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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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蘇る魂の道しるべ⑩

『ぶわっかだねぇ!ホント男ってしょーもなっ。ロマンチストばっかり!』


 キャサリンは腰に手を当ててため息をつく。





『はあぁ・・・そんなん気にするなら『俺が上書きしてやる!』くらいの事言えないのかねぇ。そしたら惚れ直すのに・・・』



『へ?・・・惚れ直すって・・・』



 キャサリンはキョトンっとしているデトリアスの胸ぐらを掴んで怒鳴る。



『アンタそういうとこだよ!バカバカバカバカ!ほっんと大ばか!どこまで鈍感なんだい?!あー!分かったわ!さっきは褒めちゃったけど不満なとこ有ったわ!アンタ女性の気持ちなーんにも分かってない!ホント分かってない!ほんっとにもう!バカバカバカバカ!』



『そんなに・・・ばかばか・・・言うなよ・・・俺だって・・・むぐっ!』



 キャサリンはデトリアスの唇を塞ぐ。



『ぷはっ!全く!女からさせるんじゃないよ!この意気地無し!』

 キャサリンはクルッと後ろを向く。



 もちろんデトリアスにとっては初キッスだ。

 頭が真っ白になりながらも、本能なのか、フラフラと後ろを向いているキャサリンを優しく抱きしめる。



 キャサリンは顔だけデトリアスの方を向き、優しくキスを交わす。



 そして段々と相手の身体に手を回し、夢中で貪り合う2人。



『ちょっ!ちょっとタンマ!今日はここまで!これ以上はダメ!』



 キャサリンはデトリアスが胸を揉んできたので慌てて離れる・・・が、デトリアスは離れない。



『む、無理・・・もう俺・・止められない・・・』


『アンタ!そういうとこだよ!猪突猛進になるのも・・・ぁん・・・』




————————————




 そうして俺とキャサリンは時計塔の見晴台で初めてを迎えた。

 

 情事が終わり、時計塔から降りると護衛達が気まずそうにしている。


 もしかして声聞こえてたか?と質問したら、『そういうとこだよ!』とキャサリンに思いっきり殴られた。


 まだまだ改善する箇所は沢山ありそうだ。



———○月○日———



 人生とは分からんものだ。

 

 唐突に親父が死んだ。

 流行病で、あっという間だった。

 あれから1週間経ったが、正直、心の整理はまだついていない。

 最近は領主の就任式に向けて準備に忙しく、一息つく暇もない。


 随分キャサリンと会っていない。

 しかし、寝る前に通話で会話することだけが、今の俺にとっては1番の安らぎと成っている。

 早く会いたい。抱きしめたい。



———○月○日———



 俺は本気でキャサリンと結婚するつもりだ。

 本人からも彼女の両親からも了承は既に取っている。


 しかし身分が違いすぎると頭の固い重臣達は首を縦に振らん。


 そこでキャサリン家に『ブレーメン』という名字を与えることにした。

 こうして徐々に外堀を埋めていくしかない。


 早く街民にも報告したいものだ。



———○月○日———



 あれから数年が経過したが、一向にキャサリンとの関係は進まない。

 いや、そればかりか領主の立場すら危うい。


 くそ・・・


 俺が若いからと、どいつもこいつも邪魔してきやがる。

 流石にこのままでは、俺が領主ではいられなくなってしまうかもしれない。


 唯一の解決策は・・・貴族の娘を嫁に取ることらしい。

 要は後ろ盾を作るということ。


 丁度、セントバリー国の王家の血筋を引く娘がいるらしく、重臣達は盛んに俺に縁談を持ちかけてくる。


 冗談では無い。

 俺はキャサリンと一緒になるのだ。それ以外にないのだ。


 例え領主剥奪となったとしても、俺はキャサリンと結婚する。


 そのことをキャサリンに話したら、馬鹿なことを言うんじゃないよと怒られてしまった。


 俺が領主剥奪になったら、4大貴族の誰かが領主になってしまう。

 そうなったらガタリヤはどうなるんだと。


 確かに俺には代々引き継いできたスローベン家の責任がある。

 ガタリヤを守る責任がある。

 

 俺の肩にはガタリヤ100万人の生活がかかっているのだ。


 しかし、その全てを投げ出したとしても・・・


 俺はキャサリン。お前と一緒にいたいよ・・・



———○月○日———



 俺はセントバリー国の王家の血を引く女と結婚することに決めた。

 しかしこれは偽りだ。


 それを示すため、俺は結婚前夜、キャサリンを呼び出した。


 場所はあの時計塔だ。


 俺はそこで膝をつき、指輪を掲げてプロポーズした。

 俺の女は生涯キャサリンのみだ。

 必ず、後ろ盾など気にせずともよくなるほどの確固たる基盤を作り上げ、必ずお前を迎えにいくと。


 キャサリンは『バカな人』とポツリと言いながらも、涙を浮かべて指輪を受け取ってくれた。


 お互いに指輪をはめて手を握る。

 一緒に見た街の夜景を、俺は生涯忘れることはないだろう。



———○月○日———



 妻と呼ばれている女と対面した。


 正に箱入り娘という感じで、フォークより重たいものを持ったことがないのではないかと思ってしまう印象を受けた。


 妻と呼ばれている女は顔を赤らめて挨拶してきたが、俺は全く興味なし。

 素っ気なくあしらってやった。


 今日もキャサリンに会いに行こう。

 夜が来るのが待ち遠しい。


 

———○月○日———



 キャサリンが話したい事があると俺を時計塔に呼び出した。

 

 何事かと思ったら、キャサリンは恥ずかしそうに子供が出来た事を伝えてくれた。


 俺は街中に聞こえるくらい大声で喜んだ。

 そして抱きしめた。


 こんなにも人を愛おしいと思える日は他にないだろう。



———○月○日———



 なんて書けばよいのだ・・・


 筆を取ってみたものの、手が動かない。


 今日はこれで終わりにしよう。



———○月○日———



 ようやく心の整理がついてきた。

 もうあれから1年近く経とうとしている。


 この日記は全てを書いてきた。

 楽しいこともツライことも。


 気は進まないが、俺自身乗り越えなければならない。


 なので順を追って書くとしよう。



 キャサリンが身ごもった事で、俺自身も全力で動き出した。

 もうこの際、形式にとらわれる事もない。


 めかけの子って事にしても良いじゃないか。

 キャサリンをメイドとして迎え入れ、俺がメイドに手を出したって事にすれば問題はないだろう。

 結婚は諦めるしかないが、それ以上にキャサリンと産まれてくる子供と一緒に暮らすことの方が何倍も重要だ。


 俺はその準備を進めていたが・・・


 唐突に妻と呼ばれている女が自殺を図った。

 幸い一命は取り留めたが、この衝撃は屋敷中を駆け巡った。


 しかし当時の俺は何の感情も湧いてこなかった。

 意味分からんといった感じで、その日もキャサリンの元に足を運んだ。


 そしてその話をしたら・・・怒鳴られた。


 そして泣き崩れた。

 

