ダン ド リオン(別離)
ある土曜日のバイト中。
約一ヶ月ぶりの昼勤務だ。前回は赤髪ロン毛の赤ロンの登場があったが、今回は何事もなく時は流れる。でも客の入りは前回よりも多いみたいだ。
実は今日は社長から話があるらしい。三時から食事会を含めた会合との事だ。この会合には学生のバイトやパートの主婦も参加のようで、『ただ飯ラッキー!』のような、軽い話ではない気がする。
そしてランチタイムが終わり、お店は一時休店となった。
「皆さんお疲れ様」
社長の桜ママが皆さんに声をかけ、話が始まる。
「今日はいつにも増して忙しくなりましたが、お疲れ様でした」
一同が頭を下げる。
「実は北海道の 札幌公園通り店が人気となり、函館にも出店が決まりました。それに伴い、何人か函館に私と一緒に来てもらうこととなり、この場を開いたしだいです」
一同に動揺が走る。
「一応、本人同意で移動が決まっている方を紹介します。まずは料理長・・・」
本人同意とうい言葉の後に名前が呼ばれ、ホッとした表情ををする人がチラホラいる。
ん? あれ? 最初に私と一緒にって言った?
話が一通り終わったようなので、俺は意を決して挙手をした。
「あら? 瞬くんは学生だから行けないわよ?」
「いや、違います。そうではなくて、私事ですがよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「社長も行くようですが、桜さんも行くのですか?」
「あー。瞬くんは聞いていなかったのね? 桜も一緒よ」
なんだよそれ・・・。
それで、勢い任せで、コクってきたりしたのか?
「芹香や香山さんも知っているんですか?」
「瞬くんが芹香ちゃんから聞いていないんだったら、瞬くんからは言わないでね」
「わかりました・・・」
先日、芹香と香山さんが怒っていたのはこの事もあったのか?
先週、お母さんと一緒に来た時にはそんなこと言っていなかったよな・・・。
「ねえねえ瞬くん」
「は、はい?」
「芹香ちゃんって誰? もしかして彼女とか?」
「沙里ちゃん、芹香は姉さんだよ」
「お姉さん? てかなんで、社長と知り合いなの?」
沙里ちゃんからの質問にみんなが聞き耳を立てている。
「あー。ごめんごめん。みんなに言っていなかったわね。一ノ瀬さんの声が聞こえちゃったから、私から言うわね。実は瞬くんは前会長の青井 朔太の甥っ子なの。この居酒屋にバイトを申し込んだ時、CEOの名前しか載っていなくて、私が代表って知らなかったのよ。叔父の名前を出さなかったら大丈夫と思ったみたいだけど、料理長には即バレしていたけどね」
なぜかみんなに笑われている俺・・・。
「芹香が来ても俺はわかるぞ? でも桜は変わり過ぎてわからなかったな」
料理長の言ったサクちゃんネタで一同が大爆笑をする。
「つーか、芹香は瞬が昼勤の時は毎回、迎えに来るよな? 瞬は信用がないんだろ?」
「えへへ・・・」
返す言葉がねえっす・・・。
「え? どう言うこと? お姉さんでしょ?」
沙里ちゃんが不思議そうに俺に聞く。
「えっと、姉弟だったのは六年間くらい。それに俺は叔父の子じゃないし。芹香も叔父が再婚した相手の連れ子だったから。顔も似ていないし、今は他人から見たら恋人同士みたいなものです」
「何それ! 恋愛小説じゃん! リアル恋愛小説きたー!」
沙里ちゃんの一言で、主婦の皆さんの目が輝き出した。
「一ノ瀬さん、芹香って子の凄いところは瞬のことが大好きすぎて、瞬から一秒も離れないんだよ」
「やばいやばい! ちょっと、その辺をもっと詳しく!」
沙里ちゃん、なんでメモっているの?
そして、料理長と沙里ちゃんが盛り上がる中、宴は終わりを告げた。
俺はバイト先を出て、バス停に向かう。サクちゃんのことが気になり、彼女にラインをしようとした。が、タイミング悪く前方から本人登場である。しかも隣には芹香もいる。その少し後方には聖也と香山さんもいた。
「お疲れー!」
芹香とサクちゃんが声を合わせて俺に言う。
仲良しさんだな・・・。
「うん、ありがとう」
「瞬、お疲れさん」
「青井くん、お疲れ様」
聖也と香山さんはお手々を繋ぎながら俺に言う。
「ありがとう。てか、君たちはお手々のシワとシワを合わせてナムーだな」
「う、うるさい!」
聖也くん、顔がマッカチンですよ。
「ねえ瞬くん、お母さんから何か聞いた?」
不安そうな顔で、俺に聞くサクちゃん。
今の質問で、あらかた見当はついた。
「なんか函館にも進出するみたい。社長、これから忙しくなるね」
「うん、そうだね・・・」
今の俺の返しは百点満点なんじゃね? じゃねじゃね?
「エミくん、何か隠しているでしょ?」
ガーン・・・。 芹香、怖い・・・。
「何を隠すんだよ」
「じゃあ、後ろの綺麗なお姉さんは誰?」
振り向くと、俺のすぐ後ろに沙里ちゃんと料理長がいる。
「はぁ!? いつからそこにいるの!?」
「いやぁ、一ノ瀬さんが芹香に会いたいって言うからさ。どうせ瞬を迎えに来るよって。言ったら、私一人だと色々と問題が生じるかもしれないからって。俺も来た」
料理長の話の途中から、沙里ちゃんは芹香の周りをウロウロとし、微笑ましい顔で芹香を見る。
「あの、なんですか?」
「うん、大丈夫」
「いや、私は大丈夫じゃないんですけど・・・」
芹香は沙里ちゃんに危険を感じている。
そして芹香は俺の腕にしがみついてきた。
「きゃー! くっついた! 本当だ! くっついた!」
「怖い。エミくん、この人なに?」
「いや、俺も状況がわからない・・・」
「えっと、一ノ瀬さん。本人が嫌がっているからその辺にして」
料理長ナイスです。
「アーン、了解・・・。ごめんね芹香ちゃん。私ね、恋愛小説を書いているから、取材的な感じだったの」
「はぁ。そうですか。取材ですか・・・」
「うん。またね芹香ちゃん」
沙里ちゃんはそう言って駅に向かった。
「芹香も瞬もごめんな。あの子、あんなイケイケだったんだな・・・」
「はぁ。そうですね・・・」
「そう言えば桜、久しぶりだな」
「湊さん、お久しぶりです」
「桜も函館に行くんだろ? 準備は終わっているのか?」
あっ。
言っちゃったよ、この人・・・。
芹香と香山さんは呆然とサクちゃんを見つめた。




