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彼の娘  作者: 大島 有
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9話 過去を思う

俺が3年のとき、1年生でうちのワークショップに入ってきた中にお前がいた。

真面目でしっかりとした目標を持って、なんにでも意欲的に一生懸命やっていたし、礼儀正しく、人当たりも良くて、同年のやつらにはもちろん、俺たち先輩連中もヤツのことは気に入っていた。文才も才能もあった。素質がある。そう思うと面倒をみてやりたくて気になりだした。他の後輩に対する気持ちとは別の気持ちがあった。

でも、それを意識的に表に出てこないように封をした。それがあの飲み会で送ってもらった時にはじけ飛んでしまったんだな。それから仲良く話をするようになって、たぶんお前も好意を持ってくれていると思っていたから、甘えていたんだろうな。他のヤツには話をしたこともないことも話したし、愚痴も聞いてもらった。


「悟が僕を1年の頃から知っていて、見ていたなんて全然気がつかなかったから。」

意外だったと、彼は繰り返した。

「あの頃の悟は、たぶん抱えていたものが大きかったんだろうなって、その責任とかこれからの現実の生活の大変さとか。だから、愚痴を言うのもわかっていたし、あの時だって、後から考えたら、たぶん、彼女が流産しかかった事で、否応なしに現実を見せられて戸惑っていたんだと思ったよ。」


そうその通りだ。乃理子がキッチンで足を滑らせて、流産しかかった。何週間も病院で入院していて、持ち直してほっとしていた頃だ。

そうその時だ。飲んで酔いつぶれたあいつに、毛布をかけてやったとこまでは覚えていたんだけど、自分もその隣で寝込んでしまった。だいぶたって目を覚ましたとき、あれ、あいつ何でこんなとこで寝てんだろう?ってぼーっとしてて。あ、そうか、家で飲んだんだっけって思い出したら、こんなことしてお前と楽しい時間を過ごすのもそんなにないんだって思ったら、無性にむなしくなって、あせりみたいなもんを感じて、それで発作的に言ってしまったんだ。

「うん、わかっているよ。もう言わなくていいし、そのことで自分を責めたりしなくてもいいんだよ。」

「たぶん、僕も望んでいた。あの後、ああなったのは自分の意思だ。だから悟が自分を責めたり、否定することなんてないんだよ。ま、多少強引だったけどね。でも、段階踏んでたらああなったかどうかわからない。時間もなかったしね。」

「それに強引でせっかちなのはあんたの特権だろ。」

「ちゃかすなよ。自分が否定し続けた自分をお前は受け入れてくれた。ひどく嬉しかった。自分が肯定されたと思った。」


高校の時、先輩にやられたこと、その事と父親に暴力を振るわれていた子供の頃が重なった。力で抑えられて、無理やり自分の意思とは関係なく相手の思うままのことを押しつけられる。それをひどく嫌悪した。相手を嫌悪し、憎む、それ以上にそんなことをされる自分を嫌悪し、蔑んでいた。自分を否定され続けていた。それはいろんな女の子とつき合って、女の子を意のままに自分の思うようにしても解消されないままだった。

そんな時お前に会った。だけど、男が男を好きになる。それが自分の事だと認めるにはひどく長い時間がかかった。自分で自分がわからなくなった。それを否定したかった。だからその気持ちを封印して、女の子とつき合い続けた。自分で自分をごまかしていた。

今ならはっきりそうわかる。あのときはそれすらもよくわからなかった。


「誰だってそうだ。僕だってわからなかった。あんたを受け入れたけど、それでもあの頃付き合っていた彼女との間を行ったりきたりだ。最後の最後まで、本当に自分の気持ちなんてはっきりわからなかった。」

「そしてそれをお互い話すべきではないと思っていた。だからぎりぎりまで自分の気持ちすらあんたに言うことはなかった。」

「そうだな。はっきりしたところで俺たちが得るもんなんてないと、半分はあきらめていた。」

「だけどこんな気持ちを抱いたのは悟が最初で最後だ。あとは思い起こしても女性にしかこんな気持ちは抱かなかった。」

「俺もだ。」

サイドテーブルからタバコを取りだし、火をつける。ダウンライトの灯りでようやく手元が確認出来た。俺たちは話し続けた。


「奥さんと別れてから誰かとつき合った?」

「いや。まだ別れてから浅いし。でも、悟はあいかわらずだったらしいね。」

また絵梨香か。おしゃべりなんだから。

「でも何だかどの子もしっくりいかなかったよ。楽しいんだけどね。」

「映画とかコンサートに行って、ドライブして、週末になると絵梨香と3人で公園へピクニックに行ったりして、それはそれで楽しいんだけど、夜ベッドに…。

あ、ごめん、こんな話。」

「いいよ。大事なことだ。」

相手が隆博だと思うと、つい甘えてしゃべり過ぎてしまう。

でも、彼は気を悪くしたふうでもなく、同じようにタバコの煙を吐き出す。

「一過性のようなものを感じるんだ。それはそれで過ぎていくだけのものっていうか。本当の充足感や、相手のことを心の底から欲しいとか、愛しいとか、そういうのがあまり感じられないんだ。」

「変な話、乃理子ともそれに近かったのかもしれん。」

「ふうん。人と人との付き合いって、一緒にいる時間をつなぎあわせて、重ねていくみたいなもんだろう。その瞬間、瞬間って、一過性といえば一過性なんだろうけど。」


(永遠)と呼べるような付き合いとか、人との絆ってあるのかな。

隆博は独り言のように、そうつぶやいた。

「それで、隆博は?」

彼の言葉の意味を考えてみようとしたが、よくわからなかった。それで、話の続きを振った。

彼が言いにくそうに口を開いた。


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