 その後に出てきた言葉を、今でも鮮明に覚えている。



『もう終わりにしましょう』



 最初、何を言っているのか分からなかった。

 脳が思考停止になっているかのようだった。


 しかし、キャサリンの表情、態度、言葉遣いで、俺は段々と言葉の意味を理解した。


 今まで自分をだまして、考えないようにしてきたけど、それもここまで。

 もう結婚ごっこは止めましょうと。

 一瞬だけでも俺と夫婦のような感じになれて嬉しかったと。

 それだけで私は満足だと。


 俺は当然反論したが、キャサリンに言われてしまった。


 貴方は好意を寄せている相手が、他の女に会いに行っているのに耐えられるのかと。

 自分は全く相手にされず、他の女の事を楽しそうに話している姿に耐えられるのかと。

 子供まで作り、本気で家族として迎え入れようと必死になっている夫に耐えられるのかと。


 恥ずかしいが、そこで初めて俺は、彼女の事を頭に浮かべた。

 夫婦と呼ばれる関係になって、初めて彼女の顔を頭に浮かべたのだ。


 確かに彼女は、初めて会った時から俺を好意的な目で見ていた。

 俺の評判を前もって聞いていたのであろう。


 不安もあっただろうが、期待や嬉しさが表情に出ていた。

 箱入り娘として大切に育てられたのだ。

 人を疑うとか、そんな感情は皆無であろう。


 最初は何回か話しかけられた記憶がある。

 恐らく俺の気を引こうと必死だったのであろう。


 純粋無垢な表情が、日を追う毎に、段々と曇っていったのを今では思い返すことが出来る。


 夜の営みはおろか、目すら合わせようとしない夫。

 夜になると屋敷を出ていき、朝に帰ってくる夫。

 自分が風邪で寝込んで、一日中部屋から出てこなくても、全く気づかない夫。

 

 幸せいっぱいの夫婦生活を想像していたであろう心は、絶望に支配されていったのは容易に想像できる。


 そして遂には別で子供を作り、屋敷に迎え入れようとしている。


 見知らぬ異国の地に嫁いできた小さな女の心は、その苦しみに耐えられなかったのであろう。


 キャサリンが言うように、俺は女心というやつを全く理解していないようだ。

 なんと愚かな男なのだろうか。


 だが・・・それでも俺は折れなかった。

 元々、愛情などは妻にはないのだ。

 もちろん同情の余地はあるし、可哀想な事をしたという自覚はあるが、だからといって妻を愛せる気はしなかった。

 俺にとってはキャサリンが全てなのだから。

 

 だが、キャサリンは首を横に振る。


 この事は必ずセントバリー国に伝わる。

 激怒してくるのは必然だろう。

 そして離婚となれば、一気にスローベン家は力を失う。

 マイナスイメージも重なり、領主交代となるのは時間の問題だ。

 そうなったらガタリヤはどうなるのかと。

 街民の生活はどうなるのかと。


 この女はいつも正論ばかり振りかざす。

 自分の気持ちを押し殺して・・・


 そしてゆっくりと。


 ゆっくりと指輪を外し。


 俺に返した。


 俺は泣き崩れる事しか出来なかった・・・




 翌朝、俺は初めて妻に自分から会いに行った。

 妻は衰弱した身体を必死に起こし、俺をもてなそうとしている。


 こんなにも健気で純真な心の持ち主を、俺は随分と傷つけてしまったようだ。


 俺は正直に全てを話した。


 生涯を誓い合った女がいること。

 その女との間に子供が出来た事。


 しかし、その女とは今後一切会わない事にしたと。


 まずはお互いの事を知ることから始めようと。

 そして幸せな家庭を築いていきたい。だから許してほしいと。

 本当に辛い思いをさせてすまなかったと。


 妻は号泣しながらもウンウンと頷いた。


 そうして俺の謝罪と妻の懇願もあり、セントバリー国との関係は崩れる事はなかった。



———◯月◯日———



 子供の頃から常に一緒にいる従者に、サンチョという者がいる。

 この者は俺が星光街にキャサリンと行った時に助けてくれたりと、従者としても護衛としても一番信頼できる者だ。


 そのサンチョから女の子が産まれたようだと聞いた。


 俺との通知登録はキャサリンに削除されてしまったので連絡はとってないが、サンチョは秘密裏に調べていたらしい。

 俺はそのまま机に向かい、紙に文字を書いて無言でサンチョに渡した。


『ビアンカ』


 どうか健やかに育ってくれ。



———◯月◯日———



 妻との間に子供が出来た。

 

 知れば知るほど妻は奥ゆかしく、常に俺を立ててくれる。

 今では嘘偽りなく愛情を妻に捧げる事が出来ていた。


 キャサリンの事を思い出す事も全くない。

 この日記を書いている時くらいだ。


 随分と薄情になったものだと思ったが、きっとあの女はこう言うだろう。


『それで良いんだよ。デトリアス』と。



———◯月◯日———



 随分と時が流れた。


 本当に色々あった。

 語り尽くせぬほど色々あった。


 しかしようやく明日は娘の結婚式だ。


 幸いセントバリー国との関係は良好で、今回もその縁で婿を迎え入れることができた。

 これでしばらくはスローベン家は安泰だろう。


 唯一の無念はこの娘の晴れ姿を妻に見せれなかったこと。


 やはりいつも俺優先の生活をしていたので、自分のことは後回しにしてしまったのであろう。

 気付いた頃には妻の身体は病魔に冒されていた。


 いつまで経っても俺は大切な女の変化を気付いてやれないのだな。


 だが妻は最後まで俺を慕ってくれた。

 感謝を述べてくれた。

 俺は妻にみそぎを立てる為にも、今後もキャサリンとは連絡は取らないつもりだ。

 

 今は精一杯、娘の幸せを願うばかりだ。



———○月○日———



 娘が子供を身ごもった。

 遂にワシもおじいちゃんか。


 婿殿もとても穏やかな人物で、後継者として申し分ない。

 子供が産まれたらワシは引退するつもりだ。


 後は若い者にガタリヤを任せよう。

 老兵はただ去るのみだ。


 

