ガタリヤ奮闘記⑤
死ぬかも知れないという状況から脱出できた訳なのでしょうがないと言えばしょうがないのだが、正に喜び爆発って感じで叫びまくっている。
当然・・・
「ちょっとっ!何時だと思ってるんだいっ?!この部屋は居酒屋じゃないんだよっ!」
ドアの外からグワンバラの大声が飛んでくるのだった。
⇨ガタリヤ奮闘記⑤
リリフの問題も解決して、一安心のミール達は7日目の朝を迎えた。
「おはよぉ・・ミール」
「おはようございます。ミール様。良い朝ですわねっ」
「・・・おはよう・・・ミールさん・・・」
「ああ、おはよう。みんな体調の方は変わりないかな?」
「うう、私は生理痛・・」
「わたくしは問題ありませんわ」
「・・・ちょっとキツイ・・・」
「そっか・・・リリフとルクリアは大変そうだな。セリーは問題無いのか?」
「全く平気って訳ではありませんが、2人よりかは幾分マシかと」
「なるほどなぁ。俺はそのキツさが分からんからなー」
「ふふ。でも今回のはちょっと嬉しい痛みかも。これがあるお陰で助かったんだし・・でもやっぱり痛いぃ・・」
「そうか・・まぁそこら辺はセリーに任せるとしよう。今日から俺は自分の部屋に戻るから何かあったら呼んでくれ」
「え?!そうなの?・・・」
「ああ、とりあえずゴブリン化の危険な状態からは脱出したからな。これから1ヶ月は静養期間だ。グレービーが言うには免疫力ってやつが下がっているらしく、ちょっとした風邪の症状でも重傷化するんだってさ。だから今まで通りにトレル草の蒸気と、ガンジスの種は続けてくれ。料理などは自分達でするように。俺は毎日夕方に顔を出すから、その時に物資を補給するようにしよう。洗濯物とかもその時に受け取るよ。分かってると思うけど、誰も外に出ることは禁止だし、俺以外の人を入れるのも禁止だ。なるべく接触は最低限にする為だから1ヶ月は我慢してくれ。分かったかな?」
「う、うんっ。分かったわ!」
ちなみに今更だが、今回使用した触媒は、修復魔法で使うモノではない。
あくまで異端児による治療としての薬。
本来の修復魔法は『グリザンヌの樹皮』という触媒を使って治療するのだ。
しかし、成功率は低く、おそらく、もっと確率の高い、別の触媒があるのだろうというのが、今現在の学者達の見解らしい。
「よしっ。それじゃあ念のため全員俺と通知登録しとこうか。なにかあったら連絡してくれ」
「え?!ホント?やったっ」
「良かったですわね、お嬢様」
「べべべ、別に私はどっちでもいいけど・・・み、ミールがそう言うならしょうがないから登録してあげてもいいわっ!」
「そうか。じゃあセリーとルクリアだけにしとこうか。2人とも、手を出して」
お互いが通知登録の魔力を込めてから手を合わせると通知登録が完了する。
様々な魔力を発動させるというのは感覚的には私たちがスマホでアプリのボタンを押すような感じに似ている。
それぞれの起動したい魔法のボタンを頭の中でイメージして押すように念じると発動する仕組みだ。
例えばイチゴを頭の中に思い浮かべてもらいたい。
その画像をアイコンのように頭に浮かべる。皆さん想像出来たでしょうか?
では次は実践編、時計をイメージしてみよう。
そのアイコンにポチッと頭の中で魔力を込める。
そうすると現在の時間が見ることが出来るのがこちらの世界の素晴らしさだ。
そんな感じで、いわゆるゲームの画面のように、常にHPだったり、魔法のアイコンだったりが視界に入っている訳では無く、頭に思い描いて、そこに魔力を込めると発動する仕様となっている。
一般的にこの時計を見る、通知登録や通話、ステータスを見る魔力などは特定魔力と呼ばれている。
発動させる人そのものが基点となっているのが特徴で、攻撃魔法回復魔法もこちらに含まれる。
対してミールが使った魔法地図や、この部屋にある魔風器(扇風機)など、魔法物体を動かす為に注ぎ込む魔力を対象魔力と呼ぶ。
一般的に対象魔力は誰のでも良いのだが、魔風器などを使うために、ずっと誰かの魔力を注ぎ続けないといけないのは、あまり実用的ではないので、この世界にもコンセントがある。
電気の代わりに魔力が流れているのだ。
どうやって魔力を流しているのかは後述するとしよう。
「よしっと。これで登録完了だな。2人とも宜しく頼むな」
「はいっ分かりましたわっ」
「・・・よろしく・・・」
「ちょっとっ!ちょ、ちょっと待って!わ、私も!私も!」
「え?だって無理矢理じゃ可哀想だし」
「そんなことないっ!そんな事ないです!是非っ!是非お願いしますっ!」
もはやツンデレする余裕も無く、必死に懇願するリリフスピアーナお嬢様。
リリフは通知登録を完了すると、嬉しそうに目を閉じて胸に手を当てている。
「お嬢様っ。ミール様はお忙しいので、用も無いのに連絡してはいけませんわよ?」
「・・・あまり用も無いのにかけると嫌われるよ・・・」
同時にアドバイスするセリーとルクリア。
「わっ、分かってるわよっ!」
顔を真っ赤にして、ぷんすかするリリフお嬢様。
「それじゃあ後は頼むな。何回もしつこいくらい言うけど油断するなよ。朝方に換気をして朝昼晩とガンジスの種をすり潰して飲むこと。トレル草の蒸気で部屋を満たしたり、俺が運んできた物品もその蒸気で殺菌すること。頼むな」
「はいっ!」
ミールは部屋を出ると、まずはグワンバラに報告しに向かう。
「そうかい。それじゃあまあ良かったじゃないか。もうゴブリン化の心配は無いんだろう?」
「ああ、でも1ヶ月は安心できないんだ。これからの世話は俺がするよ。洗濯物本当にありがとな。助かったよ」
「ふんっ。もちろんタダじゃないよ。あの娘達が元気になったらうちの食堂を手伝ってもらうからねっ。こき使ってやるから覚悟しなって言っておくんだね」
「ははは。了解、どんどんこき使ってやってくれ。その方がアイツらも馴染みやすいだろ」
ミールはとりあえず自分の部屋に戻ると、まずはシャワーを浴びる。
5日間、簡単にタオルで身体を拭いた程度しか出来なかったからだ。
久しぶりに汗を流す事ができて、気持ちも落ち着いてきた。
ミールは身体を拭きながら、ベットに腰掛け、1つ息を吐く。
「とりあえず、ここまではこれたか・・・あと1ヶ月、どうすんべ?」
ミールは頭の中でこの先のシミュレーションをしてみる。
『まず食料と衣類が絶対的に不足しているのでそれの買い出し、歯磨き粉とかシャンプーは足りてるよな・・・あとは・・・暇つぶし出来るやつか・・・ずっと3人で1つの部屋にいなきゃならないんだもんな。魔法画面機は入手が無理そうだし・・・本とか買ってみてやるか。どんな本がいいんだろ?ピコルに聞いてみるか』等と考えをまとめていく。
魔法画面機とは簡単に言うとテレビのようなもので、こちらも開発されてまだ日が経ってないので稀少品だった。
