聖女巡礼⑮
その『ある事』の質問。
それはすなわち・・・
聖女を殺そうと画策した事はあるか?・・・と。
⇨聖女巡礼⑮
お昼過ぎ、巡礼隊は予定通りクリルプリスを出発し、聖都までの帰路についた。
ガラガラと大行列が進む姿は、一見今までと変わらないように見えるが、よく見ると頻繁に使者を乗せた馬が走り抜けたり、領主自身が護衛を引き連れて他の領主の隊に加わってなにやら密談をしていたりと、領主達の慌ただしさが目立っている。
それもそうだ。
なにせ暫定順位を発表しないなどとは、今の聖女ルーンスワイラル7世が聖女に即位してから初めての事だったのだから。
皆、どうするか対応を協議しているが、実際はこれといって進展がないのが実情だった。
そんな中、当の聖女はリリフ達と魔動車の中でゆったりとお茶を楽しんでいた。
「はあぁぁあぁ。海って素晴らしいですわねぇ」
「うんうん、なんか良いよね。おっきな海を見てると小さな悩みとかどーでも良くなっちゃう気がするっ」
「波があんなに頻繁に行ったり来たりを繰り返しているとは思いませんでした。凄く不思議ですね」
「とってもしょっぱかったですぅ!」
「ほっほっほ。今は冬だから泳げなかったけど、夏の海はもっと良いわよぉ。真っ青な空、光り輝く太陽、そして白い砂浜っ。浮き輪でプカプカと浮かんでいるだけで幸せになるんだわさ」
「へええ!良いなぁっ!」
「ビーチバレーやスーメロ割(スイカ割り)なんかも良いぞい。盛り上がること間違いなしじゃ」
「わあぁ、とっても楽しそうですぅ!」
「あとはやっぱり水着じゃなっ!色とりどりのきわどい水着で意中の人を悩殺じゃっ!」
「水着かぁ・・・ミール喜んでくれるかな・・・」
「ん?何か言ったか?リリフ」
「ひょぇっ!な、ななななんでもないわっ!おほほほほ」
バンッ
唐突に聖女がテーブルを両手で叩いて立ち上がる。
「良いわねっ!それ良いわっ!とっても楽しそうっ!お前達っ、夏になったらもう一度海に行くわよっ!いいわね?!」
「ええ?!せ、聖女様と海をご一緒出来るんですかっ?!す、スゴ!」
「わーいっ、ブルニとっても楽しみですっ」
「それまでに水着を新調しなければなりませんわねっ。リリフ、街に帰ったら早速お買い物に行きましょう」
「うんうんっ!ルクリアも誘ってみんなで一緒に行こーねっ!」
「あ、あの・・・私もお買い物をご一緒させて頂けないでしょうか?・・・み、水着を買うのは・・・初めてでして・・・」
「まあっ!素晴らしいですわっ!もちろん一緒に参りましょう!」
「アーニャ様っ!私が選んであげるねっ!こうみえてもセンスが良いってミールに褒められた事があるんだからっ!」
「なによ、アーニャもその平民と買い物行くの?なら私も行くわっ!田舎娘っ!私のも選びなさいっ!」
「ええええ??!せ、聖女様も一緒に行くんですかぁ?!し、しかも私が選ぶのぉおぉ!」
「ダサかったら打ち首にするわよっ!覚悟なさい!」
「ぎゃー!」
「聖女様が一般店に買い物に行く・・・想像するだけで大混乱ですわね・・・」
「ワシが店主だったら、これ見よがしに宣伝するがのっ。聖女様がご来店しましたって感じじゃ」
「あははっ。そしたら私達も有名になっちゃうかもっ。聖女様とお買い物を共にした冒険者って感じでっ」
「みんなで水着選び、楽しそうですぅ」
「うひょひょひょ、ワシらも選んでやろうかの?」
「ロイヤーさん・・・お目々がエッチですぅ・・・」
「よしっ!しょうがない。あたいも思い切って来年の夏はビキニを着ようかねっ!」
「げ・・・」
ルチアーニの宣言に黙り込んでしまう男衆であった。
巡礼隊はガタリヤの横を通過し街道を進む。
次は3日後にキーンに到着する予定。その後、そのまま街道を進み聖都に着くのは後6日といった所だろうか。
