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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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聖女巡礼⑥

「喘ぎ声ばっかりですね・・・」

「そうじゃの・・・」


 あまり防音がされてないのか、廊下だけ筒抜けなのか・・・

 他領主の泊まっている部屋からは数多くの声が漏れてきており、悶々とした時間を過ごす護衛達であった。



⇨聖女巡礼⑥




 翌朝、大食堂にて朝食をとるアーニャ達。



「はぁぁ、領主となると、お屋敷にこんな部屋を持ってるんですねぇ」


「ふふふ。沢山の方がお越しになりますから。でもガタリヤは・・・あまり使われておりませんわ」


「今回の巡礼で順位を上げて沢山来てもらえるように致しましょう!」

「そ、そうですっ。あ、あの・・・ブルニも一生懸命応援しますっ」

「ありがとう、ブルニちゃん」



 アーニャは笑みを浮かべながら、隣でスープと格闘しているブルニの頭を撫でる。

 ブルニはニコッと歯を見せ笑うが、口の周りがベトベトだ。


 アーニャはハンカチを取り出し、拭いてあげる。



「も、もうっ!ブルニったら!アーニャ様になんてことさせるのですかっ!しかもアーニャ様のお隣で食事をするなんてっ!ああん、羨ましい・・・あとでお仕置きですわねっ!」



 朝食はバイキング形式になっており、セリーは山のように料理をお皿に載せプンプンと怒りながら、何故か自分もアーニャの隣に座る。



「ちょっ、セリー!あんたも、なにしれっと座ってるのよ!」

「えへへ。良い香りがしますわぁ」


「この香水は屋敷で育てているお花から抽出しているのですよ。沢山あるので後で1つ差し上げますわ」

「ひょへへぇ!ほんちょうでしゅかぁぁあぁ!」



 セリーは口の中に大量の食材を詰め込みながら歓喜の声を上げる。



「あらやだ。あたしも使いたいわぁっ!セリーちゃん、あとでおばちゃんにも分けてね」

「ひゃいっ!おまかちぇくだちゃい!」


「あはははっ、セリー姉様っ口の周りベトベトですよぉ」

「まあっ、ちょれはたいひぇんっ!」



 セリーはその言葉を待ってました!と言わんばかりに目を閉じ、口をアーニャに向ける。

 そして今か今かと催促するように口を突き出す。

 アーニャは引きつった笑顔を見せながら、ハンカチでそれを拭いてあげる。



「あ~にゃちゃまっ!うれちいれしゅ~!」



 大食堂でアーニャ達の席だけやたら騒がしい。

 他の領主は部屋で食事をしているようで、ここにいるのは従者や護衛達だけのようだった。



 そこに大勢を引き連れて騎士達が入ってくる。



「おいっ貴様ら!ヌケヌケとマヌケ面を見せるな!朝から気分が悪いわ!」

 大食堂に入ってきたルゾッホ将軍がリリフ達を見るなり大声を上げる。



「おいおいおい。俺たちは『聖女様』の許可を貰ってここに来てるんだぜ?その俺らを(けな)すって事は『聖女様』のご決定に異を唱えるということ・・・『聖女様』に言っちゃおうかなぁ~」