番組も充実しているとはとても言えない状態なので、あまり一般民には普及してないのが現状だ。
魔道具技術の発展しているドルグレムという国では、街角に魔法画面機が数多く設置されていて普及率も高い。
ちょっとした渋谷のような雰囲気なので、ガタリヤ出身の人が訪れると、軽いカルチャーショックを受けるくらい、国によって技術力や生活環境に大きな差が出ている。
そういった格差が広がっている現状を、国を代表する聖女会議などで少し議題になってたりはするが、問題解決には至っていない。
部屋で一息ついているミールに通話がくる。ピコルからだ。
「あっ。ミールさんっ。お疲れさまですっ。どうですか?女の子達」
「よおピコル。おかげさまでなんとかゴブリン化は防げたよ。本当にありがとな」
「えへへぇぇ。それほどでもぉぉ。でも良かったですっ。みんな助かってっ」
「いや、実はまだ1ヶ月くらいは気が抜けない状況なんだ。そうだ、ピコルに買い物付き合ってもらおうと思うんだけど都合の良い日はいつかな?」
「今日ですっ!今ですっ!直ぐですっ!」
「お、おう・・・それで・・・そもそもの要件はなんなんだい?」
「あっ。失礼しました。実はですね。ルチアーニさん達が先程ザザの村から帰ってきまして・・それでギルド長がミールさんも交えて報告を聞きたいって言ってるんですよ。今日ってこれからギルドに顔を出せたりします?」
「あ~、そうか。言われてみれば、もうあれから10日近く経ってるのか。それじゃあ帰って来ててもおかしくないな・・・しまった。ギルドには俺から報告しとくって言ってたのに全くしてないな・・」
「はいっ。ルチアーニさんカンカンに怒ってましたよっ」
「げっ。マジか・・・」
「うふふ。うっそでぇ~す。私が事情を簡単に説明しておきましたので大丈夫でっす。でもなんかギルド長が別で話があるみたいです。報告がてら顔を出して欲しいって言ってましたっ」
「そういうことか。おっけ。じゃあこれから行くよ」
「はあい。ではお待ちしてますねっ」
ミールは宿を出て、周囲を見渡す。
お昼前という事で、これから仕事に向かう者、仕事中の者、イチャつくカップル、散歩中のご年配の夫婦などなど。
路地はそこそこ人通りも多く、活気があるように感じる。
「怪しいやつはいなさそうだな・・」
周囲を見ながら呟くミール。
ゴブリン化に対しての人々の反応は驚くほど冷たく、密告や摘発の危険度はかなり高い。
今回はルクリアが一時ゴブリン化の症状が出て叫び声を上げている。
通常だったらそれだけで役人に通報されている状態なのだが、グワンバラの宿周辺は運良く(?)お世辞にも治安が良い場所とはいえない箇所なので、至る所からしょっちゅう奇声や大声が聞こえてくる。
今回はそれが幸いしたのかもしれない。
「ま、なんかあってもグワンバラが部屋に通すわけないしな」
役人らしき者が監視している感じもないので、ミールはギルドに向かって歩みを進めるのであった。
「あっ!ミールさぁ~ん。お疲れさまで~すっ」
ロビーでルチアーニ達と話していたピコルは、元気に手を振る。
「あらっ黄色ちゃん。お久しぶり・・・でもないわねっ、うふふ。なんかまた厄介事に巻き込まれてるんだって?黄色ちゃんらしいわね」
「ははは。ルチアーニさん達は変わりは無かったですか?」
「おうおうっ。あれから村人達総出で素材回収に行ってからのぉ。いやはや大量だったわい。今ミケルとランドルップがギルド倉庫に搬入してての。これから鑑定作業じゃの」
「へええ。それはそれは。そこそこ大きなドラゴンでしたもんね。結構取れたんじゃないですか?」
「そうなのよ。ちょうど討伐隊の馬車があったから使ったんだけど・・・なんと5台全部満タン!凄いでしょ!」
「そりゃ凄いですね。ガウディさん達は一緒じゃないんですか?」
「うんうん。ガウディ一派は、なんか別の国に行くらしくてね。ピエールの馬車でクリルプリスの街に向かったわよ。私初めて見たわ、あんなに嫌がる馬達を(笑)」
「ははは。余程、嫌だったんですね・・・てことはピエールはまだ帰って来てないんですね?」
「うんうん。私たちもね、ギルドで素材登録が終わったら、またザザの村にトンボ返りよっ。ガウディ一派がね、全く素材受け取らないのよ。ザザの村の賠償に使ってくださいって。全く呆れるほど無欲な連中だわさ」
「流石カントリーチームってとこですね」
そこにカウンターの奥からギルド長が、ドスドスと足音を立てて駆け寄ってくる。
「おおっ。ミール様。お待ちしてましたよっ。ここではなんですから、奥の応接室へどうぞお越しください。ほれっルチアーニもはよせんかっ」
「なんだい?ザクトーニ?随分偉そうになったじゃないかい。全くぶくぶくと太りやがってさぁ。情けないったらありゃしないよっ」
「ふんっ。もうろくババアが」
ルチアーニさん達とギルド長は知り合いなのか。
そういえばルチアーニさん達は、かつてガタリヤのタウンチームだったって言ってたしな。
その時の知り合いってとこか。
それにしても・・・
いつの間にかギルド長の呼び方が、ミールさんからミール様になっているのが気になる。
嫌な予感がしつつも、ギルド長の後をついて歩いて行く。
応接室は1番奥にあり、特別な人物をもてなす際に使われる部屋で、ミールも1度も入ったことはない。
素材を搬入していたミケルとランドルップも合流し、コツコツと足音を立てながら、ゾロゾロと奥へと歩いて行く。
ギルド内は冷房が効いており、かなり快適だ。
いつもだったらギルドに併設してある食堂で、無意味に時間を潰して涼んでいる者や、昼間から酒を飲んでいる者などが多いのだが、今日は人は少なく、がらんとしている印象だった。
なにより、いつもウザいくらい『配達将軍』を馬鹿にして絡んでくる、有象無象の冒険者達が1人もいない。
「なんか今日めっちゃ人少なくないですか?」
「・・・・・」
ルチアーニはその問いには答えず、黙って応接室に入っていく。
応接室は至る所に、剥製やら絵画や彫刻品などが飾られており、天井には豪華なシャンデリアがミール達を見下ろしていた。
「さあさあっミール様。どうぞこちらへ」
ギルド長は両サイドで10人は座れそうな、綺麗に磨かれた長テーブルの真ん中の椅子を引き、笑顔満面でミールに勧める。
「・・・どうも」
ミールは嫌々そこに座り、ルチアーニ達も両脇の席に座る。
ピコル達受付嬢が、とても細かい模様が入った紅茶カップを皆に配っていく。
「ではでは。早速ですがドラゴン討伐ご苦労さまでございましたっ。本当に・・・本当に多数の犠牲が出てしまいましたが・・・そのお陰で大勢の民の命が救われました。ここで皆様のご冥福をお祈りすると共に、感謝の言葉を捧げさせて頂きます。本当にありがとうございます」
「・・・あっ・・・・」
ミールは小さく言葉を発する。
ギルドに人が少ないのは、殆ど死んでしまったからじゃないか!
