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ある世界の物語④

 ミールが言っているのはこんな場所でご飯を食べるなんて!という道徳的な意味ではない。

 この後、PTは身をもって知ることとなる。



 この世界の恐ろしい現実を・・・



 ⇨ある世界の物語④




 ゼノはテキパキ準備をしている。



「フェリス様。大変申し訳ないのですが火の魔法をお貸し頂けないでしょうか?・・なにぶんここから僕が火を起こしていると時間がかかってしまいますので・・」



「ふ~・・・ま、しょうがないか・・いいわよ!私もお腹すいたしっ」

 フェリスはそういうとゼノが用意した薪に火を付けた。



 この世界の魔法は詠唱などは必要ない。

 使いたい魔法をイメージして力ある言葉を魔力を込めて発するだけで発動する。



 当然スキルによって発動したい魔法を習得している必要があるが、なにより重要なのは集中力だ。



 通常の魔法は少しイメージするだけで発動するが、先程マークが使ったような広範囲の魔法や、威力の高い魔法を使う場合はかなりのイメージ力、集中力が必要になってくる。



 そのように高い集中力を発揮すると術者の足下などに魔方陣が出現するのだ。



 なので魔法陣を発生させている魔法使いからは、大規模魔法が飛んでくる可能性が高いので特に注意せよってのが冒険者達の通説となっていたりする。



 ちなみに魔法陣は人工的に作り出す事も出来る。



 地面に直接描いたり、布に刺繍したものを敷いて使用したりするのだが、こちらは威力が上がるというよりかは消費する魔法力を軽減する効果があるので、主に消費魔力が多い修復魔法を使う際に使用している。



 魔法使いの中には魔方陣を二つ出現させる事が出来る者もいるらしいが、それが出来るのは極わずか。



 古代の英雄伝には、天にも昇る魔方陣が出現して大地を消失させたという伝承が残っているのだが・・・




 ゼノは手早く肉を焼くと軽く炙ったパンに挟んでサンドイッチを作った。



「お!こりゃウメーな!!」

「うんうん。おいちー」

「なかなかの出来ですね」



 運動(殺戮)の後でお腹が減っていたのであろう。

 かなりの高評価だ。

 ゼノとミールはもちろん堅いパンである。



 簡単な食事を済まし各自出発の準備をする。

 ちょうどポカポカと日光が差し込み眠くなる気候だ。



「ちょっと寝てから出発しよぉぉ?」

「ははは。それだと街に着くのが夜になってしまうよ。がんばって」

「こら!ランカ!寝るな!」

「ふふふ。ランカってホントに何処でも直ぐ寝れるよね~」



 ゼノは後片づけをしながらリュックに荷物を詰め込んでいる。

 ふと・・ゼノの動きが止まった。



「ミールさん、あれってなんでしょう?」



 視線を向けるとそこには黒い水たまりがいつの間にか存在していた。

 しかしそれはウネウネと動いており、水たまりではないのは明らかだ。



 ミールは心の中で『来たな・・』と呟いた。



 マーキュリー達も異変に気づき、水たまりに注目する。



「なんでしょう?あれは・・?」

「なんかのスライムかあ?」

「ウネウネしてて気持ち悪―い」

「ふっ。食後の運動には丁度よい」

「だね。サクッと始末して先を急ごう」



 剣や斧を構えても何処か緊張感のないマーキュリー達をよそに、段々とうねりは大きくなり、瞬く間にドス黒い、少し赤みがかかったモンスターに変貌していった。



 顔は馬のような形をしており角が2本、手が4本、背中には翼が、そして蛇の口を持った長い尻尾が生えている。




「デーモンです!!」




 マークが叫ぶ。



 デーモン=悪魔種の具現化だ。



 デーモンは現出した時点では半分くらい寝ている状態なので、仮に今全力で走り出せば比較的楽に逃げられる。



『大地からデーモンが生えてきたら即逃げろ』が冒険者の常識なのだが・・・



「あれがデーモンか・・」

「始めて見たぁ~」

「上等だ。やってやろうぜ」

「うむ。我らの力示そうぞ!」



 当然といえば当然だが、やる気満々の皆さん。



「大丈夫でしょうか?デーモン相手に・・・」

 唯一慎重派のマークが心配の声を上げる。



「大丈夫だよぉ私もいるしぃ、回復頑張っちゃうよぉお」

「そうだぜ。うちらを信じろや」

「確かに簡単な相手ではないだろう。でも僕たちとて遊んでいた訳では無い。十分勝てる相手だと思っている。力を合わせて討ち滅ぼそう」



 マークはうなずき

「わかりました。やりましょう!補助は任せて下さい!」

 そう言うと能力強化魔法を全員にかけた。



「おっしゃああ!行くぜ!ルキオス!マーキュリー!!」

「おう!!」

 一斉に飛び出し前衛3人が攻撃を繰り出す!




  ガシッ




 しかしデーモンはランカの大剣を、マーキュリーの魔法剣を、ルキオスの斧を手で受け止めた。



 お箸で剣を受け止めたようなイメージを持ってもらいたい。2本の指で綺麗に受け止めている。



「な?!」

 全ての攻撃をピタリと止められ驚きの声を上げる3人。



「離れて!」



 フェリスが叫ぶと同時に炎の球が突き進む。

 しかしデーモンが、ふっと息を吹きかけると球は力なく消失した。



「うそ・・・」

 フェリスが呆然と呟く。



「やるじゃねーか。お前ら!考えてる暇なんてねーぞ!手を動かせえ!」



 ランカは叫ぶと再度攻撃を開始する。

 それに続けと再び動き出す全員。



「雷鳴剣!!」

「プラズマラーッシュ!」

「土砕斬!!」



 スキルを使い強力な威力の技を次々と繰り出す3人。

 今度は攻撃の手を止めない。剣を斧を振り続けている。



 デーモンは・・・全く動かない。そう、全く動いていないのだ。



 やせ我慢してる?いやいやそうではない。

 傷が直ぐに回復してる?いやいやそうではないのだ。



 攻撃が全く通じてない。

 かすり傷すら付かない。



 マークも得意の呪文で仲間の強化や、ツタを出現させて身体を拘束しようとしているが、デーモンに触れた瞬間ツタは粉々に砕け散った。



 武器を振るい続けている3人の表情に焦りの色が見える。



 唐突に後方から大気の震えを感じた。



 振り向くとフェリスの周りになんと魔方陣が2つ、足下と腰部分に出現している!