 ミールは『聖女様』の部分を強調して言う。



「ぐむぅ・・・貴様は・・・」

 ルゾッホ将軍はミールを見るなり苦々しい表情を見せる。

 下手に強権を発動して、またダストン将軍の事を引き合いに出され反撃されたら、たまったもんじゃないからだ。



「将軍、早くお食事を済ませませんと聖女様が起きてしまいます」

 助け船を出したのはルゾッホ将軍と一緒に入ってきた兵士。性格はキツそうだが、かなりの美人だ。



「お、おう・・・そうであった・・・貴様ら・・・あまり騒ぐなよ・・・」

 ルゾッホ将軍は捨て台詞を残して去って行く。



「食事を済ませたらサッサと出て行きなさい、平民」

 冷たい目と言葉を残しながら冷徹美女はルゾッホ将軍の後を追う。



「怖いのぉ・・・」

「いくら美人でも、お断りじゃな。気軽にオナラも出来んわい」

「出会いは無い。安心しろロイヤー。大丈夫だ」


「なんじゃっ?!ミケル!珍しく口を開いたと思ったらそれかっ??上等じゃ!お前の嫌いなピーリン(ピーマン)を食らえっ!」


「ぐ・・・ヤメロ・・・」

「ぎゃははははっ。何時まで経ってもガキじゃな!」


「ほらっ!ガキはあんたもだよっロイヤー!騒いでると怒られるよ!またあの冷たい目で睨まれたいのかい??」


「ひや~・・・あれは年寄りにはキツい視線じゃて。ドMなセリーちゃんならご褒美かもしれんがのぉ」



 そうして全員がセリーに注目するが、当のセリーはニコニコ笑顔でバイキングから山のように料理を持って来た所で全く気付いていない。



「セリー・・・・食い過ぎ・・・」





 それから2週間程が経過した。

 その間巡礼隊は2つの街を訪れ、それぞれの領主は今まで代々家宝として守られてきたであろう品を涙目で献上していた。



 恐らく最初の領主と同じで金額の事だと思い込んでいたのであろう。

 短い時間では対応する事も出来ずに、代々守られてきた秘蔵の家宝を差し出して取り繕ったという訳だ。ご愁傷様な事である。



 その甲斐あってか、聖女巡礼は予定通り1週間遅れで順調に進んでいる。



 ・・・・・・



 別にイヤミでは無い。

 いつもなら既に3週間遅れ。全ての工程が終了するのは3ヶ月くらいかかるのではないかと思う程、聖女のワガママが炸裂している頃なのだから。



 しかし今回はたったの1週間遅れで済んでいる。

 それに大きく貢献しているのが聖女が乗っている魔動車だ。



 いつもなら馬車から視界に入った全てのモノに食いつき、無理難題を押しつけてきた。



 川が見えたら水浴びがしたい。

 魚が食べたい。

 鳥が見えたら撃ち落とせ。

 木の実が見えたら取って参れ。

 風に揺らめく木陰があったら昼寝したい・・・etc.



