蘇る魂の道しるべ①
残酷なシーン、差別的なシーン、性的描写があります。
※(R15)作品です。
スライムには負けるけど魔王には勝ちます
すふぃ~だ
————蘇る魂の道しるべ—————
聖都巡礼から2週間が経過した。
とりあえずその間の状況説明から始めさせて頂こう。
まずは世界各国の反応から・・・
当然ながら邪神現出のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。
同時にルーン国の冒険者が邪神を討伐したという事実を、各国は最初疑いと疑念をもって、のちに驚きと衝撃をもって知る事となる。
「なに?結界が破壊された??がははっ!バカも休み休み言え!」
「しかも邪神を倒しただと??寝ぼけた事を申すな!」
「ふふふ。ふざけた虚言を吐くのは一体何処の国かしら?!」
「ほらみなさい。ルーン国よ。あんな底辺の国を基準にしたら、どんな悪魔種も高位悪魔になるじゃない。みっともないわ!」
といった声が大多数を占めていたが、段々と大聖都ハミスから詳しい情報を開示されるにつれて
「え?嘘っ!これって最強クラスの邪神じゃない!」
「し、信じられない!本当に人類がこんなバケモノに勝てるの??」
「い、一体どうやって退けたのだ!?なに??『救世主』だと!?」
「本当に実在していたのか・・・もっと詳しい情報が必要だ!聖女と連絡をとれ!調査隊も派遣しろ!・・・おいっ!金も女も糸目をつけるな!なんとしても『救世主』を我が国に迎入れるのだ!」
結界を破壊された事実は各国の聖女や統治者に焦りや恐怖を植え付けるには充分で、一様に今回の事件を解決に導いた『救世主』の詳しい情報、そして何としても繋がりを持ち、自分の国に迎入れたいとの思惑で、各国はこぞってルーン国に使者を派遣するのであった。
聖都から帰還したガタリヤ隊を住民達は大歓声で出迎えた。
巡礼中にもガタリヤの番になった時は大歓声で出迎えたのであったが・・・今回はもう大歓声というか大騒ぎだ。
「うおおおおぉぉおおぉっ!アーニャ様ぁあぁ!!」
「お帰りなさあぁぁい!お帰りいぃぃいぃ!」
「すげーっ!聖都の騎士を引き連れてのご帰還だあぁ!格好いいぃぃ!」
「本当に1位なんだなっ!本当に1位なんだよなっ!?」
「馬鹿野郎っ!疑ってるのか?!」
「いやっ!なんか信じられなくてっ!くそっ!泣けてきたっ!」
「うおおおぉぉ!ガタリヤがナンバーワンだあぁ!」
紙吹雪が舞い、魔法火花(花火)が打ち上がり、指笛が響き渡る。
人々は心の底から喜び、祝福の言葉をありとあらゆる人に投げかける。
「ひゃぁ・・・すっごい人達だねっ!」
「正にお祭りですわっ!私達もお祝いしなくてはっ!」
「ブルニもお祝いしたいですぅ!」
そんなお祭り騒ぎの中、ガタリヤ隊は領主の屋敷に到着した。
「では皆様・・・お疲れの所申し訳ございませんがもう少しお付き合い下さい。お祖父様に直接ご報告したいので・・・その後、簡単な慰労会をさせて頂きたいと存じます」
アーニャは大歓声の住民達に深々とお辞儀をしてから、屋敷内に入っていく。
懐かしい景色。
古い廊下も、シャンデリアも、家具も、絵画も。
見慣れたはずの景色も新鮮に見えるほどアーニャの心は高揚していた。
早く・・・早くお祖父様に会いたい・・・会ってお伝えしたい・・・
アーニャは足早にデトリアスの私室に向かう。
デトリアスの私室は離れにある。当然だが途中で何人かメイドや執事とすれ違った。
しかし・・・アーニャの予想とは違い、皆の表情は暗い。
アーニャの姿を捉えると一様に悲しみに満ちた表情を浮かべるのだ・・・
———嘘よ——そんなはずないわ———
アーニャは自分の脳裏に浮かんできた考えを否定するかのように、駆け足で廊下を駆け抜ける。
デトリアスの私室前には大勢のメイドや執事が並んでいた。
アーニャの姿を確認すると、静かに扉を開ける。
アーニャはゆっくりと・・・ゆっくりと・・・歩みを進める。
部屋中に広がる数多くの花束、ロウソクの明かり・・・
そして・・・
ベットで白装束に身を包んだ最愛の叔父の姿に呆然と、その場で立ち尽くした。
皆、声をかけれない。アーニャの悲しみの表情を瞳に映せない。
いつも側にいた爺やも、ダストン将軍も、リリフ達も・・・
唯々・・・無念の表情を浮かべ、視線を下にするのみである。
「・・・お祖父様・・・」
アーニャは声を振り絞り、ようやく言葉を口にした。
そして、ゆっくりと・・ゆっくりと・・デトリアスに歩みを進める。
どうやって今まで歩いていたのだろう。どの筋肉を使えば歩みを進められるのだろう。
今まで無意識で出来ていた事ができなくなるような、大きな大きな虚無感に襲われた。
ふらふらとした足取りで、ようやくデトリアスのもとまで来たアーニャは、そのままガクッと膝を折る。
その表情は虚ろな、絶望感に溢れていた。
唯一の肉親を亡くし、本当にひとりぽっちになった孤独感。
そしてのしかかる領主の重圧。
目の前の光景を見てはいるが、脳までは届いてないような。何処か夢であるかのような。
そんな感覚に襲われ、安らかに眠る最愛の叔父の顔を、いつまでも、いつまでも瞳に映し出していた。
屋敷の全員が涙を流す。屋敷の全員が悲しみに暮れる。
それほどデトリアスは慕われていた。
ぶっきらぼうで猪突猛進。
豪快で負けず嫌い。
差別を嫌い、平民と共に歩み。
権力に屈する事なく、例え聖女であろうとお構いなしに噛み付く。
誰よりも人を愛し、ガタリヤを愛したデトリアスに、人々は哀悼の意を示せずにはいられなかった。
「アーニャ様・・・ご報告出来ずに申し訳ございませんでした・・・」
「爺や・・・お祖父様は・・・いつ?・・・」
「はい・・・序列発表の日でございます・・・ガタリヤが1位になったとの報告を聞いて・・・それから直ぐに眠るように・・・」
「そうですか・・・お祖父様はお聞きになれたのですね・・・1位になれたのを」
「はい・・・アーニャ様。ご覧下さい・・・デトリアス様のこの満足げな表情を・・・本当に最後まで・・・ガタリヤを案じ、その身を捧げたデトリアス様が見せた・・・最初で最後の満足感に満ちた安堵の表情でございます」
アーニャは愛おしそうにデトリアスの顔に触れる。
冷気魔法がかけられているのでひんやりと冷たい。しかしアーニャにはとても暖かく感じる。
「お祖父様・・・本当にお疲れさまでした・・・ごゆっくりとお休みになってくださいませ・・・そして・・・どうか見守って下さいまし。流石はデトリアスの孫だと言われる様に・・・アーニャは成し遂げてみせます。お祖父様が夢に描いた世界を・・・」
アーニャは深くデトリアスに頭を下げると、クルッとリリフ達に振り返り
「では皆様。簡単な慰労会の準備が出来ております。大広間までご足労をお願い致します」
「アーニャ様・・・」
アーニャはできる限りの笑顔でリリフ達を案内する。
目を真っ赤にしながらも涙を堪えて見せる笑顔は痛々しく、リリフ達は心配そうな表情を浮かべるのであった。
まるでお通夜のような慰労会を終え、別れの挨拶を交わす。
「アーニャ様。通知登録もしてるし、何かあったら遠慮なく連絡して下さいね・・・」
「お呼び頂ければ何時でもお伺い致しますわっ」
「ブルニもいっぱいいっぱいぎゅぎゅーってしてあげますぅ」
「自分の心はいつでも扉の前で待っているでありますっ!」
「あたし達も直ぐに駆けつけるだわさ。アーニャ様。1人で抱え込んじゃダメだからね」
「はい・・・皆様、本当に最後までお気遣いありがとうございます・・・ミレーユさんもわざわざガタリヤまで護衛ありがとうございました」
「とんでもございません・・・聖女様へのご連絡は如何いたしますか?」
「この後、わたくしからご連絡させて頂きます。葬儀の日程に関しては重臣と協議して決めさせて頂きたいと存じます」
「かしこまりました。アーニャ様・・・私などの身分の者がこの様な事を言うのはご無礼かと存じますが・・・初めてアーニャ様を拝見させて頂いた時、私はデトリアス様の雰囲気を感じました。アーニャ様の中には確かにデトリアス様の意思が受け継がれているかと存じます。どうかルーン国の為、これからも何卒宜しくお願い致します」
「ありがとう。ミレーユさんもお気をつけてお帰り下さい」
「はっ」
そうしてそれぞれの帰路につくガタリヤ隊。
