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彼の娘  作者: 大島 有
55/83

5話 要

「俺もだいぶ我儘したで。ほんまやったら、嫁さんと子供抱えて、生活を第一に考えないかんのやろ。普通はな。それが、自分の夢、やりたいこと追っかけて、大阪からこんなとこまで来て、店開いて。食えるかどうかもわからんような不安定な生活続けて。ほんでも音楽を手放すことはできへん。そうや、できへんかった。」

「だから、自分はもうこうしかできへん。自分の望みを押し通させてくれやと、嫁さんに土下座した。もう、あとは、嫁さんにおおきにって、感謝するしかない。今でもずっと感謝しとる。周りの人に許しをこうて、感謝するしかないんやろ。自分の望みを通さしてもらうんにはそれしかしゃあない。それでも、自分のほんまに望んでることをすることが、人間、一番幸せやで。エゴイストかもしれんけんどな。俺は。」

「おまんは、昔から人の事ばっか考えとる。自分のことはいつも後回しや。」

「そうだろうか。」

「ほうや。もうええねん。自分の望みは何や?何を一番に求めとる?素直になればええねん。」

「絵梨香の・・」

彼女の幸せを・・・と、言いかけると要が遮るように、手を振った。


「だから、おまんのこと聞いとるんや。絵梨香ちゃんはええねん。いくら自分の子供やからっていったって、あの子は独立した人格や。もう、立派な大人やねん。自分の道を歩いて、自分で幸せを掴むんやから。あの子のことやなくて、おまん自身のことをもうちょっと考えろ。」

彼にいわれて、本当のことを話した。あいつに言った事。一緒に暮らしたいと。

でも、彼は去った事。それに絵梨香がショックを受けている事。乃理子が会いたいと言ってきている事。いろんな事が重なって混乱している事。

「絵梨香ちゃんは賛成しとるんやな。そのことに関しては。」

頷きながらも、それによって彼女にどんな影響を与えるのか、彼女の気持ちに甘えてしまっていいのか迷っている事を話した。

「ええやろ。別に。絵梨香ちゃん、えろう堀江くんになついとったん。彼女も好きなんやろ。それに、いろんな状況がどういうふうに転ぶんか、それによってどんな波紋があるんか。それはやってみなわからん部分があるねん。あれこれそれについて心配しとったら、何も始まらんよ。絵梨香ちゃんも段々大人になっていくねん。あの子はおまんのこと、ようわかっとるやろ。あの子がええゆうねんなら、ええやろ。そんだけのこと言うとんなら、反対に遠慮しとるんもあの子の気持ちを汲んでないと思われて、反対にあの子を傷つけとるかもしれんで。」


そんなこと考えた事もなかった。

絵梨香のために良かれと思って、彼女の好意を受けないことが、彼女を傷つけているなんて。

「ほんまにおまんと堀江くんとうまくいって欲しいねん。絵梨香ちゃんが望んどるんはそれだけやねん。あとの余計なことは考えなくてええねん。」

「親が子供の幸せを願うのと同じように、子供も同じこと考えてんねん。あの子もそういう年になったんやろ。」

〝なんて、うちはまだまだやもんな。うちの子もおおきゅうなったら、絵梨香ちゃんみたいに俺のこと心配してくれるんやろか?〟

要が笑った。そして、すぐ真顔に戻って、

「嫁さんに会うてきな。」

「でも、絵梨香は嫌がって・・・」

「ちゃうわ。」

えっ?

「おまんやね。一番おまんの心ん中でネックになっとんのは、嫁さんとの関係や。」

乃理子との?

一番見たくないところだ。絵梨香とは話して、お互い気持ちを分かり合える、たぶん、大丈夫だろうっていう安心感がどこかにはある。だけど、乃理子とは・・・

「終わっとらんよ。」

〝結局、嫁さんとちゃんと終わっとらんと、先進めへん。そんなことくらいはわかっとんのやろ。みとうないだけや。〟

要はタバコの煙を吐き出しながら、どこか遠いところに視線を飛ばしていた。

「・・うん。」


自分はごまかしていた。どこかで幸せで平和な家庭を取繕えばいいと思っていたのかもしれない。それは絵梨香のため、絵梨香のため。それだけいつも思っていた。乃理子のことを愛していたのか?愛していたと思う。ただ、はっきりそう言い切れない自分もいた。

要は続けた。

「自分が幸せになることだけ考えたらいいやん。それによって傷つける人がいたり迷惑かけてまう人がおったりするかもしれへんけど、結局のところ、幸せになるんてエゴやちゃうか?これだけのものを自分が食べたら他の人の分け前はすくのうなるやろ。それと似たことちゃうん?だからお前がせないかんことは感謝する事や。嫁さんとこ行って、正直に今までのことや、思っとうたことを包み隠さず話して、許しをこうことや。」

素直に自分の思っていることを話して、自分をさらけ出すこと。

そして許しを請うこと。

たぶん、自分が今まで逃げてきたこと。一番苦手に思っていること。

要に言われるまでもなく、本当はよくわかっていたことかもしれない。

でも、こうやって第三者が言ってくれることによって、背中を押してくれることによって、何らかの変化が自分の中で起こるのかもしれない。


「そしておおきにって感謝する事や。嫁さんの事悪いことした思てんのやろ。せやけど結婚せんかったら絵梨香ちゃんにも会えへんかったんやで。そのことも含めて感謝しろ。ちゃんと話せばきっとわかってくれるん思うけんどな。」

黙っている俺の肩をポンポンと叩いて、要はカウンターの中に戻った。

ありがとう。言いかけようとした言葉をアルバイトの男の子が遮った。

「マスター。奥のテーブルのお客さんが・・・」

客の要望を要に伝えようとカウンターに入って来た。

それに応対しながら、俺の方に視線を向け、目配せをした。

(ええねん。)

目が笑っていた。


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