ガタリヤ奮闘記⑥
ミールは3人の元気な姿に安堵しながら部屋を出て行く。
流石にもう大丈夫そうだな・・
口酸っぱく油断するなと言ってきたミールも思わず気を抜いたその日の深夜、事件は起きたのだった。
⇨ガタリヤ奮闘記⑥
もう直ぐ日付けも変わろうかという深夜。
ミールはリリフからの通知で目を覚ます。
こんな時間に通話?
もうそれだけで緊急事態だと直ぐにわかる。
「ミールっ!セリーがっ!セリーがっ!!」
「直ぐ行くっ!」
大きな音を立てて階段を下り、急いで扉を開け中に入るミール。
セリーは入り口に1番近い布団の上で苦しそうにしていた。
額には汗がびっしょりと噴き上がっており、頬も紅潮している。
その脇でリリフとルクリアが泣きそうな顔をして、しゃがみ込んでいた。
「セリー!大丈夫か?!」
ミールが声をかけるとうっすらと目を開け
「ミール・・さま・・・も、申し訳・・ございま・・せん」
意識はあるようで呼びかけに反応するが、かなり苦しそうだ。
「どこが痛い?どこが辛い?!」
「はあ・・はあ・・・・・・吐き気が・・して・・あと寒気と・悪寒が・・お腹も・・痛いです・・」
セリーはガチガチと歯を鳴らしながら答える。
全身に鳥肌がたっていてブルブルとしている。
「ルクリアっ!風呂桶持ってきてくれっ!ゴミ袋もっ!吐いても大丈夫なようにっ!」
「・・うっうんっ!わかったっ!・・」
「リリフっタオルを用意してくれっ大きめのやつっ!」
「は、はいっ!」
ミールは濡れたタオルに氷属性をかけて頭に乗せる。
「はいっミール!」
2人から受け取ると、セリーの頭の下に大きめのタオルを敷いて、横にゴミ袋を被せた風呂桶をセットする。
吐き気と悪寒、そして熱もあるようで意識も朦朧としている。
グレービーのお陰でゴブリン化は防げているはず。
だとしたら免疫力低下に伴う感染症か?
「サンキュー!2人は離れててくれ!もしかしたらお前達にも移るかもしれないっ!トレル草の蒸気を多めにしてくれっ!」
「はいっ!」
ブボボボッツブビボッ!
不意に盛大な音がして、部屋中に不快な匂いが立ちこめる。
「!!!!」
余りの予想外の出来事に、思わず一瞬立ち尽くすミール。
セリーが大量に下痢をしたのだ。
「はっ・・・あっ・・・み、ミールさ・・ご・ごめんな・・さい・・・ああああっ!!」
ブビビビブボッツブビッ!
自分でも制御出来ないのだろう。
更に下痢をするセリー。
「大丈夫だっ。気にするなっ。この風呂桶に遠慮なく吐いてくれ。ズボンを脱がすぞ」
「うっ・・・えっぐっ・・・うっ・うええええっっ・・」
大粒の涙を流しながら今度は大量に吐く。
ミールは背中をさすりながらセリーが吐ききるまで待って、糞尿まみれのズボンをゴミ袋に入れる。
その間ずっとセリーは『ごめんなさい』を繰り返す。
「悪い、ルクリア。緊急事態だ。急いで下のグワンバラから、ゴミ袋を大量にもらってきてくれ。あとペーパータオルも頼む。リリフはルクリアが戻ったら、入り口に置いてあるスプレーを全体的に念入りに振りかけてくれ」
「・・すぐいくっ・・」
「わかったわっ!」
バタンッと扉を開け、ドスドスドスと大きな音を立てながら階段を降りていくルクリア。
深夜なので宿はシーンとしており、必死にグワンバラにお願いしている声が遠くから良く聞こえてくる。
ミールは応急的に、セリーを直接床に引いたゴミ袋の上に寝かせる。
布団は下痢まみれになってしまったので、ゴミ袋に詰め処分する事にした。
布団を剣で切り裂き小さくして詰めていると、またセリーが盛大に下痢をする。
それをタオルで拭き取りながらゴミ袋に詰めていく。
ルクリアが大量のゴミ袋とペーパータオルを抱えて持ってきてくれたので、袋を節約して使う必要はなさそうだ。
ミールはゴミ袋を二重にして廃棄していく。
ドンドンっと扉を叩く音がしてグワンバラの声が響く。
「ちょっとっ。ミール、大丈夫なのかいっ!あたしに出来る事はあるかい?!」
ミールは暫し考え込む。
なるべくなら部屋には誰も入れたくないが今は緊急事態だ。
正直自分だけでは手に負えない気がする。
ここはグワンバラに力を貸してもらおう。
「ああ!すまん!グワンバラ!ちょっと部屋に入ってきてくれるか?!」
グワンバラは当然部屋が立ち入り禁止なのは知っている。
なのでミールからの意外な言葉に一瞬沈黙するが、ゆっくりと扉を開けて入ってきた。
部屋に入れば直ぐに分かる。
充満した不快な匂い。
大量のゴミ袋。
嗚咽と嘔吐の音。
ただ事では無い状態なのは一目瞭然だ。
「こ、これは・・・」
「ああ、ご覧の通りヤバイ状況だ。嘔吐も下痢もハンパない。正直俺には手に負えそうにない。グワンバラ。誰か腕の良い修復士を知らないか?」
「修復士ぃ??こんな貧乏区画に、そんな高貴な縁があるヤツがいるもんかね。しかも今は深夜。どこも閉まってるだろうさ」
「だな・・・修復治療隊ってガタリヤにもあるよな?連絡してみるか?」
修復治療隊とは簡単に言うと国が運営している救急隊の事だ。
馬車で迎えに来てくれて24時間営業の国立病院に運んでくれる。
「それは構わないけど・・・ミール。この子達って国籍はスーフェリアって言ってなかったかい?あそこは国の管轄だからね。治療はしてくれると思うけど、その後に根掘り葉掘り聞かれやしないかね?なんでこうなったとか、どうしてこの街にいるとか。スーフェリアっていったら世界序列2位だからね。面倒を未然に防ぐ目的で、自白魔法を使われる可能性もある。そうなったらヤバいんじゃないのかい?」
「く・・・確かに・・・ゴブリン化の事を話す訳にもいかねーしな・・・」
この世界は街にも国にも序列順位が存在している。
そのお陰で各国が競い合い、人間種にとって有益な発展をしている事は確かだ。
