ガタリヤ奮闘記③
ぐっと深々と3人とも頭を下げて、そして恥ずかしそうに毛布を頭から被る。
ミールはふっと笑顔になりながら
「おやすみ・・・」
小声でそう言ってゴロンっと横になるのだった。
⇨ガタリヤ奮闘記③
朝靄が草原の草々を包み隠す。
森の中から鳥の鳴き声が聞こえてくるが、草原からはカサカサと風になびく葉っぱの擦れる音くらいしか聞こえてこない。
セリーが風よけに提案してきた少し丘になっている岩の上には、この草原の食物連鎖の頂点に立っているであろうウルフキマイラが、座り込んで毛繕いをしていた。
空は少しだけ光が差し込んで来ているが、まだ暗く星達も薄く顔を覗かしている。
パチッ・・・パチッ・・・
焚き火の音が唯一この草原の静寂を破るが、結界のお陰で誰も気付く者はいない。
何回か夜中に起きて薪を足したお陰で、焚き火はまだ燃えていた。
しかし今日は本当に冷える。
焚き火が無かったらとてもじゃないが、こんな草原で夜を明かせないだろう。
ミールは沸かしたお湯をカップに注ぎコースヒ(コーヒーのこと)を作る。
そんなミールの姿をたまたま目が覚めたリリフスピアーナは、毛布を被りながらバレないように、じぃっと見つめていた。
焚き火の優しいユラユラとした光に照らされて、二割増しに格好良く見えているのかもしれない。
お嬢様は初めて経験する胸の高鳴りを感じていた。
ふと目が合う。
「ひゃっ!」
リリフスピアーナは慌てて目を逸らす。
「なんだ、リリフ。起きてたのか?コースヒ飲むかい?」
しばらく寝たふりをしていたリリフだったが、観念したのか2人を起こさないように、そぉ~っと立ち上がる。
毛布から出ると寒さで身体を身震いさせるリリフ。
「ははは。そこは寒いだろ?こっちおいで」
おずおずとミールの隣に座る。
焚き火が暖かい。
炎の光の色で顔の赤さはごまかせそうだ。
「はい。どうぞ」
ミールはコップに入れたコースヒを差し出す。
「ミルクはないけど砂糖はこれを使って」
ミールの調理道具、調味料が集まった小瓶の中から一つ取り出す。
「あ、ありがとっ・・・」
リリフは砂糖をぎこちなく振りかけコースヒに口をつける。
少しほろ苦いが優しい味が舌を包み込んだ。
そしてとても良い香りが鼻を抜ける。
「はぁ・・・おいしっ・・」
「よかった・・・」
ミールは焚き火に薪を足す。
しばらくユラユラと揺らめく炎を見つめながら、無言でコースヒを啜る。
「あの・・・ミールは・・どうして冒険者になったの?・・」
「ん?さあ・・・昔の事だから忘れちゃったな・・・」
「そっか・・・でもずっと冒険者をやってるんだよね?・・・凄いと思う」
「ははは。そうかな?俺なんて下っ端だけどな」
「えっ?!そうなの??」
「うんうん。弱っちいし」
「そんな・・・」
リリフはコースヒを一口、そして炎を見ながらポツポツと話し始めた。
「でもやっぱり凄い。自分の意思で行動してるのは・・・私・・・今までずっと何不自由なく暮らして来たの。父親はスーフェリア国のルピロスでは名の知れた商人で、家を空ける事も多かったんだけど、とてもとても優しいお父様だった。お母様もいつもいつも笑顔で・・・私はそんな両親が大好きでした。今思えばとても裕福な暮らしだったのね。私はお昼近くまで寝てからお母様とお昼をご一緒して、庭でぼ~っと花を眺めていたり、近くの貴族令嬢とティータイムをご一緒してお喋りをしたり。この前の晩餐会で知り合った男達の事、今流行のファッションの事、とても人気な魔法エステのお店の事・・・今思えばよくも飽きずにお喋りをしていたものだわ。そして夜がくればお家に帰って、食堂の椅子に座れば食事が運ばれてきて、お風呂も着替えも歯磨きも・・・全部メイド達がしてくれて、ベットは常にフカフカで・・・本当に何も考えず、ただただ同じ毎日の繰り返しをしてたの。それをなんの疑問も持たずに。あのね、恥ずかしいけど・・・コースヒに自分で砂糖を入れたのもさっきが初めてなの。ミールが作ってくれたこの靴も・・・こんな風に袋が靴の代わりになるなんて発想自体が無かったわ。