聖女は毎日アーニャ達を呼んでいるが、最近はトランプなどのゲームをするよりかは、お喋りに花を咲かせている。変におだてたり、愛想笑いをしたりする事が無いので聖女も楽しそうだ。
帰りの行程でも以前と同じ、ガタリヤの結界内ギリギリまで住民達が声援を送っている。それは少なからずアーニャの後押しをしたいという気持ちの表れ。
立場の悪いアーニャを救いたいといった純粋な気持ちゆえ。
しかし、住民達の予想を反して、魔動車の中は恋バナで大盛り上がりだった。
「あのー・・・聖女様ってピッケンバーグさんの事好きなんですか??」
唐突に実直な性格のリリフが質問し、聖女は飲んでいた紅茶を噴き出してしまう。
「ぶほっ!な、ななななななにを言ってるのよっ!?そ、そそそそそそんな訳なななないじゃないの?!」
「ふーん・・・なるほどぉ・・・」
聖女のうろたえように、鈍いリリフもピーンときたようだった。ニンマリとクッキーに手を伸ばす。
「コラっ!リリフ!聖女様になんて口の利き方をっ。ダメですわよっ?!・・・で、どうなんですの?聖女様」
「ブルニもそうなんだろうなって思ってましたぁっ!ピッケンバーグ様を見る時の聖女様の目が違うんですっ」
「ばばばばばばばばか言ってんじゃないわよっ!わわわわたわたわたしがピッケンを??ははっ!あり得ないわっ!」
「そーなんですかぁ??」
「そうよっ!だって私はピッケンの目の前で、数多くの男と身体を重ねてきたのよっ?!幻滅こそすれど私なんかを好きになる訳ないじゃないっ!」
「それはピッケンバーグ様のお気持ちだわさ。聖女様のお気持ちはどうなんでしょうねぇ?」
「そうよそうよっ!それに沢山の人と関係を持ってても好きになる気持ちは止められないわっ!」
「そ・・そんな・・訳ないじゃない・・・ピッケンからしたら私はタダのヤリマン・・そんな女を好きになる事なんて・・・あるの?・・・」
聖女は急にトーンダウン。気になるけど答えを知るのが怖い・・・そんな感じに見える。
「ありますよっ!だって私達だってミールは沢山の女性を手駒にする女ったらしだって知ってても好きになっちゃったんですものっ!」
「ちょっと・・・リリフさん?・・・」
「そうですわっ!最近ではアーニャ様すら陥落させ、ドンドンとハーレムを拡大中ですのよっ!」
「・・・んぅ・・・」
アーニャは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「全く・・・貴方達って不思議よね?自分だけのモノにしたいって・・・思わないの?」
「思いますよー!だけどしょうがないんですっ。ミールがそれを望んでないんだものっ。だったら困らせるのも嫌だし・・・今はこれでいいんですっ」
「そうですわっ!いずれは結婚を迫る時がくるやも知れませんが、今は複数プレイを存分に楽しむのですっ!」
「そ、そんな・・・ブルニと結婚だなんてっ!ミール様っダメですっ」
「ブルニ・・・オチツケ・・・」
「結婚・・・そうですね。私もミール様を好きになって後悔はしていません。もちろん最初はこのような・・・沢山の女性の方々と関係を持っているとは知りませんでしたが・・・知ってもなお好きな気持ちは変わりませんでした・・・私は・・・私は領主の娘です。1人娘です。小さい頃から、いずれは何処かの貴族と結婚する事が決められています。それがスローベン家を守る事になりますから・・・ですが・・・ですが、やはり恋は普通にしたいのです。ふふふ。私にとっては都合が良いのかも知れません。いずれは誰かのもとに嫁ぐ身ゆえ、将来が決まっているからこそ・・・今はミール様を好きでいたいのです」
「やれやれ。羨ましいのぉ・・・」