 そういったワガママは完全にナリを潜め、聖女は魔動車の中にずっと籠もっている。

 完全に部屋にいる感じで移動出来るので聖女にはうってつけのようだ。

 一体中で何をしているのかというと・・・



「うわぁぁ・・・聖女様・・・」

「ん?どした、リリフ?」


「え?・・・んと、ほら・・・ね?・・・」


「ああん?だからなにが??」

「ええ??ミール聞こえないのっ??」

「なにを言ってるのかサッパリ分からん」


「そーなんだあっ。てっきりみんな聞こえてるものだと思っちゃってた・・・そっかそっか。そういえばそういうスキル持ってるんだった。だからか・・・」



 そこでようやくリリフがなにを言いたいのか理解したミール。

 要はリリフにだけなんか聞こえているらしい。



「で?なにが聞こえてるんだ?」


「んとね、聖女様の・・・喘ぎ声・・・かな。あの車からだもん」

「まじか??すげーな、リリフの耳。全く聞こえないや」


「ほほう。して、どんな声なんじゃ?ちょっと真似してみてくれんかのぉ?」

「ええええ?!イヤですよっ!」


「ぎゃははははっ。なにを言わそうとしとるんじゃ!リリフちゃん、相手にせんでええからなっ」

「はいっ、ロイヤーさん」


「で?どんな感じなんじゃ?」

「えっとですね・・・・・・・って!だから言わないですって!」


「ちっ、感の鋭い娘じゃのぉ」

「うむ、ワシらの誘導に引っかからんとは」



 漫才をしているロイヤーとランドルップの頭をペチッと叩き

「なにしとるんだいっ。情けない。全くいつまでも子供なんだから・・・それにしてもリリフちゃん、凄い遠くまで聞こえるんだねぇ」



「えへへ。自分ではこれが普通な事なので、あまり実感はないですけど」

「リリフ姉様っホントに凄いです。ここから聖女様のお車まで2~300メートルくらいありそうなのにっ」


「そうですわ。目も良いし、顔も美人、胸がまな板なのが本当に悔やまれますわ」


「ムカッ!これでもミールに揉まれて、ちょっとは大きくなったもんっ!」

「大声はヤメテ・・・」


「ぎゃははははっ。それじゃあリリフちゃん、ワシらも・・・」

「結構です」

「ぐむっ・・・」


「ところで、リリフねぇ・・様はストレスになったりはしないのですか?聞きたくない声も自然と耳に入ってきてしまうと思うのですが」


「うーんと・・・どうなんだろ?生まれた時からこれが普通だったし、みんなも聞こえてるもんだと思ってたし・・・あっ、でも聞き分けは出来るよ。聞きたくない声は意識しなければ普段の雑音として聞き流せるし。例えば、今聞こえている木々の葉っぱの揺れる音、草花のそよぐ音、馬車の車輪の音。そういったモノってみんなも聞こえてると思うけど、特に気にならないでしょ?そういった感じ。で、意識を伸ばすと遠くの声も聞き取る事が出来るって感じかなぁ」


「なるほど。生まれた時からの日常で、すっかり耐性を獲得していたという事ですわね。素晴らしいですわっ」

「そーじゃのぉ。こっからあの車くらいの距離でも聞こえるとは、大したもんじゃわい」


「あはは。その・・・結構聖女様の喘ぎ声が・・・凄くデカい声だったからかも。普段なら100メートルくらいだと思うわ」



「マジか??ウケるな。今度からかってやろう」



 ミールが新しいおもちゃを見つけたかのように楽しそうにしていると、ギイッとアーニャの馬車の窓が開き、鋭い眼光のアーニャがおもむろに顔を出す。



「あははは・・・冗談っす・・・」

 ミールの言葉を聞き、再び窓を閉めるアーニャ。



「おい・・・もう1人地獄耳がいるぞ・・・」

「コワイコワイ」

「女はあれじゃ、第六感みたいなもんがあるからのぉ」

「恐ろしいですね・・・」



 男共がヒソヒソ話に花を咲かせていると、再び馬車の窓が開く。



「ひいいっ・・・」

 いつもは騒がしいアーニャの隊列は、この日だけは静かに進んで行ったのであった。





 翌日。


 この日はあいにくの天気で、雨が降ったり止んだりしている。



 一応、ガタリヤ隊が用意してくれたマントは、外側は革の防水加工、内側はモコモコの毛皮なので、合羽のように使う事ができ、とりあえずは雨も寒さも凌ぐ事が出来た。



 しかし、行進しながらだと、どうしても隙間から雨や冷気が、差し込んでくる。

 更に、2キロの大行列の最後尾なのだ。ガタリヤ隊が進む頃には、道は泥だらけになっており、歩きづらい。



 ぬかるみにハマり、靴の中まで濡れてきて、更に体温を奪う。

 段々と手の指先も冷たくなり、全員、息を吹きかけ、手を温めながら進む。

 案の定、ブルニは2回ほど転びながら、なんとか宿営地に到着した。



「ふえぇぇん。さ、寒いですぅ」

「本当ねぇ。手がカチコチだわぁ」

「は、は、はくしょんっ!はくしょんっ!ですわっ!」

「まずは火を起こして暖まろうかね」



 ルチアーニはテントの前に薪を並べて火を付けるが、ちょうど、そのタイミングで雨が激しくなり、火は直ぐに消え、薪も濡れてしまった。



 この日の宿営地は盆地になっており、所々、緑木が生えていて、他の領主達は木々を上手く利用して、 雨を凌いだり、火を起こして暖をとっているようだ。

 しかし、ガタリヤ隊の周りは何もなく、完全に平野。

 やはり序列最下位は、全ての面で冷遇されているようだ。



 雨は容赦なくテントに打ち付ける。

 地面も水たまりになってしまい、寝袋を敷くのも難しそうだ。

 せめてテント内でも使えるような、薪ストーブがあれば良かったのだが・・・

 あいにくガタリヤ隊には、そんな気が利いたものはない。



 いやいや、テント内で、そのまま焚き火すればいいじゃない・・・と思うかもしれないが、排気も出来る巨大なテントならいざ知らず、簡易的で一般的なテント内で焚き火をしようものなら、煙充満、二酸化 炭素充満、火の粉が飛び火してテント火災。

