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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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蘇る魂の道しるべ⑤

 完全に無言で進んでいるので、荷車の車輪の音だけが荒野に響く。

 とにかく暑い。

 吹きつける風も、大地からも、容赦なく熱波を放ってくる。



⇨蘇る魂の道しるべ⑤



「はあぁぁ・・あちゅいぃ・・」

 コクリトは荷車にデンっと置かれている大きなタンクの蛇口を捻り、コップに水を注ぐ。



「姐さん。あっしも一杯くだせぇ」

「僕も貰ってもいいですか・・」

「はあい。隊長もどうぞっ」



 一旦、荷車を止め、全員でグビグビっと水を飲む。 



「ったく。おい、ルル。さっきからビービーうるせえぞ」



「・・・すみません・・・なんか警報が鳴り止まなくて・・・クエンデルさん、すみませんが警報が鳴ったら、ココを押してくれますか?そしたら止まりますんで・・・」


「へえ。了解でやんす」



「ルル。テメー。整備を怠ったんじゃねーだろうな?」



「ひっ・・・だ、大丈夫です・・・多分暑さで熱が籠もってるだけだと思います・・・多分」


「ったく」



「はあぁ・・それにしてもクエンデルさん。マジでこれ最高じゃないですかっ。節約しなくても良いなんて最高ですぅ!」



「へへっ。そうでやんしょ!もう水で苦労する生活とも、おさらばでやんすよっ!」

「・・もう一杯お願いします・・」

「はあぁい」



 グビグビと飲んでいる3人に

「そうは言うが、ただ量が2倍になっただけだ。今のペースで飲み続けたら、4日目まで持たんぞ。1時間に3杯だな。それ以上飲んだら・・わかるな?」



「ひえぇんん。怖いですぅ」

「鬼っすね。鬼神っす」

「僕、視界がボヤけてきました・・・」



 そんなやり取りを交わしつつ、特に進展もないまま、一行は1日目の野宿を終える。

 そして朝日が昇ってきたと同時に、また歩みを進めたのだったが・・・



「うう。また見えてきましたぁ・・」

「お祈りしながら通るでやんすよ!呪われるでやんすから!」

「・・神様・・他の人はどうでもいいんで、僕だけ助けてください・・」


「ったく。うるせーぞ。いい加減少しは慣れろ」



 コクリト達が騒いでいるのは、ある地点が近くなってきたからだ。

 その地点とは通称・・・




『石像の森』




 言わずと知れたバジリスクの被害にあって、石像と化した物体が数多く点在する地点だったのだ。



 いや、もちろん、このドラン平原の各地で石像と化した物体は見ることが出来る。


 しかし、この地点は極端に多いのだ。


 

 石像の年代も様々。



 石になるのは生命活動をしている身体のみ。なので長年の風化で服などは朽ちて、素っ裸の石像もあれば、まだ目新しい服を着ている石像もある。



 劣化により頭がない石像もあれば、足しか残っていない石像もあったりするのだ。



 ククラーソン村から出発したら、ちょうどここが宿泊する地点なので、夜中に何かしらのトラブルに巻き込まれて被害が集中してるのだと言う学者もいれば、バジリスクが群れで襲ってきて結界を破壊するのだ!と言う学者もいる。


 しかし、詳しいことは当然分かっていない。



 唯一言えることは、50年ほど前に起こった1つの事件が発端で、乗り合い馬車業界に大きな影響を及ぼしたということ。



 いったいなにがあったのか・・・




 かなり話が逸れてしまうのだが、詳しく説明させて欲しい。




 当時、ククラーソン村からスワップの街へと1台の馬車が運行していた。


 馬車と言っても、引いてるのは馬ではなく、強い地上を走るタイプの鳥だ。

 暑さに強く、従順な性格なうえに、走るスピードも馬と遜色ないので、こういった荒野や砂漠地帯で重宝されている。



 この馬車の最大乗車人数は30名なので、そこそこ大きな馬車だ。

 乗っていたのは商人や民間人、そして冒険者達で、計15名。



 ククラーソン村からスワップの街までは、馬車では2日。途中で一泊すれば着く行程なので、運行馬車としては比較的短い部類に入る。



 とはいえ、散々説明させて頂いたが、道中はクソ暑い。

 一応、荷車部分は屋根が付いているので日差しは遮ってくれるのだが、けっして快適ではないので、『大人』は全員、無言で座っている。



 大人は・・・



 そう。子供は別だ。



 何故だか分からないが、とにかくうるさい。

 とにかくジッとしてられない。



 この馬車に乗っていた民間人と思われるご婦人が2名。その子供と思われる者が5名。

 この子供達がとにかくはしゃぎまくっていたのだ。



 しかしご婦人方2名は特に注意をする訳でもない。自分達のお喋りに夢中だ。



 周りの大人達は、かなり迷惑そうにしている。

 ただでさえ暑くてイライラしているのに、この仕打ち。

 フラストレーションを溜め続けていた。



 しかし、グッとこらえて黙って耐えている。




 貴方達も経験があるのではないだろうか。




 電車やレストラン。映画館や書店など。比較的静かな公共の場で迷惑行為をする者達がいるだろう。



 貴方はその者達を注意しますか?



 注意するぜっ!て方はとても勇気がある人だと思われる。

 是非その気持ちを大切にしてほしいものだ。



 しかし、大抵の人は動かないだろう。無視するだろう。自分がその場から離れるだろう。



 そういった迷惑行為を平気でする者に関わったら、何を言われるか、されるか、分かったもんじゃない。



 今は面識がない人から、いきなり包丁で刺される時代だ。



 なるべくなら、関わり合いになりたくない。

 そういった気持ちになるのは当たり前の事なのだ。



 この乗り合い馬車の大人達も同じ。



 関わると面倒くさい・・・



 そんな気持ちで眉間にシワを寄せながら耐えていた。


 

 しかし、そんな大人達の苦痛もつゆ知らず、子供達は更に荒ぶる。



『バイキンつーけたっ!』と言いながらタッチを繰り返し、キャッキャッしながら走り回り始めたのだ。




『おい!うるせーぞ!いい加減にしろ!』




 遂に我慢の限界に来た冒険者の1人が怒鳴り声を上げる。



『まっ!なにー?!乱暴な人!』

『子供のする事でしょ?!みっともない!』



 直ぐにご婦人2名が言い返してくる。



 冒険者は言い争っても無駄と判断したのか『ちっ!』と舌打ちして、腕を組んで目を閉じる。



 騒ぎを聞いてか、御者の人も手綱を握りながら、ようやくご婦人を注意した。



『すみません。ここは公共の場なので静かにお願いします』


『まっ!?なに?!私達が悪いって言うの?!怒鳴ったのはあちらの方でしょ?!』

『そうよそうよ!私達は一切悪くありませんから!』


『ですが貴方方の子供が騒いでいるのは事実です。もう少し静かにするように言ってください』


『呆れた!子供のせいにして!恥ずかしくないのかしら!?』

『全くよ!何処の業者かしら!?後で抗議させますからね!』



 ヒステリックに叫ぶご婦人方に、御者の人も先程の冒険者と同じで、これ以上言っても無駄だと判断したのか、ため息を付いて首を横に振る。




『ご乗車の皆様。そろそろ宿泊ポイントに到着致します。各自、結界石のご用意をお願いします』



 

