聖女巡礼⑪
「食中プラントの件、ブラトニック様なにもしてないですよね?」
そう言うと、馬に乗って去っていく。
遠くからブラトニックの憎しみのこもった叫び声が聞こえてくる。
「アーァ―――ニャーーァ―ア―ァ―!!」
⇨聖女巡礼⑪
翌朝、聖女のイケメン近衛隊長ピッケンバーグが兵を率いてアーニャのもとに参上した。
「アーニャ様、おはよう御座います。本日ガタリヤに到着する予定ですので、慣例により先頭で巡礼隊を率いて下さいますよう、宜しくお願い致します。しんがりはわたくし共が担当致しますので」
「分かりました。ピッケンバーグ様、どうぞ宜しくお願い致します」
ピッケンバーグはアーニャの瞳の輝きに少し驚いた表情を浮かべ
「良い表情になられましたな」
なんともまあ、優しく笑顔で呟く。
こんなイケメンが、こんな笑顔をしたら反則だろ?と言いたいなるほど、吸い込まれそうになる魅力を放っていた。
「し、失礼っ!お任せ下さい!アーニャ様!」
聖女の近衛隊長とて、まだまだ身分は領主代理であるアーニャの方がずっと上だ。失礼な口を聞いてしまい、慌てて訂正する。
しかし、当然だがアーニャは全く気にする様子はなく、トール隊長が用意した馬に颯爽と跨る。
「では参りましょう!ピッケンバーグ様っ、馬上にて失礼します。ごきげんよう!」
アーニャは力強く手綱を引き、馬を走らせた。
「ありゃりゃ、アーニャ様、1人で行ってしもうた」
「元気が有り過ぎるのも考え物じゃなぁ」
「なにボケッとしとるんだいっ!ほらっ!早く追いかけるよ!」
「きゃー!走れぇー!」
「あはははっ!」
プラスのエネルギーは伝染する。
リリフ達も衛兵達もガタリヤの、アーニャの立場が悪い事は当然、認識している。
しかし自分の所のボスが前を向いて突き進んでいるのだ。
余計な事は考えず、やれることをやろう。
そんな考えのもと、序列1位の座が確定してしまい、どこか覇気の無い巡礼隊の中で、意気揚々と突き進むガタリヤ隊であった。
丸一日歩き続け隊列はようやくガタリヤに到着した。もう夕陽が傾き始め、日が暮れそうな時間だ。
しかし、明らかに雰囲気が違う。
これまでの、どの街とも違う雰囲気を放っているのが、遠くからでも感じ取ることができた。
「あれは・・・」
段々と近づくにつれ、他の街の巡礼隊も変化に気付く。
まさに・・・
大歓声
結界ギリギリまで人々が押し寄せ、アーニャや聖女に声援を送っているのだ。
紙吹雪が舞い、指笛が鳴り、拍手が鳴り響く。
人々は心からの笑顔で巡礼隊を迎え入れたのだ。
「こ、これは・・・」
「アーニャ様っ!凄い人っ!これもアーニャ様のご指示なのですかっ??」
「い、いえ・・・私は全く知りませんでした・・・」
アーニャや聖女が門を潜り町に入ると、更に歓声は大きく鳴り響く。
ガタリヤ全住民が集結しているのでは無いかと思ってしまう程、凄い人集りだ。
だがしかし、警備兵が押し寄せる人々を、必死に大声を出しながら押し戻すような、統制が取れていない異様な雰囲気などは一切無い。
皆、マナー良く綺麗に整列して、警備兵の指示をよく聞いているようだ。
アーニャをひと目見たい、聖女をひと目見たい。
そういった自分本位の野次馬で集まったのでは無く、アーニャに感謝を伝えたい、聖女様にありがとうを言いたい。
そういった純粋な気持ちで集まった事は、観衆が口にする言葉を聞いても見て取れる。
「アーニャ様ぁ!お帰りなさーいっ!」
「いつもありがとぉ!アーニャ様ぁ!」
「聖女様ー!ガタリヤにようこそぉ!」
「ありがたやありがたやぁ」
「こんな遠くまでありがとうございます!聖女様っー!」
アーニャは馬車を降りて、先頭を歩きながら観衆に手を振る。
意外だったのが聖女。
今まで全ての街で人々に姿を見せる事などなかったのだが、ここまでの大歓声で向かい入れられて、聖女も悪い気はしないようだ。
魔動車の屋根から姿を現し、笑顔で観衆に手を振っている。
「す、凄い群衆ですわぁっ!」
「なんか私に向かって歓声を送られてる訳では無いってのは分かってるけどっ、ちょっと良い気分ねっ!」
「皆んな、とっても嬉しそうですっ!」
「やっぱりこれよね。序列が高いからって良い政治をしてるとは限らないってことさね。アーニャ様も驚いてたろ?ということは、住民達が自主的にやっているって事だわ。無理矢理命令されてやらされるのとは歓声の質が違うんだろうねぇ。だから聖女様もお姿をお見せになったって事じゃないのかしら」
