ある世界の物語②
———ある世界の物語———
静音な森林、さもマイナスイオンが沢山出てるであろうと容易に想像できるしっとりとした空気があたりを支配している。
空を覆い隠すように木々の葉っぱが複雑に絡み合っているが、所々で光が差し込んでいるため、薄暗い感じでは無く、どちらかというと清々しい風が穏やかに流れていた。
森一面は見渡す限り樹齢何百年の立派な木々が生い茂り、お互いの大きさを見せ合うように鎮座している。
木々はコケやツタに覆われて年月の長さを想像する事が出来るが、雑草がはびこって行く手を遮るような感じではなく、目をこらせば奥の奥まで見通せるほど視界は開けていた。
そんな静寂が支配する森には不釣り合いな大声が、木々の隙間からこだまする。
「ぴぎゃぁあぁぁ~~!」
声の主は人間の青年、見た目は二十歳前後といったところ。
どちらかと言うと痩せ型ではあるが、付いている筋肉はしっかり付いているといった体型、いわいる細マッチョだ。
瞳は深い緑色、短く刈り込んだネイビー色の髪には落ち葉がチラホラくっついている。
左手には銀色のショートソード。この世界で最も一般的な武器だ。
右手には盾を持ってはおらず、時折ショートソードを両手で振り回しているのでスピード重視のスタイルなのかもしれない。
防具は皮をなめして作った皮の鎧・・・といっても右肩と胸の部分しかない、一応なにも着けてないよりはマシといった物をボロボロの服の上に着けている。
青年は顔面蒼白になりながら必死に剣をブンブンと振りまわす。
相手の攻撃を受け止めるとか。
タイミングを見計らってカウンターを仕掛けるとか。
そんな剣術の要素など全く無い。
例えるなら、幼稚園児が目をつぶって滅茶苦茶に腕を振り回している感じ。
とにかく必死に、相手が近づいて来るのを防いでいた。
青年の相手はゴブリンだ。
背丈は一メートル程、ちょうど青年の半分くらいの身長で、こちらもボロボロの皮の鎧を身につけていた。
恐らく冒険者からの戦利品なのであろう。
普通は上半身用の鎧だがゴブリンにとっては全身鎧だ。サイズは全く合ってはいないが様にはなっている。
獲物は青年よりも、もう一回り小さいショートソード。
ゴブリンの方はお鍋のフタのような盾も装備している。
やはり森の中。
ゴブリンは慣れた感じで、木の根っこ、大木の窪みを器用に利用して距離を詰めてくる。
「ひいいぃぃっ!!」
青年はなんとも情けない声を出しながら、どうにか身を翻して『こっちに来るなぁ!』と言わんばかりにブンブンと剣を振り回す。
たかがゴブリンごとき相手に情けない・・などと思わないでいただきたい。
何故ならこの青年には、ゴブリンが邪神のごとき恐怖の存在に見えているのだから・・・
今にも押し潰されそうな程、巨大な恐怖が押し寄せてくる感覚。
身体全体が拒否反応を示している感じ。
息を吸うのさえ忘れてしまいそうな威圧感。
迫り来る絶望感に必死に抗い、吐き気に耐えながらゴブリンを視界に捉える。
「なんで今日はこんなに・・ゴブリンに遭遇するんだ・・・くそっ」
青年は泣きそうな声を絞り出すと、プルプルと震える手で剣を握り直す。
膝はガクガクと震えており、立っているのがやっとって感じだ。
そんな青年の余裕の無い感情を読み取ったのか、ゴブリンは『ヒョッヒョッホ』と笑い声を口に出す。
まるで黄色ランクの青年を馬鹿にしているようだった。
この世界の冒険者にはランクがある。
最もビギナーな緑から始まり、黄、青、赤、紫、黒、銀、金、虹の9ランクだ。
この青年は黄色ランク、青の昇格条件はゴブリンを倒すこと。
ほとんどの冒険者は苦も無く青に昇格するのだが、この青年はかなりの年月ずっと黄色ランクをさまよっている。
ゴブリンは通常複数で行動しているので、この青年の腕では勝ち目は全くない。いつもなら直ぐに煙玉を使って一目散に逃げている相手だ。
しかし今回は、はぐれゴブリンなのか探索中のゴブリンなのか、周りに仲間の姿は見えなかった。
煙玉の数も残り1個しか無いので、なるべくなら使いたくない。
なんとか自力で逃げ切ることは出来ないか?!
そんな事を考え、先程から逃げ回っているのだが・・・
このゴブリンの動きは軽快で、全く距離を離すことができていなかった。
「くそっ!もう無理っ!食らえぇぇっ!!」
ボウンッ
青年は煙玉を地面に投げつける。あっという間に辺りは一面煙に覆われた。
「ギュギャガワワギュギャ!!」
煙の中からゴブリンの悲鳴が聞こえるが、もちろん構っている余裕は無い。
「へっ!今のうちぃ!!」
青年は一目散にゴブリンから逃げ出した。
はあっはあっはあっ・・・
かなりの時間走ってゴブリンとの距離を離す。
「ふう、ふうっ。これくらい離せば、はあっはあっ、大丈夫だろ・・・」
息切れしながら勝ち誇ったように独り言を言う青年。
髪や服はボロボロに乱れ、所々落ち葉が突き刺さっていたので、無造作に手で振り払い落ち葉を落とす。
「はあぁぁ~こんな事になるなら普通に乗合馬車が来るのを待ってた方が良かったかなぁ・・・でもなるべく早くって依頼だしなぁ」
青年が向かっているのはマルリの街。
2日前に乗合馬車でガタリヤの街を出発して、カルカ村に着いたのが昨日の深夜。
普通だったらそのまま村で1泊して、翌朝マルリの街行きの乗合馬車に乗れば良かったのだが・・・唐突に出発は2日後のお昼に予定変更になってしまった。
恐らく準聖都キーンから来る乗合馬車が遅れているのであろう。
この世界の乗合馬車の本数は少なく1日1本、2日で1本でも多いくらいだ。
乗合馬車は荷物の運搬という点でも重要な役目を担っている。
なので少しでも効率的に人も荷物も運ぶ為、遅れている馬車を待って合流したのち荷物を積み換えて出発。そういった直前の日程変更は日常茶飯事なので、みんな慣れっこなのである。
しかし依頼された仕事はなるべく早くという事だったので、青年は律儀にその要望に応え、朝早くに徒歩で出発したのだった。
青年が進んでいるのは、大きく行く手を遮るラルッパの森の中を一直線に進みマルリの街を目指す、リスクはあるが最短で着くと言われるルートだった。
通常は広大なラルッパの森を避けて街道を進むルートが一般的で、比較的安全だ。
その代わり、かなり遠回りになるのでマルリの街に着くのは馬車だと2日、徒歩だと4日以上はかかってしまう。
そして青年が選んだ一直線ルートは、徒歩でも約1日で着く事が出来る反面、森の中を突き進むので危険が多いルートとなっている。
前にも何回か、このルートで進んだ経験があり、その時はほとんどモンスターにも出会わない、出会ったとしてもゴブリンが数匹といった程度だったので、煙玉で楽に逃げ切る事が出来ていた。
その為、今回もなんとかなるだろうといった楽観的な考えのもと、歩みを進めたのであったが・・・今日はやたらゴブリンに遭遇する、簡単に言うと厄日だった。
「もうゴブリン・・・いや、全てのモンスターに出会いませんようにっと」
青年はパンパンと手を合わせ太陽があると思われる方向に向かってお祈りをする。
「はぁ・・」
そして大きなため息をつき、徐ろにポッケから結界石を取り出す。
「しょーがない。もう煙玉も無いし、何かあってからじゃ遅すぎるしな。命には変えられない」
青年は自分を納得させるようにブツブツと独り言を呟く。そして結界石に魔力を込め始めたのであった。
「ギュギャガワワギュギャ!!」
唐突に声がして振り向くと、そこには先程とは別と思われるゴブリンが声を上げながら突進してきていた。
「うわわわっ!」
青年はなんとか身を翻しこれを躱す。しかしゴブリンは軽快に木の幹を利用して三角飛びのように反転してくる。
またゴブリンの突進攻撃!
