ドラゴン討伐隊②
徹夜明けという事もあり、ミールはマルリの街でもう一泊して、十分休息を取ってからガタリヤに帰ることにした。
本当はお姉ちゃん達がいるお店で羽を伸ばしたい所だが、今行くとガウディに鉢合わせする未来しか想像出来なかったので、煩悩を押さえ込むように毛布の中に潜り込むのだった。
⇨ドラゴン討伐隊②
翌朝ゴブリン用の煙玉などを多めに買い込み、ガタリヤに向けて出発したミール。
なるべく街道に沿って歩いて行く。
かなり遠回りにはなるのだが、モンスターに襲われる確率はかなり低く押さえられるからだ。
配達の仕事も終えたので急ぐ必要もない。テクテクと軽い足取りで歩いて行った。
え?乗合馬車で行けば良くない?
確かに仰る通り、馬車なら2日ちょいで着く距離だ。
別にミールはお金に困ってるわけではないので(羨ましい)わざわざ4日以上かかる徒歩で行く必要はない。
では何故歩いているかというと・・・ただの道楽だ。
これは理解してくれる方もいれば、全く意味わからんって方もいるだろう。
つまり、ミールは意味なく無駄にフラフラっと自然の中に身を置き、ボ〜っとするのが結構好きなのだ。
皆さんの世界でも、キャンプなどがブームになっていたりするだろう。
都会の喧騒から離れ、木々の揺らめく音、川の流れる音、鳥たちのさえずりに耳を傾け、大自然の中で、ゆっくりと時間が過ぎるのを感じたい。
正にそんな感じ。
何百年・・・いや、何千年とも思える樹齢の大木の麓に腰を下ろし、焚き火のパチパチという音のみが静けさを破っている空間。
特製の肉を焼き、昼間に川で釣ってきた魚でスープを作り、焚き火の揺らめきをオカズに酒を飲む。
正に至高の時間。
なまじ、外の世界は人間の世界ではなく完全にモンスター達のテリトリーなので、危険ではあるが、なんとも言えない魅力が溢れている。
日本の名作を例に出してしまい申し訳ないが、風の谷の◯◯◯◯。
そこに出てくるお姫様が、腐海の中で寝っ転がっていた場面があったと思うが、正にあんな感じ。
人間が踏み込めない、立ち入る事ができない世界は、とてもとても美しいのだ。
そして皆さんにも是非1度見て貰いたいものだ。あの輝くという言葉では足りないくらいの満点の星空を。
あのような光景を1度でも見てしまったら、とても馬車でスィーと帰ってしまおうとは思えないのである。
故にテクテクと街道を一人で進んでいるミール。
当然、途中何組かの冒険者やら行商人やらとすれ違うのだが、ミールとすれ違う時は決まって全員、怪訝な顔をする。
それはなぜか。
答えは手ぶらだからである。
アニメやゲームの世界では、演出として見た目を簡略化してる場合があるが、それが普通だと勘違いしてはいけない。
皆さんも2泊3日の旅行に行くとしたら、どれくらいの荷物を持っていくだろうか?
しかも現地調達できない、キャンプだったら?
テント、寝袋、衣類、調理道具、食料や水などなど。
かなりの量を持参する人が多いだろう。
特に水は重要だ。
フィールドはモンスターのテリトリーなので何が起こるか分からない。
補給もままならない事が多いので、あらかじめ多めに用意するだろう。
残念ながらこの世界では魔法で水を生み出す事が出来ないので、事前に用意するしかないのだ。
しかし、水は結構重い。3日分ともなればかなりの量だ。
なので、小さなリュックやショルダーバッグ、ましてや手ぶらでフィールドに出るというのは現実ではあり得ない事。
故に、すれ違う人々はミールを見て怪訝な顔をしたという訳だ。
そしてもう1つ。
そういった挙げればきりがない荷物を、PTだったら分担で持つことが出来るが、ソロの場合は全部1人で持たなければならない。それが思いのほか重労働で苦痛なのだ。
単純に疲れるという事もあるが、もしモンスターに襲われたら、担いだまま戦ったりするのは現実的ではない。
多人数のPTであれば、分担できるので1人1人が持つ量はさほど多くはない。
荷物を持ちながら戦うこともできるし、完全な荷物持ちを別で用意する事もできる。
しかし、少人数PTはそうはいかない。
重いので動きが制限されるし、一旦どこかに置いて戦うだろう。
でも逃げたくなったら?
荷物を取りに行く暇も無い状況だったら・・?
泣く泣く荷物を捨てて逃げたんだよ~って話が『冒険者あるある』に載るほど、少人数PTの誰もが一度は経験している事なのだ。
しかし、ミールはマジックポケットのお陰でそういった苦労がない。
これはめちゃくちゃアドバンテージなのだ!
ついでだからこのポケットの良いところを挙げていこう。
その1
使いたいときに念じれば暗闇の穴が出てきて、手を突っ込んでいつでも取り出したり収納したり出来る。
その2
穴の大きさはサッカーボールくらいなのだが、これに入ることが出来れば例え50メートルのちくわでも入れることが出来る。
しかも異空間(たぶん)に繋がっているらしく腐敗が起らない。損傷もしない。当然だが穴の大きさ以上の物は入れられない。
その3
30品程度入れることが出来る。しかしそれ以上入れると取り出すときに別のものを取り出してしまうようになったりで取り出しに苦労し、最悪二度と取り出せなくなったりする。イメージ的に言うとリンクが切れてしまった状態になるみたい。
ちなみにデメリットは
非売品。現在は製造方法も失われた古代の超超レアアイテムなので、持ってることが知れると略奪や、最悪命の危険もあるかもしれないって所か。
たまたまモンスターに襲われていた商人を助けたお礼にもらった物だけに、ミールはつくづく『あの時助けて良かったなぁ』と思うのであった。(めっちゃ胡散臭い奴だったけどな!)
