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彼の娘  作者: 大島 有
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10話 嗚咽

「レナと別れてから誰かとつき合うなんて考えられなかったんだ。自分だけ幸せになってもいいなんて考えられなかった。」


「絵梨香ちゃんが、悟に会え、っていうのにずいぶん長い間答えられなかったのも、そのせいなんだ。絵梨香ちゃんが手紙をくれ始めたのは、和可が死んで3年程経った頃で、自分が書いた本についての感想を送ってくれた。それは和可の事を思って書いた内容だった。まだ、気持ちを整理出来るような状態ではなかったけど、書く事によって自分の気持ちを整理しようとしたんだ。内容は辛辣で批判めいたことがほとんどだったけど、その頃子供を亡くした自分に周りの人は腫れ物に触るように慎重に、そして優しい態度で接してくれた。その優しさがたまらなくて、それに答えることがつらい日々だった。だから、絵梨香ちゃんのそのきつい内容の手紙が、反対に気持をほっとさせるものがあった。それで返事を出したんだ。でもその後、あの子が悟の娘だとわかると、それまでのように僕はやりとりが出来なくなった。絵梨香ちゃんの気持も考えたら、どうしたら一番いいのかよくわからなくなっちゃったからなんだ。」


隆博は小さくため息をついた。

「悟とはもう会うこともないだろう。だけど気持は残っていた。あの頃のままだ。レナと和可を欺いていたといえば、そのとおりだと思う。だけど、気持を消すことは出来なかった。だとしたらふたりに、夫として父親として、現実の生活では精一杯のことをしたいと思っていた。だから、和可が死んだ時は、つらかった。すべて和可の死は自分のせいだと思った。あの子に何もしてやれなかった。結局、レナすら幸せに出来なかった。」

話す彼の声が少し震え始めた。

「絵梨香ちゃんと、そう、彼女と繋がることは、その先には悟がいるんだって、いつかまた会うことが出来るのだろうかと、淡い期待を持つ心の動きに繋がることだった。だけど、そんなことを考えちゃいけないんだ。そのことに目を向けちゃいけないんだ。」


隆博の中にそんな葛藤があったなんて、俺は何も知らずに何年も過ごしていたんだな。

仰向けになって天井の一角をじっと見つめていた隆博が強張った表情になって、

「和可が死んだのは僕のせいだ。それに悟の家庭が駄目になった原因は僕だ。」

「自分を責めるな。」

俺の言葉を無視して、彼は続けた。

「絵梨香ちゃんは優しい子だ。それでもそんな僕を受け入れようとしている。そんな彼女の好意に甘えてしまった。だけど、本当は来ちゃいけなかった。本当はこんなところでこんなことしていちゃいけないんだ。自分にはそんな資格なんてない。」

声が震え、途中、途中、言葉が詰まった。


「だって、和可は10歳までしか生きられなかった。もっと生きられたら。学校に早く行きたいって、ベッドの上で何度もランドセルの中身を出したり、しまったりして。入院中のベッドの上で寝ていても、あの子はきっと病気が治って、又学校へ行けるんだって信じていた。そうだよ。だって、小児がんだってわかってから、あっという間だった。誰もこんなことになるなんて予測すら出来なかった。気持ちがついていかない。進行が思ったより早くて、その状況にとても気持ちがついてなんていかなかった。その間に、あの子に何か親としてしてやれたかというと、本当に、本当に何もしてやれなかった。もっと生きられたら、小学校を卒業して、中学、高校、大学に入って、就職して、どんな娘になっていたんだろうって。ボーイフレンドだって出来ただろうし、結婚だって。」

「そういうこと考えるとたまらないんだよ。」

声が段々涙声になってくる。

「和可は今どこにいるんだろう。寂しくないんだろうか、悲しくないんだろうか。そこはどんな所なんだろうっていつも、いつも考えるよ。あれから7年経った。僕の中では和可は小さなあの10歳の姿のままだ。そこから僕は動けない。動いちゃいけないような気がする。でないと、和可の事を忘れてしまうんじゃないかって恐いんだ。」

あいつはそう言って、堰が切れたようにがくがくと肩を震わせながら激しく泣き始めた。

「僕の愛する人は僕の側にはいてくれない。みな去っていく。いくら思っても、いくら相手のことを強く強く思ったって、みな僕から離れていく。2度と会えないところへ。だったら、自分の心を封印した方が楽だ。もう誰かを愛したりなんてしない。恐いんだよ。」


抱きしめた。懇親の力をこめて。

あの女の子の事を思い出した。雪山へ行った時に話してくれた高校生の時の彼女。

それから娘。愛する者の死に慣れるなんて、出来るわけがない。

「和可が死んだのは僕のせいだ。」

泣きながら又そう繰り返した。

「自分を責めたところで何になる?自分が悪いんだ。自分のせいなんだって、自分を楽にしているだけだ。」

「楽にしているわけなんかない。」

隆博は怒ったようにはき捨てた。

「自分のせいだと言って、自分ひとり罪をかぶれば、同じように罪をかぶらなければならないものはもうそこで何も言えなくなってしまう。」

俺がつぶやくと、はっとしたように彼は俺の顔を見た。


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