「ひいいぃっ!」
青年はまたも顔面蒼白になり、今にも倒れそうな顔をしながら必死に対応する。
ゴブリンは直ぐに青年から離れ、再び体勢を立て直した。
どうやらヒットアンドアウェイスタイルのようだ。
再び突っ込んでくるゴブリンに剣を構え応戦しようと踏み込むが、ちょうど木の根っこに足を取られる。
尻餅をつく青年。万事休す!
目の前にゴブリンが突き出した剣が襲ってくる!
まさに刹那の瞬間!
咄嗟に足を上に突き出し、ちょうど柔道でいう巴投げのような格好よろしく、間一髪ゴブリンを後方に投げ飛ばすことに成功した。
「今のは・・・危なかった・・・」
吐き気に耐えながら、思わずゴクリとつばを飲み込む。
息は荒く、かなり疲労してきたのか足取りも危ない。
加えて、強烈な恐怖が筋肉を収縮させる。
青年の脳裏には早くも撤退の二文字に支配されていた。
『くそっ!さっきお祈りしてる暇があるならサッサと結界石を使うんだった!こうなったら、なんとか逃げながら魔力を込めるしかないっ!しかし追いつかれやしないか?あきらかにゴブリンのほうが地の利があるぞ?』などと自問自答する。
まずは光玉を使って目をくらませて・・・
撤退の手順をイメージしている正にその時、青年の瞳に最悪の姿が映る。
「グキャギャガキュエ!」
「ギキャキャキャシュヒヒ!」
なにかを叫びながらゴブリンが3匹こっちに向かってくる。ゴブリンの増援だ。
「最悪だ・・」
一言言ったと同時に身体は身を翻し、全力で反対方向に走り出す。
考える余地など無い。全力での撤退。
これ以外に青年が助かる道は無いように見えた。
「ギキャギョギギギシュテ!!」
「バキャゴバキャゴ!!」
恐らく逃げたぞ!追え追え!とでも言っているのであろう。
声はすぐ後ろで聞こえるが、振り向いている暇など無い。
後ろから銃を乱射されているかのような恐怖感に耐えながら、必死に足を動かす。
「ぴぎゃあぁあぁぁぁ!無理ぃ!ムリーーー!」
なんとも情けない悲鳴を上げ、涙と鼻水を撒き散らしながら、両手両足を使い、必死に逃げまくる。
しかし盛り上がった木の根っこ、積もり積もった落ち葉などに足を取られ、思うように距離を離せない。
一方ゴブリンはぴょんぴょんと飛び跳ねながら踊るように近づいてくる。
ピカッ
辺り一面が真っ白に輝く。青年が投げた光玉だ。
先頭で追いかけていたゴブリンが悶絶しながら地面に転がった。
しかし夜中ではなく、今は太陽が一番高く輝いているお昼頃、森林とはいえ視界は開けており所々で太陽の光も差し込んでいる。
目がくらんだのは先頭のゴブリンのみで、残り3匹は更に加速して迫ってくる。
「ひいぃぃ!」
一瞬後ろを振り返るが、変わらず複数のゴブリンが迫ってくるのを視界に捉え、再度逃げ出す。
「くそぉぉ・・煙玉・・・もう少し買っとけばよかったぁぁ!なんでこんなにゴブリンが出てくるんだよぉぉ!オカシイだろぉぉ!」
青年は全力で走りながら泣きそうな声で叫ぶ。
煙玉とは正式名称『対ゴブリン用煙玉』で、小さな村でも売っているかなりメジャーな商品だ。
その名の通りゴブリンに対してかなり効果が期待でき、これを吸ったゴブリンは幻惑にかかり動きがかなり鈍る為、簡単に逃げることが可能だ。
青年は村を出るときに10個購入しており、いつもだったら2~3個しか使わないので十分足りるはずなのだが・・・
少し前に説明したように今日はやたらとゴブリンに遭遇しまくっており、先程最後の1個を使い切ってしまった。
こうなってしまったら結界石を使ってやり過ごすのが最善手だとは思うが、結界石は魔力を数分間込める必要があるので発動まで時間がかかる。
更に単調に走りながらなら魔力を込める事もできようが、このような必死の敗走をしながら魔力を込めるのは結構難しく、先程から試してはいるが中々上手くいかない。
本来なら、まだまだ街までかなりの距離がある中で、高額で貴重な結界石を使うのは少し躊躇してしまうが・・・命には換えられない。
結界石がなんぞやというのは後述するとしよう。
最後の奥の手を使うか・・・脳裏に考えがよぎる。
いやいや、今使うのはリスクが高いし、何より結界石とは比べようがないくらいもったいない。青年は頭に浮かんだその考えを必死に打ち消そうと頭を横に振る。
とにかく結界石に魔力が溜まるまで走るしかない。
頭に酸素が回ってないぼやっとした感じ。
他に名案など浮かぶ余地などなく、ただ必死に走るということを唯一の救いのように懸命に駆け抜ける。
ヒュンッ
顔の横をなにかが横切る風圧を感じる。
ヒュンッヒュンッ
再度風圧。ゴブリンが投げた石か木の実か、その一つが青年のふくらはぎを直撃する。
「うわあぁぁっ!!」
バランスを崩し前方に二回、三回と転がりながら倒れ、落ち葉が全身にまとわりつく。
激痛に耐え、すぐに剣を構えるが完全に周りを取り囲まれた。
「ギョイヒッヒ」
ニタァっと満面の笑みを浮かべて勝ちを確信するゴブリン。
こういう表情は人間もゴブリンも大して変わらないんだな・・・と、震える身体とは対照的に、意外と冷静に状況判断出来ている自分に苦笑する。
絶望的な恐怖に身を震わせながらも、青年は必死に考えを巡らせる。
先程の転倒で結界石を落としてしまった。しかもちょうどゴブリンの足元でキランっと光っている。
ここまで距離を詰められてしまったら、拾いに行ったと同時に殺されそうだ。
まじで奥の手を使うしか無いか・・・
そんな考えをしつつ胸ポケットにしまってある奥の手の位置を確認する。
この奥の手とは雷爆の呪文を封じ込めた魔石。
使えばこの辺り半径1キロ圏内に凄まじい爆発が起こる。
使い手は呪文壁に守られるが、この美しい森林は火の海・・・いや、恐らくクレーターのように跡形も無く吹き飛ぶだろう。
だが、この国宝級の超レアアイテムを、たかがゴブリン相手に使うなどあってはならない・・・はずである。
しかも確かに使えば現状は乗り切れるが、もし一キロ圏内に他の冒険者がいたら、もれなく人殺しである。