だがしかし、その影響で閉鎖的、差別的な思考が根深く存在しているのも事実。
序列順位が高い国の国民だった場合、そして貴族など階級が上の人間だった場合、仮に命を救えなかったら、あとで何を言われるか分かったもんじゃないからだ。
なので患者が序列上位の国民だった場合、かなり慎重に、徹底的に調べられたりする。
「・・・どっか往診をやってるとこってないかな?」
「んんぅ・・・分かった。分かった。魔法新聞で調べてやるよ。でもあたいは連絡したことなんてないからねっ。あとで文句言うんじゃないよっ」
そう言うとグワンバラは足早に1階に降りていく。
「グワンバラさんっ!ありがとお!!」
ミールの代わりにリリフが大声でお礼を言う。
「ミ、ミールっ!他になにか手伝うことはっ?!」
「ありがとう。でもすまん。これからはとにかく近づかないでくれ。お前達も免疫力がかなり落ちている状態だ。いつ移るか分からない以上出来れば部屋を移したいが・・・」
「いやよっ!セリーがこんなに苦しんでるのにっ!わかったっ!近づかないわっ!近づかないからここにいさせてっ!」
「・・・私も・・セリーと一緒にいる・・・死ぬときは一緒・・・」
ルクリアの口から『死』という言葉が出てきたように、素人からみてもかなり危ない状態だという事はすぐにわかった。
「分かった。リリフの布団を窓ギリギリまで寄せて2人で1枚の布団で寝てくれ。あと流石に臭いがキツい。窓は開けっぱなしにしよう。そのかわりトレル草の蒸気をいつもより沢山炊く事で対応する」
「分かったわっ。ルクリア、おいでっ」
そんな会話をしている最中もセリーは嘔吐と下痢を繰り返す。
これは尋常ではない・・・
しかしどうすることも出来ない歯がゆさに唇を噛みしめる。
気を抜くと真っ白になってしまいそうなほど混乱している頭の中を、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる事で、なんとか冷静さを保っているミールであった。
グワンバラがノッシノッシと部屋に入ってくる。
「ミール。1つだけ往診をやってるとこを見つけたよ。あと30分くらいで来るってさ」
「おお・・・さんきゅ。助かったよ」
相変わらずセリーは下痢と嘔吐が続いているので根気よく、拭いては捨てて、拭いては捨ててを繰り返していたミール。
グワンバラの言葉に、額に汗を浮かべながら心底ホッとしたような顔をする。
その後しばらくはグワンバラも加わり2人で汚物を掃除していった。
チリリーン
1階からベルの音がする。
「お、来たようだね。よっと」
グワンバラは立ち上がり階段を降りていく。
直ぐにグワンバラに連れられ1人の初老の男性が入ってきた。
髪はオールバックで白髪交じり。年期の入った皮カバンを持っている。
服はお世辞にも綺麗とは言えない古びたジャケットを着ていて、パッと見には落ち目の弁護士・・胡散臭い探偵・・・怪しいコンサルタント・・・そんな感じだ。
しかし、ステータスを見ると確かに適性欄は『修復士』となっていた。
以前にも説明させて頂いたが、相手が無条件に見れるステータス欄でも犯罪歴と適性に関しては偽る事が出来ない。
なのでこの男は修復士で間違いないようだ。
「ぐおっ・・・何じゃこれは・・・」
部屋に入るなり眉間にシワを寄せる修復士。直ぐにハンカチで鼻を押さえる。
更に目の前に広がる汚物のゴミの数々を見て嫌悪の表情を浮かべた。
「臭っさいのぉ!全くこれだから貧民街は嫌なんじゃっ!」
ジロっとミール、リリフ、ルクリアと順番に視線を移す。
そして『チッ』と舌打ちしながらも部屋の奥へと進んだ。
「す、すみません。この女性なんですが・・・下痢と嘔吐・・・」
「ええいっ。分かっとるわっ!素人が知ったような口を叩くなっ!」
初老の修復士はイライラした口調でミールの言葉を遮り、カバンからゴム手袋を取り出した。
そしてゴム手袋をはめながら
「ええいっ。暑苦しいっ!お前とババアは部屋から出ておれっ!」
ミールとグワンバラに向かって怒鳴り散らす。
「・・・」
ミールもグワンバラもお互い顔を見合わせる。
『なんだコイツ・・』といった感情が湧き上がってくるが、セリーの事もある。
ここで揉めてもしょうがない。
「それじゃあミール。あたしは部屋に戻るよ。なんかあったら呼んどくれ」
グワンバラはノッシノッシと部屋から出ていく。
それを見届けたミールは
「俺も出て行かないとダメか?出来れば見てておきたいんだが・・・」
「邪魔だったら私達が出て行きますっ!ミールはそのままここにいて!」
リリフが手を上げると
「ええい!・・分かった分かった。鬱陶しい。全く・・・これだから貧民街は嫌なんじゃ」
リリフ達が出て行こうとするのを、ウザったそうに手で制して止める修復士。
そしてセリーの横にしゃがみ込み、あろうことかいきなりTシャツをまくり上げる。
ぶるんっとあらわになるセリーの胸。
「!」
ミールもリリフ達もビックリして互いに目を合わせる。
「なんじゃ?知らんのか。診断魔法は直接肌に触れる必要がある。素人は黙っておれ!」
ミールを睨みながら容赦無くセリーの胸をグリグリと揉みまくる。
「ひょひょひょ。こりゃよく分らんのぉ。しっかりと診断しなくては」
セリーも具合が最高潮に悪い時に、セクハラをされて災難だ。
ゼエゼエと荒い息をしながら耐えている。
「・・ちょ・・・・っ・・・」
リリフが何か言おうとしたが口を噤む。
この修復士は明らかにオカシイ。ハッキリ言って最低なヤツだ。
だがしかし・・・セリーの命がかかっている。
ここは我慢、我慢よリリフっ。
表情を見るだけでそんなリリフの葛藤が分かってしまう。
散々揉みまくった挙げ句
「ふむ。やはり汚くてイマイチ盛り上がらんの」
ぼそっとそんな独り言を吐いて、壁際に置いてあるカバンに向かって歩いて行く。