———○月○日———



 何故このような事が起こるのか・・・

 そして何故・・・重なってしまうのか。

 

 今回ばかりは運命というモノが悪意を持っているとしか思えん。


 いや・・・それは言い逃れか・・・

 警戒していなかったワシが悪いのだ。

 

 引退するつもりだったので気が緩んでいたのかもしれん。

 そこをあやつらは巧妙に突いてきおった。


 あの日・・・


 ガタリヤは霧に包まれていた。


 夜中に産気さんけづいた娘は、婿殿と一緒に馬車で医院に向かった。


 ワシはこの屋敷で出産するように提案したが、なるべく庶民と同じように振る舞いたいとのことだった。


 ワシは娘の意見を尊重し、屋敷で孫が誕生するのを待つことにした。


 月も星々も霧に隠れており、シーンと静まり返っている。

 この不気味な雰囲気は、どうしても嫌な予感を感じずにはいられなかった。


 そしてこういった嫌な予感は、いつも的中してしまうもの・・・


 ワシの元にサンチョが慌てて駆け込んできた。


 馬車が・・・娘達を乗せた馬車が事故にあったと・・・


 ワシは直ぐに現場に駆けつけた。

 そこには黒焦げの馬車が2台、煙を上げていた。


 目撃者から話を聞くと衝突事故らしい。

 交差点で信号無視の馬車が突っ込んできたと。

 暴走してきた馬車にぶつかり2台とも横転したと。

 そしてその馬車は給油タンクを積載しており、双方の馬車は直ぐに炎に包まれたと。


 こんな深夜に、給油タンクを積載した馬車が突っ込んできただと?!

 バカが!

 これは事故などではない!

 殺人だ!


 悪意を持ったヤツが仕掛けてきた殺人だ!


 ワシは憤りを隠しきれなかったが、とにかく直ぐに病院に直行した。

 しかし、既に婿殿も、娘も、娘のお腹にいる孫も、命を落としていた。


 ワシは泣き崩れ・・・そして憎しみで心を満たした。


 必ず犯人を捕まえてやる。

 同じ思いをさせてやる。

 いや、もっともっと酷い仕打ちを受けさせてやる。

 許さんぞ。

 絶対に許さん。


 聖都から自白魔法士を派遣してもらって犯人の調査、解析が行われた。


 犯人の遺体は黒焦げの炭になっている。

 どうやら前もって身体に油を塗っていたのではないかと、サンチョから聞いた。

 油を全身に浴びての自爆攻撃。

 正気の沙汰ではない。


 しかしその影響で、余りにも身体の損傷が激しく、遺体から行動ログを読み取ることができなかった。


 余程念入りに準備したのであろう。


 セントバリー国からも専門家を派遣してもらい、現場に残された遺留品や、御者の人間関係などを大規模に捜査したが、結局黒幕の存在まで辿りつく事が出来なかった。


 悔しい。

 本当に悔しい。

 

 しかし、現実は残酷だ。

 ワシには落ち込む暇も、犯人を探し続ける時間もなかった。


 後継者がまとめて居なくなったのだ。

 この機会を逃さずに貴族どもが動き始めた。

 まるで事前に打ち合わせをしていたかのように、足並みを揃えている。


 くそ。

 コイツらが関与している事は明白。

 今すぐに自白魔法をかけてやりたい。


 しかし、少しでも疑いがあるのなら、シッポを掴んでいるならまだしも、今回はなんの手がかりもない。


 こんな相手を強引に捜査すれば俺自身が罪に問われるだろうし、結局は拒否権を使われ、失敗に終わるだろう。

 


 ワシはなんて力の無い領主なのだろうか・・・



———◯月◯日———



 状況は依然、(かんば)しくない。

 このままでは、遅かれ早かれ領主交代のうねりに飲み込まれるだろう。

 

 重臣達からは、新たな妻を(めと)ってはどうかとの案も出たが、断った。

 ワシも若くはないし、子供が出来る保証はない。

 妻になる者もプレッシャーは計り知れないだろう。

 そしてなにより、2人の妻以外の女性を愛したくなかった。


 ワシが一人で私室にこもり、考えに(ふけ)っているとサンチョが部屋に入ってきた。

 そして提案してきた。


 キャサリンの娘の子供を迎え入れてはどうかと。


 どうやらキャサリンの娘、つまりワシの子供のビアンカは1人の娘を出産していた。

 しかし、高齢出産となったビアンカの身体は出産に耐えられず、子供を産んで直ぐに亡くなってしまったようだ。


 父親は、そのショックで子供を残して行方不明になったらしい。

 なので、今はキャサリンが一人で育てているとの事だった。


 ワシは愕然がくぜんとした。

 ワシもキャサリンも、なんと悲しい人生なのだろうか。


 親として、子供が先に亡くなる事ほど悲しくて(つら)いものはない。


 ワシはしばらく考えに(ふけ)った。


 確かにビアンカの子供はワシの血を引いている。

 そしてこの子供を迎え入れれば、貴族達にとっては想定外の出来事。

 その計画の全てを水泡すいほうする事が出来るだろう。


 しかし・・・


 自分の保身の為に、キャサリンの唯一の希望を取り上げてしまってもいいのだろうか。

 父親らしい事を今まで何一つしてこなかったくせに、自分がピンチになると都合よく現れ、血縁を利用しようとする最低男なのではないだろうか。


 ワシが考えをまとめられず迷っていると、サンチョが『とりあえず一度会ってみては?』と提案をしてきて、気が付けばキャサリンの家の前まで馬車で訪れていた。


 懐かしい。

 もうあれから何十年という歳月が通り過ぎている。

 この家に訪れた時は、全員が優しい笑顔で出迎えてくれたので、まるで故郷に帰ってきたような、暖かい雰囲気を感じたものだが・・・


 今は深夜。

 そして冷たい雨がシンシンと降り続いている。

 見慣れたはずの建物は、初めて訪れた病院のような、少し入りづらい印象を受けた。

 

 馬車にはワシとサンチョ以外にメイドが2名搭乗していた。

 赤子の世話をする為だ。

 

 当然だが、次期領主夫婦の事故死はガタリヤ全街民が知っている。

 ワシらを見たキャサリンは、完全に赤子を取り上げにきたと感じるだろう。


 ワシはメイドを馬車に残してサンチョだけ連れて家の前に立つ。


 何分も・・・何十分も・・・


 ワシは魔呼鈴(インターホン)を押せずにいた。

 

