蘇る魂の道しるべ⑥
ミールは視線を上にする。
太陽はまだまだ元気いっぱいだが、真上から日差しを浴びせてきた先程とは違い、少しだけ傾いていた。
⇨蘇る魂の道しるべ⑥
「すみません、皆さん。ちょっとこの荷車を移動させてもらえませんか?多分、向こう側に、少しだけ日陰があると思うんです」
「了解。任せろ」
「分かりましたっ」
「了解でやんすっ」
ミールの予想通り、少し移動した所に日陰が出来ていた。
やはり、テントの生地で遮って作る日陰よりも、大岩で完全に遮る日陰は別物だ。
全員の体温上昇も、かなり防げているように感じる。
あとは、この男が意識を取り戻してくれるのを待つばかり。
それからしばらくは、ミールは根気よくルルに冷えたタオルを供給し続けながら、点滴の生理的食塩水を補充する。
コクリト達は持参していた僅かな食料を食べながら、体力回復に努める。
夕日が大地を照らす頃には、しっかりとした足どりで歩けるくらい、体力は戻ったようだ。
「すみません、先生。結界石ってお持ちでしょうか?・・」
「あん?コクリト、持ってないのか?バジリスクが出るのにチャレンジャーなんだな。地脈調査隊って」
カインは荷車の隅に転がっている鉱石の袋詰めを持ってきて
「どっかの『馬鹿』が、この石コロを結界石と勘違いして買ってきてな。普通、一目見れば分かるよな?魔力が宿ってない事くらい。だが、どっかの『馬鹿』は分からんらしい。嬉々として安かったですぅって嬉しそうに語ってたよ。どっかの『馬鹿』は」
カインの悪態に、どんどん小さくなるコクリトを見て、ミールは全てを察する。
「なるほど。ご愁傷さまです」
ミールはルーン国産の結界石をコクリトに渡す。
本当ならドーラメルク産を渡した方がいいのかもしれないが、残念ながら効果時間が短いので、バジリスク対策としては不安だ。
もちろん、ミールが光属性を込めて発動すればルーン国産と同じくらいの時間、長持ちするのだが・・・
ここで光属性を使用したら、更にビックリさせてしまうので黙っておこう。
結界石を大地に埋め込み、ミールが持参していたパンと缶詰めで夕食を取るコクリト達。
いつもなら焚き火をして、お米とかを炊いたり、スープを作ったりしているのだが・・・
この暑さの中、焚き火をする気にはどうしてもなれない。
とはいえ、日も暮れて辺りは暗くなってきているので、ランタンのような魔道具とフワフワと周囲を飛ぶスパーチク。
そして分不相応にもスパーチクに対抗意識を持ったクルッピの光りで明るさを確保している。
「ふわあぁぁ。先生っ。この缶詰め美味しいですねっ!」
「ほんとでやんす。かなりイケルでやんす」
「これは・・・クロビッツ産か。なるほど、懐かしいな」
「えっ?!隊長、知ってるんですかっ?!」
「ああ、はるか北方のデモンスピア大陸にある、世界最北端の街だな。ここは年がら年中雪に覆われている影響か、保存食技術が発展しててな。味も良いし、愛好家達からも人気だから、ほとんどは序列上位の国に買い占められて、中々手に入らないって代物だな。俺も北方担当の頃はよく食べたもんだ」
「へええ・・」
コクリトはカインのプライベート情報を聞いて脳がマヒしてしまったようだ。
心ここにあらず的な感じでボーっと暗闇に視線を移す。
すると暗闇からギラっと光る爬虫類系の瞳と目が合った。
「うんぎゃああああぁあぁぁああぁぁぁ!!!!」
暗闇の荒野にコクリトの悲鳴がこだまする。
ノソノソっと地上に這い出てきたのは二足歩行のトカゲ。
シュルシュルシュルと警戒音を出しながら、こちらを睨んでいる。
「バジリスクでやんすっ!」
地脈調査隊のクエンデルが叫ぶ。
「ひいいぃ!助けてくださいっ!隊長ぉぉ!」
コクリトはカインに思わず抱きつく。
「ったく。落ち着け。ここは結界内だ。大丈夫だ」
カインは迷惑そうにしているが、ミールのように顔面を手で押さえつけ、強引に引き剥がそうとはしない。
いや、むしろ下手に触らないように、後ろに手を回している。
まるで満員電車の中で両手を上げて、潔白をアピールしているかのように。
抱きついてくるコクリトに、優しく胸だけを貸してあげているようだった。
ピカッ
バジリスクから光が放たれた。
それはまるでカメラのフラッシュのように、一瞬だけ辺りを光りで包み込む。
「ははは。コクリト。結界がなかったら完全に喰らってるぞ。石化ビーム」
「うえええんん。怖いですぅ!隊長ぉ!早く追っ払ってくださぁいいいっ!」
「バカ言え。わざわざ安全な結界から出るヤツがいるか。ほら見てみろ。バジリスクのやつ、俺らが平気な顔をしてるの不思議がってやがる」
カインの言う通り、バジリスクは首を少し傾げ、舌をシュルシュルと出したり引っ込めたりしている。
ミール達が使用している結界石は、姿はもちろん、音も、匂いも筒抜けな、世界最低水準と有名なルーン国産だ。
バジリスク側からみたら、普通に人間が座っているようにしか見えないであろう。
『なんだなんだ?どうした?』と言わんばかりに、穴の中から次々とバジリスク達が這い出てくる。
どうやらこの大岩はバジリスクの巣だったようだ。
「なるほどな。ここはお前達の巣だったのか。だから他のモンスターがいなかったんだな。納得したぜ」
「隊長ぉ。どーいう事ですかぁ?」
相変わらずカインに抱きつきながら、泣きそうな声で質問するコクリト。
「考えてもみろ、コクリト。この灼熱の荒野にポツンとこんな大きな岩があるんだぞ。普通は日陰目当てに生き物がいそうなもんだが、小型の動物すらいない。それはこの大岩の下がバジリスクの巣になっているから。日中は大岩の下に巣穴を掘って暑さを凌ぎ、夜になるとこうやって集団で出てくるんだろうよ」
そんな話をしてる最中も、ドンドンとバジリスクは巣穴から出てきて、ミール達を取り囲む。
そして四方八方からフラッシュのような石化ビームが乱舞した。
スパーチクも対抗意識を持ったのか、負けじとカインの目を眩ませた光をバジリスクに向けて放ち、更に更にスパーチクに対抗意識を持ったクルッピがピカピカと光りを放っているので、この辺り周辺は、まるで芸能人の婚約会見のように白い光に溢れている。
「ははは。コクリト。ちょっと試しに結界の外に出てみろよ。意外に大丈夫かもしれないぞ」
「ひいいぃんんんっ!先生っ!変な事言わないでくださいいいっ!私爬虫類系ダメなんですうぅぅ!!苦手なんですぅぅぅ!」
グリグリとカインの胸に顔を擦りつけるコクリト。
一向に変化がないミール達を見て、業を煮やしたのか、一匹のバジリスクが突進してくる。
バチチチンンンッ!
