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ドラゴン討伐隊⑤

 段々と距離を近づけるバウンドウルフ達。

 低い姿勢で足音を立てずに忍び寄ってくる。


 こうしてまたこの世界から一つのPTが姿を消したのであった・・・


 ⇨ドラゴン討伐隊⑤



 討伐隊一行は夕方近くに目的地のザザの村に到着した。

 ザザの村にはガタリヤから連絡が入っていたようで、入り口で村長を始め多数の村人が出迎えていた。



 ガタリヤギルドから、村の防衛クエストを受けていたのであろう。

 10人程の冒険者PTも緊張した面持ちで討伐隊を出迎えている。



 通常、街や村の防衛は兵士達が行っている。

 しかしガタリヤはこれまで兵士と冒険者が一緒になって防衛を担ってきた歴史があるので、村の防衛もギルド主導で冒険者が行っているようだ。



「おお、討伐隊の皆様。遠いところまでご足労ありがとうございます。私が村長のグリッターと申します。ガタリヤ領主代理のアーニャ様からご連絡を受けております。今宵は我が村にてごゆるりとなさってくださいませ」


「うむ。お出迎えご苦労様です。私が討伐隊隊長のヨーダです。今夜は我が隊約300人、お世話になります」



 広場には沢山の即席のテーブルなどが並んでいる。

 どれも村人達が普段使っているものだと容易に想像できる程、不揃いな形や色をしていた。



「さあ、皆様。たいしておもてなしも出来ませんが、本日は精一杯ご対応させて頂きます。まずはお食事をし鋭気を養って下さい」

「よし、明日は早朝に出発する!それまで各自休息をとれ!」

「各隊、休憩―!」

「ふひー疲れたぁ」

「よーし。食うぞ~!」

「お風呂入りた~い」



 普段静かなこの村が、今日だけは一気に騒がしく活気に満ちている。



「はーい!どんどん食べて下さーい!まだまだありますからねー」

「こっちご飯おかわりー!」

「はい!モロ酒おまちどー!」

「ぐはー!うめー!」



 とにかく騒がしい。

 当たり前か、なにせ300人。

 しかも全員血の気の多い冒険者達だ。

 歌い出す者もいれば踊りだす者もいる。

 周りを森に囲まれており、普段は明かりも消えて皆眠りについている時間だったが、今日は真っ暗な森の中で煌々と明かりが灯っていた。

 ミールたちも勿論つかの間の休息を満喫していた。



「ぐは~!この酒は旨いの~たまらんわい」

「あんた、ほどほどにしとかないとまた血圧上がるよ」

「く~冒険者なのにモンスターではなく持病の心配をされるとはっ!」

「がはははっ」



 テーブルには沢山の果物、穀物や根類、そしてこの村では貴重と思われる肉などもかなり盛られている。

 しかし対応してくれている村人達の服装はお世辞にも綺麗とは言えない状態だった。

 かなり無理をして討伐隊をもてなしているようだ。



「あのー僕たちの前に軍隊が来ませんでした?この村に」

 ミールはこのテーブルを担当してくれている愛想の良い元気な女の子に尋ねる。



「あっ。来ました来ましたっ。でもお水だけ補充したら直ぐに出発なさってしまったのでこの村に滞在したのもほんのちょっとでしたよっ」


「ほほ~案外真面目なやつだったんじゃのう」

「あれじゃないかい?今キーンは次も準聖都になるためにかなり派手に動き回ってるそうじゃないか。きっと政府に早く倒せとグチグチ言われてるんだろうさね」

「ひゃひゃっひゃ。可哀想なこって」



 ふと視線を感じる。

 振り返ってみると民家の窓から数人の子供達がこっちを見ている・・・というよりテーブルに乗った数々の料理をヨダレを垂らして見ているみたいだ。

 やはりお腹が空いているのであろう。



 ザザの村といえば特に特産品も無く、穏やかで静かな事くらいしか特徴がない村だ。

 村人の生活はやはり貧しい暮らしがみてとれる。



 ヒョイヒョイ

 ミールは子供達に手招きをする。



 びっくりして引っ込んでしまった子供達だったが、またしばらくするとのぞき込んできた。

 笑顔で手招きするミールをみて、お互いに顔を見合わせていたが、直ぐに満開の笑顔になり勢いよく民家から飛び出してきた。



「おおお?なんだなんだ?今度はまたえらいちっこいのが現れたなぁ」


「なんかお腹を空かせてるみたいなんでいいですか?僕達だけだと食べきれなさそうなので」


「あらあら、黄色ちゃん。見かけによらず優しいじゃない。今晩おばさんとどう?」


「げっ。あははは・・・さ、さあみんな!好きなだけ食べな~!」


「いいの!?ほんとにいいの?!」

「やったー!」

「久しぶりのお肉だああ!」



 子供達は元気にいただきますをして料理を口いっぱいに頬張る。



「うめー!」

「こっちもおいしいぞ!」

「ぐえ!これはお酒だったああ、苦いぃぃ」



 一気にこの村で一番うるさい場所と化した。



「あっ!こら!駄目じゃない!これは冒険者様の物って言ってるでしょ!」

 騒ぎを感じてテーブル担当の娘が駆け寄ってきて子供達を注意する。



「え~だってこのお兄ちゃんが食べていいって言ったもーん」

「そうだそうだー」

「そんなわけないでしょ!もうっ」



 プンプンってな感じで腰に手を当ててほっぺを膨らませている。



「いやいや、本当に僕が呼んだんですよ。怒らないであげてください」

「えっ?!そうなんですか?ごめんなさい。気を使って貰っちゃって・・・」



「そんなことないですよ。失礼ですがみなさん生活も楽ではないはずなのに、こんなに素晴らしいお食事を用意していただいて、こちらこそお礼を言いたいです。ありがとうございます」



「そんな・・・」

 頬を赤らめてミールを見つめる。



「あー!キレニハ姉ちゃん赤くなってらー!」

「わー!キレニハ姉ちゃんに春が来たー!」

「今夜は雪だーー!」

「うっさいっ!このエロガキ共っ!」

「うわああ~キレニハ姉ちゃんが怒ったぁ!逃げろお~」

「ぎゃはははっ!元気があって結構結構!子供はこうじゃなきゃあかん!」



 テーブルの上に盛られていた数々の料理も次々と無くなっていく。



「キレニハさんも是非お食事なさってください。村の皆さん全然食べてらっしゃらないようなので」

「そ、そんな!私なんて滅相もないです・・・」

「何言ってんだい。お嬢ちゃん。ささ、お食べ~」

「そうじゃそうじゃ。わしらも皆で楽しく過ごした方が疲れが取れるきに」

「はい、お姉ちゃん、お箸とお皿~」



「じゃ、じゃあ・・ちょっとだけ・・・いただきます」

 キレニハは遠慮気味にお皿に盛られたお肉を口に運ぶ。



「はわわぁぁん」

 ほっぺを膨らませ満面の笑みを浮かべる。



 とても美味しそうに食べる子だなとミールも笑顔になる。

 和気あいあいとした空気がミール達を包み込んでいた。



 一方、第一部隊の接待をしている村長はミール達とは全く逆に、とにかく神経を張り詰めていた。

 なにか失礼なことを起こしてはならんと料理も一番良い品を用意し、お酌する女達も綺麗どころを揃えた。



「あははははっ、そ、そうでございましたか!流石ヨーダ様ご一行でございますなあ!ははははっ。ほれ、新しいお酒をお注ぎして!」

「は、はいっ」


「ふふふ。村長。そんな緊張なさらずに。我々は明日への鋭気を養いに立ち寄っただけですから。村の皆さんの願いは受け取りました。必ず我々討伐隊が見事ドラゴンを討ち取ってご覧にいれましょう」