 最悪、一酸化炭素中毒の危険性もあるなど、リスクが高すぎなのである。



「ミールぅ。さ、寒いよぉぉ・・」

「ったく。しょーがねーなー」



 ミールはガチガチと歯を鳴らして震えているリリフの首に、両手のひらをかざす。



  ブオォォォォォ・・・



 まるでドライヤーのような風がミールの手のひらから発生した。



「ふわあぁぁっ!!暖かぁぁぁいい!」


 ミールから放たれた温風は、あっという間にリリフの髪を乾かし、痛みが出るほど冷えた耳を温めた。

 ミールはそのまま、手のひらを下に移動させる。



「ひゃっ♡」

 リリフはミールがマントの中に手を入れてきたので、恥ずかしがる。



「なんだ?もういいのか?」

「ああっ!ごめん!なんでもないわ。続きお願いしますっ!」



 マントの中に温風が立ち込める。一気にお腹から温まる感じで、とても気持ちが良い。



「ほら。靴も脱げよ」

「あ、うんっ」

 ミールはリリフのかじかんだ足の指先を温め、靴も乾かした。



「ふわあぁぁっ!すっごいっ!あっという間に乾いたわ!」



 濡れている箇所がなくなるだけで、体温の低下は一気に改善するものだ。

 リリフの顔色はすっかり元に戻り、まるでお風呂上がりのようにホカホカと赤みがかかっている。



「まあまあっ!これは凄いですわねっ!」

「黄色ちゃんは人間温風銃(ドライヤー)だわねっ」

「み、ミール様っ!ぶ、ブルニもお願いしますっ!」

「ああ、こっちおいで」



 ミールは次々と、リリフ達、ルチアーニ達を乾かしていく。



「うひょおぉぉ。こりゃ凄いのぉ」

「生き返りましたわっ」

「ブルニの尻尾も、すっかり乾きましたぁ」



 雨は少し小降りに変わっているが、まだまだ風は冷たい。

 しかし、ミール達のテント内は暖かい空気に包まれている。



「本当にありがとうございます。魔法とは便利ですね。こんな事も出来るとは」


「いやいや、リューイ坊。これは凄い事なんじゃぞ」


「そうね。少なくとも、炎の魔法が使える、あたしやセリーちゃんでも、こんなマネはできないわねぇ」

「へー!そーなんだぁ!」


「ですわっ!わたくし、焚き火に着火させる小さな火すら、出せませんものっ!」


「あははっ!確かにぃ!セリー、いつも全部黒コゲにしちゃうもんねっ!」

「という事は絶妙な力加減が必要ということですね。流石ミール様です」



「いんや・・・こりゃ、ミール。お主・・・複数の属性を使えるじゃろ?」



 ミールは少し笑みを浮かべ

「ははは。やっぱりバレちゃいましたね。今回のは火と風を組み合わせた感じですね」



「うおおぉぉ!凄いのぉ!!」

「信じられん!本当に実在しておるんじゃな!」

「ふん、器用なヤツだ」

「黄色ちゃん、今晩おばちゃんとどう?」

 大盛り上がりのルチアーニ達。



「え?えっ?!そ、そんな凄い事なんですかっ?!ルチアーニさんっ」

「うんうん。これはね、リリフちゃん。とっても凄い事なのよぉ。まずは属性持ち。これが珍しいの」

「属性持ち?」



「そうそう。あたしやセリーちゃんが使う魔法は攻撃魔法。対象に魔力で具現化した属性をぶつける感じね。つまり瞬間的なのよ。だからもし濡れたリリフちゃんを乾かそうと思ったら、極限まで威力を調整した炎をぶつけるしかないの。当然だけど、失敗したら服が燃えたり、肌が火傷したりするってことね」


「ふむふむ」


「対して黄色ちゃんの属性持ちは、自分に(まと)わせる感じ。ユラユラと属性を持続的に使えるから、武器に付与する事も出来るし、防御にも使う事ができるの。炎のブレスを冷気の盾で受け止めるみたいにね。そして属性持ちの1番の特徴は、魔法を味方側か、敵側かで、効果を変えることが出来るってことね」