当然、吹っ飛ばされるバジリスク。
それを見た他のバジリスクはビックリしたのか、一目散に四方八方に逃げ出した。
「おい、コクリト。バジリスクはいなくなったぞ。いい加減離れろ」
「ほ、本当ですかぁぁ??また騙そうって魂胆じゃないですよねええ?」
「俺がいつ、お前を騙そうとしたんだ?コクリト」
カインの優しい声質にコクリトはバッと離れて土下座をする。
「ひいいぃ!ごめんなさいいいいっ!隊長はいつも優しいですぅぅ!正直ですぅぅ!殺さないでええぇぇ!!」
そんな悲鳴を背中で聞きながら、ミールは変わらずにルルの身体を冷えたタオルで拭い続ける。
周囲の気温も幾分下がり、体温もかなり落ち着いてきたようだ。顔色も明らかに良くなった気がする。
「よし、とりあえず交代でルルの看病をしよう。まずはコクリトが診てくれ。その次はクエンデル、お前だ。最後に俺がみる。4時間交代にしよう。ミールさん・・・だったよな。夜の間は俺たちが見るからアンタは寝ててくれ」
「いやいや、自分も見張りしますよ?カインさん」
「いや、正直、今回はアンタが頼みの綱だ。明日も最悪な日差しが俺たちを襲うだろう。そんな時にアンタの魔力が底をついたら、俺たちはともかくルルが危ない。ここは俺たちのためにも休んでくれ。勝手な言い分だが、俺たちが助かる見込みはアンタに頼るしか道はない。すまん」
「そうですよっ!先生っ!ここは私達に任せてくださいっ!ルルになんか変化があったら直ぐ呼ぶんで!」
「そうでやんす。あっし達はこれくらいしか出来ませんから。どうぞお休みになってくだせえ」
「そうですか・・・そうですね。わかりました。ではお言葉に甘えさせてもらいます。ここの水が無くなりそうになったら、この水を補充してください。皆さんの水とは別物なので注意して下さいね。あと夜は気温が下がるとはいえ、まだまだ暑いです。たまに濡れたタオルで身体を拭いてあげて下さい。ではおやすみなさい」
そうしてミールは横になる。
荒野から微かに聞こえる、ホーウホーウと、まるでフクロウの鳴き声のような音を子守歌にして、直ぐに眠りに落ちるのであった。
翌朝、まだ朝日は昇ってないが、少し明るくなってきた荒野。
ミールはもそっと起き出す。
昨日は頻繁に冷気属性を使っていたのと、ずっとルルの看病で気を張り詰めていたので、自分でも気付かないうちに結構疲れていたみたいだ。
けして快適とは言えない荒野の野宿ではあったが、グッスリと睡眠を取ることが出来て気力も体力も戻ったようだった。
ミールは立ち上がり、ウーンと伸びをする。
そしてルルの看病をしているカインと目が合う。
「カインさん、おはようございます」
「ああ、ミールさん。おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。結構寝れました。お陰で魔力も戻りました。ありがとうございます。ルルさんはどうですか?」
「ああ、まだ意識は戻らないが、顔色はずいぶんと良くなったよ。とりあえず瀕死状態からは何とか脱出できたみたいだ」
「そうですか。それは何よりです」
「ミールさん・・・本当に助かった。改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」
カインはグッと頭を下げる。
「いえいえ。僕はたまたま通りかかっただけですから。まだルルさんは安心は出来ませんが、ひとまず皆さんを助けられて良かったです」
「コクリトとは知り合いなのか?」
「いえ・・・知り合いってほどでもないですね。たまたま魔石屋の店内で出会って、それから泣きつかれて、契約部屋に入る料金を何故か払わされて、また泣きつかれて、そしたら偶然が重なってあの召喚獣と契約できて、また泣きつかれて、突然絶叫して店から出て行って、何故か僕が魔石代を支払ったって関係ですね」
「・・・・・・・本当にすまん」
カインは心底申し訳ないって感じで謝る。
だいぶ周囲も明るくなってきたので、そろそろ朝日が昇る頃かもしれない。
ミールはカインに質問する。
「で、どうですか?全部戻ってきてます?」
「いや、まだだな。3匹がまだ戻ってきてない」
「なるほど・・・それはマズイっすね」
「ああ、そうだな」
ミールとカインのやり取りは、バジリスクのことだ。
巣穴から出てきたバジリスクは8匹なのは確認済み。
そしてまだ3匹が戻ってきていないらしい。
何故ミールとカインが当然のように会話しているかというと、バジリスクに遭遇することは、死を意味するくらい危険なモンスターだからだ。
絶対に出会いたくない相手だけに、ミールとカインは巣穴から出てきたバジリスクの数を把握しており、戻ってくる数を確認するためにカインは見張りの順番を最後にしたという訳だったのだ。
バジリスクはモンスターとはいえ生き物であることは変わりはない。
そしてミール達が石化ビームも効かず、近づくと弾かれる事を目撃している。
故にミール達が巣穴の近くに鎮座している状態を怖がって、今日は巣穴に戻らない可能性があるのだ。
別に戻ってこなくてもよくない?
