蘇る魂の道しるべ⑧
『フローリア様。ゼロス信仰のネットワークを甘くみてはいけません。世界中に信者がいるのです。内通者がいるのです。例え振り切っても直ぐに居場所が知られるでしょう。ましてやフローリア様はハーフエルフです。正体を偽ることもできないでしょう』
『そ、そうですか・・・では告発することは諦めるしかなさそうですね・・・』
『申し訳ございません・・・』
⇨
『いえ、いいのです、クラリス。貴方のお陰で最悪の手を打たずに済みました。感謝します』
『フローリア様・・・』
『ですが、やはりこのままここにいる事は出来ません。私は里に帰ることにします』
『フローリア様。それも出来ません。さっき言ったように彼らはフローリア様を手放さないでしょう』
『えっ??別に他の教会に行くわけではありませんよ?』
『ええ。彼らは執念深く、嫉妬深く、そして疑い深いのです。里に帰れば誰が接触してくるか分かりません。恐らく彼らはフローリア様を一生手放すつもりはないでしょう・・・』
『そ、そんな・・・』
『私に力が足りないばっかりに・・・申し訳ございません。うううぅ・・・』
『では・・・私は正に籠の中の鳥・・・なのですね。一生・・・出ることは叶わない・・・』
私は絶望してしまいました。
もうここから出ることは出来ない。
そして何より、もう母に会うことが出来ない。
その事実に頭が真っ白になってしまいました。
何時間も・・・何時間も・・・
私達2人は無言で過ごしました。
夜もすっかり更けて、ひんやりとした空気が肌を刺激してきます。
『フローリア様。少し冷えてきました・・・こちらを・・・』
クラリスは上着を持って来てくれました。
『ありがとう・・・』
私は上着を受け取りましたが、バサッと床に落ちました。
袖を通すことも出来ないほど、身体から力が抜けていたのです。
『もう・・・フローリア様ったら』
クラリスは優しい笑顔を浮かべながら、私に服を着せてくれました。
『本当にフローリア様のお肌は綺麗です。やはりハーフエルフはお肌の質から違うの・・・です・・・ね・・・』
何かに気付いたのか、言葉の後半は途切れ途切れでした。
『フローリア様っ!先程、森の中に入れると仰いましたよねっ?!『神力』を使って森の中を進めると!『神力』・・・・『神力』とはなんですか?!』
『え?・・・ああ、クラリスには見せたことはありませんでしたね。こういったものです』
私は『神力』を使って、敵の侵入を拒む光の膜を出しました。
『!!!す、凄い!凄いです!フローリア様っ!こ、こここれはいったい何ですか?!』
『これはモンスターの侵入を拒む光の結界です。完全に防ぐことは出来ませんが、モンスターはこの光が苦手のようで、近寄ってこなくなるのです』
『こ、ここここれを誰かに見せたことはありますか?!神官達に見せたことはありますか?!』
『え?・・・いえ、見せたことはないですね。人間には効果ありませんから』
クラリスは頬を高揚させて、フローリアの手をギュッと握る。
『フローリア様っ!いけます!いけますよ!これを上手く使ってここから脱出しましょう!』
『ええ?!本当ですか?!』
『はいっ!いいですか?まず・・・・』
こうして徹夜で策を練り、翌朝の朝礼に挑みました。
毎週、月曜の朝に神官長を含め、全ての神官達が集まり、朝礼をするのが決まりでした。
この日も、全ての神官達が集まり、ゼロス様に祈りを捧げていました。
私は打ち合わせ通り、ここで光の膜を出現させました。
『うおおおぉぉ?!』
『なんじゃ!なんじゃ?!』
『きゃああぁぁああぁ!』
『ふ、フローリア様!』
一斉に神官達は私から離れ、遠巻きに私を見守っていました。
私は構わずに、そのままゼロス様に祈りを捧げているかのように、目を閉じ、膝を折り、両手を顔の前で組んで祈り続けました。
『おおお・・・これは・・・神のお告げか?』
『いや、神の降臨だ』
『ありがたや・・・ありがたや』
『ゼロス様・・・』
神官達は口々に勝手な予想を言い合いながら、私の祈りが終わるのを待ってました。
しばらくして、私は光の膜を消して、スクッと立ち上がり、教壇に向かいました。
教壇には、訓示を述べていた神官長が硬直したまま私を見ていました。
『フ、フローリア様。いったい・・・』
『神官長。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?皆に伝えなければならない事があります』