 こういった乗り合い馬車で宿泊する場合は、各自で結界石を発動させて対応する。

 テントや簡単なご飯は用意して貰えるが、ある程度は乗客に任せているのが一般的だ。



 この乗客達も各自結界石を取り出し魔力を込め始める。

 結界石が発動するには2~3分ほどかかるので、前もってお知らせしているのだ。



 そして馬車に設置してある大地吸い上げ装置は止まってしまうと効力を発揮しなくなってしまうので、停車する前に発動しておく必要があった。



『ママー!ママー!僕もやりたい!僕にやらせて!』

 子供の1人が騒ぎ出す。



『しょうがないわねぇ。ちゃんとできる?』

『任せてよっ』


『ええー?あーくんだけズルい!僕もやりたい!』

『ごめんねぇ。一つしかないのよぉ』



 ご婦人は頭を撫でて、子供を慰める。

 しかしワガママ放題に育った子供だ。

 当然納得するはずもない。



『ええー!?ずるいずるいぃ!』

『僕もやりたい!僕もやりたい!』


『あっ!こっちのヤツは?!』

『おお!こっちにもあるじゃーん!』



 子供達は嬉しそうに大地吸い上げ装置に装着されている結界石に駆け寄る。



 大地吸い上げ装置は当然重要な品。

 御者の直ぐ後ろ、荷馬車の前方に設置してある。

 そして柵で囲い、結界石も透明なケースで守られていた。



 それをガバッと触れる子供達。




『なにしてんだ?!ふざけんな!』




 流石に洒落にならない行動に、温和そうな御者さんは思いっきり子供を突き飛ばす。



『わああー!』

『ちょっと!貴方なにするの?!』

『信じられない!子供に手を上げるなんて!』



『あんた達、頭おかしいんじゃないか?!大地吸い上げ装置に触るなんてあり得ない!!どんな教育してるんだ?!』



 御者さんは手綱から手を離し、乗車スペースに入ってきた。



『まっ!貴方なんかに言われたくないわ!こんな馬車の御者をしてるくせに!』

『そうよそうよ!底辺の平民が偉そうに!最低のクズね!』


『このおじちゃんクズなんだぁ!』

『キャハハっ!クズー!クズー!』



 子供達は嬉しそうに騒ぎ出す。

 そして子供が親の見てない隙にイタズラするように、ニヤッとしながら1人の男の子が猪突猛進。

 一気にケースをガバッと外す。



『あ・・・』



 しかしあまりにも雑な飛び込みに、バランスを崩して身体ごと大地吸い上げ装置にのしかかった。




     ボキッ




 鈍い音を響かせて、大地吸い上げ装置は横に倒れる。



『えへへ。壊しちゃった』

『ぎゃははっ!なにしてんだよー!』

『イエーイ。石ころゲットぉ』





 —————正に驚愕—————





 その場にいた大人達は、ご婦人も含めて顔面蒼白な絶望の表情をしている。



『うわああ!!やりやがった!や、やりやがったぁ!!』

『は、ははは早く結界石を起動しろ!』

『ちょ、ちょっと待って!今やってる!』

『し、信じられん・・・』

『なんて迷惑な子供だ』



 他の乗客から大慌ての声、テンパった声、非難の声が上がる。



『あんた!なにしてんのよ!!』

『バカじゃないの!こっちによこしなさい!』



 流石に慌てたご婦人方は結界石を奪い取ろうとする。



『やだもーん。こんなのいらない!あっちいけ!』

 怒られて不服そうな子供は、なんと結界石を外に放り投げた。




『ふざけんなああああぁぁ!!』




 ブチ切れた御者さんは結界石を追いかけて外に飛び出る。




 その直後・・・





『うわあああぁぁああぁぁ!!』





 絶望の悲鳴が平原に響いた。



 見なくても分かる。

 覗き込まなくても分かる。

 


 きっとバジリスクがいたのだ・・・・



 気付くと辺りは夕陽が落ちる寸前。かろうじて辺りを見渡すことができるくらいの明るさしかなかった。

 確かにバジリスクが出てきててもおかしくない。



 御者の人は急いで結界石の元に走り寄るが・・・



 ご存知の通り、結界石は大地に埋めないと効果は短い。

 更に元々の残り時間も少なかったこともあり、結界は直ぐに点滅して消えていった。




『ぎゅおえいああああぅぅぁ!!』




 なんとも苦痛に満ちた、悲しげな声を上げて、御者さんの動きは鈍くなり、直ぐに硬直して石と化す。



『あっ!トカゲだあ!でっかいトカゲ!』

『かっけー!』

『すげー!』



 子供達は身を乗り出してバジリスクを指差す。




 恐らく何も教えを受けていないのであろう。

 フィールドが危険な事とか、結界石がどれほど大切な物なのかとか、モンスターがいるということとか。



 もしかしたら皆さんの中には、子供が悪いと思っている方がいるかもしれない。

 


 しかし、私は親の方に問題があるように見える。



 子供はまだ脳が未発達なので、思慮深く行動できない。

 どうしても直感で動いてしまう。

 どうしても未来を予測して動くことが難しい。

 それはしょうがない事なのである。



 そのただでさえ自分を押さえ込む事が苦手な子供に、何一つ危険さを教えない、伝えない、示さない大人達。



 躾と強制を勘違いした大人達。


 自由と放任を履き違えた大人達。


 個性とワガママを混合した大人達。



 先程もあったように、騒いでも注意もせず、フィールドが危険な事も教えず、命に関わる結界石の発動でさえ、無責任に子供に任せてしまう。



 貴方達の世界でも、子供を膝の上に乗せてシートベルトもさせずに、車のハンドルを握らせている親がいる。


 ガソリンスタンドで口にタバコを咥えながら、子供に給油ノズルを握らせている親がいる。


 おそらく皆さんの中には、もっと酷い行動を目撃している方がいるかもしれない。



 いやいや、流石にそんな親はいないでしょ?と思うかと思うが、実際に自分はこの2パターンを目撃している。



 それの何がいけないの?

 別に大したことねーじゃん?

 ちゃんと見てるっつーの。大袈裟すぎ。

 ノリの悪いやつ。キモっ!

 

 彼ら彼女らは、こんな感じで反論してくるだろう。



 だが・・・



 もし後ろの車が追突してきたら?



 ガソリンが何なのかを全く分かってない故に、お風呂場で水鉄砲で遊ぶ感覚でノズルを親に向けてきたら?


 

 やってはいけない事。

 どんな危険性があるのかという事。



 こういった境界線をあやふやにする大人達の行いによって、いつも犠牲となるのは子供の方なのだ。





『あんた達!ダメよ!こっちに・・・』

 慌てて走り出したご婦人だったが



   ピカッ



 カメラのフラッシュのような光を受けてうめき声を出す。



『ぐぎょえうおぉぉうぅ!』

『うわぁぁ・・・ママ・・・』

『動かな・・・いよ・・・』

『ぎゅえお・・・痛い・・・』

『なにこれぇ・・・助け・・・』



 あっという間に石像と化す。

 


『ピイギャキイィィンン』



 前方から馬車を牽引している鳥達の悲鳴が聞こえてきた。



 直ぐに荷馬車は何かにぶつかったかのように停止した。

 恐らく鳥達が石像になって、荷車と衝突したのであろう。

 


 どうやらバジリスクは複数いるようだ。



『やべえ!やべえ!』

『まだか?!結界石!』

『も、ももももうちょっと!』


 大慌ての冒険者達。



『いかん!』



 商人と思われた初老な男性は、魔力を込め始める。

 すると、なんと大地に魔法陣が出現し、炎の犬が具現化してきた。

 どうやらこの老人は召喚士だったようだ。



 グオオオオオォォンンン!



 召喚された炎の犬は、雄叫びを上げながらバジリスクに食いかかる。

 


・・・と同時にバジリスクも荷車の中を覗き込み・・・




   ピカッ




『うわああぁぁ・・・ぎゅえぇぇ・・』

『か、身体が・・・動か・・・ねぇ・・』

『ぐむむぅぅ・・・』



 冒険者達もご老人も光を浴びてしまい、うめき声を出す。



 グオオオオオォォンンン!

      ガオオオンンン!



 炎の犬は次々とバジリスクを始末していくが・・・



 恐らくご老人の身体が完全に石像へと硬化したのであろう。

 魔力の供給源を失った召喚獣は、精神世界へと還っていった。



『ひいいっ』



 冒険者の中で結界石を使おうとしていた回復職の女性が、泣きそうな声を上げる。

 どうやら盾役だった彼氏が、身をていして女をかばったようだ。



 周りの人も、PTの仲間も、自分の彼氏さえも石になった。

 周りにはバジリスクがまだいるかもしれない。

 しかも今は結界が無い。



 頭のリソースは全て『恐怖』の二文字に占められている状態で、適切な行動をすることは難しい。



 とにかく必死に、とにかく必死に結界石に魔力を込め続けた。



 そして結界が発動したと同時に、転がるように駆けだして、大地に埋める。



 ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・



 肩で荒く呼吸をしながら、しばらく結界石を埋めた大地を一点に見つめる。

 ポタポタと汗が大地へとしたたり落ちた。


 

 女にとって不幸中の幸いだったのが、唯一残っていたバジリスクも、召喚獣にビビったのか、ダッシュで逃げ出していたことだった。



 ウンザリするほどうるさかった道中も、今はシーンとしている。

 微かに虫の音、風の音が鼓膜を揺らす。



 しばらくして少し冷静になった女は、荷車の中を漁りだす。



 とにかく結界石。



 とにかく結界石を集めなくては。




 辺りは真っ暗の闇。




 月の明かりだけを頼りに、商人やご婦人方、そして自分達PTが持っていた結界石をかき集めて、やりすぎくらいに早めの更新をして結界を維持する。




 そして夜が明けるのを、血走った目で必死に願うのであった・・・




 夜が明け、女は街へと走り出す。

 鳥も石化してしまっているので、自分の足で走り抜けるほかないのだ。



 水の水筒を沢山担いでいるので、足は速くはない。

 しかし、灼熱の荒野を水無しで進める気は全くしなかった。



 馬車ではお昼過ぎには街に到着するくらいの距離だが、徒歩となると今日中に着けるかどうか。



 女はただひたすらに足を前に出し続ける。

 自分に回復魔法をかけ続けながら。



 ご存知の通り、回復魔法を受け続けると、精神の疲労が溜まり、正気を保てなくなる。



 しかし女は血走った目を見開きながら、鬼気迫る表情で前に進み続ける。



 髪はボロボロ、日焼けした肌は真っ赤になり、唇もカサカサでめくれている。

 顔全体、身体全体が砂まみれ。

 足の指は2倍に腫れ上がり、パンパンになっていた。



 夕方近く、遂に視界にスワップの街を捉える。



 しかしまだまだ遠い。



 この分だと夜になるのは明白。



 嫌だ。



 ここまで来て死にたくない。



 死にたくない!