晩御飯に作ってくれたお肉も・・・あれって鳥のお肉なんだよね?・・・ミールが切り分けてくれてたやつ。あれで私初めて知ったの。ああ、鳥のお肉って鳥から出来てたんだって・・・ふふっ。意味わかります?私さっきまで本当にあのままの姿で道を歩いていると思ってたんですよ。切り分けられたお肉みたいな鳥がいると思ってたの。馬鹿よね。ちょっと考えれば分かることなのに・・・自分から興味を持って、それを知ろうとする・・・そんな事も出来てなかったんだなぁって。あんなにお友達と沢山お喋りしてたのに・・・あるのは相手よりも自分が美しいか、可愛い服か、ボーイフレンドは格好いいか。そんな事ばっかり、ホント今の私には何一つ役立つ物はなかったわ」
リリフは吹っ切れたようにう~んっと背伸びをすると
「だからねっミール。私、もし助かることが出来たら、今度は自分からなにかを始めて見ようと思うの。まだなにを始めれるかは全然わからないけど、そういう事も自分で決めたいっ。だから・・・その・・・」
急にしおらしくなったリリフは拳1個分くらいちょこんと距離を詰めて
「ありがと・・・ミール。貴方に会えて本当に良かった・・・」
リリフはじぃっとミールを見つめて感謝を述べる。
焚き火の光越しでも分かるくらい顔を真っ赤にして。
ミールもそんなリリフをじっと見つめる、優しい瞳で。
ちょっと良い感じの空気が2人を包む。
「うっんんっ!」
その空気を断ち切ったのはセリーの咳払い。
見るといつの間にか2人とも起きており、ミールとリリフを睨んでいる。
「お嬢様っ。少し距離が近いんじゃありませんこと?」
「・・・抜け駆け・・・ダメ・・・」
「えぇっ??な、何を言ってるのよっ。べ、べべべ別になにもしてないわっ。へ、変な誤解しないでよねっ」
あたふたとしながらパッと距離をとるリリフに、尚もじーっと疑いの目をむける2人。
「あ、ほ、ほらっ。2人ともコースヒ飲むかしら?わ、私が入れてあげるわっ」
愛想笑いを振りまきながらコップを用意するリリフ。
2人はふっとため息交じりの笑みを浮かべて、焚き火の前に座り込む。
「はいっ。どうぞっ」
「まさかお嬢様からコースヒを入れてもらえる日が来るなんて思いもしませんでしたわっ」
「・・・感慨深い・・・」
2人はナミナミと注がれたコースヒを啜る。
「お嬢様」
「・・・しょっぱい・・・」
段々と空が明るくなってきて、そろそろ日の出が近いようだ。
空気が暖かくなってきた気がする。
「私、日の出って初めて見るわっ」
「は?嘘だろ??」
「だっていつも起きたらお昼近かったんですもの」
「お前ら、少し甘やかし過ぎなんじゃねーの?」
「しょうがないのですわ。なにせお嬢様は1人娘、奥様も公認の怠惰な生活を送り、それはそれは大切に育てられましたもの」
「ワガママ娘にならなかっただけマシ・・・」
「あははは・・・」
頭をポリポリ、申し訳なさそうなリリフお嬢様。
「あ、あのミール。どうして日の出の位置が必要なの?」
話題を逸らそうとミールに質問をぶつける。
「ああ、この魔法地図にね、太陽の位置が必要なんだよ。常に聖都ルーンスワイラルとの距離は分かるようになってて、追加でこの魔石の部分に太陽の光を当てると、大体の自分の位置が分かるようになってるんだ。欠点は太陽が登っている日中の時間しか使えないことかな・・・実は最近新型が出てね。聖都と1番近い街、そして太陽か月の位置が自動で入力されることになってるから24時間いつでも正確な位置が分かるってのがあるんだけど・・・高かったから買ってないんだよね。こんな事があるんなら買っとけば良かったけど・・・」
「そんなもんですよね。実際・・・」
「ははは、まあね・・・おっ。そろそろ夜が明けるな」
遠くの山脈から光が差し込み一気に暖かさがミール達を包み込む。
「ふわぁ。暖ったかあいぃ。気持ちい~」
リリフは身体全身で日の光を浴びる。
ミールは日の出の光を魔法地図の魔石に当てた。
ピコンッ
ミール達の場所が魔法地図に表示された。
