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彼の娘  作者: 大島 有
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第2章 「夢」 1話 乃木坂

タクシーを拾って乃木坂まで出る。

前を歩いていく絵梨香の背中を見ながら、

「明日もこっちだって言ってたよな。」

明日も出版社との打ち合わせなどがあり、こっちにまだいるとは言っていたが、今日はこっちに泊まるんだろうか。

ふたりになって、やっとあいつの都合を聞くことが出来た。

「ああ。」

「どこかホテル取ってる?」

もし良かったらうちに泊まれば、そう言おうと思って口を開いたが、自分がひどくその台詞を言う事に緊張しているのがわかった。

そうなんだ。泊まるとこ予約してるから今日は…って言われたら。

すると、隆博はおかしそうに、

「それが、うちに泊まっていけって、勝手に予約していたホテルキャンセルされちゃったんだよ。」

「また、あいつか。」

いつもふいをつかれてびっくりすることだらけだ。

「うん。ほんと親子揃って強引だよな。昔、悟に強引に連れられていろんなとこ行ったの思い出したよ。僕の都合なんて全く無視なんだから。」

恐縮して謝ると、

「別に嫌がってるわけじゃないよ。誰かがそうやって背中を押してくれないと、前に進めないタイプだからね。自分は。」


やつの話によると、俺が帰る前に、絵梨香が歯ブラシからパジャマまで揃えて、ベッドのシーツも換えて、すっかり用意しているらしい。

そこまでやられたらまさか嫌とも言えまい。

若いから出来るんだよなあ、そういう強引なこと。そう思って、自分の若い時と比べてみた。

なるほど、隆博の言うとおりだ。俺も強引に自分の思ったように進めてきたかもしれん。でもホントは絵梨香のその行動に助け舟を出されたような感じで、ちょっとほっとした。まだ、話したいこともいろいろあるし、いや、もっとそうじゃなくて…。

あれこれ考えながら歩いている俺に比べて、あいつは涼しい顔で、だいぶ長い間会っていなかった距離など感じさせないくらい自然に俺の横を歩いていた。何も考えていないみたいに。

これからの成り行きのこと、絵梨香と隆博の関係のこと、後でふたりになったら何を話そうかとか、今までのふたりが通ってきた道のりのこととか、あれこれいろんなことを考えている俺の方が不自然なくらいだ。

そんなことを考えながら歩いていると、要の店がある路地に入る横道へやって来た。

「パパここだったよね。」

「よく覚えてるな。」

「うん。」


大通りの広い道を横に反れると、すぐ細い路地に突き当たる。飲食店やバーなどが何軒か並ぶ通りを過ぎる。そんな店のネオンがまばらになってくると、また横へ反れる細い通りがある。そこを右に曲がるとすぐ要の店が見えてきた。

薄暗い路地にぽつんと灯りが見える。ガス灯の淡い光に、彼の店の看板が照らされている。その黒い銅版で出来た看板に、店の名前「アンティクス」という金色の文字が浮かび上がっているのが確認出来た。

「アンティクス」何語だったかな。

〝ファニー〟

つまり不思議なとか、変わっているとか、個性的なとかそんな意味だったと思う。ここのオーナー、要にぴったりの形容詞だ。

重厚な鉄製の扉を開けると、店の奥からほのかな灯りが包み込むように俺たちを迎えてくれる。


「いらっしゃい。」

カウンターの中でグラスを磨いていた要が顔を上げて、おおっというような顔をした。

「なんや。えらいひさしぶりやん。いつ帰ってきたん?」

カウンターから飛び出てきて、思いっきり関西弁でまくしたててきた。

そう、やつの実家は大阪で、ばりばりの関西人だ。ひょろっと背が高く、たわしのような茶色い頭をして、面長の顔に黒縁の眼鏡をかけている。その風袋から見てもまさしく〝ファニー〟という形容詞がぴったりくるやつだ。その眼鏡の奥で、飛び出しそうなくらいぎょろっととした大きな目をくるくる動かして、やつはしゃべり続けた。

「3年くらい会ってへんかったやろ。もうずっとこっちにおるん?今日はなんやのん?連絡してくれたらよかったに。」

「ごめん、急に来て。まだ先月帰ってきたばっかりなんだ。今日は絵梨香がお前の店に行きたいって、それに俺の大学の時の後輩がこっちへ来たんで連れてきたんだ。」

「そうか。それはよう来てくれたな。絵梨香ちゃんきれいなったんちゃう?ちょっと見んうちに大人っぽうなって。」

要さんいつもお上手やね、などと言いながら絵梨香も久しぶりに会う要に嬉しそうだ。


「ほんで、悟の後輩って、何?どこの学部やったん?」

英文学科です、隆博が軽く頭を下げた。

「そうか、俺、経済学科やったで、おうたことなかったかもしれんへんなあ。悟からも聞いてへんかったしな。」

要は店のカウンターの奥から名刺を取り出し、

「木ノ内要いいます。よろしゅう。ここで店初めて5年になるんや。」

隆博に名刺を渡すと、あいつも同じようにジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、要に渡した。

「堀江です。いいお店ですね。」

そりゃ、どうもというように要がその名刺に目を落として、びっくりしたように顔を上げた。


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