そんなことを考えながら歩いていると前方に焚き火を囲んで、飲み物を飲みながら休憩している行商人達に出会った。
「やあ、こんにちはあ」
にこやかな笑顔でとミールに話しかけてくる。
「おやまあ、大変だったねえ。ささ、こっちに来て暖まって行きなさいな」
しかし、ミールが手ぶらな事に気付いて、同情して飲み物を出してくる。
どうやらモンスターに襲われて荷物を置いて逃げてきたと思ったらしい。
否定するのもあれなので、そのまま休憩させてもらうことにした。
商人達の話を聞いていると、2人組はガタリヤから、3人組は準聖都のキーンから来たようだ。
ちょうど街道が重なっている場所だったので、たまたま出会ったらしい。じゃあ折角なんで情報交換でもって流れになったようだ。
色々とどんな商材が売れてるだの、これは今仕入れると危ないだの、商人らしい話題で盛り上がっている。
ミールには、ちんぷんかんぷんな話が多かったが気になる話題が二つ。
一つは準聖都キーンの治安がかなり悪いと言うこと。
犯罪が多発しているという事ではなく、領主が市民に圧政を引いており重税や締め付けが酷いらしい。
もう一つはガタリヤの遙か東方に山岳があるのだが、そこにドラゴンが飛来したらしいということだ。
ドラゴン・・・
この世界のドラゴンについていくつか語らせて欲しい。
まず生息地だが基本的なドラゴンは全て、人類が到底到達できないような山の頂に生息している。
以前、毒の治療で関わったことがある、アムフィービアンドラゴンなどのように沼地や海のみに生息するドラゴンも勿論いるのだが、ほぼ9割くらいは山の頂に身を置いている。
人々はその地を『聖域』と呼んで恐れ敬っていた。
なぜ聖域に大部分のドラゴンが生息しているのかはわかっていない。水も食料も殆ど無いと思われる山頂なのだから。
ある学者はドラゴンは水も食料も必要としていないからだと言い、ある学者は聖域にはドラゴンのみがエネルギーに変換できる『なにか』があるからだと言い、ある学者はドラゴンは『ある物』を守るためにそこにいるのだと言い・・・
聖域に踏み込んだ人間は歴史上殆どいないし、伝承も全くと言っていいほど残っていないので、人々は想像上の議論をするしかないのだ。
しかし、確実にわかっている事が2つある。
まず1つ目は結界について。
ちょくちょく出てくるこの『結界』という言葉について、未だにしっかりと説明出来ていないのは申し訳ないのだが、もう少し待って欲しい。
今は簡単な結界の仕組みをお話して、お茶を濁すとしよう。
結界とは基本的にモンスターや悪魔種などの侵入を防いでくれる物だ。
ゴブリン程度の雑魚からデーモンほどの強敵まで一切の侵入を許さない。
しかし理由はわからないが、ドラゴンだけは結界をもろともしない。
注意して欲しいのは結界を破って入ってくるのではない。
結界が機能しないのだ。
人が通過するのと同じように、ドラゴンも何事も無かったように通過出来てしまう。
結界と同じ成分を体内に持っているからだ!などと言う学者もいるが、当然詳しくは解明出来ていない。
2つめはドラゴンは数十年に一度、聖域から降りてきて人界の山の麓で産卵、子育てをするのだ。
それ自体は問題ないのだが、厄介なのが産卵、そして子育ての際、自分や子供に沢山栄養が必要らしく、周辺の村や町を襲って人を連れ去ったり、その場で食べてしまったりするのだ。
結界も機能しないドラゴンにはなすすべもなく、毎年何十人、何百人という人が犠牲になっている。酷いケースでは村一つ壊滅したなんて話もあるくらいだ。
勿論どの国もドラゴン対策は最重要課題なので政府が討伐隊を派遣したり、ギルドが特別クエストを発注して冒険者連合を編成したりして対応している。
ドラゴンはこの世界でデーモンなどの悪魔種と強さを二分する存在であり、畏怖と恐怖で各地の人々から恐れられているのだ。
とはいえ実際のドラゴンは強さに幅が大きい。
悪魔種に関しては最下級クラスの野良デーモンでさえ、銀ランククラスの冒険者達でないと歯が立たない程、人間と悪魔種の間には大きな差がある。
しかし幸いな事(?)に、一般的なドラゴンは赤ランクや紫ランクの冒険者達でも十分討伐できるくらいの強さしかない。
それなのに報酬はデカいし、素材も高値で売れたりするので、比較的ドラゴン討伐のクエストは冒険者達の人気が高い。
だが、そのドラゴンの種類が巨龍だったり古代龍だったりした場合は話が別だ。
強さは野良デーモンなど比では無く、討伐出来ずに全員ドラゴンのお腹の中って事もザラにあるし、もしくはひたすら子育てが終わるのを息を潜めて待つ、なんてことも多かったりする。
「いやぁ。キーンは今行くのは止めといた方がいいぜ。めちゃくちゃな通行料を取られたり、下手すれば荷物全部没収なんて事もあるからな」
「へええ。そんなに酷いんですか・・まあ、前からあんまり良い噂は聞かなかったですけどねぇ」
「ああ、元々領主は欲の皮が突っ張ったやつでな。民から税金を搾れるだけ搾り取るやり方で随分儲けてるらしいが・・・ほらほら、3年に一度の聖都巡礼も近いだろ?次もキーンが準聖都になるんだってかなり神経を尖らせてるらしいぜ。なんでも賄賂が横行してたり、冒険者達のクエストを横取りして自分達の手柄にしてるって話さね」
