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彼の娘  作者: 大島 有
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9話 宿

「そうだよ。覚えてるか?」

「ああ、懐かしいな。でもすごい組み合わせ。あれからお前と先輩が交流あったなんて知らなかった。今日は何?」

「もっとも裕樹とも何年も会っていなかったからなあ。」

隆博が返す。

こちらは?

裕樹が目線を絵梨香に向けた。

「娘だ。絵梨香だ。」

きょとんとしている絵梨香に、

「隆博の同級生だよ。」

と、説明する。

「こんにちは、絵梨香ちゃん。柴田裕樹です。」

「こんにちは。」

挨拶に答えるように絵梨香が口元を緩める。

そして隆博の顔を見上げる。

あいつがそれに答えるように笑って、

「絵梨香ちゃんが僕の本を読んで手紙をくれて、それがきっかけで。」

と手短に俺たちの関係、ここに来た理由を説明する。

「そうか。」

海外生活が長くて温泉に来たことがない彼女の為に、この近くの温泉街に宿を取って泊まりに来たのだとつけ加えると、裕樹は新しい新規事業の為に支店巡りをしている事、それにプラスして、明日この近くで開かれる和菓子の展覧会に出品する為に来ている事を説明した。

久しぶりに旧友に会って嬉しそうな顔をしているあいつを見て、

ふと、

「裕樹。仕事何時頃終わる?」

「どうかな。明日の準備はもう終わったから、そんなにはかからないと思うけど。」

そう答えるのを聞いて、仕事が終わったら俺たちが泊まっている宿へ来ないかと誘ってみた。

隆博が

「来いよ。話もいろいろしたいし。」

俺の後について、続けると、

「ああ、でもせっかく絵梨香ちゃんの為に来ているのに悪いから。」

と答えるのを絵梨香が聞いて、

「いやだ。私のことなら遠慮しないで下さい。是非、来てください。」

待ってます、それに和菓子の作り方とか聞いてみたいなと付け加えた。

それに気をよくした裕樹が、

「じゃあ、後で。」

と言うので、泊まっている宿の名前を教える。

そんな話をしていると、

絵梨香が注文した和菓子を店員の女の子が包んで渡してくれた。

それを〝待って〟というように、裕樹がショーケースの中から何品か追加して包んでくれた。

代金を払おうとすると、頑として受け取らなかったので、好意に甘える事にした。


(どこまで散歩にいったんだろう・・・)

旅館に着いて、かけ流しの源泉がふんだんに使われている温泉を楽しんだ後、部屋で食事を取った。

まず、絵梨香は初めて着る浴衣に興味心々。しかも女性客はいろんな柄の浴衣の中から好きなものが選べるということで、とても喜び、薄いピンクの地に桔梗の花があしらわれた浴衣を選んだ。

着替えると早速お風呂だ。絵梨香は温泉に入るのは初体験。最初は見ず知らずの人が一緒に裸になって入るということに、びっくりしていたが、それでも、初めての温泉がたいそう気に入ったらしい。出てくると、

〝いろんなお風呂があってねえ、中にも外にもお風呂があってびっくりしちゃった。それにお湯がすべすべで、あんなふうに足を伸ばして入るお風呂って初めて。とても気持ちが良かったわ。〟

かなりご機嫌の様子。

お風呂を済ませた後、裕樹が来るのを少し待っていたのだが、まだ仕事が終わらないのか、来る気配がないので、部屋に食事を運んでもらい、一杯やりながら食べていると、グラス一杯のビールで良い気分になった絵梨香が、温泉街をぶらぶらしたいと、隆博を引っ張って散歩に出かけてしまった。

部屋にひとり残された俺は裕樹が来るのを待ちながら、仲居のお姉さんにビールの追加を頼んで、それを部屋の欄干に座って飲んでいた。


広い和室は新しい畳の匂いがして、気持ちが良かった。

老舗の旅館らしくどっしりとしたたたずまいに、柱の一本、一本まで丁寧に磨き上げられ、塵ひとつ落ちていない清潔な部屋の床の間には、風流な墨絵の掛け軸が飾られ、季節の花が飾ってある。旅館全体のあちらこちらに和のあしらいがしつらえてあり、やっぱり日本はいいなあと、改めて和の趣に心を奪われる。

部屋の障子も、窓も開けて、外の空気を部屋に入れる。

高温多湿で、日本独特の夏のむっとした生暖かい空気が部屋に入り込んでくる。

それでも、風が吹くと浴衣の襟元から涼しい風が入り込んで心地良い。

酒で火照った体に風が当たるのが気持ち良くて、欄干に座り続けた。

外を見ると、通りをはさんで、隣の旅館が見える。

細い入り組んだ路地に数件の旅館が肩を並べている。

通りは狭く、ほのかな灯りがともり、数件の土産物屋などが軒を並べる。

近隣する市街地からは少し離れているせいか、隠れ家的な雰囲気が漂う旅館街だ。

大正時代を髣髴させるノスタルジックな雰囲気は嫌いではない。

そんな懐かさを思い起こさせる空間は、昔の事をあれこれと思い出させる。


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