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彼の娘  作者: 大島 有
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16話 市内観光

翌日。

絵梨香を連れてY市の観光に回る。

主だった観光スポットに連れて行くと、絵梨香はどれも珍しそうに喜んで歩き回った。

城跡や日本庭園、武家屋敷跡。

海外が長く、こういった日本の和の風景に彼女はあまり縁がなかったんだなと、改めて思う。日本の歴史の流れを思わせる建造物、和の趣を感じさせる庭園や屋敷跡などを彼女は熱心に見て回り、興味を持った事柄や、歴史やその時代の背景などについて、俺や隆博にあれこれ尋ねた。

隆博は仕事柄、いろんなことについて勉強をしているせいか知識が広く、いろんな事柄についても的確に彼女の問いに答えていたから、絵梨香も満足していた。

それでも、やっぱりティーンの女の子だな。

和布を使った小物や、ぬいぐるみ、アンティークの着物や、髪飾りなどいろんな物を欲しがった。武家屋敷跡では観光客用に忍者の扮装をしたスタッフと写真を撮ってもらって嬉しそうにしていた。

無邪気に楽しむ彼女を見ていると、

「親の顔してる。」

と、隆博がにやにやしてこちらを見ている。

「そうかあ。」

親の顔をしている自分をあいつに見られるのは、何となく気恥ずかしい。

何故だろう。慌てて絵梨香から目をそらす。


街を見下ろす高台の一軒の料理屋で、魚やその土地の野菜を使った和食のコースを頼む。

店の座敷の窓からは、今歩いてきた武家屋敷跡が見える。その後方に背の高いビル郡が並び、3車線の広い公道を何台もの車が列を連ねる。和の趣を残す歴史のある建造物と、近県一の商業都市として発展したその近代的な街並みが、アンバランスでもあり、意外と調和が取れているような気もして不思議だ。

和食の好きな絵梨香は、どれも美味しいと喜んであっという間に平らげてしまった。

隆博が〝僕のも食べなよ。〟と皿を彼女の方へ押しやると、それを少し恥ずかしそうに遠慮している娘を見て、あれでも隆博を異性だと意識しているのかと思うと、何だかおかしいような、もう成長した娘なんだと思うと可愛くて、つい笑みがこぼれてしまう。

それを見て、隆博はまた、〝あ、親の顔だ。〟というように、俺の顔を見て眉間に皺を寄せて、ちょっと意地悪そうに笑う。


Y市の中心街にその展覧会の会場はあった。

街のイベントとタイアップして開催しているので、その展覧会以外にも生け花や工芸品の展示、地元の特産品の物品販売やいろんな催し物がやっていて、かなりの人出が出ていた。ぶらぶらとその会場を歩いていると、裕樹が俺たちの姿をみつけて走ってきた。

「や、昨日はどうも。」

「おう。」

「こんにちは。」

絵梨香が頭を下げる。

裕樹は俺たちを連れて、展覧会の会場を案内してくれた。

会場の中心には大きな観賞用の和菓子で作られた日本庭園があった。その周りにはこれも和菓子で作られた松の木や鶴や亀などがあしらわれていて見事なものだった。

「すごいですねえ。」

絵梨香が物珍しそうに間近まで近寄り、その鼻先を和菓子で作られた鶴のくちばしに寄せていた。

「こら。あんまり近寄るなよ。壊れるぞ。」

注意すると、

「いいよ。大丈夫だから。」

裕樹が甘い声を出す。

近県の店が出品しているブースを何個か巡り、裕樹の店のブースまでたどり着いた。

新製品を何品か展示し、即売場を設け、一角では抹茶を立てて菓子を振舞うコーナーまで出来ていた。

「これ、俺が立案したヤツ。」

裕樹がブースの一角を指差す。

「わあ、もう秋ですね。」

絵梨香の目線上に赤い毛氈の上に綺麗に展示されている新製品の和菓子が並んでいる。紅葉を模ったあんきりの下に、羽二重もちが上品にあしらわれている。その紅葉の赤から黄色のグラデーションが美しい。


「これ、裕樹さんが?」

「企画はね。作るのはうちの腕のいい職人さん。」

「裕樹さんは作らないの?」

「いや、作るよ。この辺りの製品は僕が作った。」

裕樹はショーケースの中の端の方を指差す。

「ただ、本当は経営の方に興味があるんだ。」

絵梨香と裕樹が話し込んでいるのを見て、何となくまた嫌な予感がした。

そう思いながら、展示場をぶらぶらしていると、

「パパ。」

「何?」

裕樹の店のブースの一角で和菓子作りの体験コーナーを催している。それをやりたいのだと、絵梨香が言ってきたので、

「いいけど。」

「パパは?」

「俺はいいよ。」

ゆっくりやってこいよ、その辺うろうろしてるからと言うと、

隆博も、

「僕もいいから、裕樹にゆっくり教えてもらって。」

と言った。

それで、絵梨香は裕樹にお守りしてもらうことにして、俺たちはふたりで会場内をうろうろすることにした。やつが外へ出ようというので、外へ出て会場内の一角の喫煙場でたばこをやりながら彼女を待つことにした。

たばこに火をつけながら、

「明日帰るんだっけ?」

と聞いてみた。

「ああ、会社の方にも顔出さないといけないから。いくら嘱託とはいえ、あんまり出社しないのもまずいんだ。」

そういって煙を吐き出す。


並んでベンチに腰掛け、会場内をうろうろ散策する人たちを眺める。

即売場に並ぶ人たちや、会場内に店を出している食べ物屋から、アイスクリームやジュースなどを買い求める親子たちや、展示品を物珍しそうに眺める夫婦連れや。

小さな子供に目を留めて微笑んだり、犬を連れた人が通ると、あの犬可愛いな、と言っては眺めたり、買い物をした人が通ると、さっきあの即売場に並んでいた人だ、何を買ったんだろう。なんて物色したり。

人の流れを見てはあれこれと何でもない事を話す。

こんな時間を過ごしていると、今まであれこれと思いを巡らしていたことが、すーっと消えてなくなるような気がする。

一緒にいると、こんな何でもない時間がすごく大事で、心の中がふんわりとするような心地良さを覚えて、ずっと共有していたいという思いがとめどもなく溢れてくる。

〝一緒にいよう。〟

そう言ったあの夜のことを思い出す。

あれからその話題には触れていない。

あの時、激しく泣いたやつを見たら、それ以上何も言えない。

だけど、本当は・・・。


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