「ひえええ。それは怖いですね~。せっかく準聖都に住んでるのに税金高かったらやってられないですねぇ」
「ガタリヤの方はどんなんでい?ドラゴンが出たんだって?」
「そうなんですよ。ガタリヤ東部のザザ山脈の麓にどうやら巣を作ったらしいって噂ですね。聖都から討伐隊が出るのではなく、どうやらガタリヤのギルドが主体となって特別クエストが出るらしいので今マーカーさん達を派遣しているみたいですね」
「そりゃ物騒だな。ガタリヤはなにかい?一番近いのかい?」
「そうですね。一応近くに小さい村があるんですが、恐らくそこは無視してガタリヤに一直線に来ると予想されてます。なんせ人口120万ですから・・・」
「そうだよな~普通それくらいの規模の街があったら、国が討伐隊を出すんだけどなぁ~あの聖女じゃ無理か・・」
「ですね・・・元々ガタリヤの領主様は街の軍事費などを削減して民の為により良い生活をって方なので、かなり評判が良い方だったようです。しかし逆に他の領主から逆恨みされてるって話でして、国の軍を動かすのは無理かな~て話ですね」
「かぁ~!全くこの世の中どうなってるんだか・・・民のために働く者が虐げられ、自分の私腹を肥やす奴が出世していくなんてなー!」
「ほんと困ったものです・・・」
「じゃああれかい?下手したらガタリヤでドラゴンが暴れて多少犠牲が出た方が、喜ぶ奴もいそうじゃないかい?」
「ですね。街の治安すら守れない奴は領主不適合って言って追い出そうとする勢力もあるそうですし。今はその領主様ご自身がご高齢であまり表舞台に出てこれないそうなんです」
「ありゃりゃ。それじゃあこの国でマトモな街は一つも無くなっちゃうじゃねーか!」
「それがですね。今は領主様の孫娘さんが代理で統治しているんですが、これがまたお爺さんに似てご立派な方で、かなり評判良いみたいですよっ。今回のドラゴン討伐も率先してギルドに指示を出してるそうですから」
「ほほ~それはそれは。俺たち商人の為にも頑張って欲しいもんだなぁ」
「ですねー」
とまあ、こんな会話をお茶を啜りながら聞いていたミールであった。
しばらくして出発しますかって事になり、ミールも腰を上げる。
商人には手ぶらだったこともあり随分心配され、一緒にマルリの街まで乗せて行こうかと言ってくれたのだが、仲間が迎えに来てくれる事になっているので・・・と嘘を言ってなんとか誤魔化した。
商人達と別れ、途中森の中で3泊し、4日目の夕方に無事カルカ村に着くことが出来た。
ガタリヤから近いという事もあり話題はドラゴンの事ばかりで、食事をしていると食堂の至る所から色々な噂が耳に流れ込んでくる。
今回のドラゴンは巨大だとか、複数いるとか、マーカーが全滅したとか、討伐隊が派遣されたとか、この村も危ないとか・・・
この辺りでドラゴンが飛来するのは数十年ぶりなので、しょうがない事ではあるが。
ミールはそのままカルカ村で一泊し、翌朝ガタリヤ行きの乗り合い馬車で出発した。
街道はドラゴンの噂を聞きつけて来た、他の街所属の冒険者が多数ガタリヤに向かっており、モンスターに出会うこと無くスイスイと進む。
いつもは二日間の行程だが、馬車は日が暮れた夜の8時頃、無事ガタリヤに着いたのだった。
「さて、まずは報酬を貰いに行きますか」
ずっと馬車に揺られていた身体を伸ばすように、思いっきり背伸びをしながら冒険者ギルドに向かう。
ここの冒険者ギルドは酒場が併設されており遅くまで営業しているのだ。
いつもはガヤガヤと騒がしく
「おお!配達将軍のお出ましだ!!今日もお勤めご苦労様です!ぎゃはははっ!」
「今日はどこにおちゅかいに行ってきたのかなぁ?」
「ひひひっ!老人相手に入れ歯の配達ですかぁ??」
「ぎゃはははっ!」
てな具合に顔も名前も知らない奴がドンドンいじってくる。
しかし・・今日はシーンとしていた。
いや、微かにヒソヒソと会話する声は聞こえる。
しかしなぜか重い緊張感のような空気が張り詰めていた。
「こんばんわ~報酬を受け取りに来ました~」
「あ、はーい。ミールさんですね。いつも配達ご苦労様です。少々お待ち下さい」
受付の人は慣れた手つきで確認作業をしている。
「あのー。やけに今日は静かですけど、なんかあったんすか?」
ピクッと受付の手が止まり、声のトーンをぐっと抑えて語り始めた。
「あのですね。ドラゴンが現れたのはご存知です?」
「ええ、まあ」
「それでですね。特別クエストをギルドが出すことになってマーカーを派遣したんですよ」
「ふむふむ」
「そしたらマーカーさん達が全員やられちゃって」
「まじですか・・」
「ええ、そうなんです。それが数日前の話でして・・マーカーが付かないと情報を得られないので、今度はベテランのマーカーさん達とガタリヤ兵士のマーカー部隊を編成して送り出したんです」
「まさか・・それも全滅?」
「いえ、それがまだわからなくて・・順調なら今日の夕方には帰ってきてるはずなんですけど・・今帰りを待ってる状態なんです」
「なるほど・・それでこんなに重苦しい雰囲気なんですね」
「ですね・・・」
そんな話を受付の人とヒソヒソしていると入り口から「わあっ!」っと歓声が上がった。
「帰ってきたぞおお!!」
「おおおおおおおっ!」
見るとこのギルドでは有名なベテランマーカーのおっさんが、傷だらけの状態で歩いてきた。