大歓声に背中を押されながら、アーニャ達は屋敷に到着した。
屋敷にはダストン将軍が兵を率いて整列している。
「アーニャ様、よくぞご無事で」
「ダストン将軍こそ留守中の統治ありがとうございました。貴族連中の動きは如何ですか?」
「はっ!今の所沈黙しております」
「そうですか。恐らくダストン将軍が睨みを利かせていたからでしょう。感謝致します」
「とんでもございませんっ!」
「あと、住民のみなさんの熱烈な歓迎もありがとうございます。あれはダストン将軍がご指示を出したのでしょうか?」
「いえっ!街の連中が進んで声をかけて集まったようです。アーニャ様に少しでも恩返しをしたいと口々に言っておったようです」
「そうでしたか・・・」
アーニャは胸の中が暖かくなるのを感じる。
そんな中、聖女の車も屋敷前に到着した。
「アーニャ、貴方随分と民に慕われているのね。正直驚いたわ」
「いえ、わたくし1人の力ではありません。いつも支えてくれる重臣の方々、そしてこの素晴らしい住民の皆さん。本当に私は人に恵まれていると感じております」
「ふーん。まあいいわ。早速魔石に行きましょう。面倒なことは早く終わらせたいわ」
「はっ。あの・・・聖女様。わたくしの護衛もご一緒してもよろしいでしょうか?・・・」
「ふー。貴方本当にあの頼りなさそーな冒険者達が大好きなのね?いいわ、好きにしなさい。アーニャ、次の巡礼ではもっと頼りになる、最低でも銀ランクの冒険者を同行させれるように頑張ることね」
「えっ・・・」
「何よ?出来ないの?」
「い、いえっ!とんでもございませんっ!聖女様のご期待に応えられるように精一杯精進したいと思いますっ!」
「ふん。さ、行くわよ」
「はっ!こちらでございます!」
アーニャはしどろもどろで聖女を案内する。
アーニャの中ではガタリヤの最下位は変わらないと思っていたし、もはや別に順位を上げようとも思っていなかった。
自分はこの巡礼が終わったら領主では無くなる。
だからこそ、せめてそれまでは精一杯自分に出来る事をやろう、正直に誠実に対応しよう、住民の期待に恥ずかしくない対応で応えよう。
そういった無欲な感情で聖女に接していたので、急に聖女から未来の話をされて面食らってしまったという訳だ。
聖女もアーニャが今年も最下位を取ったら領主ではなくなるガタリヤの実情を知っているはずなのに?・・・
アーニャの頭が整理される前に聖女はドンドンと先に進んでしまう。その後をルゾッホ将軍やピッケンバーグ達近衛兵が続く。
ルゾッホ将軍はダストン将軍の前に差し掛かるとピタッと立ち止まるが、ダストン将軍は表情1つ変えずに視線を合わせる事も無い。
ルゾッホ将軍は苦々しい表情を浮かべながら聖女の後を追うのであった・・・
一方、アーニャも急いでリリフ達に駆け寄る。
「皆さんっ!聖女様がこれから魔石に力を注いでくださいます。リリフさん達も一緒に同行して頂いてもよろしいでしょうか?聖女様のご許可は頂いていますので」
「ええー!?いいんですかぁ??是非見たいですっ!」
「ではこちらへ。普段は立ち入り禁止の場所なので、私から離れないようにお願いしますね」
アーニャに連れられて、リリフ達は屋敷の隣にある結界棟に入っていく。
「スッゴい警備が厳重ですねっ!アーニャ様」
「ええ、ここは正にこの街のキモと言うべき場所ですから。もし、中心にある結界魔石を破壊されたら一巻の終わりなので、どの街も厳重な警備がなされているのです」
「もし・・・破壊されたらどうなるのでしょうか?・・・」
「当然ですが・・・結界が消えます、一瞬で」
「ふええぇんん」
アーニャはブルニの頭を撫でながら
「通常、どの街も結界魔石は予備を用意しているので、そちらに切り替える事になりますね。そうすれば結界は再度復活します」
「予備も破壊されてしまったら?・・・」
「そんときゃ、あれじゃ。また予備の予備を使えばいいんじゃろ?」
「いえ、基本的に予備は1つまでです」
「えー?どうしてー?」
「結界魔石が地脈を通じて聖女様の力を得ているのはご存知でしょうか?街などで使われる巨大魔石はその性質上、常に地脈に触れている必要があります。それは予備の魔石も同じ事で常に地脈に触れていないと力を失ってしまい、いざという時に使う事が出来なくなるのです。しかし、巨大魔石が3つを超えてしまうと力が分散され、正常に聖女様の魔力を得ることが出来ず3年を待たずに力を失ってしまいます。なので何処の街でも2つが限界なのです」