ミールの予想通り、ちょうど宿泊ポイントとヨウレン川の中間地点で、街道に出るよりかは直接ガタリヤの街を目指した方が、距離的にメリットが多そうだった。
しかし・・・ミールが考えてたより遙かにガタリヤから離れている。
これはかなり頑張って歩かないと目標の午前0時に到着するのは難しそうだ。
「これって間に合いそう?」
リリフが地図を見ながら不安そうに尋ねてくる。
「いや・・・ちょっと予想よりかなり離れてるな。ハッキリ言って結構厳しいぞ。男の足でも間に合うか間に合わないかって感じの距離だ。よしっ。考えてても仕方ない。すぐ出発する。朝飯は歩きながら食べよう。かなり厳しい一日になるぞ、覚悟しとけ」
「うん。もちろんよ。私まだ死にたくないっ。やりたいことが出来たもん。頑張るっ」
「わたくしも死ぬ気で歩きますわっ」
「・・・頑張る・・・」
ミールは新たに結界石を発動させ歩き始める。
草原は背丈が足首くらいの短い草が生い茂っているだけなので、歩く分には障害にはならなさそうだった。
しかし空は雲1つない青空が広がっている。
今日は暑くなりそうだ・・・
風も太陽が出るまではひんやり冷たかったが、今は既に生暖かい。
お昼近くには熱風になるかもしれない。
「今日は暑くなるぞ、こまめに水分を取ることを忘れるなよ。リリフ、喉が渇いてから飲んでも遅いからな」
ミールは歩きながらマジックポケットに手を突っ込み、水筒を取り出しリリフに投げて渡す。
「わ、わかったわ」
「お嬢様。わたくしが定期的にお渡ししますね」
「うん。ありがと」
リリフは水筒をセリーに渡す。
「ミール様。帽子になりそうな物ってなにかお持ちでしょうか?・・」
「ふむ・・・あったかな・・・布しかないけど、とりあえず頭に乗せとくだけでも違うか。セリー、これを使って上手く作れるかい?」
「はい。お任せください」
セリーは布と紐、そしてハサミを受け取ると歩きながら細工をし始める。
しばらくして防災頭巾のような形をした簡易帽子を作成した。
「さ、お嬢様。これを」
「こ、これって逆に暑くならない?」
「最初だけですわっ。お昼頃になると、とても帽子無しでは歩けませんわよ」
「わかったわ」
最初こそ女の子同士ポツリポツリと会話が有ったが、日が昇るにつれて口数も少なくなり、代わりに荒い息遣いが聞こえてくる。
汗が至るところから噴き出して布にへばりつく。
歩くスピードもだいぶ遅くなってきた。
女の子達は雨合羽のように布を羽織っているだけなので、風が吹くとふわぁっと舞い上がり胸の辺りまで露出する。
最初は恥ずかしがって手で押さえていたのだが、お昼頃には全く気にかける余裕もなく、逆に自ら布をめくり始めた。
「はあぁ。風が気持ちいい~」
「はあっはあっ。お嬢様っ。はしたないですわよっ」
「はぁ、はぁ、・・・セリーもお尻出し・・すぎ・・・はあっはあっ」
ミールも定期的に回復魔法をかけて体力を回復させているのだが、あまり何回もかけていると、この子達の場合は精神力が持たない。
なるべくは自力で頑張ってもらい、極力回復魔法の回数を減らして対応していた。
目的地が視界に入っていれば、かなり精神的に違うのだろうが・・・行けども行けども同じ景色が広がっており、地平線は熱気でユラユラと揺れている。
休憩を取ってあげたいが少しでも時間が惜しい。
全く日差しを遮る物がないこの草原で休んでも、あまり効果的ではないような気もするしな・・・などと考えにふけっていたミールを見透かしたように
「ミール。まだ歩けるよっ。気を使わずに進んでっ」
リリフが強い決意を口にする。
「ああ、わかった。頑張れ」
ミールは少し笑みを浮かべると結界石を取り替えながら進んでいった。
結界石のストックもだいぶ少なくなってきたな・・・
ピエールが調達してくれるまで、しばらくは遠出は控えるしかないか。
この国の結界石がもう少し使い物になれば良かったのに・・・
ミールはため息交じりに首を横に振る。
この国の結界石は、効果時間は12時間程と並の能力を持っているが、その他の能力は最低ランク。