ギルドの職員全員で出迎える。
「おお!ライオンズさん!お帰りなさい!無事で良かった!大変でしたねっ!」
「ギルド長、無事マーカーくっつけてきたぞ」
「おおっしゃああああ!」
「やったるぜええええ!!」
その言葉を聞き歓声を上げる冒険者達。
「それはご苦労様です!で、他のマーカーさん達は?・・・」
「死んだ。残っているのは俺だけだ・・・」
「・・・・」
その言葉を聞き、また静まりかえるギルド。
「マジでか?!他全員か?!」
「どんなドラゴンだった?!一匹か?複数か?!」
「古龍か巨龍なんてことはないよな!な?!」
矢継ぎ早に質問する冒険者達。
「巨龍・・・ではないと思う。大きさは通常種と大して変わらんかった。しかし先日のマーカー全滅の事もあったからな・・・かなり遠距離からマーカーを付けたから正直具体的な事はわからん。丁度卵を産んだばかりだったようで、かなり気が立っていた。マーカーを付けた直後、唐突に巣から出てきて俺たちを追いかけ出した。皆散り散りに森の中に逃げたが、次々と反応が消えてった。かなり素早いし嗅覚も優れていると思う。右側で衝突音がしたと思ったら、次は左側で炎が上がっていたんだ。必死に全力で逃げたらなんとか奴のテリトリーから抜け出せたようで、しばらくしたら巣に帰っていった。悪夢だったよ。本当に・・・」
シーンと静まりかえるギルド。
マーカー職は特別に俊敏性や隠密性に特化しており、スキルも多数所持している。
そのマーカー達を次々と捉えたという事は、ライオンズが言うとおり、かなりの索敵能力を持っているという事か。
「そうですか・・皆の無念を無駄にはしません!さあ!冒険者の皆様!ギルドから特別クエストを発注します!報酬は300万グルド!別途追加報酬もご用意します!順番に手続きをどうぞ!」
「おっしゃああ!やるぜえええ!!」
「倒すのは俺だあああ!」
「任せとけえええ!」
などなど、気合いの声を上げる冒険者一同。
通常の討伐クエストは高くて50万前後なので特別クエストの報酬は別格だ。
さらに追加報酬や素材も高値で売買されるので、勝てればウハウハ状態なのだ。
列に並び次々と登録していく。
ここでギルドから登録の魔法をセットしてもらうと、対象のマーカーが付いたモンスターの位置がわかるようになっているし、ギルドも誰が倒したのか把握する事が出来る仕組みだ。
更にどのPTが一番ダメージを与えたか、最後にトドメを刺したのは誰か、個人で一番火力を出せたのは誰か、などなど。
こういった情報が分かる仕組みとなっており、先程ギルド長が言った追加報酬ってのはこれが関係してくるのだ。
登録を済ませた冒険者が早速ギルドを出ようとした時、唐突に漆黒の鎧に身を包んだ部隊が出口を塞いだ。
「なんだ!おめえ達は?!」
ガッシャーンッ
出口を塞がれて、いきり立つ冒険者を先頭の鎧男が殴り飛ばす。
食堂の椅子まで吹っ飛ぶ冒険者。
「我らはキーン準聖都から派兵された討伐隊である!これよりこのギルドは我らの支配下に入る!一人たりとも出ることは許さん!」
唐突の来訪者にあたふたするギルド長。
「あ、あの!ギルド長のザクトーニと申します!今回はどのようなご用件でしょうか?・・・領主代理のアーニャ様からはなにも聞いていないのですが?・・・」
「我らの主!ブラトニック様のご命令である!ドラゴン討伐は我らが行う!拒否権は無い!」
「は、はい・・ただいま確認致します!」
そういうとギルド長は通話を始めた。恐らく領主代理に連絡をしているのであろう。
しばらく会話をしていたギルド長だったが
「かしこまりました。アーニャ様からブラトニック様のご命令に従うようにと命じられましたので全てお任せ致します」
「ええええっ!」
「そりゃねーぜ!」
「まじかよー!」
などと一斉にザワザワし始める冒険者一同。
それらをキッっと睨みながら
「今回は我らのみで行動する!マーカーはしてあるな?!我ら全員速やかに登録せよ!」
「はいいっ!」
大慌てで討伐隊を登録していくギルド職員達。
「よし!では各自解散!ギルドは我が隊以外に登録した者を直ちに削除せよ!このクエストを邪魔した者は死刑に処す!心得よ!」
そう言い残すと鎧をガチャガチャさせながらギルドを出て行った。
冒険者一同は『やってらんねーぜ』とふて寝する者。
ヤケ酒に走る者。
諦めて他のクエストを受注する者など様々だ。
「ご迷惑をおかけしました・・・」
ギルド職員達は冒険者に謝り続けている。
「まあ。しゃーねーよ。ブラトニックには逆らえねーからな。向こうは準聖都、こっちは序列最下位の街だもんなぁ」
「まったく・・・序列最下位の街が一番マトモだからな。つくづく政治ってのは嫌になるぜ」
「しかも一番オイシイ所を冒険者から横取りだもんな」
「やれやれだぜ」
こんな会話で溢れる店内。
先程も少し説明させてもらったが、大抵の場合ドラゴン種は赤や紫クラスの冒険者達でも十分倒せる程度の強さなので、討伐しやすく報酬はオイシイという冒険者達の人気のクエストなのだ。
まあ・・・普通のドラゴン相手ならだが・・・
元々クエストを受ける気は無かったミールは報酬も受け取り、そそくさとその場を離れる。
とりあえず今夜は久しぶりにのんびり出来そうだ。
こんな夜は勿論、お姉ちゃん達と遊ぶに限る!