 女は必死に声を張り上げながら進む。



 しかし喉がカラカラなのでヒューヒューとした声しかでない。

 とうの昔に水は尽きてしまっていた。



 気力というよりか魂を振り絞るような行進が続く。



 辺りはすっかり真っ暗の夜になってしまったが、街が近いことが幸いしたのか、バジリスクは周辺にはいなかったようだ。




 オデコに無数の血管を浮き上がらせながら、目の下にクマを作りながら、必死に歩みを進め、女は遂に結界を越えた。




 そして兵士に救助された女は、起こった事を全て話す。

 


 女が語った、この事実に騒然とする人々。



 大地吸い上げ装置が無かった時代には被害は多かったが、最近はほとんど被害が出ていない。



 それが一気に、御者を含めて15人もの犠牲者が出た事実はスワップの街を駆け巡った。

 


 そして偶然乗っていた召喚士。



 あの老人はババリオン国の中枢を担う召喚士一族の血縁だったようで、国もかなり本腰で事件の究明に力を注いだ。

 生き残りの女にも自白魔法が使用され、事件の真相解明を急ぐ。



 問題視されたのは、当然ながらご婦人とそして子供達の行動だ。



 そしてババリオン国が打ち出した規制は、当時としてはかなり大胆なモノだった。




①乗り合い馬車を運行する者は、全て運行会社に所属すること。


 会社に所属することにより、ルールや品質を適正に保ち、雑な環境で運行していた個人事業者を全て排除した。




②出発する際に乗客全てのリストを作成し、登録しなければならない。又、途中で乗り降りした者も全て報告、登録しなければならない。


 出発する際に魔石に触れて管理され、立ち寄る村などでも兵士が随時確認するようになった。

 また、御者は管理本部に1時間おきに現在地などを通話で知らせるようになった。




③全員、乗車マナー及びルールを守らなければならない。

 再三の注意を守らない、又は御者が危険と判断した者は乗車拒否する事が出来る。

 これは貴族も含まれる。


 乗車する前にルールなどを守ると書かれた誓約書にサインする事になった。

 そして違反したと判断された者は、フィールドの道中であっても降ろされた。




 この3箇条を徹底した結果、今まで見過ごされてきた乗り合い馬車での危険行為や犯罪が激減することとなる。



 この波は全世界に広がり、今では当たり前になった乗り合い馬車規則の(いしずえ)を築く結果となったのである。


 そしてババリオン国はその年にマリアンヌ賞(ノーベル平和賞のようなモノ)を受賞することとなったのだった。




 どう変わったのか、もう少し詳しく語ろう。




 今までは、女性や単身での乗り合い馬車利用は危険と隣合わせだった。



 数多くの客が乗車しているので大丈夫かと思っていたら、御者を含めて皆んなグルで、全員にレイプされてフィールドに捨てられたとか。



 高ランクの冒険者達と一緒に乗車したら、突然、乗り合い馬車のボスとなり、全員が武力の恐怖で冒険者の言いなりになり、身ぐるみ剥がされて捨てられたとか。



 どうしてもフィールドを進んでいる最中は、馬車は人間の世界から隔絶される。

 つまり密室になるということ。



 そういった環境では数々の犯罪が闇に葬られるのは皆さんもご存知の通り。

 


 今までは乗り合い馬車の運行を全く管理していなかったので、誰がどの馬車に乗っているかなど不明。

 更に最初から騙そうとしている犯罪グループが御者をしていたりすることもあるので、素人には見分けづらい。



 乗合馬車は正に犯罪者の温床になっていたのだった。




 それがこの条例が制定されたことにより、一気に是正された。




 まず運営を管理し、個人も何処かに所属しなければならなくなり、怪しい御者は一掃された。


 もちろん、初めの頃は偽会社を作り、規制を免れていた犯罪グループもあったが、政府の本腰をいれた捜査であっという間に摘発。全員死刑。


 これらが強力な抑止力となり、犯罪グループは姿を消した。



 そして全ての乗客を登録することで、途中で行方不明になった者も確認できるようになったので、馬車内での揉め事もナリを潜める。



 もし行方不明者が出た場合は、強制的に全員に自白魔法をかけられる事が義務付けされたからだ。



 そしてこの条例が世界中に広まったことにより、技術革新が起こり、馬車に攻撃を仕掛けようとした第3者も把握できるようになったのも大きい。



 今までは、仮に冒険者達に襲われても立証することが難しかった。

 しかし技術革新のお陰で、結界の力を利用して誰が近づいてきたのかが分かる仕組みが大地吸い上げ装置に搭載されたのだ。



 1人1人、魔力の形は違う。

 そして人は生まれた時点で国に管理される。



 なので99.9%の人はバレる仕組みとなっており、もし馬車が被害を受けたら念入りに調べられるので、唐突な冒険者の襲撃もゼロとなった。



 唯一、盗賊などの奴隷として生まれ、ずっと魔石に触れたこともない者のみが対象外だが、そもそもそういった盗賊達は数が非常に少ないので、ほとんど心配はないであろう。




 ちょこちょことフィールドを進むには盗賊が怖い、盗賊に注意と書いておきながら、こういうことを言うのはどうかと思うが、100%フィールドで暮らしている盗賊達は世界中でほんの僅かだろう。


 やはりフィールドで結界の力を使わずに暮らすのは非常に大変なのだ。




 多くは半盗賊。普段は結界内に身を置き、仕事の時だけフィールドに出る。



 え??街の入り口でバレないの??



