16話 絵梨香の夢
「親父さんとは?」
俺たち親子の仲が悪いことを知っているので、隆博が心配そうに尋ねた。
「元気だよ。昔みたいなことはない。時々だけど会ってるし、親父は絵梨香には甘いからなあ。結構いろんな物買ってよこしてくるよ。」
「おじいちゃん?」
ポテトサラダを口に頬張ったまま、彼女は、もごもごと会話に参入する。
「そう。」
「おじいちゃんって結構強面だけど、私には優しいわよ。こないだもねえ。」
「ああ、あれか。ちょっと派手だったよなあ。」
絵梨香の17歳の誕生日に親父が真っ赤なドレスを買ってよこした。
「そうかな?すっごい良かったよ。」
「何?」
隆博が聞いた。
「今年、卒業だっただろ。向こうの学校って卒業式の後に、ダンスパーティがあるんだよな。それに着ろってドレスを買ってよこしたんだ。」
「プロムのこと?」
「そうそう。すっごい素敵だったわよ。ロマンチックだったわ。」
絵梨香はその時のことを思い出したようで、うっとりとした顔をした。
「まるで洋画の世界だな。」
「そうなの。いい記念だわ。」
彼女はまだ高校の卒業式を終えたばかりだ。
卒業式の後のプロムに出かける娘の姿を思い出した。真っ赤なドレスを着てガイにエスコートされて出かける絵梨香。髪の毛を結って、美しく着飾った姿なんて今まで見たことがなかった。ボーイフレンドに手を取られて車に乗り込む娘を、何時の間にこんな素敵なレディになったんだろうと、窓辺から眺めて感慨にふけった。今までのいろんな事が思い返されて何だか胸にぐっと詰まるものがあった。その時のことを思い出していると、
「何、にやにやしてんの?」
隆博がつっこんだ。
自分の親ばかぶりを見透かされたような気がして、
慌てて、
「ああ、ちょっと派手だったけどあのドレス似合ってたなあ。」
絵梨香の方を向いた。
「おじいちゃん結構センスいいのよね。」
「おじいちゃんもおじいちゃんだけど、悟はだいぶ親ばかみたいだな。」
「何で?」
「2人を見てりゃわかるよ。」
人をからかうような笑顔で、俺の顔を見た隆博の表情の中には、なんだか寂しそうな、それでいてちょっと嫉妬のような感情が入り混じっているように見えた。
それがちょっと引っかかったが、
「そうかな。ふたりの生活が長いんでね。」
「親戚もいない、知った人もいない海外の地では、親子2人で肩寄せあってやっていかないとねえ。」
絵梨香がふざけたようにおどけてみせた。
「でも、絵梨香には本当は悪いって思っていた。」
「え。何が?」
「ほんとに親戚も知人もいないような海外に、俺の仕事の都合で絵梨香をあっちへ連れてったり、こっちへ連れてったり。」
何だそんなことか、というように彼女は笑い、
「でも、私は楽しんでたわよ。いろんな所へ行けて、いろんな人に会って、いろんな経験をして。そのお陰でいろんな夢や目標が出来たわ。それはとても幸せなことだと思ってる。だって、そんな経験を皆が皆出来るわけじゃないし、やれることはやってみた方が自分のためになるじゃない。すべてチャンスよ。」
「絵梨香ちゃんは前向きだね。」
隆博が感心したようにそう言った。
「たぶん合ってたのよね。あっち行ったりこっち行ったりが。パパもあんまりそういうことでストレスためるような性格じゃないしね。」
いや、ほんとはストレス感じてたこともあったんだけどな。
特に乃理子のことだ。
絵梨香は小さいうちから海外へ連れまわしているから、順応するのも早いけど、ひとところであまり動かず、自分の生活を守っていきたいというタイプの乃理子には、海外生活はストレスの連続だったに違いない。自分とは合わないといえばそれまでだけど、苦労させた。今は申し訳ないという思いで一杯だった。
だから俺とは別れても、絵梨香とは時々は会いたいという乃理子の希望を叶えられないままでいることがずっと気がかりだった。もっとも日本にいなかったからしょうがないんだけど。
それに、また秋からインディアナ大学の音楽部に通うことになっている絵梨香は、当分日本にいない。だから、この休みの期間中、日本にいる間に乃理子に会って来いと口をすっぱくして言っているんだが、絵梨香は気がないみたいだ。
いや、そんなことではだめだ。近いうちにその話をしないと。
「でも絵梨香ちゃん寂しかっただろう?家政婦さんがいるっていっても、パパがほとんど家にいないっていうのは。」
仕事づけだ。ワーカーホリックか。全く。気が変になりそうな時期もあった。
「でもねえ、意外と週末なんかはパパものんびり出来る時があってねえ。そういう時はふたりで出かけるのよ。」
「例えばどんな所へ?」
「あれよ。」
絵梨香はリビングの奥にあるグランドピアノを指差した。
「ピアノ?」