『お、おうっ。そうか。う、うむ』
神官長はソソクサと壇上を降りて、私を見上げました。
神官達もゾロゾロと整列しなおして、跪き、私を見上げます。
その中にクラリスの姿もありました。
クラリスは『頑張ってくださいっ!』と言ってるように、瞳を輝かせていました。
私は打ち合わせ通り、なるべく厳かに、威厳をもって語り出しました。
『皆さん。たった今、我らが神ゼロス様からお言葉を賜りました・・・』
『おおぉぉ・・・』
ザワザワする神官達。
『ゼロス様は私に『里に帰り、償え』と仰いました。なので、私は直ぐに此処を立たねばなりません』
『な、なんと?!』
『どういうことじゃ??』
更にザワザワする神官達。
『ゼロス様は詳しく説明は致しません。ですが、ゼロス様は明らかに怒っておられました。不快に思っておられました。どうやら貴方達神官達の中で、教えに反する行動をしている者がいるようです。助け合わず、人を見下し、騙し、欺き、自らの利益の為だけに動く。そのような不届き者がいるようなのです』
『なんてことだ?!』
『そんなヤツがいるのか?!』
『いったい誰だ!出てこい!』
悲鳴を上げ、怒号を上げる、比較的若い神官達。
そして顔面蒼白で脂汗を額に浮かべる重役の神官達。
『フローリア様!いったい誰がそのような事をしてるのですか?!教えてください!』
神官の言葉に、静かに首を横に振るフローリア。
『神は、ゼロス様はこの教会が疑心暗鬼に包まれる事を望んではおりません。なので犯人捜しはやめましょう。過ちを悔い、反省し、改めれば、神は必ず許してくれます。より一層、この教会が強い祈りに包まれる事を期待します』
その言葉に少しホッとする重役の神官達。
『ただし!』
再び、ビクッとなる心当たりありまくりの神官達。
『神は悔い改めない者には容赦しません。必ずや神の鉄槌が下るでしょう。今回はその罪の全てを私が引き受けます。しかし、再び教えに反する行動をしていた場合は、どうなるか分かりません。くれぐれも忘れることのないように』
『ははー!』
『かしこまりましたっ!ゼロス様!フローリア様!』
『我々はより一層、信仰を捧げます!』
『神官長』
『は?・・ははー!フローリア様!』
『私は直ぐに里に帰り、贖罪の日々を過ごします。いつ・・・ゼロス様がお許しくださるかは分かりませんが・・・もし、お許しを頂けた場合は、またこのスーフェリア教会に戻ってきます。それまでこの教会を頼みましたよ』
『ははー!かしこまりました!フローリア様!』
神官長はプルプルと震える手を地面に付け、土下座で答える。
『クラリス』
『はっ!』
『貴方には大変お世話になりました。急な事で私自身、まだ心の整理がついていませんが、貴方の献身的な対応に何度も救われました。ありがとう。貴方への感謝はいつまでも忘れません』
『もったいないお言葉でございます。フローリア様。こちらこそ我が教会の信徒の罪を、フローリア様お一人に背負わせてしまい、申し訳ございません。どうぞお体ご自愛ください』
『ありがとう』
「そうして私は教会を無事に抜け出し、このククラーソン村に戻ってきました。母はとても喜んでくれて、随分と心配をかけてしまったんだと気付きました。これからは、心配をかけた分、このククラーソン村で穏やかに暮らそう。母と一緒に静かに暮らそう。そんな気持ちで一杯でした。ですが・・・既に母は病魔に冒されていたのです」
「まあ、そうだろうな。里を捨てたエルフは長くは生きられないからな」
「やはりご存知でしたか・・・私は全く知りませんでした。知っていれば、ククラーソン村から出ようとは思わなかったのに・・・それが今でも悔やまれます・・・」
「フローリアさんの母親は悲しそうにしてたのかい?」
「え??」
「母親ってのはな。どんな時でも娘の幸せを願ってるもんなんだよ。娘が自ら村を出て、世界を見てきたいと言った事がとても嬉しいと日記には書いてあった。この村で自分が枷となり、不自由に暮らさせるよりよっぽど良いってな」
「そうですか・・・」
「フローリアさんの母親は、どんな気持ちで、里を出たと思う?」
「え?・・・えっと・・・」
「エルフの里を出たら長生きできないってのは分かってた筈だ。まあ、長く生きられないとはいえ、人間に置き換えると長寿だが、数千の時を生きるエルフにとっては相当短い時間だろう。それなのに里を出た。何故だと思う?」