「こんなにも沢山の美女から好かれるとはっ!もっとドロドロの展開にならんか!いや、きっとなる!残念じゃったなっミール!」
「そんな事にはなりませんよーだ。私達はお互いに認め合ってるんだからっ」
「・・・隠し子が沢山いるぞ、コイツ・・・」
「なっ?!ミケルさんっ!今まで黙っていて久しぶりに喋ったと思ったらそれですか?!」
「ぎゃはははっは!そうじゃそうじゃ!あり得そうじゃのっ!」
「ど、どうなのっ?!ミール!いるの?いないの?!」
「えええ??い、いや・・・いないって・・・」
「ブルニはミール様の子供産めますっ!」
「それならわたくしも万事オッケーですわっ」
「わ、私だって産めるもんっ!ふ、双子だもんっ!」
「いや・・・そこで張り合わんでも・・・」
「おやおやおや、黄色ちゃん。大変ねぇ。これじゃ責任取らなきゃねー?」
「あっ、そだそだっ。ルチアーニさん達ってご結婚されてるんですよねっ??どうやってしたんですか?!私調べたんですけど、1本多数妻ってルーン国ってダメみたいでっ!」
「一夫多妻制ですわ・・・リリフ」
「1本って妙にリアルじゃのぉ・・・」
「ブルニは何本でもいけますっ!」
「ブルニ・・・そういう事じゃない・・・」
「ほっっほっほ・・・リリフちゃん、可愛いじゃないの。健気に人知れず調べてたのねぇ?」
「あああああっ!いやっ!えっと・・・たまたま・・・そうっ、たまたま目についたっていうか!」
「うんうん。えっとねぇ・・・遙か東にね、サーリア国っていう小国があってね。私達の生まれ故郷なんだけど・・・そこはね、認められてるのよ。複数の夫や妻がね。だから出来たのよぉ」
「へぇぇ・・・」
「でもってガタリヤのタウンチームだったからルーン国の永住権もあるのよっ。だからこっちでも籍を入れたまま生活出来てるって事だわさ」
「ひっひっひ。こりゃリリフちゃん達を連れてサーリア国に移住するしかないのぉ、ミールや」
「げっ・・・い、いや・・・ほ、ほらっ。そもそも聖女の話はどーなったんだよっ。結局クワレルはピッケンバーグの事が好きなのか?どっちなんだ!?」
強引に話題をすり替えるミール。
「そうよっ!そうだったわっ!どうなんですか?!聖女様!」
「な、なによっ?!・・・し、知らないわよっ・・・」
ずっと黙っていた聖女だったが、再び注目のマトになってしどろもどろ。
そして・・・尋問に丸1日費やし、聖女の正直な想いを聞いたリリフ達は大盛り上がりになったのであった。
「ここら辺かしら?巨大食中プラントが出現したっていうのは?」
巡礼隊はキーンの横を通過する。あと3日ほどで聖都まで到着しそうだ。
「ええ、そうです、聖女様。かなりの数の輸送隊、冒険者、兵士達が犠牲になって飲み込まれました」
「結構聖都からも冒険者や兵士を討伐に向かわせていたのよ?ルゾッホが慌てていたもの。結局『星々の宿』が向かう事になったみたいだけどね」
「星々の宿??それってなんですか?聖女様」
「なに?田舎娘はそれも知らないの?星々の宿っていうのはルーン国のカントリーチームの名前よ。いっつもどっか行ってて、肝心な時にいないんだから」
「はあぁん!カントリーチーム・・・良い響きですわぁ・・・」
「はあ?乳デカ娘はカントリーチーム目指してるの??無理よ無理っ。アイツら変態だもの」
「変態さんなんですかっ?!カントリーチームさんってぇ・・・」
「人獣娘、よくお聞き。まず、強さが尋常じゃないらしいわ。私はよく分からないけど、ルゾッホがそう言ってた。あと、欲がないらしいの。普通威張るじゃない?権力を握ると。そういった事がないらしくスランデルも気持ち悪がってたわ。無欲過ぎるって。それに加えてお人好しばかりだから、いっつも色んな所に出張して誰かの為に戦っているみたい。ね?変態でしょ?」