しかもその原因の張本人が、その事を忘れているとはっ。
だからルチアーニさんは無言だったのか・・・
実は最近ガウディ一派を見習って、ちょっとだけでも多くの人に情をもって接しようかと思ってはいたのだったが・・・
自分の相変わらずの薄情な心に思わず苦笑する。
「どうかなされましたかな?ミール様」
「いえっ。なんでもありません」
「そうですか。それでですね、一応確認なのですが・・・今回もミール様の存在は秘密にするという事でよろしいでしょうかな?形的にはガウディ一派が討伐したという事にするとルチアーニから聞いておりますが」
「そうですね。それでお願いします。他の冒険者達に知られると、僕が危険な目にあう可能性が高まりますから」
「ふむ・・・そうですよね・・・かしこまりました・・・しかし報奨金は支払いさせて頂きます。ふんっ、不本意だがルチアーニ達にも支払ってやるぞ。有り難く思んだなっ!」
「なんだい?クソジジイ。アーニャ様に言っちゃうよ?ギルド長が支払いを渋ってますってねっ!」
「ぐ・・・・ちっ、老いぼれババアめ・・・」
「こりゃルチアーニ。アニエスのお嬢ちゃんから頼まれた事、忘れとりゃせんか?」
「ああ、そうだったわね・・・ザクトーニ。今回私達以外に3人生き残りがいるんだけど、その子達にも支払って貰えませんかって頼まれたんだよ。どうにかなるかい?ガウディ一派のアニエスってお嬢ちゃんの頼みなんだけど」
「むむ。その3人とは・・・一体何者ですかな?」
「えっとねぇ・・・なんか元々はザザの村の防衛クエストを依頼されていた冒険者達なんだって。それが・・・偶々一緒にドラゴン討伐に参加してくれる事になってね。だからガタリヤ所属の冒険者なのよ」
ヨーダ達に懐柔され、コートピアに移籍する気でいた者達だったが、そんな事は一切語らずに伝えるルチアーニ。
「なるほど、なるほど。でしたら可能ですな。いいでしょう。他ならぬガウディ一派の頼みですからな。あとで取り計らうと致しましょう」
ギルド長はここでコホンっと咳払い。そして姿勢を正し神妙な感じで語りだす。
「あのですね。実は1つミール様にお願いがあるのですが・・・」
「なんだい?改まって?」
ルチアーニがミールの代わりに、ずず~っと紅茶を啜りながら尋ねる。
「実はですね。今回の大勢の犠牲が冒険者達に出てしまった事を、ギルドといたしましては非常に危惧しておりまして・・・あれほどいた冒険者の皆様がお亡くなりになるとは、正にギリギリの戦いであったと容易に想像できる次第でございます。今回はたまたまガウディ一派の助力と、ミール様のお力で辛うじて勝てたといった所でしょう」
いや・・・全部俺のせいなんだけどな・・・これだけの犠牲が出たのは・・・
ミールは両サイドに座っているルチアーニ達を、横目で見てみる。
ルチアーニ達は涼しい顔で紅茶を啜っており、今回の戦いの本当の詳細を語る気は全く無さそうだった。
申し訳ない・・・
ミールは居心地が悪くなり軽く咳払い、椅子に座り直し姿勢を正す。
「それでですね。我がガタリヤは長年、街の防衛に関して兵士と冒険者が一緒になって警備にあたっていた歴史があります。もちろん序列最下位の為、多くの予算を確保出来ないといった側面もありますが、なにより冒険者を1番に考える、領主様のお考えを反映した結果でもあるのです。しかし今回の件で、防衛を担っていた冒険者達が数多く命を落とし、我が街の主要なPTは殆どいなくなってしまいました。幸いガタリヤは場所的に直接他国と隣接している箇所は無く、あまり強いモンスターの出現も多くはありません。急を要する事態では無いのですが、やはり領主代理のアーニャ様は不安に感じておられるご様子なのです。そこでです、ミール様。どうかアーニャ様だけには、貴方様の存在をお伝えしてもよろしいでしょうか?我がガタリヤにも強力な冒険者がいると知れば、アーニャ様のご不安もかなり解消されると思うのですが・・・いかがでしょうか?」
なるほど。ギルド長が内密に話したいこととは、こういう事だったか。
しかし相手が領主代理となると、下手をすると一気に全員に広まってしまう可能性もある。
だが逆に、領主代理様のご機嫌をとっておくのも今後の為には良いかもしれない。
ミールはしばらくウ~ンっと考えている。
「アーニャ様は見た感じ、おいそれと他の者に喋ったりするような感じにはみえなかったけどねぇ」
「そうじゃそうじゃ。ロイヤーとは大違いじゃな」
「なんじゃとっ?お前の方こそお喋りじゃろがっ!」
「あ~、はいはいっ。ケンカはお止しっ。話がまとまんないでしょ」
「わたくしが責任を持って、必ず他言しないようにお伝えします。どうか何卒っ」
ギルド長はテーブルに頭をつけてお願いをする。
ルチアーニ達はミールの返答を静かに見守っていた。
「分かりました。ではくれぐれも内密に、伝えるのは領主代理ただ1人。側近の者にも内緒って事を守って頂けるのであれば伝えてもらっても構いません」
「おおっ!それは誠でございますか?!ありがとうございまっ・・・」
ギルド長の言葉を遮ってミールは言葉を続ける。
「ただしっ!条件が3つあります」
「じょ、条件でございますね・・・お聞きしましょう」
「1つは小型の物で構いませんので、1ヶ月ほど魔風冷造をお貸し頂きたい」
魔風冷造とはクーラーの事だ。
「ま、魔風冷造でございますか?・・・なるほどなるほど・・・ではもう一つは?・・」
「スーフェリア出身の女性3人、自分の知り合いなんですが・・・この人達の難民申請を直ぐに受理出来るように、特別に計らって頂きたい」
「ス、スーフェリアですか・・・それは国外逃亡という事でしょうか?」
「いや、スーフェリアから逃げるという形ではなく、あくまで家を盗賊に襲われて、強制的に連行されてきた、被害者に過ぎない感じです。スーフェリアに財産なども無く、身寄りもいない状態ってことですね」
「な、なるほど。それならばスーフェリア側から、なにか言ってくる事も無さそうですな・・・・ふむ・・・」
しばらく考え込むギルド長。
「かしこまりました。ただしですね・・・魔風冷造は私の私室のをお貸ししますので問題無いのですが・・・難民申請はアーニャ様にお話してみない事には、なんとも言えない感じでございまして。お話をお聞きした限り、問題無さそうではございますが、確約は出来ないといった所でしょうか・・・」
「それで構いません。よろしくお願いします」
「分かりました。ありがとうございます。では本日の夕方にアーニャ様にお会いする予定ですので、その時に難民申請のお話をさせて頂きます。詳細がわかりましたら、こちらからご連絡させて頂きます。では最後の3つ目は?」
「ギルド内で、先程のように自分に接するのは極力避けて頂きたいです。自分は他の冒険者からしてみれば、単なる黄色ランクです。しかもこのギルドでは、配達将軍として名が通っています。まあ、主にからかってきていた冒険者は、ドラゴン討伐でいなくなってしまったとはいえ、まだまだ自分の事を知っている人も多いでしょう。その自分にギルドの長たるザクトーニさんが、敬語を使って話しかけている。疑問に思う者も出てくるでしょう。そんな少しの懐疑的な気持ちが、大きな大事件に繋がる事も多いと聞きます。僕は人間に対して力を発揮出来ないので、そういった事には最大限の注意をしておきたいんですよ」
「な、なるほど。確かに先程の対応は迂闊でしたな。お詫び致します。では今後はなるべく表向きでは接しずに、ピコルなどを挟んで対応する事に致しましょう」
「助かります。宜しくお願いします」
「いえいえ。こちらこそでございます。ではアーニャ様にはくれぐれも内密にと、わたくしが責任を持ってお話しさせて頂きます。これでアーニャ様のご不安も少しは晴れる事でしょう。ありがとうございます。ミール様」
それからルチアーニ達と、ザザの村との賠償と素材の件で話し合いを重ねたり、難民申請の為リリフ達3人の情報を伝えたりしてから、それぞれ応接室を出て行く。
「ではミール様。魔風冷造をお渡ししましょう。どうぞこちらへ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ黄色ちゃん、またねんっ」
「またなぁ、落ち着いたら今度酒でも飲もうかの」
「はいっ、是非また。みなさんもお気を付けてっ」
ミールはギルド長の私室から魔風冷造を受け取る。
ランドセルよりか、ちょっと大きい感じの魔風冷造は、弱体化したミールでも両手で抱えるように持つことが出来た。
『ワシは一体これからどう過ごせばよいのじゃ・・』といったギルド長の独り言は、聞こえないフリをして私室を出る。
そのままギルドを出ると、夕方近いというのにモワッとした熱気が襲ってくる。
