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彼の娘  作者: 大島 有
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6話 弱い自分

曲が終わって絵梨香がやって来る。

「パパどうだった?」

嬉しそうに。

ふと隆博の顔を見る。

「すごい、良かったよ。絵梨香ちゃん素質あるよ。素敵だった。」

笑いかけるあいつの顔を見て胸が締め付けられた。絵梨香に和可ちゃんの成長した姿を重ねて見ているのか。複雑な思いを顔に出すまいと必死に感情を押し殺した。

そうだろ、だって一番辛いはずのあいつがあんな穏やかな優しい表情で絵梨香に接してくれているんだから。

「でも、でも、ステージで歌うってあんな感じなんだねえ。絵梨香やっぱり好きみたい。」

「歌が?」

「うん、うん。」

彼女は興奮気味だ。これから夢を追っていける年頃っていうのは、人生の中で一番の旬、輝いている時期だ。その後に挫折や裏切りや失意や、そんな諸々のものが待ち受けていたって、この時、希望や情熱や人生の目的を見つけた喜びに輝く魂には、そんなものは遠い不確かな物にしか映らないだろう。

いや、それでいいんだ。絵梨香にはいつもそうやって輝いていて欲しい。それを見るのが俺にとって一番の幸せだからだ。

「いやあ、ありがとさん。店番。」

「別に何もしてないけど。」

「絵梨香ちゃんごくろうさん。とても良かったでえ。俺の目に狂いはないな。」

「何、言ってんだ。」

「いや、ほんまええ声してるわ。お父さん、たんとお金出して音楽の勉強さしたってや。」

要が世話をやいた。

「わかってるよ。」


どうも話に夢中になっていて気がつかなかったけど、バンドの後の3人。

ヴォーカルの女の子と、ピアノ、ドラムのふたりのメンバーも到着したらしい。ステージ上で音合わせをしたりして準備をしている。

「良かったな。何とか場が持って。」

「ほんまや。でも絵梨香ちゃんのええ声も聴けたし、おまんのピアノも聴けてよかったで。」

「要もうまくなったな。聴くのって大学の時以来だけど。」

「ほうか。」

「しびれるよ。」

ヤツは嬉しそうに笑顔を向けた。

それから少ししゃべったり飲んだりしていたが、頃あいを見計らって席を立った。さっきの話の続きが気になったし、隆博が気疲れしていないか心配になったからだ。

おあいそをして席を立つと、要は出口まで見送ってくれた。

また、来てや。まっとるで。

うなずいて店を後にする。


大きな通りまで出てタクシーを捕まえようとすると、絵梨香が急に、

「あ、言い忘れてたんだけど、今日、私、真奈美の家に泊まる事になってたの。」

「真奈美ちゃんのとこに?」

真奈美ちゃんは絵梨香の一番の仲良しで、アメリカに行っても手紙やメールのやり取りをずっとしていたことを知っている。

「いいでしょ?」

うーん、別にいいけど。

時計を見て、一瞬躊躇したが、絵梨香の携帯から真奈美ちゃんの母親に電話する。

〝一晩世話になるみたいで、電話するのが遅くなってすみません。申し訳ありませんがよろしくお願いします。〟

すぐに出た彼女の母親にそう告げると、

〝真奈美も楽しみにしてますのよ。絵梨香ちゃんに会うのひさしぶりだし。〟

愛想のよい返事が返ってきた。携帯のフラップを閉じながら、

「こういうことは早く言わないと、真奈美ちゃんのお母さんにお願いしないといけないし。」

ごめん、ごめんと彼女は頭を下げた。

隆博は不思議そうな顔をして、絵梨香ちゃんいないの?と聞いた。

友達の家に泊まる約束をしているらしいと答える。


だけど俺にはわかっていた。絵梨香のやつ。

俺たちをふたりにしてやろうと気を利かせて友達の家に泊まりに行くんだな。全くませているというか、何ていっていいか、気恥ずかしくて娘の顔がまともに見れない。

「じゃあ、パパ、まだ電車があるから行くわね。」

走っていく絵梨香を追いかけて、彼女の手に数枚の札を握らせた。

わ、ありがと。サンキュー。

向こうのお母さんに迷惑かけるなよ。

わかってるって。帰る時またメール入れるね。

絵梨香を見送って振り返ると、タクシーが隆博の脇に止まったのが見えた。

後部座席の後ろのドアが開いた。

走って戻ろうとして、慌てたせいか左足がもつれて転びそうになった。

それを見た隆博が走ってきて、

「大丈夫か?」

手を貸そうとした。

差し伸べられた手を見て、急に恥ずかしくなった。

そして無意識にその手を振り払ってしまった。

「大丈夫だ。」


自分の声が、自分でもびっくりするほどぶっきらぼうに響いた。

それを聞いたあいつがびくっとして、手を引っ込め表情を曇らせた。

そこで、謝ればよかったんだけど、自分が事故の後遺症で左半身に不具合があることを現実として悟られて、ひどく恥ずかしく、困惑したからだ。

そう、左手の薬指と小指がうまく動かない。細かい仕事には支障が出る。足もそうだ。普段はわからない。でも、慌てて走ったりした時に、ほんとにわずか、いつも身近にいるごく親しい人でなければ見てもわからないくらいだが、足を引きずることがある。


タクシーの中で隆博は窓の外を見て、ひとこともしゃべらなかった。気まずい雰囲気が流れた。さっきの和可ちゃんの話も彼の心を曇らせるには充分な原因になっていた。

どうしようか。せっかく絵梨香が気を利かせてふたりにしてくれたのに。困った。

そう思っていると、マンションのある3ブロックも手前で隆博が急に、

「すみません。ここでいいです。」

車を止めた。


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