「おお・・」

 思わず声がでるミール。




 まさか2つの魔方陣の使い手がいるとは・・・

 腕は良いとは思っていたが、まさかここまでとは。

 これを見て距離を取る3人。





「クロンデフラム!!(炎の柱)」





 力ある言葉と同時に激しくうねりをあげた光の球がデーモンに向かっていく!





     ごぉおぉぉぉんん!!





 襲撃してきた獣人を焼き尽くした炎とは、比べものにならない威力の凄まじい火柱がデーモンを襲う!



「おっしゃあ!直撃ぃ!」

「ナイス!フェリス!」



 喝采を贈るが直ぐに沈黙する一同。

 爆煙の中に異様な存在感があったのだ。



「どうだ・・?」

 祈るように見つめる。

 やがて爆煙が収まっていく・・・





「う・・そ・・だろ・・・」





 ランカが硬直しながら呟いた。



 ここで始めて自分達がなにを相手にしているのかを理解したのかもしれない。



 いかに自惚れていたのかも。





 冒険者PTの全滅する原因の第一位がデーモンに手を出してしまうことである。



 当然ギルドもこの事実は周知しており、デーモンに出会ったら手を出さずに即逃げろと口を酸っぱく言っている。

 それほど人間とデーモンなどの悪魔種とでは埋めることが出来ないほど実力に差があるのだ。



 なのにこれだけ注意喚起を行っても、毎年多数のPTがデーモンによって全滅している。



 少し前に触れさせて頂いたが、紫ランクは通称『調子乗りランク』と言われるほど、自分の実力を過信する者が非常に多い。



 クエストも次々と達成出来るようになり、強敵モンスターとも戦えるようになってくる頃。

 力を持つと、どうしても使いたくなるのが人間という生き物だ。



 悪魔種の中で1番下位の存在がデーモンであるという事実も手伝って、デーモン相手に力試しをしようとするPTの実に多い事。

 なまじ銀ランクの昇格条件がデーモンの討伐となっているので、自分達にも倒せる筈だと勘違いしてしまうのも原因かもしれない。



 『もうすぐ黒ランク昇格も見えてきた。そしたら次は銀ランクだ。そろそろデーモンとも戦えるくらい力は付いてるはず。よし、今度デーモンに出会ったら力試しに一回戦ってみよう。大丈夫、デーモンって言っても一番下っ端じゃないか、なんとかなるさ』的な思考になるPTが実に多い。



 そしてそう考えた者達が生還する確率はほぼ0%だ。



 一度手を出してしまったら最後。

 圧倒的な力の差を見せつけられ、逃げる暇無く全滅するのだ。



 それほど実力差があるから手を出すなと何回もギルドから聞いているはずなのだが・・



 自分だけは大丈夫、自分達にかぎってヘマはしない、という謎の自信が取り返しの付かない悲惨な事件を起こすのは、何処の世界においても一緒なのだ。



 当然このPT、リーダーマーキュリー率いる冒険者達も爆煙が収まり何事も無かったように立っているデーモンを見て、今更ながら痛感しているのだ。



 手を出してはいけなかった・・・と



「逃げましょう!格が違いすぎます!」

「くそっ!撤退だ!」

「どうやって逃げんだよ?!」

「結界石だ!結界石を使えっマーク!!早く!」

「我が盾になろう!その間に使え!」

「わかったわっルキオス!頑張って!回復するから!!」

「皆集まって!使います!はあああ!」



 マークが結界石を使おうと、天に掲げ魔力を込める。



 結界石は通常2~3分は魔力を込める必要がある。

 ルキオスはマークを確認するとデーモンの丁度壁になる位置で立ち、少しでも時間を稼ごうと盾を構える。



 皆がマークの元に集まろうと一歩を踏み出そうとした瞬間・・・



 マーキュリー達には視認する事が出来ないスピードで、デーモンはマークの後ろに立ち鋭い爪を一閃。

 マークの身体を横に真っ二つにしていた。



「がはっ!」



 マーク自身、自分の身体に何が起ったのか理解出来ていないのかもしれない。



 ただ、何故か真っ直ぐに立つことが出来なくなって、地面に転がって、自分の視界には直立しながら真上に勢いよく血を噴き出している自分の下半身があって・・・




「え?・・あれ・・?なんで・・?・・ラン・・ヵ・・」




 直ぐに意識は遠くなった。




「マーーークゥゥーーーー!!」




 ランカの絶叫がこだまする。




「てんめぇぇ!!!」




 逆上したランカはありったけの力でデーモンに斬りかかる。

 その大剣を握った両手をデーモンは右の手で無造作につかみ、もう1本の右手で肩辺りをつかむ。

 同時に左手で腰辺りをつかみ、もう1本の左手で両足をつかむ。



「くっ!」



 両手両足を掴まれ身動きとれないランカを頭の上に横にしながら持ち上げると





 グリグギャバリブチッ!