「おお、なんとも頼もしいお言葉。感謝いたします」

 深々とお辞儀をする村長。



 ヨーダはコイルとなにやら小声で話している。

 2人とも、ものすごーく悪い顔をしているので間違いなく悪巧みだろう。



 村長は2人の様子に話しかけられない感じでオドオドしている。そこに村人が村長に耳打ちをした。



「ふむふむ。そうか。討伐隊の皆様、寝所の準備が出来たようです。ただ、なにぶん小さい村ですので全員を収容できる施設はございません。今回は普段集会所として使っている施設をご用意させていただきました。収容人数は50名程でしょうか。よって主力の方々のみのご対応となってしまうことをお許しください。ささ、場所は中央の『聖なる泉』の前でございます。どうぞこちらへ」



「そうですか。全然構いませんよ。では30人ほど若い女を寝所によこしてください。なるべく綺麗な子達をお願いしますよ」



 そう言うとヨーダ達、第一部隊の連中は立ち上がり集会所に向かって歩いて行く。



 あまりにもさらっと当然のように言われたので、村長は理解するまでに時間がかかった。

 しばらく硬直していたが、ハッと我に返ってヨーダを慌てて追いかける。



「お、お待ち下さい!ヨーダ様!あの・・その・・先程のは?どういったことでしょうか・・?」



「おや?理解出来ないのですか?」

 ヨーダは笑顔だが目は笑っていない、そんな顔を村長に向けた。



「あのっそのです・・ね・・大変言いづらいのですが・・村人に皆様をお相手できるようなお店はないものですから・・そのような事を経験した者もおりませんので・・・」



「あははっ。そんなことを気にしてらしたのですか?全然構いませんよ。イモ娘、田舎娘大いに結構。我々も人数が多いのでね、どんどん処理していかないと朝になってしまうので早めに集めて下さいね」



「ち、違います!村に対しての性処理の依頼などは、条約で禁止されている行為ですぞ!おわかりか?!」



 全く話が進まない状況に村長は強めの口調で言い放つ。



「ほう・・・」

 ヨーダやコイル、第一部隊の男共は村長の前にゆっくりと歩いて行く。

 完全に威圧する態度で。



 たじろぐ村長にヨーダは

「で?禁止事項だからなんだというんです?先程私は言いましたが、ここには鋭気を養いに来たと言いましたよね?明日ドラゴン討伐という命を危険に晒してでも貴方達の為に戦いに行こうという私たちに対して、ただ食事を用意するだけというのは余りにも釣り合いが取れないのではないでしょうか?」



「い、いや!しかしそんなことをしたら処罰されますぞ?!」

「誰に?一体誰に処罰されるというのでしょうか?」



 ここまで来ると他の部隊の冒険者達も異変に気付く。

 ヨーダと村長のやり取りを遠巻きに見守っている。

 しかしミールの予想通り、誰も反発や異論を唱える者はいない。



「それは勿論っ政府にです!」

「ふむふむ・・・」

 ヨーダは持っていた剣を隣の冒険者に預けると、拳を振りかぶり村長の顔面を殴る。



「がはああぁぁ!!」

 吹っ飛ばされる村長。



「きゃあああ!」

「村長ぉぉ!」

「おのれ!なにをする!!」

 悲鳴と怒鳴り声を上げる村人達。



「さて村長さん。今私は貴方を殴りました。当然条約違反ですよね?さあ、貴方の言う政府の力とやらで私を処罰してください」



「ぐ、そ、それは今は無理だ・・だが報告すれば必ず後日貴方方は処罰されるぞ!下手すれば冒険者資格剥奪だ!一時の快楽に身を滅ぼしていいのか?!」

 村長の代わりに若い男がヨーダに意見する。



「ふふふ。本当にそうなるとお思いでしょうか?いいですか?我々はタウンチームです。ドラゴンを見事討伐したタウンチームの意見と、このなんの取り柄もない小さな村の意見と、一体政府はどちらを信用しますかねえ?百歩譲ってこの村はガタリヤ領なのでガタリヤのあの小娘は貴方方を信用するかもしれません。しかしガタリヤは序列最下位です。果たして本当に序列第5位コートピアのタウンチームを処罰することが出来ますかねぇ?」

 ヨーダは両手を広げてその場全員にアピールする。



「そ、それはやってみないと分からないだろ!とにかくこの事は通報する!」



 そう言うと、若い男は耳に手を当てて魔力を込め始める。

 おそらくガタリヤの警備局に通報しようとしているのであろう。



「それともう一つ」



 ヨーダは隣の男に預けていた剣を受け取ると、鞘から抜く。

 そして全く躊躇なく通話の為、耳にかざしている手に向かって振り下ろした。



「ぐぎゃあぁぁ!!」

 若い男の悲鳴が村全体に響く。



「貴方方を全滅させたら、一体誰が報告するのでしょうねぇ?」

「なっ?!」



 余りに強硬な態度にたじろぐ村人達。



「私は構いませんよ。村人全員殺して、その後ドラゴンに襲われていたとでも言っておきましょう」



「あんたら本当に冒険者か!?ただの犯罪者じゃないか!」



「はい、暴言によるペナルティ決定」



    ザンッ



 ヨーダの一太刀が中年の男に襲いかかる。思わず防ごうとした腕に、そのまま深い傷を与えた。



「ぎゃああああああああああ!!!」

 悶絶する中年男性。血が腕から噴き出す。



「さあ、ここにいない者も、家の窓から全員見てますよねぇ?通報するならどうぞご勝手に。ただし、その場合は今日で、この村人は全員死ぬ事になりますがね。私は構いませんよ?貴方方全員殺して、ドラゴンの巣まで運び、全ての村人を食べてお腹いっぱいになってるドラゴンを討伐し、英雄として帰還する。簡単な事です」



 ヨーダの言葉に呼応して、コイルが周りの冒険者達に指示をだす。

 すぐさま冒険者達は周りに散らばり、剣を抜き村人達を威圧した。



 あまりに一方的な暴力に現実を受け止められない村人達。

 先程までの騒がしい、宴会のような雰囲気は微塵もない。

 下手に動けば本当に命がない。そんな恐怖が完全に支配していた。



「さて、まだ意見のある人はいますかぁ?」



 ヨーダは辺りを見回す。

 村人の絶望的な表情に満足しているかのように、フンっと鼻で笑った。

 冒険者達は目を合わせることが出来ずに皆下を向いている。

 ミールの所で楽しく食べていた子供達も突然の残虐な行為に泣き出してしまった。



「ぼ、冒険者様っ!お助けを!」



 村長は村の防衛の為、ガタリヤギルドから派遣されていた冒険者に助けを求める。

 しかし防衛冒険者達はお互いに目を合わせてオドオドしている。



「貴方方はガタリヤ所属ですか?」

「は、はいっ・・・」



「ふむ・・・ではこの作戦後は我々の街コートピアに移籍しては如何でしょう?私達はコートピアのタウンチームです。貴方方にメリットがあるように取り計りましょう。いや・・・私達のチームに迎え入れてもいいですよ?このままガタリヤ所属ではどうせ先は見えています。もっと冒険者として大きく羽ばたいては如何でしょうか?」