「効果を変える??」


「そう。今、リリフちゃんに黄色ちゃんは属性魔法を使ったけど、服が燃えたり、火傷しそうな感じだった?」


「ううんっ!全然っ!逆に気持ち良かったっ!」


「でしょ?それは炎がリリフちゃんを味方だと認識して、攻撃性を持たなかったからなのよ。逆にもしリリフちゃんが敵側だったら、その炎は攻撃性を持ち、相手を焼き尽くす炎に変わるってことね」


「ひょへ〜」


「だから属性持ちは本当に貴重な存在なの。使い方次第で攻撃にも防御にも、沢山の使い道があるからね」

「そーなんだぁ」



「そんで更に貴重なのが、重複して属性を持っておる者じゃ。ミールのように3種類も属性を持っておるのは、世界中で50人いないじゃろうなぁ。正に超超貴重な存在なのじゃ」



「しかも黄色ちゃんは、同時に組み合わせてるでしょ?こんな事が出来る人って片手で数える程じゃないかしら?」



「まあまあっ。という事は世界で数人ってことですわねっ!凄いですわぁ!」

「ブルニびっくりですぅ」

「そんな方と関わる事が出来て光栄です」


「ははは。大袈裟っすね。たまたま使えるだけで、別に凄い訳じゃないんですよ。ただ、やっぱり目立つ事は確かなので、自分としては秘密にしときたいってのが本音ですね。だから、この事はここだけの話ってことでお願いします」


「そーなんだぁ。てことはアーニャ様にも内緒ってこと?」


「ああ、そうだな。まあ、領主代理だけだったら別に構わないが、どうしてもトール隊長とかが近くにいるからな。ガタリヤの兵士には必ず秘密にしたい。1番怖いのは人間だからね、俺の場合は」

「うんっ。了解っ。分かったわ」



 ルチアーニ達は『光、火、風』の3種類がミールは使えると思っているようだが、敢えて訂正はしない。

 3種類なら先程ルチアーニが言っていたように、一応使い手が存在しているのだから。

 ここは勘違いしてもらうとしよう。



 リリフ達にはそれ以上の属性を見せてしまっているが、そもそもの属性持ちの理解が低いので、大きな問題にはならないだろう。



 まあ、リリフの脳内は『あっついのも、冷たいのも出せて、ミールってカッコいい!』くらいしか思ってないかもしれないが。





 時間は夕方近く。巡礼隊は休憩地点でつかの間の休息を取っていた。

 あれから更にもう1つ街を訪れ、聖女巡礼もちょうど半分、折り返し地点にさしかかる。



 つまり5箇所目、リビの街の結界が夕陽に照らされて輝いているのが休憩地点の小高い丘から見ることが出来た。



「はあぁ~。よーやく半分かぁ。まだまだだねぇ」

「でも今の所は無事に進めているので良かったですわ。腐っても各街精鋭の兵士といった所でしょうか。モンスターもあっという間に倒されているようですわ」

「やっぱり盗賊達も聖女巡礼にはちょっかいを出してこないんですねっ。ちょっと安心しましたぁ」

「ほっほっほ。1万人の兵士達にケンカを売ろうとする者達は、中々いないじゃろうのぉ」



「でもなんか・・・領主達が妙にピリピリしてるっていうか・・・そんな感じしない?」



「ほえ?なにも感じませんが・・・」

「ブルニも分からないですぅ」

「また喘ぎ声でも聞こえたんかの?」



 全員がよく分らないって感じだったが、唯一、アーニャがリリフの言葉を肯定した。



「流石です、リリフさん。実は5箇所目の街の晩餐会後から、新たなシステムが始まる事になっているのです。それに伴い、領主同士で緊張感が高まっているのでしょう」



 アーニャはりんりん茶(アップルティー)のカップで手を温めながら説明する。



「新たなシステム?それはなんですか、アーニャ様」


「5箇所目の晩餐会後から現在の暫定順位が随時発表される事になるのです。それにより新たな駆け引きと申しましょうか、領主同士の裏取引も盛んに行われるとお爺様から聞いております」


「へええ!そうなんだっ!」


「新たな駆け引きとは・・・どういったものなのでしょうか?」


「まず想像し易いと思いますが、目安が分かりますよね。例えば1番最初の街カタロスの領主が暫定1位だった場合、それを基準に晩餐会の『聖女様への信頼の証の贈呈』を行えますので。そしてもう一点、順位融通が領主の間で行われるようになります」