中の姿は丸見えだし、声もダダ漏れだし、匂いも全く防いでくれない。
もちろん最低限のモンスターを防ぐという事は出来るのだが耐久性もイマイチなので、森の中で安心して夜を明かすなら見張りが必須の状態となっている。
ソロで行動しているミールには、とてもじゃないが絶対に使いたくないアイテムだった。
少し太陽も傾いて、だいたい15時前後といったところか。
刺すような強烈な日差しからなんとか脱出して、進むスピードも上がってきた。
ふとリリフが大声を上げる
「あっ!人がいるよっ!!」
指差す方向に人が10人程固まって歩いているのが見えた。
しかしまだ米粒程度の大きさしかなく、ミールもリリフが気付く10秒ほど前に気付いたくらいなので、結構リリフの索敵能力、そして視野の広さは高い水準にあるようだ。
「えっ?どこですか?お嬢様」
「ほらほらっ!あそこよっ!」
「・・・見えない・・・」
「ええ??なんでぇ?ミールは見えるよねっ?」
「ああ、いるな。たぶんガタリヤの兵士だな。良く気付いたなリリフ」
「えへへっ。やったっ」
「ガタリヤの兵士がなんでこんな所にいるのでしょうか?」
「兵士は基本、街周辺の警備が主な仕事だからな。定期的にああやって巡回してるのさ。つまりっ!」
「街が近いっ!・・・ってこと?・・・」
「その通りだ、ルクリア。奴らは宿泊するような遠出はしない。いよいよ射程圏内に入ってきたな」
「あと一踏ん張りですわねっ」
「ねえねえっ、ミール。冒険者達は街の警備とかはしないの?」
「街と街を繋ぐ街道の警備をするのが冒険者って感じかな。あとは民営の業者の護衛任務なんかも多いな。逆に街周辺の警備やら、街や国が運営している事業の護衛だったりをするのが兵士って棲み分けかな」
「へえぇ。そ~なんだぁ」
リリフはだいぶ色々な事に興味が出てきたようで、今日はセリーよりも質問が多くなっている。
「あっ。なんか塔みたいなのもあるよっ?!あれは何?ミール!」
「ああ、あれは見張り台だよ。あそこを拠点にして兵士達は交代で監視してるんだ。一階部分が光ってるだろ?ああやって常時結界石を使って安地を確保してるのさ。兵士も人間だからね。いちいち街から見張り台まで出動するのは効率悪いし、かと言って24時間フィールドに身を置いていると、精神力が持たないからね。ああやって結界を張って交代で勤務してるのさ」
「そっかぁ」
「巡回中の奴らに近づかれて気付かれても厄介だ。少しスピードを上げるぞ」
「は、はいっ!」
ミールはお互いの進行方向が重ならないように、歩く速度を調整する。
幸い兵士達は休憩を取っていたようで、なんとか遭遇せずに済んだようだ。
「街の兵士でも危険な人がいるんだ?これから注意しなきゃ」
一息ついて水分補給の為、立ち止まったミール達。
リリフが独り言のように自分に言い聞かせる。
「そうだな・・・」
ミールは一言そう言うと、それ以上は語らずに歩き始めた。
「・・・ミールさん・・機嫌悪い?・・・」
ヒソヒソっとルクリアが2人に尋ねる。
2人は分からないっといった感じの複雑な表情を浮かべた。
しかしなんとなく話しかけれない雰囲気があったので、黙って歩みを進める女の子達であった。
夕陽も沈み、辺りはすっかり暗闇に包まれた。
日中の暑さとは対照的に一気に温度も下がり、冷たい風が通り過ぎていく。
森でのなにも見えない暗闇とは違い、月や星々が出ており、微かに草が風に揺れる様子を確認する事が出来るくらいの明るさはあった。
ずっとずっと遠くに微かにボンヤリと光りが見える。
「あっ。あれってっ!・・・」
「ああ、ガタリヤの街の光だな。ようやく見えてきた。もう少しだ、頑張れ」
「やった。みんながんばろっ。あとちょっとだよっ」
「ええ。あと一踏ん張りですわ」
「・・・はあっはあっ・・がんばる・・・」
女の子達はお互いの手を握り合いながら歩いている。
この距離を訓練もしてない普通の女の子達が移動するのは、相当キツかったはずだ。
特にリリフは日頃怠惰な生活を送っていたと言っていたので、自分の足で歩くのさえ久しぶりなはず。