 ヨーダの言葉を聞いてしばらくヒソヒソと話し合う防衛冒険者達。

 やがて防衛冒険者達は村人達に気まずそうに後ろに下がる。



「ああ・・・」

 落胆の声を上げる村長や村人達。



「さて・・・では立候補制にしましょう。自ら私どもと夜を共にしたいと言う者は、前に出てきて下さい」



 辺りを見渡す。

 誰も出てこない事を確認すると、ヨーダはミール達のもとで泣いている子供に向けて歩み出す。



 危険をいち早く察知したキレニハは皆を抱きしめて

「大丈夫よ!みんな大丈夫だから泣き止んで。ねっ」

 頭を撫でながら優しく言葉をかける。



 キレニハと子供達の前まで来るとヨーダは

「さて、誰も立候補がいないのであれば出てくるまで順番に子供達を殺すとしましょうか?」



「そんなことはさせないわ!近寄らないで!」

 キレニハは涙をこらえてヨーダを睨み付ける。



「ふふふ。では貴方が立候補するというのですね?ルックスに不満はありません。合格です。集会所に入ってなさい」



 唇を噛みしめながらキレニハは少し考えるが、直ぐ子供達に向き直って

「みんな、良い子だからお家に入ってなさい。お姉ちゃんはちょっと用事があるから今日は一緒に寝てあげれないけど、ちゃんと歯を磨いて良い子にしててね」



 とてもとても優しい笑顔で子供達の頭を撫でながら言う。



「おねえちゃーん・・」

「うんうん。私は大丈夫よ。トーマス、みんなを頼むわね」

「ふええぇぇん」



 キレニハは一瞬優しく子供達に笑顔をむけると、キッとヨーダ達を睨みながら集会所へ歩いて行く。 が・・・子供達が駆け出しキレニハの手を引っ張る。



「僕らのお姉ちゃんをいじめるなー!」

「お前らなんか出て行けー!」

 ヨーダの前に立ちはだかる。



「あんたたち・・・」

 キレニハは手で口を覆い涙を流すが、ヨーダはニヤリと笑うと全く迷い無く、子供達に向けて剣を振り下ろした。



 ガキンッ



 それを受け止めるミール。



「下がってな。お嬢さん」



 スキルのせいで力が出せないミールは、受け止めるだけで精一杯。

 力を振り絞って最大限カッコつける。



 キレニハは頷くと、子供達を引っ張って家に逃げていく。



「おやおや。冗談でしょ?黄色ランク。本気ですか?」

 ぐっと力を入れるとミールは受け止められずに尻餅をついてしまう。



「ははは。いやいや。冗談っすよ。冗談。いやだなぁ」



 ミールは笑いながら、ヨーダとは視線を合わせずにその場を去ろうとする。

 しかし通用するわけがなく、後ろからヨーダの蹴りが飛んできた。



「ぐはっ。いててて。ははは、酷いなあ」

 背中をさすりながらヨーダの方は見ずに、引き続きその場を去ろうとする。



「おやおや、逃げないで下さい、ゴミクズ」

 ミールの襟元を掴んでぐっと引っ張り投げ飛ばした。そして容赦なく蹴りまくる。



 皆さんも映像などで一度は見たことがあるのではないでしょうか?無抵抗の人を一方的に蹴りまくる光景を。



 正にそんな感じだ。

 蹴られまくっているミールだったがずっと視線を合わせない。

 ミールにとってはヨーダに無反応にすることで唯一の抵抗を示しているのだが、それがとにかく気に食わないようだ。足の裏で顔面を踏み潰す。




「ええ?!おい!弱いくせにしゃしゃり出てきてんじゃねーぞ!コラぁ!」




 ミールの胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせたヨーダは、いつもの冷静口調を捨てて怒鳴りつける。

 そして思いっきり振りかぶった拳を叩き込む・・・が。



 直前でおじ様おば様連中の戦士ミケルがガシッとその拳を受け止める。

 領主代理アーニャの提案に真っ先に乗ったあのおじ様だ。



「いい加減にせんか、若いの。無抵抗の人間相手に拳が泣いとるぞ」

「ああ?」

 不機嫌な声を出しミケルを睨み付けるヨーダ。



「大丈夫かい?黄色ちゃん」

 女賢者のルチアーニは回復呪文をかける。シーフのロイヤーもバーサーカーのランドルップもミールを守ろうと対峙する。



「ははははっ。お前らも反対派か?ご老体はもう引っ込んでいた方がいいんじゃないですかね?」

「なになに。まだ若い者には負けんわい!かつての黒ランクの実力をみせてやるぞい」



 ヨーダは周りを見渡し

「他に私達の意見に反対の奴はいるのですか?!いるなら出てきてください!まとめて相手しましょう!」




 しーん・・・




 誰も出てこない。皆視線を逸らすばかりだ。



「あんたたち本当にそれでいいの!?私たちは冒険者なんだよ?!これじゃあ犯罪者じゃないか!よく考えな!」

 女賢者ルチアーニの言葉がむなしく響く。



「さーて。じゃああんたら成敗したら終わりってことだな。おっしゃあ!俺たちに逆らうとどうなるか見せつけてやろうぜ!」



 今まで大人しかったコイルは胸の前に拳をパンパンと打ち鳴らし他の連中をけしかける。

「おおう!」



 驚くことにヨーダ達に賛同する者がかなりの人数いる。

 もちろん自分達が巻き込まれるのは勘弁してほしいってPTが大多数ではあるが、ヨーダと同じく暴力の魅力に取り憑かれているような、いけないこととは知りつつも雰囲気に流されて行動してしまう自分の頭で考えることを放棄してしまっているような、そんな冒険者達が100人はいるようだった。