「それは・・・外の世界を見てみたかったのかもしれません。私が村を出たいと言った時に『私と同じね』と言ってましたから・・・」
「確かにね。そういった好奇心があったのは事実だろう。だが、何よりも自分で選択したかったんじゃないかな?里の生活はほとんど変化がないらしい。毎日が同じ事の繰り返し。そして誰と結婚するとかも全て決まっている。自分で決める事など一切ないって書いてあった。それがとにかく嫌だったんじゃないのか?例え長生きできないと分かっていても、自分で選択した道を進みたい。だから日記には村の生活は毎日が楽しいって書いてあるよ。フローリアさんの成長をとにかく喜んでいた。だから村を出たフローリアさんの決断は、まるで自分の事のように感じてたはず。母親にとってはとても嬉しい事だったと思うけどな」
「そうでしたか・・・ありがとうございます」
フローリアは頬を赤らめ、お礼を言う。
なんとなく、良い雰囲気が2人を包み込んだ。
「さて、今日は大晦日だからな。ちょっとだけでもお祝いしようか」
そう言うと、ミールはマジックポケットから、村で購入したケーキを取り出す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。ケーキなんて、本当に久しぶり・・・」
「僕の好みでモンブランです」
「あ、私も好きです。モンブラン」
「おお、いいですね」
ミールはマジックポケットから追加で丸い蝋燭を取り出した。
そして指先から小さな炎を出して着火する。
ゆらゆらと優しい光を放つ蝋燭。
その光を見ながら、無言でケーキを食す。
モンスター蔓延る森の中とは思えないほど、穏やかな空気に包まれた2人であった。
リリフ達は馬車で『恵みの池』に向かっていた。
お酒やバーベキュー台など、嵩張る荷物は先に運び終えている。
ビレット達銀ランクが、その荷物の見張りをしてくれているのだが・・・
明らかに様子がおかしい。
松明は煌々と一面に明かりを放っており、その周辺には結界が広範囲に多数展開されていて『恵みの池』が見えなくなるほどだ。
「あら?何か様子が変ですわね」
「あんなに結界って用意してないわよね?」
「松明も凄い数だわさ」
「ふわわぁっ!とっても明るいですぅ」
近づいてみると、そこには困った表情の銀ランク達と・・・
なんと大勢の兵士を引き連れた聖女が、満面の笑みを浮かべて仁王立ちしていた。
「えええっ?!せ、聖女様っ!?」
「まあまあっ!びっくりですわぁ!」
「おやまあ、本当に聖女様だわ」
「わああいっ!聖女様だぁぁ!聖女さまぁ〜!」
ブルニは馬車を飛び出し、嬉しそうに駆け出した。
そして躊躇なくギュッと聖女に抱きつく。
兵士達にざわめきが起こる。
聖女様になんて粗相を・・・
ありえない・・・
自殺行為だ・・・
そんな表情を浮かべながら、護衛隊長ピッケンバーグの顔色を伺う。
しかし、ピッケンバーグも、メイドのロココも、平然としている。
いや、むしろその光景を穏やかな瞳で見つめていた。
抱きついてきたブルニを嬉しそうに抱きしめ返す聖女。
遅れてリリフもセリーも抱きついてくる。
「えええっ?!聖女様?!わーい!聖女様だぁ!」
「びっくりですわっ!びっくりですわ!」
「聖女様ぁ!どうしてここにいるんですかぁ?」
「むっふっふぅ。サプライズ成功ねっ!私を差し置いて皆んなで楽しもうったってそうはいかないわっ!甘いのよ!リリフ!」
ドヤる聖女とは対照的に、申し訳なさそうなアーニャ。
「リリフさん。すみません。先日リリフさん達がお屋敷に来ていただいた後に、聖女様から通話がきまして。ちょうど良いので、あの件をお伝えしてたのですが・・・その際にリリフさん達と大晦日に『恵みの池』で過ごすことになりそうだとお話しましたら『ズルい!私も行く!』と相当駄々を捏ねられまして・・・驚かせたいから内緒にするようにと言われてしまい、お話出来ませんでした」
「なによ!?駄々を捏ねたって!私を子供扱いしないで頂戴!」
「ですが、聖女様。今は英雄探しで他国からも沢山の使者が派遣されている状態です。更に、貴族制度廃止の件で他国からの圧力は増すばかり。そんな中、頻繁に聖女様が聖都をお離れになるのはよろしくないのではないでしょうか?ガタリヤまで来られますと、聖都を10日近く不在にしてしまいますし・・・」
「なによっ!私だってたまには息抜きも必要なのっ!」