と思われるかもしれないが。
何回も言うが相手はバジリスクだ。
出会ったら最後、かなりの高確率でこちらが全滅する相手だ。
通常であればバジリスクは夜行性なので、巣に戻らずとも何処かで穴を掘ったりして今日はやり過ごすと予想できる。
しかし相手が生き物である故に100%ではない。
もし寝床を探そうとウロウロしてるバジリスクに出会ってしまったら・・・
もし掘った穴がしっくりこなくて、場所を変えようと出てきたバジリスクに出会ってしまったら・・・
そんな可能性があるので、ミールとカインは深刻そうに話しているのであった。
「ふわあぁぁ。隊長。ミールの旦那。おはようでやんす」
「ふみゅぅ。隊長ぉ・・・くえんでりゅぅ・・・しぇんしぇえ。おはようですぅ」
クエンデルとコクリトが、ほぼ同時に起きてくる。
「ミールの旦那。ルルの様子はどーでやんすか?」
「かなり良くなってきてる気がします。油断は禁物ですが、このまま安静にしてればいずれ目を覚ますでしょう」
「そうでやんすか。本当にあっしの友を救ってくれて、ありがとうごぜえやす」
「でもまだまだですよねっ。さあ、隊長!今日も早めに出発しましょっ!なるべく涼しいうちに距離を稼がないとですもんね!」
珍しくコクリトが真面な事を言っている。明日は雪だろうか。
「いや、ちょっとこのまま待機だ。下手したら今日は動けんかもしれん」
「えええっ?!な、なんでですか?!」
「バジリスクが3匹帰ってきてない。つまりまだここら辺でウロウロしてる可能性があるんだ。鉢合わせなんてしたらあっという間に全滅だからな。もう少し様子をみる必要がある」
「で、でもっ。でもっ。隊長だったらやっつけれそうじゃないですか?!石化ビームもバシューンって避けれたりしないですか?!」
「いや、確かに石化ビームを喰らわないように動くことはできる。しかしビームが発射されてから避けるのは無理だな。かなり危険な相手だ。つまりもし遭遇したら、俺は助かるかもしれんが、お前達は確実に石像になるってことだ」
「ひえええんんっ」
「ではこういうのはどうでやんしょ。周囲を警戒しながら進んで、バジリスクが見えたら結界石を発動するんでやんす。バジリスクが見えてる間は結界内で籠城して、そしていなくなったらまた歩き出すって感じでやんす」
「おお!クエンデルさんが珍しく良いこと言った!流石!」
コクリト自身は素直に褒めてるつもりなのだ。
「いや、多分それもダメだろう」
「え?!な、なんででやんすか?!」
「お前達。バジリスクの走るスピードは知ってるか?時速40キロだ。例え米粒程度のバジリスクを発見したとしても、結界が発動するまでに距離を詰められ全滅だ。こっちはルルがいる影響で全力で逃げれん。リスクが高すぎだな」
「ひいいんん。しょんなぁ・・・」
「ではいったいどうすればいいんでやんしょう・・・」
「とりあえず昼まで待機だ。そうすれば大抵のバジリスクは暑さに耐えられず、何処かに穴を掘って休むだろう。そう願ってイチかバチかで、昼過ぎから結界を解いて進むしかないな」
「てことは今日中にククラーソン村に到着するのは無理でやんすね。ルルの旦那、大丈夫でやんしょうか?」
「ああ、今は気温も下がってるから落ち着いてるが、日が昇ったらまた状態が悪くなるかもしれん。確かにそのリスクはある・・・しかし、仮に今から出発したら全滅のリスクがある。どうしようもない・・・」
「・・・・・・」
コクリト達は黙り込んでしまう。
確かにカインが言う通り、結界を解いて進むのは危険すぎる。
とはいえ、なるべく早くルルを療養させたいのも事実。
選択肢が塞がれて、どうすることも出来ない自分達に悔しさが込み上げる。
「はあああぁぁああぁぁぁ・・・・」
唐突にミールは大きくため息をつく。
当然、コクリト達はビックリしてミールを見つめる。
「ど、どうしましたか?先生っ」
「1つ・・・念を押して言う事がある」
「???」
「カインさん、クエンデルさん、そしてコクリト。昨日見たこと、そして今日これから見ること、それら全てを必ず秘密にしてください。これは絶対です。正直これが約束出来ないのであれば、僕は今からでも皆さんを見捨てます。それくらい、僕にとっては能力を知られる事は危険なんです。どうですか?約束できますか?」
ミールの真剣な表情、そして意思のある言葉に、ミールが冗談を言ってないことは直ぐに分かる。
恐らくテキトーに答えたら、本当にミールは自分達を見捨てるだろう。
それほど、ミールの言葉には力強さがあった。
「ああ、俺は絶対に言わん。例え自分が死ぬことになってもな」
「あっしも絶対に言いやせん!命を救ってくれた恩を仇で返すわけにはいきやせん!」
「わ、私も絶対に・・・ぜっっちゃいに言いましぇん!約束しまちゅ!」
もしかしてふざけてるのかと一瞬思ったが、コクリトは真剣な表情で言い切っているので、恐らくこれが彼女の通常運転なのだろう。
「分かりました。皆さんを信じます。では・・・」
そう言うと、ミールは結界石を握り魔力を込める。
手からは神々しい光が溢れていた。
「・・・・!・・・」
「ひえ・・・・・」
「ひゃぁ・・・・」
当然、ビックリするコクリト達。
しばらくして結界が発動した。
「では行きましょう。3人で荷車を押して、1人がルルさんの看病をしながら休憩する感じにしたいと思います。氷のタオルの交換も、水のおかわりも遠慮無くしてください。まだまだ沢山ありますから」
「え?!せ、先生っ!移動しながら結界を使うんですか?!直ぐ切れちゃいますよ?!」
「大丈夫です」
ミールはコクリトの言葉を静かに否定して、荷車にルルを乗せ、結界石をその横に置く。
カインもクエンデルもコクリトも。
ミールに反論することも出来ず、言う通りに荷車を押し始めた。
徐々に歩みを進めるうちに、疑念や不安が払拭されていくのを感じる。
明らかに違う。
明らかに普通じゃない。
移動しながらだと2〜3分で切れてしまうはずの結界石は、煌々(こうこう)と光りを灯し続けている。
「す、すごい・・・こんな事ってあるんですね」
「ああ、信じられんが・・・事実なんだな」
「でもこれならククラーソン村に今日中に着くことが出来るでやんす。今は余計な事を考えず進みやしょう」
クエンデルの言葉に深く頷く2人。
何処かミールに縋っていれば助かるんじゃないのかといった甘えは、先程のミールの言葉で完全に消えていた。