 力任せにひねってみせた。

 まるで雑巾を搾るように・・




       ドサッ




 ランカの死体が地面に転がる。




 ・・・・・




 誰も悲鳴を上げない。

 上げれない。



 一瞬で2人が殺された。

 自分達もあっという間に殺される。

 突きつけられたこの現実を受け止めることが出来ない。




「うええぇっっ・・・」




 あまりの悲惨な状況にリリーが嘔吐する。




「ヒョッキョッキョッ」




 デーモンはその場で身体を震わせ歓喜の声を上げた。

 まるで何かを飲んでいるかのようにゴクゴクしながら・・・

 そして硬直して動けないでいるマーキュリー達に振り返る。



 一歩、また一歩

 デーモンが歩みを進める。



 歯をガチガチと鳴らして涙、鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっているマーキュリーの前で止まった。



 身体の震えが止まらない。



 自分が今立っているのか座っているのかもわからない。

 ただデーモンの一挙手一投足を凝視していた。



 しかしなにを思ったのか、デーモンはクルっとマーキュリーに背中を向け、先程ひねり殺したランカの死体まで戻っていく。

 そしてランカを無造作に掴むと、バリバリッっと音を立てながら食べ始めたのだ。



「!!!!!」

 声に出せない悲鳴が恐怖が聞こえてくる。



 デーモンは力任せに筋肉の繊維を引きちぎりながら時折、先程と同じように

「ヒョオヒョオオオ」

 と震えながら歓喜の声を上げ、何かを飲んでいるようにゴクゴクしている。



「えっぐ、えっぐっ、なによこれぇ!なんなのよおお!!」

 泣きながらようやく恐怖を言葉にするリリー。



「食べてるんだよ」

 ミールは冷静に言う。



「みりゃわかるわよっ!!!」

 イライラした口調で怒鳴り返すリリー。



 しかしミールは首を振りながら

「違うね。そうじゃない・・食べてるんだよ、あんた達の感情を」

「ど、どういう・・こと・・?」



「デーモン達悪魔種は、生き物の負の感情を糧にしてこの世界に具現化している。恐怖、絶望、嫉妬、ひがみに妬み。ありとあらゆる負の感情をエネルギーにして力を付けていくのさ。現に嬉しそうに鳴いてるだろ?さっきから。あれはあんたらの感情を食べてるんだよ」



 デーモンが人間を食べるということは、私たちがガムを食べているような感じだとイメージして欲しい。

 口にすれば味があるし多少のエネルギーは手に入るが空腹は満たされない。

 では何故食べているかというと、その姿を見せつけ生き残っている連中から更なる負の感情を食べてやろうと考えたからだ。



 デーモンについてもう少し詳しく語ろう。



 デーモン達悪魔種は、通常この世界には具現化しておらず、精神世界に身を置いている。

 しかし先程の獣人達のように大量の死体が出現すると、その骸を糧に、この世界に具現化するのだ。



 死体だったらなんでもいい。

 人間でも獣人でもモンスターでも・・・



 人間同士の戦争、冒険者に倒された大量のモンスターなんかはイメージしやすいかもしれないが、モンスター同士の争いによって生み出された屍なども対象になるので、世界中どこでもデーモンが現出する可能性はある。

 しかし、ある程度まとまった数の屍が必要なので、具現化頻度は低いのが幸いである。



 具現化したデーモンは通称『野良デーモン』と言われており、悪魔種のなかでは一番下級な存在だ。

 だが下級とはいえ、ご覧の通り紫ランク程度では傷1つ付けられない程、人間種と悪魔種では圧倒的な実力の差があるのが現状だ。



 ちなみに補足だが、ごくまれに力のある高位悪魔が具現化することがある。

 その高位悪魔が一匹でも具現化した場合、かなりの確率で世界に混乱が起ると言われている。

 それほど高位悪魔の力は凄まじいのだ。



 だが幸運にも高位悪魔が出現するには相当な量の負のエネルギーが必要なのと、場所も重要となっているので、強大な悪魔が封印されているなどの伝承が残っている場所で戦争でもしないかぎり、具現化はしないであろう。



 で、話を戻すと大量の死体を糧に具現化したデーモンは簡単に言うと腹ペコな状態だ。

 ここで早めにエネルギーを獲得しないと具現化を維持する事が出来ず、再び精神世界に戻ることになってしまう。



 そのエネルギーを獲得できる、いわゆるデーモンのご飯は何かと言うと、それは生き物の負の感情。



 動物でもモンスターでも、負の感情ならなんでもいい。

 そういった負のエネルギーを吸収して具現化を維持しているのだ。



 しかし腹ペコ状態を満たすには、動物やモンスターの感情だけでは心もとない。

 何故なら大量のエネルギーを獲得するには、相手が感情を豊かにもっているかどうかが重要となってくるからだ。



 デーモンにとって恐怖、不安、嫉妬、妬みなどなど、そのような感情を豊かに持っている人間こそが1番の大好物。



 なので今回のように目の前に人間がいた場合は、デーモン的にはラッキーな状況だ。

 ここで当分のエネルギーを確保出来るからである。



 しかし今後、負のエネルギーを獲得出来るかは不透明。

 その為、沢山苦しめて少しでも多くのエネルギーを今のうちに得ておこうと、このデーモンは考えたのである。



 ひとしきり堪能したのか、デーモンは数分前までランカだった肉塊を無造作に投げ捨て、クルッとこちらを振り向いた。

 顔や身体がランカの血で艶々に光っており不気味な雰囲気を更に醸し出していた。



「ひいいっ」



 声を上げたゼノに視線を移し、マークと同じように一瞬で胴体を真っ二つに・・・したはずだった。

 事実デーモンは人間の目には追えないほどのスピードでゼノに近づき腕を振るっている。



 たださっきと違うのは、その腕をミールが手で受け止めていることだった。



「?!」

 デーモンは一瞬動きが止まったが直ぐに次の攻撃を繰り出す。



  バシッ



 片手で受け流すミール。



 ガシッバシッパシッ



 4本の腕で次々と攻撃する。



 最初は何かの間違いかと感じていたが、あしらわれるにつれてムキになって攻撃するデーモン。



 唐突に翼を広げて空中に飛び上がり蛇の形をした尻尾攻撃!