今日は特に、暑さがキツかったみたいだ。
こりゃリリフ達は部屋で伸びてるな、きっと。
「ミールさぁん」
ギルド横の日陰でピコルが私服姿で待っていたようで、ミールを発見すると、ぴょんぴょんと飛び跳ね、大きく手を振る。
笑顔全開の姿は本当に可愛い。
誰しもがこの可愛い子の相手はどんな男なんだろう、と振り向く事、間違いなしの魅力を放っていた。
本来ならギルドのアイドル、ピコルと歩いている姿を、あまり他の連中に見られたくはない。
嫉妬やひがみ、妬みを受ける可能性があるからだ。
しかし一応ピコルはオシャレな帽子とサングラスをかけていて、パッと見では分からないような変装をしていたし、今回の件ではかなりお世話になっていて、これからもなる予定なので今日は不問にする事にした。
「ごめん、待たせたな」
「全然ですっ・・・重いです?それ」
「いや、大丈夫だよっ。じゃあすまんが、ちょっと買い物に付き合ってもらえるかな?」
「はいですっ!それで、どこに行くんですかっ?」
「夜ご飯を買いにスーパーに行くのと、今1つの部屋で3人が暮らしてるからさ、なにか暇つぶしが出来る物があるといいなと。そんな感じで本屋に行くんだけどピコル、どんな本が良いか選んで欲しいんだよ。年頃の女の子が好きそうな本がいいかな?」
「なるほどですっ。お任せくださいっ」
スーパーで晩ご飯用に簡単なお弁当を買ってから、本屋に向かう2人。
ピコルがクスッと笑いながら
「なんかこうして歩いていると新婚さんみたいですねっ。わたしたち」
ピコルがお弁当の袋を両手で持ちながら、嬉しそうに話す。
「・・・ピコルさ・・・本当に俺で良いのか?」
ミールは以前からの疑問を口にした。
「え?どういうことですかっ?」
ピコルは大きな目を更に大きくして尋ねる。
「いや・・・俺はさ・・・初めにも言ったけど、ピコルと付き合うつもりはないしさ・・・いやっ、ピコルが嫌いって訳じゃないんだぜ?むしろめっちゃ可愛いなあって思うし。だけど・・・いや、だからこそ俺はピコルの幸せを奪っているんじゃないかって思うんだ。やっぱり普通の女の子はさ、両思いになって付き合って、結婚して子供作って、幸せな家庭を築いて・・・てな事を考えたりするもんじゃないか?俺はそういった事をピコルにしてやれないし、俺の性欲を満たすだけに関係を維持しているみたいでさ・・・」
ピコルは黙ってミールの話を聞いていたが
「確かに・・・多くの女の子は恋人同士になって結婚してってのを夢みているのかもしれません。でも世の中は変わったんですよ?ミールさん。今は付き合っても結婚はしたくないとか、逆に付き合わずに直ぐに結婚したいとか、私みたいに身体だけの関係が良いって思ってる人もいれば、男は嫌だ、女の子同士が良いって子までいるんですからっ。私は今のミールさんとの関係を気に入ってるんです。もちろんこのままでは心の安息ってのは、満たされないのかもしれません。でも良いんですっ、ミールさんが一晩でも私を見てくれている、求めてくれているって事実は、なによりも代え難いものなんですっ。いつかはこの関係が辛くなるかもしれません。でもそしたらピコルは次の男に向かって走り出しますから安心してくださいっ。えへへっ」
ピコルは少し照れたように笑い、ミールに腕を絡ませてくる。
そして声のトーンを少し落としてミールに語りかけた。
「でも本音は・・・ちょっと野望はあります・・」
「野望?・・・」
「はい・・野望ですっ・・ミールさんはとても優しくしてくれるし、女を自分の性欲を満たす為に、利用するとかは出来ない人だと思うんです。きっとなにか訳があるんですよね?相手を好きにならないようにする理由が・・・」
「・・・・」
「あっ!違うんですっ。なにも答えなくていいですっ。ピコルが勝手に思ってる事ですからっ・・・でも、いつか・・・いつか・・・そのミールさんに刺さっているトゲを私が取り除いてあげる事が出来たらなぁって・・・えへへっ・・それが私の野望ですっ・・・・あっ!ほらっミールさんっ。本屋さん着きましたよっ。行きましょっ」
ピコルは荷物を抱えながら、ミールの腕を引っ張っていく。
昔、同じように腕を引っ張られた記憶が一瞬だけ蘇る。
ミールは少しだけ笑みを浮かべながら、店内に入っていくのだった。
ピコルと色々相談した結果、あまり最初からジャンルを固定するのは良くないのでは?との結論に至り、出来るだけ様々な分野の本を購入する事にした。
料理や歴史、ファッションから魔法知識、民俗学から冒険談。
色々と買いすぎてしまい荷物が結構重くなってしまったので、ピコルに部屋まで運んでもらう事にした。
ちなみに・・・こちらの世界では、本は魔法紙を使用している。
防水になっており、液体に濡れても大丈夫。虫に喰われたり、時間による劣化もないし、腐食もしない。
そして1番の特徴は、魔力を込めるとページが現われる仕様なので薄いのだ。
修学旅行のしおりほどの厚さしかないのに、安価な本でも300ページほど、高級品ともなると1万ページとも2万ページともいわれているくらい、膨大な量のページを収めることが出来る。
つまりめっちゃ軽い。
なので大量の本を購入したのだが、ピコルと2人で運ぶ事が出来ているという訳だった。
「ついでにみんなに挨拶してってくれ。もちろん部屋には入れないが・・・」
「えっ?!ホントですかぁ?やったっ。1度会ってみたかったんですっ」
ピコルはサングラスを帽子の上にかけて、満面の笑みを浮かべる。
グワンバラの宿に到着して、ミシミシと音の鳴る階段を上っていくと・・
「あらっ、ピコルちゃん。いらっしゃいっ。まだこんな男に利用されてるのかい?」
「あははっ。おば様ったらっ。この前のチーズケーキとても美味しかったですっ。ありがとうございます♪」
「がははっ。またおいでなっ。ピコルちゃんならいつでも大歓迎よっ」
「やったーっ。そうだっ。美味しいドーナッツ屋さん見つけたので今度持ってきますねっ」
「おやっ。それは楽しみだねっ」
おいおい。いつの間にそんなにグワンバラと仲良くなってるんだ??
確かに前回、ピコルに寝巻きやら食料やらの調達をお願いしたので、その時にグワンバラと知り合いになったんだろう。
しかし2人はその時、初対面なはずだ。
普通だったら軽く挨拶や立ち話で終わるだろうが、ピコルはケーキをご馳走になったようだ。
しかも、気難しいと有名なグワンバラが笑っている・・・
ピコル恐るべし!
ミールは苦笑いを浮かべながら、女の子達の部屋をノックする。
「俺だ。入っていいか?」
「あっ!少々お待ちをっ!」
中でガサガサ音がする。
『お嬢様っ。早く服を着てっ!』
『・・・パンツが無い・・・』
『やだっ髪ボサボサじゃないっ』
などと声が聞こえてきた。
どうやら暑さのあまり、素っ裸で過ごしていたらしい。
しばらくして遠慮気味にドアが開く。
「お、お待たせしましたわっ。ミール様」
「いやいや、急にすまなかったな。おっと、ちょっとこれを先に置かせてくれっ。よいしょっと」
ミールは魔風冷造を窓際の隅に置く。
「ミールさん、それは?・・・」
「説明は後でするよ。まずみんなに紹介したい人がいる。前にちょっと言ったと思うが、お前達が着ている服だったり食料だったり、そういった物を全部用意してくれたピコルだ。部屋には入れないから、その場でお礼を言っておくようにっ」
「貴方様がピコル様ですかっ。ミール様からお話は伺っていますわっ。本当にありがとうございます」
「・・・感謝する・・・ありがと・・・」
「あ、あのっ。私たちの為に色々としてくれてありがとうございます!服もとっても可愛いですっ!」
「わあっ。私も皆さんにお会い出来て嬉しいですぅ。なにか欲しいものがあったら、遠慮無く言って下さいねっ」
「それじゃあピコル。ありがとな。また連絡するよ」
「はいっ。またぁ」
ピコルは扉を閉めながら笑顔満面の顔をぴょこっと出し、手を振り扉を閉める。
「か、可愛いわね・・・」
「侮れませんわっ」
「・・・素でやれてるのがスゴイ・・・」
圧倒された女の子達3人は素直な気持ちを述べる。
「よしっと。どうだった?今日1日は?」
「暑っついいいいい!!暑かった。本当に暑かったぁ」
「マジで干物になるかと思いましたわっ」
「・・・途中記憶がない・・・」
「ははは。だろうな・・・でも大丈夫!君たちの為に、素敵な魔道具を持ってきたっ」
「それがこれ?・・・」
「そうそう。なんとこれは魔風冷造なのさっ」
「!」
「まあっ!こんな小さな魔風冷造があるのですねっ。お屋敷のは、どれも2メートルくらいはありましたので・・」
流石は世界序列第2位の国、スーフェリア出身。
