14話 裕樹
そんなことを考えていると、廊下の方から足音が聞こえてきて、障子の外から仲居さんの声がした。
「柴田さまがお見えですが。」
(やっと来たか。)
「ああ、入ってもらってください。」
その声に反応するように裕樹ががたがたと障子を乱暴に開けて入って来た。
「遅くなってしまって。」
「いや、もうすっかりやってるよ。」
「ああ~、そうなんだ。もう飲めないかなあ。」
そういって紙袋から焼酎の一升瓶を取り出した。
「別に手ぶらでこればいいのに。」
昔から律儀で気くばりができるやつだったなあと、ぼんやり思い出した。
「せっかく何年ぶりかの再会なんで。とことんやりたいかなって思って。」
「本当に何年ぶりだろう。偶然だよな。」
「本当に。先輩も元気そうで。」
「先輩じゃなくていいよ。もう学校じゃないんだから。」
そう言うと、まあ、それもそうか。と裕樹の口調が急にタメ口にかわった。
ま、その方が俺も楽だな。
「で、隆博は?絵梨香ちゃんもいないみたいだけど。」
部屋の中をきょろきょろ見回すので、
「飯食って一杯やってたら、夕涼みに散歩に行きたいって、絵梨香がやつを連れ出して、それっきり。」
「あ、そうなんだ。」
「でも、もう来るだろう。」
内線を押して、つまみをいくつか注文する。
「裕樹、飯は?まだだろ。」
「ああ、別に気を使わんで下さいよ。」
もう2、3品追加する。
グラスを取り出して、焼酎をロックで割っていると、
「しかし、可愛い娘さんだなあ。」
「絵梨香のことか?」
「先輩にそっくりだな。」
「どの辺が?」
「あいつは別れた嫁さんにそっくりだよ。」
「え、別れたんすか?」
「もう、何年になる?結構な年になるよ。」
「そうすか。」
「裕樹は?」
聞いてみると、いまだもって独身らしい。
老舗の跡取り。大学を卒業した後、製菓の専門学校へ行き、店で修行。そのあと、何故か米国へ渡り、MBAを取得。帰国後、本格的に店の跡を継ぎ、今現在は海外進出を企てて仕事に謀殺中らしい。
「で、知らんうちに婚期逃しちゃったみたいなんすよ。」
焼酎で顔を赤くして、いい気分になってきた裕樹がべらべらと、ほんとはこんなタイプの女の子と家庭を築きたかったとか、あれこれ夢想し始めた。
「別に今からだって遅くないだろう。37だろ。」
「まあねえ。チャンスがあればねえ。」
「ていうか、今日の面子ってみんな独身?寂しいなあ。」
そうつぶやくと、
えっ。隆博は?レナちゃんは?
と酔った裕樹が俺の襟首を掴んだところに、
「パパァ、ただいまあ~。」
絵梨香ののんきな声が聞こえてきた。
障子を開けて入って来た絵梨香の手に、土産物屋の袋がぶら下がっている。
「で、どこまで行って来た?」
「いろいろと、ねえ。」
そう言って甘えたように、続いて入って来た隆博の顔を見上げる。
どうせあの土産物屋の袋の中身も、あいつにねだって買ってもらったんだろう。
「すまなかったな。」
やつに謝ると、
「べつに構わないよ。僕も楽しかったし。」
そして、裕樹の姿を見つけて、
「や、もうだいぶできあがっているみたいだな。」
と声をかける。
「おう。遅かったな。」
「悪い、悪い。」
絵梨香とふたりして裕樹の隣に陣取ると、
「しかし、何年ぶりだ?」
そうだなあと、指を折って数えている隆博の顔と裕樹の顔を交互に見ながら、
「だいぶお会いになっていないんですか?」
絵梨香が裕樹に尋ねる。
「うん、やつとは学部が一緒で、そう君のパパは俺たちの2個上の先輩でね。同じ学部。翻訳のワークショップに籍を置いていたんだ。」
「そうなんですか。」
「が、何故か和菓子屋の御曹司なんだよな。」
と、横やりを入れると、
「この学部にきたのは趣味と教養のためだって、いつもぬかしてたよ。」
隆博も続ける。
「まあ、和菓子屋とはあんまり縁がない学部だったかもしれんが、結構役にたったよ。向こうで会話に困らんかったからな。」
そう言って、彼は製菓の専門学校を出た後、MBAを取得するために米国に渡ったことを話した。
「え、向こうにいらしたんですか?」
そうだよ。裕樹は海外に行ってしまったから、その頃から会ってないのでかなりひさしぶりなんだ、と隆博が口を挟んだ。
「MBAを取ったのは、店の海外進出のため?」
「まあ、そうかなあ。いずれなんかの役にたつだろうと思って。どちらかというと自分は職人っていうより、経営の方が向いているって思ったからね。」
「へえ、すごいですねえ。」
絵梨香と裕樹が仲よさそうに話しているのを見て、何か嫌な気がした。危機感っていうのか。絵梨香は頭の良い男が好きだ。しかもとびきり年上が。
米国にいた時のボーイフレンド、ガイ。彼も絵梨香より15歳年上の建築家で、俺と年が近い娘のボーイフレンドって、親としては何だか変な気分で俺は反対していたんだけど、勝手につき合い始めちゃって。今もメールなどのやり取りはしているみたいだけど、どうなのかな。娘の交際相手のことは気になるけど、あまり首をつっこんでも、嫌がられるだけだし。