 サンチョはただ黙って後ろから傘を差し、雨からワシを守っている。



 しばらくして、ワシはようやく遠慮がちに魔呼鈴を鳴らした。

 


 ポーン・・・ポーン・・・ポーン・・・



 無機質な音が耳を通り過ぎる。


 もうキャサリンは誰が尋ねてきたのか、画面で確認しているはず。

 出てきてくれるだろうか・・・

 ドアを開けてくれるだろうか・・・


 2分ほど時間が経過したが、とても二度目の鈴を鳴らす気にはなれなかった。


 ただ・・・ただ・・・暗闇に包まれている扉が開くのを待ち続ける。


 パッと玄関の明かりが灯った。

 ワシはそれだけで顔が紅潮するのを感じる。


 やがて・・・ゆっくりと扉が開き、女性が顔を出す。


 ずっと・・・ずっと前に見た、記憶の中の彼女が重なって見えた。


 随分と年をとっているが、スレンダーな体型、少し傾ける顔、そして美しい瞳。

 キャサリンは当時のまま、俺を真っ直ぐに見つめている。


 そして・・・何も言えない俺を見て、フッと優しい笑顔を浮かべて無言で中に招き入れてくれた。


 リビングは暖炉に火が焚べられており、暖かい。

 そのユラユラと揺れる炎のゆらめきに包まれるように、赤子がスヤスヤとゆりかごの中で寝息をたてていた。


 キャサリンは優しくゆりかごを揺らしながら、愛おしそうに赤子を見つめる。



 ———————————————



『サンチョさん』

『はっ』

『メイドさんも連れてきてるんでしょ?呼んできてもらえるかしら。この子の好きなぬいぐるみとか、夜泣きの対応の仕方とか。色々伝えたいの』

『はっ。かしこまりました』



 キャサリンは全てを察しているのか、穏やかに会話を進める。

 サンチョは深くお辞儀をして部屋を出ていった。


 

 実の孫を、大切な娘の子供を失う場面で、俺はこのように振る舞えるだろうか。

 自分の気持ちを押し殺し、相手を気遣い、一言も文句も言わずに、街のために行動する事ができるのだろうか。



 デトリアスはそんな自責の念にかられ、何も言えず泣きそうな顔をしている。



『な〜に?アンタはまたそんな顔をして。ちょっとはマシになったと思ったのに、泣き虫は変わらないのかしら』



 もう限界だったのだろう。

 キャサリンの優しい笑顔に吸い寄せられるように、デトリアスはガシッと膝を折り、子供のように腰元に抱きついて大泣きした。



『すまん!すまんん!キャサリィィン!すまぁん!!』



 キャサリンは一番最初の頃、デトリアスが抱きついてきた時と同じように、優しく頭を撫でる。



『ワシは・・・俺は!今まで何一つしてこなかったくせに!お前にも!ビアンカにも!何一つ!何一つしてこなかったくせに!いや!俺はもっともっと罪深い!俺はビアンカが死んでることすら知らなかった!お前がこんなにも(つら)いめにあってる事も知らなかった!自分の事で精一杯で!俺はなんて愚かな男なんだ!俺はなんて薄情な男なんだ!うおぉぉぉ・・・』



『デトリアス。アンタは精一杯奥さんに向き合ったんだ。誠実に向き合ったんだ。あたしは全然恨んでなんていないよ。むしろ誇らしいさ。あたしが唯一愛した男は、呆れるくらいバカ正直で真っ直ぐな男だってね。アンタは街の為、奥さんの為、そしてあたしの為に懸命に生きた。何も謝る必要なんてない。アンタはなーんにも悪くないんだよ』


『ぬおぉぉ・・・キャサリィンン。きゃさりいいぃぃん』



 デトリアスは長年の空白を埋めるように、キャサリンを抱きしめる。

 そんなデトリアスの頭をペシっと叩き、ハッパをかけるキャサリン。



『ほら、いつまで泣いてるんだい。シャキッとおし。そろそろサンチョさんが来ちまうよ。情けない姿を部下に見せるもんじゃないっての。まったく』




『ホギャアッ!ホギャアッ!ホギャアッ!』




『ああん。ほら言わんこっちゃない。起きちゃったじゃないか!おー、よしよしよしっ。このおじちゃんうるさいでちゅねぇ。困りまちゅねぇ』



 キャサリンは赤子を優しく抱っこする。



『ほらデトリアス。アンタも抱っこしな。アンタの孫なんだから』


『うう・・・俺が・・・俺なんかが・・・触ってもいいのか?・・・』


『なに言ってんだい。ほらっ』



 キャサリンはデトリアスに、大泣きしている赤子を渡す。

 デトリアスは、繊細なガラス細工のように、大切に大切に抱きかかえた。



 抱いた瞬間、心が奪われた。


 少し高い体温も


 ぷにぷにした感触も


 微かに漂うミルクの香りも


 全てがデトリアスの時間ときを過去へと巻き戻す。



 思えばビアンカを抱きしめることは1度もなかった。

 デトリアスは母親ごと抱きしめるように赤子を包み込む。


 

『あら、意外。この子喜んでるわ』



 キャサリンはデトリアスの腕に包まれている赤子を覗き込む。

 確かに赤子はキャッキャしながらデトリアスのヒゲを引っ張っていた。



『うう・・・うぅ・・・』

 デトリアスは大粒の涙を流しながら、膝をつき、泣き崩れる。



 暖炉の光が背中を撫でるように、そっと二人を優しく照らしていた。




 やがてガチャッと扉が開き、サンチョがメイドを引き連れ入ってくる。

 キャサリンは穏やかに、赤子の状態やクセをメイド達に説明し、愛用の服やぬいぐるみをバックにつめていった。



『すまん・・・キャサリン。落ち着いたら会えるように取り計らう。しばらく待っていてくれ』



 デトリアスの提案にキャサリンはゆっくりと首を横に振る。



『いや。あたしは死んだことにしてくれ。ううん、違うわね。あたしはそもそも存在してない、いないことにして頂戴』


『な、なんだとっ?!』



『今がどれだけ重要な局面だかは分かるでしょ?『実は隠し子がいた!』なんて知られたら、貴族達に『誰だ!?誰だ?!母親は誰だ?!』って血眼ちまなこになって探されちゃうじゃない。そしたらあたしの身が危ういわ。もうこれ以上、あたしを巻き込むのは勘弁して頂戴』



 デトリアスはうつむき、唇を噛みしめる。



 この女はいつも正論を言う。

 この女はいつも自分よりも他人を優先する。

 この女はいつも本音を隠す。

 