 牙を剥き出しにした尻尾が迫り来る!



 ペシッ



 しかし難なく対応する。




 マーキュリー達は固唾を飲んで見守っていた。




 何故ゴブリンにも勝てなかったミールが??

 黄色ランクなのに何故?!



 勿論そんな考えもあるだろうが、なにより絶望的だったこの状況が覆るかもしれない。

 そんな希望が生まれつつあった。




「グワワオアアア!」




 デーモンは叫ぶと巨大な火の玉を生み出した。

 一直線に進みミールに直撃、爆発する!



「ああ・・・」 



 フェリスが落胆の声を漏らす。

 こんな凄まじい炎を食らっては普通一瞬で消滅だ。



 ニヤリとしたように見えたデーモン。



 しかしデーモンの予想を裏切って、爆煙をショートソードで切り裂きデーモンに突進!

 受け止めようと構えた右腕の1本をそのまま切り落とすっ!




「ギョア?!」




 驚くデーモンに間髪入れず今度は左腕、バランスを崩したデーモンの右翼と次々と切り落としていく。



「うおおおおおぉぉ!」

「いけるぞっ!やれ!!」

「いいよおぉ!!そのままやっつけちゃえぇ!!」



 先程の希望が確信に変わった。

 死の直前までいった状況が一転、これは勝てる!助かる!やった!

 色々な感情が溢れ、涙を流しながら声援を送る冒険者一同。



 しかしミールはトドメを刺そうとはせず、チンっとショートソードを納めるとクルッと反転、ゼノの近くに戻っていった。



「???」

 え?なんで?どゆこと??こんな考えが皆に溢れる。



「お、おい!どうしたんだよ!?早く倒せよ!」

 たまらずマーキュリーが叫ぶ。



 ゼノの前に戻ったミールは

「俺が守るのはゼノ1人だ」

 小さいが全員にハッキリと聞こえるほど真の通った声だった。



「はあ?!なに言ってんだよ!?俺たちも助けろよ!!」

「ホント信じらんなあい!こんな時にぃ冗談は止めてよぉ!」

「皆目見当がつかん」



 一斉にやんややんやと叫ぶ一同。



「なんで俺がお前達を助けなきゃいけないんだ?」

 今度は声は小さいが怒りに満ちた声で言う。



「なんで?そんなん当たり前だろ!?仲間だろ?!」



 ミールはふっっと鼻で笑い

「はっ。仲間ね・・・お前らは毒にかかっているゼノを治療しないで、死ぬまで酷使させることが仲間に対してすることなんだね?」



「はあ?ゼノは荷物持ちだよぉ?仲間じゃぁ無いよぉ!こんな奴」



「はぁ・・・いいかい?荷物持ちだろうが、奴隷だろうが、獣人だろうが、皆大切な命を持ち平等なんだよ。ただ生まれた境遇が違っただけで差別する奴らは、俺から言わせればただのクズだ。俺は力や権力で弱者をいたぶる奴が心底嫌いなんだよ。まあ、話をするだけ無駄だな。さよなら」 



「ちょ、待てって!そうだ!ゴブリンから助けただろ?!あの恩を返せよ!」

「いや、逆に迷惑だったし」

「なっ?!」



 しばらくやり取りを見ていたデーモンは、どうやらあの人間に手を出さなければ、もっともっとエネルギーを手に入れることが出来そうだと判断したのか、一歩一歩進み始めた。



「おい!ほんとマジで助けろって!!」

「いやああ!!来ないでぇぇ!!」



 悲鳴と絶叫を上げる2人。

 狙いはフェリスか?



 デーモンはゆっくりゆっくりと進んでいく。

 本当にあの人間は動かないかを確認しながら。



 そして恐怖をちょっとでも回収しながら・・・



「いやっ!!マーキュリー!!助けて!!」

 フェリスが泣きそうな声を上げる。



 マーキュリーは一度フェリスを見る。



 マーキュリーとフェリスの距離はおよそ15メートル、走れば十分間に合う距離だ。



 フェリスを狙うデーモンの背中を確認したマーキュリーは・・・



 一直線に逆方向に逃げ出した。



「ああ・・」

 フェリスはジーっと、逃げるマーキュリーの背中を見つめながら落胆の声を上げる。



「冗談じゃねえ!やってられるか!!」

 全力で走るマーキュリー。



 あと50メートルくらい走れば森の中だ。

 やつがフェリスを殺している隙に逃げれるかもしれない。



 手にはいつの間に拾ったのか、マークが使おうとしていた結界石を握っている。

 少しでも時間を稼いで結界石を使えれば逃げきれる!



 はあっはあっ!



 あと10メートル!あと5メートル!あと10メートル・・あと20メートル・・あれ?



 目指す森林がどんどん遠くなっていく。

 みれば尻尾の蛇がマーキュリーの腰の部分をしっかりと巻き付け引きずり込んでいた。




「うわあああ!いやだあ!離せえええ!」




 ガシガシッと尻尾を叩くマーキュリーだが全く効果が無く、デーモンの頭上5メートルくらいの位置に持ち上げられてしまった。

 徐々に尻尾が食い込んでくる。締め上げる気だ!




