11話 つらい思いなんて
「俺はお前よりいい加減だったぞ。」
何のことだと言いたそうに、物憂げな視線を俺に投げかけた。
「乃理子に感づかれていたからな。一緒に暮らす事が辛くて俺は逃げようとした。絵梨香が聞いたら怒るだろうけど、あの時の俺は、未熟でどうしようもなく自分のエゴに凝り固まったガキだったよ。」
「お前に言った事あったよな。乃理子とは別れて産まれた子は引き取るって。今から考えると、親権を自分が取ることなんて出来るわけもないのに、何考えてたんだろうって、恥ずかしくなるよ。それだけお前に溺れていた。あの頃は。」
「そして現実から逃げていたのかもしれない。」
あの頃から今までのことを思い返してみた。
でも、最終的にはこうして良かったと思う。間違っていなかった。
間違わなくて良かった。絵梨香の顔を思い出した。
「それによって乃理子には辛い思いをさせただけかもしれない。後悔している。でも、絵梨香が無事成長してくれて、それだけは本当に良かったと思っている。こんなことはお前には辛い話だろう。でも、お前だって年月は短かったけど、ちゃんとは親としての責任は果たしていると思うよ。」
話を聞いて、あいつは何を思ったのか俺に背を向けて黙り込んだ。
「自分で自分を辛くして何になる?自分のことをもうちょっと考えてやれよ。」
そう言うと、こちらに体を向けて、
「悟は絵梨香ちゃんがいるから、乃理子さんと別れたってああやって〝パパ、パパ〟って傍にいてくれる娘がいるから。僕の事なんて他人事だよ。」
怒ったように言い放った。
俺は、それにちょっとむっとして、
「他人事だなんて思っていない。だけど、俺はお前が幸せでいて欲しい、辛い思いなんてさせたくないんだよ。ただ、それだけだ。」
「お前が自分を責めて、辛い思いをし続けて、和可ちゃんのことを思ったって何も変わらない。和可ちゃんだって、そうして欲しいなんて思っていない。」
「和可がそう思ってなくても、僕だけ幸せになんかなれない。和可を置いてなんていけない。ホントはここへ来たりしてはいけなかったんだ。」
和可、和可、そう小さく呟きながら、全身を小刻みに震わせながらまた泣き始めた。
自分は無力だ。
また、そう思った。
怒るだろうか?
一瞬躊躇したが、抱き寄せてみた。
それに対してあいつは何の反応も示さなかった。
こうやって抱いてやることしか出来ない。傍にいるのに、こんなに近くにいるのに、あいつの心の中にまで入ることなんて出来ない。こうやって会えたことはお前にとっては、本当は辛いことなのか?
「ひとりで辛い思いなんてしなくていい。」
そう言うと、首を振った。激しく。
いつも穏やかで冷静で、こんなふうに激しく泣くこいつを誰が想像できるだろう。きっと誰の前でも泣かないんだろう。ずっと辛かったんだ。レナちゃんと一緒にいる事は、同じ悲しみを共有した仲間として感じる癒しでもあり、反面、その仲間をサポートする責任みたいなものを抱え、よけいに自分を辛くさせていたのかもしれない。ひとりで泣ける場所が欲しかったんだろう。
でも、ひとりで泣くのは辛い、ずっと永遠ひとりで泣き続けるのは辛い。
「一緒にいよう。」
自然に言葉が口をついて出た。今まで何の確信もなかったことだったけど。たぶんこうやって会ってしまった以上、もう離れていくことは出来そうになかった。たぶん、あいつもそれはわかっているんじゃないだろうか。だから、こうやって会うことにひどく長い時間、難色を示していたに違いないから。
愛おしい。
どうしてひとりでいる?
あいつは何も言わなかった。ただ、ずっと泣き続けていた。でも、それだけでもいい。ここが泣ける場所だと思ってくれたならそれだけでもいい。