ミールの足は歓楽街の方向に歩みを進めるのであった。
翌朝、お昼近くまで寝ていたミールだったが、お腹も空いてきたのでモソモソっと起き始める。
昨日は久しぶりにハメを外しすぎたな・・・と頭をポリポリ。
身支度を整えて食堂に向かう。
「これ食ったらピエールに報告しに行くか」
窓際の席に座り朝定食(既にお昼だが・・・)を食べる。
白飯にサイが牛のような姿をしているトンプーという家畜のお肉を乗せた、ようは牛丼的なメニューだ。
これに紅ショウガを沢山かけて食べるのがミールは大好きなのだ。
もっとサラダとかも食べた方が良いのだろうが、どうしてもお手軽に済ませてしまう。
もぐもぐとトンプー丼を頬張りながら外の景色を見ていると、今日は結構荷物を抱えた住民がひっきりなしに歩いているのが目立つことに気付いた。
馬車に大量の荷物を積んでいる人達もいる。皆南方や西方を目指しているようだ。
なるほど、とりあえず避難しとこうって感じか。
無理も無い。
なんせ何十年ぶりのドラゴンだもんな。
パニックになってないだけマシか。
ミールは手早く食事を済ませると道具屋に向かって歩き出すのであった。
「あ、ミールさん。聞きましたよ。無事に配達ご苦労様~」
「ああ、院長の爺さんからこれを預かってる」
と封筒に入った手紙を渡す。
「おおっ、そうですか。あの爺さんにも、ようやく少しは恩が返せたかな~。どれどれ、どんな感謝の言葉が・・・」
封を開け中を確認するピエール。
「がはっ請求書だっ。く~、だいぶ稼げるようになったようじゃの?そろそろ返してもらおうかの、だってさ!さすがあの爺さんだわ!」
「はははは・・・」
請求書を貰って憤ってはいるが口元がにやけている。
一人前として見られてるのが嬉しいのだろう。
因みに、このピエールがお世話になったというマルリの街の院長は、この地域では、かなり腕が立つと有名な人らしい。
もしかしたら皆さんの中には、ガウディ一派にも修復士のパウニーがいるんだから、ニアの治療はパウニーでいいのでは?と思った方もいたかも知れないが、修復士だからといって、全ての治療を万全にこなせる訳ではない。
皆さんの世界でも、外科医全てが同じ腕前ではないだろう。
やはり数多くの手術の経験をする事で成長し、実績を積み上げて名医と呼ばれる存在になっていく。
修復士も同じ。
パウニーはまだまだ修復士としては新人に近いので、経験が少ない。
ましてや今回のように、特殊な触媒を使っての治療は、修復士としての年期がモノをいう為、腕が立つと評判のマルリの街の院長さんが治療していたという事なのだ。
「ところでピエール、結界石は手に入ったか?」
「ぐっ・・」
ギクッと一瞬したピエールだったがノロノロと奥の部屋に入っていき、しばらくして戻ってきた。
「ごめんなさい!5個しか手に入りませんでした!」
「いやいや、全然いいよ。いつもすまんな。で、いくらだい?」
「・・・全部で15万グルドで」
「・・・」
「ピエールっ」
「は、はい」
「いつも言ってるだろう。あれのお礼なら結界石を仕入れてくれるだけで十分だって。そこから先は商人として仕事してくれ。いくらだい?」
「・・・ごめんなさい、30万グルドで・・・」
「ふ~。わかったよ。じゃあ60万な」
ミールは魔法通貨で60万を入力する。
「い、いや!それはさすがに・・」
と拒否しそうなピエールの鼻先にピッと指を当てて
「その代わり、次もよろしくなっ」
ニヤリと笑うミール。
「は、はひ・・」
と情けない言葉で返すピエールであった。
このガタリヤは人口120万の街だが、ミールの強敵覚醒のスキルを知っている者が実は3人いる。(正確には4人)
その一人がこの道具屋の店主、ピエールだ。
3年ほど前、貿易の街クリルプリスに仕入れに行ったピエールは、帰り道の街道を馬車に結界を纏いながら進んでいた。
クリルプリスは港町で盛んに交易が行われているので、貿易の輸送隊などが頻繁に街道を通る。
クリルプリスにとっては貿易が主力産業なので、もし万が一、輸送隊が襲われでもしたら打撃は大きい。
直接的な被害もそうだが、風評被害のリスクもある。
そういった理由で街道はかなり頻繁に警備兵や冒険者達が巡回しており、盗賊が出たという話はここ数年聞いた事がない程、治安は良いのだ。
その日もピエールは、護衛を付けずに結界石だけで馬車を走らせていた。
クリルプリスからガタリヤまでは馬車では2日、徒歩だと3~4日はかかる行程。
途中1泊し、順調に進んでいるかと思われたが、2日目のお昼頃、運悪く街道沿いで冒険者の戦いに巻き込まれてしまう。
その際に冒険者が放つ魔法が馬車を直撃、驚いた馬はパニックになったのか、無理矢理、固定を外して逃げてしまった。
そう、冒険者の行動は結界では防げないのだ。
しかも戦っていた相手はデーモン。
程なく冒険者達は全滅し、デーモンはピエール達のもとに近寄ってきた。
でも結界がある!大丈夫!