今起こっている奇跡は当たり前なんかじゃない。
助かる確率なんて1%もなかったはず。
それなのに今はこうして荷車を押して皆んなで進めているんだ。
感謝しながら歩こう。
歩けている事に幸せを感じながら進もう。
余計な事は考えず、前だけ見て進もう。
そんな決意の表情を浮かべながら、荒野を進むコクリト達であった。
リリフ達は準備に大忙しだ。
重量のあるお酒や食材、薪や調理道具などを、会場となる『恵みの池』前まで荷車で何往復もして運んでいる。
会場となる『恵みの池』周辺は、以前少し説明させて頂いたが、交通の行き止まりのような袋小路になっており、滅多に冒険者や商人が行き来する場所ではないので、盗まれる心配もないであろう。
とはいえ、量も量なので念のため結界石を発動させて、銀ランク達が見張りをしている。
「おば様ぁ!切り終えましたよぉ」
「おや、ありがとね。じゃあこの鍋に入れてくれるかしら」
「はぁーい」
「先輩っ、これ包むの手伝ってくださーい」
「おっけー。うわっ。もうこんな時間っ!急げ急げーっ」
「はいい」
ここはグワンバラの食堂。
グワンバラ夫妻とルクリア、そしてピコルと新人のクレムちゃんが料理の真っ最中。
次々と料理を仕上げていく。
「やっほー。お酒、運んできたよぉ」
リリフが元気に食堂内に入ってきた。
「あっ、りりふっちー!いいとこに来たっ!これ手伝ってぇ!」
「あ、はーいっ」
「ブルニも手伝いますぅ」
「やれやれ。大晦日だってのに慌ただしいねぇ。それでリリフや。本当にアーニャ様も来られるのかい?」
「あ、はいっ。来れるって言ってましたっ。流石に護衛の兵士さん達も一緒みたいですけど」
当初は仲間内だけで、こぢんまりとした宴会をするつもりだったのだが・・・
アーニャが兵士を引き連れて参加することになり、多めに仕込んでいるのだった。
「あ、ルクリア。ラインリッヒ様も来れるみたいだよっ。良かったねっ」
「!・・・そか・・・うん」
ルクリアは嬉しそうにうつむく。
定期的に開催しているルクリアのライブに、かなりの回数足を運んでいるラインリッヒ。
そのお陰で、人見知りのルクリアも普通に会話できるくらい打ち解けていた。
「うっふっふ。私も誘ってくれてあっりがとぉ、りりふっち!」
「わ、私まで付いてきちゃってすみませんっ!」
「何言ってるのよっ。いつもお世話になってるし当然よっ。こっちこそ来てくれてありがとうっ」
「うわーんっ!りりふっち、だーい好き!」
「リリフさーん、優しいよぉぉ!大好きぃ!」
「私もピコルさん、クレムちゃん、だーい好きっ!」
3人が抱き合っているとルクリアもピトッとくっついてくる。
「・・・わたしも大好き・・・」
「ああんっ、わたくしもですわぁ!」
「ブルニも大大大好きですぅぅ!」
以前は輪の中に入ることを躊躇していたブルニも、今は見る影も無い。
猪突猛進で輪の中に加わる。
しかし流石にリューイは自重しているようだ。
チラチラと視線を送りながらも、一人黙々と食材を包んでいる。
「ほれほれほれ。じゃれあってないで手を動かしなっ。間に合わなくなるよっ」
『はーいっ』
笑顔で叱るグワンバラに、笑いながら作業に戻るリリフ達。
「うわあ・・・でも私アーニャ様とお話するの初めてだぁ。私みたいな一般人でもお話してくれるかなぁ」
「ううぅ。先輩っ、それは私も同じですぅう。私にとってアーニャ様は心の支え!正に憧れの存在ですからっ!」
どうやら若い女の子、特に10代の女の子達にとってアーニャはファッションリーダー的な存在なんだそうだ。
「うんうん。それは絶対に大丈夫だよっ。アーニャ様とっても優しいもんっ」
今回誘ったのはグワンバラ夫妻とルクリア、ルチアーニ達とビレット達、ピコルとクレム、ブレーメンとアーニャ、そして最終兵器のグレービーだ。
ブレーメンからは姉のキャサリンが、アーニャからは護衛の兵士達とラインリッヒが追加で参加すると聞いている。
「さあてっと!こんだけ仕込めば大丈夫だろ!そろそろ行くかねぇ」
「はいっ。みんな北門で待ち合わせなので、まずはそこに向かいますっ」
リリフ達は荷車に料理を積んで、北門に移動した。
既にルチアーニ達とアーニャが到着しており、談笑しているのが見える。
「お待たせしましたっ、皆さん。アーニャ様も来て頂いてありがとうございますっ」
「いえいえ。こちらこそお誘いありがとうございます。こういったプライベートなお誘いは初めてなので、すごく嬉しいですわ」
「ええ?!そーなんですかぁ!?」
「はい。ずっとこういったお友達同士でお出かけするのに憧れておりました。夢が叶いましたわ」
アーニャは感慨深い表情で、笑みを浮かべる。
そのアーニャの手をギュッと握りしめるグワンバラ。
「およよよぉ。アーニャ様お一人にご苦労ばかりかけてしまって・・・住民を代表してお礼を言わせて頂戴。ありがとよアーニャ様」
「お前、またアーニャ様の手を握り潰すつもりか?早く離してやれ」
「い、いいええ・・・お気遣いなくぅ・・・」
「あははっ。アーニャ様、これからは私達と沢山行きましょー!」
「そうですわっ。また複数プレイを楽しみましょうっ」
「ブルニも沢山行きたいですぅ!」
「わあぁ!アーニャ様、すっごくお綺麗ですっ!りりふっち!紹介してよっ!」
「ひゃひーん!本当にアーニャ様だぁ!すっごーい!うっれしいいぃ!良い香りいぃぃ!」
ピコルとクレムがキャーキャー言いながら、はしゃいでいる。
「あははっ。オッケー。アーニャ様。こちらギルド職員でチーフのピコルさんと新人のクレムちゃんです。二人にはとってもお世話になってて、そして信頼できる友達ですっ」
「そうでしたか。お二人とも初めまして。これからもザクトーニとリリフさん達をどうか支えてください」
「はいっ!アーニャ様!」
「えへへ。良かったね、ピコルさん。クレムちゃん」
「うわああぁんん。りりふっちぃ。ありがちょぉ!」
「うええぇぇん。リリフさぁん!優しいよぉぉ!」
ピコルとクレムちゃんが絶叫している横から、銀髪の美青年がリリフ達に歩み寄ってきた。
「皆さん、お久しぶりです。今宵は私にまでお声をかけてくださり、ありがとうございます」
「あっ、ラインリッヒ様っ。こちらこそ来てくれてありがとうございますっ」
「・・・ラインリッヒ様・・こんばんは・・」