「あははは・・・」
「あと、世界で数人しかいない虹ランクの冒険者が1名在籍しています。恐らくミ・・・ガタリヤの英雄様と同等の強さをお持ちかと」
「そのガタリヤの英雄ってのは一体誰なのよっ?!いい加減教えなさいよっ」
「えっと・・・そのぉ・・・」
アーニャが困っているのでリリフが助け船を出す。
「ねえねえ、聖女様っ。今年は巡礼の時期を少し早めたんですよね??やっぱり周期が関係してるんですか?」
「ん?ああそうね。なんかそうみたいよ、私はよく分からないけど。全くいい迷惑よねぇ。私寒いの苦手なのに」
「あははは・・・」
「そもそもどーして決まった周期で出てくるのよ?悪魔種って案外几帳面な性格をしてるのかしら?」
「そうですわ。わたくしも疑問だったのです。何かしらの法則が有る気が致しますわ」
「うーん。あたし達も分からないわね・・・アーニャ様は何かご存知だったりするかねぇ?」
「いえ、詳しく事はなにも・・・」
「ねぇねぇ、ミールは何か知らない?」
「さーね。悪魔種の考えなんて分からないな」
「やっぱりそっかぁ・・・」
「ただ・・・人間が存在し続ける限り、厄災は定期的に訪れるんだろうね」
「ええ??どーゆーこと?!」
「やっぱり悪魔種の根源は生き物の負の感情だからね。今人々の生活は随分と豊かになってきている。貧しい時は少しでも生活を良くしようと一致団結して前向きに進みやすいが、今は全くの逆。それぞれが自分勝手な考えを持ち、世の中には差別、汚職、弾圧、迫害が溢れている。そういった感情が溢れている限り、厄災は定期的に訪れるって事さ」
「でもそんな感情を抑えるのは無理でしょ?人間の愚かさは私にも分かるわ。結局の所、欲望は尽きることが無いもの」
「確かにね・・・だがクワレル。お前はガタリヤやクリルプリスの街と、リビやキーンの街が同じ量の負のエネルギーを出していると思うかい?」
「そ、それは・・・」
「そう、確かに人間の欲望は尽きることが無い。治安が良いガタリヤでさえ、差別や汚職が無い訳ではないんだ。しかし圧倒的に数は少ない。住民の為に日々戦っている領主を見て、自分達も頑張ろうと思っているガタリヤや、良い意味で自由なクリルプリス。圧政に苦しみ、税金をむしり取られ、差別溢れるリビやキーン。負のエネルギーの排出が同じな訳ないよな。だが残念ながら、世界中のほとんどの街はリビやキーンと同じ様な感じだ。これは俺の持論だが、もし国全体が、世界全体がガタリヤやクリルプリスのようになることが出来れば、負のエネルギーは排出が減り、その結果もしかしたら周期にも変化があるかもしれない・・・って話さ。ま、何の根拠もない俺の持論だけどな」
「なるほど。負のエネルギーの排出を世界中で抑える事が出来るのであれば・・・確かに現出を遅らせる事が出来るかもしれない。つまり、重なる周期をズラす事が出来るという事ですね?」
「まあ、意図的にズラすのは難しいと思うけどね。ただ、厄災が起る回数を減らせるなら、それに越したことはないってことさ」
「そ、まあいいわ。どうせ今更手を打っても手遅れでしょうから。とりあえず街の結界の更新は済んだし、やることはやったわ」
「でも聖女様。昔は結界が破壊される程のでっかい敵が現れたんですよね??怖くないですか?」
「ふーん。そうなの?興味ないから分からないわ。でも起ってもいない事を心配する程、無駄なことは無いと思っているの。起ってからで良いのよ、対処するのは」
「でもぉ、聖女様も危なくないですぅ?現に今襲われたら、ブルニ守り切れないかもしれないですぅ」
「確かにぃ。そういえば私聞きたかったんですけど、聖女様のお車って結界発動させてないんですね?他の隊列は全部発動させてるのに。何でなんです??危なくないんですか?」