 普通ある程度は自制して、これ以上は流石にまずいという境界線が人それぞれあるものだが・・・

 戦争だったり、こういった集団行動において、その境界線は著しく機能しなくなることが多い。



 そして後日、批判や裁かれる立場になったら皆言うのだ。

 こんなことになるとは思わなかった、みんなしてたから自分も良いかなと思って、悪ノリしすぎました、などなど。



 流石元黒ランクのおじ様おば様連中。

 最初はよく善戦していたが、次々と襲いかかる冒険者達に段々となすすべなく殴られる蹴られるような状態になってしまった。




 バキッボコッガシッバッキッドガバキボキッ




 完全にたこ殴り状態。



 流石にマーカーを使用した討伐クエストに登録している事もあり、剣を使って殺そうとする者はいなかったが、かなりの勢いで暴力を受けて袋叩きになっている。



 おじ様達は女賢者ルチアーニを守ろうとするが、全く歯が立たず全員が身動きが取れないほど痛めつけられた。



 ミールも剣を支えになんとか顔を上げている感じ。



 皆、苦痛でうめき声を漏らす。顔も腫れ上がり至るところから血が吹き出ている。




「もう止めてえええ!!」




 泣きながら止めに入ったのはキレニハ。

 今にも押しつぶされそうな心を必死に保っている。



「私が集会所に行きます!だからもう止めて下さい!」



「ぃ・・けねぇ・・ぉ嬢ちゃん・・・」

 必死に声を絞り出して止めるミケル。



「ふん、いいでしょう。ですが貴方1人では足りませんね。他にいないのですか!?いないのならこのまま村人達もこのジジイ達と同じ運命を辿ることになりますが?」



 ヨーダは周りを見渡す。

 1人、また1人と村娘たちがヨーダの前に歩いて行く。

 全員涙を流しながら、唇を噛みしめながら、身を震わせながら。



「駄目よ!いかないで!ああ・・・」

「止めてくれー!俺の妻なんだー!」

「ルル姉さん!ララ姉さん!止めてよぉ!」

 至る所から嘆きの声が上がる。



 キレニハが一旦逃げた民家からも子供達が

「お姉ちゃーん!」

 と叫ぶが



「来ては駄目よ!!絶対に動いては駄目!約束したでしょ!」

 一切子供達を見ずにきつく叫ぶキレニハ。



「ううう・・・」

 子供達の目には涙が溢れている。



 おそらく民家にいるときにキレニハにキツく言われたのだろう。

 お姉ちゃんが出て行っても絶対に動いては駄目だと・・・



 ヨーダの前に集まった村娘は10名。



「ふん、まあいいでしょう。この村規模ならしょうがないですね。では集会所に向かいましょうか」

「おっしゃあ!今夜はやりまくるぜ!」

「コイルさん!?まじいいんすか?」

「ひゃっほー!」

「一生ついて行きます!」

 などなど口々に歓声を上げる冒険者達。



 いつの間に合流したのかルックピアーズの凸凹コンビも輪に加わっている。



「おいおい!いいけど俺たちがまず最初な!俺たちが終わってから好きにして良いからよ!」

 コイルが笑いながら皆を諭す。



「わっかりましたー!まってまーす!」

「はやく済ませてくださいよおお!」

「さすがヨーダさんコイルさんだぜ!」



 村娘達を引っ張って行くヨーダやコイルに率いられ冒険者達は、まるでエサを持ってきた飼い主に群がる犬達のように集会所に入っていった。



「ぐ・・・無念・・・」

 最後まで立っていたミケルが遂に倒れ、ミールもそれを見届けた後ガクッと気を失ってしまうのであった・・・





 ミールが意識を取り戻す。

 自分が仰向けで寝そべっており、視界に女賢者ルチアーニを真下から捉えている。

 どうやら膝枕をしてもらっているようだ。



「おや、気がついたかい。すまないねぇ、おばさんちょっと魔力が尽きちゃって癒やしてあげれないのよ。だからその代わりの大サービスよっ」



 にっこりと笑うルチアーニだが顔も身体も傷だらけだ。



 周りに視線を移すとミールを囲むようにおじ様連中が座り込んでいる。

 勿論全員傷だらけ、座り込むのもやっとといった状態だ。

 ふうっとため息をするミール。少しずつ頭がハッキリしてくる。



 そういえばなんで殴られたんだっけ?どうしてだっけ?あれ?そういえばキレニハは・・・



 一気に記憶が蘇る。ガバッと急に起きて

「キレニハは?!!」

 ミールが尋ねるとルチアーニはうつむき答えない。



「キレニハは?!!!」



 再度尋ねるとゆっくりと視線を集会所の方に移す。

 集会所には入り口に向けて冒険者達が多数並んでいた。



 皆、口々に

「早くやりてぇ~」

「順番まだかよ~」

「並び直したら別の女もオッケーらしいぞ!」

「まじか~今日は寝れないな!」

「がはっはは!」

 などと言っている。



「くそっ」

 ミールは疲弊した足腰をなんとか動かし集会所に向かおうとする。



「やめとけ!今度こそ死ぬぞ!」

 止めたのは戦士ミケル、ガシッとミールの腕を掴んで放さない。



「でも!!」

「気持ちはわかる!気持ちはわかるんだ!・・しかし行っちゃ駄目だ。悔しいがワシ達じゃ力が足らん・・わしゃお前さんが死ぬのは見とうない・・・」



 涙を流しながら答えるのはシーフのロイヤー。



「ううう・・・すまんのぉ・・」

 普段ルチアーニと言い争いを日課としているバーサーカーのランドルップも唯々悔し涙を流す。



「くそ・・・」

 ミールも悔しさで拳を地面に叩きつけた。



 スキルのせいとはいえマーキュリー達の虐殺や今回の村の件、ここ最近立て続けに起った非道な行為になにも出来ない自分の無力さを嘆く。



 ふと、かつて記憶。

 なすすべなく虐殺される村人達、知り合い達の光景が脳裏に蘇ってくる。

 それと同時に力で押しつぶそうとしてくる権力者に対し、煮えたぎるような憎悪がミールの心を支配していた。



「黄色ちゃん!黄色ちゃんってば!」

 ルチアーニがミールの変化に気付いて声をかける。

 全く反応しないミールを見て肩を揺さぶって叫ぶ。



「黄色ちゃん!しっかりおし!」



 ハッと我に返るミール。

 ルチアーニはふうっと息をつき優しくミールの頭を撫でた。

 ミールは額から汗が噴き出し滝のように流れているのに気づく。



 怒りで我を忘れていたのか・・・



「もう、びっくりさせないでおくれよ。おばちゃん黄色ちゃんがデーモン化しちゃうのかって心配したじゃないさね」

「そ、そうでしたか・・ごめんなさい、心配かけて」



 いつの間にかロイヤーが背中をさすってくれている。

 そのロイヤーの背中をランドルップが、ランドルップの背中をミケルがさすっている。

 仲間ってこんな感じなんだろうな。暖かい気持ちが心を満たしていく。



 ルチアーニが言ったデーモン化とは。



 それは理性を無くし、もの凄い憎悪が心を支配すると、心をデーモンに浸食され人の形をしたまま強靱な力を得るらしいということ。

 そしてその対象が憎悪を抱く存在を始末した暁には、肉体もデーモンに変わり食われてしまうらしいというものだった。



 ある程度デーモンの憑依に耐える力が必要なので、一般の人がデーモン化することはまず無いらしい・・・



 先程からなぜハッキリと語れないかというと、デーモン化自体が古い古い伝承に極わずかに残っている程度、ほとんど情報が無いからなのである。



 現在はあくまで歴戦の勇者がデーモン化したって昔話を子供達に聞かせ、悪いことをするとデーモンになっちゃうよって感じで戒め的な場合で語られているくらいだ。



 ルチアーニも本気でデーモン化するとは思ってなく、あくまで我を忘れていたミールにどういう状態だったかを説明しようと語ったにすぎないのだった。



 しかしミールは実際にデーモン化した人間を知っている。




 そしてどういう悲惨な状況になったのかも・・・




「ありがとう・・」

 自然とルチアーニや、おじ様連中に感謝の言葉を口にする。

 ルチアーニ達はそれには答えず、優しく頷きながら互いが互いを気遣っていた。

 ミールもそれ以上は語らずにしばらくの間沈黙が支配する。



 ・・・?



「あれ?今なんか森の方から聞こえませんでしたか?」

「うんにゃ、なんも聞こえはせんが・・・」

「あんたのボケた耳じゃ聞こえるもんも聞こえないじゃろが!」

「わしゃまだ耳はボケとらんわ!」

「ほっほっほ。耳だけな、耳だけ」

 そんな会話を聞いているうちにまた




・・・!・・




「ほらっ!また!」

「うーん?確かに言われてみれば・・・」




・・・・!!!!・・




「おお!聞こえた!確かに聞こえるのお!」

「なんじゃろな?こっちに向かってきておるようじゃが・・・」

「確かにね・・こりゃ・・・馬車の音じゃないかい?」

「あと怒号と悲鳴が聞こえるのぉ」

 他の冒険者達や村人達も異変に気付いたようで、皆村の入り口に注目する。




 ガラガラガラガラ!!

     ドドドンッドドドン!!