何故ならセリー周辺は汚物で汚れているから。
汚れた床にカバンを置きたくないのであろう。
「・・・」
しかしミールはハッキリと見た。
完全に下半身が勃起している。
恐らく目の良いリリフも気付いているだろう。
クソ野郎だな、コイツ。
カバンの中は無造作に小瓶が幾つも入っていた。
修復士はガサゴソとカバンを漁り、1つの小瓶を取り出す。
「診断の結果、ノーシンイブの種が有効だと分かった。これは値は張るが治療するかの?」
「ああ。幾らだ?」
「値は張ると言ったじゃろ。幾らもクソもないわっ。ごちゃごちゃ抜かすと帰るぞ!ワシは忙しいのじゃっ」
「・・・わかった・・・やってくれ」
ぶん殴りたい衝動を抑え、低い声で答えるミール。
リリフ達も心配そうな顔をしている。
『こいつ・・・本当に治療する気あるのか?・・・ていうかそもそも修復士なのか?』
一目見た時からミールの脳内に湧き上がった疑念は、ドンドン膨らんでくる。
ステータスの適性部分は虚偽不可能とは知りつつも、どうしてもコイツを信じる事が出来なかった。
その疑念を確かめる為、ミールはグレービーに通話してみる事にした。
実はミールはこれまでも何回かグレービーに通話を試みていた。
しかしグレービーが向かったドルグレムという国は、遥か西にある魔道具技術の非常に発達した国で、馬車で最短で向かっても片道10日以上はかかるくらい距離が離れている。
固定通話器を使うならまだしも、個人宛の特定魔力を使っての通話は距離が離れすぎており、いつも繋がらない状態だったのだ。
しかし今回の疑念に確証を得るには、どうしてもグレービーの協力がいる。
この修復士は本当に治療する気はあるのか?
そもそも治療出来るのか?
先程言っていたノーシンイブの種とは本当に触媒なのか?
そういった疑念をグレービーと通話して確かめ、もし騙されているようなら早めに対処したい。
しかし、あの部屋で通話したら、修復士に何を言われるのか分かったもんじゃない。
今、何よりも優先すべきはセリーの治療だ。
まだ100%クズ修復士と確信が持てない以上、下手に動いて『自分を疑うヤツなど治せん!』などと言われてしまうのもよろしくない。
今はとにかく早く確証が欲しい。
「ちょっと出てくる」
そんな気持ちでリリフ達に一言伝え、部屋から出ていったのだが・・・
部屋を出たのは間違いだった。
願う気持ちで通話魔力を込めたミールだったが、思いの外あっさりとグレービーに繋がった。
「あらぁっ!ミールちゃわぁんっ!お久しぶりねぇっ!やっだぁ!あたしもそろそろミールちゃんの声が聞きたいなぁって思ってたのよぉ。うふふっ。女の子達の調子はどおぉ?」
相変わらずハイテンションなグレービーに何処かホッとするミール。
手短に要件を伝える。
「すまん。グレービー。深夜に申し訳ない。今セリーが危険な状態なんだ。修復士を呼んだんだが・・・どう胡散臭いヤツでな。俺も治療について色々聞きたい事があるんだが、ちょっと先に教えてくれるか?」
「あら?あらあらまあ。おっけーよ。何が聞きたいのかしら?」
「ああ、すまん。グレービーって触媒に詳しいんだよな。えっと・・・ノーシンイブの種ってヤツはどんな治療に使われる触媒なんだ?」
「ノーシンイブ?・・・ふーん。なんだ、たいした事ないのね。危険な状態っていうからグレービーちゃんビックリしちゃったじゃない」
「??・・・どういう事だ?」
「だってノーシンイブの種って生理痛に使う触媒よ。しかも今はもっと効果が出る新しい触媒が発見されたから、現在生理痛にノーシンイブの種を使ってるとこなんて、ほとんどないんじゃないのかしら。さては在庫処分しようって魂胆ね、きっと」
「なんだって?!てことは・・・下痢とか嘔吐には関係ないって事か??」
「んん??下痢?なんで下痢にノーシンイブ使うのよ?生理痛と下痢は場所が違うじゃない。しかも嘔吐してるの?あらやだ。下手したら逆効果よ。それ」
「くそ、やっぱりか。あのジジイ・・・グレービー。もう一つ聞いていいか?診断魔法ってのは直接肌に触る必要があるのは本当か?」
「直接?うーん。それは新人さんの場合かしらねぇ。通常は身体から10センチくらいの所に手をかざして上半身から下半身にかけて内部の様子を見る感じね。別に服を着てようが、着てなかろうが関係ないから直接触る必要はないわよ」
「ずっと胸を揉みまくってたんだが・・・」
「はあ?!あらやだ。それってタダのセクハラじゃない。セ・ク・ハ・ラ!普通に身体の上からゆっくりと手をかざす感じよ。揉むなんてもっての他だわっ。しかもお腹も調べてないって事よね?ミールちゃん。それ騙されてるわよ」
「あの野郎・・・てことは値が張るってのも嘘か?」
「値が張る??あははっ。冗談も休み休み言って頂戴。さっきも言ったけどノーシンイブの種はもう時代遅れなの。せいぜい2~300グルドってとこね」
「分かった。すまん、グレービー。こっちの都合で申し訳ないがセリーが重篤な状況なんだ。とりあえずいい加減な修復士を黙らせてくる。グレービーの方がずっと頼りになりそうだ。少ししたら俺から通話かけるからちょっと待っててもらえないか?」
「きゃあぁぁんん。ミールちゃんっ!あたしの喜ぶツボを心得ているのねぇ!ねえねぇっ!もう1度。もう1度言って頂戴っ!グレービーの方が?グレービーちゃんの方が何かしら?!」
「頼りになる・・・」
「きゃーっ!これは告白ねっ!コ・ク・ハ・ク!やっだー!グレービーちゃんずーーーーっーーーっと待ってるわんっ!」
「ああ・・・頼む。悪いな」
ミールは通話を終え、鋭い目つきで部屋に入っていく。これからケンカしに行く感じだ。
恐らく言い訳してくるだろうから徹底的に反論してやる。
こっちが素人だからって舐めやがって!