 確かに通常通りなら即バレる。

 しかし幾つか抜け道はあるのだ。


 それが何かというのはいつか語るとしよう。




 そして問題なのが貴族達だ。



 大抵の貴族は馬車を自己所有しているので一般人と同行することは少ないが、中途半端な貴族が厄介。

 そして迷惑行為をしてくる者達も同じだ。



 そういった者に対して、御者が対応できるように権限を与えた。

 つまり注意に従わない者、危険な行為をした者に対して、馬車から降ろす権利が与えられたのだ。



 当然馬車から降ろされることは死を意味する。


 なので導入当初は色々と問題も起こったが、御者の判断だけでなく、周りの意見も聞きながら実施すること。

 後日必ず自白魔法を全員かけられて、正当性を示すことが義務付けされてから大きな問題は起こっていない。



 やはり今まで乗合馬車において、迷惑行為をする者、盗賊だけでなく冒険者も悪事を働いている者が多くいることが世界各国で悩みの種だった。



 それが解決したので、今現在は女性の一人旅や仕事で他国に行くのも安心して行けるようになり、人の交流や流通、技術向上に大きく貢献したのであった。




 長々と語ってしまったが、これが『石像の森』を発端とした乗合馬車革命の全容である。




 さて、話を戻そう。




 乗り合い馬車革命の話を語っている最中も、コクリト達は目をつぶりながら歩みを進め、なんとか『石像の森』を抜けていた。



 そして、そのまま変わらずに暑さと戦いながら足を前に出し続ける。


 しかし、相変わらず地脈調査の魔道具は、なんの変化も示さず、成果は出ないまま。




 そして・・・二日目の深夜に事件は起きたのだった。




 いつものように、隊長のカインは結界魔石を発動させ、野営の準備を始める。

 いくら腕に自信があるとはいえ、夜間にバジリスクとやり合うのは危険過ぎるからだ。



「うぅ・・夜になってもぜんっぜん暑いよぉぉ!」

「全くでやんす。水風呂にざぶ〜んって入りたい気分でやんすねっ」

「・・僕はアイスが食べたいです・・」



 そんな3人に隊長のカインは優しく言葉をかける。



「テメーら。日の出とともに出発するからな。さっさと寝ちまえ。明日も一日中歩くからな。覚悟しろ」



「ひいぃぃんん。目が怖いですぅぅ!」

「魔王っすね。大魔王っす」

「・・僕、明日死ぬかもしれません・・」



 それぞれが笑顔で眠りについた。



 暗黙のルールで、カイン→クエンデル→ルル→コクリトの順番で見張りをする事になっている。

 それぞれ3時間交代だ。

 18時には結界石を埋め込み、6時に出発する流れ。



 18時ではまだ暗くなってはおらず、6時にはとっくに明るくなっているのだが、この地域では警戒して、比較的早く結界を発動している。



 何故なら相手はバジリスクだ。

 石化ビームを食らったら、あっという間に全滅。

 万が一でも出会いたくはないモンスターだからだ。



 いくら夜行性とはいえ、早起きのヤツもいれば、夜更かしして朝帰りのヤツもいたりする。

 やはり生き物ゆえに個体差があるので、早め早めの対応をしているという訳だったのだ。



 この日、1番最初に異変に気付いたのはコクリトだった。



 コクリトは、いつものようにルルから見張りを交代し、1人でボサボサの髪をクシでとかしていた。

 時間はAM3時過ぎ。多少和らいでいるとはいえ、まだまだ暑い。

 今日も朝日が昇ったら、一気に強烈な熱波が襲ってくるであろう。



「・・・」



 おもむろに立ち上がり、こっそりと水タンクに向かう。

 そしてソーッと蛇口をひねり、コップに注ぐ。



「ぷはぁぁ・・・」

 グビグビっと飲み干し、小声で感嘆の声を漏らす。



 そして再度カインの様子を確認する。

 起きる様子はない。



 もう一杯いけるか?

 いやいく!

 私はやり遂げる!

 誰も私を止められない!



 コクリトは、どうでもいい決意の炎を目に宿し、再度蛇口をひねった。




「・・・あれ?・・・」



 最初は勢いよく出ていた水がチョロチョロっとしか出なくなり、そして完全に止まる。今やポタポタと水滴が少しだけ落ちるくらいだ。



「え?・・・うそ・・・」



 コクリトは、とりあえず3分の1ほど注がれたコップの水を飲み干す。

 そしてゆっくりと、そーっと水タンクを揺らしてみた。



「!」

 水タンクは簡単に傾く。

 簡単に左右に揺れている。





「嘘でしょおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」





 ドラン平原にコクリトの絶叫が轟く。




「嫌ああアアアアアあああああぁぁ!!嘘よおぉぉぉ!!嘘だと言ってえエエぇぇ!!誰かああアアアアアあああああぁぁ!!」




 完全にパニックになっているコクリトは叫き散らしている。



「なんでやんすかぁ?姐さん。ご近所迷惑でやんすよぉ?」

「・・・う○ちなら向こうでしてください・・・」

「死ぬか?」



 流石にここまで叫んでいると当然起きてくる皆さん。

 依然として叫びまくっているコクリトに、どうせいつもの発作だろうと迷惑そうな目を向けている。



「隊長おぉぉぉ!一大事!一大事ですぅぅ!水が!水が無いですうううぅぅ!!」

「!!!」



 全員が一斉に飛び起きてきて、水タンクを確認する。

 そして、グラグラと簡単に揺れる水タンクをみて絶句する一同。



「・・・さては姐さん。全部飲み干しましたね?」

「・・・精神異常者とは思ってましたが、まさかここまでとは・・・」


「ちょっっとおおおぉぉ!濡れ衣です!私1人で飲み干せるわけないじゃないですかあぁ!!」


「いや、姐さんならやりかねないっす」

「・・・欲望に忠実な人ですから・・・」

「しょんなああぁぁ!信じてくださあぁぁいいい!」


 3人がギャアギャア言い合っていると


「テメエら、これを見てみろ」


 人望厚いカインが馬車の側面を指差す。

 一同急いで集まって、その場所を確認した。



「あれ?・・・なんか湿ってません?」

「確かに・・・これってなんでありんしょう?」

「わわわっ。魔道具が壊れる・・・」



 カインはぐぐーっと水タンクを斜めに持ち上げる。

 そこには明らかに水漏れしているであろう箇所が確認できた。



「あああー!漏れてるぅ!漏れてるぅぅぅ!」



 コクリトの絶叫に顔面蒼白になるクエンデル。



「ちょっ!ま、待ってくだせえ!待ってくだせえ!あっしは悪くないでやんす!不可抗力でやんす!」

「クエンデル」

「ひいいぃ!殺さないでくだせえ!不可抗力でやんすぅ!」



「クエンデル。お前、どうやってこの水タンクを手に入れた?」



「あ、あっしは・・・街を歩いてたら・・・古市場の骨董屋で売りに出てたんでやんすっ!大きさも2倍はあるし、値段も超安かったんで即買いしたでやんす!」



「訳ありって書いてなかったか?商品説明に」



「書いて・・・なかったと・・・思うでやんす・・・」

 どんどん声が小さくなるクエンデル。



「じゃあここを見ろ。なんて書いてある?」

「?」

 絶句しているクエンデルの代わりに、コクリトが文字を読み上げる。



「損傷箇所有り」

「・・・矢印までしてて破損箇所をまるで囲ってますね・・・」



 タラタラと汗が噴き出るクエンデル。



「100歩譲って見落とすのはしょうがない。だが、水漏れ確認は当然したんだろうな?ええ?オイ」

「・・・」



 地面の一点だけを見つめ続けるクエンデル。

 正直、嘘をついて『確認しやした!』とでも言ってしまえばいいかと思うが、それをさせない圧倒的な威圧感がそこにはあった。




「申し訳ございませえええええええええぇぇんんん!」




 クエンデルは全身全霊で土下座をする。



「謝って済む問題ですか?!どうするんですか!クエンデルさん!」

「・・・ズボラな人だとは思ってましたが、まさかここまでとは・・・」

「ううう」



 クエンデルを一方的に責めるコクリトとルル。



「おい、ルル」

「ひゃっ・・・は、はい・・・」



「テメー・・・魔道具が警報鳴り止まなかった原因は、この水漏れが原因って事はねーよな?」

「・・・」



「あああっ!そうだ!そうですよっ、ルルさん!どうして、もっとしっかりと確認しなかったんですか?!」

「あっしもオカシイと思ってたでやんす!」


「・・・そ、そんな・・・だって・・・高熱になってるだけかと・・・」


「つまり、勝手に思い込んで、確認を怠ったってことだな?」



 先程のクエンデル同様、地面の一点をしばらく見つめ続けるルル。そして・・・




「申し訳ございませえええええエエエエええええぇぇんんん!」




 ルルは魂の土下座をする。



「ったく・・・もういい。とりあえず一大事だ。このまま太陽が昇ったら、あっという間に干物だ。時間に猶予はない。コクリト。結界石は多めに買ってきたって言ってたな?」



「はい!6個買いました!バッチリです!」



「よし、一個よこせ。あとはお前らが使え。俺は今からククラーソン村まで走る。ここからだと若干だがスワップの街よりククラーソン村の方が近い。最短で今日の深夜には救援に来れるはずだ。いいか?とにかく耐えろ。テントを加工して、上のみに重点的に布を当てれば日差しは、かなり防げるはずだ。あとはお前らで協力して耐え続けろ。念のため早め早めに結界を更新するのも忘れるなよ」



「はい!分かりました!」

 コクリトは大きく返事をすると、リュックから結界石が入っている袋を取り出す。



「どうぞ!隊長!」

「ああ」



 カインはコクリトから結界石を受け取ると、硬直する。



「おい・・・コクリト・・・これはなんだ?」

「へ?」



 プルプルとカインの手が震えている。



「お前・・・何を買ってきたんだ?」



「ええ?何って結界石ですよっ!私はお休み中、ずっと魔石屋巡りをしてたんです!そしたらバーゲンしてて!なんと6個で500グルドですよ?!めっちゃラッキーじゃないですか?!しかも最後の1セットだったみたいで!凄くないですか?!」



 カインは大きな、大きなため息をついて、グッと魔石をコクリトの顔面に突き出す。



「俺が用意しろって言ったのは結界石だ。結界の力を宿した魔石だ。コクリト、お前が持って来たのは空の魔石だ。ただのゴルニュード鉱石だ」



「!!!」

 一斉に魔石を確認しに来るクエンデルとルル。



「あああ!そうでやんす!完全に空でやんす!明らかに違うでやんす!」

「・・・普通気付きますよね?・・・」



 当の本人、コクリトは顔面蒼白。タラタラと汗を滝のように流している。



「お前・・・普通6個で500グルドの時点で怪しいと思わないか?1個5000グルドだぞ?相場は。1000歩譲って怪しいと思わなくても、見れば気付くだろ?明らかに魔力が()もってないだろ?明らかに光ってないだろ?ただの石だぞ。完全に・・・」