 馬の蹄の音と馬車を引きずる音、そして・・・



「おらおらおらおらぁ~!!イケイケー!」

「ひいいいいぃぃ!もうイヤダアアア!!」

「おおお!なんか見えてきたぞ!村だ!」

「うひょー!着いた着いたぁ!」



 やたら騒がしい連中は馬車から身を乗り出し陽気に叫んでいる。

 対照的に馬車の手綱を握っている男と馬2頭は今にも泣き出しそうだ。

 一行はガラガラと盛大に音を立てながら村の広場を一周、そしてミール達の前で止まる。



「よおっ!坊主!また会ったな!!」



 満面の笑みを浮かべて話しかけてきたのはマルリの街で出会ったガウディだった。





「おおお?!ミールじゃん?おひさ~!」

 気軽に挨拶してきたのは修復士のパウニー。相変わらず人懐っこいソバカスの笑顔を向けてくる。



「ぐるる~ん」

 その場で馬二頭はもう駄目ってな感じの鳴き方をして地面に座り込んだ。



「あははっ。流石に限界だったか。よしよし。あとで干し草もらってきてあげるからね~」

 馬の様子に笑いながら言うアニエス。



「がはははっ!坊主!随分と男前になってるじゃねーか!」

 ここで言う男前ってのはボロボロの満身創痍の格好を意味している。



「なになに~?もうドラゴンと戦ったのぉ?」

 パウニーも笑顔で笑いかけるが



「ちょっとお待ち・・・なにがあったの?」



 いち早く異変に気付いたのはやはりアニエス。馬車から飛び降りミール達の前でしゃがみ込み、目線を同じにして尋ねる。

 その行動に直ぐに他の連中も状況を理解し、馬車から飛び降りてミール達の前に集まる。



「それが・・・」

 ミールやルチアーニ達おじ様おば様連中が涙を流しながら語る言葉を、ガウディ達は唇を噛みしめながら静かに聞いている。



 討伐隊全隊の行動指針がたった2人によって決められていること。

 他の誰も逆らわない逆らえない状況だということ。

 ザザの村人たちもその犠牲になっていること。

 今現在集会所で冒険者達の性処理の道具として扱われていること・・・



「止められなくて・・すみません・・・」

 大粒の涙を流すミール。



「ゆるせない・・・」

 パウニーが呟く。



 ガウディはミールの頭に大きな手を乗せ

「集会所はどこだ・・?」

 怒りの籠もった声で尋ねる。



「あれよ」

 ルチアーニが指さす方向には大きな建物と、そこに列を作って並んでいる冒険者達がいた。



 

「いくぞ、お前ら」

 ガウディは無言で立ち上がると静かに言葉を発する。



「おうっ!」



 ミールやおば様おじ様連中もパウニーから回復魔法をもらい、全員で集会所に向かって歩いて行く。



「とりあえず容疑者全員集会所にぶち込む。一匹も逃がすな」

「りょうかい」



 ガウディは列に並んでいた最後尾の冒険者達を文字通り鷲づかみにすると、そのまま力任せに集会所に向かって投げつける。




 ドウウウンン!



 

 集会所全体が揺れる。



「なんだああ??」

「ぎょえええぇ!!」



 その衝撃に行為に夢中になっていた冒険者達も、順番待ちの冒険者も、何事かと入り口に目を向ける。

 その目には次々と集会所の中に投げ飛ばされる冒険者達が映っていた。



 あっという間に外で並んでいた冒険者達全員を投げ飛ばし、入り口から姿を現すライオンヘアー。怒りでいつもより毛が逆立っているように見える。




「お前ら!!村人達にこんな事をしやがって!死ぬ覚悟は出来てるんだろうな!!」




 集会所は声が反射するような天井が高い作りをしている。

 その効果も相まって、もの凄い大音量が集会所全体に響く。

 その声量とあふれ出すオーラ、存在感が冒険者達の正気を取り戻させる。



「なんだ?!誰だ!?」

「ひいいっガウディだ!」

「ドラゴンスレイヤーのガウディ一派だ!」

「金ランクのガウディだ!」

「まずいぞ!完全に殺される!」

「だから俺は反対だったんだ!」

「嘘つけ!お前ノリノリだったじゃねーか!」



 完全に収集がつかなくなった冒険者達は口々に恐れと後悔を口にする。

 騒ぎ立てる冒険者達に向かって




「うるせえええええええ!!!!」




 ガウディが一声、集会所はシーンと静まりかえった。



「パウニー、ニア、村娘達を頼む。アニエス、とりあえずこいつらボコるからその後頼まぁ」

「オッケー」

「わかったわ」

 そう言うとガウディは1人1人村娘達を解放する。



 あまりに唐突の出来事に、まだ挿入したままで硬直しているルックを引き剥がし、壁に向かってぶん投げたり。



 泣いてる女の横で、裸のままガウディを見上げるピアーズの腹を蹴り飛ばしたり。



 村娘達は髪の毛も含めて全身がベトベトになった状態で、突然の救出に泣きじゃくっている者、心を深く閉じているように呆然としている者、マリーと同じように魔媚薬を使われ精神が崩壊している者もいた。



 どれほどの者達を相手に悲惨な行為が行われていたのか、簡単に想像できてしまうような状況だ。



 一番奥でヨーダとコイルが全裸のまま椅子に座って酒を飲んでいた。



 足下にはキレニハがぐったりと横になっており小さな声でずっと

「ごめんなさい、ごめんなさい・・」

 とうわごとのように繰り返している。



 ミールはキレニハのもとに走っていって抱きしめた。

 一瞬なにが起ったのか分からないといった感じのキレニハだったが、抱きしめているのがミールだとわかると



「うううっ・・・ミールさぁん・・・ごめんなさあああいい!!!!」

 一気に感情があふれ出して大粒の涙を流す。



「うわああああんんんん!!」

 大号泣のキレニハにアニエスは優しく語りかける。



「よしよし、(つら)かったね、本当に(つら)かったね。よく頑張った、皆のために本当によく頑張った。偉いよ。本当によく耐えた。もう大丈夫。もう大丈夫だから後は私たちに任せな」