ガタリヤでは恐らく領主と貴族の家にしか置いてないと思われる2メートル超えのドデカい魔風冷造を、大富豪とはいえ平民が持っているとは・・・
「・・・は、早くつけよっつけよ!」
「おっけ。ちょっと待ってな」
ミールは魔風冷造のコンセントを繋ぐ。
直ぐに、ふわぁ~~っと冷たい風が部屋中を包み込んだ。
「ふわあああぁぁ!涼しいぃぃ!」
「・・・生き返る・・・」
「魔風冷造。自然の力に対抗する英知の結晶、正に魔法力の勝利ですわねっ」
「だなっ。これでかなり楽になるだろう。身体の調子はどうだ?」
「暑かったくらいで、身体自体は問題ないみたい」
「そうか。じゃあとりあえず今日の晩御飯、お弁当だけど食べてくれ。明日ある程度まとまった食材を持ってくるから、次からは自分達で料理してな」
「はあい」
「お腹減ったあ」
「あと・・・これなっ。色々な本を持ってきたから暇つぶしに読んでみてくれ。特にリリフスピアーナお嬢様っ」
「えっ?!あ、はいっ」
「リリフは一般常識が欠如してるからな。色々な本を読むんだぞ」
「わ、分かったわよっ。もうっ」
「・・・私もリリフ様と同じ・・・幼い頃からメイドとして働いてるから・・・あまり外の世界の事よく知らない・・・リリフ様、一緒にがんばろ・・・」
「うんうん。頑張ろうねっ」
「それじゃあまた明日来るよ、しっかりと薬を飲むんだぞ」
「はぁい」
「またね・・」
「ごきげんよう」
それからしばらくは夕方に本と食料を届け、他愛の無い話をして1日が終わるという流れを繰り返した。
「ねえねえっ、ミール。このお話の続きってあるかしら?ドラゴンにさらわれた姫が、どうなったのか気になるわっ」
「ミール様。このミルフィーユっていうのは、どんなお味なんでしょう。はぁぁ。食べてみたいですわぁ」
「ミールさん・・・このグリアレムって街はどんな感じなのかな・・・」
どうやらリリフはファンタジー系の物語を、セリーは食べ物を、ルクリアは都市の歴史や文化などに興味があるようだった。
「みんな色々興味が出てくれて嬉しいよ。なんか聞きたいことあったら、どんどん聞いてくれ」
『は~い』
「ねえねえっ。ミールは他の国に行ったことはあるの?」
「ああ、あるよ。結構色々な国に行ったな」
「へええっ!いいなあっ!私も落ち着いたら行けるかな?!」
「う~ん。まあ行けない事はないけど・・・リリフ達は、まず難民認定されてからかな」
「えっ?難民??」
「そうそう。前にも話したけど、このガタリヤに入ってから50日以内に他国旅券証(パスポート)を人事局に見せるか、もしくは国籍変更の手続きを完了させるかしないと、不法滞在で捕まるんだよ。前に聞いたとき、スーフェリアに頼れる人もいないし、なるべくなら帰りたくないって話してたろ?だったら国籍をスーフェリアから、ガタリヤがあるルーン国へと期間内に変更しないと捕まっちゃうんだ。でも普通に国籍を変えるってなると世界序列が上のスーフェリア国の意向が多く反映されちゃうからさ。もしかしたら許可が下りない可能性もあるんだよね。しかも、平均して3ヶ月くらい手続きに時間がかかっちゃうから、とても間に合わない。それじゃあ困るから難民認定って別の手を使おうと思ってる。実際に盗賊に無理やり連れてこられたのは事実だし、スーフェリアには人脈も財産もありません、有っても放棄しますってなるとスーフェリア側も、そこまでギャアギャア言わないと思うんだ。とりあえず手は打ってるから俺に任せてくれっ」
「うんっ、わかった・・・ありがと」
それから数日経ち、ミールは1人の男とお茶をしていた。
その喫茶店は穴場的な感じで、客はそこまで多く無い。
しかし、飲み物の種類は豊富だし、料理もデザートもかなり美味しい。
ここのりんりん茶(アップルティー)は格別だ。
ミールが特に気に入っているのは、2階にあるテラスの席。
ちょうど大きな木の幹が喫茶店の店内を突き抜けている作りになっているので、木の上の秘密基地みたいになっている点がお気に入りなのだ。
昼間はまだ暑いが、15時前後、ちょうど今くらいの時間は日差しも穏やかで、風がそよそよと吹き抜けると気持ちいい。
そんなテーブルでミールと向かい合った男はケーキをついばんでいる。
ガタイもよく、筋肉質な男なので、一口でケーキなどは食べてしまいそうなイメージだが、この男は背中を丸め、小っちゃいフォークで少しずつ少しずつ食べていた。
「・・・ほおほお。てことは、他の貴族達は、まだしばらく静観が続きそうだな」
「ええ、そうですね。ダルムル卿がなにやら聖都の貴族相手に動いているとの情報がありますが、まだまだ表立って動くのは先の話でしょう」
「なるほどね。それじゃあ当分様子見って事だな。ふ〜・・・さてと・・・そろそろ行くかな。貴重な情報ありがとな。また」
「こちらこそです。あ、そうだ。今日はお土産持って来たんで、良かったら持ってってください」
「お土産?」
大男は紙袋から色紙に包まれた箱を取り出す。
箱には『お中元』と書かれた紙が貼ってあった。
「これは・・・もしかして?」
「はい。今年も送ってきました。見かけによらず律儀な男です」
「ははは。案外話してみると、良い奴なのかも知れないな」
「さあ、どうでしょうか」
苦笑いを浮かべながら、大男は箱をミールに渡す。
「え?全部貰って良いのか?」
「はい。5箱送ってきて、まだ2箱あるので・・・中身はルピロス産トンプーのハムです。結構旨いですよ」
「それはそれは」
ミールは大男と別れて、リリフ達の買い出しをしてから宿に戻るのであった。
「お嬢様っ。谷に住む義賊の第二巻はどこに置きましたか?」
「え?ごめん。今読んでるわっ」
「えぇ?さっき読み終わってたじゃないですか!また読んでるんですか??」
「だってぇ~。これ好きなんだものぉ」
「全く・・・読み終わったら教えてくださいよっ」
「はぁい・・」
「ルクリアはなにを読んでるんですか?」
「・・・ワンクル憲法法典・・・」
「た、楽しいですか??」
「・・・興味深い・・・」
コンコンコン
「俺だぁ。入っていいかい?」
「あっ、はいいっ。今開けまーすっ!」
ガチャッ
「よっ。変わりはないかい?」
「はいっ大丈夫ですっ」
「ミール様っ!さあさあ、こちらへっ」
「・・・入って入って・・・」
夕方のお喋りも日課になってきたようで、部屋に入ると皆で出迎えて、ミールが両手に抱えている荷物を受け取って中に手招きする。
そして怒濤のごとく、お喋りに花を咲かすのだ。
娯楽と言ったら本を読む事くらいしかない彼女達の日常において、ミールとの会話は貴重な存在となっている。
「今日は特別なお土産を持って来たぞ。ルピロス産トンプーのハムだぜ」
「わあぁっ。私の生まれ故郷の??」
「ああ、その通り。リリフ達が暮らしていたルピロスはトンプーの名産地で、世界中で有名なんだよ。とにかく美味しいってね」
「そうだったんだぁ!セリーは知ってた?」
「もちろんでございますわ。わたくし大好物ですものっ!」
「・・・私はステーキは脂っこいから、ちょっと苦手・・・でもハムは好き・・・」
「なるほどね。俺はステーキもハムもどっちも好きだなぁ」
「!・・・え!?そうなんだぁ・・・これが好きなんだぁ・・そっかぁ・・うふふ」
「・・・ニヤけすぎ・・・」
「なっ!べ、別にニヤけてなんていないわよっ!・・・もうっ。ルクリア!このこのっ!」
「・・・い、痛ひ・・暴力反対・・・」
リリフはルクリアのほっぺを伸ばしたり潰したりしている。
いつもだったらお母さんセリーが止めに入るのだが今回は全く我関せず、ウキウキとハムを網に乗せて焼こうとしている。
「ちょっとっ。セリー!ハムだけ焼いてどうするのよっ!ご飯も炊かないとっ」
リリフスピアーナお嬢様は半月ほど前には料理の『りょ』の字も分かってなかった感じだったが、今ではご飯を炊けるようになったらしい。
「ああんっ。だってぇ~。ハムが、ハムが早く食べてって言ってるんですものっ!とても抗えませんわっ」
セリーの食いしん坊度合いは結構凄い。
特に新しい食べ物を目の前にすると、いつもの知的な雰囲気は微塵も感じ取れない。
「まあ・・・食欲があるって事は良いことだな・・・みんな好きな食べ物ってあるのかい?」
「私はフルーツが好きっ。特にメロメロが大好物よっ」
流石はお嬢様。この辺りでは高級品のメロメロ(メロンの事)とは・・・
「わたくしはやっぱりこのお肉ですわ。ルピロストンプーのステーキはほっぺが落ちてしまいますっ」
今更だが、トンプーとは牛のようなサイのお肉でこの世界では牛肉の扱いを受けている。
特にリリフ達の故郷、ルピロス産のトンプーは脂の乗りも良く、高値で取引されている高級品だ。
リリフに続きセリーまでも高級品とは。
やはりメイドとはいえ大富豪の屋敷で働いていれば舌も肥えてくるのだろうか?