「申し訳ございませえええええエエエエええええぇぇんンンンンんん!!!」





「信じらんないでやんす!一体どうしてくれるんでやんすか?!」

「・・・まさかここまでバカだとは・・・」



「テメーらにコクリトを責める権利があるのか?」




「申し訳ございませえええええええええぇぇんんん!!」

「申し訳ございませえええええええええぇぇんんん!!」




 同時にシンクロする2人。



「はあぁぁあぁぁ・・・」

 カインは深いため息をついて地面に座り込む。



 結界石がないなら単独行動は出来ない。

 クエンデルとルルは戦いは素人。そしてコクリトは全く戦力にならない。

 自分が離れて、コイツらが無事でいるイメージは全く沸かなかった。




「た、隊長!大丈夫ですよ!私が2人を守って見せます!任せてください!」




「どうした?水がなくて頭沸騰したか?」

「勝手に任せられる、こっちの身にもなってほしいでやんす」

「・・・僕、コクリトさんの未来が不憫ふびんすぎて悲しくなってきました・・・」



 全員の暖かい対応に思わず涙が出そうになるコクリト。



 しかし、ぐっと堪えて

「実は!じ・つ・は・!わたくしコクリトは遂に!つ・い・に・!召喚獣をゲットする事が出来ましたあぁ!」



 ふふんっと腰に手を当てて、ドヤるコクリト。



「お前がこうなったのは・・俺にも責任がある・・か・・すまん」

「隊長。自分だけ責めないでくだせえ。あっしにも責任がありやす」

「・・・コクリトさんに幸多きあらんことを・・・」



「ちょっとおぉぉぉ!少しは信じてくださいよぉぉ!」



 コクリトは絶叫するが、直ぐに気を取り直し



「分かりましたっ!それではご覧下さい!私の召喚獣、スパーチクちゃんですっ!どうぞっ!」

 コクリトは両手を前に突き出し、エイっと魔力を込める。





  シーーーーーーン・・・





 まるで時が止まったかのように、動かないコクリトと3人の男達。




「ちょおおぉぉぉっとぉ!スパーチクちゃあぁぁんん!出よ!いでよ!スパーチク!我の願いに顕現(けんげん)せよ!」




 エイっエイっと両手をブンブンと振るコクリト。しかし、全く反応は無い。



「はあぁぁ・・分かった。俺が悪かった。もうやめてくれコクリト。そろそろ現実的な話をしよう」

「そうでやんすね。隊長だけククラーソン村まで行ったとしても、最短で深夜っすよね?帰ってくるの。バジリスクの餌食っすね、あっしら」

「・・てか、その前に暑さでやられますよ・・僕倒れる自信あります・・」



 全く信じていない3人の男達。



「お願いしまあぁす!スパーチクちゃあぁぁんんー出てきてぇ!いや、スパーチク様ぁ!スパーチク様ぁぁ!お願いしまぁす!お姿をお見せくださぁいい!!」



 土下座で頼み込むコクリト。どっちが召喚主なのか全くわからない。



 不意にポンっと光りがコクリトから飛び出す。

 その光はクルクルと周囲を飛び回り、コクリトの目の前で止まる。




「うわああぁぁぁんんん!!ありがちょぉぉぉ!出てきてくれてありがちょおぉぉ!」




 大号泣のコクリトは、鼻水を垂らしながらスパーチクに飛びつく。

 それをヒョイっと交わすスパーチク。


 光の玉はみるみる人の形に変わる。

 そして明らかに『ったく、うるせーな』って感じのジェスチャーをしていた。



「!!!!?!」

 3人の男達は口をポカーンと開けて硬直する。



「ほら!ほらほらほら!見て下さいよっ!これが私の召喚獣、スパーチクちゃんです!」

 コクリトは自慢げに紹介した。



「う、嘘だろ・・マジか・・」

「び、ビックリでやんす」

「・・誰か僕のほっぺをツネって下さい・・あ、やっぱり痛いからいいです・・」



 スパーチクはコクリトの頭の上で偉そうに見下ろしている。



「コクリト。お前・・この召喚獣は・・かなりのランクだぞ?波動が違う。どこで手に入れたんだ?」



「うっふっふぅ!実は私の旦那様が導いてくれたんです!」



「は?旦那?」

「そういうお店でやんすか?」

「・・結婚詐欺・・てオチじゃないですよね?」



 男どもの祝福の言葉に、再度、涙が溢れそうになるコクリトだったが、なんとか上を向いて堪えている。



「とにかく隊長っ!このスパーチクちゃんがいれば問題ないですっ!安心して行ってきてくださいっ!」



 またも腰に手を当てて、エッヘンとドヤるコクリト。



 そんなコクリトの頭をポカっと叩いたのはスパーチク。

 ブンブンと首を横に振っている。



「おい、なんか言いたそうにしてるぞ?コクリト」

「なんか、思いっきり否定してるようでありんすね」

「・・勝手な事を言うなって怒ってるみたいです・・」

  


「えええぇ〜?!スパーチク様ぁっ!なにかご気分でもすぐれないのでしょうかっ!?」



 コクリトは土下座をしながら、スパーチクを見上げる。

 何回も言うが、召喚主はコクリトだ。



 スパーチクは両手を広げ、クルクルと回る。

 すると鮮やかな光の粒が、コクリト達を包み込んだ。



「うおおっ!これは凄いでやんすっ!」

「・・ふわぁ・・」

「これは間違いなく、この世界で最強クラスの回復魔法だ。とんでもない魔法力だな」



 スパーチクは両手を頭の上で繋げた。

 まるで『マル』って言っているようだ。



 そして今度は、ブンブンと両手を振りまくった。

 その後、大きく『バツ』とジェスチャーする。



「あああっ!あっし、わかりやしたっー出来るのは回復!攻撃は出来ないっ!ことでやんすねっ!?」



 クエンデルの言葉に、ナイスって感じでジェスチャーして、頷くスパーチク。



「なるほどな。ま、冷静に考えると当たり前だな。攻撃も回復も、どっちも最強なんて存在はいないからな。人間も、召喚獣も」

「・・・という事は、この召喚獣は回復型ってことですよね・・」



「そんなぁ!スパーチクちゃぁぁん!回復しかできないんですかぁ?!なんかこう、バーンってできるんじゃないですかっ!?ねえっ!ねぇっ!」



 スパーチクは明らかにムっとした表情をして、コクリトの身体の中に引っ込んだ。



「うわっ。姐さん。今のは失礼でやんす。最低でやんす」

「・・本当にデリカシーって言葉を知らずに育ってきたんですね・・」

「回復しかできない?最上級の回復魔法を操るヤツにようもまあ、そんな台詞を吐けるもんだ。お前はいったい何が出来るんだ?自分の無能さを棚に上げて、人を見下すクズめ」



「申し訳ございませぇぇーーぇーーんんっ!」

 コクリトはそのまま土下座をする。



「自分が調子に乗ってましたぁぁ!今まで役立たずだった私が、ようやく恩を返せるかもって、自分の事しか考えてませんでしたぁぁあぁ!!ごめんなさあぁぁぁいい!!スパーチク様ぁぁ!スパーチク様ぁ!!見捨てないでぇぇ!!」



 コクリトは大号泣。

 涙腺は完全に崩壊し、鼻水を垂れ流し、正直見るに堪えない表情で泣き叫ぶ。

 再度言わせて頂きたい。召喚主はコクリトだ。



 再びポンっと現れたスパーチクに

「うわあぁんんっ!ごめんなさぁい!ごめんなざぁあぁいい!」

 と泣きつく。




 スパーチクは『うるせーなぁ』て感じのジェスチャーをしているが、フワフワとコクリトの顔の前に漂っており、まるで慰めているかのように見える。



 スパーチクは母親の第一眷属ロゼニーニャが言ってた通り、産まれてまもない。だいたい半年くらいだ。



 神の眷属とはいえ、赤子同然の存在に慰められるコクリト。

 実に主としては頼りない感じなのだが・・・

 スパーチクは迷惑そうにはしているが、嫌がってはいないようだ。



 召喚獣と召喚士は契約で繋がっているだけではなく、精神的にも深く繋がりがある。

 おそらくスパーチクにも、不器用だが、純粋で一生懸命なコクリトの心を感じ取り、主として認めているのかもしれない。



「そろそろ現実的な話をしやしょう。スパーチクの旦那。旦那は回復が得意と思うでやんすが、この暑さを軽減するような魔法は使えるでやんすか?」



 スパーチクはブンブンと首を振る。



「では、水や氷をだしたりは?」



 またもブンブンと首を振るスパーチク。



「ふむ。という事は、このままここに居ても何も改善されないってことでやんすね。もう直ぐ朝日が昇るでやんす。ここはどうでやんしょう?テントの布地を切って、簡易的な屋根を作り、荷車に設置して進むってのは?」