 会いたいに決まっている。

 死ぬほど会いたいに決まっている。



 しかし、平民の自分が母親と知れたら、それを口実にデトリアスの立場を脅かしてくるかもしれない。

 この子の将来に悪影響が出るかもしれない。



 ならばいっそのこと、自分など存在してない事にすればいい。

 何処かの貴族の子と偽ればいい。



 その方がずっと、この娘のためになる。



 そんな考えで自分の気持ちを押し殺しているのは明白だった。



 キャサリンの悲壮なまでの決意に甘える事しかできない自分に悔しさが込み上げる。

 そんなデトリアスを気遣ってか、キャサリンは言葉を続けた。



『でもね。1つだけお願いがあるの・・・』

『願い?な、なんだ?俺に出来る事ならなんでもする!なんでも言ってくれっー』


『この子は『アーニャ』って名前にしてくれないかしら。それがあの子・・・ビアンカの最後の願いだから・・・』

『アーニャ・・・』



『ええ。かつて『救世主様』と一緒に戦い、世界を救った英雄、女性騎士アーニャ・セント・ローリア様。この子には明るく元気に育ってほしい。だから『希望』の象徴であるアーニャ様の名前を付けてほしい。お願いよ、母さん・・・って言われちゃってさ。あたしとしては叶えてあげたいのさ』



『分かった。約束しよう。この子の名前はアーニャだ』

『ありがとね、デトリアス』



————————————————



 そうして赤子はアーニャと名付けられ、セントバリー国の貴族との間の子であると説明した。


 当然、貴族達は寝耳に水。

 慌てふためき、色々と騒ぐが、鑑定魔法の結果、本当にワシの血を引いている事が証明され、機を逸する感じになったようだ。


 そしてセントバリー国も、否定も肯定もしない態度を示す。


 セントバリー国にとっては、ルーン国、特にガタリヤとの築いてきた友好関係を、わざわざ壊す必要もないといった思惑が見て取れた。


 そんな感じで騒ぎは収束を迎え、ワシは領主剥奪の危機を脱し、アーニャも屋敷内でスクスクと成長していった。



———○月○日———



 屋敷内では、アーニャは事故死したワシの娘の子として育てた。

 姿が見えない者よりも、実際に存在していた者の方がアーニャも受け入れやすいと考えたからだ。


 もちろん詳しく調べれば分かることなのだが、屋敷内で働く全員が、出入りする者全員が、街の住民全員が、アーニャの境遇に悲しみを抱いていたので、いつしか偽りは誠となり、誰もアーニャの本当の母親が誰なのか?と言う者はいなくなった。


 今日もアーニャは元気に屋敷内を走り回っている。



———○月○日———


 

 久しぶりに日記を書く。


 だが今日で最後にしようと思う。


 アーニャは先程、領主代理の就任報告のために、聖都へ出立した。


 本当に良く成長してくれた。

 優しく、思いやりがあり、そして芯が通っている。


 キャサリンよ。

 この子は本当にお前にそっくりだ。


 きっと良い領主となるだろう。

 もはや心残りはない。


 いや、唯一の心残りはアーニャにキャサリンの事を話せてないことだ。

 

 話すべきか、話さざるべきか。


 ワシは判断がつかん。


 アーニャも大人だ。

 充分に現実と向き合う力は持っていると思うが・・・


 領主になると最初の2~3年が勝負だ。

 ここでしっかりと結果を出さないと、途端に基盤が危うくなる。


 ましてや来年は聖女巡礼もある。

 アーニャにとっては休む暇もない、めまぐるしい日々の訪れだろう。


 そんな多忙な日々を過ごすアーニャの心を乱す訳にはいかん。


 とはいえ、落ち着くまで待てるほど、ワシの時間は残されておらんだろう。


 なのでワシはこの日記を残すことにする。


 口下手なワシが直接説明するより、この日記を読んでもらったほうが分かりやすいだろう。


 こうすればキャサリンにドヤされずに済むしな。


 キャサリンよ。

 秘密にしろとの約束は反故ほごにさせてもらう。


 だがもうワシはおらん。

 時効じゃ。

 残念じゃったな。


 先に天国で待っておるぞ。


 がっはっはっ




————————————————————




「全く。最後まで子供なんだから」


 キャサリンはあきれ顔になりながらも、そっと涙を拭く。

 そして優しい瞳でアーニャを見つめた。


 アーニャも頬を紅潮させて、瞳に大量の涙を浮かべてキャサリンを見つめる。



「お祖母様・・・」



 アーニャは一言つぶやく。

 そして二人は吸い寄せられるように抱きしめ合った。


 