そんな感じで扉を開けたミールの目に飛び込んできたのは、両手にリリフとルクリアを抱えた修復士の姿だった。
よく見ると修復士の手は、完全にリリフとルクリアの服の下に入っており、恐らく胸を直接揉んでいるのだと予想できる。
そして顔・・・修復士は、でろーんとダラシナイ顔をしながら舌を伸ばしている。
そしてリリフとルクリアが、泣きながら舌をそこに伸ばそうとしている瞬間だった。
「は?・・・」
余りにも予想外の展開に、フリーズするミール。
は?・・なんだ?・・なんでこうなった?・・何をしようとしている?・・は?・・は?・・
こんな感じの文字が頭の中をグルグルと回る。
「みぃ~るぅ・・・」
「・・・ううぅ・・・」
大粒の涙を流しながら助けを求めてくるリリフとルクリア。
ミールの脳内に一気に殺気が溢れてくる。
激おこのミールさんはとりあえず置いといて・・・
ここで話をミールが部屋から出て行った場面まで戻そう。
修復士はミールが出て行った事でニヤリとする。
こういう事はよくあるのだ。特に貧民街に多い。
つまり、お金の代わりに身体で払いますという事。
今回もミールが出ていった事で、『自分は見てないので、その間にお楽しみください』という意味だと勝手に勘違いしてニヤけたのだ。
部屋に入った時は臭いし汚いしで帰ろうかと思ったが、直ぐに思い直したのはこの女達がいたからだ。
正にレベルが違う。
これほどの極上の美人を相手に出来るなら、無報酬でも十分割に合うな。
しかもこの病人と、そっちの小さい子は『使用人』と職業欄に書いてある。
という事はもう1人が主だろう。
しかしこんな貧民街の安宿に身を潜めているとは・・・
くっくっく。訳ありか。
これはヤレる。ヤレるぞっ!
そんな考えがあったからこそ、部屋から出て行こうとした2人を慌てて引き留めたのだ。
「さて、では始める」
修復士はカバンから、魔法陣が描かれた紙を取り出し、乱雑に床に敷く。
所々破れていてシミも出来ている。
その紙の上を土足のまま踏みつけ、ノーシンイブの実が入った魔法水をテキトーに振りかける。正にテキトーだ。
思いっきり壁や床など、セリーとは関係ない場所が濡れているのだかお構いなし。
そのままテキトーに呪文を唱える。
「レパレーション」
弱々しい光に一瞬包まれたセリーだったが、直ぐに光は消えた。
「ふむ。失敗のようじゃな」
修復士はしれっと言う。
「え?!だ、ダメだったって事?!」
「そうじゃ」
「!」
絶句するリリフとルクリア。
『くっくっく。ほぉれ。どうする?どーする?』
ニマァとリリフ達の次の言葉を待つ変態修復士。
「ど、どうすれば助かりますか?!私に何か出来る事はないですか?!」
リリフの予想通りの言葉に、鼻息が荒くなる。
「ひょっひょっひょ。さっきは魔力が足らなかったのが原因じゃ。魔力の補充が出来れば治療も出来るであろう」
「ど、どうすればっ?!」
ド変態修復士はリリフとルクリアの方向に歩いていく。
リリフとルクリアは椅子から立ち上がりスススっと修復士に椅子を譲る。
修復士はドカっと椅子に腰掛けると両手を広げ
「ほれ。ワシの足に座れ。2人で背中を向けて座るのじゃ」
「え?・・・」
「早くしろ!助けたくないのか!?」
リリフとルクリアはお互いに顔を見合わせながらビクビクと遠慮がちに座る。
ガバっと容赦なく服の中に手を入れて抱き寄せる修復士。
「!」
「ちょっ!」
「なんじゃ!?ワシは忙しいんじゃ!文句があるなら帰るぞ!」
修復士の恫喝に俯いて我慢する2人。
「ぐっひょっひょ!こりゃたまらん!」
リリフとルクリアが静かになったのを確認すると、グニグニと鷲掴みにし揉みまくる変態修復士。
「おらっ!今度は舌を出せ!2人でワシの舌を舐めろ!早くしろ!」
ああ・・・またか・・・
また虐げられるのか・・・
絶望の表情を浮かべ涙を流しながら舌を近づける。
そこにガチャッと扉を開けてミールが入ってきたという訳だったのだ。
「なんじゃっ!?なんで入ってくる!助けたくないのか?!」
治療費を身体で払うと思い込んでいる修復士は、唐突に部屋に入ってきたミールを非難する。
ミールの目に殺気が宿る。
「触るなぁあぁ!!」
しかしミールが怒鳴るより早く、セリーの怒号が宿全体に響く。
「げほっ!げほっ!お、お嬢様と・・ルク・・リア・・大切な・・げほっ!大切なルクリアに・・触る・・な」
セリーは顔面蒼白になりながら鬼の形相。
あまりの気迫に、周囲が燃えてるかと思うほどだ・・いや、なんか実際燃えてる気がする・・・
変態修復士はビビったのか、リリフ達を揉みまくっていた手を引っ込める。
その隙にダッシュして、ミールの後ろに隠れるリリフとルクリア。
「何をしている」
ミールは背中からマジックポケットを発動させ、剣を取り出し、低い声で威圧する。
剣を見てあからさまに動揺する修復士。
またまた激おこなミールさんには申し訳ないが、少し説明を。
平和ボケしている皆さんには縁がない話かもしれないが、いついかなる時も武器を身近に置いておくのは重要な事だ。
フィールドでは当たり前だが、結構街中であっても油断できないのが、この世界の現実。