「痛い!痛いいい!いやだあああ!助けてくれフェリス!!リリー!ルキオスゥ!」




 しかし全員尻餅をついて絶望した顔で見上げる事しかできない。

 勿論直ぐに殺さないのは恐怖を食べる為だ。



「キョッフォッホッッホ!」

 デーモンは震えながら歓喜の声を上げる。濃厚な恐怖を食しているらしい。




「ぬおおおお!」




 マーキュリーはなんとか結界石を掲げると必死に魔力を込める。

 正に必死の形相。

 自分の魂すらも糧にしているような行為に、通常10秒程ではなんの反応も無い結界石が僅かに光り輝いた。




 ピイイイン




 辺り一面、目を開けれない程の光が出現し、身体を締め付けていたデーモンの尻尾が弾き返される。

 見るとマーキュリーの周りには光り輝く膜が張られていた。



「やった・・・」

 マーキュリーは息を切らしながら小さな声で呟く。




「うおおおお!やったぜえぇぇ!ざまあ見ろおおぉぉ!これでもう手出しは出来ねえぇぇ!!」




 マーキュリーは感情をあふれ出しながら叫び、急いで結界石を地面に埋め込む。



「うそ・・?やったじゃん!マーキュリー!!」

 リリーも歓喜の声を上げた。



 ビュン



 デーモンの尻尾がマーキュリーを攻撃する。




 ピイイイン

   ピイイイィン




 デーモンは尻尾で攻撃するが、結界に触れると音を立てて跳ね返される。



 通常結界に触ったモンスターなどは侵入が出来ない事はもちろん、弾き飛ばされてしまう。

 更にちょっとしたスライム程度の雑魚モンスターは、触れただけで命を落とす程の衝撃があるのだ。

 デーモンの尻尾もその例にもれず、攻撃する度に弾き返されている。



「はっはっはははー!無駄無駄―!」

 勝ち誇るマーキュリー。




 しかし・・・




 ピシッ



 光の膜からヒビが生まれる。



「な!なんだと!そ、そんなはずはない!!結界を破れるデーモンなどいるはずない!!嘘だ!嘘だああ!!」




   ビシャーン!




 5回目の攻撃に完全に砕け散る結界。



「結界石に込めた魔力が少なすぎたな。10秒程で結界を発動出来たのは始めて見たが、やはり圧倒的に強度不足だ」



 デーモンはそのままマーキュリーを尻尾でグルグルに巻き付け天高く掲げる。




「イヤダアアア!!死にたくない!助けてママァーー!!」




     ベキッ




 しばらく絶叫していたマーキュリーだったが、鈍い音を最後に沈黙した。

 身体は力なくだら~んと下に垂れている。

 デーモンは子供が使えないおもちゃをポイッと捨てるように、マーキュリーを投げ捨てた。



 そして今度はリリーの方を向く。


「いやあ!ルキオス!!」

 リリーは尻餅をつきながら後ずさりする。



 そんなリリーの前に立ちふさがるのはルキオス。

 ガシッと盾と斧を構え



「1分は持ちこたえてみせる!その隙に逃げろ!早く!」



 デーモンを睨んだまま叫ぶ。



「わかったわ!頑張って!」



 少しは『駄目よ!あなたが死んじゃうわ』的な言葉が出るかと思っていたが、あっさりルキオスの案に乗るリリー。



 森の方に逃げようと立ち上がった・・・その瞬間。



 リリーの顔に血しぶきがかかる。



 デーモンの残っていたもう1本の右腕がルキオスの身体を貫いていたのだ。



「がはっ!」

 口から血を吐き出すルキオス。



 更に今度は左腕で顔をガシッっと掴むデーモン。

 かなり大柄なルキオスを軽々とそのまま持ち上げた。



「1秒くらいもってよぉぉ」

 リリーは泣きそうな声で無慈悲な事を言う。



 そして今度はミールのもとに走ってきた。



「お願い!助けて!なんでもするから!!」

「いやいや、無理だから、触らないで」



 しがみついてくるリリーを突き放す。しかしリリーもめげない。

 ミールのズボンにしがみつきながら



「私の身体を自由にしていいわ!これからずっと好きな時に抱いて良いから!ね?ねっ!」



「あんたの彼氏死にそうなんだけど。回復しなくていいの?」



「いいのよ!あんな奴!私、実は最初見たときから、ずっと貴方のこと好きだったの!ほんとよ!私とエッチしたいって男は沢山いるけど、これからはずっと貴方の性奴隷になるわ!ねっ?お願い!」



「リリー・・・」



 顔を手のひらで鷲づかみにされながら、僅かに指と指の間からリリーの姿を見ることが出来た。

 しかし彼が最後の時を迎えるまで、最愛の女性はルキオスの姿を視界に入れることは無かったのであった。



    ドサッ



 またもルキオスの死体をおもちゃのように投げ捨てるデーモン。



「あんたの彼氏死んじゃったけど?」

「私は貴方だけの物よ!ね!ね?!」



 まさに天性の魔性の魅力というものか。

 眼力が凄まじくミールを一点に見つめている。

 正直これをされたら大抵の男は落ちるだろう・・・と思うほど引き込まれる魅力があった。



「こんな風に命乞いをした獣人を踏みつけてたよな?」



「違うの!あれはそうしないとPTで浮いちゃうから仕方なくしてたの!もうしないわ!絶対に!」



「ほんとにぃ?」



「うん!絶対しない!貴方に一生ついて行くわ!子供も孕むわ!あ、でも私以外の女と浮気してもいいから!都合の良い女でいいから!お願い!助けて!」



 よくもまあ、ここまでポンポンと言葉が出てくるもんだなと素直に感心する。



「そうかそうか。わかったよ」

 頭を撫でながら笑顔で言うミール。

 その言葉に目に輝きが戻ったリリー。



「ほんとに!?」



「うんうん。じゃあ、あんたが獣人に言った言葉を君に贈ろう」

 ミールはリリーを振りほどきながらこう言った。

 



「え~~!聞こえな~ぁい!!」




 リリーの口調を真似て身体をくねくねとしながら言う。



「!!!!」

 リリーの顔に再び絶望の影が映る。



「いやあ!お願い!今抱いて良いから!自由にして良いから!お願いいぃ!」



 そう言って股を広げ下半身を露出する。



 ガシッ



 なるべくミールには近づきたくないのであろう。

 デーモンは尻尾を伸ばしてリリーの背中を噛みつきながら、ゆっくりと引きずり込んでいく。



「きゃああ!!ほんと無理ぃい!!やだあああ!!お願いいい!!」

 引きずられながら悲鳴を上げる。



「え~?聞こえな~ぁい」

 再度くねくねと答えるミール。




「てめええ!!ふざけんんなああぁ!!助けろやああ!!死ねええええ!!」




 ついに身も蓋もない感じに正体をさらけ出すリリー。

 デーモンはリリーの背中を掴みながら目の前に持ち上げる。



 