正直他人が死のうがどうでもいいが、もし可愛い女の子を巻き込んでしまったら末代までの恥である。
更に言うと奥の手を持っているという事実を所持しながら戦うのと、なにもない状態で戦うのでは気持ちの余裕が全然違う。
トランプなどのカードゲームで最強のカードを持っている時の余裕、そんな感じである。結局使う前にやられてしまうこともままあるのだが・・・
そんなこんなを脳内の中で巡り巡って考えてる間に、ゴブリンもじわじわと距離を詰めてくる。
仕方ない・・・
とりあえず炎属性を剣に纏わせてビビらせるか。
その後、結界石を拾い直して撤退だな。
ゴブリンは炎を異様に怖がるので、この青年が使おうとしているマッチの炎のような低級の魔法でも効果は充分出ると予想される。
そんな簡単な方法があったなら最初からやれや!・・・との声が聞こえてきそうだが、これには訳がある。
この世界では魔道士の魔法などならいざ知らず、何も無い状態、つまり通常の剣などに属性を纏わせる事が出来る者は非情に稀少な存在なのだ。
故にこのような誰が何処で見ているかも分からないフィールドで使ってしまうと、属性持ちの冒険者とバレてしまう恐れがあった。
それはなんとしても避けたい状況だったので、ギリギリまで使わなかったという訳だ。
何故そこまで隠す必要があるのかという点はいずれ語らせて頂こう。
青年は今にも吐きそうになる気持ちをなんとか堪えて、プルプルと剣を構える。
同時にリーダー格のゴブリンが剣を振りかざす!
青年も剣に炎を纏わせようと魔力を込めようとした瞬間・・・
「ちっ、なんだ。ただのゴブリンか」
唐突に後ろから女性の声がする。
反射的に振り向くと、そこにはめちゃくちゃセクシーなお姉さんが不服そうに立っていた。
瞳は赤でピンクに近い赤色の髪を肩まで垂らしている。
かなり巨乳な胸をマイクロビキニのような鎧で隠しており、ずれ落ちないのか疑問な程だ。
小麦色に日焼けした肌を惜しげも無く見せつけ、普通はダイナマイトボディに視線が釘付けになりそうだが、それをさせないほどの大きな特大ロングソードを担いでいた。
あんなのどうやって振り回すんだ?と思わせるほどデカい。
「どうだったのぉ?ランカ」
今度は髪を後ろで二つに束ねている可愛い女の子が声をかける。
髪は金髪、ちょっとウェーブがかかっている。瞳は黒色でこちらは透けるように白い肌だ。
白と青をメインとした色の法衣を着ているところから見て回復職のようだ。
木の陰からひょこっっと可愛らしくこちらの様子をうかがっている。
「雑魚だよ雑魚。ただのゴブリンだった」
「ははは。そりゃそうだろ。この森林で遭遇するのはゴブリンかダークウルフくらいだ」
少し若い感じ、ハキハキした男の声。
出てきたのは耳の下あたりまで伸ばしたサラッとした茶色の髪を無造作にかき上げる20代前半くらいの男。
身長は180くらい、瞳はこげ茶で健康的な肌の色をしている。
胸の部分だけ金属を使っているが、他の部分は皮をなめして加工した服を着ていた。
しかし所々模様が入っており、服も相当高級な物だろうと想像できる質感をしている。
手にはロングソードと四角い盾。
ロングソードはぼんやり光っており魔法の力が付与された剣なのかもしれない。
盾はちょっと言い方が悪いが、一般的な座布団くらいの大きさだ。
どちらも素晴らしい装飾がされており、文字通り光り輝いている。
「やれやれ、突然走り出すからなにかと思えば・・・」
お次は僕はインテリですって顔の男。
身長は170くらい、眼鏡をかけており瞳は茶色。黒髪の長髪を後ろで束ねている。
深緑と茶色系統のローブを着ており、他の二人とは対照的に地味な印象だ。
身長と同じくらいの杖を持っているので魔法職のなにかだろう。
「うむ。マークの言う通りだ。少し自重せよ」
低い声で静かに言ったのは、青色を基調とした見事な模様が入った全身鎧を身にまとった身長2メートルはありそうな中年の大男。
髪は短髪の白髪、肌はがっつり日焼けしていて、盛り上がった筋肉を見せつけるように光沢を放っている。
右手には両面に刃が付いた斧。
これまた見事な装飾が付いている斧を軽々と片手で持ち、左手にはその巨体を隠してしまえる程に大きな銀色の盾。
典型的な敵の攻撃を受け止める役に見える。
「ま、猪突猛進がランカだからねえ」
楽しそうに話すのは大きな帽子を被った女の子。
私は魔道士です、と主張している大きな黒の帽子の下からサラサラなオレンジ色の髪を垂らしており瞳は茶色。
赤と黒を基調とした見事な刺繍の服を着ていて、ヒラヒラとしたミニスカートをはいている。
足元まで伸びた黒のマントを背中から伸ばしており、スカートから伸びた健康的な足を隠していた。
どうやら6人PTの冒険者のようだ。しかも外見から察するにある程度上のランク・・・紫、黒、銀ランクあたりだろう。
ゴブリンが目の前にいるのにも関わらず、6人PTは穏やかに笑顔で喋っているので、和気あいあいとした雰囲気が流れる。
対してゴブリン達は6人PTから一時も目を離せずに、緊張感溢れる空気に包み込まれていた。
光玉で目をくらませたゴブリンも合流して4匹になっていたゴブリン達は、じりじりと後ろに下がっていく。
ゴブリンは知能は低いが馬鹿ではない。
一目見て、この冒険者達の強さを感じたのであろう。
逃げたいが下手に動けば殺される。そんな雰囲気がそこにはあった。
「んだよ!人をイノシシみたいに言うな!フェリス!」
セクシーな大剣使いのランカは胸を揺らしながら女魔道士に詰め寄る。
「きゃ~ランカちゃわんが怒ったぁ~ん」
回復職の可愛いらしい女の子がきゃっきゃしながら甘えた声で言う。
「んだとお!てめえもか!リリー!」
「きゃー!犯されるーぅー!」
きゃっきゃしながら逃げる回復職の女と、それを追いかける女剣士。
一番近くにいた女剣士が後ろを向いて、リリーと呼ばれた回復職の女を追いかけ始めたので、当然ゴブリン達と距離が出来た。
この瞬間、一斉にゴブリン達が逃げ始める!