「へえぇぇ・・・上手くいかないモノなんですねぇ」
「実際に・・・破壊されたって例はあるんですぅ?」
「まだ戦争が頻繁に起っていた時代は何回かあったそうですね。ただ、街を支配しても結界が無いと植民地にすら出来ませんので、完全に廃墟にする目的の場合くらいしか結界の破壊は行われてなかったようです。あとは・・・テロリストによる破壊工作でしょうか?危険な思想に染まってしまう人は何処の街にもおりますので」
「やれやれ。とんでもない奴らじゃのぉ」
「今の時代は自白魔法があるので、国ぐるみでの画策はほとんど見受けられません。そのかわり街に不満をもった人々のテロ行為は日に日に増えていると言ってもいいでしょう。1番怖いのが内部の人間をテロ思想に染め、捨て駒に使う事。なので頻繁に警備の兵は自白魔法によって検診を受ける事になっています。そして・・・」
アーニャは扉の前で立ち止まる。
「この扉のように、特定の人の魔力を込めないと開かない仕組みになっています。奥に行く程、開錠出来る人物は減っていき、最終的には、私とダストン将軍、そしてこの結界棟の責任者、開錠するには3人の魔力が同時に必要となる仕組みですね」
「へええ!凄い仕組みっ!」
「正に鉄壁のディフェンスですわねっ」
「でも・・・そういえば今思い出したけど・・・あたしが子供の頃に、西の国には魔物の手に落ちてる街があるって聞いた事があるわ。幼心に西の国は怖い所だって思ってたんだけど・・・実際来てみればそんな事も無いし・・・あれは気のせいだったのかね?」
「おー、そういえばワシも聞いた事あるぞい」
「えぇー?だって魔物って結界に弾かれるよね?今まで結界が突破されたのって・・・1500年くらい前だったっけ?その時だけって言ってたし・・・かなり前の話だから違うんじゃないのかなぁ?」
「そうよねぇ。そう言われるとオカシイねぇ。噂にもなってないし・・・子供の頃の話だし、気のせいだったのかもしれないね」
一瞬の沈黙の後、アーニャが語り出す。
「・・・ルチアーニさんの言っている事は事実です・・・情報統制がされているので、一般民には知れ渡っていませんが・・・実際に、今現在も魔物の手に落ちている街が1つだけあります」
「えっ?!」
「正確には魔物ではなく、魔族ですね。詳しくは話せませんが、確かに街が魔族の手に落ちております。その教訓を活かし、扉の施錠の他に、この廊下の至る所で検問石を設置しております。魔族が入れないようにと・・・」
「アーニャ様っ!いったいそれは・・・・」
「アーニャっ!何時まで待たせる気?!早くなさい!」
最後の扉の前で聖女が腕組みをしながらぷんすかしている。
「も、申し訳ございませんっ!只今っ!」
アーニャはダッシュで駆け寄り、扉に魔力を込める。
同じようにダストン将軍、そして今まで聖女を案内していた責任者も魔力を込める。
ゴゴゴッォゴゴ・・・
低い振動を響かせながら、最後の扉が開いていった。
そこには大きな魔石が鈍く光りながら中央に鎮座していた。
部屋の大きさは小学校の体育館くらい、魔石は高さ15メートルくらいある巨大魔石だ。そして少し奥の斜め右に、ちょっとだけ小ぶりの10メートルくらいの魔石も置かれていた。
「うっわぁぁ!おっきいぃぃ!」
「すごいですわっ!」
「はわわぁ・・お山さんみたいですぅ!」
結界魔石の大きさに声を上げるリリフ達。
「うっるさいわねぇ。田舎者丸出しじゃないっ。全く恥ずかしいったらありゃしないわっ!所詮は平民ねっ」
聖女は馬鹿にしたようにフンっと肩にかかった髪をはらう。
「せっ、聖女様っ!これってどうやって作られてるんですかっ?!」
「あっ!ブルニも気になりますぅ!」
「はっ?・・・えっと・・それは・・」
「それは?!」
ワクワクと純粋な目を輝かせて、聖女の答えを待つリリフとブルニ。
「コラッ!リリフ!聖女様に気安く話しかけるんじゃありませんっ」
「そ、そうよっ。き、気安く話しかけないで頂戴っ」
セリーの言葉にホッとした感じの聖女様はプイッとソッポを向く。
「えーん。ごめんなさーい。だって気になるんだもーん」
「リリフさん。結界魔石はゴルニュード鉱石といった特別な石を基に作られております」