 アーニャはワンワンと大泣きし、キャサリンは優しくアーニャの頭を撫でる。

 二人は空白の時間を埋めるように、ギュギューっと何時いつまでも抱きしめ合っていた。



 リリフはそんな二人を笑顔で見つめ、そっとその場を離れるのであった。






「あ~。ロイロイ。ランドッピ。ミケルンルン。ちょっといい?」



 ビレット達銀ランクは、ジョッキ片手に色々なグループに顔を出しているロイヤー達3人に声をかける。



「なんじゃい?改まって」

「もちろん良いぞいっ」

「フン。飲め」



 そしてロイヤー達を少し離れた場所に誘導した。

 ちなみにルチアーニはアーニャの代わりに聖女の相手をしているので不在だ。



「なんじゃいなんじゃい。珍しいのぉ。どうしたんじゃ?」


「あ~・・・あのさぁ・・・ちと聞きづれーんだけど・・・りりぴょん達が言ってる『ミール』ってさぁ、邪神を倒した『救世主様』ってことなんだよなぁ?」



「ふもっ?!むむむ。その話題か?!」

「言いづらいのぉ・・・じゃが、しょうがない。お主達に隠す訳にもいかんからのぉ」

「じゃな。じゃが分かってるとは思うが、内緒で頼むぞよ」



「もちもち。てことはやっぱそーなんだ」

「だな。やっぱスゲーな、りりぴょんは。『救世主様』と知り合いなんだもんな」

「んだな。ハンパねーな。正にりりぴょん神!」


「でもよ。やっぱ人間なんだよな?なんか『神の使徒』とか言われてっけどさ」


「うむうむ。れっきとした人間じゃな。それは間違いないぞよ」


「ふへ〜、そっかぁ。でも全然有名じゃねーんだな?」

「だなだな。俺だったらめっちゃドヤるけどな〜」

「わかるわかる。なろうと思ったら、虹ランク筆頭のワールドチームにも成れるもんね」

「だよな。したら、国賓待遇で女はべらし放題じゃん。俺、毎日腰振るわ」

「ぎゃははっ。俺ら欲望丸出しじゃん!」



「なあ、ロイロイ。なんでミールって人は虹ランクじゃないん?」



「うーむ。それについては話せば長くなるのぉ。まあ、簡単に言うと本人があまり目立つのが好きじゃないって感じかの」



「ぬおぉ〜。カッケー」

「正に俺らと真逆じゃんっ」

「くぅ〜。やっぱ、さっきのボービットのおっさんといい、今回の救世主様といい、女を射止めるには目立たない方が良いのか?!」

「マジか?!それじゃあ俺、今からりりぴょんの前では黙るわ!」

「ぎゃははっ!もう遅いっての!りりぴょん、完全に俺らの事、うるさい奴認定してるもん!」

「くそー!最初からやり直して〜!」

「ギャハハ!」



「なんじゃい。お主らリリフちゃんを狙ってるんかいな。意外じゃの」

「うむ。今までそんな素振(そぶ)り一切みせんかったのにの」



「そこはあれよ。最初から下心丸出しだと引かれるからな」

「でも実際、最初はマジで教えてもらおうって気持ちが強かったからな。師匠みたいな感じだった」

「だな。それが段々と神になって」

「女神になって」

「りりぴょん様ぁってなったって訳よ」

「ぎゃはは」



「うーむ。よくわからんがリリフちゃんは確かに良い女じゃ。好きになるのも分かるのぉ」



「なあ、りりぴょんってさ。前から、そのミールって人と知り合いなん?結構付き合い長いんかな?」


「うーむ。ワシらはミールから紹介を受けて知り合ったからのぉ。最初の頃はどうじゃったかな?のぉロイヤーよ」

「なんじゃったかの・・・あんまり覚えてないのぉ・・・おっ。丁度、よく知ってる者が歩いておるわい。あやつに聞いてみるのが良いんじゃないかの?」



 ロイヤーが指差した方向にいたのはリューイ。

 手持ち無沙汰な感じで、フラフラと歩いていた。



「おーいっ!リュイリュイ!こっちこっちー!」

 ビレットの大声に気づいたリューイは駆け足で駆け寄ってきた。



「ああ。皆さん、こちらにいたんですか」

 どこかホッとした感じのリューイ。



 リューイは最初、セリーと隊長さん達の飲み比べ対決で、お酒を注ぐ役目を与えられ、揺れる胸を間近で堪能していた。


 しかし、あっという間にセリーも隊長さん達も酔い潰れて寝てしまい、役目を失う。



 元来、自分が人獣ということもあり、他人と関わるのが苦手な人見知り。

 そんなリューイが、楽しそうに酒を飲んでいる兵士達の輪に入る事など到底できるはずもなく、まずは妹のブルニを探す。



 だが肝心のブルニはルチアーニと共に聖女の相手をしていた。

 もちろんリューイにとっては、兵士達よりも聖女の方が数段接しやすいが・・・



 聖女はリューイにとって初体験の相手である。



 初めての、しかも気絶してしまったので上手くできなかった相手なので、恥ずかしくて気まずい。

 そんな思春期真っ盛りのリューイが、あの輪の中に入るのはちょっと臆する所がある。



 なのでリューイはブルニを諦め、次にリリフを探す。



 しかしリリフはアーニャと共に、キャサリンと何やら深刻そうな話しをしているので、今は近づかない方がいい気がした。



 ではグワンバラの旦那さん、ボービットはどうだろう。



 リューイの普段の日常において関わりがあるのは、ミールを除けば男はボービットのみ。

 そのボービットは無口だが、暇そうにしているリューイを厨房に招いて料理を教えてくれたり、大工仕事を一緒に行ったりと結構気にかけてくれている。



 聖女なんかよりも数倍接しやすいので、リューイはボービットを探す。



 しかし、ボービットはダストン将軍、ピッケンバーグ、ブレーメンと共に、核弾頭グレービーの襲撃を受けていたので、リューイは躊躇なく近づくのを断念した。



 ではルクリアは?



 ルクリアもボービット同様、口数は少ないが、居心地は良い。

 沈黙が通常運転なので、無理に喋ろうとしなくてもよく、気が楽なのだ。



 しかし、ルクリアはラインリッヒと本を読みながら談笑している。

 普通に輪の中には入る事は出来そうだが、なんとなく2人の雰囲気を邪魔してはいけない気がしたのでやめておいた。



 こうなると、もう頼りはロイヤー達とビレット達。



 しかし、何処ここにいるのは400人近く。人混みに紛れ、中々見つけられなかったので、ふらふらと当てもなく彷徨い歩いていた所、ようやく発見して駆け寄ってきたという訳なのだ。




「なあ。リュイリュイ。りりぴょん達とミールっていう救世主様って結構前からの知り合いなん?」



「え?・・・」

 リューイは一瞬、ミールの事を話していいのか判断に迷うが、ロイヤー達がいて、ビレット達がミールの事を知っているという事で、話しても大丈夫だと思ったようだ。



「あ、えっと・・・5ヶ月くらい・・・あ、もうちょっとか・・・だいたい半年くらいですかね。確か大体それくらいだったかと思います」



「おお。なんだっ。そんなに深い仲じゃねーんだ」

「だな、ちょっと希望が出てきたぜい」

「なんじゃ、そうなのか?ワシらとたいして変わらんのぉ」



「ええ。ロイヤーさん達と出会ったのが冒険者を初めて1ヶ月くらい経過した頃だったかと思います。そしてリリフねぇ様がミール様と出会ったのは、冒険者になる前のだいたい1ヶ月くらい前だったと思いますので」