本当によく頑張って歩いたもんだ。
ミールは感心すると同時に改めて、なんとしてでも助けなければという決意を新たにする。
やはり目指すゴールが見えていると気持ちの持ちようも全然違うようで、歩くスピードも自然と速くなる。
現在23時前後、街まで後2~3キロほどの距離まで近づいてきた。
なんとか間に合いそうなペースだ。
ミールは歩くペースを少しだけ落として、内緒にしていた事を話すことにした。
「みんな本当に良く頑張ったな。幾つか伝えなきゃならない事があるので歩きながら話していく。聞いてくれ」
「は、はいっ!」
「まずガタリヤの街に入るのは午前0時30分くらいにする。それまで街の外で待機だ」
「え?!どうしてですか??」
「理由は3つある。1つ目は門番。南門にいる門番は0時30分くらいに交代する時間なんだよ。それを利用して一気に進む」
「へ、へえ・・・そっか。こんな格好だもんね。怪しまれちゃう」
「そうだな。リリフ達は犯罪歴とかもないから検問魔石には引っかからないと思うけど、やっぱりその見た目だとね。いらん詮索をされて時間を消費するのはもったいない。なので門兵が交代する時間を利用して一気に進む」
「ふむふむ。なるほど」
「あ、あの。ミール様。わたくし達はスーフェリア国籍です。このままルーン国の街に入っても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、その点は問題ない。国籍がない場合は入れないが、国籍があれば他国であろうと入れるよ。ただし、50日の間に他国旅券証(パスポート)を人事局に見せに行かないと捕まるけどね。これに関しては後から考えるよ。まずは目の前の事に集中しよう」
「はいっ!」
「2つ目はいつも言っている事だが、他の人間になるべく見つからないようにする必要があるからだ」
「そ、そうですか・・・かしこまりましたわ・・」
「気持ちは分かる。死ぬかもしれない時に、時間を無駄に過ごすのは本当に苦痛だろう。だが見つかった場合のリスクを考えると、人通りが落ち着くまで待つ方が良いと思っている」
「分かりましたわ。服もろくに着てない私たちですもんね。獣のような男共が襲ってきても不思議じゃありませんわ。ガタリヤって治安はどうなんでしょう?」
「治安はこの国では良い方だな。しかし用心は必要だ。多くの飲食店は午前0時に閉店するから午前0時30分くらいになると人通りもかなり少なくなる。それが狙いだ」
「・・・わかった。・・・でももし襲われてもミールさんがいてくれれば安心・・・」
「いや、すまんルクリア。俺は人間相手では力を発揮する事が出来ないんだ。詳しくは後で話すが、とにかく街で襲われたらアウト。お前達を助ける事が出来ないだろう。だから余計ないざこざに巻き込まれないように街に入ったら静かに、そして急いで駆け抜ける。目標は俺がいつも泊まってる宿だ。とりあえずそこに拠点を作る」
「・・そっか・・わかった・・・」
「あの、ミール様。街でも結界石を使えば、他の人間には気付かれないのではないでしょうか?」
「いや、街のように大規模な結界内では結界石は効果が無い。逆にこの国ルーンスワイラル産の結界石以外は、使おうとすると軽いノックバックが発生するくらいの拒絶反応が出るんだ。だから街中で使うことは出来ないな」
「そうなのですか・・・承知しました。街に入ったら速やかに行動致しますわっ」
「ああ、頼むな。それと・・・3つ目の理由だが・・・言いづらいんだが、お前達は街では差別を受ける事になるからだ」
「えっ??どういう事ですか?」
びっくりする女の子達3人。
ミールは立ち止まり女の子達を見ながら話し出す。