しかし・・・
「甘えな、逃がすと思うか?」
女剣士はポツリと呟くと、大剣を抱えているとは想像出来ないスピードでゴブリンどもに追いつき一刀両断、4匹倒されるまで10秒もかからなかった。
「やれやれ、ゴブリン如きほっておけばいいものを」
そう言いながら、マークと呼ばれていた地味魔道士はタオルをランカに渡す。
「あたいは誰であろうと容赦はしない主義なんだよ」
渡されたタオルで返り血を拭きながらランカは答える。
そこに息を切らしながら男がもう一人追いついてきた。
「遅えぞ!ゼノ!いつまで待たせるんだ!」
リーダー格のマーキュリーは、さっきまでの態度とはうって変わって冷酷に男を蹴り飛ばしながら怒鳴る。
「も、申し訳ございません!マーキュリー様!」
ゼノと呼ばれた男は、肩で息をしながら必死に謝る。
歳は20前後くらい、黒髪のおかっぱで細い目をしている。
服はボロボロで恐らくこのPTの荷物持ちなのであろう。かなり大きなリュックやらバックやらを背負っている。
さらに言うともの凄く顔色が悪い。
「はーあ。クズはどこまでいってもクズですね」
「ほんとウザいな」
「もうこやつはクビにしてもよいのでは?」
全員が全員、冷酷な言葉を言い放つ。
「キモい、こっち見ないで」
さっきまで甘えた声できゃっきゃしてたリリーまで、キャラを忘れて冷たい言葉を発している。
ゼノは咳き込みながら額を地面にこすりつけ必死に謝っている。
「ったく、次遅れたら許さねえからな」
マーキュリーは吐き捨てるようにそう言い放ち、今度は青年の方を見る。
「で、あんたは1人?」
その瞳はなんの興味もない、そんな冷たい目をしていた。
「は、はいっ!あの!助けて頂いてありがとうございますっ!」
青年は深々をお辞儀をしてハキハキと答える。
この青年は実のところ、そんな人当たりの良さそうな、明るい感じで言葉を発するタイプではない。
しかしこの世界では、モンスターと同じくらい他の冒険者には気をつけないといけないのだ。
詐欺や強盗、レイプに殺人。
勿論この世界でも犯罪は罰を受けるが、このような森の奥深くだ。なにをされても証拠などは出ない。
厳密に言うと追跡魔法というのがあり、それを登録されていればわかるのだが・・・
追跡魔法とは、その名の通り魔法をかけた対象が何処にいるのかが分かる仕組みとなっている。
主に冒険者ギルドが討伐クエストを依頼する際に使用する魔法の事で、その魔法がかかっているモンスターを倒すとギルドで誰が倒したか知ることが出来るのだ。
注意点が2つ。
1つは追跡魔法を使用出来るのは、限られた人だけ。
その人達はマーカーと呼ばれており、隠密性に富み俊敏性はピカイチな存在だ。
そのマーカー達がギルドから依頼を受けて、討伐クエストが出るような強敵、難敵なモンスターに追跡魔法をくっつけて来る。そうする事でギルドでもようやく場所を把握できるようになるのだ。
もう1つは追跡する側、つまり冒険者側もギルドで登録する必要があるという点。
ギルドで登録して初めてモンスターが何処にいるのか把握できるようになるのだ。
更に、誰が倒したのか、誰が1番多くダメージを与えたのか、なども分かる仕組みとなっている。
話を戻すと、青年は討伐クエストではないが青ランク昇格試験のクエスト登録をしている。つまりゴブリンを倒した場合はギルドで知る事が出来る。
しかし仮に青年が殺された場合は、誰に殺されたかなどはわからないのだ。
なのでこの状況で、もし青年が殺された場合は完全犯罪成立となってしまう。
残念な事に、モンスター相手に被害に遭う冒険者の数とほぼ同じくらい、冒険者同士のいざこざ、被害の件数は多い。
青年がハキハキと答えたのも悪い印象を与えたくない、自分は敵意は無いというアピールでもあるのだ。
世の中には殺人専門のチームなんてものもあるらしいのだが・・・
「あ、あのっ!僕はミールって言いますっ!黄色ランクの冒険者ですっ!」
青年は大きく頭を下げながらステータスの魔力を全項目全範囲に指定する。
すると青年を中心に四方に透明なウインドウが表示され、この場にいる全員に青年のステータスが開示された。
名前:ミール 年齢:25 職業:冒険者(黄色) 適性:使役士 犯罪歴:無し 国籍:ルーン国 在住:ガタリヤ 住所:ガタリヤ星光街6ー10ー302
「あはっ、黄色ランクちゃんなんだぁ??うちらは紫なんだよぉ!凄いでしょっ?!」
「はっはい!紫ランクの方々とお話出来るなんて光栄ですっ!」
「あははっ!かっわいいっ!初心者君なんだねっ??」
「そうですっ!す、すみませんっ!」
「別に謝る事ないよぉ。みんな最初は初心者なんだからさぁっ」
この世界では魔力によって様々な事が行える。
そのうちの一つがステータスを見たり表示したりする事が出来るというものだ。
魔力とは大なり小なりほとんどの人が持っている一般的なもので、今回のステータスを見せるという魔法も大抵の人が使える『基礎魔法』となっている。
まず相手のステータスを見る場合の説明から。
自分の魔力を相手に込めるだけで直ぐに見ることが出来るのが特徴だ。
相手の同意無く見れる項目は、名前と職業(冒険者ならランクも)そして適性と犯罪歴の4つ。
この項目は役場で設定する事が出来るが、基本的に偽の情報を登録する事は出来ない。
とはいえ、これは不特定多数の者に簡単に見られてしまう項目なので登録する際は、色々と配慮がなされている。
例えば名前は本名は伏せて略してあったり、偽名を使う事が許されている。
職業も詳しい事は記載しないで魔法省の研究課に所属していても表示は『公務員』だとか、スーパーの店員でも『サービス業』だけだとかの表示だったりと。
まあ、冒険者は冒険者のままだが・・・一応そういった登録をして、人々は一定のプライバシーを担保しているようだ。
但し適性と犯罪歴に関しては偽る事が出来ない仕様だ。
次に自分から見せる場合。
こちらで表示させる項目は青年のように自己紹介などで使用するのはもちろんのこと、様々な手続きなどで身分を証明する時にも使われるので、不正に改ざん出来ない仕組みになっている。
もし、改ざんがバレた場合は十中八九死刑になるので注意が必要。安易に学歴詐称などが出来ない世界なのだ。
見せれる相手は『指定した相手のみ』と『その場にいる全員』とで分ける事が出来る。
開示する項目は年齢が加わるが、他は同じ項目。
つまり名前、年齢、職業、適性、犯罪歴の5つとなっている。
当然だが、先程と違って本名だったり、詳しい職場だったりと情報量は多い。
この世界ではパラメーター的な要素。
例えば体力だったり、攻撃力だったり、魔力だったり・・・そういった能力を数値化して見るという概念はない。
従ってステータスとは魔力で表示できる身分証明書のような物なのだ。