「はんっ。そんなの私が結界を発動すればいい話でしょ?心配いらないわ」
「え??今って結界発動出来るんですか?魔石無いのにっ?!」
「見てなさい」
聖女はグッと魔力を込める。すると魔動車を中心に15メートルほどの結界が現れた。
「わあっ!凄い!」
聖女は直ぐに魔力を解き、結界を引っ込める。
「せ、聖女様っ!いかがなさいましたかっ?!」
慌てた様子のピッケンバーグの声が窓から聞こえてくる。今日は天気も穏やかで気持ちが良いので、魔道車の窓を開けて進んでいたからだ。
「あー。ごめんごめん。なんでもないわピッケン」
聖女は窓に向かって声を出す。
「左様ですか・・・かしこまりました」
ピッケンバーグは安心した声を残し、離れていく。
「こんな風にいつでも自由に結界を張る事が出来るのよ。まあ、欠点といえば、もの凄く疲れるって事ね。頑張っても30分くらいかしら?魔石が無い状態で結界を張れるのは」
「へええ!凄いですねっ」
「さっきの・・・結界が破壊されたっていう街は・・・その・・・その後どうなったの?」
聖女はさりげなく聞いてくる。言い方は素っ気ないフリをしているが結構気になっているようだ。
「緊急結界を発動して助けが来るのをひたすらに待ったそうです」
「そう・・・それじゃあ住民のほとんどは殺されたのね?」
「はい・・・その時は直径500メートルくらいの広さだったそうです。なので住民の9割以上は結界に入れず、命を落としたと記載されています」
「ふ~ん・・・私がもし緊急結界を発動したら、多分直径100メートルもないわよ、きっと」
「ええええ??!そうなんですか?!」
「私が暗愚の聖女って呼ばれているの知ってるでしょ?結界ってのはね、その聖女の能力がモロに影響するのよ。正に世界最弱の結界を操る聖女の緊急結界が広い訳ないじゃない」
「ふえぇぇん。聖女様ぁ、頑張ってくださぁい」
「こ、こらっ。ブルニっ。聖女様になんて口の利き方!ダメでしょ!」
「いいわよ、別に・・・貴方達の口の悪さはもう慣れたわ。そこの黄色冒険者のお陰でね」
聖女はブルニの頭をナデナデしながら黄色冒険者を見るが、ミールは知らん顔で紅茶を啜っている。
「・・・私はね・・・ピダカウ村っていう小さな村の出身でね。そこで父親の村長と、村長の家に仕える使用人の母との間に産まれたの。つまり、私は妾の子ね。クックロース家は代々の名家らしくてね。世間体を気にしてか、母と私はそのまま屋敷で暮らす事が出来たわ。でも扱いは酷いものだった。村長の奥様・・正妻って言うのかしら?その人と、その子供達が、とにかく執拗に私と母をイジメてきたわ。ま、当然よね。ただでさえ身分の低いメイド、更に妾ですもの。その屋敷で働く誰よりも、長い時間働かされ、コキ使われ、粗末な食事を与えられた。でも暴力は振るわれなかったわ。何故だと思う?ふふふ。一応旦那様、つまり村長が気にかけていたから。アザとかがあったらバレるでしょ?イジメてるのが。本当に陰湿よね。だから父親が母に会いにきてる時は、イジメは無くなり、束の間の平穏を手に入れる事ができた。私も幼かったのね。ずっとここにいて、ってよく駄々をこねたものだわ。時にはイジメを告発したりもした。こんな酷い事をされるのっ!だから帰らないで!ってね。けど、次第に父には、なにも言わなくなった。だって、告げ口した翌日には、もの凄い報復があるんだもの。本当に死ぬかと思うほどの。幼いながら、学んだわ。黙っていれば辛いけど、死ぬ思いはしなくなる。だから気持ちを押し殺して耐えようってね」
「ふえぇぇんんんっ!聖女様っ、可哀想ですぅ!」
なんとブルニは聖女に抱きついてしまった。