「ねえ。わ、私を抱きたくない?好きにして良いのよ。ね?」



 デーモンの顔を間近に見ながら、リリーは失禁してびしょびしょになった下半身を露出して、デーモンを誘惑する。



「クワワギョハア!」



 デーモンは一声鳴くと、下半身からルキオスの腕くらい太く、リリーの身長くらい長く黒光りしている欲望を瞬時に出現させた。

 ゴツゴツとしたイボイボがついており、人間のそれとは形状がかなり違うようだ。



「え?でかくない?嘘でしょ・・」



 余りの大きさに拒絶した反応をみせてしまうリリー。

 デーモンがリリーを見る目から殺気が出てくる。



「あ!ううん!全然良いのよ!ごめんなさい!そのたくましいモノをぶち込んで!」



「ギョアアイヒヒ」

 また一声鳴くとデーモンはリリーの身体を欲望に突き刺す。




「ぎゃあああ!!痛い!痛いいい!無理いい!ぎゃああ!!!ぎゃあああ!」




 メリメリッとリリーの中を何度も何度も突き刺す。

 欲望はリリーの股間から入り、喉元まで突き刺している。

 血が噴き出し、腹は裂け、内臓を押しつぶす。



 何度も何度も・・



 リリーはそのまま血の涙を流しながら絶命した。



「クゥ」

 デーモンは残念そうに小さく呟き、リリーを後方に投げ捨てるのであった。





 リリーとの営みで全身に血を浴びたデーモンの身体は、テカテカと赤く光っている。

 ポタポタと血を垂らしながらフェリスの方を向く。 



『こいつはあの人間とは別で殺せそうだな』とでも思っているのか。

 ミールの動きを確認しながら、ゆっくりと近づいて行くデーモン。



 フェリスは完全に戦意を喪失しているようで、地面に座り込んで全く動かない。



 一歩、また一歩。

 フェリスに近づいていくデーモン。



 と、そこへゼノが走り出しフェリスの前に両手を広げて立ち塞がる!



「!!」

 フェリスは唐突すぎて声が出せない。



「フェリス様は絶対に死なせない!僕が守る!」

 ゼノが叫ぶ。



「ゼノ!何を言ってるの?!貴方まで死ぬわよ?!止めなさい!」

 フェリスの叫びを聞き、ゼノは振り返ってフェリスの肩をガッチリと握る。




「貴方が生きてない世界になんの意味も無い!僕は最後まで貴方を守っていたい!助けていたい!」




 ゼノは絶叫すると、今度はもの凄く優しい声で語り始める。



「フェリス様。子供の頃、引きこもっていた僕をあなたが連れ出してくれた。外の世界の素晴らしさを教えてくれた。一緒に遊んでくれた。私はあなたの笑顔に救われました。そして誓いました。絶対にこの人をお守りすると。ですから最後まで守らせてください」



「ゼノ・・」

 涙を流してゼノを見つめるフェリス。



「ゼノ。言っておくが、その女を助けるなら俺はお前を助けない。いいな?」



「はい。フェリス様がいないなら生きている意味がないですから・・ミールさん、毒を消してくれたり、その他色々と・・ほんとに1人の人間として接して頂き本当にありがとうございました。」



 ゼノはミールに深々とお辞儀をするとデーモンをキッっと睨み仁王立ちした。



 デーモンはゼノが乱入したことで歩みを止めていた。

 何故なら先程この男を殺しに行ったとき、あの男が止めに来て、危うく自分が殺される所だったからだ。



 しかし、なにやらもめている様子。

 もしかしたら2人とも殺せるのか?

 そしたらかなりのエネルギーを手に入れられる。

 ハイデーモンに昇格出来るかもしれない。

 ハイデーモンに成れたら現世にかなりの時間留まれるぞ。

 ぐふふ。

 と、このような考えをしているのかもしれない。

 


 もしかしたら皆様の中には、殺さずに拉致して連れ回した方がエネルギーを常に回収できて良いのでは?と考える方もいるかもしれない。



 確かにそれも1つの案ではあるが、この野良デーモンの望みを叶えると考えた場合、かなり消極的な、その場凌ぎの下策と言わざる得ない。

 何故そう言えるのか?それはいずれ説明させて頂こう。



 デーモンはまず様子を見てみようと、尻尾を伸ばしてゼノに少し攻撃を加えてみた。



 ビシッ



「うぐっ!」

 ゼノはよろめきながらも踏みとどまった。



 もう一発。



「ぐっ!」

 あの男動かないな・・・これはいけるか?



 もう一発・・・

 次々と繰り出す攻撃をなんとか耐えているゼノ。その表情は苦悶に満ちている。



「キョホホフヒイ」

 身体を震わせ歓喜の声を上げるデーモン。極上の負の感情が溢れているようだ。



 もっと泣き叫べ!もっとだ!そう言ってるように尻尾の攻撃が乱舞する。

 ゼノの肉体から血が噴き出す。




「もうやめてええぇぇ!」




 唐突にそう叫びながらゼノの前に立ち、攻撃を代わりに受けるフェリス。



「うぐっぅ!」

「フェリス様!」



 ゼノが驚きの声をあげ、またフェリスを庇おうと前に出ようとする。

 それをぐっと掴んで阻止するフェリス。



「ゼノ・・今まで本当にごめんなさい。つらい思いをさせてしまったわね・・・うぐっ・・・はあはぁ・・・今思えば私は本当に馬鹿だった。お父様がする事を疑問にすら思わず、自分もなんの疑いもなく沢山の人達を虐げてきたわ。うぐっ・・・その人達の命の大切さなんて考えたことも無かった。自分は特別な存在なんだって。他の人間は自分が成功するためのただの道具だって・・・うぐっ・・・で、でもね、さっきミールが教えてくれたときにハッとしたの。生まれた家柄が、身分が、種族が違っても別に自分が偉いわけでもなんでもないって」