「そんでそんで?!りりぴょんってさ。ぶっちゃけ救世主様の事、好きなんだよな?!二人は付き合ってるん?!」



「え?・・・あ、えっと。お付き合いはしてないかと思います。ですが・・・」



「ですが?!」



「えっと・・・肉体関係は・・・あります」



「ぬおおぉぉ・・・まじかぁ・・・」

「ちくしょー!」

「てか、付き合ってないんだよな?!セフレってこと?!」



「あ・・・えと・・・まあ簡単に言うと・・・そうなりますね」



「くうぅぅ・・・せつねえぇ」

「りりぴょーん・・・」

「でもさ!りりぴょんは救世主様のこと好きなんだよな?!てことはなに?りりぴょんの純粋な恋心をもてあそんでるってこと?!酷くね?!」

「そうだそうだ!りりぴょんが可哀想だぜ!」



「あ・・・いえ。えっとリリフね・・様だけじゃなくて、セリーね様やブルニとかも同じで・・・全員と関係を持っているので・・・」



「はああぁあぁ?!マジぃ?!」

「ふざけんなぁ!!」

「まじで、人として最低じゃね?!救世主様ってやつ!」



「あ・・・えっと・・・あれ?・・・」

 リューイは段々と自分の予想とは違う展開になってきて戸惑っている。



「うむ。そうじゃ。あやつは最低なやつじゃぞ」

「うむうむ。手当たり次第に女に手を出すヤリ○ン野郎じゃからな。ひひひ」

「・・世界中に隠し子がいるしな・・・」



 その展開が面白かったのか、ロイヤー達は敢えて火に油を注ぎまくった。



「ぬおおお!!許せねぇ!マジで許せねえ!」

「救世主様?!ふざけんな!テメエなんか救世主でもなんでもねーぜ!」

「ああ、そうだ!こんなやつ呼び捨てで構わねえ!ミール!いやクソミールだぜ!」

「そうだそうだ!クソミール!出てこいやぁ!俺が説教してやる!」

「おうよ!テメエなんかにりりぴょんは渡さねえかんな!クソミールがぁ!」



「そうじゃ!更にあやつはあそこにいる受付嬢ピコルちゃんにまで手を出しておる!あの子はギルドのアイドルなんじゃ!アイドルは皆んなのモノじゃろ?!それをアヤツは独り占めしとるんじゃ!ゆるせん!」


「そればかりじゃないぞい!驚くべきことに、あやつはアーニャ様にまで毒牙にかけておるんじゃ!あの清廉潔白なアーニャ様を・・・ううぅ・・おいたわしや・・・」


「まさに鬼畜だ・・性欲大魔王だ・・・」



 若干酔いが回っているロイヤー達は、更に悪ノリを繰り返す。



「まさかアニャニャンまで?!」

「ぬおおお!ぜってえ許せねえ!」



「ちょっと・・・なにを言ってるんですか。ロイヤーさん、ランドルップさん、ミケルさん。誤解を解いてくださいよぉ」



「うんにゃ!いやじゃ!ワシは前々からミールがモテモテなのが気に食わんかった!いい気味じゃ!」

「そうじゃそうじゃ!これくらい言ってもバチは当らん!」

「・・自業自得だ・・・ミール」



「へっくしっ・・」

 ミールは焚き火に薪を足しながらくしゃみをする。

 まさか遠くガタリヤの地で、自分が批判の矢面に立っているとは夢にも思わないだろう。



「おしっ!俺は決めたぜ!ぜってえクソミールからりりぴょんを取り戻す!」

「ああ!最低男からりりぴょんを救い出すぜ!」

「だな!そして俺の嫁さんになってもらう!」

「はああ?!何言ってんだ?!りりぴょんは俺がもらう!」

「バカヤロー!俺以外にいないだろ!」

「いや、レイン!お前はルチアーニさんで我慢しとけ!」

「なにぃ?!我慢しとけとはなんじゃ?!ルチアーニはリリフちゃんなんかよりも、よっぽど良い女じゃぞ!」

「ロイロイこそ、りりぴょん『なんか』とはなんだっつーの!りりぴょんは女神だぞ?!」

「それを言うならルチアーニは大女神じゃ!女帝じゃ!」

「なにをー!」

「なんじゃとー!」



 酒が入っているせいか、若干収拾が付かなくなってきたビレット達とロイヤー達。

 唯一シラフなリューイがなだめに入る。



「皆さん、落ち着いてください。まず誤解しているのが・・・」



「リュイリュイはいいわけ?」

「え?・・・」



 唐突にクリムがリューイに質問をぶつける。



「だからリュイリュイはいいのかって聞いてんのさ。りりぴょんのこと好きなんだろ?」


「ほえ?・・・」



 クリムの言葉に頭が真っ白になるリューイ。

 しばらく固まっていたが、ハッと我に返り、慌てて訂正する。



「な、ななななにを言ってるんですか?!ぼぼぼぼ僕なんかがリリフ様を?!ありえません!僕なんかが人間種の方に好意を持つなどあってはならない事ですっ!!」



「なんで?」


「な、なんでっ?!なんでと言われましても、そのままの意味です!僕は人獣ですよっ??」



「はあ?関係なくね?」

「なになに?リュイリュイも、りりぴょんのこと好きなん?」

「全然知らんかったわー。よく気付いたな、クリム」

「はっはっは。いかに取り繕うとも、この恋愛マスタークリム様の目は誤魔化せねーぜ」

「流石、我がPTの回復士様だな!観察力がハンパないぜっ!」

「だろだろ?にっひっひ」



「ちょ、ちょっと待ってください。ほ、本当に違うんです。確かにリリフ様はお綺麗な方だと思いますし、人間的にも素晴らしいお方です。ですがそのように恋愛対象として見たことなど1度もございません」



「本当にぃ??」


「ほ、本当です」


「1度もぉ?」


「い、1度もです」


「ふーん。でも気にはなるだろ?」


「気になるというか・・・それは同じPTですので、やはり気にかけている部分はあります」


「どんな風に??」


「どんな・・・ですか?・・・えっと・・・朝起きたら顔色を見て体調を気にかけたり・・・」


「ふむふむ」


「朝食の進み具合、フィールドへの準備の仕方などを見て、気持ちの充実さを図ったり・・・」


「ほうほう」


「あ、モンスターとの戦いの後とかは要注意です。痛みなどを隠す人ですから・・・」


「ほほー」


「あとはスキルの影響で、どうしても僕らには聞こえない雑音が聞こえてしまう方なので、何か溜め込んでないかを会話の節々でチェックしたりします。嘘がつけない性格なのを気にしているのか、どうも最近、作り笑顔をする時がチラホラありますので・・・」


「・・・・・」


「でも尊敬できる場面も多々あります。先日、急に走り出したから何かと思えば、迷子の子供が泣いているのをあやしていたり・・・パッと方向転換したと思ったら、ご老人が道を渡るのを手助けしていたり・・・この間なんか・・・」