アーニャが代わりに説明する。
「ごる・・にょーど・・・」
「ルーン国から南方にあるカフロタスという国にある巨大な鉱石湖の名前です。非常に広大な湖が全てゴルニュード鉱石で形成されており、一見、普通の湖と勘違いしてしまうようなのだとか。そのゴルニュード鉱石は結界魔力と非常に相性が良く、世界中で使われておりますね」
「へえぇ・・あの・・世界中で使ってたら・・取り尽くしちゃいません?」
「確かにその心配はありますね。ただ、全て取り尽くすのは5000年以上かかるようです」
「えっ!?ご、ごせんねんん!?」
「ええ。現在、聖女様が誕生して2500年が経過しておりますが、その間、使用した鉱石は全体の4分の1くらいだそうです。最初の頃よりかは、現在の方が使用量は増えてるとはいえ、最近はリサイクルする量も増えております。あと5000年は余裕で持つだろうとの試算だそうですね」
「へぇぇ・・」
「そしてリリフさんのご質問、どうやってこの巨大魔石を作り出しているかと言いますと、そのゴルニュード鉱石を2〜3メートルくらいの大きさで削り出し、30個ほど用意します。そして魔道粘液という素材を使って組み合わせ、固めた物がこのサブの魔石なのです」
「さ、サブの魔石?」
「ええ、そうです。結界魔石は使用していると日々劣化していくのです。それを定期的に魔道粘液で補修して効果を維持しています。簡単に言うとコーティングですね。魔道粘液を塗り重ねていくので、段々と魔石は大きくなっていき、今の大きさになっているのがメイン魔石ですね。つまり、このメイン魔石も50年前はサブ魔石のように10メートルくらいの大きさだったのですわ」
「ひょへぇ・・」
「このメイン魔石はそろそろ役目を終える大きさになってきました。どうしてもこの魔石室にサイズを合わせる必要がありますので。その時は聖女様にお手間を取らせてしまいますが、何卒宜しくお願い致します」
アーニャは聖女に向かってお辞儀をする。
聖女はというと、完全に『ふむふむ、へ〜、そうなんだぁ』って感じでアーニャの話に聞き入っていたので、急に振られてビックリ。
あたふたと、さも知っていたかのように取り繕う。
「ふぇっ!?そそそそうね。ま、任せて頂戴。ヨユーよ。余裕」
「ふぁぁ・・流石聖女様っ」
「カッコいいですぅ」
リリフとブルニの純粋な目にドギマギしながら、前髪を整えつつメイン魔石の前に歩いて行く。
「さ、さてっと・・じゃ、じゃあまずはメイン魔石からいくわよ。離れてなさい」
聖女が巨大魔石に手を触れ、魔力を込める。
すると神々しい光が満ちて1番最奥の部屋なのにも関わらず、一瞬外にいるかと勘違いしてしまいそうな穏やかで、すがすがしい光に包まれた。
しばらくすると光は魔石に吸収されるように吸い込まれていく。
部屋の中央には先程まで鈍い光を放っていた巨大魔石が、無数の粒がキラキラと色とりどりの色で光り輝いている魔石に生まれ変わっていた。
「キレイ・・・」
聖女はふうっと息を吐き、少し小ぶりの魔石にも同じように魔力を込める。
「このサブの魔石を本当は少し離れた場所に置けると破壊工作の対策としても良いのですが、どうしても地脈が1番太く、良質な場所に置く必要があるのでガタリヤでは同じ部屋に置かれています」
「ガタリヤではって事は、別々に保管している街もあるっちゅーこっちゃな?」
「ええ、そうです。地脈が広かったり、二股に分かれていたりする街は別々で保管している所もありますね。キーンとかはそのタイプです」
「へぇ・・・」
「はいっ終わりっ!あー。お腹減ったわぁ。アーニャ、直ぐに食事の用意をして頂戴」
「はっ。かしこまりました。お部屋にご案内致します、どうぞこちらへ」
アーニャは聖女を案内する為に部屋を出て行く。
「では、皆様も晩餐会の大広間までご案内致しますね」
メイドのルイーダがリリフ達に声をかける。
「うんっ。ありがと、ルイーダさん」
ちなみに、この結界魔石を作り出す上で、重要な部分を占めているのが『村』の存在である。どう関わっているのかは、いずれ語らせて頂こう。
結界棟と領主の屋敷は通路で繋がっており、そのまま外に出なくても移動する事が出来た。
屋敷内は家具や絵画、彫刻などがセンス良く置かれていて、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。