別れを終えたアーニャは、デトリアスの私室でずっと偉大な叔父の顔を見つめている。
アーニャは未だ泣けずにいた。
何処か現実感の無い・・・フワフワとした感じ。
心にポッカリと大きな穴が開いた感じ。
今までずっと支えてくれていた棒が突然外され、1人投げ出されたような感じ。
そんな感覚に囚われ、もう何時間もデトリアスの傍らで座ったままだ。
時間は22時前後。
すっかり日も暮れ、部屋には月明かりの光が差し込んできている。
灯りも点けずに無気力な表情を浮かべ、ぼーっとしているアーニャの周りをロウソクの光が優しく照らしている。
プー・・・プー・・・プー・・・
唐突に通話の呼び出し音が頭の中に響く。ミールからだ。
アーニャは反射的に魔力を繋げる。
「よお。元気かい?」
ミールの何気ない声。何気ない声質。何気ない雰囲気。
全てがアーニャを気遣っている優しさに満ちている。
アーニャにとっては、それだけで十分だった。
アーニャは自分でも気づかないうちに大号泣して泣き叫ぶ。
大きな大きな声で・・・
声が枯れるまで・・・
涙が枯れるまで・・・
一刻ほどの時間が過ぎ・・・
アーニャはだいぶ落ち着きを取り戻し、鼻をすする音だけが聞こえてくる。
ミールはずっと黙ったままだ。
通話越しにミールが呼吸する音が微かに聞こえてくるのだが、それがまるで頭を優しく撫でているかのように感じられ、アーニャは瞳を閉じて受け入れる。
「ごめんなさい・・・ぐすっ・・・ご迷惑をおかけしました・・・」
「落ち着いたかい?」
「はい・・・ぐすっ・・・さっきまで・・・何処か現実感の無い感覚でしたが・・・ぐすっ・・・ようやく私自身、現実を受け入れる事が出来たみたいです・・・ぐすっ・・・気持ちの整理がつきました・・・」
「今は気持ちを無理に整理する必要はないぞ。悲しみに打ちひしがれる時は誰にでもあるからな」
「・・・ぐすっ・・・ミール様は凄いですね・・・私が落ち込んでる時、悲しんでる時にタイミング良く通話をかけてくれるなんて・・・まるで白馬の王子様のよう・・・」
「ははは・・・すまん。俺的にはそのまま勘違いをさせておきたい状況だが・・・残念ながらリリフから通話を貰ったんだ。アーニャ様が落ち込んでるかもしれないから連絡してあげてってな」
「そうでしたか・・・本当にお優しい方ですね、リリフさんは」
「因みに・・・セリーもブルニもリューイもルチアーニさん達からも連絡を貰ったよ。みんなかなり心配してた。まあ・・・俺的には1人にまとめてくれたら、もう少し早く連絡出来たんだけどな(笑)」
「なるほど・・・わたくしは本当に人に恵まれました・・・有り難いことです」
「周りにリリフ達のような人材がいたとしても、アーニャがリビの領主のような感じだったら誰も助けてくれなかっただろう。気遣ってくれるのはアーニャ自身が好きだからさ。俺も含めてな」
「・・・ミール様・・・」
アーニャはミールの言葉を胸にしっかりとしまいこむ。
ポカポカとした暖かさが湧いてくるようだった。
「さてと・・・本当は直接会って抱きしめたい所だけど・・・それはまた今度にするよ」
「まあ、それは残念。落ち込んでいる事を口実に独り占めできると思ったのに」
「ははは・・・」
アーニャの口調が砕けてきた。もう大丈夫そうだ。
「ふふふ。ミール様は今どこにいるの?」
「ああ、今コートピアにいるよ。ついでだから色々調べ物をしている感じかな。もう少し滞在したら今度はリビに行くよ。それから国境を越えてババリオン、最終的にはドルグレムまで足を伸ばそうと思ってる。しばらくはドルグレムで暮らすつもりだ。あそこは移民には寛容な国だし、次々と新しい魔道具が作られるから、ただブラブラするだけで楽しいのさ」
「そっか・・・ドルグレムで落ち着いた場所が決まったら連絡してくれる?」
「ああ。約束するよ」
「直接私にだよ?」
「ああ、アーニャにな」
「あー!嘘つきっ。私の固定番号も知らないでテキトーに言ってるでしょぉ!」
「ん?ああ、そっかそっか。通話届かないのか。すまんすまん。ガタリヤの生活が長かったせいかうっかりしてたよ」
「もうっ・・・じゃあ言うね。屋敷の固定番号は———」
「おっけ。魔法メモに書いといたよ」
「誰かしらが出るはずだから、後は私宛と伝えてね。話は通しとくわ」
「了解了解」
「ねえ・・・落ち着いたら・・・誰に1番に連絡するの?」
「げ・・・いや・・・えっと・・・」
「ふふふ。ごめんなさい。意地悪な質問しちゃった。何時でも良いの。気が向いた時に連絡くれると嬉しいわ」
「ああ、ありがとう。実際ドルグレムに滞在するかも未定だから、全然違う場所にいる可能性もあるけど・・・とにかく落ち着いたら連絡するよ」
「うん。ありがとう。くれぐれも気をつけてね。そして・・・無事に帰ってきてね」
「ああ、約束するよ。またな」
「うん。いってらっしゃい」
通話を終えたアーニャは目を閉じて、しばらく余韻に浸る。
「お祖父様。本当に今までありがとうございました。お祖父様が仰ってくれたように・・・わたくしはお祖父様のマネをするのではなく、自分らしく前に進もうと思います。どうか見守っていてください・・・」
デトリアスに一礼し、扉の前でずっと待機していたメイドに話しかける。
「遅い時間までごめんなさい」
「とんでもございません・・・アーニャ様」
アーニャはしっかりとした足取りで部屋を出て行った。
メイドは結局飲むことがなかった紅茶をかたずける。
アーニャが部屋に来た時に、遠慮がちにそっとテーブルの上に置いた物だ。
アーニャは塞ぎ込んでいたので全く手を付けず、紅茶はすっかり冷めてしまっている。
ピタッ
メイドの手が止まる・・・
部屋を見守るように飾られているデトリアスの大きな肖像画が、微かに笑顔になった気がしたからだ。
メイドは少し笑みを浮かべながらカップを持ち、部屋を出て行くのであった。
「ひゃわわぁっ!!」
丸い大きなテーブルを囲み、聖女や重臣達が今後の施策について会議中。
問題は山積みなので険しい表情を浮かべている者が多い中、聖女のちょっと油断したって感じの驚きの声が上がる。
「ど、どうされましたかっ?!聖女様!?」
後ろに控えていたピッケンバーグが慌てて声を上げる。
「あ、ごめんごめん。つ、通話が・・・来たみたい・・・アーニャからだわ・・・ちょ、ちょっと失礼するわね」
ピッケンバーグのにこやかな笑顔に視線を送りながら、聖女はぎこちなく通話に魔力を込める。
実はアーニャが聖都を離れた日から毎日、聖女はアーニャに通話をかけていた。
話の内容はたいした事はない。
いや、もちろんこれからのルーン国の行く末を・・・どうすればもっと良い国になるか?どうすれば人々はもっと良い生活になれるのかを話し合っているので重要な内容だ。
しかし聖女にとっては、これはあくまで通話をするための口実。
実際は初めて出来た友達と沢山お喋りをしたい、といった欲求からくるものだったのだ。
事実、聖女が通知登録している者は極わずか。
ルゾッホ将軍だったり、ここにいるピッケンバーグだったり・・・
しかも実際は通話で話すことはほとんど無く、話したとしても連絡事項のみ。
聖女になる前も、聖女になった後も、通話で誰かとたわいのない会話をした事など1度もないのだ。
なので聖女は初めての通話に夢中になり・・・そして段々と不満を募らせていた。
何故かというと・・・いつも通話をかけるのは聖女から。
アーニャから、かかってきた事は1度もない。
毎回通話を終えるときに
「いい?アーニャも遠慮なく私に通話していいからね?なにかあったら報告して頂戴。あ、ううん。別になにもなくても連絡していいんだからね?その・・友達みたぃ・・に・・・こほんっ。分かったわね?アーニャ」
こういう感じで毎回念を押しているのだが、一向にかかってくる気配が無い事に徐々に苛立ちを募らせる聖女。
どうすればアーニャともっと打ち解けた感じになれるのだろう・・・
どうすればアーニャと友達みたいに笑い合える仲になれるのだろう・・・
貴族制度を廃止し、聖都の復興、各街の支援、他国の対応。
非常に忙しく、やること目白押しのこの時期に、聖女の1番の関心事はこれだった。
そんな悩み事を抱えていた聖女にアーニャから通話がかかってきたので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまったという訳だ。