「ゴブリンに犯された者が人間界に留まれない事は話したよな?実際多くの者が言葉も話せなくなったり、凶暴になったりするんだが・・・もう一つ危険視されているのは、子供や女達をさらっていく事があるからなんだ。それは森に帰る時もそうなんだが・・・実際問題視されているのは姿を消して数ヶ月くらい経った時に、再び街や村に現れて子供や女をさらっていくんだ。ゴブリンに浸食されても、人間の女は結界を通る事が出来るからな。しかも不味いことに、さらっていくのは自分に関わった人が多くてな・・・だから一般人からしたら、そんな奴と関わるのはご免だし、見つけたら始末してしまえって考えの人も実際多いんだ。今回のお前達のように制限時間とされている48時間以内に治療出来る事は本当に稀な事でな、多くはもう既に手遅れ状態。いや、正直48時間以内でも発症するやつは発症する。そんな人々を多く見てきたからこそ、一般人からしたら偏見の目で見られるのさ、お前達は」
「そうだったのですか・・」
ポツリとセリーが一言、それから沈黙が訪れる。
ミールがこの事実を知らせなかったのは、あの時点で教えてしまっては、助かる希望すら摘み取ってしまうと考えたからだ。
しかし町に入る前までには、伝えておかなければならない事でもあった。
そして、ニアの迎えに行くわ!との提案を断った理由でもある。
今現在リリフ達が助かる可能性はかなり低い。
もし関わって失敗したら、ゴブリン化したリリフ達が、村娘達を連れ去りに来るかもしれないのだ。
ピエール、ニア、キレニハはミールに恩を感じているのでそれでも助けたい、協力したいと言うかもしれない。
しかし他の9人の女の子達はそうではない。
ましてや陵辱された心の傷をゆっくりとこれから治していこうという時に、ゴブリンに連れ去られる可能性に怯えて暮らさせる訳にはいかなかったのである。
「だからお昼過ぎたくらいにいただろ?兵士達が。なにせガタリヤの兵士達だ。普通助けてもらおうと近づくよな?しかし違うんだ。お前達の場合は逆に始末されていたかもしれない。それほどゴブリンに犯された者達への不信感は強いんだ」
「・・・・・」
言葉が出ないという感じでミールの言葉を静かに聞く女の子達。
「さらに言うと・・・俺はお前達に謝罪しなければならない。実は通常は修復魔法で治療するんだが、ゴブリンの治療となると殆どの修復士が治療を拒否するんだ。理由はさっき言ったように関わった者達がさらわれていくから。実際ゴブリンの治療は難しいらしく、時間内に修復魔法をかけれても直らない奴は直らない。修復士としては成功する確率も低いのにわざわざ危ない橋を渡る必要はないってことさ。更にこれは俺も知らなかったんだが、ゴブリン化の治療は政府の許可がいるらしい。そして、リリフ達は正式な手続きで入国してるならまだしも、盗賊達にさらわれ密入国している状態だ。流石に世界序列2位のスーフェリア出身だとしても政府の許可が降りる事はまずないだろう」
「では・・・わたくしたちは助からないのですね・・・」
「いや、一応俺の知り合いに聞いて、触媒を扱っている人を紹介してもらえた。まあ、正直に言うと異端児の人なんだけどね・・・」
「異端児って??」
「魔法を使わずに直そうって活動している人達ですわ。お嬢様」
「え?そんな事が出来るの?」
「彼らから言わせると出来るらしい。しかし政府は認めていないし問題視もされている。恐らく使おうとした側も、使われた側も両方捕まるな。完全な違法行為だってことだ」
「・・・でも・・・それしか・・・」
「そう。それしか道はない。ガタリヤの修復士たちは見込みゼロだ。もうこいつに賭けるしかない。本当にすまん。こんな大事な事を黙っていて。しかも不安定な見込みしか無くて・・・申し訳ない」
ミールは深々と頭を下げる。
「ううん。頭を上げて、ミール。こちらこそ貴方が色々考えてくれているのは感じてたけど、なにも出来なかった。ツライ思いをさせてしまってごめんなさい。でも謝らないで。私全然恨んでなんていないもん」
「そうですわ。わたくしきっとこの事実を告げられていたら、ここまでこれなかったと思います。きっと足が止まってしまって生きる希望を持ち続けることも出来なかった。ここまで連れてきて頂きありがとうございます」
「・・・それにまだ終わってない・・私たちには異端児くらいがちょうど良い・・・」