「・・・私はパンが好き・・・特にメロメロパン・・・」
ルクリアの回答に少しほっとするミールだった。
治療を開始してちょうど20日が過ぎた。
女の子達は肌つやも良く健康そのものにみえる。
ミールも今日は少し息抜きをする感じで、お昼頃からずっとピコルと身体を重ねていた。
「それじゃあピコル。またな。急に呼び出して悪かったな」
「ううん。全然ですっ。とっても嬉しいです。またいつでも呼んでくださいっ」
ミールは買い出しを済ませて女の子達の部屋に向かう。
「わあぁ!ミール。待って・・た・・よ・・・」
「ミール様。お荷物お持ち致しますわ」
「・・・こっちこっち。入って・・・」
いつものように大歓迎で向かい入れてくれる3人だったが、何故かリリフの様子が変わった。
ミールの右腕からご飯などが入った袋を受け取ると、ジーっと睨み付けるように黙っている。
「ど、どうした?リリフ?・・・」
「べっつにぃぃいぃ~」
ふんっと機嫌悪そうにテーブルの上に食材を並べながら仕分けをしている。
後ろ姿が怖い・・・なにか怒らせる事したかな?
まあ、しばらくしたら機嫌も直るだろう。
ミールはとりあえず静観することにする。
リリフの機嫌が悪くなったのは、ミールからピコルの香りが出ているのに気付いたからだったのだが、もちろんミールはそんな事は全く気付いていない。
「・・・ミールさんのおすすめの国はどこ?・・・」
「おすすめの国かぁ・・・う~ん。色々あるけど、まずは遙か東の国、ジャポラかなぁ。自然が美しくてね、壮大な山々には雪が積もっていて、それらを写す鏡のような湖、鮮やかな緑に包まれた森林とその隙間から覗く真っ白な滝。とても癒やされる景色だったよ」
「へえ・・・いいなぁ・・まだ雪見たことない・・・」
「スーフェリアには殆ど降りませんものね」
「砂漠に囲まれた街シズも特徴がある街だったな。オアシスに連なるように造られた街でね。昼間はもの凄く暑いから人通りは少ないんだけど、夜になると別の街になったかのように賑やかだよ。そこらじゅうで音楽が流れていて大道芸だったりダンスだったりしてるんだ。路上でも沢山の人が飲み食いしててね、ただブラブラと歩くだけでも楽しいよ」
「・・・砂漠の都・・・歴史が気になる・・・」
「はあぁ。いったいどんな美味しいお料理があるのでしょう・・・食べてみたいですわぁ」
「あとは、なんといっても大聖女の都ハミスかな。とにかく結界の規模が違うから人も多いし建物はデカいし、沢山の娯楽があるな。例えば競技場、人同士が対戦形式で腕を競い合ったり、馬に乗ってレースで競い合ったりしているんだ。賭けも行われているから観客もかなり白熱しているよ。あとは遊園地って言って沢山の魔法器具が置いてあってね、それが揺れたり逆さまになったり猛スピードで走り抜けたり、かなり人気の場所だよ。そうそう、リリフの好きな物語を題材に演劇する劇場だったり、ルクリアが好きな歴史の博物館や、セリーが好きな食べ物もかなり充実してるしな。一区画が丸ごと料理のお店が立ち並んでいる所もあるから全部制覇するには1ヶ月以上かかるぞ」
「はあぁっ。たまりませんわっ。全て食べ尽くしてみたいっ!」
「・・・博物館・・・行きたい・・・」
「ねえねえっミール。結界の規模が違うって、どれくらい違うの?」
リリフがいつも通り質問してくる。機嫌は直ったようだ。
「そうだな・・・ルーン国の4分の1くらいのデカさかな?」
「ええええっ!街じゃなくて国?!そんなにデカいの??1つの都市がっ?凄っ!」
ルーン国とて街は10個もあり、けして小さな国ではない。
その4分の1程の領土と同等の大きさの都市。
いかに広大な結界を展開しているかがお分かりだろう。
「あのね・・・ちょっと言いづらいんだけど・・結界って・・・そもそもどうやって出来てるの?子供でも知ってるよって言われそうだけど・・実はよく知らないの・・・」
「・・・あ・・・私もそれ知りたい・・・よく知らない・・・」
2人はセリーをじっと見る。
「わ、わたくしは知っていますけど・・・念のため確認の意味も込めて改めてお聞きしたいですわっ」
「そうか・・・よしっ。じゃあ今日は結界についてお話しようかね?」
「やったー」
「わいわい」
という訳で、散々お待たせしましたが、ここで結界について詳しく説明しよう。
「え~、コホンっ。そもそも結界というのは聖女のみが発動する事が出来る魔法で、結界石で見た通り、モンスターを侵入させない効果がある。モンスターは結界に触れると弾き飛ばされる仕組みで、それはデーモンでも有効となっている」
「でも耐久力が無くなると消えちゃうんでしょ?」
「そうだね。まずは聖女から説明しようか。聖女っていうのは現在、世界に48人・・・くらいだったと思うけど、それくらいしか存在しない超貴重な人間なんだ。大体1国に1聖女ってのが基本だね。それでどうやって生まれてくるのかって事だけど、実は唐突に力を授かるんだ。はいっ貴方は今日から聖女ですって感じで」
「ええええっ!!そうなんだぁ!びっくり」
「だろ?厳密に言うと血筋が7割ってとこかな。やっぱり聖女の子供が力を授かる事が多いらしいよ。ただ血筋って言ってもやっぱり男はなれないらしい、女だけだな。それと生まれた順番は関係ないらしくて長女がなる時もあれば、末っ子が選ばれる時もある。選ばれれば絶大な権力を手に入れる事が出来るもんだから、子供達は結構聖女になるために必死らしいよ。一説によると日頃の評判が良い者が聖女に選ばれる確率が高いって噂があって、いかにして自分の評価を上げて、相手を陥れるかって子供同士の足の引っ張り合いが凄いらしいと聞いた事あるな」
「あの~。聖女の力を授かったってどこで分かるのでしょうか?」
「それはね、唐突にドーンっって自分を中心に光の柱が出現するんだ。正に天を貫くように高い光の柱がね。このルーン国くらいだったらどこにいても直ぐに分かるくらい神々しい光の柱らしいぞ。一般的には現聖女の寿命が尽きるのが近くなったら新たな聖女が出現するって事が多いらしい。そうすることで聖女がいない期間、つまり結界が無い状態を作らないようになっているらしいね」
「・・でも・・・もし亡くなった場合は・・・短時間でも結界が無い状態になったりしない?・・・」
「う~んとね、一応それは大丈夫で・・・先に都市の結界の仕組みを説明しといた方がいいか。街に展開している結界もね、もの凄く大きな魔法石を使っているんだよ。だからもし聖女が亡くなったとしても1ヶ月くらいはそのまま結界の効果は残る事になるんだ。だからその間に新しく聖女になった者が魔法石に触れて新たに結界を発動させて上書きする。聖女が暮らす聖都と各街は地脈で繋がっているから、全ての街も新しい結界に自動的に上書きされるって仕組みさ。面白いだろ?」
「そぉーなんだぁ。凄いなぁ」
「でもね、さっきルクリアが言った結界の無い状態、それはあるんだよ」
「・・・ほぇ?・・・」
「今言った魔法石に残っている結界の力は1ヶ月くらい有効って言ったよな?逆に言うとその間に、なんとしても次の聖女が聖都の結界石に触れる必要がある。つまり・・・もし新たに聖女になった者が、結界を上書きする前に亡くなったら?・・・」
「・・・1ヶ月で結界は消えて無くなってしまう・・・という事でしょうか?」
「その通りっ。一応光の柱が出てから24時間くらいは、全てを弾き返す鉄壁の魔法壁が聖女を包み込むように宿っているから危険は無いんだけど、それを過ぎたら、ただの女の子だからな。聖女の力で普通の人間よりかは丈夫らしいけど、やっぱり死ぬときは死ぬ。そうなった時が大変なんだ。なにせ100%必ず次の聖女が直ぐに生まれるって確証は無いからな。直ぐに現れるかもしれないし、3日後かもしれないし、10年後かもしれない。もしかしたら、もう現れないって可能性まである。国中大混乱さ。なまじいつも結界に頼って生活してた訳だからな。野良デーモンでも襲ってきた暁には、街は下手したら全滅、野良デーモンは最終形態の魔王にまで昇格するって可能性も十分あるからね」
「そ、そうなんだ・・・偶然の事故って怖いね」