「ご、ごごごご機嫌ようアーニャ。どどどどどうしたのかしら?」
「聖女様・・・突然の連絡申し訳ございません」
「良いのよぉー!ぜんっぜん良いの!何時も言ってるでしょ?!気軽に連絡して頂戴って!」
「はっ・・・ありがとうございます聖女様」
「そ、それで?よよ要件はなにかしら?・・・あ!無くても良いのよ?!ぜんっぜん!」
「はっ・・・実は・・・・」
舞い上がっていた聖女だったが、流石にアーニャが元気が無いのに気付いたようだ。
言いづらそうにしているアーニャに声をかける。
「どうしたのかしらアーニャ。元気がないようだけど?・・・」
「はっ・・・ご心配をおかけして申し訳ございません・・・実は・・・我が祖父・・・デトリアス・イウ・スローベンが先日永眠致しました」
「何ですって?!」
聖女は椅子からガバッと立ち上がる。
聖女の驚いている様子にピッケンバーグは心配そうに聖女を見守っている。
「いつ?!いつ亡くなったのです?!」
「序列発表の日だそうです。ガタリヤが1位との報告を受けてから・・・眠るように亡くなったと・・・」
「そう・・・」
聖女はゆっくりと椅子に座る。
聖女は自分を対等な存在として、1人の人間として接してくれたデトリアスを失ったという事実に大きな喪失感を覚えていた。
聖女は既に200年近く生きている。
当然、別れを経験するのは他の誰よりも多い。
関わりがあった者が亡くなるのはどうしても慣れない・・・が、それでもここまでの喪失感に襲われる事はなかった。
強いて言えば1番最初に自分を教育してくれた、世話係のメイド長が亡くなった時くらいか・・・
「そう・・・本当に惜しい人材を亡くしたわね・・・悲しいわ」
「ありがとうございます・・・聖女様」
「それで・・・葬儀はどうするつもりなのかしら?」
「はっ・・・先程重臣達と協議しまして・・・叔父は・・・お祖父様は私的に税金を使うのを非常に嫌がる性格ではございましたが・・・多大な功績を踏まえ、街葬で執り行おうかと存じます」
「はあぁ?街ぃ??ダメよ!国葬にしましょう!ルーン国全体・・・いえ、世界全体で喪に服すべきだわ!」
「え?ちょ、ちょっとお待ち下さい聖女様っ・・・流石に国葬はやり過ぎかと・・・」
「何言ってるのよっ?!私的には世界葬でも良いくらいだわっ!」
「せ、聖女様・・・大変有り難いお言葉なのですが・・・国葬にすると各国に使者を派遣しなければなりません。そのためには多少は世界に名が通ってないと・・・叔父は確かにルーン国では有名ですが・・・世界からみると名も知らないタダの街の領主にすぎません。そんな叔父を国葬で弔うとなると、聖女様が恥をかかれる自体となってしまいます」
「そんな事は気にしなくて良いのよ!今更私が恥を怖がるものですか!さあっ!そうと決まったら忙しくなるわね!先ずは各国に案内状を送らなくては!」
「ちょ、ちょちょちょちょっとお待ち下さいっ!国葬となれば各国から使者が来ることになります。多くは魔通伝(電報)で済ますかと思いますが・・・もしかするとルーン国と親しい国は最側近の者や国の重鎮の方がお越しになる可能性もございます。もしそうなった場合、ガタリヤでは警護の安全が保障出来ません。故に沢山の警護兵を雇うことになるでしょう。そして聖都も先日の厄災の影響でまだまだ復興には時間がかかります。警護も復興も大変なお金が必要です。住民達が日頃一生懸命働いて納めてくれた税金がかかるのです。にもかかわらず、こんな時期に大規模な葬儀を執り行おえば、巨額な税金を復興以外で使う事に不満を持つ住民も多くいるでしょう。それはガタリヤの民が・・・なによりデトリアスが望むべき事ではありません」
「むぅ・・・」
「それに国葬となると色々と準備が必要です。最低でも2~3ヶ月先になるかと・・・わたくしはあまり長く叔父をそのままにしておきたくないのです・・・」
「ぶぅ・・・わかった・・・しょうがないわね」
「ご理解ありがとうございます。しかし聖女様。わたくしはとても嬉しいです。聖女様にこのようなお言葉をかけて頂けるとは思ってもみませんでした。とても心温まるお言葉をありがとうございます」
「そ、そんなことは気にしなくていいわっ・・・でも分かったわ。確かにデトリアスのジジイは国葬にしても喜ばないわね」
「ふふふ。そうですわ聖女様。『派手なのは嫌いじゃっ!恥ずかしいではないか!』と、きっと空の向こうで叫んでいる事でしょう」
「あははっ確かにそうね。いいわ、では街葬にしましょう。いつ行うつもりなのかしら?」
「はい、3日後に執り行う予定でございます。住民達にはこれから告知致しますわ」
「ダメよ!1週間後にして頂戴!私が間に合わないじゃないっ!」
「ひょへ?・・・あ、失礼しましたっ!・・・えっと・・・せ、聖女様もお越しになられるのでしょうか?・・・」
「あったり前でしょ!絶対に行くわ!あのムカツクジジイの顔を最後に拝んでおかないとねっ!」
「し、しかし・・・聖女様が巡礼以外で聖都をお離れになるのは・・・異例中の異例ですので・・・記録魔石(録画)にてご対応された方が・・よろしいのではないでしょうか?」
「なによ?!アーニャは私が来たら迷惑なのかしら?!」
「い、いえっ!滅相もございません!大変恐縮ですが・・・大変嬉しいです!」
「ほっ・・・ハッ!えっと・・・そ、そう。よかったわ・・・では明日出立します。宜しくね、アーニャ」
「はっ!お気を付けてお越し下さいませ。聖女様」
通話を終え、ふ~っと息を吐く聖女。
そして心配そうに見つめているピッケンバーグに一言
「明日ガタリヤに向けて出発するわ!準備なさい!」
「へ?・・・」
聖女の唐突な発表に、珍しく素で返事をしてしまうピッケンバーグであった。
「アーニャ様、大丈夫かなぁ・・・」
ギルドに向かう道中でリリフは心配そうに呟く。
先程、アーニャから発表されたデトリアス逝去の一報は、当然ながらガタリヤの街中に駆け巡る。
街全体が序列1位の祝福、喜びの気持ちから一転、深い深い悲しみに包まれていた。
それほど住民達の大多数がデトリアスを慕い、信頼していた証でもある。
「もちろん全然平気という訳ではないでしょうが・・・先程の発表を見る限り、しっかりと前に進んでいるように見えましたわ。わたくし達はアーニャ様が困った時に助けになれる存在になれるよう、今日もしっかりと経験を積みましょう」
「ブルニも頑張りますっ」
「僕ももっともっと魔力を高めたいです。まだまだルチアーニさんには全然及ばないので」
「そうねっ!私達に出来る事は精一杯努力して着実に成長する事だもんねっ!ありがとセリー!よ~~しっ!今日も張り切って行くわよぉ!」
「おー!」
ワイワイと和やかな雰囲気で語り合いながらギルドを目指す。
ルチアーニ達とはギルドの食堂で落ち合う予定だ。
そこで当面の目標を決める事にしている。
リリフ達だけで昨晩考えた目標はガタリヤ周辺の探索クエストを達成する事。
これについて可能かどうか、不可能なら何が必要か、どういった事をレベルアップすべきか、注意する点は何か、等々をルチアーニ達の意見を聞きながら話し合う予定なのだ。
探索クエストとはなにか?について語らせて頂こう。
冒険者のお仕事は大きく分けると4つある。
【護衛クエスト】
文字通り誰かを護衛するクエストだ。
主に街道を進む商人、輸送隊、観光客。鉱山や温泉などの政府の重要施設の警備から、村や宿営地、街 周辺にある畑や家畜の護衛まで。そういった人々や物資を守るのが仕事となる。
街周辺であれば比較的難易度は低いが、離れるにつれて難易度は上がっていく。
やはり誰かを守りながら戦うというのは簡単ではないのだ。
【討伐クエスト】
こちらも文字通りモンスターを討伐するお仕事となる。
強敵モンスターをターゲットとした討伐クエストはイメージしやすいかと思うが、対象のモンスターは指定されず、その地域のモンスターを一定数倒すとクエスト達成となる地域制圧クエストも討伐クエストに含まれる。
当然だが、強敵モンスターの討伐クエストや危険地帯の地域制圧クエストは難易度が1番高い。
ちなみにリリフ達がよく受けている初心者応援クエストも、難易度は低いが立派な討伐クエストだ。
【探索クエスト】
探索クエストとは、指定された場所を文字通り探索する事だ。