唐突に盗賊が襲ってくる時があるくらいなのだから。
だからこそ剣士にとっては例え食事をしていても、ベットで横になっていても、お風呂に入っていても、常に手の届く場所に武器を置いておくのが常識だったりする。
だがしかし、実際は手を伸ばせる範囲に常に武器を置くのは難しい。
ちょっと窓際に武器を置いたままトイレに行ったり、洋服を着替えたり。
それくらい誤差の範囲でしょ?とはならないのが難しい所。
不意打ちの場合は初撃を対応できるか否かで大きく結果が変わってくるからだ。
しかし、ミールはいつも結構丸腰。
それはマジックポケットで、いつでも一瞬で剣を取り出す事が出来るから。
それがとてつもないメリットなのは言うまでもない。
「こ、これは魔力の補充じゃっ!魔力補充をしておるんじゃ!」
動揺しながら叫ぶ修復士。
やはり後ろめたい事があるのだろう。明らかに挙動不審だ。
「な、なんじゃ。一体なんなんじゃ?!女を差し出すんじゃなかったのかっ!何故戻ってくる!?」
なるほど。そういう事か・・・
ミールはようやく事の次第を理解した。
「一言もそんな事言ってない」
ミールは冷静に、無感情に言い捨てる。
こういう場合は感情的になった方が負けだ。
そしてここは街中。相手は修復士。
修復士といえば社会的地位はかなり上。
慎重に追い詰める必要があった。
「くっ!もうよい!気分が悪いわ!やはり貧民街なぞ来るんではなかったわ!」
修復士はカバンを手に取り、ポッケから紙を取り出す。
そして乱暴にペンを走らせた。
「おいっ!治療費は100万グルドだ!直ぐ払え!払わんと警備局に通報するぞ!」
ミールを睨みながら、乱雑に書かれた請求書を突き出してくる。
「その金額の内訳はなんだ?」
「はぁ??何が内訳じゃ!高価な触媒と高貴なワシの魔力を使ったのじゃ!これでも安いくらいじゃっ!」
「店で300グルドで買える生理痛の触媒の何処が高価なんだ?」
「!」
嘘が見破られワナワナと震える修復士。
コイツ何処まで知ってるんだ?・・・そんな顔をしている。
診断魔法と偽り、完全なセクハラをした事。
魔力補充と偽り、更にセクハラをした事。
安価な品で高額な治療費を請求した事。
ここで1つ1つネチネチと看破してもよいが、今の優先順位はセリーの治療だ。
ミールはさっさと終わらせる事にした。
「診断魔法も魔力補充も明らかにセクハラだ。明日修復士会(医師会)に問い合わせしてみるか」
「は、はぁっ?!や、やれるもんならやってみろや!貧民の戯言など・・」
「それと・・なにを勘違いしてるのか知らんが、スピアーナ家は大貴族マンハッタン様の遠縁にあたる方。貧民街遊びをしていたにすぎん。お嬢様の使用人に対する優しさにつけ込みやがって。この事はマンハッタン様にもご報告させて頂く」
「ひ、貧民街遊び・・じゃと??!」
「今更怖気付いても遅いぜ。お嬢様にこのような仕打ちをして、タダで済むとは思うなよ」
もちろんスピアーナ家が貴族うんぬん・・・というのはハッタリだ。
しかし修復士は完全に雰囲気に呑まれている。
ミールの堂々とした態度。
確かに貧民街にはあり得ないレベルの極上の美女。
そして大貴族マンハッタンの名前は強力だったのだろう。
変態修復士は先程とは見る影もなくうろたえている。
「ま、待て。分かった!わ、ワシが悪かった!これで許してくれっ!」
変態修復士は両手を床につき、ミールに魔法通貨を提示する。
1000万グルド。
相場の数倍の金額だ。
しかしミールはあっさりと突っぱねる。
「こんな端金いらないね」
「は、はした・・金・・」
1000万グルドを端金と言って受け取らないミールに、修復士は完全に貴族と繋がりがある者と信じ込んだようだ。先程よりも必死に謝罪する。
「すまん!悪かった!頼む!許してくれ!い、いや!許してください!お願いします!」
「俺の望みは、この娘の治療だ。お前に出来るのか?」
「ひっ・・も、申し訳ございません!ワシにはこれ程の重症人は治療できません!最近はめっきり魔力も弱くなってしまって・・ああっ!お願いします!この事は修復士会に言わないで下さい!除名されてしまいます!何卒!何卒!」
「ならもういい。時間の無駄だ。消えろ」
「は、はひっ!・・・」
急いでカバンを持つ変態修復士。
ミールは出て行こうとする変態修復士の襟元をガバッと掴み
「おい。3日だ。3日だけ待ってやる。その間にこの街を去れ。もし3日過ぎても滞在してたら・・・分かるな?」
「は、はいいっ!直ぐに出ていきます!ひいぃ!」
変態修復士は文字通り、転がるように階段を降りて逃げ帰っていった。
「ったく・・・ごめんな、セリー。つらいのにとんでもないヤツに関わらせて」
「げほっ・・こ、こちらこそ・・ですわ・・・ミール様・・」
セリーは何とか意識はあるが、かなりつらそうだ。喋るのがやっとって感じに見える。
「お前達も悪かった。俺の考えが甘かった。すまん」
リリフとルクリアはブンブンと首を振る。
「ううん!そんな事ないよ!セリー!守ってくれてありがとう!」
「・・・セリー・・頑張れ・・・」