そしてもう一点。
この青年ミールのように内容を『全項目』に指定すると国籍や住所まで表示させる事が出来る。
通常だったら役場での登録だったり、重要な契約の時にしか開示する事はない事柄だが、ミールは敢えて全てをさらけ出した。
まるで犬がお腹を見せて転がり絶対服従のポーズ(諸説あります)をするが如く、『自分は正真正銘初心者です!敵意はありません!』と主張して無駄な争いを回避する狙いがあったのだった。
「ふーん。使役士か・・珍しいな。どんなモンスターを使えるんだ?」
マーキュリーはミールのステータスを見ながら問いかける。
「それがクルッピしか使えないんですよ・・ははははっ」
頭をかきながら答えるミール。
クルッピとは使役士になるともれなく付いてくる精霊のような存在で、何回も呼び出せるがほぼ使い物にならない低級エレメントだ。
「はっ、完全な初心者じゃねーか。なんで一人なんだ?仲間殺されたか?」
セクシーお姉さんが尋ねる。
「はい・・そうなんです・・命からがら僕だけが逃げてきて・・・」
落ち込んでみせるミール。
『嘘だけどな・・』と心の中で呟きながら。
「情けねーなあ。たかがゴブリン相手によお!」
「そんなこと言ったら可哀想だよぉ。私たぁちだって最初はきゃーきゃー言ってたじゃなぁい」
「はあ?!言ってねーし!!」
セクシーお姉さんとリリーのやりとりを横目で見ながら、地味魔道士マークが尋ねる。
「君の獲物はそのショートソードなのですか?使役士が剣を使うとは珍しいですね。背中に背負っている剣は使わないのですか?」
そうなのだ。
この青年ミールはずっと背中にロングソードを背負っていた。
使ってなかったのは実は理由があるのだが・・・説明は後にしよう。
「いや~カルカ村の武器屋で買ったんですけど僕には重すぎて・・・」
「情けない。鍛錬あるのみだ」
マッチョ中年が低い声で言う。
名前はステータスを見る限りルキオスというらしい。
「ですね・・頑張ります・・・」
ミールは恐縮しながら答える。
剣は没収な、とか言われたら面倒くさいなっと内心思っていたが、そこまで興味は無いようだ。
見た目は本当に村の武器屋で売られているような安物の剣に見えたし、なによりこのPTは武器も防具も紫ランクにしてはかなりの上物を持っているので、今更安物の剣などには用はないのであろう。
「カルカ村から来たということは行き先はマルリの街かい?」
「はい!そうです!」
「ふむ。我らもマルリの街に行くところなのだよ。ではどうだろう?ちょうどうちの荷物持ちが使えなくてね。一緒に荷物持ちをしてくれるならマルリの街までPTに入れてあげよう」
「あ!それ良いー!どうせならこのままこのクズを捨てて荷物持ちはこの子にしちゃおうよ!」
さらっと毒を吐くリリーちゃん。
「え?!本当ですか!ありがとうございます!」
内心『めんどくせーな』と思いながらも、そつなく答えるミール。
ここは言う通りに従おう。煙玉の在庫も無いし丁度良い。
紫ランクだったらこの森は楽勝で抜けられるはずだしな・・・
九つある冒険者ランクの中で丁度脂が乗ってきた感じ。
自身も成長を実感でき、ギルドでも一人前と認められる事が多いので重要なクエストを紹介してくれたりと単純に冒険者として1番楽しい時期。
それが紫ランク、別名『調子乗りランク』である。
「ごめんなさい。助かります」
「いえいえ、う・・・結構重いですねっ・・・」
咳き込んでいるゼノから荷物を受け取る。
あきらかに顔色が悪い、というかこれは毒にかかっているのでは??
「あの・・ゼノさんって毒にかかってませんか?・・・」
遠慮気味に聞いてみる。
「ああ、昨日ラリーバットに噛まれやがってな。トロいんだよ、こいつ」
ラリーバットとはコウモリ的なモンスターである。
群れで行動しており大して強くはないが、厄介なのは牙に毒が含まれており、噛まれると早く対処しなければ数日で死に至るというものだ。
しかし毒自体は通常の解毒魔法で消すことが出来るので、回復職がいるPTなら怖くないはずなのだが・・・
「解毒されないのですか??」
恐る恐る聞いてみる。
当然だ、解毒しないと死ぬのである。
回復職がいるのだから解毒しといて損はないだろう。
しかし・・・
「えぇ~リリー出来ないもぉ~ん。毒になる方が悪いんだよぉ。リリィー悪くないもん」
「うんうん。そうそう。なるやつが悪いもんね」
「ほんとほんと。PTに迷惑ばかりかけやがってホント使えない」
「ま、マルリの街に着けば解毒出来るだろうから気にしなくて良いよ、ミールくん」
「そ、そうですか。分かりましたっ」
みんながみんなゼノを人間扱いしてないことに正直驚きを隠せないミール。
果たして普通の人間がここまで冷たい態度を取れるのだろうか。
ちょっと中身がデーモンなのではと疑ってしまうくらいのクズPTだ。
「では出発しよう。このまま行けば明日には街まで行けるはずだ。ミール君荷物頼むよ」
マーキュリーはそう言って進み始める。
こうして紫ランクのPTと同行することになったミール。
肉体労働は苦手だが、略奪などで争うよりはマシだ。
とりあえず街までは従おう。
もしその後も荷物持ちとして同行させられそうになったら隙を見て逃げてしまおう。
そんな事を考えながら黙々とついて行く。
今進んでいる森はラルッパの森林と呼ばれており、比較的低レベルなモンスターが多い地域だ。
それからも何匹かゴブリンやら、イモムシのデカい奴やら、オオカミの強化版のようなダークウルフと呼ばれている獣やらが向かってきて、その度にミールはひいいぃっと情けない悲鳴をあげるのだったが、マーキュリー達によって全て一瞬のうちに倒されている。
「ミールちゃぁんは、ホント怖がりなんだねぇ」
回復職のリリーがクスクス笑いながら話しかけてくる。
「面目ないです・・・」
「別にぃ、良いんだよぉ?あたし達に任せてちょ」
「でもそれでは今まで大変だったでしょう?少しずつでも慣れていかれた方が良いのでは?」
と地味魔道士マーク。
「はい・・・努力します・・・」
「ったくっ!なっさけねぇなぁ!こうよっ!ぐぐっと腹に力を入れて、がっとしてがってやるんだよ!こんな風になっ!」
抽象的な擬音を並べてアドバイスするランカは、唐突に現れた木に擬態したモンスターを一刀の元に切り捨てる。
実力的にはそろそろ黒ランクになってもおかしくないような強さを持っているようだ。
しかも全く容赦がない。
偶然ゴブリンの集落に遭遇したときも、子供ゴブリンや連れ去られてきたであろう人間の女も含めて、全て皆殺しにしている。
戦うことが大好き、というより殺すことが大好き、そう感じた。
「ちっ、雑魚共がワラワラと出てきやがって。もっと手応えのあるやつはいねーのか!」