ピエールは自分を落ち着かせるが、デーモンはジッとその場から動かずにいる。
「もしかして結界石の効力が終わるのを待っているのか?!」
くそっ、そうなっては万事休すだ。
「ふえええんん。どうしましょう?・・・」
泣きながら叫ぶ女の子。
実はガタリヤに行きたいと言ってきた女の子を、格安で相乗りさせていたのだ。
「こんなことならお金ケチらずに業者の乗り合い馬車にすればよかったああぁ!」
なんともピエールの肩身が狭くなる事を叫ぶ女の子。
「別の結界石はお持ちですか?」
「もってないです~」
「そうですか・・自分も持ってないので・・・とりあえずこの結界石を大地に埋め込みます。あと4時間前後は保つはずですから。それくらいの時間があったら、街から救援が来れると思います。もしかしたら途中で冒険者の方が助けてくれるかもしれませんし、結界石を譲って貰う事も出来るかも知れません!」
「は、はひぃ~・・」
通常結界石は地面に埋め込み、大地の力を利用して使用する。
そうする事で産地にもよるが12時間前後効力を発揮する事が出来るのだ。
しかし、地面に埋め込まずに手に持って移動しながら使用すると、効果は2〜3分ほどしか保たない。
それだと、とてもじゃないが乗合馬車などには使えないのでは?と思われると思うが、乗合馬車には『大地吸い上げ装置』なるものが設置されている。
これはイメージ的には、ホウキのようなものを地面に垂らしながら進んでいる感じだ。
このホウキ部分から大地の力を吸い上げ利用する事で、移動しながらでも効果が6時間前後、続くことが可能なのだ。
デメリットは、装置が大きすぎて重い事。そして馬車が止まってしまうと効果が出ない事。
とても人が背負って移動などは出来ないので、一般的に馬車などに組み込み利用されている。
つまり先程のピエールの計算式は馬車移動の大地吸い上げで6時間から4時間消費、残り2時間(3分の1)
通常地面に埋め込み使用で約12時間保つので、残り3分の1の4時間程度は保つのではないかって事なのである。
「まずはガタリヤの警備局に連絡してみます」
「はいぃ。お願いしますっ」
ピエールはなるべく平静を装い通話をかける。
通話の膜に包まれたピエールを女の子は涙を浮かべ、不安そうに見つめていた。
どうか、どうか助けにきてくれますように!
そう願いながら・・・
「すみません・・・ダメでした・・・」
「ええ?!なんで?!どうしてですかっ?!」
1番聞きたくなかった言葉を聞いてしまい、女の子は悲鳴の声を上げる。
「どうやら・・・3日前からハイデーモンという強力な悪魔種の具現化が確認されてたみたいなんです・・・なので今現在、商人や輸送隊はもちろん、ギルドのクエストも、警備隊の出動も見合わせてるとか・・・」
「そ、そんなっ!け、結界がっ、結界があれば・・・大丈夫・・・てことはないですか?」
「僕も詳しくないのですが・・・ハイデーモンというのは上位の悪魔種ということみたいでして・・・結界でも安心できないそうです・・・万が一って事があるので二次災害を防ぐ為にも今は出せないと」
「そ、そんな・・・」
「すみません。どうやら僕たちが出発するのと入れ違いで停止命令が出たみたいです・・・ごめんなさい。僕の確認不足です」
「ううう・・」
「一応・・・カントリーチームが討伐に向かってくれているそうですが、今日聖都を出発したとかで・・・それは間に合いそうにないです。ですが、それとは別で金ランクの冒険者達が別クエストでガタリヤ方面に遠征に来ているそうなので、運が良ければ遭遇して助けてくれるかもしれないと・・・」
「そ、そうですか・・・ごめんなさい。声を張り上げてしまって」
「い、いえ・・・こちらこそです・・・」
2時間が経過した・・・
やはり停止命令が出ている影響で、いつもはイヤってくらいにすれ違う冒険者や行商人に、今日は全く出会わない。
こんな所で死にたくない!せっかく自分の店を持てたのに!沢山恩を返さなければならない人達がいるのに!あいつを幸せにしたいのに!くそっ!
ピエールは予備の結界石を用意してなかった自分の不注意さを嘆いた。
いつもマルリの院長が言ってたな。上手くいってる時こそ初心を忘れず慎重にって・・・
ようやく自分の店を持てたことに浮かれていたかもしれないと後悔だけが残る。
二人の周りを音もなくゆっくりと周回するデーモン。
「ひょっひょっひょ」
時折歓喜の声を上げながら・・・
夕陽が輝きオレンジ色の光が眩しく差し込む。だいぶ日も暮れてきた。
ぽわっと結界石の光が点滅し始める。
そろそろか・・・
ピエールは最後の時が近いことを悟り、最愛の幼馴染に通話をかける。
「どーしたの??ピエール?珍しいわね、貴方が通話をかけてくるなんて」
「ん?ああ、そうかな・・・なんか声が聞きたくなってさ」
「やだ、何?!気持ち悪い!そんな事言った事ないくせに!・・・本当に・・どうしたの?」
「・・・ぐすっ・・・な、なんでもないさ!どんな反応するか知りたかっただけだよ!」
「もーーうっ!ビックリするじゃないっ!帰ってきたら絶対にご飯奢らせるんだからっ!」
「ああ、そうだな・・・帰ったらメシに行こう!お前の好きなトンプーの焼き肉だ!ルピロス産だ!」
「もーう。また調子に乗って・・そんな高級なのじゃなくていいの・・高級じゃなくていいから・・・絶対に無事に帰ってきてね・・・」
ピエールの声質、雰囲気、言葉使い。
やはり幼馴染ゆえに何かを感じたのであろう。
後半の言葉には願いが込められていた。
「ああ、わかった。必ず・・帰るっ!」
泣き声になる前に一方的に通話を切るピエール。
くそ、最後の最後まで、素直になれないんだな・・・
そう思いながら。
「すまん。巻き込んでしまって。も、申し訳ない」
「い、いええ!私の方こそ・・・無理を言って乗せて貰っちゃって・・・ありがとでした・・・」
お互い最後の言葉を交換する。
涙で顔がグチャグチャだ。
目を腫らしながら精一杯の笑顔で、最後の会話を交わす二人。
結界が消え、ゆっくりゆっくりとデーモンが近づいてくる。それを地面に座り込んだまま虚ろな視線で見つめる二人。
「すまん。リッダ。お前は幸せになってくれ・・・」
最後に幼馴染みの名前を呼ぶピエール。
夕陽の光がデーモンの羽に遮られ一瞬影を作ったその瞬間
ザンッ!
