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彼の娘  作者: 大島 有
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7話 真夜中

え、まだだいぶ先だけど。

言いかけて、彼の怒ったような表情を見て口をつぐむ。

それで大人しく同じようにタクシーを降りて、通りを並んで歩く。

夜も更けてかなり遅い時間だけど、街の中心地であるこの大通りにはまだあちこちで明かりを灯し、営業をしている店が多くある。そのにぎやかな明かりを見ながら歩いていると、

「弱いって言えよ。」

急に隆博が口を開いた。


「いつも昔からそうだ。あんたは強がりで弱いとこなんて絶対見せない。でも、左の足を引きずるのも、左の指がうまく動かないのも事実だ。あんたにだって弱いとこなんて一杯あるんだろ。僕だって弱いけど、それでも僕には弱いとこ見せろよ。」

黙っていると、

「悟。あれから長い年月が経った。その間にいろんな事があった。それでも僕は一日もあんたのことを忘れたことはなかったよ。いつも先輩面してえらそうなこと言って、強がって弱いとこなんて見せない。でも、いつも思い出したのは、時折見せる、子供のような頼りなげで泣きそうな目で僕を見るあんたの弱々しい、そんな表情だ。でも、それが僕にはひどく大切で大事にしたいものだったんだ。だから、いつだって手を貸すよ。そんなに力にはなれないかもしれないけど、いつだって手を貸すよ。」


あいつは繰り返した。

そしてそれだけ言うと、俺を無視してどんどん早足で前を歩いていった。追いかけながらあいつの後姿を見ながら思った。

今日は商用で出かけた後で、大人っぽいシックな色のシャツにジャケットを着ていて、それが年よりも若く見える彼を年相応に見せていた。ポケットに手を突っ込み、半分怒ったように前かがみになって歩くあいつの姿に、17年前の20歳だったあいつの姿が重なった。チェックのシャツに膝が少し擦り切れたようなジーンズにナイキのシューズ。若くてまだ幼い印象がぬぐえない彼。いつも穏やかで冷静なヤツが珍しく怒ると、ああやってポケットに手を突っ込み、早足で歩きだしたっけ。

変わらんなあ。

昔の仕草を見つけ、何だかひどく嬉しくなってしまった。

寄りかかってもいいって言ってくれた。

どこかで誰かに頼りたい。弱いところをさらけ出したい。無意識に自分もそう思って生きていたんだろうな。弱い、いくら強がってみても。そうふたりともただの弱い存在にしか過ぎん。

隆博に追いついた。

「待ってくれ。」

腕を取った。

「弱い、そう俺は弱い存在だ。でも、お前には弱いって言っていいんだな?」

あいつは黙って頷いた。


マンションに着いた。真夜中を過ぎ、エントランスは静まり返っていた。

降りてきたエスカレーターに乗り込む。

エレベーターが上がっていく振動が、かすかに音として聞こえるくらいで、辺りは静まり返っている。その静けさがちょっと落ち着かなく、

「もうちょっと飲みなおそうか?」

そう言うと、

「それより、悟。」

彼が俺の腕を掴んだ。

「…。」

その後の言葉が続かない。

その苦しそうな何かを我慢しているような表情を見て、言わんとしていることがわかった。

俺も同じだ。

あいつの腕を取り、自分の方へ思いっきり引き寄せて、口を押しつけた。

その衝撃で、エレベーターの壁ががたんと音を立てた。


オートロックを解除するのももどかしく、部屋に入りそのままベッドに倒れこむ。

欲しい、欲しい、欲しくてたまらない。

飢えと渇きで体中がひりひりと焼けつくようだ。

長い、長すぎる。もう我慢したくない。自由になりたい。自分の内面の全てをさらけ出したい。弱いところも汚いところも、全部。

あいつの体温も肌の感触も、全て想像や夢でなく、現実こうやって自分のすぐ側に置いておきたい。今だけでなくずっと、これからもずっと。

背後からあいつを抱くようにして身体を重ねる。

瞬間、背筋に電流が走るような感覚にあの時の感触を思い出す。

お互い大学生だった。まだ、若くて世間のことなんて何もわからなくて。お互いしか見てなかった。その頃の純粋で若すぎた自分たちのことを思い出す。

ゆっくり動き出すと、身震いするような快感が押し寄せてくる。すぐにゴールを目指したくなるが、それを我慢して波の間を行ったりきたりする。そこへ到達するかと思うと引き離される、到達するかと思うと引き離される、その繰り返しに気がおかしくなりそうだ。そしてゴールに手が届きそうになる一歩手前で頭の中が真っ白になった。

(ああ、そうだ。これだ。)

(こんな感覚。この感覚が乃理子とは一度もなかった。)

それは何なのか?17年も一緒にいたのに。

ゴールに飛び込んだ後、波がうっすらと引くように、余韻を残して消えていく快感を惜しむように、あいつの体を両手で堅く抱きしめる。


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