「えええっ?!この暑さの中を進むんですかあ?!」

「・・僕、1時間・・いえ、30分で倒れる自信あります・・」



「でもこのまま、ここに居ても干物になるだけでやんすよ?!どのみち夜になったらアウトでやんす。この場に止まっても意味ないでやんす!」



「そ、そんなっ!きゅ、救援を呼んだらどうですか?!スワップの街の警備局に!」



「いや、時間的に厳しいだろう。例え今からスワップの街を出発してもらっても、到着は深夜近く。救援が来る前にバジリスクの餌食だな。それに今はベヒーモスの騒ぎで、運行馬車も運休中だ。当然、その他の冒険者達も足止め状態。つまりここにいても救援が来る可能性はゼロという事だ。このまま、ここに留まり、干物になるのも良し。進んで、干物になるのも良しってとこだな」



「どっちも干物になってるんですけどぉぉぉ?!」

 コクリトの絶叫は相手にせずに、荷物をまとめる隊長カイン。



「おら、テメーら。出発するぞ」

「えええっ?!結界無しで暗闇の中を進むんですかっ?!」

「ひいいっ!バ、バジリスクの餌食でやんすよぉ!」

「・・もう少し待ってから・・」



「バカ言え。お前らも分かるだろ?日が昇ったら、あっという間に熱波が襲ってくるぞ?水が無いのに、どうやって耐えるんだ?今のうちに少しでも進んで距離を稼ぐ。進むしかねーんだよ。覚悟をきめろ」


「ううう・・・」


「おい、今は緊急事態だ。魔道具は置いていく。荷車を軽くして負担を軽くしろ。じゃないと足が遅すぎるからな」


「えええ?!良いんですか?隊長。この魔道具1000万グルドはするって言ってませんでした?」


「コクリト・・・何回も言わすな。緊・急・事・態だ」

「ひいいぃ!すみませんでしたああ!!」



 そうして魔道具と、破損した水タンクをその場所に残し、僅かな食料とテントを荷車に載せて、暗闇の中を走る一同。



「くそ、もうじき日が昇るぞ。おい、ルル。テメーは荷車に乗って、テントを加工しろ。先頭と左右に翼を付けて、俺たちから日差しを防げるようにな」

「は、はいっ・・・」



 ルルは大急ぎでテントの骨組みを解体し、日差しを遮る屋根を作った。

 かなり不恰好で、風が吹けば、吹き飛ばされそうな強度しかないが、今日は完全に無風状態なので大丈夫そうだ。


 とはいえ、あくまでも簡易的な屋根。

 無いよりかはマシ・・程度にしか効果は期待出来ないであろう。




「はあ・・はぁ・・はぁ・・」




 全員無言で進む。



 遂に恐れていた太陽がドラン平原に顔を出し、容赦なく強烈な日差しを、コクリト達に浴びせてきた。

 まるで、この大地が巨大なフライパンで、神々が自分達を炒めているかのように、熱波が上からも、下からも押し寄せてくる。




 水が無い・・・




 更に、この事実がコクリト達の精神を支配していた。



 不意に、まだあると思っていたペットボトルが空だったのに気付いたり、急に飲めない状況に陥ったりした事は皆さんあるだろうか?



 何故か、その事実を知った瞬間から、頭の中は『水』という単語で占められてしまう。

 ついさっきまで普通だったのにも関わらずだ。



 やはり、我々生命体は『水』という存在と、心の深い部分で繋がっているのだろう。

 



 バタリッ



 やはり、予想通り、予言通り。

 1番最初に倒れたのはルルだった。荷車の上で伸びている。



『ったく。いつもいつも部屋の中で魔道具ばかりイジってるから、そんな軟弱な身体になるんだ!最近の若いヤツは直ぐ体調を崩しやがる』



 と、いつもだったらお小言が炸裂している所だが・・・

 カインは何も言わず、ひたすら荷車を前に動かす。



 完全に余裕がない。

 いや、完全に終わりだ。

 もう、確実に助からない。

 だが、最後まであがいてやる。

 最後の最後まで、歩き続けてやる。



 そんな決意の炎を宿した瞳をギラギラさせながら、前方を睨み続けていた。



「おい、前を見ろ。岩があるぞ。かなりの大きさだ。あそこにいけば、蛇口があって水が山ほど出てくるぞ」



 普段だったら、こんな冗談は決して言わない。

 周りを鼓舞する為というよりかは、何処か願望、夢の類いに似ている。



 もし宝くじが当たったら、あれを買おう、こういう事をしよう・・・

 そんなイメージで頭をいっぱいにしなければ、とても足を前に出す事は出来なかった。



 しかし、いつもなら、すかさずツッコミを入れる2人の声が聞こえない。

 2人とも、地面を見ながら、棒を押している。いや、棒にしがみついている。

 何とか足だけは動かしているが、顔面蒼白。

 おそらく何も聞こえていないだろう。



 カインは、そんな2人にかける言葉もなく、視線を前方の大岩に移す。



 あそこまでいけば・・・

 あそこまでいければ・・・



 360°マグマに囲まれているような。

 360°燃え盛る炎に囲まれているような。

 そして、段々と近づいてきているような・・・



 例え、あの大岩に辿り着いたとしても100%死が待っている。

 答えが分かりきっている絶望感の中で、自分を騙し、大岩に向かうことを唯一の救いの如く、歩みを進めるカインだった。



 不意にコクリトの召喚獣スパーチクがカインの目の前に現れる。そして盛んに後方を指差していた。



 カインは虚ろな目を向けると、コクリトとクエンデルが、地面に倒れていた。



 カインは特に舌打ちするわけでもなく、励ますわけでもない。

 既に、少しの感情すら、湧き上がる余裕はないようだ。

 ただ流れ作業のように2人を担ぎ、荷車に放り込む。



 そんなカイン達を見て、スパーチクが慌てた様子で、魔力を込めた。

 しかし、カインはそれを止める。



「悪いな、召喚獣。今、魔法を打つのはやめてくれ。今、お前の魔法を喰らったら、俺たちは完全に精神が崩壊し、正気を保てないだろう。俺はせめて・・・人としてコイツらを終わらせてやりてーんだ」



 その言葉を聞き、スパーチクはガックリとうな垂れる。



 そして・・・カインはまた荷車を押し始めたのであった・・・




 何かに取り憑かれたような、死相漂う表情を見せながら、カインは大岩のもとに辿り着く。



「はぁ・・・はあ・・・はあ・・」



 そして荷車をその場に残し、大岩に歩みを進める。

 この何も無い平原で、大きな岩がポツンとあるのだ。

 大抵はモンスターの巣になっていたり、休憩場所になっているだろう。

 


 カインはぐるっと一周して点検した。



 もし、モンスターがいたら好都合。

 速攻でぶっ殺して、血をすすってやる。

 ハラワタを裂き、膀胱ぼうこうに溜まっている尿すら飲み干してやるっ!



 完全に目がわっているカインは、薄ら笑いを浮かべながら、大岩の周りを歩く。

 しかし、幸か不幸か、モンスターは大岩周辺にはいないようだ。



 カインは荷車を再び前に進め、大岩のふもと、ほんの少しだけ存在していた日陰に移動する。



「お前・・・ら・・・よかったな・・・日陰・・・だぜ・・・」



 そんな言葉を残して、遂にカインが力尽き、バタッと地面に倒れ込むのであった・・・




 スパーチクはキョロキョロと慌てふためいている。



 折角、母ロゼニーニャの期待、神の眷属達の期待に応えられるように、頑張ろうと思っていたのに、あっという間にお役御免になりそうだからだ。



 しかし、ここで回復魔法を唱えても、意味がない。

 体力の消耗というより、水の不足、暑さによる生命維持機能低下が影響しているからだ。




「!?!?!!!」




 そんなスパーチクに、見知った気配、波動が感じられた。

 これはまさかっ!?