「たまには・・・という言葉は1ヶ月で2回も聖都をお離れになっている方が言える言葉ではございません。息抜きするなとは言いませんが、今はお仕事を優先するべきだと存じます」
「だって・・・だって!アーニャだって世界中の聖女が自由がないって嘆いていたじゃないっ!私はそんな現状を打開するために、敢えて行動してるのよっ!仕事なのよっこれは!」
「ふええぇん。お仕事なんですかぁ?聖女様ぁ・・」
「がっかりですわ・・・」
「嫌々だったんですか・・・」
「ふぇ?!そ、そそそそそそんなことないわっ!会いたいから来たに決まってるじゃないっ!遊びよっ遊びっ!」
「やっぱり遊びなんですね、聖女様」
「ぴえっ!えええええっと!」
「いいですか?聖女様。遊ぶときは遊ぶ。仕事するときはしっかりと仕事する。常にメリハリをもって行動するようにとお祖父様も仰っておりました。もう少し・・・」
「あああんんん!もう許してぇ!アーニャ。分かりましたっ。ちゃんとやりますっ。これが終わったらちゃんとやるからぁ!」
「約束ですよ?聖女様」
「うん・・・約束」
聖女は子供のように頷いた。
しかし、聖女とアーニャの関係はかなり良好なようだ。
少し前までアーニャとどうすれば仲良くなれるのか悩んでいた聖女とは思えないほど、距離感が近くなっている。
お母さんと子供・・・のように見えなくもないが・・・
「あははっ。でも聖女様が来てくれて私は嬉しいですっ!沢山楽しんでくださいねっ」
「う、うんっ!」
リリフ達はもちろん慣れているが、他の皆さんはそうではない。
少しでも聖女の機嫌を損ねたら即死刑。
こんな噂を耳にした事がある人ばかりなので、少し距離を取り、遠巻きにリリフ達、聖女の動向を見守っている。
普段おちゃらけてる銀ランク達も、聖女には気軽に話しかけれないようだ。
「ではではぁ。早速準備をすると致しましょうっ。バーベキュー台を並べてくださいまし」
「はいよぉ」
「こっちはお酒用意するの手伝ってぇ」
「はーい。フォークとお皿でーすっ」
「このテーブルに料理を並べよう。ブルニ手伝ってくれ」
「うんっ!お兄ちゃん」
「毛布もあるぞい。寒いやつは持ってってくれ」
「うっひょぉぉ。めっちゃ旨そー!」
「やっだぁ。良い男ばかりじゃないっ!じゅるりっ」
ワイワイと騒ぎながら準備する面々。
聖女達もかなりの量の食材やお酒を聖都から持ってきてくれたようで、食材やお酒が足らなくなる心配はなさそうだ。
やがて全員にグラスが配られ、乾杯の合図を待っている。
聖女の護衛は300人ほど。移動速度を重視したようで、全員、馬や馬車に乗っており人数は少なめ。
そしてダストン将軍やトール隊長を含めたアーニャの護衛兵と、ラインリッヒの護衛兵達。
更にリリフ達、ルチアーニ達、ビレット達、グワンバラ達、ピコル達、ブレーメン達(+1)
総勢400人弱くらい。
『恵みの池』をバックに、扇形で集まっていた。
「えへへ。じゃあ代表して私が言うねっ」
リリフは少し照れくさそうに前に出る。
「いよぉぉ!りりぴょん!待ってましたぁ!」
「りりぴょん神!レインボーりりぴょん!」
「メンタル鬼強っしょー!俺こんな大勢の前で喋れねーわっ!」
「ぎゃははっ!俺ら豆腐メンタル!だっせー!」
ビレット達が盛り上げる。
「えっと・・・ちょっとこんな大勢の集まりになると思ってなかったので、緊張してますっ。でも、本当に皆さん、来てくれてありがとうございます」
リリフはぺこりとお辞儀をする。
パチパチパチと暖かい拍手が湧き起こる。
「えへへ。ありがとうございます。えっと・・・皆さん、なんで此処なんだろうって思いますよね?せっかくの大晦日なのに、なんでわざわざ危険なフィールドで年を越そうとするのかって。実はですね・・・ここは私達PTの始まりの地なんです」
リリフは少し目を閉じて、当時を思い出す。
「冒険者になって、まだ何も分かってない感じで・・・もちろんまだまだ今も手探り状態ですけど・・・当時の私達は、まだ完全に冒険者をやる覚悟が出来てなかったんだろうなって今振り返ると思います。フィールドがどんなとこなのか。心構え、準備、打開力。何一つ出来てなかった。そして・・・ここで大勢の人が亡くなりました・・・」
リリフの言葉を聞いて、セリー、ブルニ、リューイも当時を振り返る。
「あの時の事は忘れられません。いえ、忘れてはならないと思っています。友達が次々とモンスターに飲み込まれていく。私達はどうする事も出来ない。そして自分も・・・死ぬ寸前までいきました・・・」