主に荒野や山脈、森の中などを専用の魔道具(探索した箇所が塗りつぶされていく地図)にマッピングしながら入念に探索する。
故に広場のような円状な箇所でも一直線に進むことは出来ず、グルグルと周回したり、行ったり来たりしながら探索する必要がある。
なので一般的なクエストよりも時間がかかるので、食料や結界石など準備を念入りにする事が大切だ。
街周辺は既に多くの者達が探索し尽くしているので難易度は低め。探索というよりかはパトロールに近いが、あまり人が足を踏み入れていない地域は難易度が一気に上がる。
どんなモンスターがいるのか、どういった地形になっているのかさえ分からないからだ。
主に新たな強敵モンスターは出現してないか、地形に変化は無いか・・・等を確認するのが仕事となる。
【個別クエスト】
冒険者個人やPTに依頼するお仕事。
依頼内容は非常に様々で多岐に渡る。
稀少な触媒となる鉱石や薬草の採取。一時的なボディーガードや貴族息子の剣の指導。スキルを駆使して即席治療院の開設や浮気相手の尾行、調査までする者もいる。
ミールが名を馳せているお使いクエストもこちらに含まれる。
ギルドの扉を開けると、カウンター前は人集りが出来ていた。
「あら?なにかあるのかしら?」
「分かりませんわぁ」
リリフ達は視線を送りつつも、歩みを止める事無く食堂に向かう。
カウンターでピコルと目が合ったので、お互いに笑顔で手を振り挨拶を交わした。
首元の青色のスカーフが、ピコルの明るい表情にとても良く似合っている。
ギルド嬢達は首にスカーフを巻いている。
どうやらスカーフの色で役職を表しているみたいだ。
新人のクレムは緑色、その他のギルド嬢は全員黄色。そしてピコルは青色だ。
食堂に入ると既にルチアーニ達はテーブルについて軽く晩酌をしていた。
「お待たせしましたっ。ルチアーニさん」
「おや、リリフちゃん。セリーちゃん。ブルニちゃんにリューイちゃん。こんにちは」
律儀に全員の名前を呼ぶルチアーニ。こういう気遣いが出来るから奪い合いにならず、全員で1人の女性を愛するという結果になれたのであろう。
「こんにちはぁ。宜しくお願いしまーす」
「おお、セリーちゃん。ちょうど焼き鳥が来た所だぞい。さあさあ、暖かいうちに」
「まあっ!よろしいのですかっ?!」
「構わん構わん!まずは腹ごしらえじゃ!腹がへっては話し合いも出来ん!」
「わーい。ブルニも良いですかっ?!」
「もちろんじゃ!ほれ、ブルニちゃんが大好きな茶碗蒸しもあるぞい」
「わ〜い!ロイヤーさん、だーいすきっ」
「ぐひょひょひょっ」
鼻の下を伸ばしているロイヤーにルチアーニのチョップが飛ぶ。
「なにしてんだいっ、全く。そんなに食って飲んで・・・眠くなっても知らないからね!」
「ぎゃははっ、そうじゃそうじゃ。直ぐ寝るからのぉ、ロイヤーは」
「なんじゃと?!年寄り扱いするな!まだまだ若いもんには負けん!」
「その台詞が既に年寄りだ・・」
「なにをー!ミケル!お前も同い年だって事忘れるな!」
「馬鹿が。俺は学年では1つ下だ。ジジイと一緒にするな」
「もーうっ!ケンカはダメですぅ!いくら若作りしたって皆さんがおじいちゃんだって事実は変わらないんですからねっ」
「・・・・」
一撃で皆を黙らせたブルニは、ご機嫌な様子で茶碗蒸しをほうばっている。
「・・・そ、それで・・・あの人集りはなんなんでしょうか?ルチアーニさん知ってます?」
「ああ、あれね。なんでもね、ガタリヤで40年振りくらいに銀ランク冒険者が誕生するかもって事みたいだね」
「ええ?!スゴ!そんな凄い人がいたんだ?!」
「ううん、違うの。元々聖都所属の冒険者だったんだって。それがガタリヤに移籍してくるみたいでね。今承認待ちなのよ」
「まあっ。聖都からですの??素晴らしいですわねっ!」
「聖都からわざわざガタリヤに・・・あ、そっかぁ。そーいえば1位なんだもんねっ、ガタリヤって・・・準聖都ガタリヤ!あはは。やっぱちょっと言い慣れないなぁ」
「やはり1位になると違うのですね。この分ですと、もしかしたら金ランクの冒険者の方も移籍してくる可能性もあるかもですね」
「いやいや、リューイ坊。単純に1位だからってこの時期に移籍してくるのはリスク高いんじゃぞ?ほれ、むこう3年間は今まで通りって通達が出とったじゃろ。つーことはガタリヤだからってしばらくは恩恵はないっちゅーこっちゃ。元々ガタリヤはあまり強敵モンスターも出現せん場所じゃからな。冒険者にとっておいしいクエストもあまり数は多くない。この前のドラゴンも実に50年ぶりじゃったらしいからのぉ。ガタリヤに移籍してしまったら1年間は所属変更出来ん。以前と同じ量のクエスト数じゃと聖都に所属してた方がずっとマシじゃ。その証拠に本来じゃったら、もっと大量に冒険者達が押し寄せて来てるハズじゃからのぉ」
「そうなのですか」
「うむうむ。何十年前にコートピアの街からキーンの街に序列1位が変わった時があっての。そんときゃ凄かったぞい。コートピアから一気にキーンの街に冒険者達がなだれ込んできてのぉ。流石に多すぎて途中で移籍を一旦止めたくらい大勢の冒険者達が押し寄せてきたそうじゃ・・・ほれ、見てみい。それに引き換えガタリヤはどうじゃ?今回の銀ランク冒険者以外に移籍希望のPTはおるまい?討伐クエストが少ないガタリヤじゃと割に合わん可能性が高い。だから皆、移籍に二の足を踏んでいるんじゃよ」
「そっかぁ・・・けど他のPTを気にしてるより私達は私達が出来る事をしましょ!ルチアーニさんっ、私達話し合ったんですけど・・・近いうちに探索クエスト行けるようになりたいんですっ!どう思いますか?!」
「おやおや、偉いわねえ。自分達で目標を決めて前に進むことは大切よぉ。けど結構冒険者生活が長くなると忘れやすい事でもあるの。これからもその気持ちを大切にしてね」
「はいっ!」
「で・・・探索クエストよね?うーん・・・今のリリフちゃん達なら大丈夫だと思うけど・・・どこら辺を探索しようと思ってるのかしら?」
「はい!えっと・・・まずはカルカ村周辺のラルッパの森はどうかなって思ってますっ。結構低レベルなモンスターが多いそうなので!」
「うんうん、良いと思う。ラルッパの森はそんなに足場は悪くないし見通しも良いからね。あそこは確か・・・ゴブリン達が多いわね。リリフちゃん達はゴブリンとは戦った事はあるのかしら?」
「・・・」
リリフ達はゴブリンという単語に反射的に身構えてしまう。当然ルチアーニ達もリリフ達が受けた陵辱の数々を聞いていたので、直ぐに謝る。
「ああっ、ごめんなさい・・・おばちゃん無神経な事言っちゃったわね・・・」
「あっ!・・・いえっ、こちらこそすみません・・・でも大丈夫です・・・いえ、もしかしたら・・・いざゴブリンを前にすると動揺しちゃうかもしれませんが・・・でも乗り越えなきゃいけないと思ってますし、乗り越えたいんですっ!」
「そうですわっ!あの時のわたくしではありませんのっ!黒焦げにしてやりますわっ!」
「ブルニも姉様達と一緒に戦いたいですっ!」
「僕もしっかりサポートします」
「うん、わかったわ。おばちゃん達もしっかりサポートするだわさ」
「うむうむ。しかしゴブリンを甘く見てはならんぞい。リリフちゃん達は精神的な部分もあると思うが、やはり人型のモンスターはやりづらいって場合も多々あることなんじゃ」
「やっぱりそうですよねっ!私もそう思ってましたっ!」
「うむ。いつも以上に回りの警戒を忘れずにな。奴らは増援を呼んだり、連携をして襲ってきたりするでの」
「はい!」
「あとは・・そうじゃの。数日間にかけてしっかりと探索する事になるから野営の準備がいつも以上に必要じゃな。食料や水は多めに準備しなければならん。足場が不安定な場所だからな。荷車を使う訳にもいかんので大変じゃ。それと・・・近場の探索クエストはパトロールみたいな感じと言われとるが、実際は不確定な要素も十分起こりうるんじゃ。そこを注意しとく必要があるかの」
「不確定な要素?」
「そうじゃ。ラルッパの森は数多くの冒険者達が隅々まで探索しとるから新しい発見は無いと思いがちじゃろ?」
「え?!違うんですか??」
「うむ。本当に極わずかの可能性なんじゃが・・・今まで無かったハズの洞窟があったり、見たことの無い強敵モンスターがいたりする場合がある。特に洞窟じゃ。先月まで何もなかった場所に唐突に大きな洞窟が口を開けてる場合がある。そういった場合は絶対に中に入っちゃイカン。直ぐに戻ってギルドに報告じゃ」