家具も絵画も彫刻も、どれも年代を感じさせる物ばかりで、他の街の領主の屋敷・・・特にリビの領主のように金ピカに眩しいほど光り輝いている物など1つも無い。
廊下は所々修復している箇所があり、階段の手摺りも木製で欠けている部分もあった。
照明のシャンデリアも古いガラス細工で出来ており、明るさはイマイチ。
彫刻も、騎士の甲冑も、鈍い光を辛うじて放っている程度。
そんな豪華とはとても言えない古い家具達に囲まれた屋敷だったが、何故か落ち着く。
優しい光を放つ照明も、それに呼応するように鈍い光を放つ家具達も。
メイドや従者が日々、丁寧に丹精込めて磨いている光景が目に浮かぶようだ。
今は基礎魔法に時計があるので、ほとんど使われることが無くなった大きな古時計がチクタクと小さな音を刻んでいる。
そんな暖かい雰囲気に包まれている屋敷だった。
大広間に入ると、テーブルが所狭しと置かれていた。
「わあ、なんか凄いテーブルの数ねっ」
「本当ですわぁ、これはもしかして、わたくし達も同席して食べられるのでは無いでしょうか??」
「まっさかー。そんな事ないってっ!あははっ」
「これはこれは、皆様、巡礼のご同行ご苦労さまです」
いつもアーニャの側にいた、側近と思われるご老人が挨拶してくる。
「あっ!いえっ!こちらこそですっ!いつもありがとうございますっ!」
リリフは慌ててお辞儀をする。
そんなリリフをじぃーっと見つめるご老人。
「えっと・・・・その・・・」
リリフはどうして良いか分からずオロオロしてしまう。
「おっと。これは失礼しました。いやはや、最初に冒険者を連れて巡礼に参加する事になったと通話で報告を受けた時は、どうなることかと肝を冷やしましたが・・・なるほど、貴方達がアーニャ様を導いてくださったのですね?先程アーニャ様にお会いしましたが、巡礼に旅立つ前と後では、顔つきがまるで別人のようでございました。我が領主に変わりお礼を申し上げます」
「いえいえっ!こちらこそアーニャ様にはいつも助けて貰っちゃってて・・・とても同い年には見えないっていうか、私の目標でもあり、ライバルですっ!」
「ライバル?・・・ほっほっほ。左様でございますか。なるほどなるほど」
ご老人は満足げにうんうんと頷きながら、他の領主達に挨拶しに行く。
「皆さん、今宵の晩餐会は領主以外の方々もご一緒でお食事をして頂こうという、アーニャ様からのご提案なのでどうぞお席にお着きください」
ルイーダが椅子を引き、リリフ達に着席を促す。
「ええー!?ホントにぃぃ?!!」
「やっぱりですわっ!流石アーニャ様ですわぁ!マイロードオブアーニャ!クイーンオブアーニャですわああ!!」
「こ、こんな豪華なテーブルでお食事するなんて、初めてですぅ」
「こ、これは・・・テーブルマナーなるモノがあるのですよね?・・・全く分からないのですが・・・」
「がっはっは!そんな事気にせんでいいわいっ!ワシら相手になにを気取る必要があるんじゃ?好きに食べればよいって!」
「そうそう、お腹いーっぱい食べればいいのさね。タダ飯ほど上手いもんはないってねっ!」
他の領主達もザワザワしているが、特に異論や反論する者はいない。
というより、もはや消化試合といった感じの空気が流れているので、『もうどうでもいいよ~』って感じだ。
順位もリビが1位なのは確定だし、今更どうあがいても無駄無駄。
それよりもさっさとガタリヤ、そしてクリルプリスを終わらせて暫定順位を確認し、順位融通に勝負を賭けよう。
最悪の場合、リビの領主ミラージュに取り入る策を弄しなければ。
そんな感じで流れ作業のように日々日程を消化し、暫定順位発表後の対応に思いを巡らせているようだった。
「あ~!お腹空いたぁ!」
聖女が全く色気のない、ダボダボの寝間着のようなスタイルで大広間に入ってくる。
なるほど、よく見ると意中の人ペインの姿が無い。
領主達の嘆願通り、本日は別行動のようだ。
それにしてもあまりに色気がなさすぎる。
どうやら聖女自身も、ガタリヤの貢ぎ物(特に童貞男)には、なにも期待していないらしい。
「あらあらっ。今日はやけに大勢なのね?まあいいわ。早く食べましょ」
聖女は席に着くと、早速用意されているパンにかぶりつく。それを合図にドンドンと料理が運ばれてきた。
メイド達は大忙しだ。目まぐるしく動き回っている。