「ランカ。油断大敵ですよ。どんな相手でも全力で戦うのが冒険者たるものです」
「わぁーってるよ!マークせんせぇい!」
「ははは。でも確かにちょっと手応えなさ過ぎだね。ま、それだけ僕らが強くなったということだろう」
「うんうんっ!これならもう直ぐ黒ランクに上がっちゃいそうだね!」
「うむ。もはや相手がデーモンでも負ける気がせん。我らが最強だと言うことを世に知らしめようぞ」
「お!いいねえ!ルキオス。あんたもたまには良いこと言うじゃないか!」
「ふふ。でも確かに僕らならデーモンにも勝てるかもね。そしたら銀ランク昇格の最短記録じゃないかい?街に着いたら早速黒ランク昇格試験の申請をしよう」
「わあぃ!やっぱうちらがぁ最強なんだぁ!!しゅごーいぃ!」
「あたい達が何も考えず戦えるのも回復してくれるお前のお陰だからな。これからもしっかり頼むぜお姫様!」
「ふぁあああん!ランカちゅわぁ~ん!結婚しよおお~~!!」
「な!抱きつくな!リリー!離れろって!」
「はははははっ!」
こんなやりとりがラジオか又は音楽を聴くように脳内の右から左に通過していく。
とにかく重い。
荷物をゼノと半分こしているのだが、よくこれを1人で持っていたなと思うくらい重量があった。
しかも半分になったとはいえゼノは毒が身体を蝕んでいる。次第にPTと距離が出来はじめた。
このままゼノだけ置いていくと『使えねーやつはいらねえ!』とホントにゼノを殺しかねない。
かといって2人で一緒に遅れたら、それはそれでゼノのせいにされて良くない状況になりそうだ。
一番のベストは2人で遅れない事。
しかしゼノの荷物を更に自分が引き受けると、確かに遅れは取り戻せそうだが、荷物をほとんど持っていないゼノを見た連中の態度は容易に想像できる。
『やっぱゼノいらねーじゃん』『荷物持ちは今後もミールで行こう』と言い出しかねない。
それはかなり困るので、前の連中に気づかれないようにヒソヒソとゼノに話しかける。
「ゼノさん。昨日、噛まれたって言ってましたよね?通常は5日くらいは持ちこたえると情報があると思いますが、それはあくまで安静にしてたらの話です。はっきり言って今日解毒しないと夜には死にますよ?」
しかしゼノはなにも答えない。もう答える力もないのか黙々と息を切らしながら歩いている。
「正直言ってこのPTはゼノさんを人間扱いしてないです。わかってますよね?例えここでゼノさんが死んでもなんとも思わない連中ですよ?」
ゼノは答えない。
「ゼノさんが逃げたいなら手を貸しますよ。ドーラメルクの結界石を持っているので、これを使えば姿を消すことも出来るし、音も無くせるので容易に逃げる事が出来ます。どうしますか?」
勿論この話に乗ってくると思っていたミール。
しかし返ってきたのは意外な返答だった。
「げほっげほっ、あ、ありがとう・・ございます・・はぁはぁ。でも・・僕はこのままここにいます」
「死にますよ?」
「はあはあっ。でしょうね・・・でも最後の瞬間までフェリス様にお仕えするのが私の使命なんです・・・」
フェリス・・あの女魔道士のことか・・・
そしてゼノは静かに語り出した。
「僕の一族は・・代々キエルロット家に仕えていました。僕の母親もお爺ちゃんも。キエルロット家といえばガンラジス大陸では知らぬ者がいないほどの名家です。タンマリという街の領主であるキエルロット様は民を思いやり、それはそれは評判の名君でした。私も幼い頃は良くフェリス様と仲良く遊んだものです。しかしお爺様がお亡くなりになり息子のドベル様が跡を継いだのですが、それからは私ども執事やメイドなどを奴隷のように扱うようになりました。フェリス様も幼いながらもその父親の背中を見て育った者ですから、段々とあのような態度をするように・・・ですが元々はとてもお優しい方なのです。冒険者として旅立つ時も私が無理を言ってご一緒させてもらいました。ここで忠義に背くことは出来ません・・・」
元々は優しい云々は怪しい所だが、どうやら本人に逃げ出す意思は無いということがわかった。
これを忠義というのか洗脳なのかミールにはわからなかったが、ゼノが死ぬのをこのまま黙ってみている気にはなれない。
「そうですか・・わかりました。ではちょっと一旦立ち止まってくれますか?」
ゼノはぼーとした目つきのまま言われるがままに立ち止まる。
「デジントエクスケーション(解毒)」
ミールが呟くとゼノを優しい白い光が包み込む。
そしてそれは一つ一つ小さな光の球となってふわ~っと上に登って消えていく。
その間、およそ5秒程。
しかしゼノの毒は完全に解毒されたのだった。
「え?え?!あれ?身体が・・軽くなった」
驚きを隠せない状態でミールの方を見る。
「しっ!静かに!連中にバレると厄介です。とりあえずまずは彼らに追いつきましょう」
そう言って歩き始めるミール。言われた通り、ゼノも黙って付いてくる。
さすがに今まで一人で荷物を運んでいただけはあり、ゼノはグングン加速して連中の背中が見えるくらいまで追いつくことが出来た。
連中はというと、お喋りに夢中で全くこっちの様子に気づいてないようだ。
とりあえずホッとと胸をなで下ろすミール。
「みんなには内緒ですよ」
と小声で笑顔をむけるミールの姿に、いまだ状況が掴めず混乱している様子でゼノが聞く。
「あの・・ミールさんって使役士ですよね・・?それなのに魔法を・・・しかも回復魔法を使えるなんて・・・!」
まず皆さんには使役士とはなんぞや?と言う所から説明しよう。
簡単に言うとモンスターや精霊などを召喚、使役して戦う適性である。
それって召喚士なんじゃないの?って話になるのだが、この世界での召喚士とは、召喚獣と言われる精神体と契約をして、精神世界から具現化させて戦わせている。
その召喚獣の姿は様々で、その土地の守り神だったり、神木や神器に宿った守護霊や精霊達など。
規模は小さいが、れっきとした神の力を呼び出していると言われている。
まあ神の力と言っても、ほとんどの召喚獣は通常の魔法攻撃と威力はさほど変わらない。
しかし太古の昔、高位の召喚士が呼び出した召喚獣の中には、攻撃によって地図に載っている地形そのものを変えてしまったという伝承が残っているので、呼び出す召喚獣によって威力は大きく変わるのかもしれない。
召喚士自体が非常に数が少なく、更に名家と呼ばれている召喚士一族は非常に閉鎖的なので詳しい事は分かっていないが、召喚獣は基本何回でも呼び出すことが出来る。(召喚士の魔力が尽きなければだが)
一方使役士は通常のモンスターや動物、虫、死霊から精霊まで、幅広い精神体を呼び出すことが出来る。
そのかわり、使役出来るのは1回限りの場合が多く、戦闘を終えたり使役モンスターが倒されてしまった場合は2度と呼び出せなかったりする。