「なあ、リュイリュイ」

「あ、はい」



「それってりりぴょんのこと、好きってことじゃね?」

「な、なんでそうなるんですかっ?!」


「だってよぉ。なあ」

「ああ。リュイリュイ、めっちゃ、りりぴょんの事見てんじゃん」

「いや、だからそれは同じPTだからであって・・・」



「じゃあセリリンやブルッチにも同じ感じなん?」



「え・・・いえ。セリーね様は大人ですし、ブルニは身内ですので」

「そうかぁ?俺からするとセリリンの方が何倍も危なっかしいし、最年少のブルッチはやっぱり気にかける必要があると思うぜぇ?」



「そ、それはそうなんですが・・・何と言いましょうか・・・リリフねぇ様には笑っていて欲しいんです。リリフね様が笑っていると僕はホッとするんです。だから・・・」



 リューイは自分で言っていて、言葉に詰まる。



『あれ?・・・僕は・・・』



 黙ってしまったリューイにクリムが優しく声をかける。



「リュイリュイ。リュイリュイが1番一緒にいたいって思える人は誰なのよ?この人とずっとずっと一緒にいたいって思える人は誰なのよ?」



 その言葉を聞き、頭の中をフラッシュバックするのはリリフの顔。


 困った顔、怒った顔、泣いてる顔、そして笑っている顔。


 思えば以前、ギルドでリリフが自分を卑下している時もそうだった。

 

 この人の助けになりたい。この人の力になりたい。この人の笑顔がみたい。


 そんな思いが溢れ、自分でもビックリするような力が湧いてきたものだ。




 ・・・そうか・・・僕は・・・・




 リューイはようやく自分の気持ちに気付き、呆然としている。


 そんなリューイにクリムはニヤッと笑顔を見せてこぶしを突き出す。



「俺ら、ライバルだな」



 リューイも大人の男として認められていると感じ、笑顔で拳を合わせようとしたが、ハッと我に返り、首を振る。



「ダ、ダメです!僕なんかが同じな訳がありません!僕はただ見ているだけでいいんです!リリフ様が幸せになってくれればいいんです!そしてリリフ様が危険な目にあった場合はこの身を捨てて助けに入りたい!ただそれだけなんです!それ以上は望みません!」



「うお・・・純愛じゃん・・」

「純愛きちゃー・・・」

「眩しいのぉ・・・」



「リュイリュイ。リュイリュイの人生にとやかく言うつもりは無いけど、初めっから見てるだけで良いなんて言うのは、逃げてるだけなんじゃないかい?もしかしたら今後、りりぴょんに『メニロ・クオント』みたいな奴が手を出してくるかもしれないんだぜ。それでもリュイリュイは何もせずに見てるだけなのかい?」



 『メニロ・クオント』とは、以前、魔法石屋でチラッとコクリトも言っていたが、現在売り出し中の男性ボーカルの名前である。

 世界中で大人気だが、女癖が悪い事でも有名な超イケメンだ。



「ぼ、僕なんかが思いを告げたら、きっとリリフ様は困ると思います!僕はなにも取り柄はありませんし、学だって全くありません。顔も良いわけじゃありませんし、身体能力はむしろリリフ様の方が上です。そして何より僕は人獣です!僕なんかが好意を寄せたらリリフ様が迷惑します!僕はリリフ様の困った表情は見たくありません!」



「うわ。出た。被害妄想」

「ネガティブの塊」

「悲しいのぉ・・・」



「リュイリュイ。確かに告白するのってめっちゃ勇気がいるし、怖いよな。今までと同じ関係ではいられなくなるかも知れないし、自分を否定されるのも怖い。ネガティブなイメージを持つのも分かるよ。でもさ、だからといって、そんなに自分を否定しなくてもいいんじゃね?恋愛ってのは不思議なもんでさ。必ずしもパーフェクトなヤツが勝つとは限らねーんだ。顔もブサイク、貧乏だし、運動神経もない。だけどコイツといると何故かホッとする。そんなヤツが美人を射止めたりするもんよ。俺は他のヤツよりリュイリュイが劣ってるとは思わないな。いや、むしろ他の誰よりもりりぴょんの事を理解してると思うぜ。もちろん同じPTだから今すぐ告白しろなんて言わないさ。関係に変化が出るのは間違いないしな。だけど、戦う前から剣を置くのは男らしくねーし、何よりりりぴょんへの想いを否定することにならないかい?」



「うひょー。クリムたん男前〜」

「恋愛マスタークリム」

「惚れてしまうのぉ」



「・・・僕なんかが本当に・・・いいんでしょうか?・・・リリフ様は僕の命の恩人なんです。そんな方を・・・好きになってしまっても・・・良いんでしょうか・・・」



「良いも悪いもないよ。相手の事を想う事。愛おしいと感じれる事。それは自然なことさ。むしろ誇っていいね。自分以外の人を大切に想える自分にさ」



 リューイの瞳に輝きが戻っていく。

 しかし長年、虐げられた生活をしていた者が、直ぐにポジティブになるのは難しい。



「ですが・・・僕は人獣です・・・人獣は大人に成長するのは早いですが、その分、寿命も短いのです・・・大体50年程度と言われています・・・人間種の皆さんだとまだまだ活発に動ける時に、僕は老いて死んでいくのです・・・そんな僕にリリフねぇ様を幸せにする事など出来るのでしょうか・・・」




「男がごちゃごちゃ言ってんじゃねぇー!!」




「うおっ。いつも冷静なクリムたんが怒っちゃー」

「・・・お前・・・そんなキャラじゃないだろ・・・」

「熱い男じゃのぉ・・・」



「いいか!?時間ってのは長さじゃねー!その濃さにあるんだ!寿命が短い??だったらその分、何倍もりりぴょんのことを愛せばいいじゃねーかっ!自分の人生をかけて幸せにすればいいじゃねーかっ!そんな覚悟もないヤツにりりぴょんを幸せにすることなんて出来やしない!おととい来やがれ!この腰抜け野郎がっ!」



 クリムの叱咤に、リューイの表情から弱気さが消え、戦う男の顔に変わった。

 それを見たクリムは、ニヤッとイタズラっぽい笑顔を見せる。



「良い表情になったじゃねーか。それでこそだぜ」

「つーか、なに勝手にりりぴょんを幸せにするのは自分だ・・・的な内容になってる訳?譲る気なんてないんですけど??」

「そうだぜ、リュイリュイ。例え相手が救世主だろうが、『メニロ・クオント』だろうが、負けるわけにはいかねー。正々堂々と勝負だぜ」



 クリムは再度、拳をリューイに向ける。

「俺らライバルだなっ」



 リューイもコツンと拳を合わせて笑顔を見せる。



「はいっ!」



 男友達の手荒い歓迎のように、全員に揉みくちゃに頭を撫でられながらも、幸せ一杯の表情で笑うリューイであった。



  続く



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