「これはルクリアさん。こんばんは。今日はルクリアさんに良い物を持ってきたんですよ」
「・・良い物?・・・」
「ええ。後でお渡ししますね。楽しみにしてて下さい」
「うん・・・ありがと・・・」
やはりルクリアはラインリッヒには心を開いているようで、楽しそうに会話している。
もしルクリアに尻尾が生えていたのなら、今ごろ猛烈にフリフリしている事であろう。
「あら、隊長さん。今日は酔い潰れないで下さいましよ」
「む。何を言う。ワシは酔い潰れてなどおらん」
「あらあらあら。では今日で白黒つけると致しましょう。果たして一体どちらがご主人様への愛が強いのかをっ!」
「ワシはラインリッヒ様に命を捧げておるっ。負けるわけがなかろうっ!」
「おーほっほほっ。それは楽しみですわぁ!」
ラインリッヒも政府の重要人物なので、いつも通り護衛の兵士が同行しているようだ。
以前グワンバラの食堂で打ち上げをした人が、隊長さんを含め数人確認できる。
「そ、それでリリフさん・・・あの・・・その・・・」
突然、アーニャがモジモジし始めた。
「えっ?どうされましたか?アーニャ様」
「えっとですね・・・いえ、ごめんなさい。やっぱりなんでもないです」
「???」
アーニャは何か言いたげだが、うつむいてしまう。
そんな中、ブレーメンが姉のキャサリンと共に到着した。
「うおぉい。初心者の嬢ちゃん。待たせ・・・た・・・・なあああああななぁぁあぁぁ?!!ア、アーニャ様ああぁ?!なんでアーニャ様がいるんでいいいぃぃぃ?!」
「あら、皆さん、ご機嫌よう」
取り乱すブレーメンとは対照的に、穏やかな笑みを浮かべるキャサリン。
「あははっ。今日はアーニャ様もご一緒してくれる事になりましたぁ」
「なんでい・・・マジかよ。見所あるとは思ってたが、まさかアーニャ様と既に繋がりがあるとは、流石の俺ぁも想像つかなかったぜい」
「あははっ。アーニャ様、こちらはブレーメンさんとお姉さんのキャサリンさんですっ。ブレーメンさんは荷馬車も用意して貰っちゃったりして、いつもすっごくお世話になってるんですよっ」
「ブレーメン?・・・」
「アーニャ様??」
「あっ、ごめんなさい。大変失礼致しました。アーニャと申します。本日はどうぞよろしくお願いしますわ」
「お、おうよっ。ア、アアアアーニャ様もご、ごごご機嫌うるわしくだぜ」
「大きくなったわね、アーニャ」
あわあわしているブレーメンとは違い、キャサリンはまるで子供の頃から知っているかのような喋り方だ。
その様子に何かを感じたのか、アーニャはジイィっとキャサリンを見つめている。
「あら、私ったら。失礼しましたわ。アーニャ様、本日はご相伴に預からせて頂きます。何卒宜しくお願いいたしますわ」
キャサリンはスッと姿勢を正し、美しく挨拶をした。
「おわっ?!ねーちゃん!どうやったらそんな挨拶ができるんでいっ」
「アンタはまずその顔をなんとかしなっ。むさ苦しいったらありゃしない」
「げっ。ひでーぜ、ねーちゃんよぉ」
「あははっ」
「あっ、トール隊長さんですぅ。こんばんはっ♪」
ブルニが後ろの馬車の前で待機しているトール隊長を見つけると、嬉しそうに駆け寄って挨拶する。
「はっ!ブルニ様もお久しぶりでございますっ!」
「がっはっは。トール隊長さんや。緊張しすぎなんじゃないかい?ここにいるのは身内ばかりじゃ。気楽に行こうぞい」
確かにアーニャの護衛として付いてきている兵士達は、以前巡礼の際に同行した兵士ばかり。顔なじみな人たちだった。
ただ一人を除いて・・・
「はっ!ロイヤー様っ!お気遣いありがとうございます!」
ビシッと敬礼するトール隊長。
その全神経は、斜め後ろの存在へと注がれていた。
正に山のようと表現するのが妥当だ。
隆起した筋肉は岩のように堅く、日焼けした皮膚には激戦をくぐり抜けてきた傷がいくつも付いていた。
腕組みして直立している姿はオーラが漂っており、見事な存在感を放っている。
しかし威圧的な感じではなく、安心感を与えるような、いるだけでホッとするような不思議な感覚だ。
「あ、あの方は・・・」
「え?セリー、知ってるの?」
「以前ミール様からお聞きした覚えがございますわ。確かダストン将軍。このルーン国でトップクラスの実力者だと仰っていた方かと」
「ひええ・・・」
ダストン将軍はゆっくりとリリフの前に歩み寄る。
そしてすっと片膝をついて敬礼した。
「リリフ殿。お噂はかねがね聞いている。アーニャ様、そして我が兵たちが巡礼中大変お世話になった。謹んでお礼申し上げる」
「ぎょええええぇぇぇええぇぇ?!!!」
リリフは唐突の挨拶に完全にパニック。悲鳴のような声を上げる。
「い、いえっ!それはこちらこそであって!私もアーニャ様に沢山お世話になっているのであって!兵士の皆さんも感謝しかないのであって!私なんて初心者だし世間知らずだし胸は小さいし!」
「リリフ。落ち着いてくださいまし」
「はうぅぅ」
「これはビックリさせてしまい申し訳ない。どうか気楽に接して欲しい。今宵はアーニャ様の影として参加させてもらう。何卒宜しく頼む」
「は、はいいいぃぃっ!」
全身全霊の敬礼で答えるリリフ。
「あらやだーんっ。もう皆んな集まってるじゃなーいっ。お・ま・た・せ!美の結晶、グレービーちゃんのお出ましよぉぉ!」
クネクネとしながら走ってきたのは、言わずと知れたグレービーだ。
今日もつけまつ毛バッチリで真っ赤な口紅。キラキラ光るファンデーション。光沢を放つスレッドが入った赤いドレス。フサフサなピンク色の毛に包まれたバック。
ありとあらゆる場所が光りまくっている。
「あらぁ!グワちゃんっ!おっひさぁ!この間はどーもっ。あらやだっ!なに?!グワちゃんのダンナ?!やっだぁ!寡黙な良い男じゃなーいっ!グワちゃんにはもったいないわねぇ!どぉ?!私に乗り換えなーい??」
グワンバラと旦那さんは引きつった笑顔を浮かべている。
どうやら苦手なタイプらしい。
「まあまあっ!カマトトブスもいるじゃないっ!あら、今日はブリっ子ブスも連れてきて。そんなにアタシを引き立てたいのねっ!良い心がけだわ!」
「ひえぇ・・・先輩ぃ。なんですかぁ?この人ぉ??」
「クレムちゃん。目合わせちゃダメよ。無視しなさい」
相変わらずグレービーに厳しいピコル。
「やっだぁ。ガリブスまでいるじゃないっ!もうっ!アンタ少しは太らないとダメよぉ!」
「きゃっ!」
