7話 彼と娘
「俺が拾うからいいよ。」
そう言って、
「で、今日はどこで待ち合わせをしたんだ。どっか行って来たのか?」
破片を拾いながら話題を変えようとした。
絵梨香がハンディクリーナーで割れた破片を吸い込みながら、
「うん。今日はね、隆博さん、こちらの出版社の人と次の作品の事で打ち合わせがあって、東京へ来たのね。だからそれが終わってから、オアシスNeoで待ち合わせして、お茶を飲んで、あそこのタワーを登ってきたのよ。」
「まるでデートだな。」
「まあ、デートだって。」
絵梨香は目を丸くして隆博を見た。
「こんなおじさんとデートなんて可愛そうだよ。」
隆博は笑いながら肩をすくめる。
「ううん。とても楽しかったわよ。」
「それに私こっちにずっといなかったでしょ。その間にずいぶん変わっちゃったのよね。東京も。いろんな見るとこ出来てるし、おしゃれなショップだって。だから、仕事でちょくちょく東京へ出て来ている隆博さんの方が詳しくて。だから、待ち合わせ場所もお店も、いろいろ案内してもらっちゃったわ。」
嬉しそうに続ける。
「それはよかったな。」
隆博は歳より若く見える。同年代の女の子に比べたら少し大人びて見える絵梨香と並んだら、ひょっとして歳の離れたカップルか、兄弟に見えるかもしれない。
2人が並んで歩く姿を想像しながら、隆博にワインを勧める。
「絵梨香ちゃんは悟によく似ているよ。」
ワインをグラスに受けながら、おかしそうに笑うので、
「何?どの辺が。」
隆博は絵梨香の顔を見ながら、
「ほら、笑うと目元がくしゃくしゃになるところ。」
「ああ、それは似てるってよく言われるよ。」
「それに…。」
あいつが絵梨香に目配せをしたので、絵梨香がばつの悪そうな顔をして笑った。
「それ?」
「うん。」
「何?」
俺が聞くと、
「だって、せっかちで押しの強いとこなんてそっくりだ。君の娘だよ。間違うはずがない。」
「で、どの辺が。」
「打ち合わせが終わって絵梨香ちゃんに電話したんだ。待ち合わせ場所を説明しようとして。これから行くのでそこで待っていてくれと、待ち合わせをするオアシスNeoの中にあるカフェの名前を言おうとしたら、言う前に〝ハイ。わかったわ。すぐに私も行きます〟って切られちゃうんだもん。」
あいつが思い出し笑いをすると、絵梨香が興奮したようにまくしたてた。
「だって、オアシスまで行けばいいんだって思ったから。店の名前まで案がなくて。」
「あほか。お前。オアシスっていったって広いだろ。どこで待ってるか打ち合わせしなきゃ、会えんに決まってるだろう。」
「せっかちだね。」
俺たち親子の顔を見比べながらあいつが言う。
「ま、そういうとこもあるわな。」
確かに絵梨香はせっかちだ。信号だってまだ赤なのに青になる前から渡ろうとしているし、急いで走って透明ガラスのドアにぶつかる事だって何度もだし。早口でまくしたてるとこなんか俺にそっくりだ。いらんとこまで似なくても…。
「で、強引なのは?」
ローストビーフを自分の皿に移し、ソースを取ってくれと目配せすると、
「ああ、それは、うん。」
そう言いながら、あいつは自分の目の前にあるソースの器をこちらへ手で押しやる。
「強引にタクシーに押し込むようにして乗せられたんだよね。とにかく、家まで一緒に来てって。」
「え、どういう事?」
「こんなこと悟に言うのも何なんだけど、実は…絵梨香ちゃんにだけ会って帰るつもりでいたんだ。」
(えっ?)