聖女もまさか、自分に抱きついてくる者がいるとは思ってなかったようで、キョトンとしている。
「あわわわあぁ。ぶ、ブルニっ!貴方なんてことを・・・」
「す、すみませんっ!聖女様っ!」
あたふたするリリフ達。
流石に無礼な振る舞いと思ったのか、ずっと後ろで控えていたメイドのロココも慌てて止めに入ろうとしたが、聖女はそれを止める。
「ふふふ、何年振りかしら。下心の無い人に抱きしめられたのは・・・」
聖女はそう言うと、ブルニをぬいぐるみのように抱きしめた。
ブルニの赤ちゃんのような、お日様の匂いを嗅ぎながら、聖女は続きを語りだす。
「ある日、いつものように井戸で水を汲んでいたら、突然全身から光の柱が出現したわ。全く意味が分からなくて泣き出して・・・あっという間に村の兵士に連れて行かれた。村中大騒ぎ。この村から聖女が誕生したぞっ、この村は発展するぞってね。私は街から派遣されてきた兵士が用意した、もの凄い豪華な馬車に乗りながら・・・身勝手に喜んでいる村人達をぼーっと眺めていたのを覚えてる。そして聖都の宮殿に連れて行かれて・・・色々と教えられて・・・段々と理解してきたわ。私は聖女になったんだってね。そしてしばらくして、父や母、奥様や腹違いの兄や姉達が面会しに来たわ。あの時の光景は今でも覚えてる。あんなに偉そうに、高笑いしながらイジメてた奥様や子供達がオドオドしてて、代わりに自分の母親がもの凄い立派な服を着て偉そうに歩いてたの。そして公衆の面前で、奥様とその子供達を奴隷のように扱ってたわ。私は唖然とした。イジメられるのが、虐げられるのが、どんなに辛い事か、誰よりも分かってるはずなのにね。信じられないかもしれないけど、聖女になりたての頃は、立派に務めを果たそう、民の見本となる行動をしようと思ってたの。だから母親の行動が許せなかった。それ以来、クックロース家とは一切関係を断ち、母親とも会ってないわ・・・」
聖女は少し瞳を伏せる。その表情には微かに後悔の念が感じられた。
「でもね。笑っちゃうけど、私の信念はあっという間に、何処かに行っちゃったの。そして気づいたら母親のようになっていた。想像してみて。みんなが私にお世辞を言うの、へりくだるの、ひれ伏すの・・これってスゴくない?私は初めて権力というものを知ったわ。それからよね、とにかく権力の力に魅了されたわ。だって誰も怒らないし、殴られないもの。どんなに力が強そうな大男も、学歴が高そうなエリートも、高貴な血筋の貴族共も。揃ってみんな田舎から出てきた私を敬うんだもん。そりゃぁ、勘違いもするわよね。段々と聖女としての振るまいにも慣れてきた頃・・・同時に凄く怖くなってきたわ。大人になるにつれて責任を感じてきたって言うのかしら?正にこのルーン国の全ての人の命が私の背中に重くのしかかってきてるのを感じた時・・・どうしようもなく怖くなった。そして私は逃げた、立派に国を統治する責任から。ふふふ、最初は見本になれる聖女になるんだって思ってたのにね。自分にのしかかる期待が想像より大きすぎたのね、きっと。だから私は立派な聖女に成る事をやめたの。最初は戒めてくる者もいたけど、段々と諦めに変わっていったわ。気がついたら暗愚の聖女なんて呼ばれて、聖女セブンの方々からも是正要求を2回も受ける程、堕落していたわ」
「聖女様、3回です」
間髪入れずメイドのロココが訂正する。聖女は舌をペロっと出して、苦笑い。
「聖女セブンから是正要求が出るなんて前代未聞らしいわ。それを3回も受けてるの、私。本気で聖女資格を剥奪するか議論もされたみたいだけど・・・私は剥奪されても良かった。だってそしたら解放されるもの。まあ簡単に言うと現実逃避ってやつかしら。でもその代わり、とても気が楽になったわ。期待しすぎなのよ、みんな。私はタダの村娘だってのに・・・さっきの話・・・住民を9割も殺されて、自分だけ結界内で生き残る・・・私にはとても出来ないわ、苦しすぎるもの。だからテキトーに聖女して、国民から『ああ、やっぱりあの聖女じゃダメだな』って思われる方がよっぽど楽だわ」