リリフは唇を噛みしめ、拳を握る。
「でもある方に助けられて、私は今、ここに立っています。それは本当に奇跡のようなもので・・・私はここで1度死んで、そして生まれ変わったんだって思ってます。あれからも沢山危険な目には合ってるんですけど、あの経験があるからこそ今があるって本気で思えるんです。そして何より、ここにいる沢山の人達に支えられて、助けられて、今の私達があります。これからもその感謝の気持ちを忘れないように、そしていつか皆さんに恩返しができるようになりたい。だからどうしてもここで新しい年を迎えたかった。ここから始めたかった。そんな感じです。えへへっ」
「いよおおぉぉ!レインボーりりぴょん!かっちょいいい!」
「リリフちゃん。立派よぉ」
「りりふっち!素敵!」
「ふふ。まあせいぜい頑張りなさい」
「顔はブスだけど心はマトモなようねっ」
「良い事言うじゃないっ!リリフ!」
「こちらこそリリフさんには助けてもらってばかり。本当にありがとうございます」
「ぎゃあぁぁ。や、やめてよぉ・・・えへへっ」
「はわわっ。リリフ姉様が調子に乗っちゃいましたぁ!」
『あははっ!』
「あっ!いけない!もう時間だわ!で、ではでは!皆さん、グラスの準備はいいですか?!いっきますよぉぉ!」
その場にいる全員が基礎魔法『時計』を起動する。
『10!』
『9!』
『8!』
『7!』
『6!』
『5!』
『4!』
『3!』
『2!』
『1!』
リリフは身体全体でグラスを持ち上げる。
「新年おめでとおぉ!かんぱあああぁぁいいい!」
「乾杯―!」
「かんぱーいっ!」
「乾杯じゃっ!」
「新年おめでとぉ!」
「よおおしし。飲みまくるぞぉぉ!」
「俺は食いまくるぜえ!」
「ビルビルお代わりぃ!」
一気に騒がしくなった『恵みの池』周辺。
ズラッと簡易のテーブルには料理が並べられ、お酒もドンドンと開けられ、バーベキュー台には次々とお肉が焼かれている。
そんな騒がしい一帯に、けたたましい音が響き渡った。
カン!カン!カン!
「さあさあさあっ!まずはハッキリさせないといけませんことよ!」
中央のテーブルの前で、セリーがお玉でフライパンを叩きながら大声で叫んでいる。
全員、一斉にセリーに注目した。
「ま・ず・は!聖女様っ!」
ビシッとお玉を聖女に向ける。
「な、なによっ!」
聖女は突然注目の的になり、ドギマギしている。
「聖女様っ。本日は大勢の兵士の皆様がお越しになっております。も・ち・ろ・ん!聖女様の護衛で『お・仕・事』で同行されたのでしょう。では聖女様!ここはこれから『大・宴・会』が開かれますわ!さて、聖女様!この兵士の皆様は本日はずっと『お・仕・事』なのでしょうか?!そ・れ・と・も!本日のお仕事は終わり!みんな!『大・宴・会』に参加しなさい!と言うのでしょうか?!これをハッキリして頂けないと、皆様は思いっきり楽しめないですわっ!さあっ!さあっ!聖女様!ハッキリと声を大にして仰ってくださいまし!これからのお時間は『仕事』ですか?!『宴会』ですか?!」
セリーの言葉に聖都の兵士全員が食いつく。
正に今、一番知りたかった言葉。
示して欲しい言葉だったからだ。
一応乾杯はしたが・・
「あ、自分はウーロン茶で・・」
「いえ、任務中なのでオレンジジュースで・・」
などと遠慮した者がほとんど。
以前の聖女の絶対的な権力と恐ろしさを知っている者ばかりなので、萎縮しているのだ。
しかし、リリフ達と楽しそうに接している聖女を見て『あれ?もしかして自分達も飲んでいいの?』といった感情が出てきているのだが、やはり確証がほしい。
隣の兵士、周りの兵士の様子を伺い『おい、お前飲んでみろよ』『お前こそ飲んでみろ』といった探り合いの最中だったからだ。
セリーの言葉に習い、聖都の兵士300名全員が、聖女の口の動きを凝視している。
「そ、そうねっ。確かにセリーの言う通りだわ。アンタ達!今日、これからも『仕事』しなさいっ!」
「えええ?!飲めるって展開じゃないんですかぁ!?」
「ふえぇん」
「過酷じゃのぉ」
兵士の皆さんも、ガッカリした表情を浮かべる。
「勘違いするんじゃないわよ!いい?アンタ達よく聞きなさい!アンタ達のこれからの仕事は、めいいっぱい楽しむこと!日の出を迎えるまで思いっきり、食べて飲んで歌いなさい!護衛?そんなの気にする事はないわ!だってここにはルーン国最強のダストン将軍がいるのよ?それに護衛隊長のピッケンもいる。アンタ達が束になってもかないっこないわ!だったら余計な事考えないで楽しみなさい!仮にも聖都軍の看板を背負ってるんだからハンパな事は許さないわ!此処にいる誰よりも一番楽しむ事!それがアンタ達の仕事よ!分かったわね!?」
