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彼の娘  作者: 大島 有
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8話 かけらが合う時

暫くそうやって黙ったまま、部屋のダウンライトの灯りをぼんやり眺めていると、

「何考えている?」

あいつが聞いてきた。

「いや。」

俺の手を解くようにして、真向かいにむき直して体を横にすると、

「言えば?」

真っ直ぐな視線で俺の目をじっと捉えた。

俺は口ごもった。あいつは聞きたそうにじっと目を覗き込む。

「うん。お前とこうしている時に、こんなこと言うのもなんだけど。」

「…乃理子のことを考えていた。」

「乃理子さんのこと?」

「うまくいかなかった原因っていろいろあると思うんだけど、今、お前といて、はっきり俺たちの間に足りなかったものが何なのかわかったような気がしたんだ。」


パートナー間の間に大事なものは何かって考えた時、確かに体の関係だけが重視されるものではないと思うんだけど、その時にお互いが感じる、つながっているという充足感みたいなもの、それは言葉で表したり、考えたりするものじゃない。でも、必要なもの。

さっき、隆博は俺のことを弱いといった。

そうなんだ、今までひとりでずっと頑張ってきたような気がする。不完全で弱い存在なのに、それを認めたくない。我を張って生きてきたような気がする。自分はあちこち欠けている存在なのだと思い知らされる。そのかけらはどこにあるんだろう。ふたりの思いがおんなじ次元にあって、その欠けたかけらとかけらが一瞬交わるようなそんな感覚。

言葉では言い表せない。それは一緒にいる時、日常生活の中にでも感じることだけど、身体を合わせる、その瞬間にこそひどくせつないほど狂おしく感じる。

乃理子とはそれを感じることができなかった。

愛していなかったんだろうか。愛そうとした。本当に愛そうとしたんだ。


俺は話し終わって、

「ごめん。」

謝った。

「いや、いいよ。大事な事だ。お互いの配偶者の事をまったく考えないって不自然だし、今までずっと一緒に生活をしてきたんだ。思い出したり、どうしてうまくいかなかったんだろうって考えたって不思議じゃないよ。」

そしていたずらっぽくつけくわえた。

「ま、確かにこのシュチュエーションで僕に聞かせる話なのかどうか、TPOを考えて欲しいとは思うけど。」

「ごめん。」

「それでも悟が今それを思ったんだったら、それはそれでいいよ。話してくれたって。」

そして、

「乃理子さんには感じなかったことを僕には感じたってことなんだよね?」

「あ、ああ。」

ダウンライトの薄暗い灯りだけなので、相手の表情まではっきり見えない。だからあいつがどんな顔でそう言ったのかはよく見えなかったけど、でもそれでよかった。自分の表情も読み取られないからだ。恥ずかしいという思いが全身を熱くした。

頭で考えるより先に体が反応してしまう。このことをずっと何回も反復して考えていた。俺は普通じゃないんだって。でもこいつ以外にそんなふうになったことなんてない。だけど思った。今の自分にはどうでもいいことだ。どうしようもない、どうにもならない。だって、男であろうと女であろうと、こいつがこいつである限り、俺は魅かれただろう。17年前から今日まで、ずっとそれは変わらない。

一緒にいると昔のことを思い出す。

「変な事を思い出していた。」

「どんな事?」

「こういう事って話したことはなかったな。初めてこうなった時の辺のこと。」

「ずいぶん昔の話だ。」

「そうだな。」


「あの頃、すっと自分で自分の事を否定していた。高校の時、ああいったことがあって、ひどい屈辱で死にたいって思っていた。だから、そういう感情を持つ人間がいること自体、信じられなくて、否定したくて。でも、俺がお前に対して思っていた感情は、そういう感情だったんだ。それを否定して、否定し続けた。でも、どうにもならなくて、あの時、言ってしまった。でも取り返しがつかない。後戻りも出来ない。とにかく自分の気持ちを素直に言って、受け入れてもらうか、拒絶されるかどちらか選ぶしかなかったから。」

隆博はだまってそれを聞いていた。

高校時代、ラクビーにはまっていた。部活の上下関係は厳しく、練習もきつかったけど、元来スポーツが好きだったし、部活以外にもいろんな面で手本にしたいような良い先輩が一杯いて、仲間がいて、ひどく楽しい時代だった。

その頃のことだが、大会が終わった後のいつもの打ち上げ。居酒屋でしこたま飲んだ後、ある先輩に誘われて、彼のアパートで飲みなおした。気がつくと、周りに仲間はいず、その先輩と俺の2人だけになっていた。

その時、酔っ払った先輩に、体を押さえつけられて・・・。死にたかった。屈辱でまみれた自分の体を見ることさえ嫌だった。なのに、大学に入って隆博と知り合い、俺が隆博を見る目は、否定したくてたまらなかったけど、あの時の先輩と同じ。その肌に触れたいという本能だった。

だけどその感情を否定し続けた。否定すればするほど、その感情は自分にまとわりついて離れない。


隆博と飲んだあの夜。

あの時、自分はひどく酔っ払っていた。それはあいつも一緒だったけど。今までになく酔っていて、しっかりしたことが考えられなくて、意識が時折飛んだ。

その時自分がたたされている状況が本当は望んでいる状況ではなかったんだと、気づき始めた頃だった。

あの時、乃理子が流産して、それが持ち直してほっとはしていたけれど、本当は自分が想っている相手は誰なのか、自分の中で段々しっかりとした形になっていった頃だった。でも、それは一般の常識とは違うと認識していた。回り世間一般見たらそういう情報しか入ってこなかった時代だ。


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