 スパーチクはダッシュで、その人のもとまで飛んでいき、一生懸命アピールする。

 そうして連れてこられたのが、ミールだったという訳だったのだ。





 ミールは素早く状況を理解し、直ぐにコクリトの状態を確認する。

 


 脈はある・・・が、意識は虚ろだ。

 ミールが手首や首に手を当てて、脈を確認しても、微かに反応するだけ。

 荒い呼吸とシワシワになった唇を僅かに動かしている。



 ミールはまず、マジックポケットから20Lの水タンクを取り出す。

 そして荷車の中に転がっていたコップに注ぎ込んだ。



「ほらっ、コクリト!しっかりしろ!水だ!水だぞ!?」

 ペシペシと頬を叩きながら、口に少しだけ、水を流し込む。



「?!!!?!みっ、水!?水ぅぅ!!」

 コクリトはガバっと起き上がり、コップを強引に奪い取って飲み干す。



「げほっ!げほっ!み、みじゅっ、みじゅうぅぅ!」

 目を見開き、必死の形相で、コップにしがみつく。



「ほら、コクリト。ここに沢山あるから。自分で注いでくれ」

「ええっ?!!せ、先生っ?!何で?!」



 コクリトは驚きの声を上げるが、コップに水を注ぐ手は止めない。今は疑問を解決するよりも、命を繋ぐことに必死なのだ。



「おい、コクリト!この人の名前は何て言うんだ?!」

「えっ?!あ、クエンデルです!クエンデル!地脈観測員ですっ!」



 ステータスを見ればよくない?・・とお思いの方もいるでしょうが、誰にでも見ることができるステータスの場合は、偽名を使っている者も多い。

 ステータスは◯◯と書いておき、実際の仲間内では××と呼ばれています!って場合は結構あったりする。



 今回は意識レベルが低い相手に呼びかけるので、実際になんて呼ばれているかを、知る必要があったという訳だ。



 ミールはクエンデルを抱き抱え、水を口に付けながら、大声で呼びかける。



「クエンデルさんっ!水ですよっ!クエンデルさん!起きて下さい!」

 コクリト同様、頬をペチペチと叩きながら呼びかけるミール。



「ふぇっ!?み、水!?みずうぅぅぅー!」

 コクリトと同じように、コップを奪い取り、必死に身体の中に詰め込んでいく。



「クエンデルさん。まだまだ沢山ありますから、ゆっくりと飲んでください。もう大丈夫ですよ」



 ミールの優しい笑顔と言葉に安心したのか、クエンデルは涙を流しながら、お礼を言う。

「あ、ありがとうございやす。ありがとうございやす・・うぅ・・」



 ミールは次に隊長カインのもとに駆け寄る。



「コクリト!この人の名前は何て言うんだ?!」

「あ、はいっ!その人は隊長です!隊長のカインです!」



 ミールはカインの身を起こし、水を口につける。



「あ、あの・・先生。隊長には・・頬を叩かない方が・・いいかもしれません」



 今は緊急事態だ。コクリトの心配そうな言葉を無視して、同じように水を口元に触れさせながら、ペシペシと頬を叩き、呼びかける。



「カインさんっ!カインさんっ!水ですよっ!水っ!起きて下さいっ!」




 ガバッ!




 カインはカッと目を見開いたと思ったら、ミールを突き飛ばし、剣を抜いて距離を取った。



 目の焦点が合っていない。おそらく無意識。

 モンスターに襲われていると錯覚しているのかもしれない。



「カインさんっ!水ですっ!仲間ですよ!」



 ミールはコップを掲げ、アピールするが、カインは全くの無反応だ。

 ゼェゼェと荒い呼吸をしながら、ふらついているが、殺気はドンドン増していく。



 これは、正気に戻さないと、マズい気がする。

 下手したら、ここで全滅だ。



「グオワオオウオワァアァァ!!」



 カインが血走った目を見開きながら、ミールに斬りかかる。



「隊長っ!」

 コクリトの悲鳴。




     ピカッ




 唐突に目が眩むほどの光がカインに突き刺さる。

 スパーチクが、光を放ったようだ。



「うっ・・・」

 頭を抱えて、ふらつくカイン。



 直ぐにコクリトとクエンデルが必死に叫び、カインの正気に呼びかける。



「隊長っ!もう大丈夫なんですよっ!助かったんですっ!」

「救援っす!救援が来てくれやしたっ!水がありやすよ!」



 ミールもすかさず、カインの身体に水を振りかける。



「う・・・っ・・み、みず・・・水?・・水っ!?」

 カインは血走った目で、手をガサガサし、必死に地面に染み込んだ水を追いかける。



「うわあぁぁんんっ!隊長おぉぉ!お水ですよぉぉ!飲んでくださぁぁいい!」

「隊長っ!お水でやんすっ!お水でやんすよぉぉ!!」



 コクリトもクエンデルも、泣きながらカインのもとまでフラフラと駆け寄り、コップを差し出す。



「お・・前・・っ・・ら・・・げほっ!・・げほっ!・・・」

 カインは、コクリト達が差し出したコップを受け取ると、必死に・・とにかく必死に、水に食らいつく。



「カインさん。まだまだ沢山ありますから、ゆっくり飲んでください」

 ミールもカインにコップを差し出し、笑顔を向けた。



「すまん・・・気が動転してた・・ようだ。申し訳ない・・」



 カインは正気を取り戻したようで、水を浴びるように飲み干す。


 目の下にはクマが出来ており、かなり消耗が激しいようだ。

 おそらく、1人でここまでコクリト達を運んできた影響であろう。



「いえいえ。気にしないでください」

 ミールは穏やかな笑顔を浮かべ、カインを落ち着かせた。



 そして、荷車の中で倒れている、もう1人のもとに歩み寄る。




「うっ・・」




 ミールは最後の男の様子を見て絶句した。

 かなり、マズイ状態だ。

 意識は全く無く、唇も紫色。そしてなにより、死相が漂っていた。



 しまった・・・

 まずは全員の状態を確認してから行動するべきだったか・・



 いや、もし適切にトリアージ(治療優先度を決める事)出来ていたとしても、同じ順番だったかもしれない。



 つまり・・・



 この男は助かる見込みが、限りなく低いという事。

 それほどまでに、瀕死の状態だった・・・




「コクリト!水を持ってこい!急げっ!」



 ミールは珍しく、語気を強めて命令する。



「は、はいっ!」

 コクリトはフラつきながらもコップに水を入れて、ミールのもとに駆け寄った。



「先生っ!この子はルルって言います!魔道具整備士です!」



 ミールは深く頷くと、スプーンで水を(すく)い、ルルの唇を水で濡らす。




 反応なし。




 少しでも反応があれば、水を飲ませることも出来ようが、こんな状態で口に水を含ませたら、誤嚥ごえんで命を落とすだろう。

 


 ミールはスプーンでチョンチョンと唇に刺激を与えながら、引き続き反応をみてみる。



 この頃になると、コクリト達は少し落ち着いたようで、ミールとルルの周りに集まってきた。

 コクリト達は心配そうにルルの様子を伺っている。



「先生。ルルは大丈夫ですか?」

「いや、正直かなりマズイ。瀕死だ」

「そ、そんな・・・」

「ううう・・ルルの旦那ぁ、しっかりするでやんすよぉ・・」

「くそっ・・・」



 コクリトとクエンデルは泣き声をあげ、スパーチクは心配そうにソワソワと辺りを飛び回り、カインは何もしてやれない自分の不甲斐なさに悔しさを滲ませている。




・・・・・




 本来は絶対に秘密にしたい。

 こんな囲まれてる状態で使えば、誤魔化(ごまか)す事は出来ないだろう・・・

 だが、迷ってる時間もない。

 ミールは意を決して、マジックポケットを出現させた。



「?!?!」

 当然、びっくりするコクリト達。



「すみません。できれば秘密にして頂けると助かります」



 ミールは目を合わせず、ボソッと一言。

 それで全てを察したのか、黙って見届けるコクリト達。



 ミールはマジックポケットからセリーの治療に使用した点滴を取り出す。

 返却しにいったら、グレービーから『また3つあるから、1個はミールちゃぁんが持ってていいわよぉぉ』と言われて、所持していた物だ。



 その際に簡単な使い方も教わっているので、ミールは素早く組み立てる。



「これがちょっと不安なんだよなぁ・・・」

 ミールはボソッと呟きながら、恐る恐るルルの腕の静脈に針をさす。



「えっと・・・それから・・・」

 ミールは魔法メモを起動しながら、グレービーの指示通り、空気が入らないように注意しながら管を繋げていく。

 点滴の液体はおすそ分けで貰った生理的食塩水だ。



 コクリト達はマジックポケットから次々と出てくる見知らぬ異物を、口をポカーンと開けたまま見つめている。



 正に理解を超えた状況。



 例えるなら江戸時代の人が現代にタイムスリップしてきて家電を触っているかのように、見知らぬ物体に目を点にするのみである。



 点滴を繋ぎ終えたミールは、次にマジックポケットからタオルを数枚取り出す。



「コクリト、このタオルを『少し』湿らせてきてくれ」

「は、はいっ」



 コクリトはタオルを受け取ると、ダッシュで水タンクのもとに走り出す。

 かなり体力は回復したみたいだ。



「先生っ、湿らせてきましたっ」

 コクリトは真剣な表情で、『びしゃびしゃ』に濡れたタオルをミールに差し出す。



「・・・・」

 ミールはツッコミたい欲望に耐え、冷気属性を発動した。



「!!!!」



 カインも、クエンデルも、コクリトでさえも。

 唐突に白い光に包まれるミールの手と、同時に凍りついていくタオルを見て、言葉を失う。



 この世界で属性魔法を所持している者は、ものすごく貴重な存在だ。



 その数は修復士など目じゃなく、自白魔法士よりも遥かに少ない。

 何十年も第一線で戦ってきた冒険者ですら、属性持ちと出会った事がない者の方が多いのだから。




 以前も少し説明させて頂いたが、再度、攻撃魔法との違いをお伝えする。




 基本的に攻撃魔法はその場限り。イメージ的には、ボールだ。



 セリーの魔法のように野球ボールくらいの大きさもあれば、フェリスのようにサッカーボールくらいの大きさもある。ルチアーニが焚き火に着火させる用の、ビー玉くらいの大きさもあるなど、大小様々だ。