更に何でもかんでも呼び出すことは出来ず、使役するには手順が必要になってくるのだが・・・詳しくはいずれ説明させて頂こう。
今の時点で覚えて欲しい事はだた1つ。
使役士は非常に『人気の無い』適性だという事。
こんな話がある。
冒険者ギルドには適性習得の授業をする学校が併設されている。
殆どの人々はここでなりたい適性の習得の訓練をして冒険者になっていくのだ。
しかし使役士の授業は人気が無く常にガラガラの空席状態。
その為、他の授業に混ざって行われたり、先生不在で授業そのものが無いって事もあるという話だ。
どれだけ人気が無い適性であるか、おわかりいただけただろうか。
ついでだから適性についてもう少し詳しく語ろう。
実際の冒険者と、冒険者を目指す人の大きな違いは、基礎適性があるか無いかで分けられる。
基礎適性とは例えば戦士の冒険者がいたとしよう。
その場合、戦士という部分が基礎適性となる。
要は冒険者の職業と言ったほうが分かりやすいだろうか。
この基礎適性が自身に備わった時点で戦士だったら戦士のスキルが、魔法士だったら魔法を覚えることが出来るようになるのだ。
冒険者を目指す人々はギルドに併設されている学校で、なりたい適性の授業を受けて基礎適性獲得を目指していく。
厄介なのが、いつ適性を獲得出来るのかが分からない点だ。
貴方の世界で言う『資格』のように、授業や勉強を一通り受けて試験に合格すれば獲得できるような感じでは無く、日々勉強や訓練をしていると神のお告げのごとく唐突に基礎適性が備わるのだ。
なので学校も1年制などではなく3ヶ月毎に同じ授業を繰り返すルーティン制で、いつ入学しても大丈夫な仕様となっている。
基礎適性が備わった者から卒業していくシステムだ。
一般的には3ヶ月くらい授業を受ければ、ほとんどの者が基礎適性を獲得出来ると言われている。
だがしかし・・・回復職だけは別格扱い。
回復職を目指す人々の殆どの者が5年経っても獲得出来ない程、難易度が高い。
冒険者制度が始まって約2500年。
唐突に解放される適性に開設当初は苦労したが今ではだいぶ解析が進み、どの能力や知識を上げれば基礎適性が獲得出来るのかが、かなり分かってきたので学校の授業も盛んに行われている(レア職除く)
しかし、それでも回復職だけは何故か中々思うように基礎適性を獲得出来ていないという現状がある。
では、回復職はほとんど存在しないのでは?っと考えると思うが実はもう一つ、冒険者達が適性を獲得できる手段がある。
それは素質適性。
つまり生まれたときから獲得している適性の事だ。
素質適性を持っているものは学校に通って訓練する必要が無く、直ぐにスキルを使う事が出来る。
多くは一般的な適性なのだが、それが回復士だったら生まれた時点で勝ち組に、もしそれが修復士や蘇生士などだったら一生安泰である。
素質適性なんてものがあるせいで、なんの努力もしていないのに偉そうに振る舞ったり、高額の治療費を請求する者もいるのだが、素質適性のお陰で回復職も一定の人数を確保する事が出来ている。
もっともっと沢山語る事が多数あるのだが・・・それは次回として話をゼノとの会話まで戻そう。
つまりこの世界では回復職の基礎適正を持つ者が限りなく少なく貴重だ。
なので先程セクシーお姉さんことランカが、姫ちゃん回復士リリーを褒めていたが、それは能力を褒めている訳では無い。
リリーは回復職として能力は大したことない。
かなり初歩の解毒魔法さえ使えないのがその証拠だ。
多分素質適性が有ったから回復職に成れたのであろう。
能力的にたいした事がないのにも関わらずチヤホヤされているのは、それだけ回復職が貴重だということになる。実際回復職がいないPTの方が多いのだ。
そのただでさえ貴重な回復魔法を、回復職ではない使役士が使った事に驚きを隠せないゼノ。
ゼノの脳内は『使役士なのに回復魔法?!なんで?!』という事なのである。
「ははは。自分でもよくわかんないんですよ。あまり反発もなく使えたって感じで」
「そ、そんなことがあるもんなんですか?!す、すごいです・・・」
「そうだ、ゼノさん。一つお願いがあるんですが?」
「は、はい!何でも言ってください!」
「ははは。そんなに力まなくても。実はですね、僕が魔法を使えることは黙っててほしいんです。勿論解毒もしてないって事になるのでゼノさんには毒にかかってるフリをしてほしいんです、お願いできますか?」
「え?そんな・・・回復魔法を使えるなんて凄い事なのに・・・言えば荷物持ちなんて止めさせてくれるかもしれないんですよ?・・・」
「ふふふ。ゼノさん、ホントにそんな事になると思いますか?残念ですが全く逆の結果になると思いますよ。なんで今まで黙ってた?って警戒されて最悪始末されるかもしれません。ゼノさんの毒が消えたのでもういいやって僕は捨てられるかもしれません。一番可能性高いのはあの回復職の子、あの子が嫉妬しまくると思います。ああいう子は常にチヤホヤされてないと気が済まないタイプなんで・・・そしたらホントに僕の命が危ないです・・・今放り出されたら僕困っちゃうのでとりあえず街まで内緒でお願いします」
「なるほど・・確かにそうなりそうですね・・・残念ですけど。わかりました!命の恩人のミールさんに迷惑をかけるわけにはいきません!演技はあんまり自信ないですけど頑張りますね!」
「頼みます」
とりあえずこれで大丈夫そうだな。
ミールはゼノの顔色を見ながら思った。
正直PTから放り出されたほうがミール的には嬉しいのだが、そうしたらゼノが今後どんな扱いを受けるのかわからない。
弱者が一方的に虐げられるのは放っておけない世話焼きな、悪く言うとお人好し、ミールはそんな感じの性格をしていた。
なによりゼノの事を少し気に入っているミール、死なせたくなかった。
とはいえゼノがこのままPTにいたら状況は変わらない。
「どうしたもんかな・・・」
そんなことを考えながら黙々と歩みを進めるのだった。
しばらく同じ景色の中を前の6人はワイワイと、後ろの2人は無言で黙々と進んだ。
「よし。今日はここら辺でキャンプにするか」
先頭を歩いていたマーキュリーが振り向きながら言った。
「はあ~い!ご飯っご飯~♪」
はしゃいでいるのは勿論リリーだ。
ゼノはその言葉を聞くと荷物を下ろしてテント設営の準備を始めた。
もちろん約束通り息を切らしながら、時折咳き込みながら、さも具合が悪そうな感じを演じている。
演じてはいるが・・・
ゼノよ、テキパキ動きすぎ。
心の中でツッコミを入れるミールであった・・・
お気楽6人組は料理でも始めるのかと思ったが、腰を下ろして談笑している。全くこちらの動きには無関心だ。
お陰でゼノの下手くそな演技にも気づかれないのだが・・・
まさか今まで全部ゼノが準備してきてたのか?