「いやいや、リリフ。残念ながら事故じゃないんだな。人為的に結界が無くなるんだ」
「ええっ!!どうしてぇっ?!」
「まず1つ目は、殺人。故意に聖女を殺す人がいるという事。例えば・・・もし聖女の子供の中から次の聖女が誕生した場合、単純にひがみや嫉妬で姉妹から殺されるケースがある。プラスそいつを殺せば、ワンチャン自分が次に選ばれるかもしれないって可能性はゼロではないからね。逆に一般人が唐突に選ばれた場合は、理不尽な時が多いかもね。どんな時にも頭のおかしい奴、被害妄想って言うのかな?自分中心にしか考えられない奴ってのはいるから。仕事が上手くいかない、恋人に振られた、人生ツマラナイってド定番の理由の奴もいれば、老後が不安、誰も認めてくれない、ずっと片思いしてた子に恋人が出来た、ギャンブルで作った借金のせいで首が回らないって奴まで。自分の人生を悲観して1人で死ぬなら分かるが、そういう奴に限って自分は悪くない、この世界が悪いんだ、なのに自分だけツライ思いをするのは不公平だ!などなど。そういった考えのヤツの前に聖女が現れようものなら『そうだ、コイツを殺して皆んなを巻き込んで楽になろう。一人で死ぬのは嫌だ!』ってね。そんな理由で実際に殺された聖女も2〜3人いたみたいだね」
「こ、怖いですわね・・・もし自分に光の柱が出現してしまったらと考えると・・・直ぐに逃げ出すかも知れません・・あ、でも24時間は無敵なんでしたっけ?でもそれでも怖いですわね」
「そうだな。大抵は、もし一般人が聖女になったら街全体で一斉に守ろうとするんだ。兵士とかも直ぐに駆けつけるしね。とにかく無事に魔法石に触れさせるまでは厳戒態勢を引いて警護する。じゃないと、もしなんかあったら自分達の国が危ないからね」
「もしかしたら・・・それを狙って他国が暗殺を企てたりする事も・・・ありますよね?」
「ああ。鋭いなセリー。実は今までも過去に何回か、後継ぎの聖女が生まれない事ってのがあったんだってさ。そういった場合は聖女が複数いる国に聖女を派遣して欲しいってお願いするのさ。当然だがそれは、その国の支配下に入るって事を意味するからね。それを狙って暗殺を狙う事も昔は結構あったみたいだね」
「えっ?!聖女が複数??ああんっでも昔って事は今は無いの??」
リリフは聞きたい事が有りすぎて混乱中。
「まずは聖女について、もう少し詳しく話すね。聖女ってのは唐突に出現するし、一応、現聖女の寿命が尽きる頃に新たな聖女が出現することが多いってだけで絶対ではないんだ。現れない事もあれば複数出現することもある。実際に世界序列2位のお前達の故郷スーフェリアは5人も聖女がいるんだぜ。これは全世界でダントツ1位だ」
「えええ?!そうだったんだあ?!」
「だから昔はそういった後継ぎ不在を狙った暗殺事件や、偽りの事件をでっち上げて、正当な反撃だと主張した強引な侵略戦争も頻繁に起こっていたんだ。その結果、聖女が亡くなったり、他国の支配下になる事件もしばしばあったらしい。そして聖女を派遣して貰ったり、敗戦国になったら、その国の従属に・・つまり国の名前が変わったり、はたまたいくつかの国が消滅したって聞いた事あるな。だけど今はそういう事はほとんど起らなくなったみたい。その理由が自白魔法が発見されたからってのが大きいみたいだね」
「自白魔法??」
「そう。使える者は少ないんだけどその魔法をかけると、その相手が誰に頼まれたのか、どこに所属しているのか、動機はなんなのか、黒幕は誰なのか、などなど。とにかく本音を語り出してしまうのさ」
「へえぇ・・・でもっでもっ、犯人が分かったからって、別にどうってこと無くない?正直しらばっくれちゃえばいいんだし。だって聖女様の代わりなんていないんだもの。罪に問う事もできないわよね?」
「それがね、そうはいかないんだ。この世界の聖女はだいたい48人くらいって話したと思うけど、その聖女達は全員聖女連合って組織に所属している。その聖女連合は世界中の意思決定機関となっているんだ。そしてその中で世界序列上位7国が、聖女セブンと呼ばれていて世界中の方向性や問題点、改善策を多数決で決めていく。事実上、世界はこの7人の聖女達によって動いているってことさ」
「そ、そんな事になっているんだ・・・」
どこかのアイドルグループのようなネーミングというツッコミは置いておいて、初めて聞くこの世界の仕組みに驚くリリフ。
「・・・でも・・・それで・・・自白魔法とどう繋がるの?・・・」
「うん。実はね、その聖女連合において、絶対的な影響力を持っている者が1人いるんだ。その名はハミス・ルアンデル。大聖女と呼ばれている彼女は創世の女神ミルティスとこの世界で唯一やり取りが出来るとされている人物だ」
「大聖女ハミス・ルアンデル・・・創世の女神ミルティス・・・どれも初めて聞く名前ですわ・・」
「創世の女神ミルティスってのは、この世界の創造主とされている神のことで、聖女の力も女神ミルティスの力を根源としているって言われている。その女神と唯一やり取りが出来る大聖女ハミス・ルアンデルは別名『聖女の母』と呼ばれ2500年近く、ずっと世界序列1位の座に君臨しているんだ。さっきも言ったが、結界の範囲も段違いに広く、国の大きさ、人口、技術力・・・はドルグレムの方が上だけど、他の軍事力なども含めて頭1つ飛び抜けている存在なのさ」
「えっと・・・2500年って・・・代替わりしているってことよね?」
「いや、ずっと同じ人物、ハミス・ルアンデルが2500年近く統治しているんだよ」
「ええええっ!!」
「聖女に選ばれるとね、多くの者が寿命が延びるらしい。大体平均して200~300年くらいかな?中には通常の人間と大して変わらない聖女もいれば、500年くらい生きる聖女もいるんだ。そして大聖女となると、さらに特別に寿命が延びるらしい」
「ほおおぉぉ・・」
「そして話を戻すと、さっきルクリアが言った自白魔法とどう繋がるのかだけど・・・仮にこのルーン国の聖女ルーン・スワイラル7世が暗殺されたとしよう。そして暗殺した実行犯が捕まった場合、当然自白魔法を使って情報を引き出すことになる」
「ふむふむ」
「そして首謀者がスーフェリア国の聖女スーフェリア・ロプティーナだったとしよう。そうなったら聖女セブンによる、弾劾裁判が行われることになる」
「ほむほむ」
「そして多数決の結果スーフェリア・ロプティーナが、聖女の資格無しと判断された場合、大聖女ハミス・ルアンデルは、その結果を女神ミルティスに報告し、スーフェリア・ロプティーナの聖女の力は失われる事になるのさ」
「ほえっ?!聖女じゃ無くなっちゃうの??」
「その通り。いくら領土や権力が欲しいからって、自分が聖女剥奪されたら意味ないだろう?だからそういった悪巧みはかなり影を潜めたって訳さ。戦争も同じ。基本的に他国に侵略するのは禁止されているからね。今までは戦争の口実となる事件をでっち上げて偽りの正当性を示していたけど、自白魔法のお陰でそれも分かるようになったから。どちらの国に非があるかはハッキリするから、強引な手は使いづらくなったようだね」
「ミール様。いくつかお聞きしたいのですが・・・まず聖女の暗殺を狙った場合。その実行犯が死亡した場合はどうなるのでしょうか?・・あと実行犯が依頼主の名前も顔も知らない場合は、どうなるのでしょうか?」
「ああ、その場合は蘇生魔法をかけるか、死体に自白魔法をかけてステータスの行動ログを読み取り接触していた人物に、片っ端から自白魔法をかけるかだな。蘇生魔法は元々成功確率が低いし、そもそも使える奴は今は2人しかいないしな。生き返ればラッキーくらいで実際は行動ログを読み取る事が多いと思うよ。行動ログって言っても結構優秀で、仮に接触をせずにセリーの言う通り、名前も顔も伏せた状態で手紙などで依頼したとしよう。報酬の金も魔法通貨だと通貨自体に履歴が残ってしまうから、魔法通貨化してない現金で用意して、隠し場所も手紙で指定して、その手紙は読んだら燃やすように指示をして・・・そうやってありとあらゆる手を使っても、行動ログを読み取ると、結構依頼主までたどり着いてしまうらしい。何故なら行動ログはその手紙の内容も分かるし、手紙の灰が残っていれば追跡魔法で元を辿れるし、現金自体に追跡魔法を使えば大体の出所も分かるし、行動ログで1番優秀な性能は、その死体が生前、喋った言葉、聞いた言葉を記録として読み取る事が出来る点かな。独り言も含めて、全て発した言葉、聞いた言葉を読み取れるから、かなりの確率で指示役が分かる。大抵指示役も雇われで詳細は知らない奴が多いから、またそいつの行動ログを読み取る。その繰り返しだね。そうすると真の黒幕のかなり近い場所までたどり着けるって訳さ。そうなったら例えば、怪しいのがスーフェリア国だったら聖女、重臣、メイド達まで、全員に自白魔法をかける事を、聖女セブンの力で強制する事が出来る。もし、拒んだ場合はその時点で有罪確定、それ相応の裁きが待っているって訳さ」