アーニャのお尻を引っ叩くグレービー。
完全にセクハラで、完全にアウトな行為だが、何故か近づいてこない近衛兵の皆さん。
「あらあらあらっ!貴方達イケメンじゃなーいっ!今晩どぉ?」
「う・・・」
「ひ・・・」
真面目なラインリッヒと、カタブツなトール隊長は言葉に詰まる。
「きゃああぁあぁあぁぁ!!!超タイプ!超超タイプだわあぁぁ!」
グレービーは叫びながら、ダストン将軍の元に走り寄り、腰をフリフリしながらペタペタと身体中のありとあらゆる場所を触りまくる。
ダストン将軍は腕を組んだまま動かないが、眉をピクピクしながら、無言で耐えている。
「ったく。うっさいんだよ、グレービー。静かにおし」
「まっ!キャサリン!?アンタ何してんのよ?!愛人のアンタが近づいていいわけ?!」
キャサリンはグイっとグレービーの頬を鷲掴みにして
「全くアンタは!!少しは黙りな!口を縫うよ!」
「きゃー!こわーい!これだから年増ブスは嫌なのよ!」
何故かグレービーとキャサリンは知り合いのようだ。
「グレービーさんっ。来てくれてありがとうございますっ。とっても嬉しいですっ」
「ふんっ。まな板ブスも元気そうでなによりだわ。ミールちゃんがいないのは残念だけど、まあ楽しませてもらうわ」
プイっと素っ気なく会話するグレービーだったが、何処か暖かい。
実直なリリフの事を認めているのかもしれない。
「ではそろそろ参りましょう。皆様、荷馬車に乗ってくださいまし」
「あいよ」
「・・・うん」
「はーいっ」
「楽しみぃ」
「飲みまくるぜい」
「ふふふ。昔を思い出すわね」
「きゃー。グレービーちゃん、今夜食べられちゃうかもー?」
「ではアーニャ様。我々も出発いたしますっ」
「はい。トール隊長。宜しくお願いします」
「はっ」
そうしてガラガラと荷馬車は進み、一行は『恵みの池』に向かうのであった。
ミール達は黙々と灼熱の荒野を進んでいた。
水もたっぷりとあり、氷のタオルで首を冷やすことができ、ルルの看病がてら休憩を順番にとることが出来ているので、進むスピードは速い。
結界を発動させながら進めるので、気持ち的にも負担が少ないのであろう。
ミール達は予定よりも早く、夕方近くに目的地のククラーソン村に到着することができたのであった。
「兵士達にはなんて説明しやしょう?」
「そうだな・・・」
大抵の村は、街や国の兵士が駐在して警備にあたっている。
ここで怪しまれると厄介だ。
「とりあえずミールさんも含めて地脈調査隊として振る舞おう。そして水が足らなくなりそうなアクシデントがあったので、魔道具などは置いてきたと説明するしかないな。下手に嘘をつくと、かえってややこしいことになりそうだ」
「そうですね。念のため、点滴は外しときます。怪しまれそうですし」
「了解でやんすっ」
そうして少し緊張しながら村の結界を越える一行。
当然直ぐに兵士が近づいて・・・こない。
「なにか慌ただしいでやんすね」
「なにかあったんでしょうか?・・・」
「ベヒーモスが近くに出たのかもな」
カイン達はそのまま荷車を進める。
中央の広場に兵士が複数確認でき、その兵士に向かって村人が何かを訴えているようだった。
「お願いしますっ!・・・!・・・何卒!・・・」
「だから・・・我々・・・できない・・・して・・どうだ?」
「・・・このままでは・・・!・・・」
「なら・・・夜の・・・無理だ・・・」
「ぬううぅぅ・・・」
このようなやり取りが、微かに聞こえてくる。
兵士に詰め寄っていた老人は悲壮なうめき声をだして、地面に座り込んでしまった。
「ん?冒険者か?」
入り口で広場の様子を伺っていたカイン達に兵士が1人話しかけて来た。
「あ、いえ。ホールズ地方地脈調査隊、隊長のカインと申します。4日前にスワップの街を出立しましたが少しトラブルがあり、人命優先でククラーソン村に緊急避難してきました」
「おお、そうか。ご苦労だったな。しっかりと身体を休めるがよい」
「はっ。ありがとうございます」
兵士はカイン達に構っている時間などないって感じで、騒いでいる広場の方面へ歩いて行く。
「何かあったんでしょうかぁ」
「分からん。が、好都合だ。いらん詮索をされる前にルルを宿屋で休ませるぞ」
「そうでやんすね。行きやしょう」
ここククラーソン村は宿場村になっているので、宿屋の数も多い。
カイン達は行きつけの宿屋で部屋をとり、ルルをベットで休ませた。
するとちょうどそのタイミングでルルが意識を取り戻す。
「う・・・んん・・・」
「あっ!ルル!気がついた?!ルル!ルル!」
「ルルの旦那!あっしが分かりやすか?!クエンデルでやんす!クエンデルでやんすよ!」
「・・・んん・・・何を言ってるんですか?・・・そんなの見れば・・・あれ?・・・ここは・・・」
ルルは目だけをキョロキョロして周囲を確認する。
「わあああ!よかったあ!よかったよぉぉ!」
「ううう・・・良かったでやんすぅ!」
号泣するクエンデルとコクリト。
「ったく。世話やかすんじゃねーぞ」
悪態をついているカインも何処か穏やかだ。
「・・・えっと・・・あれ?・・・」
「ルルぅ。真っ先に倒れちゃったんですよぉ。そしたら私の旦那様が駆けつけてくれて!間一髪助かったんですよっ!そしたら氷をバシューンってしたり、光をピカーってしたりで凄かったんです!」
コクリトは一生懸命意味不明な説明をしている。
「あ・・・あれ・・・」
ルルの視線はミールに向けられた。
「初めまして、ルルさん。僕はミールって言います。無事に回復されてなによりです」
「あ・・は、初めまして・・」
「ルル!先生がいなかったら私達全員全滅してたんですからね!ちゃんとお礼を言っておくようにっ!」
何故かドヤるコクリト。
「そうでやんす。ずっとルルの旦那の看病をしてくれたでありんす。本当に瀕死状態で危なかったんでやんすよ、ルルの旦那」
「そうでしたか・・・僕なんかのためにありがとうございます・・」
「いえいえ、まだ体力は戻ってないと思います。しっかりと水分を取って、ゆっくりと療養してください」
「はい、ありがとうございます・・・」
「さ、ルル。水を飲んで」
「あとは少し食べた方がいいでやんすよね?女将さんにお粥を作って貰えるように頼んでくるでやんす。あと皆さんの食べ物も買ってくるでやんすよ」
「俺は少し情報収集をしてくる。あの騒ぎはやはり少し気になるからな」