ゼノはテントを設営しながら焚き火をしお湯を沸かす準備をしている。
「凄く手際が良いですね」
「ははは。そうですね。テントを3つ30分くらいで設営しないと殴られるので。今日はミールさんが手伝ってくれてるので余裕ですけどね」
「テントを3つね・・・」
ミールは少し違和感を感じながらもゼノを手伝った。
魔法の存在しない貴方方の世界では、30分で3つもテントを建てるなんて到底無理な話だろうが、この世界では魔法の力で自動で組み上がる『仕組みテント』が主流となっており設営は簡略化されている。
とはいえ30分はギリギリな時間設定だ。
「おい!早くしろよ!腹減っただろ!」
マーキュリーが怒鳴る。
「は、はい!ただいま!」
ゼノはリュックから具材を取り出すとグツグツとしているお鍋に次々と入れていく。
メニューは鴨肉の煮込みのスープのようだ。良い匂いが辺りを包み込む。
「はあ~。良い匂~い。おいしそ~~!」
リリーがたまらずお鍋の中をのぞき込む。
「うっしゃあ!飯だ飯!」
セクシーお姉さんランカがどかっと腰を下ろし、お椀とスプーンを両手で持ちカンカンと音を鳴らしている。
「ランカ!行儀が悪いですよ!いつも言ってるでしょう。食事はマナー良く・・・」
「はいはいはい!お説教は後々!ゼノ!大盛りな!」
「はいは~い!リリィーもぉ大盛りぃ!」
「リリー。いつも残すじゃないですか。駄目ですよ、食べ物を粗末にしちゃあ」
「でた!マークお母さん!」
「ぎゃはは!」
大盛り上がりの6人。
予想通りと言えば予想通り、ゼノとミールは隅っこで堅いパンをかじっている。当然お鍋のスープは食べられない。
「はあ・・せつねえ・・」
ボソボソと堅いパンをかじりながら呟くミール。
「ごめんなさい。あの・・僕のも食べますか?」
「えっ?ははは。いや~大丈夫っすよ・・」
堅いパンを追加で貰っても満足感は得られそうにない。
せめてマジックポケットに入っている干し肉でも挟めれば違うのだが・・・
しかし、ここでマジックポケットを使うと、さらに面倒くさい検索をされるだろうと思い、踏みとどまる。
マジックポケットとは怪しい商人を魔物から助けたお礼に貰った古代の超レアアイテムで、結構な数の物を異空間(多分)に収納することが出来る。
現在は製造方法などは消滅してしまったようで手に入れることは出来ない、正に神の遺産というべきアイテムだ。
「ふ~食った食ったぁ」
ランカが満足そうにお腹をさすりながら言う。
「ふえぇん。もうお腹いっぱいだよぉ」
「ほら見なさい。結局食べきれないではないですか・・・」
「ぶううぅ」
リリーはほっぺを膨らませながら食べかけのスープをルキオスのお椀に投入する。
慣れているのかルキオスは無言で残飯処理をしている。
「おし!じゃあ寝るべ寝るベ。ゼノ、結界石を出せ」
「はい。マーキュリー様」
ゼノはリュックから手のひら大の光る水晶をマーキュリーに渡す。
「よっと」
マーキュリーはそれをキャンプの中心くらいの位置で魔力を込め始める。
3分くらいかかっただろうか。結界石から光が出始めた。
マーキュリーは光り輝く結界石を大地に埋め込む。すると光りの膜が丁度キャンプ全体を包み込んだ。
「おし!じゃあなんかあったら大声で呼べよな。おやすみ~」
「おやす~」
「また明日ぁー」
それぞれ挨拶を済ますとリーダーのマーキュリーと女魔法使いのフェリス、セクシーお姉さんランカと地味魔道士のマーク、姫ちゃんリリーとルキオスがそれぞれテントに入っていく。
「やっぱりか・・・」
ミールはその光景を見ながら呟いた。
「ははは。バレてました?うちのPTはそれぞれパートナーがいるんですよ」
ゼノは焚き火に薪を追加しながら言う。
男女3人ずつのPTだったので最初から怪しんでいたが、テントを3つ設置した時点で確信に変わった。
PT間で恋愛関係になるのは珍しくない。
吊り橋効果が常に続いているという感じだろうか。
正に命を危険に晒している状態で、助けたり助けられたりするのだ。
例え種族維持本能が発動しなくても恋心が生まれてもおかしくない。
しかし逆にPT解散の原因になることも多々ある。
パートナーの死などは勿論だが、片思い、嫉妬、浮気、二股、etx・・・冒険者の恋愛事情も地球の皆さんとさほど変わらない。
しばらくすると・・・
「あん、あ、あ、いい・・やん」
「ああ、きゃん、あぁ、すごぃ、いぃ」
「はあ、はあ、そこは・・ああ!あん!あん!」
女子達の喘ぎ声が聞こえてくる。
「ゼノさんって毎晩これを聞いてるんですか?・・・」
「は、はい・・お恥ずかしいです」
「いやいや・・フェリスの事が好きなんですよね?辛くないですか?」
「え?!そんな!僕なんてとんでもないです!ご一緒させて頂いてるだけで幸せですから・・・」
嘘がわかりやすい。だがここは、あえてつっこまないでおこう。
しかし、他人の喘ぎ声で反応してしまうとは・・・
自分の元気な息子を見ながらため息を付く。見るとゼノの息子も元気だった。
『ははははは・・』
お互い顔を見合わせて、乾いた笑いをする2人。
「この結界石はルーン産ですか?」
「いえ、スーフェリアです」
「なるほど。では交代で見張りをしましょうか。スーフェリア産だったらそこそこ安心して眠れますね。先に寝て良いですよゼノさん」
「いえ!そんな滅相もないです。僕なんていつもフィールド中は徹夜ですから」
「いあ。せっかく2人いますしゼノさんは解毒は出来たとはいえかなり消耗してるはずです。体力を回復しておかないと、いざというときにフェリスさんを守れませんよ?」
「う・・そうですね・・・わかりました。ありがとうございます。ではお先に休ませて頂きます」
「はーい」
ゼノの処世術を理解したミール。早速フェリスを利用する。
ゼノは薄い毛布に包まると直ぐに寝息を立て始めた。
やはり疲れていたんだな、無理しちゃって。
喘ぎ声を背中で聞きながら、ゼノの寝顔を見てクスリと笑うミールであった。
続く