「ひええぇぇ・・・そんな事もあるんですね・・・」
「うむ・・・これはフィールドの何処でも起こる可能性がある事なんじゃ。大抵は巨大なモンスターの巣じゃったり、盗賊達のアジトだったりする。つまり・・・近場の探索クエストといっても油断は大敵なのじゃ」
「そっかぁ・・・お話聞けて良かったです!みんなっ、気をつけようねっ!」
「はいですわっ」
「ブルニも気をつけますっ」
「ですね、怪しい洞窟には近づかない。学びました」
リリフ達が一層身を引き締めている時、カウンター方面が一層ザワザワし始めた。
「ほほー。いよいよガタリヤにも銀ランクの冒険者が誕生かの?」
「冒険者の層の厚さが一気に上がりますわねっ」
「ふえぇん。タウンチームが取られちゃいますぅ」
「あらあら。ブルニちゃんは意外と野望が強いのねぇ」
「ひゃひゃひゃ。確かにのぉ。じゃが良い心構えじゃ」
「あははっ。確かにぃ。でもねブルニ。私達は同じように危険に身をさらす冒険者同士なの。ガタリヤに所属する同じ仲間。その仲間の成功を僻んだり妬んだりしてても私達の成長に役立つ事はないわ。相手の良い所を盗んで、見習って・・・それを私達は吸収して活かそう。ルチアーニさん達と同じ、最高の先生が増えたって思えば良いのよ。まずはランクや名声にこだわらずに自分達が強くなる事だけ考えよっ」
「ふわわぁぁ!リリフ姉様っ凄いです!ブルニ感動しましたっ!」
猛烈に尻尾をフリフリしながらブルニは自慢のメモ帳にペンを走らせる。
「わたくしも感動致しましたわっ!」
「僕も感銘を受けました・・・まだまだ未熟者です・・・僕は」
「おばちゃんもビックリしたわぁ!立派ね!リリフちゃん」
「うむ。器がでかいのぉ」
「そして素直じゃ!」
四方八方から褒められてリリフは顔を真っ赤にして照れる。
「ぎゃあぁ!・・・や、やめてよぉぉ・・・えへへっ」
「はわわっ・・・リリフ姉様が調子に乗っちゃいましたぁ・・・」
「あはははっ!」
ブルニのツッコミに皆笑い声を上げる。
そんなとても雰囲気の良い空気に包まれているリリフ達であった。
カウンター周辺では相変わらずザワザワと騒がしかったが、リリフ達はそのまま通り過ぎて、自分達のクエストを申請する事にした。
まずはカルカ村の地域制圧クエストを受けて、ラルッパの森に出てくるモンスターとの戦いに慣れていき、その後にラルッパの森の探索クエストを受けるのが目標だ。
デトリアスの葬儀後に出発する予定なので、今回は今まで同様にガタリヤ周辺の初心者応援クエストと家畜や畑の護衛クエストを受注する。
ルチアーニ達も加わっているので、以前とは段違いに達成度は高く、報酬満額を貰えることもかなり増えているので、馬鹿にできない金額になっているのだ。
「やっほー、ピコルさん。お久しぶりっ」
「あー!リリフっち!おひさぁ!」
相変わらず元気いっぱいに応えるピコル。
「そうそうっ!見たよぉ!リリフっち凄いじゃんっ!アーニャ様と一緒に歩いてるんだもん!ギルド長から巡礼に参加してるって聞いた時もビックリしたけど、更にビックリしたよぉ!みんな凄いじゃん!」
「えへへぇ〜」
「全てアーニャ様のお陰ですわぁ!ああっ!クイーンオブアーニャ様!」
「あはは。セリーっちは相変わらずだねぇ」
「ブルニはガタリヤの皆さんの熱気にビックリしましたっ!」
「そうそう。私もビックリしたぁ。政府からなんも言われてないんだよね?それって凄いと思うっ!」
「だよね〜。でもね、実際は『ランボー』て人が大きく関わってたみたいだよぉ」
「え??誰、それ?」
「まあっ!そうなのですわね!納得ですわっ!」
「あれ?セリー知ってるの?」
「リリフ、前に説明したではありませんか。最近人気の記事主がいるって。特にアーニャ様の記事に至っては右に出る者はおりませんわっ!」
「あはは。そうそう。私も最近知ったんだけど、結構前から若者を中心に人気がある記事主なんだって。その人がアイデアを出して、皆んながそれに賛同して、今回みたいに大規模な集まりになったみたい。凄いよねぇ」
記事主とは個人で取材をして記事を書いているアマチュアな記者だ。
イメージ的には少し前の人気ブロガー、今でいうと多数のフォロワーを抱えるインフルエンサーといった感じ。
この世界ではまだSNSは未発達なので、情報は魔法新聞から得るのが一般的。
なので、こういったアマチュアの記事主も多く存在しているのだ。
あまり信憑性が無い、自分勝手な記事が多いのが玉に瑕だが・・・
「よーしと。クエスト受注したよー。セリー、強敵モンスターの出現情報はどう?」
「大丈夫でしたわ、リリフ」
「ありがと。各自持ち物確認。結界石は?」
「五個ありますっ、リリフ姉様っ」
「回復魔石」
「あります」
「食料とお水」
「バッチリオッケーですわっ」
「予備の衣類」
「持ったわよー」
「予備の武器は?」
「持ったぞい」
リリフは大きく頷き、更に一言。
「オッケーねっ。最後に・・・細心の注意力!みんな、フィールドでは何が起こるか分からないわ。常に油断大敵で行きましょ!」
「はい!」
「おうっ!」
リリフ達は以前の教訓から必ずクエストに出る前に確認する事にしている。些細な事だがとても大切な事なのだ。
そうしている間にザワザワしている人集りから、大きな声が聞こえてくる。
「まっじかよぉぉ!」
「ツレー!超ツレー!」
「マジ無理!マジ無理だからっ!」
「ギルド長の力で何とかしてくれよぉぉ!」
どうやら叫んでいるのは、噂の銀ランク冒険者達のようだ。
人数は男性4人。結構チャラい系で全員若い感じ。
銀ランク冒険者達はカウンター越しに、ギルド長ザクトーニに向かって叫んでいる。
「は、はあ・・我々と致しましても、銀ランクの冒険者様に移籍して頂ければ大変助かるのですが・・・なにぶん先日の邪神の影響で、聖都所属の高ランク冒険者達が全て亡くなってしまったようでして・・・今現在、聖都所属の銀ランク以上の冒険者は、ビレット様達だけだそうです。そんな状況なのに、唯一の銀ランク冒険者が抜けられるのは厳しいと・・・」
「そんなん知らねーって!」
「そうだそうだっ!俺たちを束縛するなしっ!」
「第一、俺らギルドのお願いなんて聞かねーもんっ!」
「そうだぜ!いっつも面倒くせーことから逃げて来たもんなっ!」
「ぎゃははっ!」
どうやら銀ランク冒険者達の移籍を、聖都側が渋っているようだ。
ザクトーニはハンカチで額の汗を拭いながら対応している。
「かあぁぁ・・・マジどうすんべ?」
「とりま、ガタリヤで暮らすって事でよくね?」
「だな。パイセン達も見つけてーし」
「外部受注の税金上等っ!」
「おっしゃあ!ギルド長っ!俺らしばらくガタリヤに居座る事にしたからっ!シクヨロ!」
その声に周りで取り囲んでいた冒険者達から歓声が上がる。
「おおー!凄い!」
「ガタリヤギルドの格が一気に上がったぞ!」
「あ、あの!俺ら紫なんですけど、色々と教えてください!」
「うおぉ!俺らもお願いします!」
「是非ご指導を!」
「うえぇ〜い。オーケーオーケー。とりま楽しんで行こーぜぇ」
こんな感じで、次々と挨拶してくるガタリヤの冒険者達に軽い口調で応えている。
そして・・・
「きゃぁ~♡ビレット様ぁ。誰にでも応対してて格好いいぃ~」
「そうよそうよっ!威張ってないで謙虚な所が逆に男らしいわぁ♡」
「お肌もツヤツヤ~♡清潔なんですねっ素敵♪」
「このアクセサリーも凄いわぁ♡センス良いんですねっ」
「たくましい肉体美だわぁ♡やっぱり銀ランクの方は違うのねぇ♡尊敬するわぁ」
彼ら周辺に群がる多数の女達。
以前リリフ達をPTに誘ってきた事がある女の子だけのチームと言っていた赤毛のリーダー率いるお金大好きビッチ集団だ。
まるでマーキングしているかのように『これは私達の獲物!』と言わんばかりの密着っぷりだ。
銀ランクの冒険者達は慣れているのかデレデレとした感じは無く、軽い感じで対応している。
暁の杯の連中と違い、鼻の下を伸ばしている者は1人もいない。
やはり普段からモテて耐性があるのであろう。うらやましい・・・
赤毛のリーダーはチャンス到来とみているようで、執拗に身体を密着させて興味を引こうとしている。
「・・・気持ち悪い・・・」
ボソッとリリフが一言。
そんなリリフをセリーがポンポンと優しく背中を叩く。