そうしてルルの世話をミールとコクリトが行い、クエンデルが買い出し、カインが情報収集のために外に出る。
2時間ほど経過した頃に二人とも部屋に戻り、そのまま部屋で食事を取った。
「はいっ。ルル、お粥ですよ。熱いからフーフーして食べてくださいねっ」
「あ、あの・・お粥ってこんなマグマのようにグツグツしてましたっけ?」
「ううう。ルルの旦那ぁ。姐さんにそんな気遣いができる訳ないじゃありやせんか。忘れちまったんですかい?」
「あ・・そうですよね・・コクリトさんですもんね」
「ちょっとおぉ!そこで納得するのおかしくないですかっ?!ねぇ!ねえ!」
「それでカインさん。何か分かりましたか?」
ミールはコクリトには一切構わず、カインに質問する。
「ああ、どうやら予想通りベヒーモスが近くにいるらしいな。今までは聖都よりにいたらしいんだが、3日前くらいから急にこっち方面に移動してきたらしい。今スワップの街は結界が万全じゃないからな。なんとかこの村で食い止めようと躍起になってるみたいだ。とはいえ、今いる兵士だけじゃ俺の見立てでは全く勝てんだろうよ」
「冒険者達はどうしてるんですか?」
「もちろん聖都所属の冒険者達も討伐隊を組織して挑んでいるようだが、あまり成果は出せてないようだな。ベヒーモスが徘徊しているクオーツの森林は入り組んでいて足場も悪い。しかもベヒーモス以外にも強いモンスターは多いしな。今まで3〜4回ほど戦闘したらしいが、まともにダメージを与えることさえ出来てないらしい。なんでも冒険者達が戦える体制を整えたら直ぐに逃げてしまうし、逆に冒険者達が他のモンスターに気を取られてると、いきなり現れて攻撃してきたりするみたいだ。しかも勘も良いらしく、罠にも引っかからないし、状態異常の魔法も全く効果がないようだ。今じゃかなりの被害が出てるらしく、これじゃあマズイって冒険者達は一旦退却したらしいぞ」
「へー。兵士・・聖都の軍とかは動いてるんですか?」
「いや、ヤツらは聖都からはあまり動かんからな。ベヒーモスが聖都側に移動したら対応するだろうが、スワップ方面に来てる今は静観だろう。スワップの街の兵士や冒険者が何とかするしかないな。とはいえ、ベヒーモスが灼熱のドラン平原を超えてスワップの街を目指すかは疑問だがな」
「なるほどなるほど」
「あの広場で兵士相手に騒いでいたご老人は何だったんでやんしょ?」
「いや、それが具体的な事は分からなかった」
「そうでやんすか・・・」
「実はな・・・それがちょっと妙なんだ。一応色々聞き込みをしてな。多分だが、村人の1人が森に入ったまま帰ってこないという事みたいだな。しかし、何故か村人達は積極的に関わろうとしてない。みんな言葉を濁して、ソソクサとどっかに行っちまうんだ。兵士達もまるで、かん口令が引かれているかのように、黙ってるな。特別に救援とか捜索しようとかの動きは全くない。まあ、ベヒーモス騒ぎでそれどころではないってのもあるかもしれんが・・・なにか違和感を覚える感じだな」
「へー。不思議ですねぇ」
「その行方不明の人が、姐さんだったら村人の対応も納得できるでやんすが・・・」
「あ、僕もそう思います・・・」
「確かにな」
「ちょっおおおっとおおおっ!それってどういう意味ですかあぁっ!?」
クエンデルの言葉を真っ直ぐに同調する男共に、憤るコクリト。
「ま、しばらくは皆さんも動けそうにないですね。ちょうどいいんで、しっかりと身体を休めてください。特にルルさんは念のため修復士に身体を診てもらった方が良いですね。かなり内臓とかに負担がかかったはずですから。ではお大事に」
そう言うと、ミールは立ち上がる。
「あ、はいっ。あ、ありがとうございましたっ」
「ええっ?!先生っ、どっか行っちゃうんですか?!」
「どっか行くかはまだ決めてないけど、とりあえず別で宿をとるよ。あ、カインさん。念のため通知登録してもらってもいいですか?」
「ああ、喜んで」
「えー・・・ここで泊まったほうがよくないですかぁ?今日は年末ですしぃ。夜通しでパーティーしましょうよぉ。そしてそのまま姫始めを・・・ぐへへっ」
「いや。やめておくよ。ここにいると、変なコクリトに襲われそうだ」
「確かに」
「そうでやんすね」
「僕もそう思います・・・」
「私の名前の前に『変な』を付けるのはやめてくださあぁぁいい!」
絶叫するコクリトをほっといて、部屋を出るミール。
とりあえず村をブラブラする。
一般的に村の構造は、中央の聖なる泉に2~3メートルの結界石を置き、直径6~800メートルの結界を展開して安地を確保している。
このククラーソン村は聖都とスワップの街を繋ぐ宿場村。言い方を変えるとドルグレムからルーン国やスーフェリア国へと続く貿易街道になっているので人の往来は多い。
ちょうど村の麓にはオアシスが広がっていて緑地や木々の日陰も数多く見られ、ゴラン平原の終わり、そしてクオーツの森の入口のような場所に村が作られていた。
なので灼熱の荒野とは打って変わって過ごしやすい気候になっており、ルーン国のカルカ村やザザの村なんかよりもずっと、村は活気に満ちていた。
ミールはブラブラと土産物店などをチラ見しながら、当てもなく歩みを進める。
先程、コクリトも言っていたが、今日は年末の大晦日。
至る所でお祝いムードが漂っており、道ばたで酒盛りをしている者、大道芸を披露している者、大勢で大合唱している者達など、いつも以上に賑やかだ。
ミールも食材などを買い足しながら、店を回る。
すると唐突に子供達がミールに駆け寄ってきた。
「ねえねえ!お兄ちゃんってぼーけんしゃさん?!」
「ん?ああ。そうだよ」
「あのねっあのねっ!お願いがあるのっ!」
「ちょっとこっちに来てっ」
「お願いっお願いっ!」
子供達は半ば強引に、ミールの手を引っ張っていく。
そして土産物店や宿屋が建ち並んでいる通りの裏手側。人通りの少ない道に誘導していった。
やがてボロボロな一階建の建物が現われる。
イメージ的には、廃れた集落にある診療所のような感じ。
建物の壁は多数のヒビが入っていて、落書きも多く見られる。
庭には雑草と共に多数の玩具が散乱しているので、子供の施設なのかもしれない。
「園長せんせーいっ!連れてきたよぉー!」
「格好いいお兄ちゃんだよー!」
「ちょっと弱そうだけどぼーけんしゃだよー」
子供達は嬉しそうに建物内に入っていく。