 毛布で優しく包み込むとキレニハを抱えながらゆっくりとその場を後にする。



「やれやれ。こんな所まで金ランクがなんのご用ですか?」

 ヨーダがうざったそうに髪の毛を掻き上げながら尋ねた。



「お前が親玉か」

 ガウディが睨め付ける。



「ふふふ。いるのですよね、こういう勘違い男が。金ランクだからって銀ランクとほぼ同じ条件なのに偉そうにするのですよ、こういう奴らは。まったく困ったものです」



 ヨーダが言っているのは昇格条件の事だろう。

 銀ランクがデーモンを倒すことが昇格条件だが、金ランクはその条件を3年続けて行うこと。つまり討伐対象自体は変わらない、そういう事を言っているのであろう。



 しかしヨーダは勘違いしている。

 皆さんも聞いたことがある人が多いと思うが、聞いたことない方はよく覚えておいてもらいたい。



 つまり・・・



 勝つことより勝ち続ける事の方が数倍難しいということを。




「もういいぜ。うざってえ。たかが金ランク数人だろ?やっちまおうぜ。こっちはここにいるだけで100人はいるんだ。見せしめにボコボコにしてやろうぜ」



 コイルが頭を掻きながらヨーダに提案する。



「おい!お前ら!びびってんじゃねー!こいつら袋にして続きを始めるぞ!」



 コイルの叱咤に冒険者達は互いに顔を見合わせるが、どのみちガウディに従うと自分達が罪に問われると思い、最後までヨーダ側に付くことで乗り切ろうと考えたようだ。

 皆ガウディ達に向かって身構える。



「うりゃああ~!」

「死ねええぇぇ!」

「てやあああぁ!」

 思い思いの言葉を叫びながらガウディに襲いかかる。



 しかしガウディの動き、正に空気中に浮いている羽毛のようにと表現すればいいのだろうか。



 殴りかかるコイルの腕をさらりと躱して、その勢いを利用して腕を掴んで壁に向かって投げ飛ばし。

 左右から襲ってきた冒険者共をすっと後ろに下がってやり過ごしたと思ったら、腕を掴んでお互いに正面衝突させたり。

 背後から剣で切りつけて来た男を後ろに目があるのかと思ってしまう程、後ろを向いたままピタッと指先で真剣白羽取りをして受け止め、そのまま背負い投げをしたり。



 ミールも思わず見とれてしまうほどの華麗な動きで、次々と襲いかかる冒険者達を捌いていく。

 集会所はあっという間に蹴散らされた冒険者達の山が出来た。



「ぬおおおはあ!!」

 ヨーダも渾身の力を込めて剣を振り下ろすが、ガウディは左足をすっと後ろに引いて身体の角度を少しだけ変える。



 正に寸前、前髪が少しだけパラパラと落ちる。が、全く表情をかえずに冷たい目でヨーダを見下ろすガウディ。



「ぬあああああぁ!!」

 今度は剣を横に振る。



「はあああぁぁ!」

 その次は突き。



 ガウディは表情一つ変えずにミリ単位で躱していく。

 まるであえてギリギリで避けて実力の差を見せつけているようだった。



「ちっ。逃げだけは一人前のようだな!だがいつまでも逃げ続けられると思うなよ!」



 ヨーダはさらに踏み込んで剣を振り下ろす。

 今回もガウディは軽々と躱してさらに一歩、ぐっと踏み込んでヨーダのお腹に強烈な拳を叩き込む。



「あー、すまんすまん。攻撃がトロすぎてつい殴っちまった。大丈夫かぁ?」



「ぐっ、あ・・う・・」

 ヨーダは息が出来ない感じでうずくまる。



 ガウディはツカツカと先程壁に叩きつけられてうずくまっているコイルのもとに歩いて行き、ガシッと髪の毛を掴んでそのまま引きずってくる。



「ぐあ、てめっ!止めろ!・・・離せぇ・・」



 一応口調は変わっていないが声のトーンはどこか弱々しい。

 うずくまっているヨーダの横にコイルを投げ飛ばすと腕を組んで2人を見下す。



「どうやら勘違いしてるのはお前達だったようだな」

「ぐ、む・・・」



「さてと・・・他にかかってくる奴はいるか?」

 辺りと見渡しながらガウディは質問する。



「ひいい。化け物だ」

「逃げろ!」

 遠巻きに見ていた他の冒険者達は一気に戦意を喪失し、出口、又は窓から逃げようとする。



「ぐわぁぁ!」

「うげえぇ!」

 しかしバキッボカッドカッと音を立てて集会所の中に次々と戻される有象無象の者達。



 入り口には重戦士のグルジャンが立ちはだかっており、お相撲さんが子供達を相手にしているような感じで、群がる冒険者達をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。

 周りにある数カ所の窓にはハンマー使いのボットとレンジャーのノイールが、それぞれ目を光らせているようだった。



 冒険者達は完全に戦意喪失、尻餅をついてガウディの挙動に注目している。



「おしっ。アニエス、頼まぁ」

「あいよっ」



 村娘達はとりあえずパウニーとニアに任せたアニエスは、集会所の真ん中に立つと踊るようにクルクルと回り始めた。

 すると手からキラキラと光が出てきて集会所全体に広がる。

 そしてその光は雪のようにヒラヒラと冒険者達に舞い降りると、触れた人々を光で包み込む。



「はーい。登録完了っと」



 アニエスは明るくそう言うと

「じゃっガウディ。後は頼むねー」



 そういって集会所を出て行く。村娘達のケアに向かったようだ。

 ここはアニエスに任せるのが正に適任といった所か。




「よおおおし!これでここにいる全員の登録が完了したああ!もうお前ら逃げれんぞお!」




「な、なんだと?・・どうぃうこと・・だ・・?」

 腹を抱えながらなんとか声を絞り出すヨーダ。



「アニエスは測量術士なんじゃ。測量術士てのは便利でのぉ。一度に大量の人間や物資を管理することができるっちゅースキルがあるんだぜ。お前らのステータスは全員登録させてもらった。これでどんなに逃げても追跡できるし全世界のギルドにお前らの情報を流せるってもんよ」



「ば、ばかな!んなこと出来るわけねーだろ!」

 コイルはそう叫ぶが



「まあ別に信じなくても良いぜ。どうせ直ぐ分かることだしな」

「くっ・・・」

 ヨーダは唇を噛みしめる。



「なにが望みだ・・俺たち全員始末する気か?」

「ああ、確かにそれもありだな。どうせこのまま街に帰っても政府に処刑されるだけだしな」



「馬鹿が。我らはタウンチームだぞ。処刑なんてされるわけないだろ!」



「アホが。タウンチームだからこそ見本となる行動をするべきだろ。自らを律する行動が求められるのがタウンチームだ。罪を無かったことにする免罪符じゃねーんだよ。村の迫害、力の行使、しかもその中で一番罪の重い部類の性犯罪だ。お前らの大半はその場で死罪、運が良くて冒険者資格剥奪の上で死ぬまで魔力供給の懲役刑だ。今ここで死んでもたいして変わらんだろ。あ、因みに俺らはトリクメスタン国のカントリーチームだから。どっちが発言力が上かは分かるよな?」



「そんなああぁ!」

「いやだああぁ!!」

 悲鳴を上げる冒険者達。



 カントリーチームとはその名の通り国を代表するチームって事だ。

 国にも序列が有り、今いるルーン国よりトリクメスタン国の方が序列はずっと上だ。

 当然その発言力はかなり強力なものと容易に想像できる。



「ガウディさん!!助けて下さい!出来心だったんです!」



「出来心・・?」

 ガウディは1人の冒険者の言葉にピクッと反応して



「ふざけんな!出来心でするような事じゃねーだろ!そういう事はなっ!軽微の犯罪を犯した奴が言う言葉だ!一番重罪の犯罪を犯した奴が言う言葉じゃねーんだよ!出来心なんかじゃない!確信犯だ!分かっててやったくせに誤魔化そうとしてんじゃねーぞ!」



 ガウディの一喝に黙り込む冒険者達。



「しかし・・・まあ、あれだ。確かに集団催眠に近い状態だった事はみればわかる。なのでこの場で処刑することはしない。更にお前達に汚名返上するチャンスをやろう」



「チャ、チャンスだと・・?なんだそれは・・?」

 ヨーダが尋ねる。 



「簡単なことだ。そもそもお前達はなにしにここに来たんだ。観光か?里帰りか?違うよな。ドラゴンを討伐しに来たんだろ?だったら倒そうじゃねえか、ドラゴン。各国が重要災害に指定しているドラゴン討伐だ。しかも今回は結構な歯ごたえがありそうなドラゴンらしいじゃねーか。そんなドラゴンを倒したら、もしかしたら政府も執行猶予をくれたりするかもしれねーぞ」



「そ、そうか・・そうだよな!」

「よしっ!やるぞ!やるしかない!」

「おう!俺もこのまま死ぬのなんてまっぴらだ!」



 もう後が無い、逃げ道が無いという事も大きいだろうが、それとは別でガウディの言葉は不思議と人にやる気を出させる力があった。



「お前らはどうする?このままここで腐ってるか?」

 ガウディはヨーダとコイルに尋ねる。



「お、俺は・・まだ死にたくねーし・・そもそもドラゴンを倒しに来たわけだし・・や、やってやってもいいぜ・・・」



「ふん。トリクメスタン国がこの国でどれだけ影響力を出せるのかは疑問ですね。タウンチームの我らを裁けるとは到底思えません。が・・しかし、元々ドラゴン討伐しに来たわけですから。貴方方に言われなくても戦いますよ、私は」