ミールは変態修復士が、無駄に汚した魔法水を拭き取りながら
「悪いが、また通話する。今度はグレービーにだ。お前達はまた窓際に移動してくれ」
「はいっ!」
ツーツーツー
「はあぁぁぁいいっ!!頼りになるグレービーちゃんよぉおぉぉ!!」
「お、おう・・・すまん。すっかり待たせたな」
「いいのよー!今は乗り合い馬車で移動してる最中だから特にやる事ないものっ!ミールちゃんに全てを捧げるわぁ!」
という事は、グレービーはまだガタリヤにはいないということか・・・
直接的にグレービーの手を借りることはできそうにない。
ミールは心の中で気持ちを整えて話し出す。
「悪いな。とりあえず修復士はもうアテにならない。グレービーが頼りだ。どうすればいいか教えてくれっ」
「ああんっ!困ったちゃんなのねぇ。いいわぁっ!お・し・え・て・あ・げ・る。さあっ、どんな状況なのか話してごらんなさぁいっ!」
ミールは早口に現在の状況を説明した。
「あらぁ・・・それはちょっとまずい状況ねぇ・・・話を聞く限り病原菌・・・身体に悪さをしている菌ってことねっ。その病原菌が身体の外に排出されるのを待つしかないみたいだわん。ただそれまでに、その子の身体が持つかどうかって所よねぇ・・・お水は飲めるのかしらん?」
「いや・・・飲めることは飲めるが・・直ぐに吐いてしまうな・・・」
「そうよねぇ・・・でもそれでも無理矢理にでも飲ませるしかないわん。いい?それだけ嘔吐と下痢が頻発しているって事は身体中の水分が、かなり少なくなって来ていると思うのっ。いつ脱水症状が起ってもおかしくないわん。諦めずに飲ませて頂戴っ」
「なるほど。わかったっ!サンキュー!」
「ああんっ。それと嘔吐物や排泄物は、手で直接触らないようにしてっ!もし触れてしまったらよく手を洗うのよっ。いい?ミールちゃんが倒れたら、その子達はお終いなんだからねっ。気をつけるのよっ」
「ああ、りょうかい。ありがとな、また連絡する」
グレービーとの通話を切ると、ミールは早速水をセリーに飲ませる。
「セリー。つらいだろうが水を飲んでくれ。グレービーの話だと水を飲み続けないとまずいらしい。身体中の水分が抜けちまうんだと。飲めるか?」
「はあっ、はあっ・・・は、はい・・・ゲホッゲホッ、のみま・・・す」
ミールはセリーの口元に水差しを運び水を飲ませる。
「よしっ偉いぞ。・・・結構熱が凄いな・・セリー。身体のあちこちに氷で冷やしたタオルを巻いていくぞ。痛かったら言ってくれ」
セリーはコクコクと頷くのが精一杯。苦しそうに呼吸をしている。
「うっ・・・うえぇえぇ・・・」
セリーがまた吐いてしまう。
「くそっ・・・直ぐに吐いてしまうな・・・セリー!つらくてもまた水を飲んでくれっ!」
ミールは辛抱強く水を飲ませる。
下痢はだいぶ色が薄くなり、ほぼ水のような状態になってきた。
「ミール・・・グレービーさんはなんて?」
リリフが心配そうに聞いてくる。
「ああ、とにかく身体の中から、今この症状を起こしている菌が出て行くのを待つしか無いんだと。しかし、このまま嘔吐や下痢をし続けると、身体中の水分が抜けて脱水症状になってしまうらしい。だから今は無理矢理にでも、水を飲ませているって訳だな」
「そっか・・・はぁ・・・私に本に出てくる人達みたいに、力があったら良かったのに・・・」
「力はあるかもしれないぞ。まだ自分で知らないだけでな。セリーが治ったら1度ギルドに行ってスキルを見てみるか?結構面白いかもしれないしな」
「えっ?!そうなんだっ!うんっ、セリーが治ったらみんなで1度行ってみよっ!」
「・・・セリー・・がんばれ・・・」
敢えて前向きな言葉を発して、部屋の空気を変えようとする。
前向きな考えの人には前向きな結果がついてくる。
そんな神頼み、ジンクス、言い伝えのような不確定なものにすがらなければ悪いイメージしか浮かんでこない。
それほどセリーの状態は時間が経つにつれて悪くなっていった・・・
時間は午前4時過ぎ。
あまり治安が良いとは言えないグワンバラの宿周辺でも、流石にこの時間となると静けさが辺りを支配していた。
そんな静寂を破ってリリフの悲鳴が響く。
「セリーっ!しっかりしてっ!目を開けてっ!」
「・・・せ、せりー!・・・セリーっ!・・」
2人の呼びかけに全く反応しない。
部屋から聞こえてくるのは、ヒューヒューと息をする呼吸音だけ。
セリーの唇はシワシワになっており色も薄く紫になっていた。
熱は相変わらず高いのにも関わらず、汗は段々と少なくなって来ている。
脱水症状で完全に意識が無い危険な状態だ。
リリフとルクリアは窓際の布団の上で祈るようにセリーを見つめている。
「まずいな・・・」
ミールはもう一度グレービーに通話してみることにした。
連絡を取っても、この状況が打開出来る可能性は低いように思えたが、なにかをしていないと頭がおかしくなりそうだった。
ミールは祈るようにグレービー宛に通話の魔力を込めようとした、正にその時・・・
トントントン
「ミール。あんたにお客さんだよ・・」
唐突にドアをノックする音がして、遠慮がちなグワンバラの声が聞こえる。
こんな深夜に一体誰が??