「おおおおぉおぉ!!」
歓声を上げる聖都兵達。
「ではではぁー!お次はアーニャ様っ!」
セリーは聖女の言葉に満足そうに頷くと、今度はビシッとお玉をアーニャに向ける。
「は、はいっ!」
「アーニャ様っ!これからは『お仕事』ですか?!『飲み会』ですか?!」
アーニャは頬を高揚させながら
「もちろん聖女様の仰る通り、ガタリヤの皆さんにも楽しんでもらいたいです。今日は気兼ねなく食べて飲んで、日頃の疲れを癒してください。いつもありがとうございます」
「うおおぉぉおぉ!」
大喜びのアーニャ護衛兵達。
セリーは満足そうに頷くと
「では、最後にラインリッヒ様っ!ラインリッヒ様には聞かずとも、答えは想像できてしまわれますが・・・一応お聞きいたしましょう!ではラインリッヒ様っ。これからは『飲み会』でよろしいですわよねっ?」
ラインリッヒは少し苦笑いを浮かべながら、銀髪を風に靡かせて歩き出す。
「もちろん異論はございませんが・・・一つ、条件があります」
「じょ、条件でございますか?」
完全に安牌だと思っていたラインリッヒの意外な答えに、動揺するセリーやラインリッヒ護衛の兵士達。
「ええ。先程、聖女様は聖都軍の誇りをかけて一番に楽しむ事をお命じになられました。しかし私はガタリヤの、我が護衛兵達が聖都兵に遅れをとっているとは思えません。なので敢えて命令しましょう。聖都兵よりも楽しむ事!私達ガタリヤの絆の強さを見せつけてやりましょう!」
「ぬおおぉぉおぉ!!ラインリッヒ様ぁあぁ!」
ラインリッヒの護衛隊長さんは号泣しながら叫んでいる。
「はーいっ。それじゃあ兵士の皆さんっ。お酒はこちらですよぉ!」
「お代わりたーくさんあるので、遠慮しないで飲んでくださーいっ」
ピコルとクレムちゃんが率先して、兵士達にお酒を配っている。
やはり兵士達も正式にお許しが出た事により、安心できたようだ。
デレデレな顔をしながらも、嬉しそうにお酒や料理を楽しんでいる。
等間隔に結界石を埋め込んでいるので、全長100メートルくらいの安地を確保しており、その中で楽しそうに笑い合い、語り合う人々。
「あああっ。母さんっ!座っててよぉ。私達がやるからぁ」
リリフはバーベキュー台でお肉を焼いてるグワンバラに話しかける。
「おっと。ごめんよ。つい身体が動いちまったよ。職業病ってやつかねぇ」
「あはは。母さん、いつも本当にありがとう!今日は沢山食べて飲んで、ゆっくりしていってねっ」
「あいよ。じゃあビルビルを貰おうかね」
「はーいっ」
「リリフっ!なにこれ、楽しそうじゃないっ!私もやりたいわっ」
「せ、聖女様。落ち着いてくださいっ。転びますよっ」
ズカズカと聖女がアーニャの手を強引に引っ張りながら、リリフの元に歩み寄る。
「えええっ?!せ、聖女様が焼くんですかっ!?」
「なによっ!ダメなの?!」
「い、いえっ!どうぞ!」
「聖女様。台は熱いですよ?大丈夫ですか?」
「子供扱いしないで頂戴っ。このために食材も沢山持ってきたんだからっ」
「分かりました・・・火傷には注意してくださいね・・・」
「ふふふっ。任せて頂戴っ。私だってこれくらい・・・熱っ!!あっっつ!」
「ぎゃああっ!せ、聖女様っ!台に触れちゃダメですよぉぉ!」
「わ、わわわわかってるわよ!バカにしないで!私だってこれくら・・・熱っ!!あっっついい!」
「ぎゃあ!聖女様。そんなに顔を近づけちゃダメですよぉ!」
「むぎぎ!わわ分かってわよ!私だって・・・ゲホッゲホッ!煙!ゲホッ!煙たいわ!」
「ぎゃあぁぁ!せ、聖女様!焦げてます!焦げてますよおぉ!」
「ゲホッゲホッ!ア、アアアーニャ!なんとかなさいっ!」
「は、はいっ!せ、聖女様!熱っ!あっっつ!」
「ぎゃああぁ!あ、アーニャ様っ。そのトングは火に炙られてるから熱いですよぉぉ!」
大騒ぎの聖女やアーニャ達。
いつもなら直ぐにメイドのロココやルイーダが飛んできそうなものだが、聖女に『今日は自由にしなさい』との命令を受けて、2人とも少し離れた場所で楽しそうにお酒を飲んでいる。
メイド談義に花を咲かせているようだ。
「むぎゃあぁ!!そ、そこの平民!何とかなさい!」
聖女はグワンバラを指差し命令する。