「順位融通??それって・・・そのままの意味ですか?アーニャ様」


「ええそうです。例えばキーンが序列1位だった場合、キーンがガタリヤに対して順位融通を了承すると、キーンの序列は2位となり、ガタリヤは1つ順位を上げます。上げ下げ出来るのは1つの順位まで。その見返りとして様々な条件を要求してくるようですね。多額の金品を要求したり、領主の身体を要求したり・・・昔、お爺様を除く全ての領主と順位融通をして、序列1位を獲得した領主もいたようです。自分の身体を見返りに差し出して・・・」


「やっぱりその話は本当だったんですねぇ・・・」


「そういう訳で、下位の順位の街はなんとしても順位を上げようと、上位の順位の街も確実に上位で終われるようにと、かなりの金額が動くとお爺様から聞いています。なので上位の街も下位の街も、序列が少し上がったり下がったりするのに見合う金額を獲得出来るならと、結構喜んで順位融通する街もある程、両方にメリットが大きいシステムなのです」


「聖女様はこれを了承しているのですか??」


「ええ、もちろん。こういったドロドロの展開というか、欲のぶつかり合いのような展開が大好きな方ですから・・・」

「もう・・・聖女様ったら・・・」



 そんな会話をしていると全体に対し出発の掛け声が響く。



「出発―!」

「各隊、しゅっぱーーつっ!」

「しゅっぱぁ~つ」



 なにせ1万強の列である。

 指示が全体に行き渡るまでにも時間がかかる。

 やがてゆっくりと隊列は進み始めた。

 小高い丘から視界に捕らえているとはいえ、まだまだリビの街まで距離がありそうだ。

 この分だと夜になってしまうかもしれない。


 そんな中、隊列は動きを止めた。



「なんじゃい。また止まっちまったのぉ」

「前の方でなにかあったのでしょうか・・・」

「うん・・・」



 リリフを除く全員は何が起こったのか分からないが、リリフには耳に入ってきているようだ。



「また・・・冒険者の人がいたみたい・・・」

「またか・・・」

「この地域は多いのぉ・・・ギルドは注意喚起をちゃんとやっとるのか?」



 そう、4箇所目の街を過ぎて、5箇所のリビを目指す道中で冒険者が隊列と遭遇してしまう事がこれで3回目だった。



「リリフ姉様っ・・・それで・・・その方達は・・・」

「もう殺されたわ・・・」

「そぉですか・・・」

「なんともはや、やるせないのぉ・・・」


 また隊列は進み出す。



「ア、 アーニャ様っ!」



 最後尾のトール隊長の焦った声が響く。



 アーニャは馬車の窓を開き、尋ねる。

「どうしましたか?トール隊長」



「アーニャ様!人です!後ろから人が馬に乗って迫ってきています!」

「なんですって?・・・」



 全員、後ろに目を凝らす。

 確かに米粒ほどの大きさだが馬に乗った人が1人、向かってきていた。



「なんじゃい。襲撃か?」

「でも1人ですよ?」


おとりかもしれない。何処かに身を伏せてるのかもしれないよっ!」


「こ、これって・・・ブルニたちが・・・殺さないとダメなんでしょうかぁ?」


「うむむ・・・そうなるじゃろうのぉ・・・最後尾を任されている以上、下手に他の隊の奴らの手間を取らせたら、あとで何を言われるか分かったもんじゃないからのぉ」


「最後尾を務める気はあるのかと、責任を取らされるかもしれませんわ」

「ふえぇ~っん」


「まずは・・・様子を見ましょう。一応警戒を緩めないようにお願いします」

「はいっ!分かりました!アーニャ様!」



 アーニャの隊列は立ち止まり、向かってくる人間を待ち受ける。

 人間は背中に大きなリュックを背負い、単独で馬を走らせているようだ。

 服装からして、盗賊の類いではないように感じる。



