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彼の娘  作者: 大島 有
19/83

2話 帰ってきた友

「堀江くんって、ひょっとしてあの〝Green Season〟書いたん人?」

あいつはペンネームを使っていない。出している書物は全て実名だ。

要が言った〝Green Season〟というのは7年前にあいつが賞を取った時の作品だ。

ええ、まあ、とあいつが返事を濁すと、

「いやあ、すごいわ。そんな作家先生に会えるんとは思わへんかったわ。」

要がすっとんきょうな声をあげた。

「先生なんてやめてください。恥ずかしいですよ。」

周りの客に聞かれないように小声で隆博は要をたしなめた。

「いや、すんまへん。そうか、悟の後輩やったんかあ。俺、あれ読みましたよ。」

「ほんとですか。うれしいです。」

それを聞いていた絵梨香がすーっと隆博の側へやってきて、

「私なんか隆博さんの本、全部読んでるんだよ。」

「え、そうなん。」


〝すごいでしょ。パパのお友達に隆博さんみたいな有名人がいるなんてね。〟などと、ふたりして隆博の話題で盛り上がっていると、あいつが困ったような顔をして、助け舟を求めるように俺の方を見た。

「要、何か飲むもん出してよ。」

話題を変えようとカウンターに腰を下ろした。

「おお、悪い、悪い。悟のこと忘れとったわ。」

まったく。

「でも来てくれてうれしいで。」

「店はどうだ?」

「まあ、ぼちぼちやで。何とかまわっとるわ。」

「そうか。」

何飲むん?聞かれて、

ジンをストレートでレモン絞って、

と言うと、

相変わらず酒強いんなあ。

と返される。

堀江くんは?

僕も同じで。

こっちも強いわ。

要が声をあげて笑う。


「こいつ昔まったく飲めんかったんやけど、俺が飲めるようにしたんだよ。」

「悪い先輩やで、全く。」

俺たちの相手をしながら、彼は手際よくグラスに氷を入れる。

「で、こっちにはずっと居れそうなんか?」

「俺はね。」

「え、絵梨香ちゃんは?」

来月からアメリカの大学へ行くのだと話すと、そうか、おまんも寂しくなるなあと、やつは同情したような顔をした。

離婚したことは要も知っていた。絵梨香がアメリカに行ってしまうと一人暮らしに逆戻りだ。


要は学生時代からずっとバンドをやっていて、大学を卒業すると実家がある大阪へ帰っていった。大阪で就職し、その傍らずっとバンドをやっていたが、10年前東京へ出てきた。

もともと人あしらいがうまく、その場の雰囲気を明るくするひょうきんなやつで、会社勤めはむいてないと思ってみていたが、やつもそう思っていたのだろう。大阪の会社を辞めると、東京へ出てきていろんな店で修行し、経験を積んで、5年前にこの乃木坂でこの店を始めた。自身もサクスフォーンの奏者で、音楽活動もしながら食べていくにはこういう店をやるのが一番だと考えたんだろう。

7年前に結婚して、奥さんと5歳になる男の子と3人で暮らしている。

「で、こっちの方は?」

サクスフォーンを吹くまねをすると、

「こないだうちのバンドでCD出したんやで。」

「そうか、すごいな。」

「ライブもぼちぼちやってんで。なんとか地道に息の長い活動、続けていきたい思ってんけどな、嫁さんと子供抱えてんと、なかなか自分の思い通りにならんこともあって大変やで。」

「ふーん。」

「でもおまんはええわ。若い時の子供やもん。もう手が離れるでええなあ。」

「そうやな、夢ばっかも追ってられんときもあるわな。」

要としゃべってると、ついこっちまで関西なまりになってしまう。

でも家族抱えていると責任もあるし、自分の夢ばっかりも追っていられないけど、それでも家族がいるっていうのはいいことだ。自分の力になる。がんばろうって気になるもんな。

そう言うと、

「ほうや、ありがたいことやで。」

カウンターの隅の方を見ると、隆博と絵梨香は顔を寄せ合って何やら話しこんでいる。

いやに仲がいいな。ま、ありがたいことだけど。

ちょっと妬けるな。

どっちに?どっちに対してもかな。


その時、店の電話が鳴った。

電話に出た要が、

「そんなん、困るやんか。」

泣きそうな声を出した。

何かあったか?

電話を切ってこっちに来た要に、

「何?どうした?」

聞くと、

「あれよ。」

店の壁に貼ってあるライブの案内を指差した。

「え、今日ライブあるの?」

それには今夜9時からのライブの案内が示してあった。小さくてよくわからないけど、何とかってバンド名が書いてあった。女性ヴォーカルと、トリオ、つまりベース、ピアノ、ドラムの構成のバンドみたいだ。

「それが、こっち来る途中で事故にあったらしくて遅れるゆうねん。」

車と車の接触事故らしく、メンバーに大した怪我はないらしいが、ヴォーカルの女の子がちょっと足を打撲したらしく、病院へ運ばれたらしい。

「たいしたことはないらしいでこっち来れるゆうんやけど、遅れる言われてもどのくらいかわからへんし、困ったわ。だいぶお客さんも集まって来てんし。」

周りを見回すと、なるほど。いやに今日は混んでると思ってたけど、そういうことか。

時計を見ると8時45分を回っている。

「いやに遅いしどうしたんやろって思って、やきもきしとったんやけどな。」

俺は思いついて、

「何で、お前がやればいい。俺、店番してやる。」

メンバーが来るまで、要が演奏して聴かせていれば場が持つだろうと考えた。

「しかしなあ、おまんに店まかしてちゅうのも困るねん。」


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