最初は聖女や領主達と同席して食事するのを躊躇していた者達も、聖女の『私の今日の仕事は終わりましたっ』って感じの格好や、領主の『もうどーでもいいよ~』って感じの雰囲気に安心したのか、バクバクと料理を平らげていく。
それに伴ってドンドンと料理が消化されていくので普段の晩餐会の数倍忙しい。
「え~、皆様。本日はガタリヤの晩餐会にご参加して頂きありがとうございます。本日は僭越ながら、わたくしアーニャが料理の説明をさせて頂きます。その後に聖女様への『信頼の証の贈呈』をさせて頂きたいと存じます。宜しくお願いします」
アーニャが声を拡大させる魔石を使い、話し始める。
「あら?アーニャも出すの?私はてっきりしないと思ってたから、こんな格好で来ちゃったわ」
聖女はちょっと首をすくめて残念がるが、直ぐに料理を食べ始める。
「本日の料理のテーマは『疲労回復』でございます。巡礼も終盤に差し掛かり、疲れも溜まっている頃かと思います。どうぞ皆様、本日は沢山お召し上がりになり明日の活力を蓄えてくださいませ。では早速、今皆様のテーブルに並ばさせて頂いております前菜は海産物の春巻きでございます。ガタリヤは運良く、クリルプリスの街と近いので皆様がなかなか口に出来ない新鮮な海産物が豊富にございます。新鮮な海産物は疲労回復効果が高いとご存知でしょうか?どうぞご堪能くださいませ」
「ふん、まあまあじゃな」
貴族連中も無愛想な顔をしているが、しっかり食べている。
「次に海産物のカルパッチョでございます。こちらは少しピリ辛のおソースでお召し上がりください」
「ほほぉ・・・これは・・・」
「うむ・・・ピリ辛になるだけで、随分と印象が変わりますな」
貴族連中のフォークも進む。
「次にガタリヤ特産のトウモロコシを使った山菜のソテーです。色とりどりの山の幸は様々な病を防ぐと言われております。どうぞご一緒にお召し上がりください」
「おおぉ・・・野菜とは思えない甘さじゃな・・・」
「ふむ、苦さがまるで無い」
貴族連中は感心したように食す。
「次に、メインのガタリヤ産のトンプーステーキです。トンプー肉は疲労回復効果が高い事で有名です。どうぞお召し上がりください」
「はははっ。ここでガタリヤ産のトンプーを出すとは。やはりガタリヤは何処までいってもガタリヤですな」
「左様。折角のメインが台無しでありますな」
「やれやれ・・・安い肉を我々高貴な貴族に食べさせようとは・・・」
かなりの高評価だったこれまでと違って、今回は全く手を付けようとはしない貴族連中。
しかし・・・
「うんまあああぁぁいいいい!なにこれぇっ!めっちゃ美味しいぃっ!」
大広間に聖女の大声がこだまする。
「え??ナニナニ?!ガタリヤ産って言ったわよね?!いつの間にこんなに美味しいトンプーを飼えるようになったのっ!」
聖女があまりにも絶賛しているので、貴族共もいぶかしげに一口頬張る。
「なっ!なんとっ?!」
「うおおぉ!なんじゃっ!これは?!」
「これは凄いっ!旨みが凝縮されておる!」
「し、信じられん!これがガタリヤ産なのか?!どんなトンプーなのだ!教えてくだされっアーニャ殿!」
「これは皆様がご存知の通りの、市場に出回っているガタリヤ産のお肉です。間違いございません。しかし、このお肉は熟成肉という特別な製法で作り出したお肉の部類に入ります」
「じゅ、熟成肉だと??そんな物聞いた事ないぞ?!」
「はい、世界でもガタリヤだけの製法でしょう。残念ながら、他の皆様に製法をお伝えする事が出来ません。何故ならこのお肉は長期に保存もでき、味も濃厚です。今後、ガタリヤを代表するお肉になる可能性が高いからです。ですが、ガタリヤでも現在試行錯誤の段階でございまして、まだ安定供給には至ってございません。しかし聖女様、これは紛れもないここでしか食べられないお肉でございます。どうぞご堪能くださいませ」
「うふふ。世界に唯一のお肉って訳ね。面白いじゃない。もっと食べたいわっ!おかわりを持って来て頂戴っアーニャ」
「はっ。只今お持ち致します」
「わ、ワシもくれっ!」
「ワシもじゃ!」
大好評の熟成肉。以前ミールが振る舞った、グレービー作の熟成肉だ。
アーニャから昨日どうしても晩餐会で出したいと要望があり、急遽グレービーに連絡を取って用意して貰ったというわけだ。
その代わり、熟成肉の研究資金の用立てと異端児のイメージ払拭、及び向上を約束している。
え?アーニャとグレービーは直接会ったのかって?