「あ・・・あははは・・・ごめんごめん。つい・・・えへへ。さっきは偉そうに言っちゃったけど・・・やっぱり自分が嫌いなPTがタウンチームとかになったりしたら嫉妬したり妬んじゃうかも」
「分かりますわ。人間ですもの。嫌な対応をしてきた人と普通に接しろっていう方が無理がありますわ。わたくしもあの方々は好きになれませんの」
「ブルニも嫌いですっ!人を見下してくるあの目・・・貴族と同じですっ」
ぷんすかしているリリフ達にリューイが冷静に語りかける。
「しかしこれが彼女達のやり方なのでしょう。自分達に利益がありそうな人物には徹底的に取り入り利用する。僕らとやり方は違えど彼女達なりの生き残るすべなのかもしれません。まあ、単純に自分達の名声欲を満たすためのような気もしますが・・・大切なのは彼女らに関心を持たない事です。気持ちは分かりますが、彼女らと関わり、言い争いをしたら自分達の格が落ちます。どうせ僕らが批判しても考えを改めようとはしないでしょうから。だったら関わるだけ時間の無駄。さっきリリフねぇ様が言ったように自分達が強くなる為だけに集中しましょう。あ・・・もしかしたらバカにされて悔しかったっていう感情をバネにして頑張るのは如何でしょう?そうしたらああいう人として底辺の人でも自分達の糧になるんだって感謝の気持ちを持てるかもしれませんね」
一瞬の沈黙の後、大爆笑する一行。
「ぎゃーはははっ!そうじゃそうじゃ!今回はリューイ坊が良いこと言った!しかもめいいっぱい皮肉を込めての!」
「うふふぅ!あたしも気に入ったわ!リューイちゃん!今晩おばちゃんとどう??」
「あははっ!うんうん!そうだね!なんかスッゴい吹っ切れた!ああいう人に気持ちを引っ張られるのは無意味よね!ありがと!リューイ!」
「そうですわ!別に自慢する訳ではないのですが・・・わたくし達はあの『アーニャ様』と通知登録している『アーニャ様』ご自慢の冒険者達なのですから!格が落ちますわっ」
「流石お兄ちゃんっ♪」
当のリューイは自分で言った事なのだが驚いている。
いつもは自重してあまり自分の考えを発言したりしない。
それは長年虐げられてきた亜人種の影響で、どうしても自分の意見を言う事にブレーキをかけてしまうからだ。
しかしリリフが落ち込んでいる、自分を卑下する姿を見て、咄嗟に言葉が出てきた。次々と溢れ出てきた。
それが特定の人物、自分が信頼している人物にしか効果を発揮しないスキルが影響しているのかは分からない。
とにかく何とかしたい。この人を励ましたい。元気づけたい。笑顔になってもらいたい。
そんな気持ちに溢れ発した言葉だった。
そしてその言葉を笑顔で受け入れてくれる仲間達。
リューイは心の奥底から笑うのであった。
「ねえ、ねえぇ~ん。ビレット様ぁ。この後ぉ、お食事行きましょぉ?私お酒飲みたーい♡」
「ああんっ。私もぉ~。私ぃ、お酒弱いからぁ。介抱して欲しいなぁ♡」
「ねえぇ♪良いでしょぉ?お姉さん達と遊ぼぉ♡」
必死に群がる女達だったが銀ランク冒険者達の反応は今一つ。
キョロキョロと誰かを探しているかのようにギルド内を見渡している。
そして・・・ふとリリフと目が合う。
「ぬああああぁぁああぁ!みっつけたああぁぁ!リリフパイセンっ!ちーーすっ!」
颯爽と駆け出しリリフ達の前で頭を下げる銀ランク冒険者達。
「ええっ?!え?え?!何?!何ぃー?!」
リリフは突然の行動に混乱中。悲鳴のような声を上げる。
「いや~。やっと見つけたっす!おおお!ルチアーニ大パイセンも一緒じゃないっすか!ちーーーーっす!光栄っす!握手よろ!」
「へ?なんじゃい?どういうこっちゃ??」
訳も分からず銀ランク達と握手を交わすルチアーニ達。
「俺らぁ、リリフパイセンに刺激を受けたっちゅーかぁ」
「マジパネェっす!リリフパイセンっ!ちょー格好いい!」
「マジ神!リリフパイセンっ!マジ神!」
「ええ??ど、どういう事・・・ですか?」
ちょっとだけ落ち着きを取り戻したリリフは、しどろもどろになりながら大盛り上がりの銀ランク冒険者達に質問する。
「リリフパイセン、超ーーー格好良かったっす!まだ緑なのに!超田舎者の格好してるのにっ!あの邪神に突っ込んでって!しかもめっちゃ活躍してるし!生き残ってるし!」
「俺ら正直バイブスが震えたっていうか!マジ鳥肌だから!」
「ルチアーニ大パイセンも凄かったっす!ずっと近くで戦ってるのに生き残ってるし!超強えええぇ!かっけー!」
確か途中から邪神との戦いに参加してきた銀ランク冒険者のようだ。
見た目はチャラいが、あのミレーユの剣技に余裕で対応出来てた所を見ると実力は本物だろう。
「俺らビビっちまって・・・くうぅ・・今更ながら超かっこ悪かったぜ!だから足がすくんでアニャニャンの作戦に参加出来なかったんすよ。そ・れ・な・の・に!リリフパイセンは誰よりも颯爽と手を上げて!マジ尊敬っす!」
「あれから俺ら話し合ったっす!そしてリリフパイセンの元で修行しなおそうって結論に至ったっす!俺らの根性をたたき直して欲しいっす!よろっす!」
『よろっす!』
銀ランク冒険者達が一斉に頭を下げる。
ギルド内の全ての視線・・・受付嬢達、野次馬の冒険者達、食堂の従業員さん達までがリリフ達に注目している。
その視線は今までの・・・何処かおっかなびっくりなような、関わる事を避けるような、悪目立ちしていたリリフ達を見る少し冷たい視線とは違った。
驚きはあるが好意的な、功績を再評価するような・・・『え?そんなに凄い人達だったんだ?!』といった視線に満ちている。
「えええ??ちょ、ちょっと待って!そ、そんな事ないです!銀ランクの方に教えることなんてなにも・・・逆に私達の方こそ色々と教えて下さいっ!ガタリヤギルドに来てくれてありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるリリフ。
「うおおおおぉぉ!超かっけー!流石パイセンっ!器超デケー!」
「マジやべえ!超やべえ!」
感動している銀ランク冒険者達にビッチ集団が負けじと食い下がる。
「ねえぇ~ん♡そんなイモ娘なんてほっといて私達と遊びましょぉ?」
「そうそうっ!知らないと思うけどコイツらって誰にでも股を開く超ヤリマンなのよ!」
「なんとゴブリンにも股を開いた事があるんだって!」
「きゃ~!不潔ぅ~!気持ち悪ぅ~い!」
「ぷう~。クスクスっ」
馬鹿にしたような笑い声を出しリリフ達を見下すビッチ集団。
シーンとギルド全体が静まり返る。
リリフ達は気まずそうに銀ランク達をチラッと見て
「あはは・・・ホントの事です・・・盗賊やゴブリンに犯されて難民としてガタリヤにたどり着いて・・・冒険者になったのも最近で・・・本当に銀ランクの方々にお伝え出来ることなんてなにも・・・」
リリフはうつむいて視線を下に落とす。
「ねっ!分かったでしょ?!ビレット様ぁ!早く場所変えて私達と良いことしよぉ!」
胸を押しつけて腕を絡ませてくるビッチ集団。
しかし銀ランク冒険者達はその腕を振り払う。
「なに?は?はぁ??あんたたち今リリフパイセンの悪口言った??」
「あり得ね~んだけど!超あり得ね~んだけど!」
「つか近寄んな!香水臭~んだっつーの!服に嫌な臭いが付くだろが!」
「・・・!・・・」
かつて相手にしてきた男共達とは全く逆の反応・・・いや、更に嫌悪の表情を浮かべる銀ランク達に絶句するビッチ集団。
そこにビレットと呼ばれていたリーダーの男が、耳の穴をホジホジしながら一言。
「つーかさー・・・あんたら誰だよ?・・・馴れ馴れしくすんな」
フッと耳垢を女達に飛ばしながら興味なさげに言い放つ。
「・・・くっ・・・」
赤毛のリーダーは悔しそうに唇を噛みしめる。
ビレットは完全に何事も無かったかのように・・・実際1ミリも1ミクロンも感情をビッチ集団に与える事無く、再びリリフ達を囲む。
「いや~・・・リリフパイセン超真面目っ!普通そんな事言わないっしょっ!?」
「そうそう!隠しもせずに堂々と!うわぁ・・俺ダメだわ!さらけ出す勇気ないわ!」
「俺もだ!まじで俺たち豆腐メンタル!リリフパイセン超強えぇ!」
「ホントホント!・・・マジ再び会えて嬉しいっす!リリフパイセンもお元気そうでなによりっすっ!」
