた時によく遊んだ近所の子供たちのうちのひとりだった。年は確かひとつ、ふたつ上だったと思う。ぽっちゃりして目が細く、よく笑う子で、彼女が仲間に加わるといつも盛り上がった。川遊びも、山の中の探検も、男の子たちに混じっていつも美香がいた。

「何で美香がここにいるんだ。結婚はしたんだろ?まだ、この辺に住んでるのか?」

彼女は15年前に近所の幼馴染と結婚して、旦那の転勤で一端この土地を離れたが、つい最近、戻って来たのだと言った。

ふたりでお互いの近況などを話し合い、昔の話で盛り上がっていると、

「入るよ。」

声がして、隆博が入って来た。

「これ、僕のでいい?着替え。良二さんが風呂沸かしてくれたから。」

風呂に入れと、俺の真っ黒になったシャツを指差してあごをしゃくった。

隆博は薄いクリームのポロシャツとバミューダパンツに着替えていた。

運んでくれた事を謝ると、別に、といったふうに手を振り、

「早くしなよ。そろそろみんな集まるから。」

そこで、そういえば人がざわざわと家の中を行ったり来たりしていることを聞こうとすると、美香が、

「良二さんがね、宴会するんだって近所の人やお友達なんかを呼んだのよ。」

「宴会?」

何で、何の宴会?

「〝息子がふたり揃ったから〟だって。」

隆博がそっけなくそう言った。


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