「はっ。上等じゃねーか。しっかり頼むぜ、大将」

 ガウディはヨーダの背中をパンパンと叩く。



「言っときますがドラゴンにトドメを刺すのは私ですから。足手まといのようなら金ランクだろうが置いてきますよ」



「がっはっは!楽しみだな!」

 ガウディの大きな笑い声が集会所をこだまする。



 器の大きさというべきか、どんな人にもチャンスを与える性善説というべきか。

 かくしてガウディの登場によりザザの村の悲劇は終焉を迎え、討伐隊の規律も正常に戻っていった。



 まるで自分とは逆の考え方だな・・・



 ミールはガウディの豪快ではあるが全ての人を救おうという姿勢に感服し、苦笑いをしながらふうっと息を吐く。



 明日は朝早くに出てドラゴンの巣に向かうという事で、それぞれ解散し出発に備える冒険者達。

 もちろん集会所は過ちを犯した冒険者達に、しっかりと清掃するようにガウディが言いつけている。



 ミール達も広場(第六部隊は入り口近くの一番荒れている地面)のテントを設営した場所に戻っていく。

 そこにはガウディ達を乗せてきた馬車が置いてあり、馬たちは御者から干し草を貰っていた。



「あれ?ピエールじゃないか?いつからいたん?」

「ずっといましたよ・・ガウディさん達を乗せてきたのは僕ですから・・・」

「そうだったのか。全く気付かなかったわ」

「ううう・・・ホント酷い目に遭いました・・・」



「よう!御者!色々世話かけたな!」

 ガウディが陽気に話しかける。



「ブヒヒヒイイイン」



 今まで静かに干し草を頬張っていた馬たちが、ガウディを見るや悲鳴に聞こえるような鳴き声で暴れ出す。



「はははっ。めっちゃ嫌われておるのぉガウディ」

「なにをしたんですか?ガウディさん・・・」



 ミールが尋ねると、代わりにピエールが答える。



「僕はクリルプリスに買い出しに行ってたんですよ。そしたら馬を出せるか?って急にこの人達が話しかけてきて・・・ザザの村まで行きたいとの事で。ザザの村ってクリルプリスからじゃ街道通ってないので、ガタリヤを経由しないと行けないじゃないですか。だから早くて4日はかかるしどうしようかと思ったんですが・・・かなりの報酬を提示されたので、これなら往復で8日近くかかっても十分元は取れるなと思って了承したんですよ。そしたらそのままザザの村まで一直線に走れって言ってきたり、回復魔法かけ続けて休憩無しで走らせるから、馬達の精神が崩壊しかかったりで散々な目に遭いました。もう二度とこの人達乗せたくないです」



 ピエールと馬達の悲痛な声が聞こえてくる。



 馬などに回復魔法をかけると、疲れが癒やされ休憩無しに走り続ける事が出来るのだが、ずっと続けて何回もかけていくと段々と心が疲弊していくのだ。

 身体はまだまだ動かせる、でも精神は疲労困憊という一種のアンバランスな形が続くと目を回したりハイになりすぎて戻ってこれなくなったりする。

 動物愛護という観点からも、一般的にマナー違反とされている行為だ。



 しかも整備されている街道ならまだしも道無き道を進まされ続けるとは・・・

 馬がこれだけ拒否反応を示すのも分かる気がする。



 ふとマルリの街の院長の言葉を思い出す。



『ガウディ一派といえば問題も多いがドラゴン討伐において右に出る者がいないと言われている一流のPTじゃ。問題も多いがな』



 問題も多いを敢えて2回言った院長の気持ちが分かった気がした・・・



 ちなみにこの行為は人間にも当てはまる。

 冒険者などは戦いで多くの回復魔法を受けるのだが、これも受け過ぎると精神が持たない状態になってしまう。

 単純にダメージを受けたから、ハイッ回復って訳にはいかないのである。



 又、修復魔法で治療を受けた場合も同じだ。

 病気などで失われた体力は、あくまでその人自身の自然治癒力で回復を待つ必要がある。

 それはその病気で苦しんだ時間が長ければ長いほど注意しなければならず、修復魔法で治療した後、安易に回復魔法を使ってしまうと、ほぼ確実に発狂して精神が崩壊するだろう。

 なので、毒ブレスを喰らい生死を彷徨ったニアは、修復魔法で解毒されても、しばらく療養する必要があったという訳だ。



「がっはっは!いやあ悪かったな!でもお陰で坊主達に合流できたってもんじゃ!この調子で帰りも頼むな!」



「ブヒヒヒイイイン!!!」

 ピエールの代わりに、思いっきり拒否反応を示す馬達であった。



 ほどなくしてアニエス達も戻ってきた。



「どうじゃった?娘達の様子は?」

 おじ様おば様連中のランドルップが尋ねる。



「うん。だいぶ落ち着いたみたい。身体の傷とかはパウニーの魔法でなんとかなったわ。けど身体は治っても、心はそう簡単にはいかないと思うから、ゆっくりと治していくしかないかな」



「そうじゃろうなぁ。普通の暮らしをしていた村娘には、想像を絶するような苦痛な行いじゃからなぁ・・・」



「ホントね。皆良く耐えたと思う。死を選んでもおかしくないもの・・・あっそうだ。ピエールさん」

「え?あ、はい」



「あのね。女の子達の中にね、やっかいな薬を使われてる子がいるの。パウニーが解毒魔法を唱えたんだけど無理っぽくて・・・あとね、全員避妊とかもされてないし・・・もしかしたら性病にもかかってるかも知れないの。でもこの村だと修復魔法に使う触媒も置いてないみたいだから・・・悪いんだけど明日、女の子達を乗せてガタリヤまで行ってくれないかな?他の子はともかく、薬を使われた子は早めに対応しないと手遅れになりそうなのよ。だから先ずはその子の治療を・・・そして他の子達にも修復魔法を受けさせて欲しいの。出来ればそこで避妊の修復もして欲しい。妊娠なんてしたら本当に可哀想だもの・・・もちろん報酬は弾むわっ」



「なるほど・・分かりました。丁度知り合いに修復士がいますので頼んでみます。避妊の触媒は中々手に入りづらい物ですが、そういった方面に強い商人を知っているので聞いてみます。お任せください」



 ちょっとややこしいので、かなり説明が後回しになってしまったが、回復魔法について説明させてほしい。



 この世界の回復職の魔法には2パターンある。回復と修復だ。



 前者は体力の消耗や打撲による痛みなどを回復させるのが主な効果だ。

 簡単な毒の治療や、かすり傷程度なら治すことも可能だが、深い外傷などに対しては殆ど効果が無い。



 え?それだけ?と思わないで頂きたい。

 戦いにおいて疲労や痛みを無くせるというのは、かなりのアドバンテージなのだ。



 皆さんも少しは身に覚えがあるのではないだろうか。

 遅刻しそうで思いっきり走るけど、息が上がって走り続けられない。

 もしくは足に乳酸が溜まって動かすことが出来ない。

 タンスの角に小指をぶつけてしまって、あまりの痛さにしばらくうずくまることになってしまうなどなど。



 疲労を無くせれば、休むこと無く剣を振り続ける事も出来るし、痛みを無くす事が出来れば、追撃を食らわずに交わすことが可能となる。



 先程は小指の痛みを例に挙げさせてもらったが、実際の戦いでは当然激痛を感じる事が多くなり、痛さの余り動けなくなったり、意識が無くなったりする事が多い。

 当然そういった一瞬の間は戦場では命取りで、追撃を食らって致命傷になることも珍しくないのだ。



 そのような痛みを除去し危険要素の排除をしたり、疲労を軽減したりするのが、主な回復魔法の役割となっている。



 一方、後者の修復魔法は簡単に言うと回復魔法の強化版で、回復魔法ではほとんど効果がでない外傷の治療や内科的な問題も治療することが出来る。

 戦いで負った外傷はもちろん、日にちが経って傷痕となった部分も消すことができるし、風邪や村娘達のような性病などの内科的な治療だったり、癌などの内臓の外科的な治療にも修復魔法が使われる。