「そうっすよ!邪神の戦いが終わったら直ぐにパイセン達どっか行っちゃうし!もう会えねーかとハラハラしたっす!思い切ってガタリヤまで来て良かったっす!」
「あの・・・」
野次馬冒険者の1人が遠慮がちに銀ランクに話しかける。
「あの・・・邪神との戦いって・・・例の聖都のですよね?・・・僕達あんまり知らなくて・・・そんなに凄かったんですか?リリフさん達って?・・・」
「なになに?知らねーの?!マジリリフパイセンすげーから!」
「その邪神討伐!マジでリリフパイセンがいなかったら倒せてねーから!マジで嘘じゃねーから!」
「すげーんだから!なんかこう・・・ビシってしててよぉ!オーラがすげーんだから!」
「へええ・・・」
「すごーい・・・」
先程はビッチ集団によりシーンと静まり返ったギルド内。
しかし銀ランク達の熱弁により、周りの冒険者達やギルドの受付嬢達からも感嘆の声が上がる。
「やだやだやだ!そんなたいした事してないですっ!皆さんの方が活躍されてて!」
「うひょー!超謙虚!腰低けー!」
「そうじゃろそうじゃろ。ワシが日頃から口を酸っぱくして言っておるからなっ!謙虚は美徳!お主らも覚えておくとよいぞ!」
「うおおおおぉぉ!マジッすか?!ロイヤーパイセンっ!わっかりましたあ!」
「すげー!主だ!ここの主がいた!」
「なに嘘言ってんだい!1番謙虚じゃないのはあんただろーが!」
ペシっと頭を叩くルチアーニ。
「くうううぅぅ!!やっぱり大ボスはルチアーニパイセンなんすね!超つえー!」
「ルチアーニパイセン超偉大!超美人!」
「あらやだ。今晩おばちゃんとどう??」
「うひょー!マジッすか?!俺超腰振るっす!頑張るっす!」
「あらやだ。本気ぃ?」
「ルチアーニパイセンっ!こいつおばちゃん食いなんすよ!マジッす!」
「100年んん早いわーーぁーーっーーー!!クソ坊主共がぁあぁぁ!」
「うおおおっ!ミケルパイセンかっけー!」
「今まで一切喋ってなかったのに、ここに来て大絶叫!」
「超寡黙!男の鏡!惚れた女の為ってヤツっすよね?!勉強になります!」
「ふん・・・俺の背中に付いてこい。一流の冒険者にしてやる」
「うひょー!抱かれてー!ミケルパイセンに抱かれてー!」
大盛り上がりの銀ランク冒険者とルチアーニ達。
それを面白くなさそうに見ていた赤毛のリーダー率いるビッチ集団。
舌打ちしながらギルドを後にする。
「いくよ」
「おいおい、良いのかい?エイル」
「しょーがないだろ。今あそこに飛び込んでみろ。あの田舎娘達に愉悦感を与えるだけじゃないか」
「でもさー・・・勿体なくない?銀ランクだよ?味方につけといた方が得じゃない?」
「勘違いするんじゃないよ。別に諦めるわけじゃない。一旦引くだけ。銀ランク達は必ずモノにする。ほら、いくよ」
「はあぁーい・・・」
面白くなさそうに付いて行くPTメンバー達。
「・・・絶対に仕返ししてやる・・・」
先頭で扉を開けた赤毛のリーダーの目は憎しみに満ちていた。
それから10日が経過し、今日はデトリアス・イウ・スローベンの街葬の日となった。
当初は1週間後を予定していたが、聖女の多忙な日程を配慮して日にちをずらしたようだ。
というのも、現在、聖女の元には続々と諸外国から特使団が訪れており、口を揃えて『救世主』の事を探ってくる。
当時はシカトしてガタリヤに出発しようとしていた聖女だったが、『それでは外交問題に発展してしまいます!どうか何卒面会だけでも!』と重臣達に泣きつかれ、渋々、日にち伸ばして欲しいとアーニャに頼んだのだ。
しかし、その影響で、他の街や他国の重臣が葬儀に参加する時間もとれたので、結果オーライな感じだ。
デトリアスの葬儀場所として選ばれたのは中央広場。
大きな大きな肖像画が掲げられ、その下に棺が置かれている。
棺の周りには数多くの白い花が飾られ、大量のランタンも優しい魔法の光を放っていた。
そして圧巻だったのは広場に続く主要な道。
色とりどりの様々な花が広場へと続く道の両サイドに飾られていた。
遠目で見ると、まるで花の道だ。
北門、南門、東門、西門。それぞれの門から中央の広場へと花の道が出来ており、巨大な十字架を形成しているかのようだ。
とてもガタリヤのお花屋さんだけではこれだけの演出は出来ない。
隣街のキーンやクリルプリス・・・いや、ルーン国全体から輸入してきているのかもしれない。
そして驚くべき事にこれはガタリヤ政府が行ったものではない。
『自分にも何か出来る事はないか?』
『そうだそうだ!デトリアス様に恩返しをしたい!』
『辛気臭いのはヤメだ!最後は笑顔で見送りたいぜ!』
『おいっ!ランボーが提案してるぜっ。色とりどりの花で道を飾るのはどうでしょう?だってさ!安心して旅立てる様に花の香りで街を満たし、デトリアス様を送り出す花道を私達で作りませんか?だとよ!』
『おお!いいなっ!それっ!よし!それで行こう!みんな!やってやろうぜ!』
こういった提案もあり、住民達が率先して声を掛け合い、お金を出し合い、これだけの花の道を用意したのだった。
広場にはお焼香をするために人々の長蛇の列が出来ていた。
もちろん、こちらの世界ではお焼香や献花ではなく、以前教会で紹介させて頂いたように魔石に魔力を捧げる方式がとられている。
魔石は広場の北、南、東、西と多数設置されているのだが、それでも全ての大通りを絶えず埋め尽くす程、次から次へと人々がデトリアスに感謝と別れを伝えに列を作る。
参列にはデトリアスの幼馴染だった港町クリルプリスの領主クラリネットだったり、友好関係が続いているセントバリー国の姫君など他街や他国の要人の姿も確認できた。
そして特筆するべきはその他にも、数多くの一般的な馬車がガタリヤに到着している点だ。
どうやら他街の住民もわざわざ参列しに訪れているようで、入り口のターミナルや馬車の預かり所などは馬車で埋め尽くされているのだ。
デトリアスの分け隔てなく平等に接していた人柄がよく分かる光景であった。
音楽隊は厳かな音色の生のオーケストラを延々と演奏している。
しばらくしてアーニャが代表してデトリアスに別れの挨拶を伝えた。
気丈に振る舞うアーニャの姿に人々は自然と目頭を熱くする。
お人形さんのようにデトリアスの足元にピタッとしがみついていた、幼いアーニャの姿を多くの人々が知っているからだ。
アーニャの成長を喜ぶと同時に、なんとも切ない寂しい感情を全員で共有する。
続けて聖女がデトリアスに言葉をかける。
聖女が巡礼以外の行事に参加する事は異例中の異例なのは街の誰もが分かっている。
そして思いのほか素直に熱い想いを言葉にする聖女に人々の泣き声は一層大きくなる。
その日ガタリヤの街は朝から真夜中まで1日中、白い玉がフワフワと空に舞い上がるのが絶える事はなかったのであった。
ミールはコートピアを出立してリビの街に滞在していた。
領主ミラージュ、その息子のザクロンとペイン。一族がことごとく死亡し、一時は権力闘争の混乱の中にいたリビの街だったが、今はかなり落ち着きを取り戻していた。
当時、領主死亡の報告を受け、貴族達はこれ幸いとばかりに領主の座を巡って争いまくっていた。
身に覚えがない悪評や誹謗中傷が流れたりするのはまだかわいいもので、警備局に賄賂を送り無実の罪で拘束したり、ならず者を雇い暗殺を企てたり、中には軍を使い直接屋敷を襲撃する貴族まで現われる始末。
ただでさえミラージュの悪政で疲弊していた住民達にはたまったものではない。
その溜まりに溜まった不満は一気に街を包み込み、大規模なデモ行進、ストライキへと発展していった。
そんな住民達の抗議の声を強引に力で押さえ込もうとする貴族や軍、そして警備局の人々。
それに対抗するべく、慣れない武器を手に取り反発する住民達。
これからさぞ多くの血が流れる事になるだろうと容易に想像できるほど、リビの街は異様な熱気と緊張感に包まれていた・・・が、その熱気を沈め、間一髪リビの街を救ったのが聖都から派遣されてきたルゾッホ将軍率いる聖都の正規軍だった。
ルゾッホ将軍率いる聖都軍の登場で、あっという間に争いは平定された・・というより勝手に人々は争いを止めた。
腐ってもルーン国ナンバー2の立場にあるルゾッホ。
その権力は聖都の大貴族だった故ブレーダル卿をも凌ぐ。
権力の格付けに弱い貴族達は完全に萎縮し、武器を収める。
そして意外にも真面な施策を打ち出し、公正な立場で振る舞うルゾッホ将軍に住民達も怒りを収め、普段の生活に戻っていった。
