7話 仁王門
古い木造の大きな仁王門。
両脇には仁王像がいかつい顔をして立っている。
黒くすすけたようなその木造の門をくぐると、境内に続く石畳の道が続いている。300メートル程前方に総門があり、それをくぐると寺の境内に入る。砂利道が敷かれ、ちょうず場、お百度石、前方に本堂があり、右脇に三重塔がある。
「ああ、これか、タクシーの中から見えた三重塔って。」
「こんな田舎町にしては立派な三重塔があるなあって、びっくりした。」
なるほど。立派な塔だ。脇には説明書きが書いた札が立っていて、読むと宝暦5年の建造物で、国の重要文化財だと書いてある。
「あれ見ろよ。」
隆博が左方を指差した。小さなお堂が5つ並んでいる。
「お参りするところが多いなあ。」
そう言うと、
「ご利益を読んでから、どこを参るか決めたら?」
などと言うので、近寄ってお堂の脇に立っている説明書を読む。
それには祭られている仏様とご利益が書いてある。
「これは大師堂。弘法大師だ。体や歯の痛みにご利益があるらしい。」
「なるほど。」
隣は阿弥陀如来様。人生の願いを叶えてくれるらしい。
順に見ていく。
「でもね、本当はお願いごとに来るもんじゃないらしいよ。」
「お参りって?」
「そうだ。そこの祭られている神様や仏様に、お参りさせてもらいましたっていう挨拶をするもんらしいよ。」
「ふうん。」
「じゃあ、ご利益って書いてあるけど、お願いしない方がいいのか?」
「さあ、お願いしたいことがあるなら、それもいいかもしれないけど。」
僕は本堂だけ参ってくるよと、その場を離れた隆博の後を追う。
お賽銭を投げて、頭を下げるあいつを見て思った。
(和可ちゃんの為だろう。)
ふたりでいてひとりになるのと、最初からひとりきりなのは違う。
また、良二さんの言葉が頭に浮かんだ。
和可ちゃん、高校生の時の彼女。
愛している人が次々と死んでいく。
〝死んだら魂ってどこへ行くんだろう?〟
あいつは昔からそんなことを考えていた。若い時から死生観みたいなものを持っているやつだった。
お前はそうやって何度、人の死に立会ってきたのだろう。一緒にいる時間が幸せであればあるほど、つらい思いは増していくばかりだ。
最初からひとりきりなら、愛なんて知らない。人を思う気持ちなんてわからない。
ふたりでいて、ひとりになる。それは寂しく辛いことだけど、それでも最初からひとりきりじゃない方がいい。辛くたって、愛を感じた日が一日でもあった方がいい。その方がいい。あいつの心境を想像すると、胸が痛くなる。
あいつに神社仏閣や寺を参る趣味などなかったはずだ。
死んだ娘の為なのか。こうやって目についた寺や神社があると参るのは。
それを思ったが、あえて口にすることはしなかった。
人には胸の中に大事な思いを抱えている。それはあえてオープンにすることはない。
だけど、こうやって一緒に参らせてくれたことが嬉しいと思った。
境内に夕暮れの風が心地良く吹き、日暮の音が聞こえ始めた。
もう今日も終わろうとしている。
心地良い疲れが肩にずっしりと乗りかかってくるように思えた。
来た道を戻って、駅へ戻るとちょうどいい時間になっていた。
電車がホームに滑り込んでくるのが見える。
「ちょうど良かったね。」
「ああ。」
電車から降りてくる人影はまばらだ。すぐに絵梨香の姿を見つける。
またへそが見えるようなぴったりとした黒のタンクトップに、白いコットンのロングスカート。あれが旅行カバンかと思うような、大きな麻袋みたいなのを肩から下げている。
何でもうちょっとましな格好で来ないんだ。
ホームの改札をくぐるなり、
「隆博さん。ごめんね。おまたせ。」
嬉しそうに隆博に抱きつく。
「あのな、俺は?」
「まあ、パパは待たせても別にいいかなって。」
「何で。」
軽く頬をつねると、痛い、痛いとおおげさにおどけてみせる。
ご機嫌だな。遅れてきておいて。
「迷わずに来られた?」
「ええ、全然大丈夫。」
同年の女の子たちはまだまだ子供っぽく、ひとりでこんな所まで電車や新幹線を乗り継いでなんて、親も心配するものだろうけど、うちの絵梨香に関してはその辺はまったく心配いらない。自立心旺盛で、自分で調べて、自分の意思で行動する。だから、少しくらいほっておいても大丈夫だと安心している。最も海外生活が長いせいもあるだろうけど。日本と違って、自分の意見を言って、自分で考えて行動しなければ誰も相手してくれない。誰かがかまってくれるだろうなんて思っていたら、ずっとその場に立ち止まっていなければならない。絵梨香も小さい時から、自然にそれを海外生活の中から学んだみたいだ。
駅前のロータリーにタクシーが滑り込んでくる。
「早っ!」
びっくりしていると、
「電車の中から電話して、呼んでおいたのよ。」
すました顔で絵梨香がタクシーに乗り込む。
「手際いいなあ。助かるよ。」
隆博が感心したように褒めると、彼女は得意そうな顔をした。