 修復魔法の注意点は三つある。



 一つは莫大な魔法力を必要とする点。

 二つめは直接患部に手を当てる必要があるという点。

 そして三つ目は症状に合わせて専用の触媒が必要になってくるという点だ。



 どれくらい魔力を使うかと言うと、熟練した魔法士でも1箇所治療したら失神してしまう程、膨大な量の魔力を使うことになる。

 当然それでは実用的ではないので一般的に魔法陣を使って魔力消費を補っていく方式をとっている。

 魔法陣は布や紙などに描かれた人工的な物を使うので誰でも使用可能だ。



 そして触媒。



 症状によって使う触媒は変わり、これが無いとほとんど効果を発揮する事が出来ない。

 つまり修復魔法には触媒は必須と言っていい。

 高度な修復にはそれ相応の触媒が必要になってくるので、稀少な触媒はかなりの高値で取引されている。



 まとめると、体力の回復や簡単な外傷は回復魔法で、その上位版が修復魔法と覚えておいてほしい。



 ちなみに先程アニエスが言った性病の治療、これは細菌による浸食を防ぐという事で通常の触媒による修復魔法で治療可能だ。



 しかし生理的に正常な状態を止める行為、つまり妊娠回避の避妊行為、毛が生えるのを止める永久脱毛、肌の日焼け防止やシミの除去、美白などなど。



 生物的に正常な機能を止めたり消したりする避妊治療や、整形外科的な修復魔法は、難易度が非常に高く、熟練の修復士でないと対応出来ない。

 更に触媒も特殊な物を使うのだが、その数はあまり流通しておらず希少価値が非常に高いので、値段も比例して高くなるのは言うまでもない。



 この世界では医療といえば魔法の事なので、貴方たちの世界のような薬剤での治療や、手術などの技術は全く発展していない。



 先程アニエスが『薬』と言っていたが、こちらの世界での『薬』とは麻薬の事を意味しているのだ。



 つまり風邪を引いたとなれば、修復魔法を受けに治療院に行くか、修復魔法の効果を付与された魔法水を飲むのが代表的な治療法だ。

 一応極少数の人達で、薬剤や外科治療の研究をされてはいるが、あまり成果は出せてないようだ。



 ついでにもう一つ大切な事を説明しよう。



 回復職の基礎適性を持つ者、習得出来る者はかなり少ないと以前説明させてもらったが、その中の殆どが回復魔法の使い手、回復士だ。



 通説として回復士として経験を積むと、回復魔法も修復魔法も使える修復士として適性開花すると言われてはいるのだが・・・実際の所はどうすれば開花するかは分かっていない。



 例えば金ランクまで熟練度を上げた回復士であったとしても修復士になれない者も多数いるし、逆に赤ランクくらいで修復士の適性が開花する者もいたりするので、どうも単純な熟練度以外の部分も条件になっているらしいというのが最近のギルドの見解だった。



 PTに回復士がいるのか、はたまた修復士がいるのかでは非常に大きな差があるので、自分のPTの回復士は適性アップするのかしないのか。

 そういった事が原因で揉める事もよくあると聞いている。



 回復士としては存在してるだけで貴重なので最初はチヤホヤされるのだが、冒険ランクが上がるにつれて段々と皆の無言のプレッシャーを感じる事になり、遂には追い出されたって話もあるので回復職とて決して楽ではないのだ。



 回復士の総数が100だとするとその中で経験を積んで適性アップした修復士は大体10前後、元々持っていた素質適性の者が5~6前後、ギルドの学校で修復士の適性を獲得した者は0.01未満といった比率なのでそこまで期待されても困る訳なのだが・・・



「ありがとう。頼むわね。ピエール。あとあなたたちもねっ」

 そういいながら馬達を撫でる。

 アニエスに対しては馬達も騒ぎ出したりせずに、顔を撫でられると嬉しそうに鳴いていた。



「なんで俺だけめっちゃ嫌われてるんだ!ずるいぞ!アニエス!」

 子供のように文句を言うガウディをほっといて、全員寝床につく。



「ミール」

 寝袋に入ろうとしていたミールを呼び止める声がして振り向くと、そこには短髪の金髪を輝かせている美女が微笑んでいた。



「えっと・・・」

 こんな美女は知り合いにはいない。ミールはちょっとドギマギしてしまう。



「私は意識が無かったからこれが初めましてになるのよね。ニアよ。私の命を救ってくれて本当にありがとう」



「あー・・あの時の・・」

 ガウディ一派の毒で危篤状態だった女の子だ。



 あの時は汗でべったりと金髪も肌にくっついていたし、顔色も相当悪かったので全く分からなかったが・・・



 今、目の前にいる女の子は、金髪もサラサラと艶のある輝きを放っていたし、肌の色も透き通るようなきめ細かい絹のような質感をしている。

 まさに絶世の美女にふさわしい外見だ。



「すみません。全く気付きませんでした・・・」

「ううん。こちらこそお礼が遅くなってごめんなさい。本当は会った時にすぐ話しかけたかったんだけど、中々そういう状況にならなくて・・・寝る所だったんだよね?呼び止めてごめんなさい。どうしても今日中にお礼を言いたかったから・・・」



「いえいえ。僕は種を運んだだけですから・・・そんなお礼を言われる程の事はしてないですよ」



「ううん。アニエスから聞いてるわ。予定よりもかなり早く届けてくれたって。そのお陰で間一髪間に合うことが出来たって。もちろんミールはそんなつもりはなかったと思うけど、貴方の真面目に仕事をこなそうという気持ちが、結果として私の命を救ってくれたの。だからお礼を言わせて。ミール、本当にありがとう」



 ニアは少し頬を赤らめて恥ずかしそうに言う。



 あれ?これってもしかして俺に気があるんじゃ無いか?って思ってしまうような雰囲気が2人を包み込む。



『いやいやそんなわけないだろ、単純にお礼を言いたかっただけだって』

『いやいやこの雰囲気は気があるって。いけるいける』

 などと頭の中の天使と悪魔が言い争いを始める。



 しかし、なにしろ相手はあのガウディ一派の女性だ。

 下手なことをして問題を起こした暁にはガウディが地の果てまで追ってきそうだ。



 ミールは欲望を抑え

「いえ。お元気になってよかったです。戦闘では僕はあまりお役にたてませんが、明日一緒に戦えるのを楽しみにしてます」



「こちらこそ。貴方のことは必ず私が守るわ。頑張りましょう」

 お互いに握手をして別れる。



 それにしても・・・



 女の子に守る宣言をされるのは男としてどうなんだろうと思いつつも、事実普通の戦いでは役に立てないからしょうがない。

 しかし明日はいよいよドラゴンとの戦いだ。

 ドラゴン相手ではスキルも解放されるだろうし、多少役立つことができるだろう。

 ミールもニアを重点的に守護することを密かに心に決めた。



 果たして明日は何人生き残ることが出来るのだろうか・・・



 まだ所々ざわめきが聞こえる広場で、ミールは寝袋に顔を埋めるのであった。


    続く

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