そうして大暴動寸前だったリビの街は、今は暫定的にルゾッホ将軍が統治をして一旦は落ち着きを取り戻したかに見える。
しかし、当然ながらずっとこのままという訳にもいかない。ルゾッホ将軍が統治し続けるのは現実的に無理があるからだ。
貴族達もそれは十分分かっているので、我こそが新たな領主となるべく直ぐに水面下で色々と画策を始める。
いや、始めていたのだが・・・そんな貴族達の行動はお見通しとばかりに聖女から今後のリビの街の方向性について通達が出される。
その内容とは、新しい領主は住民達が選挙で決めるという事。
貴族制度の廃止を打ち出している聖女は、数年かけて民主主義の国を作り上げようと計画していた。
住民達から選ばれた者達が街の政府の中枢を担い、施策を考え、実行する。
もちろん現在でも選挙に選ばれた者が政治に携わり、議会で物事を決定している。
しかし現実にはほとんどの者が貴族、又はそれに準ずる者達で構成されており一般民が議員になっているのはガタリヤの数人のみ。
とても公正公平な政治が行われているとは言えない状況だった。
そんな政治体制を変えたい。
誰でも当選すれば政治に携われる環境を作りたい。
住民達の声を反映した街創りをしたい。
誰しもに公平にチャンスがある世界。
聖女にとってそれが理想なのだが・・・
長年に渡り権力者が統治していた制度を変えるのは容易ではない。
施策を命令する側にも混乱が生じるだろうし、命令を受ける側、つまり住民達ですら権力に屈する事に悪い意味で慣れてしまっているので相当な意識改革が必須だろう。
その他にも色々と弊害が出てくる可能性が高い。
どんな問題点が浮き彫りになってくるか・・・
どうすれば住民達に自分にもチャンスがあるって思ってもらえるか・・・
出来る事ならちょっとお試しでテストしたい。
そんな思惑の聖女にとって、領主不在のリビの街はスムーズに民主化のテストができる格好の試金石だったのだ。
ミールはリビの街の大通り、図書館へと続く道を歩いていた。
まだ所々で暴動の痕跡は残っているものの、行き交う人々の表情は明るい。
重税や理不尽な施策に苦しみ絶望感を浮かべるしかなかった表情は、今や希望や期待、そして嬉しさに溢れているようにみえる。
税金の負担が減った。
物資が権力者のみではなく一般民にも行き渡るようになった。
公平な法の支配が行われるようになった・・・等々。
こういった目に見える形で変化していく施策に期待感を持つ事はもちろんなのだが、なによりも住民達にとっては聖女が介入してくれている、気にかけてくれているといった事実がなによりも嬉しかったのだ。
やはり見捨てられている疎外感、いくら声を上げてもどうにもならない悲壮感はとても苦しいもの。
それらを否定してくれる聖女の通達に、人々は湧き起こる力を感じずにはいられなかったのだ。
「けっこう面白そうな事するじゃねーか」
ミールはニヤッと笑みを浮かべながら独り言を呟く。
ミールも聖女に対して何にも期待していなかった1人。
その聖女が自分達が関わって以降、真面な施策を打ち出してくる。
ミールはまるで結果が出せずチームのお荷物だった選手が、急成長してチームの中心となって活躍する・・・その成長を嬉しそうに眺める監督のような気分だった。
「ミール様?・・・」
不意に後方から遠慮がちな声をかけられる。
振り向くとそこには男性と女性、そして小さな子供が立っていた。そしてミールには男性の顔に見覚えがある。
「あ・・・えっと・・・」
「おおっ!やっぱりミール様だ!お久しぶりでございます!巡礼の際に救って頂いたオルゼンでございます!」
「あー・・・そうだそうだ。お久しぶりですね。オルゼンさん」
聖女巡礼で最後尾のアーニャ隊に近づき、危うく殺されそうになった所を、アーニャの鼻水垂らしたガン泣きと、男共の下半身露出で切り抜けたやつだっけ?(注:ミールの脳内記憶)
「ほらっ?話しただろ?この方が救ってくれたんだ!あの聖女様に楯突いてまで私を助けてくれた命の恩人の!」
「まあっ!貴方様がミール様ですのねっ!その節は主人を助けて頂いて本当にありがとうございます!お陰で私もこの子も救われましたわ」
「へ?・・・いやいや・・・俺は何もしてないっすよ?アーニャ・・・ガタリヤの領主代理が救おうとしてただけで」
「いえいえ。何を仰いますか。正に殺される寸前で私を救ってくれたではありませんか。ほら、ロゼッタ。このお兄ちゃんがお前の命も救ってくれたんだよ。お礼を言おうか」
今まで両親とミールの間に挟まれ、交互に顔をキョロキョロしてた女の子はオルゼンの言葉にパアッと表情を明るくして元気よくお礼を言う。
「ありやとございましゅ!みーるしゃま!」
手に持っていたウサギのぬいぐるみをピーンと後ろに突き出し、ペコッとお辞儀をする女の子。
ミールは優しい表情を浮かべながら、しゃがみ込んで女の子の頭を撫でる。
嬉しそうにニコニコする女の子。
「元気そうで良かった。もう大丈夫なのかい」
「うんっ!」
「そっかそっか。この子のお名前は?」
「このこあねっ、ウサたんっ!」
「ウサたんか。いいかい?これからもお父さんとお母さんの言う事をよく聞いて。危険な場所には行かないこと。ウサたんを守れるのはロゼッタだけだからね。分かったかい?」
「あいっ!みーるしゃまっ!」
元気よく返事をすると、ギュギューとぬいぐるみを抱きしめるロゼッタ。
「ありがとうございます、ミール様。本当にこの子が生きていられるのもミール様、アーニャ様、そして聖女様のお陰でございます。いくら感謝してもしきれません」
「ははは。俺は何もしてないけど・・・まあ、元気そうで良かったよ。今日はどうしたんだ?買い出しかい?」
「ええ、それもありますが・・・リビの街には転居の手続きをしにきたのでございます」
「転居?」
「はい。実は妻とも色々と話し合いまして。先程も言いましたが・・・本当に今こうして生活出来ているのもミール様を始め、ガタリヤの皆様のお陰なので。だったらせめてもの恩返しをする為にもガタリヤに移住しようかと」
「ほ~。でも予想外にガタリヤって今序列1位だぜ?なかなか許可が下りないんじゃないの?」
「ええ、そうですね。ですが私共が申請したのはこの子の治療が終わって直ぐの時でしたので。まだ巡礼中・・・つまりまだガタリヤが最下位の時でした。それが幸いして先日ガタリヤから移住許可の連絡があり、今し方リビで手続きをしてきた所なのです」
「へ~、それはそれは。でもピダカウ村だっけか?住み慣れた土地を離れるのは結構勇気がいるんじゃないのかい?」
「ええ、そうですわね。私も主人もピダカウ村から出たことがなかったので不安な気持ちは確かにあります。ですが村で聞くガタリヤの噂はとても評判が良く、実際主人が接した方々はとても親身になってくださったとの事。なんの関係も無い主人の為に服を脱ぎ捨てる事が出来る領主様。そんな方が統治されている街で暮らせる希望の方が今は大きいですわ」
「それと聖女様から頂いた宝石。娘の治療費を差し引いてもまだまだ残っております。このお金をピダカウ村で使うよりかはガタリヤで使う方が良いかと思い移住を決断しました。聖女様は子供の為に使いなさいと仰いました。なのでガタリヤの未来の子供達の為に何かしたいと思っております」
「なるほどね。そういえばオルゼンさんは教師だったな。だったら食いっぱぐれる事もないか・・・何かアテでもあるのかい?ガタリヤの街に」
「いえ・・・アテはなにも・・・なにぶん自分も妻もピダカウ村を出たことがなかったものですから・・・」
「ふーん。それじゃあ魔法メモに書き込んでおいてよ。ガタリヤの星光街6丁目にあるグワンバラの宿。そこの女将に相談してみな。きっと力になってくれると思うぜ」
「おお・・・ありがとうございますミール様。星光街6丁目・・・グワンバラの宿・・でございますね?はい、記入致しました。大変助かります。ありがとうございます」
「俺はしばらくガタリヤには戻らないんだけど・・・まあ、子供のために巡礼中の隊列に突っ込んで行くような人だからな。その想いがあれば大丈夫だろう。頑張ってくれ」
「ありがとうございますミール様」
「みーるしゃま!ばいばーいっ!」
ロゼッタは元気よく大きく手を振ってから両親と手を繋ぎ、人々の波に消えるのであった。
続く