ピエールの目には真っ二つになったデーモンの姿があった。
!?!?!?
二人とも状況が理解出来ていない。
しかしさっきまでデーモンがいたその場所は、透明に輝く光の剣を持った人間が、後ろから夕陽を全身に浴び、真っ黒のコントラストを描いている。
「やあ。大丈夫だったかい?」
それがミールとピエールの出会いであった。
それからミールの結界石で進み、ガタリヤに入った3人。
(何故かミールの結界石は移動しながらでも効果が切れる事は無かったが、命の恩人ということもあり理由は聞けていないピエール)
ご想像通り、道中はとにかくお礼のオンパレードだった。
当たり前だ、まさに死の直前までいたのだから・・
女の子は完全にミールに惚れてしまった目をしている。
なんとかお礼をっと、ピエールは全財産を出そうとしてくるし、女の子にいたっては身体を差し出そうとしてくる始末。
とりあえず落ち着かせて2人の話を聞くと、ピエールは道具屋を開店したばかりだと言うし、女の子は明後日から冒険者ギルドで働く事が決まっているらしい。
それならばと、ピエールにはドーラメルクの結界石の調達を、女の子には強敵な討伐クエストを内緒で受けさせて欲しいとお願いした。
ドーラメルクの結界石は流通がかなり少なく手に入れるのが至難の業で、大都市でもなかなか売っていない。
しかも通常の結界石は5~8000グルドくらいに対して、ドーラメルク産は10万前後の値段が相場だ。
だが、その分性能はピカイチ。
ミールのようなソロはドーラメルク産の結界石でなければ安心して夜を越せないのだ。
ミールにとってもピエールが調達してくれることはかなり助かっているので、助けたお礼はそれで十分、お金はちゃんと請求してねっというのが先程のやり取りだ。
「さて、結界石も補充出来たし、ギルドにでも顔を出しておくか・・・」
ギルド周辺はドラゴンの特別クエストを受けようと、かなりの冒険者達が駆けつけており、ごった返していた。
「おらっ邪魔だ!黄色!!」
と差別を受けつつ道を進む。
クエストを軍隊に横取りされて気が立っているのだろう。皆口々に不平不満を表している。
ご愁傷様。
ミールはクスリっと笑みを浮かべながらギルドに入っていくのだった。
「ほわあ。ミールさんっ。お久しぶりですっ」
格別な笑顔で出迎えてくれたのはミールが助けた女の子、ピコルだ。
「よっ。なんか仕事ある?」
「え~とですねぇ。カルカ村に配達依頼が3件っ、合計4320グルドの仕事がありますっ」
ここで声のトーンを落として
「内緒の討伐は今は無いですねぇ」
助けたお礼にピコルに頼んだ事。
それは通常黄色ランクでは受けれないような難関なクエストを、誰にも内緒でミールにだけ受けさせて貰い、討伐報酬をこっそり頂いちゃおうという事だった。
クエストには、ほとんど受注ランクが設定されており、高レベルのクエストで、低レベルの冒険者達が無駄に命を散らさないように配慮がされている。
普通は有り難いこの設定も、ミールからしたら邪魔なだけなのだ。
高レベルは当然報酬もデカい。
倒せるのに受けれないというミールのみに存在するジレンマを、ピコルに解決して貰おうという訳だ。
しかし完全な不正行為なので、ピコルだけに責任を押しつけるのも可哀想だし、完全にバレないようにするには、やはりギルド長だけには詳細を伝えておく必要があると判断し、一応ギルド長もミールのスキルの事は知っている。
その際に、あくまでも人気が無く受注する人がいないクエスト、明らかにギルドでは手に負えない、つまり公開すれば冒険者の損害の方が大きそうな最難関クエスト、このような二つのクエストだけを条件に内緒で発注しても良いという事になったのだった。
一応、その時のやりとりを書かせて頂こう。
「で、ピコル。内密の相談とは?」
ここはギルドの会議室。といっても少人数PT用の小さな部屋だが。
そこにミールとピコルは、ギルド長ザクトーニを呼び出していた。
「はい、ギルド長。実は・・・」
ピコルはギルド長ザクトーニにミールのスキルの事を話し、内緒でクエストを受けれないかとお願いをした。
「はぁ・・・『強敵覚醒』・・・でございますか・・・聞いた事ありませんな。そのようなスキルは・・・」
かなり疑いの目を向けるザクトーニ。
「ギルド長っ!本当にミールさんは凄いんですっ!一撃ですよっ?!一撃で野良デーモンを倒しちゃうんですからっ!」
ピコルはブンブンと腕を振り、興奮気味に説明する。
「そう言われましてもですなぁ・・・」
「ギルド長。この前のハイデーモン騒ぎ。マーカーも付いてるので分かりますよね?どうなりましたか?」
疑心暗鬼のギルド長に、ミールは唐突に質問をぶつけた。
「は?ああ、えっと・・それは解決しました。無事討伐されたと・・・」
「誰にです?」
「そ、それは・・・き、金ランクの・・冒険者・・・にです・・」
