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彼の娘  作者: 大島 有
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7話 白いバラの家

角を曲がると、乃理子の家と思われる、白い壁の洋風の造りの家が前方に見えてきた。

庭先に白っぽい服を着た女性がうろうろしているのが見える。

乃理子だ・・。

たぶん約束の時間を過ぎても現れない俺たちを心配しているんだろう。玄関先から出たり入ったりしている様子が伺えた。

視線の先に俺を見つけて、乃理子はあっという顔をした。その次の瞬間、隣に絵梨香がいないことに気づいて、ふっと落胆したような顔をしてぼんやりその場で立ち止まっていた。それでも俺が近づくにつれ、そのふくよかな頬に笑みを浮かべて俺を待ち受けてくれた。

「乃理子。」

声をかけると、

「あなた。ひさしぶりです。」

そう言って、白い頬に笑みを浮かべた。

「あ、絵梨香は?」

「そこまで一緒に来たんだが、ちょっと心の準備をしたいって・・・。」

「どこにいるの?」

彼女はきょろきょろした。

「ごめん。そこの喫茶店で待ってる。後で、呼びに行くから。」

ほんとに?心配そうに彼女は爪を噛んだ。

「ごめん。大丈夫だから。」

「でも、絵梨香が自分から君に会いに行くって、言ってきたんだ。」

本当?

乃理子の顔がぱあっと、明るく輝いた。

「そうだよ。どんな心境の変化なんかな。俺もびっくりしたんだけど。気が変わらないうちにって思って、朝一番で電話したんだ。」

「そう。」

彼女はほっと胸をなでおろした。安堵した顔を見ると、昔のことを思い出す。いつも穏やかでおっとりとした立ち振る舞いをし、感情の起伏などあまりない女性だった。一緒に住んでいて楽だったと思う。ふっくらとした頬は昔に比べると少しこけたような気がした。目尻には細かい皺が少し目立つようになっていた。

とりあえず、上がって。

そう言って玄関へ案内する彼女の後ろから声をかけた。

「ご主人は?」

「今週一杯出張なの。だから、遠慮しないでどうぞ。」

絵梨香を伴ってならいざ知らず、旦那がいない家に上がり込むのもどうかと思って聞いてはみたが。いくら前夫とはいえ、今は他人だ。


玄関のポーチまで、綺麗なバラの庭が続いていた。

いろんな種類のバラが今を盛りに咲き誇っていた。

「これ、全部君が?」

振り返って彼女は笑顔を見せた。

「そうよ。すごいでしょ。」

「ほんと、綺麗だ。」

お花も愛情をかけて、手間隙惜しまず世話をしてあげれば、答えてくれるのよ。それがとても楽しいの。そう、子供と一緒ね。

最後の台詞が、ぐっと胸を刺した。

本当は絵梨香の親権が欲しくて、絵梨香と一緒に住みたくて、最後まで家裁で粘った彼女だったが、絵梨香がある程度自分の意思をはっきりいえる年齢だった事、乃理子の浮気が直接の原因だった事がネックになって、結局は、俺が親権を得た。

(本当は絵梨香と一緒に暮らしたいんだろうな。)

ふと、罪悪感が胸をよぎった。

「あ、どうぞ。」

玄関先でぼんやりしている俺を見かねて、乃理子が声をかけた。

「ああ。」


綺麗に片付いた部屋。お揃いのカーテンとソファカバー。センスの良い調度品の数々。白いレースのカーテンから夏の日差しがゆっくりと、穏やかに降り注ぐリビング。

幸せに暮らしているんだな。

そう、思った。

キッチンから乃理子が冷たい麦茶とお菓子を持ってやってきた。

「ふふ、こんな甘いの食べるかしら?」

水羊羹を目の前において、乃理子が笑った。

俺が甘いものを食べない事を知っているからだ。

「いや、そうでもないよ。絵梨香に付き合わされて、たまにケーキなんかも食べるんだ。」

「そう。」

彼女はおかしそうに笑った。

「絵梨香は元気?」

「元気だよ。」

「大きくなったんでしょうね。」

「きっと、びっくりするよ。・・身長だってあれから、う~んと伸びて・・・」

手で乃理子の頭の上、10センチ程の位置を指した。

「そう、早く会いたいわ。」

「あなたはどう?何か変わったことはあって?」

「いや、相変わらずだよ。」

仕事に忙殺されているの?

仕事人間だった、いや、今でもそうだな。俺の事をちょっとからかうように彼女が言った。

「まあ、ぼちぼちだよ。」

お互い近況を少し話した後、思い切ってこの間要に言われた事を話してみようと思い、

「乃理子にちょっと話したいことがあって、それもあって絵梨香を置いて先にひとりで来たんだ。」


何かしら?

乃理子は落ち着いた様子で口の端に笑みを浮かべた。

今の彼女なら精神的に落ち着いているみたいだ。要が胸の中で背中を押した。

「乃理子に謝りたいことと、報告したいことがあって。」

謝る?

彼女は首を傾げた。

「その・・・。」

「何?」

「実は、一緒に暮らしたいと思う相手がいるんだ。」

自分にも聞こえるくらい心臓が大きな音を立てていた。

彼女は、びっくりしたように目を見開き、次の瞬間には思いっきりの笑顔を浮かべた。

「えっ。それって。あ、まさか。」

「でも、おめでとう。そうなの・・・」

彼女の様子を見ていると、やはり勘違いされているみたいだ。

「その、再婚するんじゃないんだ。」

え?

彼女の動きが止まった。


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