 この間もデーモンは尻尾による攻撃を繰り返す。

 しかしその攻撃はごく弱いもの。

 やはり少しでも多くのエネルギーを回収するのが目的なようだった。



「子供の頃読んだ絵本の中の勇者さま達はいつも皆を守っていた。優しくしていた。一緒に悩んでくれていた。私もそんな風に成りたいって子供の頃思ってたはずなのにね・・・うっ・・・い、いつの間にかそんなことすっかり忘れて差別ばかりする人間になってた。あんなどうしようもない男と付き合ったりして・・・あーあ。なんでこんな娘になっちゃったんだろう」



 フェリスは苦痛に歪められながらも、ちょっと吹っ切れたような笑顔を浮かべると

「だからねゼノ、貴方には生きていて欲しいの。私さえ守らなければ、あとはミールが助けてくれるわ。最後くらい領主の娘として貴方を守らせてよ」



 ゼノは美しい笑顔を向けるフェリスを抱きしめ

「嫌です!フェリス様が死ぬなら一緒に死にたい。そして生まれ変わってもまたフェリス様にお仕えします。絶対に離れません!」



「もう・・主の命令を聞かないなんて、とんでもない従者ね・・ありがとう」

 フェリスも包み込むように優しくゼノを抱き返す。



 いたぶるように攻撃を加えていたデーモンは怒りの声を上げた。

 どうやら2人から完全に負の感情が消えてご立腹のようだ。



「グワワウウワ!」

 ひと思いに2人まとめて殺してやる!と突進してくる。



 ゼノとフェリスはお互いにぎゅっと抱きしめ合い、これから殺される者とは思えない程とても穏やかな表情を浮かべ、その時を待つ。



 しかしその時は訪れなかった。




 ガキイィンッ!




 鈍い衝撃音とともにデーモンの爪を受け止めたのはミール。



「気が変わった」

 一言そういうとデーモンに斬りかかる。



 しかし先程はサクサクと切り落としていた腕だったが、今は傷はついてはいるがなんとか受け止めている。



「ほう。やはりあれから3人も殺して感情も沢山食ってると強さが上がってるか」



 ミールはそう言うと、ショートソードを鞘に収めて、代わりに背中に背負っていたロングソードをゆっくりと引き抜いた。



 ???



 ゼノとフェリスにはロングソードに刀身は無く、ただ柄を握っているようにみえる。

 しかし、キラッとなにかが確かに光った。



 丁度いまの時間は日も暮れ始め、夕日が差し込んできている。

 その夕日を受け、うっすらと剣の形を浮かび上がらせていた。



 透明な剣、まさにガラスのような両刃の剣は美しく夕日に染まっている。

 そして透明な刃はみるみるうちに神々しいほどの輝きを放出した。




「ギョイアクヒア!」




 デーモンは一声鳴くと、残った腕を交差して爪を前方に突き出し、スクリューのように一直線に飛んできた!



 まさにデーモンの渾身の突進攻撃。



 次の瞬間




  ピィッンッ!




 真っ二つに切り落とされ、それぞれ反対方向に飛んでいくデーモンの半身。



 それぞれ地面に突き刺さるが次第に身体は黒い液体となって崩れ、最後は地面に吸収されて跡形も無く現世から消滅した。



「す、すごい・・」

 しばらく呆気にとられ沈黙していたゼノがポツリと呟く。



「た、助かったの・・?」

 フェリスもようやく言葉を口にする。



 ミールはガラスのように透明な剣を鞘に収めて

「ま、気が変わっただけさ、俺は弱い者いじめをする奴は嫌いだが、命を賭けて大切な人を守ろうとする奴は嫌いじゃない。それだけのことさ」



 そう言うと、いまだ抱き合ったまま硬直している2人を見ながら

「やっぱり愛って良いねぇ~」

 と呟く。



 やっと自分達が抱きしめ合っていることに気づいた2人。

 照れるようにパッと離れ、話題をそらすようにフェリスがミールに問いただす。



「そ、その剣は光の魔法剣なの?もの凄いレアね・・」

 魔法剣とは一般的に魔法の力、いわゆる属性の力が剣に付与されている状態の剣の事だ。



「ふ、さすが魔法使いさん。でも半分外れだ。この剣に属性は無いよ。ただ増幅率が凄くてね、吸収した魔力を何倍も強化してくれるんだ」



「え??てことはさっきの光属性はミールの力って事??」

「ま、そういうことになるな」



 あっさり答えるミールに

「ええええ!!!光属性持ちなの??!始めて見た!!」



「凄い!凄すぎる!光属性の貴重さは素人の僕でも知ってます!太古の昔に世界を救った正に勇者の力じゃないですか?!今現在では数人しか使い手はいないと言われていますから!」



「ミール、あなた一体何者なの・・?」



「ははは。まあ、普通の黄色ランクの冒険者だよ」

「そんな訳ないじゃない!黄色ランクがデーモンを倒したなんて聞いたことがないわ!」



「スキルでね。強敵覚醒ってやつなんだけど。これのお陰で強敵が出てきたときには、能力が飛躍的に上がるんだよ。逆に相手が弱いと自分もかなり弱体化されちゃうってやつでね。だから強敵相手じゃないとさっきみたいな力を発揮する事が出来ないんだ」