「ひょえぇ~。自白魔法こわいぃ」
「なるほどですわ・・・もう一つ、聖女は全く知らなくて重臣が勝手にやっていた場合はどうなるのでしょう?あと、他国がその国を陥れようと、そそのかしていた場合は?・・」
「重臣が勝手にしていた場合は、聖女の資格が剥奪される事はないよ。重臣の計画に加算していた者だけが死罪になるだけかな。ただ管理不十分って事で序列は下がると思うけどね。他国にそそのかされて結果的に実行犯になってしまった場合は、そのそそのかしてた国も処罰される。調査は結構深いところまで調べるみたいで、何故このような事をしようと考えたのかっていう、いわゆる動機の部分って、かなり重要で念入りに調べられるみたいだよ。200年くらい前もそういった事例があったようで、実行犯の国とそそのかした国、同時に聖女資格剥奪されたって記録が残ってるって聞いた事あるし」
「そうなんですね。悪は必ず裁かれるって事ですわねっ」
「いや・・・かなり影を潜めたってだけで、裁かれずにのほほんと生きている聖女もいると思うよ。絶対に分かる訳じゃ無いから。結構最近の・・・10年くらい前だったかな、結局真の黒幕が分からずに、お蔵入りになった暗殺事件もあったみたいだね。全世界の聖女に自白魔法を受けさせるっていう異例の事態に発展したんだけど、それでも分からずじまい。今も捜査は続いているって言われているけどね」
「ねえねえっ。私思うんだけど・・・その早漏の女神ミンティア様?だっけ?・・・その神様に聞いてみればいいと思うの。ほらっ、よく言うじゃない。神は全てを見通しているって。創造主ってくらいだもの、知らないことなんてないと思うの」
「創世の女神ミルティスですわ・・・リリフ・・・」
「ははは。わかるな~、その気持ち。でもね、実際に女神ミルティスが介入するのは、聖女セブンが調査した犯罪聖女の資格を剥奪する時くらいみたいだね。色々と試してみた事はあるらしいけど、どれも全く返答が無かったみたいだから。創造主だからって、なんでもかんでも介入してたらキリが無いからかもしれないね」
「そうなんだ・・・でも自分が創った世界なのに良くしようとは思わないのかしら」
「そういった感覚は無いのかも知れないね。それはあくまで人間視点の考えだから。世界を良くしたいって事だったら、とっくにモンスターやら悪魔種やらを滅ぼしているはずだし・・・いや、この考えも人間視点か。そもそもこの世界に必要無いのは人間の方かもしれないしね。まあ、今回はそういって精神論的なのは置いといて・・・なんの話だっけ?・・あ、そうそうっ。多分創造神である女神ミルティスは現世で起ることに無関心なんだと思うよ。俺たち人間種は3000年くらい前に、悪魔種によって一度絶滅寸前まで追い込まれているんだ。でもその時も女神は具現化もしてないし、もちろん人間を助けたりもしていない。そして今現在も悪魔種一強状態は続いてるからね」
「そっかぁ・・・良い考えだと思ったんだけどなぁ・・」
「ははは。リリフの考えは、結構みんな思った事だと思うよ。神様なんとかしてよってね。俺自身も願った事があったしな・・・ただ無関心なのはあくまで創造神の女神ミルティスの事だから。この世界には、大なり小なり多数の神が存在しているから、人間の味方をしてくれる神もいると思うよ。そうポンポン助けてくれる訳ではないと思うけどね」
「へえっ。そうなんだ?例えばどんな神様がいるの?」
「人間の神と言ったら、代表的なのはゼロスかな。ただ太古の昔に悪魔神との戦いで、封印されてしまったと聞いてるけどね」
「封印?!そうなんだ?!どこに??」
「いや、言い伝えだから正直分からないんだよ。でも今でも、各地でゼロス信仰は盛んに行われているね」
「へえええ・・・」
「今言ったように人間の神もいれば悪魔の神もいる。大切なのは神様任せにするのではなく、自分達で解決出来るように努力する事だと俺は思うけどね」
ミールは椅子から立ち上がると、リリフの頭をナデナデしながら魔風冷造のもとまで歩いて行き温度を少し上げる。
だいぶ夜も更けてきて気温も下がってきたからだ。
「あ、セリー。そんなの食べて大丈夫なの?昨日のやつじゃん」
「大丈夫ですわよっ。ちゃあんと火も通してますしねっ」
「全く・・・やっぱりそれくらい食べないとあれくらい大きくならないのかな・・・」
リリフは自分の胸に手を当てながらぼそっと呟く。
「ん?どうしたリリフ?」
「ひゃっ!な、ななななんでもないわっ!あはははは」
「話がちょっと脱線しちゃったけど、人為的に結界が消えるのはもう1つの理由があるんだ。なんだと思う?」
「え?1つは殺人ですわよね?・・・もう1つですか??」
「えー?なんだろー?」
「もし今唐突に自分に光の柱が出たらどう思う?」
「ええ?うーんと。どうだろう。ちょっと困るぅ」
「わたくしはまず安全な場所に逃げますわねっ。それから兵士どもを沢山引き連れて聖都に向かいますわっ」
「ほ~。セリーは聖女になるのを受け入れるってことか。ルクリアはどうだい?」
「・・・私は・・・イヤ・・・」
「でもっ。誰かがやらなきゃですわよっ。運命と思って受け入れるしかないですわっ」
「・・・わかってる・・・でも嫌・・・絶対に無理・・・」
「そう。中にはルクリアのように絶対に嫌って人もいる。聖女になったら、ほとんど王宮から出られないし自由も無くなる。俺もよく知らないが結構窮屈な生活なんじゃないかな?しかも、さっき話したけど、数十年前に聖女が狂人に殺された事件が実際に起こってね。だから聖女の息抜きに設けられていた一般民との触れ合うイベントも、避暑地への休暇も、ことごとく世界中で中止になっている。なので今現在の聖女はまるでカゴの中の鳥さ。今までは恋人とお茶をして、たまに旅行に行って・・・そういった生活をしていた人にとっては我慢ならない現状だろうよ。しかも自分が知っている人は寿命で次々と亡くなっていき、自分だけ生き残る。結構絶望に感じる人も多いみたいだ。そういう人が聖女の力を授かったら・・・どうなる?」
「まさか・・・」
「そう。自殺してしまうんだ。だから・・どこだけっな・・・聖女が亡くなって半月くらい経過した国があってね。もう少しで結界も消えちゃうから、他国から聖女を派遣して貰うかって議論してたんだ。そしたらちょうど新しい聖女が誕生したんだって。こりゃ大変だ。聖女を守れ。自殺もさせるなって大騒ぎだったみたい。とにかく24時間の無敵タイムの時までに魔法石に触れさせればいいから。どうしても到着が間に合わなさそうなら、手足を縛って、猿ぐつわをして舌をかみ切ることさえさせないように、まるで凶悪な犯罪者のようにして輸送するらしいよ。とにかく魔法石に触れて結界さえ更新してくれれば、その後自殺されても1ヶ月は猶予期間があるから対応できるしね」
「ひっどーい・・・けどしょうがないのか・・・国民全員の命がかかってるんだもんね」
「そういうことだね。さってっと・・・だいたいこんなとこかな?かなり夜も更けてきたしそろそろおいとまするよ。この続きはまた今度ってことで」
「はぁい」
「ごきげんようですわっ」
「・・・おやすみ・・・」
ミールは3人の元気な姿に安堵しながら部屋を出て行く。
流石にもう大丈夫そうだな・・・
口酸っぱく油断するなと言ってきたミールも思わず気を抜いたその日の深夜、事件は起きたのだった。
続く