ミールが扉を開けに行くと、そこには、これまたド派手な衣装に身を包んだグレービーが決めポーズをとっていた。
「おまたせぇ~んっ。ミールちゃんっ!そしてブスな女の子ちゃん。救世主グレービーちゃんの登場よーんっ!」
今回は青を基調にしたフリフリなドレスに身を包み、頭には大きなリボンを乗せている。
衣装だけみると、完全に貴方達の世界の魔法少女そのものだった。
「グ、グレービーさん・・・いつ帰ってきたんですか??・・・」
「いや~ん。ついさっきよっ。さっきっ。もうずっと夜行馬車に揺られてお尻が痛くなっちゃったわぁ~ん。あとでミールちゃんにさすってもらわないとんっ」
腰をフリフリしながら気持ち悪い事を言うグレービー。
「ふう・・やれやれ。どうやら本当に知り合いのようだね。今回ばかりは自分の勘を疑っちまったよ」
「やっだぁ!グワちゃん!まったねぇ!!」
グワンバラは心底疲れたって顔をして階段を降りていく。
グワンバラが直接、見知らぬ訪問者を部屋に案内する事は珍しい・・というか今まで1度も無い。例え親子であっても絶対に通さないのだ。
だから最初、グレービーからミールの部屋を教えてくれと言われたときは断った。
しかし、長年客商売で培った目と勘はグレービーを善人だと、ミール達に必要な人物だと告げていた。
だから通したのであろう。
だがしかし。
そんな自身の培った目と勘を信じられなくなる程、グワンバラのなかではグレービーは異質だったという事だ。
グワンバラを笑顔で見送ったグレービーだったが、直ぐに真顔に戻る。
「さってっと。あんまり時間は無いみたいねっ。早速治療を始めるわっ。ミールちゃん、手伝って頂戴っ」
グレービーは真っ黒な皮のバックをバカッと開けて、次々と中身を出していく。
「ミールちゃん。これ組み立て頂戴っ。あと廊下に貯水タンクが置いてあるから、それも部屋の中に入れておいてねんっ」
「りょ、りょうかいっ!」
グレービーのテキパキとした動きに圧倒されながら、ミールは言われたとおり組み立てると、コートをかけるような棒状のポールハンガーが組み上がった。
廊下には10Lくらい入る携帯用の貯水タンクが置かれていたので、それも部屋の中に運び込む。
ミールには結構重いので、うんせっうんせっと運び込むと、グレービーは先程のポールハンガーにガラス製の筒をぶら下げている。
その筒はゴム製の管が繋がっており、先端は細い針が光っている。
「あれっ?!これって?!」
驚きの声を上げるミール。
「あらぁっ!ミールちゃんっ、知ってるのぉ??」
「あ、ちょっとドルグレムの知り合いから聞いてた物に似てるなぁってだけで、詳しくは・・・」
「まあっまあっ!そうなのよんっ。これはねぇ、『点滴』っていって、栄養や薬を直接体内に送り込む事ができる超優れものなのよぉ。1年前にね、ドルグレムの知り合いに完全オーダーメイドで注文したの。かなり難しかったみたいなんだけど、この前ようやく出来上がったって連絡を受けてね、急いで受け取りに行ったって訳なの。でもミールちゃんっ。よく知ってるわねぇ。まだ異端児仲間くらいしか広まってないのに!」
「あ、いや。ちょっと知り合いにこういうヤツに詳しい人がいまして」
「あらまぁ。さっすがミールちゃーんだわっ。ス・テ・キ♡」
グレービーはルンルンっと鼻歌を歌いながら、ガラス製の筒に貯水タンクから汲んできた水をドボドボっと入れる。
「これはねぇ。生理的食塩水って言ってねぇ。とにかく身体に吸収されやすいのよぉ。大事な大事な塩分までとれちゃうってス・グ・レ・モ・ノ!作り方?うふふ。秘密よぉん」
グレービーはセリーの腕や注射針にトレル草のお湯で消毒していく。
「はあい。チクっとしますよぉ」
やはり異端児となると注射針の扱いも慣れているようで、躊躇なく針を突き刺しテープで止めていく。
「はあい。出来上がりぃ。本当は太い血管がある太ももとかの方が良いのかもしれないけど、あたしの大事な針をブス女の足になんか刺せないものっ。これで勘弁して頂戴」
「こ、これで助かるの??・・・セリーは助かる?」
リリフが不安げに尋ねる。
「まあっ!ただでさえブスなのに、そんな顔してたらダメじゃな~い。グレービー様の治療はカ・ン・ベ・キ!・・・とは言えないわね。流石に・・・あ~ん。こういう時だけは回復魔法に頼りたくなっちゃうわねぇ。誰か使える人がいればいいんだけど・・・」
「えっ?!俺使えるけど?・・・」
「まっ?!ミールちゃんっ、使役士でしょ??使えるの?回復魔法?!」
「ま、まあ一応・・修復魔法は無理だけど・・・」
「やだぁ。超イケメンじゃなぁ~い。じゃあチャチャッっと、そこの乳デカ女にかけちゃって。いま体力がかなり消耗しちゃってるから。回復魔法で補ってあげれば完璧だわん」
「そうか・・・これって精神崩壊とかしないよな?」
「うふふっ。大丈夫よ。だって具合悪くなってまだ半日も経ってないでしょ?多少吐き気くらいは出るかもしれないけど、今回はデメリットよりもメリットの方が圧倒的に上回ってるものっ。問題ないわっ」
ミールは早速魔法をかける。
セリーの身体がぼんやりと緑色に光り輝いた。
「イカスわぁ~。ミールちゃんっ超イカスわぁ~。す・て・き~」
グレービーはクネクネと腰を振りながら、ミールを褒めまくる。
そしてリリフとルクリアに向かって、ビシッと指をさしながら
「そこのブス達っ!よくお聞きっ!この乳デカ女はグレービー様と愛しのミールちゃんの力によって助かるわっ。感謝することねっ!」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
リリフとルクリアは、勢いよく頭を下げてお礼を言う。
異端児だがら、格好が変だからといつも好奇の目に晒されて、まともな対応をされた事など殆ど無いグレービーは、2人の素直な、そして心からのお礼に少し面食らったようだ。
しばらく2人を見つめていたが、ニヤッとして
「ふんっ。顔はブスだけど中身はそこそこマトモなようねっ!」
プイッとミールの方に向き直ると
「じゃあミールちゃんっ。ガラスのここに生理的食塩水が無くなりそうになったら継ぎ足してねぇ。意識が戻ったらもう心配はないわっ。しばらくはそのまま点滴を続けて、動けそうになったら針外しちゃっていいからっ。食塩水は最後まで全部飲ませてねっ。全部終わったらミールちゃんが道具を戻しにきてねぇ~。いいこと?!くれぐれもブス女は来るんじゃ無いわよっ!わかったわねっ?!」
「は、はいいっ!」
何故か敬礼しながら返事をするリリフ。
「それじゃあねぇ~♪」
熱い投げキッスをしながら部屋を出て行くグレービーを見送るミール。
ガチャっと扉を閉めると一気にシーンと静まりかえる。
まるで台風の後の静けさのようだ・・・
「?!」
静けさ?!