しばらくしてヨボヨボなご老人が、杖を付きながら、足を引きずりながら出てきた。
どうやら、先程広場で兵士に詰め寄っていたご老人のようだ。
「おお・・・これは冒険者様・・・子供達がご無礼をしました・・・」
「いえいえ。何かご用ですか?」
ご老人はチラっとミールを見て、少し残念そうな表情を浮かべる。
「いえ・・・何でもございません。子供達には私から言っておきますので、どうぞお帰りください」
「ええー?!なんでなんで?!」
「園長せんせー!ぼーけんしゃがいないって困ってたじゃんっ」
「このお兄ちゃんに頼んでみようよっ」
「バカ言うんじゃない。森に入るってのは危険な事なんだよ。この方では・・・」
なるほど。
よく分らないが、森に入れる人を探しているらしい。
しかしミールのステータスを見て黄色ランクだと知り、このご老人はガッカリしたのであろう。
「確かに僕は黄色ランクなので、皆さんの期待には応えられないかもしれません。ですが僕も冒険者の端くれです。もしかしたら何かお役に立てる事があるかもしれません。差し支えなければ、お話していただけないでしょうか?」
「むむぅ・・」
「ほらぁ。園長せんせー。お話してみよーよ」
「あのねっあのねっ。じゃあリーナが話してあげるのっ。えっとね・・・」
「リーナ、余計な事いうなよー。園長せんせーに任せとけって」
「なによー。アンタだって言いたそうにしてたじゃないっ」
「ほれ、やめなさい。冒険者様に失礼だよ。ふむ・・・では冒険者様。お言葉に甘えて少し説明させてもらいますかな。立ち話もなんですからどうぞこちらへ」
そう言うとご老人は建物内に案内する。
しかしご老人は足が悪いようで足取りがおぼつかない。
ミールはご老人を支えながら一緒に歩いてあげた。
「おお、すみませんな・・・なるほど。貴方はお優しいお方のようだ。子供達の見立ても案外間違ってはいなかったと言う事でしょうか」
そういって入り口に置いてあるソファに腰掛ける。
ミールも向かい側の木の椅子に腰掛けた。
「サーシャとマルチネスはどうした?」
「今、お買い物に出てるよぉ」
「ふむ、そうか。ではサラとリーナ。冒険者様にお茶をお出ししておくれ」
「はーい」
サラとリーナの呼ばれた女の子達は、台所の方に走っていく。
「では冒険者様。率直に申しますと、森に入ったきり戻らない村人の捜索が出来る方を探しております」
「ほお・・・」
「予定では昨日戻る予定だったのですが、未だ戻らず困っておりまして・・・兵士に嘆願しましたが、捜索は出来ないとのことでして・・・」
「へえ・・・そもそもこの時期に森に入るってのが凄いな。腕が立つ人なのかい?」
「ええ。一応この森には何回も入っており、薬草の採取などが出来るくらいの腕前は持っておりますな」
「へー。そいつは凄いな。この森で単独行動できるのはかなりの腕前だろう。それはさておき、通話はしてみたのかい?まずは無事かどうかを確かめるのはどうだろう?」
「ええ・・・それが・・・その・・・」
ご老人は少し言いづらそうにしている。
「その子はハーフエルフなのです。ですので基礎魔法を習得していないのでございます」
この世界にはエルフが存在している。
そしてハーフエルフとは、人間とエルフの間に産まれた子供の事だ。
今現在、エルフは神の使いとして、人々から崇められる存在となっている。
しかし他の・・・例えば獣人のように、世界中に散らばり、数多く存在しているという事はなく、エルフは、ほとんど姿を見せない種族として有名。
そのエルフ達は、森深くの特殊な空間に里を作り、そこで生活しているらしい。
そしてその扉はエルフでしか開くことが出来ないとされている。
なので人間種と交流があるわけではなく、意思疎通すら難しいのが現状だ。
では、どうやってそんなエルフと出会い、更に子供を育むことになるのかというと・・・
それは極たまに、里を捨てたエルフが現われるからなのである。
貴方達の世界でも様々な人がいるだろう。
都会に憧れる人。
田舎暮らしを望む人。
海外で暮らしたいと願う人。
エルフも同じで、中には外の世界に憧れを持ち、里を出て暮らそうとする者が現われる事があるのだ。
ただ、エルフの里は掟が厳しく、1度出たら2度と戻って来れないらしいので、文字通り、里を捨てる覚悟が必要であろう。
そんな里を捨てたエルフと人間が出会って、恋に落ちた場合のみ、ハーフエルフが誕生する可能性があるのだ。
エルフの特徴として1つ重要な点がある。
それは人間種が所持している魔力とは別の存在、学者達は『神力』と呼んでいるが、それを所持しているという事。
つまり、冒険者が使うスキルや魔法はもちろん、基礎魔法すら習得することは出来ない。
魔石自体が反応しないので、国籍や住民票なども登録する事が出来ないのだ。
では、街で暮らす事は出来ないのでは?と思うかと思うが。
先程、エルフは人々から崇められる存在であると説明させて頂いた。
人間種と交易はないものの、神に近しい存在である事は明白。
そんなエルフを迫害したら神様から見放されてしまうかもしれない。
天災や不作、天変地異が起こるかもしれない。
そしてなにより下手に危害を加えることになったら、ゼロス信仰の信者達が暴れ出すかもしれない。
そんな不安が拭えないので、世界各国はエルフ、ハーフエルフに対して特別な権限を与え、街中でも暮らせるように取り計らっているのだった。
「なるほどね。だから村人達の反応が悪かったのか」
「お恥ずかしいですが、その通りでございます。腕が立つため、村の警護などをする時もありましたが、基本的にはこの施設で子供達の世話をしてる事が多いですな」
ん?どゆこと?と思っただろう。
神の使いとして崇められてるのだから、厚遇されてるかと思いきや・・・
実はそんなことはないのである。
もちろん迫害されたりはしない。というかエルフ、ハーフエルフに少しでも傷を負わせようものなら、相当厳しい厳罰が下る。
それほどエルフ、ハーフエルフは法律で守られているのだ。
だが、それがかえって人間種とエルフとの間に壁を作る結果となり、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、人々はエルフと関わろうとしなくなった。
なので村人や兵士の反応が悪かったというわけなのだ。
続く