では先程の厨房でのやり取りを書かせて頂こう。
皆さんのご想像通り、いや、期待通り。もちろん大騒ぎだった。
「アーニャ様っ。まだメインの肉が来ておりませんぞ?!このままでは間に合いませんっ!」
調理長の男が慌てた様子でアーニャに訴える。
「もう少し待ちましょう。他の料理の作製に尽力してください」
「しかしっ!こんな準備時間もなければ、もはや焼くことくらいしかできませんぞ?!ガ、ガタリヤ産を悪くいうつもりはありませんが・・・聖女様にお出しできるとは到底思えません!」
「大丈夫です。私を信じて下さい、調理長。焼くだけで圧倒的な違いを生み出せます」
「むうぅ・・・」
「アーニャ様っ。グレービー様がご到着されましたっ!」
ルイーダが急いで調理場に入ってくる。
「直ぐにお通ししてくださいっ!」
「はいっ!グレービー様っこちらへどうぞっ!」
アーニャは、グレービー様とはどんな人なんだろう?と思いを馳せていた。
今までに無いお肉を作り出すのはさぞ大変だっただろう。
失敗だらけで根気がいる作業だったに違いない。
寡黙で真の通った人なのかもしれない。
ミール様達が信頼している人なのだ。
リリフさん達も命を救われたって言ってたし。
きっと素晴らしい人格者の方に違いない。
そんな人を頭に浮かべて、調理場でグレービーが入ってくるのを待ち受ける。
そのアーニャの目に飛び込んできたのは、蛍光ピンクに身を包んだ筋肉質のおっさんだった。
今日もフリフリのドレスに身を包み、頭には大きな水玉リボン。
付けまつげバッチリで、真っ赤な口紅をさしている。
ガタリヤでは入手が難しいといわれている、塗るとキラキラに光るファンデーションを惜しげもなく塗りたくり、ありとあらゆる場所が光りまくっている。
「きゃ~!おっまたせぇえぇ!みんなのアイドル、グレービーちゃんのお出ましよおぉぉぉ!やっだぁ!貴方がアーニャちゃんねっ?!思ったよりもずっとガリガリのブスなのねぇ!まあ、でもしょうがないわっ!この世にグレービー様という美の結晶が降臨してるんだものっ!その他大勢はブスになって当然よねっ!」
「・・・あっ・・・えっ・・・ぐ・・・ぶす?・・・・」
アーニャはあまりに想像を絶する人物の登場に絶句している。
目に入ってきている光景と耳に入ってくる音が脳の中で一致しない。
完全にエラーを起こしている。
「ま、なによ!口をポカーンと開けちゃって。ただでさえブスなんだから背筋くらい伸ばしなさいったら。あら~ん。貴方が料理長ねっ!シブいじゃないっ!素敵よぉぉ!」
「ひ、ひいっ・・・」
完全にお化けを見たって感じの悲鳴を上げる調理長。
「おのれっ!何やつっ?!」
アーニャの護衛をしていたトール隊長が、完全にグレービーを不審者と思い剣を抜く。
「きゃ~!なによなによっ!人が折角わざわざお肉を持ってきてあげたって言うのにぃっ!きぃ~!これだから貴族は嫌いよっ!」
アーニャはようやく「ハッ」として正気を取り戻す。
「ぐ、グレービー様。失礼致しました。わたくしは領主代理のアーニャと申します。本日はわたくしの無理なお願いを聞いて下さり感謝致します」
「全くもうっ!ミールちゃんの頼みじゃなかったらとっくに帰ってる所だわっ!ガリガリブスッ!ミールちゃんに感謝するのよっ?!」
「ガリっ・・・はい。ありがとうございます、グレービー様。ミール様からお聞きになっているかと思いますが、私はこのお肉をガタリヤの名産品にしたいと思っております。つきましては研究資金を用意しますので、何卒お力をお貸し願えないでしょうか?」
「ふうぅぅん。あたし的には、細菌の研究をしたかっただけなのよん。偶然美味しいお肉ができちゃったからミールちゃんにお・す・そ・わ・け・したけどねん。だからあんまりこれでお金儲けしようって考えは無いの。でも、そうねぇ・・・アタシもガタリヤは気に入ってるし、ミールちゃんの頼みでもあるし、と・く・べ・つ・にお願いを聞いてあげてもいいわよぉん」
「ア、アーニャ様っ。本当にそこまでする程の肉なのですか??このような得体の知れない者が持って来たものなど・・・」
「あらっ?料理長、貴方食材を見た目で判断するのかしらぁ?さあっこれをご覧なさいっ!」
グレービーは背中に背負っていた袋から巨大な肉の塊を調理台にドンっと置く。
「こ、これは・・・カビているではないか?!こんな物出せるか!」
「ちっちっち、甘いわね。いい?ちゃんと見てるのよぉ」
そういうとグレービーはカバンから包丁を取り出す。
そして肉の外側を丁寧に削り取り始めた。
「ぬおぅ・・・これは・・・」
「キレイ・・・」