セリーはさっきまで苦しそうに息をしていたっ!
それが全く聞こえてこないっ!
こんなに静かなはずがっ・・・
ミールは嫌な予感を押し殺しながら、セリーのもとに小走りで近づき容態を確認する!
しかしミールの不安など、どこ吹く風といった感じで、スヤスヤと寝息をたてているセリー。
もうこんなに回復したのか?と驚くほどセリーの容態は安定していた。
「ふう・・・じゃあそろそろお前達も休みな。疲れただろ?」
「ミールは今日はここにいる?」
「ああ、いるよ。安心して寝たらいい。なんかあったら起こしてあげるから」
「うんっ。おやすみっ」
「・・・ミールさん・・・おやすみっ・・」
「ああ、おやすみ~」
ミールはセリーの身体を綺麗にしてから服を着せ、ルクリアの布団に寝かせる。
3人の穏やかな寝顔にやれやれと苦笑いを浮かべながら椅子に座って、ようやくミールも眠りにつく。
窓からはうっすら明かりが差し込んできていた。
お昼頃にセリーの意識も戻り、夕方には自分で歩けるくらいまで回復した。
グレービーに全部飲み干すこと!と言われていた食塩水を、ゆっくりゆっくり飲みながらセリーがペコリと頭を下げる。
「本当に・・・ミール様、お嬢様、ルクリア。心配をかけてしまいました。申し訳ございません。そしてありがとうございました」
そして入り口周辺に積み重ねられている汚物などが入ったゴミ袋の山をみながら
「特にミール様・・・本当に・・・本当に沢山のご迷惑をおかけしてしまいました。わたくしが生きて戻れたのはミール様のお陰です。本当にこのご恩にどう報いれば良いのか・・・今のわたくしには分かりませんが、いつか必ずお返し致しますわ」
「気にするな。元気でいてくれればそれでいい」
ミールは素っ気なく答えると汚物の入ったゴミ袋を廊下に出していく。
さすがに一般のゴミとして出すのは難しそうなので、専門のゴミ回収業者に連絡をグワンバラにしてもらっていた。
そろそろ回収に来る時間だ。
「あと、お嬢様、ルクリア。2人にも心配をかけてしまったわね。でも朦朧としてた時に2人の声が聞こえて頑張れましたわ。ありがとう」
リリフとルクリアはセリーをサンドイッチにピタッと密着して横に座る。
「いいのっいいのっ。セリーが無事ならそれでいいのっ」
「・・・セリーが生きててくれて良かった・・・」
「お嬢様っ。ルクリア」
おいおいと涙を流しながらヒシッと抱きしめ合う3人。
感動的なシーンに見えたのは最初だけで、段々と2人ともセリーの胸に顔をグリグリと埋めながら呟く。
「はあ・・・どうすればこんな風になるのぉ・・」
「いいなぁ~これいいなぁ~・・卑怯だなぁ・・反則だなぁ・・」
「ちょっ。ふ、2人とも・・・あんっ・・・」
なんか目のやり場に困ったミールはグレービーに通話をかける。
「あらんっ。ミールちゃんっ。どぉ~したのぉ?」
「いや、セリーが自分で動けるくらいまで回復できたよ。ありがとう」
「んふふっ。いいのよぉ。あたしも良い研究データが取れたわんっ。ありがとねぇ」
「ところで今回のは感染症かなんかなのかな?そしたら他の2人もまだ安心出来ないよな?」
「うふふ。今回のは全く感染症とは関係ないわねっ。あたしの見立てだと恐らく今回の原因は・・・」
「これよこせぇ~!私が装備するぅ!」
「・・・このこのこのっ・・・けしからんっ・・全くもってけしからんっ・・」
「痛い、いたたたたっ!引っ張らないのっ。ルクリアっ、吸わないでっ!・・あんっ」
2人はセリーの胸を鷲づかみにしてワイワイとじゃれ合っていた。
しかし通話が終わり、ぼんやりとミールを包み込んでいた魔法膜が消えるとミールが笑っている事に気付いたリリフが問いかける。
「あれっ?ミール、どうしたの?良いことあったの?」
「ん?ああ・・・いや、今回のセリーが体調崩した原因がわかってさ・・・」
「えっ?!聞きたいっ!聞きたいっ!教えてっ」
「わたくしも知りたいですわっ。やはりミール様が仰っていたように感染症というのが原因だったのでしょうか・・」
「・・・だとしたら・・まだ私たち全員油断できない・・・」
ミールはゆっくりと3人を見渡し
「今回の原因は・・・」
「今回の原因は?!」
「食中毒。時間が経過した物を食べた、食いしん坊のセリーが原因だ!」
「!!!」
「あ、そういえば確かにセリー・・・昨日の残り物を夕方になって食べてたわね・・」
「・・・なんという・・・」
「ひいいいんんっ!本当でございますか?!ミール様っ!」
「いや、100%じゃないけど・・・かなり確率は高いみたい。とくに海産物のルルム貝。これを食べて食中毒になった人の症状と瓜二つらしいよ」
「がーん・・・」
「ああっ!確かにそうだ!ルルム貝だった!セリー食べてたの!だから言ったじゃないっ!本当にそれ食べるの?って」
「ああんっ。だってぇ~。1度火を通せば大丈夫かと思ったんですものぉ・・」
「・・・とうぶんメシ抜き・・・」
「ぎゃああああぁぁ!嫌ああああぁ!!」
セリーの絶叫が響く部屋に、遠慮がちにドアがノックされる。
「ちわ~・・・お世話になりま~す・・・ゴミ回収に伺いましたぁ・・・」
続く