 そのボールを投げつけたり、発射したりして発動させている。

 


 例えば手のひらの上に火の玉を出現させたり、杖の上に火の玉を出現させて魔力を高めてる光景は皆さんイメージしやすいかと思う。



 しかし、その火の玉の中に手を突っ込んだり、杖の中で発動したりは出来ない。

 つまり炎の拳で殴ったり、剣や盾などに一体化する事は出来ないという訳だ。

 


 対して属性魔法は服を着るような感じ。

 属性の服を着ているイメージだ。

 言い方が難しいが、属性自体が仲間、もしくは自分の一部といっても良いかもしれない。

 


 自分だけは焼かない炎を出している感じだろうか。



 なので、自分自身に炎を宿す事も出来るし、剣や盾といった物体にも宿す事も可能。

 更に、自分が仲間と判断している者に対しても同様の効果を発揮する事が出来る。

 


 例えばコクリト達の荷馬車。全員で荷馬車を押して進んでいたとしよう。

 この荷馬車に冷気属性を纏わせれば、この灼熱の荒野を全員が快適に進む事も出来るのだ。



 まあ、実際は魔力消費がデカすぎて、覚醒してないミールには、そんな事は出来ないが・・・



 もし、神の如く、強大な魔力を持っていたら、このゴラン平原全てを冷気で包み込む事も、理論上は可能なのである。



 又、攻撃魔法と違い、炎や冷気自体を対象にぶつける事は出来ないが、小石に炎属性を纏わせ投げつける事で、同じような結果を得る事も出来るので、使い方次第で様々な効果を発揮するのが、属性魔法という訳だ。




 一つ注意点がある。




 それは、属性魔法はあくまでも自分自身の味方・・・であるという事を。



 先程、冷気属性を使えば、この灼熱の荒野を快適に進む事が出来ると説明したが、それは使用者が味方と判断している場合のみ。

 もしミールがコクリト達を敵と判断した場合は、ミールは無事だが、コクリト達全員は氷の彫像と化してしまうので、もし貴方がこの世界に転生し、属性魔法を操る事が出来る存在に出会った場合は少し注意が必要だ。



 ちなみに・・・



 補足だが、プラズマラッシュや不死鳥炎舞、アイシクルロッドなどなど。

 適性の中には属性攻撃できるスキルも数多くある。



 しかし、このようなスキルは一般的に『必殺技』に該当する技。

 つまり、連発は難しい。



 もし、魂を振り絞り、連発できたとしても、武器自体の耐久力が持たなかったり、暴発する恐れがあるので、スキルによる属性攻撃と、属性持ちの攻撃は、似て非なるものなのである。




 説明が長くなってしまった。戻すとしよう。




 コクリト達は凍りついていくタオルを見て、ギョッとした。

 自分達がイメージしている冷気魔法とは何かが違う。



 コクリトPTには魔法士はいないので、頻繁に見ている訳ではないが・・・



 少なくとも、タオルに魔法を当てている感じには、なるはずなのである。

 でもミールの冷気魔法は、明らかに手のひらから直接注がれている。

 明らかに一体化している。



 この答えを直ぐには出せないほど、属性持ちは特別な存在なのだ。



 ミールは凍りつかせたタオルを、ルルの脇の下や首筋、股の間などに巻いていく。

 とにかく体温を下げる必要があるからだ。



 本当だったらルルの身体全体に冷気を纏わせたいが、そんな事をすれば、魔力の使いすぎでミールが倒れてしまう。



「皆さんも使ってください。首筋とかに巻くだけで、かなり体温を下げられると思いますので」

 ミールはコクリト達にも一枚、凍ったタオルを渡す。



「すまん。助かる」

「うひゃあぁ!生き返るでやんすぅ!」

「はあぁぁ!気持ち良いぃ!」



「あと、これも食べてください」

 ミールはマジックポケットから、小さな小瓶を取り出す。



「先生。これは?」

「これは東方の国、ジャポラの伝統的な食べ物です。とても酸っぱくて、しょっぱいですが、今、皆さんはかなり塩分が不足してますので、これで補う感じですね」



「ああ、梅漬け(梅干し)か。懐かしいな」

「え?隊長、知ってるんですか??」



「ああ、俺はジャポラ出身だからな」

 そう言うと、カインは慣れた手つきで、梅漬けを口に放り込む。



「へえぇ・・」

 コクリトは隊長カインのプライベートな情報を初めて聞いたことにより、脳が思考停止になったようだ。

 心ここに在らず的な感じで、梅漬けを口に放り込む。





「うんぎょおぉぉぉ!!しょっぱああぁぁぁいいい!!そして酸っぱあぁぁぁいい!!」





 悶絶するコクリト。



「本当でやんすねっ!めっちゃ酸っぱいでやんすっ!」

「うひいぃぃ・・」

 2人とも唇を窄めて、初めての梅漬けを味わう。



「あ、でもなんか・・病みつきになりそ・・」

「ううう。これは白米に合う味でやんすね!ご飯が恋しいでやんすぅ!」



 ミールも、梅漬けを一粒口に放り込みながら、根気よく、ルルの体温を下げていく。

 心なしか、さっきよりも顔色が良くなってきてる気がした。



「ルルぅ。頑張ってぇ・・」

「ルルの旦那ぁ。しっかりするでやんすよぉ」



 コクリト達も灼熱の大地と戦いながら、必死に願いを込める。



 ミールが凍りつかせたタオルは、直ぐにシャーベット状に変わり、そして生温かいお湯のタオルへと変わっていく。

 ミールは何度も何度も、タオルを凍らせ、ルルの体温を下げ続けた。



「ふぅ・・コクリト。すまん。俺にも水をくれ」

「は、はいっ!」

 コクリトはダッシュでコップに水を注いでくる。



「ど、どうぞ!先生!」

「さんきゅ」

 グビグビっと飲み干すミール。



「皆さんも、しっかり飲んでください。まだまだ危険な状態ですから」



「・・・・・」

 しかし、全員無言のままルルを見ている。



 とにかく暑い。



 太陽は1番高く昇っており、大岩の日陰も無くなっていた。



 荷馬車に加工したテントの屋根があるから少しはマシとはいえ、周りの空気は温風で、まるでサウナの中にいるようだ。



 全員、汗が滝のように滴り落ちる。

 ミールも大量の汗を冷えたタオルで拭き取りながら、ルルの看病を続けた。



「コクリト。もうタオル温かいだろ?冷やしてやるよ。よこしな」

「あ、ありがとうございます・・・あの・・」

「ん?どした?」



 コクリトは絶望の表情をしている。

「あの・・せ、先生。水が・・・残り少ないです・・」



 どうやら、20Lあった水も、ほぼ飲み尽くしたようだ。

 コクリトの言葉に無念の表情を浮かべるカインやクエンデル。



 どうやら、薄々気づいていたようだ。水が残り少ないという事を。



 そして、今のコクリト達は、水が無くなる恐怖を誰よりも深く知っている。

 迫り来る恐怖に必死に抗っていたようだ。




 だから、水を勧められても無言だったのか・・




 ミールはコクリト達に気遣いが足らなかった自分の行いを反省する。



「申し訳ない。僕の言葉が足りませんでしたね」



 そう言うと、ミールはマジックポケットから、再度20Lのタンクを取り出す。



「!!!」



「ごめんなさい。まだまだありますので遠慮なく飲んでください」



 ミールの言葉を聞いて、泣きながら歓喜の声を上げるコクリト達。



「うえぇぇんん!!よがっだあぁぁ!」

「ふわあぁぁ!もうダメかと思ったでやんすっ!焦ったでやんすっ!」

「ふぅ・・」

 全員、コップに注ぎ、グビグビと飲み干す。かなり我慢させてしまったようだ。



 ミールは視線を上にする。

 太陽はまだまだ元気いっぱいだが、真上から日差しを浴びせてきた先程とは違い、少しだけ傾いていた。


  続く

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