「止まれー!何者だ!」

 トール隊長がヤリを構えて威嚇する。



 向かってきた人間は馬を止め、地面に降り立つ。



「ははー!聖女様!何卒お見逃しをっ!子供がっ!子供がぁぁ!」



 馬から降り立った男は、背負っていたリュックを投げ捨て、いきなり地面に額を擦りつけながら懇願する。



 ステータスを確認すると

『名前:オルゼン・クックロース 職業:教師 適性:無し』となっていた。

 どうやら本当に民間人のようだ。



 アーニャは馬車から降り、土下座している民間人のもとに歩み寄る。



「ア、 アーニャ様っ!危険ですっ!」

「大丈夫です、ありがとう」



 アーニャはしゃがみ込んで話しかける。



「オルゼンさん、わたくしは聖女様ではありません。ガタリヤの領主のアーニャと申します。どうか顔を上げてください」

「あ、あーにゃさま・・・ははっー!」



 オルゼンは一瞬顔を上げてアーニャの顔を見るが、その神々しい笑顔に再びひれ伏した。



「訳を聞かせて頂けますか?」


「は、はい・・・実は私は近くの村で教師をしている者なのですが、先日から子供が病気にかかってしまいました。村には修復士がおりませんので、リビの街まで家族揃って治療に来たのです。しかし・・・子供は特殊な難病にかかっているそうで、治療に3000万グルドという大金がかかるとの事でした。なんとか私財や家を売って賄おうと奔走しましたが、貧しい村の教師ではそんな大金は用意出来ませんでした・・・私たちは日に日に衰えていく子供になにもしてやれない日々が続き、無力感でいっぱいだったのです・・・しかしっ、そんな中で希望が生まれました。その・・・言いづらいのですが・・・異端児の薬が効果があるかもしれないと情報を得まして・・・(わら)にもすがる思いでガタリヤから入手してきた次第です」


「なるほど、そうでしたか・・・オルゼンさんはこの隊列がなにかはご存知でしょうか?」


「は、はいっ。聖女巡礼の隊列であると、近づけば命は無いと・・・しかし、子供には時間が無いのですっ。ア、アーニャ様っ!何卒っ何卒お見逃しを!」



 地面にズリズリと額を擦りつけながら必死に懇願するオルゼン。

 その手をアーニャは優しく握りしめる。



「オルゼンさん。申し訳ないのですが、わたくしにその力はございません。わたくしが見逃しても他の領主が貴方を殺すでしょう。恐らく既に貴方のステータスは把握されていると思われます。今から逃げても間に合わず、仮に逃げれても重罪人として一生街には入れない生活が待っていると思います」



「そ、そんな・・・」

 アーニャはオルゼンの手を離し、頭を下げる。



「申し訳ございません。わたくしに力が無いばっかりに・・・こんな事は間違っている・・・力無い民間人を虐げる仕組みは間違っているのです・・・ですが、わたくしもガタリヤの領主です。酷い言い方になってしまいますが、貴方1人の為にガタリヤ120万の人の生活を危険に晒すわけにはいかないのです。どうか分かって下さい・・・」



 アーニャは腰から短剣を抜き、地面に置く。



「わたくし達は貴方を殺したくありません。聖女巡礼の隊列を乱した重罪人として命を落とした者として扱いたくありません。現在の先頭はリビの領主です。わたくし達が何時までも処分しない事に苛立ち、そろそろこの場所に部隊を送り込んでくるでしょう。あまり時間がありません。ここで重罪人として殺されれば、貴方の家族も殺されます。しかし、ここで貴方自ら命を絶って下されば、わたくしは全力で貴方を重罪人としてではなく、1人の民間人として事故で命を落としたと説明します。貴方の残された家族にも、貴方は立派に役目を果たしたとお伝えします。調達したという触媒もわたくしがお渡し致します。約束します。ですので・・・・」