「あ、はい・・・せ、聖女様・・・」
グワンバラは少しおっかなびっくりな様子で聖女に近寄る。
そして冷静に炎を上げている肉をバケツに入れて、新しい肉串を並べた。
「聖女様。こういうバーベキュー台は真ん中が一番火が強いんだよ・・・です。だからこうやってドンドンと位置をずらしてやると良いのさ・・・良いと思います。だから最初は真ん中に、そしてクルクルとこうやって串を回して両面も焼いていって・・・」
「なるほどねっ!結構忙しいじゃないっ!やるわね!アンタ!」
「あはは。聖女様っ。紹介します!私達の大恩人のグワンバラ母さんです!本当に今、私がいるのは母さんのお陰なんです!お料理もすっごく美味しくて、大人気なんですよっ!」
「そうなのね!褒めてあげるわ!グワンバラ!」
「ははー。ありがたき・・・です」
「あははっ。母さん。慣れない敬語なんて使わなくて大丈夫だよっ。聖女様はとっても優しいんだから!」
「そんなわけには・・いかないだろさ・・・」
聖女はリリフから優しいと言われた事が嬉しかったのか、ご機嫌な様子で同意する。
「いいわ!平民!いつも通りにする事を特別に許してあげる!リリフに感謝することね!」
「そ、そうかい?じゃ、じゃあいつも通りにいかせてもらおうかね。聖女様。あんまり強火にすると表面だけ焼けて、中は生だったりするんだよ。だから最初はカリッと真ん中で焼いて、その後は端のほうで中に火を通していくのさ。結構難しいけど大丈夫かい?」
「任せて頂戴!私が美味しく焼いてあげようじゃない!さあ、アーニャ!ドンドンと焼いていくわよっ」
「は、はいっ。聖女様」
そうしてアーニャとグワンバラと一緒に焼き始めた聖女。
しばらくすると、コツを掴んできたようで、手際も良くなってきていた。
「どれどれぇ・・・おや?聖女様。上手く焼けてるじゃないの。やるじゃないか」
「おーほっほっほ!楽しいじゃない。さあ、アーニャ!貴方もドンドン焼きなさい!今日は全員に振る舞ってあげるんだからっ!アンタ達!沢山食べるのよ!」
「は、はいっ!聖女様!ありがとうございます!」
兵士達は頬を高揚させながら感謝を述べる。
最初は聖女が焼いているのだからと、まるで上司の長話にお付き合いするかのような社交辞令な感じが見てとれた。
しかし、聖女が一生懸命に、汗をかきながら、顔を炭で汚しながら焼く姿に感銘を受けたようだ。
全員、恐縮しながらも嬉しそうに肉串を食す。
「うめぇ!」
「めっちゃ柔らかい!」
「聖女様!凄く美味しいです!」
「アーニャ様のも美味しいぞ!」
「うおお!力がみなぎってきたあぁ!」
兵士達は我先にと、聖女やアーニャが焼いた肉串を頬張る。
あっという間に、聖女の周りには人が溢れかえったのであった。
「ルクリア姉様っ。何を読んでるんですかぁ?」
ブルニは焚き火の前で、仲良く本を読んでいるルクリアとラインリッヒに声をかける。
「・・・教育研究省の試験問題集・・・」
「ふえっ!?る、ルクリア姉様っ。こんな時でもお勉強するんですねっ。凄いですっ」
「いえいえ。ブルニさん。今し方、私がお渡ししたばかりなので、ルクリアさんは内容を確認しているのですよ。どうですか?ルクリアさん。お役に立ちそうでしょうか?」
「・・う、うん・・・半分くらいは・・わかる」
「わあっ。ルクリア姉様っ。凄いですぅ」
「・・・ううん。ブルニっち。これじゃあ・・まだダメ・・・本番は90点以上取らないと・・落ちるから・・・」
「ふえぇっ!?そ、そうなんですかぁ・・・試験は2月って言ってましたよね??ま、間に合いそうですかぁ?」
「う、うん・・・今までは・・・どんな問題が出るのか全く分からなかったから・・・不安だったけど・・・それが分かったから・・・この過去問を中心に・・勉強してみる・・」
「そ、そうでしたか・・ルクリア姉様っ!ガンバですっ。ブルニ、一生懸命応援しますっ!」
「う、うん・・ブルニっち・・ありがと・・・あと・・・ラインリッヒ様も・・ありがと・・」
ルクリアは少し恥ずかしそうにお礼を言う。
「いえいえ。お役に立てたのなら嬉しい限りです」
「ふわぁ・・ラインリッヒ様っ。なんか、この本ってお値段とか書いてないですけど、どこで手に入る物なんですかぁ?」
ブルニがルクリアの本を覗き込みながら尋ねる。
「あはは。実はこれは僕の自作でして」
「!」