シーンと静まり返る魔動車内。ガラガラと車輪の回る音だけが響いている。
「あらやだ、私なんでこんな話をしているのかしら。全く・・・貴方達といると調子が狂っちゃうわね・・・」
「聖女様・・・」
「とにかく聖女になってからは不安でいっぱいだったわ。周りは私を聖女としてしか見なかった。誰1人、ただの女の子として接する者なんていなかったわ。誰にも不安を打ち明けれない。ドンドンと苦しさだけが募っていく・・・でも、そんな苦しさも、男の腕に抱かれ欲望に身を任せている時だけ忘れられた。だからとにかく沢山の男達と寝たわ。でも結局、情事が終わると、どうしようもない不安が押し寄せてくる。私が暗闇に押しつぶされそうになっていた時に現れたのが貴方達よ。貴方達と接し話をしていると、不思議と不安は消えていった。この数日間はとても・・・とてもよく眠れるわ。巡礼に出発する時にアーニャはルゾッホに言ってたわよね?この冒険者達は絶対に自分を裏切らない、絶対に最後まで自分を守る為に戦ってくれると。あの時は正直、信じていなくて鼻で笑ってしまったけど。あの意味が、ようやく分かった気がする。貴方達は裏切らない。アーニャ、貴方が羨ましいわ。こんな信頼できる人に囲まれて・・・私はただ・・・なんでも言い合える仲間が欲しかっただけなのかもしれないわね。自分を特別扱いしない仲間が」
聖女は膝の上に乗っかっているブルニの頭をナデナデしながら
「・・・私も・・・仲間に入れてくれるかしら・・・」
小さな小さな、耳を澄まさなければ車輪の音でかき消されてしまう程の音量で、ぼそっと一言呟く聖女。
「ああーんっ!私もう限界ーっ!」
そう言うとリリフは聖女にガバッと抱きつく。
「わたくしもですわっ!」
続いてセリーもむぎゅっと抱きつく。
「ほほほ。それじゃああたしも行こうかね」
ルチアーニも暖かく聖女を包み込む。
「さあっ、アーニャ様もっ!」
リリフが躊躇しているアーニャを促す。アーニャは頬を高揚させて深くうなずくと遠慮がちに聖女の背後から抱きつく。
「ほらほらっ、ロココさんもっ!」
「ええ??わ、わたくしもでございますかぁっ?!」
「もちろんっ!」
ロココは満面に笑みを浮かべ、幸せそうにぎゅーっと抱きつく。
「な、何よ突然・・・」
聖女は皆の思いがけない行動に思考が追いついていないようだ。
「クワレル。お前は自分の事を暗愚の聖女と言っているが、俺はそうは思わない。だってそうだろ?こんなに皆に愛されているんだ。お前はちょっとばかし、責任感が強すぎたようだな。だがお前はただの村娘だ。ドーラメルクの聖女と同じ事は出来ないのさ。これからは身の丈にあった行動をすることをオススメするよ。自分に出来る事をすればいいんだ」
聖女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
その涙はずっと、ずっと前から流したかった涙だったのかもしれない。
「全く・・・暑苦しいじゃない・・・でも、悪くないわ」
聖女は目を閉じながら全員の体温を感じる。
「しょ、しょうがないのっ。それじゃあワシらも・・・」
「来たら打ち首よ、平民」
ロイヤーの言葉を被せ気味に打ち消す聖女。
「そ、そんなぁ。殺生なぁ・・・」
「あははははっ!」
大きな笑い声に包まれる魔動車。
そんな笑いの声が窓から漏れてくるのを聞きながら、ピッケンバーグは人知れず笑みを浮かべるのであった。
続く