「なるほど・・そういう訳だったんですか」



「なかなか厄介なスキルでね、マーキュリー達のような冒険者はもちろん、ゴブリンすら倒せないからずっと黄色ランクをさまよってるんだよ」



「なるほど・・青ランクの昇格条件がゴブリンを倒せ、ですもんね・・」



「ま、今ではそういったマイナスの部分も含めて、気に入ってるけどね」



「そのスキルは使役士の固有スキルなの?」

「いや、俺自身のオリジナルスキルかな・・?」



「ひゃあああ~凄すぎだあ。オリジナルスキル持ちも貴重だし、光属性も貴重だし、さらに回復魔法も使えるなんて・・」



「え?ミールって回復魔法も使えるの?!」

「そうなんですよ。それで僕の毒もこっそりと解毒して下さって」

「そうだったんだ・・なんか顔色良いなって思ってたんだけど・・・」



 お?ゼノの事を気づく奴など、このPTにはいないと思ってたミールだったが意外に1人いたか・・



「ホントにごめんね。私どうかしてたわ。大切なゼノを死なせてしまうところだった・・・本当にありがとう、ミール」



「いや、感謝されることでもないよ。俺は正義のヒーローなんかじゃないからな。実際、直前まで俺はあんたを助ける気は無かったし、他の5人もわざと見殺しにした。俺なんかが人を裁く権利も資格も無いってのはわかってるし、善人ぶる気も無い。でもやっぱり気に食わない奴を助けたくは無いし、気に入った奴は手の届く範囲で可能な限り助けたい。そういった俺のエゴで助けたに過ぎないんだ。フェリス、あんたがゼノや獣人にしたことは、正直今でもはらわたが煮えくりかえる思いだ。俺は性根がクズなやつは、何処まで行ってもクズのままだと思っている。そういう奴はなにかあったら全て相手が悪いと思い、自分が悪いとは1ミリも思わない連中だからだ。しかし、あんたがゼノに対して示した感情も嘘とは思えない。いつか再会した時に、あの時助けて良かったなと思える人間になっていてくれれば俺は嬉しい。今だけの気持ちでないことを祈ってるよ」



 フェリスは深くうなずき

「ええ。そうね。確かに私は無自覚に人を沢山殺めてきた。その罪を無かったことにしようとも思わないし贖罪できるとも思えない。私に出来るのはただこれから先、困っている人、助けを求めている人をできる限り多く助けたい。それだけよ、見ていてミール」



 人はここまで変わることが出来るのかと思うくらい、とても穏やかな、しかし決意に満ちた笑顔を見せた。

 その瞳は夕陽に照らされて美しく光っている。



「さて、とりあえずマルリの街まで行こう。急がないと深夜になっちゃいそうだし、ここでウロウロしてたらまたデーモンが出てきそうだしな」



「はい!わかりました!」

 ゼノは荷物を抱えながら歩き出したミールとフェリスを追いかける。



「そうそう、俺がオリジナルスキル持ちって事は黙っておいてくれよな」

「ええ。もちろん。命の恩人さんに、恩を仇で返すようなことはしないわ」

「僕も絶対に喋りません!」

「ゼノは天然だからな~気付かずに喋りそう・・・」

「え?!ひどいです。ミールさん・・・」

「ふふふ」



「それはそうと俺は全く戦力にならないから、お二人さんモンスターが出たら頼んだぜ」

「え?僕も戦力にはならないです・・・」



「そういえばゼノって冒険者登録してないんだな。これからは2人で愛のラブラブPTを組むんだから登録しとけよ」



「ばっ、ばか言わないでよ!ふ、普通よ!普通のPTなんだからっ!ちょっ、ゼノ!なに赤くなってるのよ!」



「ふぇっ?い、いえ!僕なんてとんでもないです!フェリス様は大切な人ですがそんなラブラブなんて・・・えへへ」



「ゼノ!」

「ひゃっ!違います違います!あの・・そ、その・・・頑張ります!」



 なにを頑張るのかわからないが思いっきり宣誓したゼノを、ため息交じりに見つめるフェリスであった。




 途中何度かモンスターに襲われたが幸いにも大軍は出現せず、フェリスの魔法で追い返すことが出来た。

 2つある月が両方顔を出し、今夜は夜道でも比較的明るい。



「あ、見てっ」

 フェリスが指さす方向には結界を、街の光がぼんやりと照らしているのが見えた。



「ふい~やっと着いたかぁ。もう深夜だぜ」

「ですねぇ。なんとか着くことが出来ました。ありがとうございます。ミールさん」

「いやいや、俺こそ楽に着くことが出来たよ。ありがとな、フェリス、ゼノ」



 3人は結界を越え街に入る。

 だいぶ夜も更けたというのに、まだ営業している居酒屋などがあるらしく所々明るい。



「ミールはこれからどうするの?」

「ん?そうだな、一応仕事中だったんだよ、配達の。それを届けたら、しばらくブラブラして落ち着いたらガタリヤに戻るかな」


「そうなんだ・・じゃあガタリヤに行けばまた会えるのかな?いつか会えたとき胸を張って笑えるように一から頑張ってみる。ゼノと2人で」

「ああ、またなっ」



「ありがとーございましたぁー!!」



「シー!!何時だと思ってるの?!」

「あわわあ・・失礼しましたあ!」

「だから静かに!!」

「は、はひ・・・」

「ははは・・・」

 苦笑いしながらお互いに別々の方向に歩みを進める。



 やっぱり徹夜はこたえるなぁ・・・と伸びをするミール。

 早く配達を済ませて、今日は久しぶりにベッドでぐっすり寝ますかね。



 穏やかな風が吹き抜ける夜の道を進む。

 かすかに酒場の人々の笑い声が聞こえてきた。

                              



 ある世界の物語   ~完~


 次話  『ドラゴン討伐隊』



しょーもない作品にも関わらず、時間を割いて読んで頂きありがとうございます。


『リアクション』などしてくれると嬉しかったりします。


気が向いたらポチッとしてみてください。何でもします。靴も舐めm

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