現れたのは真っ赤なルビーのような赤身。グレービーはそれを切り分けていく。
「いい?外側をこれくらい削り取って、中身を使うの。だいたい3割くらい削り取るから、お肉の部分は更に稀少価値があるのよぉ。このフライパン借りるわねん」
グレービーは慣れた手つきで肉を焼き始める。
「フンフフン♪」
この世で最もおぞましい鼻歌を歌いながら、塩とコショウで味を整える。
「はあいっ。出来上がりぃ。外はカリッと中はジュワッと。極上ステーキのでっきあがりー!さあ、食べてご覧なさいっ!」
アーニャや料理長、他の料理人から配膳係のメイドまで、その場にいる全員分を切り分けるグレービー。人を差別しないグレービーらしい振る舞いだ。
「うおおおっ!なんだっこれは!!」
「美味しいっ!」
「す、凄いっ!こんなに味わい深いお肉、始めてですっ!」
歓声を上げる人々。
「どう?分かったかしら?食材は見た目じゃないのよ。もちろん人間もねっ」
料理長はガシッと膝をつき
「すまなかったっ!自分が間違ってたっ!是非この肉を使わせてくれっ!頼む!」
料理長の男らしい謝罪を受け
「あらぁ~んっ。やっぱり貴方、良い男じゃないのぉ!気に入ったわっ!いいわっドンドン使って頂戴っ!」
「ありがとうございます。グレービー様。私も再度、改めて思いました。人は見た目ではないと。今後は異端児の皆様の汚名払拭、地位向上に務めたいと思います・・・私が領主代理であればの話ですが・・・」
「あらっ?!ガリブスのやりたい事は領主代理じゃなきゃ出来ないのっ?」
「ブっ・・・」
「何かを始めるのに肩書きなんて必要ないわ。ガリブスが熱意をもって行動すること、それに人は引き寄せられるのよ。ガタリヤの住民はガリブスが領主代理だから付いてきてるの?違うわ、今日の街の大歓声を聞いたでしょ?みんなあんたが好きだから頑張ってるのよ、助けようと行動しているのよ。あんなに多くの人を動かせる力があんたにはある。凄いじゃないっ。そんな領主代理がどうだとかクダラナイ事言ってないで頑張んなさい」
アーニャの目から涙がこぼれ落ちる。
正に不意打ちのような感じでアーニャの心に響くグレービーの言葉。
「やっだぁ!ちょっと気持ち悪い事言っちゃったわぁあぁ!もうっ調子狂っちゃうじゃないっ!それじゃあお姉さんは帰るわよっ!人生楽しみなさいっ!バイバーイ♪」
グレービーはフルーティーな香りを残して去って行った。
やはり素晴らしい人格者だったわ。
アーニャは涙を拭きながら調理台の上に置かれている肉の塊を見るのだった。
「おっかわりぃ~!」
「せ、聖女様・・・これで5皿目ですわ・・・流石に食べ過ぎなのではないでしょうか?・・・」
メイドのロココは心配そうに聖女を諫める。
「むうぅぅ。わかったわ。じゃあ最後、これで最後にするからっ!」
「は、はい・・・かしこまりました、聖女様」
「聖女様、まだこれからも料理の品が出て参ります。ここでお腹を満たしては勿体ないかと」
アーニャが聖女のおかわりを止める。
「あら?まだあるの?」
「はい、次に先程の熟成肉を使ったシチューでございます。様々なエキスが染みこんでいるスープは栄養満点でございます」
運ばれてきたシチューはデミグラスソースを使ったカレーのような色をしている。
「んまああーい!これも美味しいわっ!やるじゃない!アーニャ!」
「ぬおおぉ、お肉がとろけるように柔らかいのぉ」
「しかも良いダシが出とるわい。後引く旨さじゃの!」
「旨い旨いっ!」
「おかわりを・・・お願いしますわ」
領主達だけでなく、護衛の兵士、メイドなどにも振る舞われているので至る所で歓声が上がっている。
「シメはガタリヤらしく、トンプー丼(牛丼)です。熟成肉でお召し上がりください」
「はあぁぁ・・・幸せ・・・お腹いっぱーい」
「ぐむむむ・・・この年でどんぶりで掻き込む事になろうとはっ・・・くぅぅ旨いっ!」
もはやフォークやナイフで丁寧に・・・などとは誰も思わない。
豪快に口の中にご飯を掻き込む。
「最後はデザート。名産品トウモロコシのゼリーでございます。砂糖不使用の素材そのものの甘さをご堪能くださいませ」
「まあっ、これが砂糖使ってないの??めっちゃ甘いじゃないのっ!」
「しかもスーっと身体に染みこみますなぁ」
「左様。肉の脂を洗い流してくれているようだ」
「これがわたくしなりの『聖女様への信頼の証の贈呈』でございます。世界でも、ココだけの料理の数々、お気に召して下されば光栄でございます」
「ふ~・・・なるほどねぇ。確かに世界で1つだけの品だわ。お見事ね、アーニャ」
続く