「ははは。お恥ずかしい。実は知り合いに教育研究省に勤めている者がいましてね。そいつを通じて手に入れた物なんですよ。まあ、大学とかは書店に行けば過去問題集は置いてますが、各省庁のは無いですからね。自分で作るしかないんですよ」
「はわわっ。それってラインリッヒ様が怒られちゃったりしないですぅ?」
ブルニの問いかけにルクリアもうんうんと頷く。
「ははは。まあ、大丈夫でしょう。別に答えを教えてる訳ではないですから。普通の人は学校などである程度、予習が出来たりするのですが、ルクリアさんは学校にも通っておられないですからね。これだけでも相当なハンデなのに、更に無理矢理慣れない土地に連れてこられてますから。これくらいは当然の権利でしょう」
「・・・あ、ありがと・・・」
ルクリアは顔を赤らめてお礼を言う。
しかしラインリッヒが優しい笑顔で見守っているので、恥ずかしそうに視線を本に移した。
遠目から見ても暖かい雰囲気に包まれている2人。
ブルニは尻尾をフリフリしながら、そっとその場を離れるのであった。
リリフは、肉を焼いている聖女とアーニャを遠巻きに見守りながら、酒を酌み交わしている二人に声をかけた。
「ダストン将軍様。ピッケンバーグ様。こんばんはぁ」
「これはこれはリリフさん。こんばんは。先程は素晴らしい演説でしたよ」
「うむ。聞いてた通り、素晴らしい冒険者なのだな」
「ぎょえっ!そ、そそそんなことないですよぉ!」
「いやいや。最近は若い兵士も増えたのでな。心構えなどはまだまだ軟弱な者ばかり。我が兵達にも見習わせたいものだ」
「ははは。ダストン将軍には、こってりと絞られましたからね」
「あれ??お二人は知り合いなのですかっ?」
「ええ。私が17の頃なので丁度10年前ですね。まだ兵士見習いだった私を随分と可愛がって頂きました」
「う・・・その可愛がるって・・・別の意味ですよね?・・・」
「いえいえ。もちろん厳しい事は厳しいですが、しっかりと愛があるといいますか・・・考え方を含めて、大切な事を沢山学ばさせて頂きました。今の自分があるのは間違いなくダストン将軍のお陰なのです」
「へええ・・・」
「はっはっは。随分と世辞が上手くなったな。自分が強くなる事にしか、興味がなかった若造が」
「えええ?!そうなんですか?!ピッケンバーグ様って昔から聖人のようなお人なのかと思ってましたっ」
「ははは。昔の事を言われるとお恥ずかしい。あの頃は随分と傲慢な考えをしていたものです。それに気付かせてくれたのがダストン将軍。本当に有り難いことです」
「へえぇ。凄いなぁ」
「リリフ殿はミール様の知り合いなのだな」
「え?・・・あ、えっと・・・そうです」
リリフは一瞬誤魔化そうかと思ったが、ダストン将軍の口ぶりと表情を見て、正直に答える。
「ふむ。大体の事は聞いている。ミール様が見出した者だからこそ、リリフ殿はこれほどの人物に成長したのであろう。良き師に巡り会えたのだな」
「ええ?!私なんてそんなっ」
「いや。ミール様やリリフ殿達。そしてルチアーニ殿達の多大な貢献があってこそ、今日のルーン国があるのだ。主に代わり、再度お礼申し上げる。本当に感謝する」
「ひょええっ。そ、そそそんなこと・・・あれ?ダストン将軍様。ミールの事をミール様って・・・ひょっとして以前からお知り合いなのですか??」
「うむ。あれは3年前だったか・・・ガタリヤ領の『神のテーブル』付近で『魔獣』が確認されてな。我ら精鋭兵が対応に向かったのだ」
「まじゅう・・・ですか??」
「左様。『魔獣』とは簡単に言うとデーモンの動物バージョンだな。詳しくは解明されていないが、デーモンに憑依された動物なのではないかという説が1番有力だ。その名の通り厄介なモンスターで、野良デーモンに匹敵する強さを誇っている」
「へええ・・・」
「その魔獣討伐に向かったのだが・・・ちょうど3年前は精鋭兵の世代交代の時期でな。若い者が多く、力量も未熟で、我以外にデーモンと戦える人材は育っていなかった。しかし、未熟とはいえ、せっかくの貴重な人材を失う訳にはいかん。故に幾つか結界石を発動させて安地を作り、我のみが結界外で戦い、その他の兵はサポートとして結界内で対応する作戦を立てた」
「強敵モンスター相手に冒険者が使う、よくある戦法ですね」
「その通りだ。安全に戦うには、この戦法がピッタリだからな。しかし当然ながら、この戦法を使うにはモンスターをこの場所までおびき寄せなければならない。その囮役として我が単独で魔獣に近づいた」
「ええ??ダストン将軍様自らですか?!」
続く