どんどんとギルド長の声が小さくなっていく。
そんなギルド長にミールは
「へぇ・・・ギルド長が嘘を言っていいんですか?」
「な、なにを・・・」
「本当は誰が倒したか分からないんじゃないですか?」
「え??そうなんですかっ?!ギルド長っ」
「ななななにを根拠に・・・」
「だって倒したの俺だもの」
しれっと言い放つミールに、ザクトーニとピコルは硬直する。
「は、はぁ??あ、貴方が・・・1人で倒したというのですか?!」
「はわわぁっ!ミールさんっ凄いですっ!格好いいですっ!」
ハゲ上がった頭皮に吹き出た汗を必死にハンカチで拭くザクトーニと、更にブンブンと興奮して腕を振るピコル。
「そ、それが本当なら・・・いいでしょう。証明できますか?」
「時刻は確か・・・16時ちょっと過ぎくらいかな。ピコル達を助けた10分前くらいだから。場所は聖都とガタリヤを基点にX281Y34だ」
「!!!」
ギルド長ザクトーニは驚きの表情を浮かべ、慌てて部屋を出る。
そして直ぐに書類を持って戻ってきた。
「た、確かに・・・ハイデーモンの反応が消えた時刻と場所が・・・一致しますな」
「きゃーっ!ミールさんっ格好いいいいいいっ!」
「ぐむむぅ・・・」
こうして最初は強敵覚醒のスキル持ちという事を、かなり疑いの目を向けていたギルド長も、日々最難関クエストを本当に達成していくミールをみて、段々と信用してくれるようになった。
ガタリヤギルドには銀ランクの冒険者はおらず、他の街と比べて、どうしても力不足感は否めない。
なのでギルドからしたら最難関クエストを公開して、無駄に冒険者達を死なせるリスクを減らすことが出来るし、ミールからしたら高額報酬を貰える事が出来るので、今では正にWin―Winな関係を築いている。
ギルド長にはスキル持ちの事を堅く口止めをお願いしているが、今の所、他者に漏れている様子はない。
一応信頼の置ける人物のようだ。
「そっか。了解~。じゃあこの3件受けようかな」
カルカ村の配達クエストを受注するミール。
「あの~いつも思うんですけどっ。報酬4320グルドだったら乗り合い馬車に乗っちゃったら、殆ど手元に残らなく無いですかっ?ミールさんだったら内緒の討伐クエストだけやってた方が儲かりません?どうしてやるんでしょうっ?」
「だって誰かがやらないと困る人いるだろ?人助けだよ人助け。俺はこう見えても、因果応報ってのを信じてるんだ。良い事をすれば良い事が、悪い事には悪い事が返ってくるって。積み重ねてるといざって時に良いことが起こるかもしれないからな。ま、自己満足だよ、ただの」
「ほわわぁ~ミールさんっ。格好いいですっ」
目をハートにして見つめてくるピコル。
ピコルは容姿も恵まれていて、元気で誰とでも仲良くなれるような性格なので、かなりギルドでは人気者だ。
なのでミールと仲良く話してる姿を見せると
「ちっ」
と舌打ちがどこからともなく聞こえてくる。
「ん、んんっ!」
ミールが咳払い一回。
はっとしたピコルは冷静さを取り戻し業務に戻る。
実は・・・・ピコルとはセックスフレンドなのだ。
助けた後、ギルドで働き始めたピコル。
当然何回も顔を合わせる事になるのだが、クエスト登録などで2人でいる時に、通知登録を小声でしつこくお願いされたのだ。
最初は断っていたミールだったが、何回も言われて仕方なく登録。
するとそこからお誘いの嵐。
一緒に今晩ご飯どうでしょう?と毎日毎日言われ、仕方なく一度行くことに。
その際、こんな可愛い子が猛アタックをしてくるんですよ?
皆さんは耐えられますか?
しかし、恋愛関係を望まないミールは
「ハッキリ言うね。俺はピコルと付き合う気は無いんだ。例え今日、肉体関係になっても俺は恋愛関係にはならない。しかも他の女の子にも手をだす最低男なんだ。ピコルが俺のことを好いてくれるのは嬉しいけど、俺はその気持ちを返してやれないんだ。それじゃあ嫌だろ?」
「それでもいいですっ!今夜だけでもいいですっ!ミールさんが抱きたいときだけでもいいですっ!お願いしますっ!今夜はお側にいさせて下さいっ!」
当然陥落しました。
無理でしょ?こんなこと言われたら。
それからは、普段は決してイチャイチャしないって約束をさせ、肉体関係は続いている。
「討伐クエストは少ないんだな・・・」
「そうなんです。たぶんドラゴンが飛来したから他のモンスターは身を潜めているんじゃないかなって私は思いますっ」
「なるほどな、確かに。あの討伐隊はどうなった?」
「うーん、今の所変わりは無いです。多分あと二日したらドラゴンの巣に着くと思うのでそれからですねっ」
「りょーかい。じゃあ荷物を受け取ったらカルカ村に出発するよ」
「はいっ。いってらっしゃいっ」
ピコルはニコッと笑顔を返すが、すぐに次の冒険者の相手をする。
よしよし。約束は守っているな。
頭をポリポリかきながらギルドを出て行くミールであった。
続く