 アーニャは涙を流しながら、後ろを向く。



「う・・・うぅぅぅう・・・」

 オルゼンの嗚咽の混じった泣き声が辺りを包み込む。



 誰も直視出来ずに下を向いている。

 リリフ達も涙を流しながらその光景を見ていた。

 せめて、オルゼンがこの世界に存在した事を忘れないように・・・



「ううぅぅ。助けたかった・・・助けたかったよ・・・すまん。プリシーナ、ロゼッタ。すまん、すまん・・・・」



 カチャカチャと後ろで音がする。短剣を手に取ったのであろう。

 アーニャは眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を浮かべる。



 助けたい・・・

 なんとしても助けたい・・・

 でもそれをすれば・・・



「死にたくない・・・よ・・・」



 微かに聞こえる程の呟きを耳に取らえ、アーニャはカッと目を見開き振り返る。

 そして短剣を喉に突き立てているオルゼンの手を掴み、奪い取った。



「!!!」

「???」

「?!?!」



 周囲の誰しもがアーニャの行動に呆気にとられた。

 当のオルゼンすら、涙を流しながら口をポカーンと開けている。

 アーニャは肩でハアハアと息をしながら、言葉を絞り出す。




「やはり・・・私には・・・出来ません」




「ア、アーニャ様!それでは言い訳出来ませんぞ!アーニャ様自身に責任が押しつけられる可能性もあります!いけません!私が処分しますっ!」



 トール隊長はヤリを構えるが、アーニャは自身を壁にしてオルゼンを守る。



「アーニャ様!どいて下さいっ!」


「トール隊長・・・そして近衛兵、冒険者の皆さん。私の判断は間違っているのでしょうね・・・自分でも分かっています。しかし・・・」



 遠くから馬に乗った部隊が向かってくるのが見える。リビの領主の部隊だろう。

 アーニャはグッと瞳を閉じ、自らの弱気な気持ちを抑え込んでいるかのように語り出した。



「しかし、私はこの聖女巡礼に出る前に言いました。兵士至上主義のこの仕組み、歪んだ世界の仕組みを変えたいのです。その為には普通の事をしても変わりません。もっと中枢で、大きな力で変えていかなければならないのです。幸いにも現時点の私の評価は恐らく最下位でしょう。もう失うモノもありません。やれるだけやってみたいのです。よろしいでしょうか?みなさん」



 リリフ達は少しビックリした表情を浮かべるが笑顔で頷く。

 しかし、トール隊長は反論する。



「し、しかし・・・平民1人の為に・・・しかもガタリヤの民でも無いこの者の為に・・・そこまでする必要があるのでしょうか?!」



「私はその考えこそが、大きな力に対抗出来る可能性があると感じています。人1人、民1人を救えないで大勢の人々を導く事が出来るでしょうか?確かに時には大勢の人々を救うために少数派を犠牲にすることもあるでしょう。しかしそれは物事を決める際の免罪符であってはならないのです。1人1人に耳を傾けていたら何時まで経っても物事は前に進みません。それは分かっています。けれどもそれで議論すらしないのはおかしいです。多数の人の意見も、少数の人の意見もしっかりと同じテーブルで議論すべきです。それをしないからこのような兵士至上主義、貴族至上主義が生まれ、生まれながらに虐げる人と虐げられる人が存在する世界になってしまいました。私は変えたいのです。折角領主代理を務めているのですから・・・」



 トール隊長は仕方ないって感じで構えていたヤリを下げる。



「ごめんなさい。トール隊長。そしてみなさん。いつもいつも巻き込んでしまって」


「気にする事はないさね。デトリアスの時はもっと酷かった!なんの相談もなく突き進むからね、あのジジイは」


「そうじゃそうじゃ!あのジジイに比べればまだまだじゃの。アーニャ様は」


「私はアーニャ様の個人的な護衛です!アーニャ様の行く道をお守りするのみ!どこまでも付いて行きますっ!」


「そうですわ。わたくしはアーニャ様の性奴隷ですものっ!」


「ブルニも精一杯お守りしますっ!」


「僕も依存ありません。もし・・・世界の仕組み、亜人種達が虐げられる仕組みが変わるなら・・・見てみたいです」



 トール隊長もやれやれといった感じの笑顔を見せ

「全く、アーニャ様はしょうがないお人ですな・・・分かりました。このトール、全身全霊でお守りします!」



 アーニャはオルゼンの肩に手をあてて

「オルゼンさん。出来るかどうかは分かりませんが、精一杯努力してみます。わたくしに任せてください」



「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」

 オルゼンは何度も何度も頭を下げる。



 そして・・・



 リビの部隊が到着した。



           続く

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