「そうです、ミール。私たちはどんな結果になっても貴方に感謝する。ここまでこれたこと自体奇跡みたいなものだもの。もし残り少ない人生だとしても前だけ見て生きて行きたいの。だからミール。お願い、最後まで力を貸してっ」
女の子達3人はミールよりも更に深く頭を下げる。
必死に最後まで生きようとする女の子達にミールは目頭を熱くしながら
「わかったっ。ありがとう。とにかく全力を尽くす。それだけは約束する。必ず生きて全員でお祝いの乾杯をしよう」
「はいっ!」
ミール達はガタリヤの入り口近くの茂みに身を隠し、時間が過ぎるのを待つ。
「そういえばリリフ達って、もし助かったらスーフェリアに帰りたいのか?」
ミールがヒソヒソと話しかける。
「え?・・・わ、私は・・・家はもう焼けちゃって無いし・・・頼れる人もいないし・・・」
「でも財産はあるんじゃないのか?預金とか」
「ううん。魔法通貨も脅して奪い取れたって強盗達が言ってたもの。その他の宝石や装飾品、美術品とかも全部運んでたし・・・もし仮に残りが有ったとしても、とっくに誰かが奪ってるわ。お父様は私たちには優しかったけど・・・敵は多かったもの」
「そうか・・・」
「それに・・やっぱり怖い。また同じ目に遭うかもしれないもの・・・だから私は出来ればミールと一緒に・・・んっんんっ。ふ、2人はどうなの?」
「わたくしは・・・あまり帰りたくないですわ・・・どうしても思い出してしまいますし・・・」
「・・・・私も・・・帰るの怖い・・・」
「そっか・・・じゃあ私と同じだねっ。ミール。私たち出来ればミールと一緒にガタリヤで暮らしたい。ここでやり直したい、ここから始めたいのっ」
「そうか・・・わかった・・おっとそろそろ時間だな・・・」
ミールの魔法時計は0時15分になったばかりだ。
「いいか?最後の確認だが、とにかく1人として、ガタリヤの民に見つかりたくない。変な噂が絶対に流れるからな。とにかく街に入ってからが勝負だ。死ぬ気で俺についてこい」
「は、はいっ!」
「分かりましたわっ」
「・・・がんばる・・・」
「で、方法だが一列で走り抜ける。先頭は俺、次にリリフ、そしてルクリア、最後尾にセリーだ。身体の小さいルクリアを2人で挟み込んで駆け抜ける。全員しっかり手を繋いで離すなよ。もし離れたら直ぐに知らせるんだ。見つかる心配とか気にせず躊躇するな」
「手を繋ぐ・・・ミールと・・・手を・・・」
「お嬢様っ?大丈夫ですか?」
「ひゃっ!なんでもない。大丈夫よ!」
顔を真っ赤にして否定するリリフ。
「追加でもう一つ。走っている際は絶対に俺の顔を見るな。全員下を向いて、引っ張られる方向だけ信じて走り抜けろ。いいな?」
「わ、わかったわ・・・でもなんで?」
「ふふ。とっておきを使うからさ。お前達は絶対に見るなよ。作戦が全て終わるから」
「うう~ん。見るなと言われると見たくなるのはどうしてでしょう・・」
「・・・でも信じる・・・セリー、みちゃだめ・・・」
「わ、わかってますわよっ。で、でもミール様。そんな私たちなら拠点にされるという宿屋は受け入れてくださるのでしょうか?宿屋といえば客商売ですし・・・変な噂が立つのはご迷惑なのではないでしょうか?」
「確かにな・・しかし正直他に当ても無いんだ。1階が食堂になっている宿屋でな。もう3年くらいずっと借りてるから多少の事は目をつぶってくれると思うが・・・女将さんがとにかく図太い人でね。味方につけれれば心強い人だよ。ここは策はない、真摯にお願いするのみってとこかな」
「なるほど。了解ですわっ」
「おっと。そろそろ10分前だな。じゃあ結界を解除する。一応物音は立てるなよ」
ミールは結界を解き、辺りに注意を払う。
「ミール。どうして10分前なの?」
リリフが小声でミールに尋ねる。
「結界の中では別の国の結界石は使うと拒絶反応が出るって、さっき話したよな?その影響が出ないようにするには、大体10分前くらいに解除しておかないといけないのさ」
「へええぇ・・」
リリフは相変わらず色々と質問してくる。
生きる希望を捨ててない証拠だ。
ミールはマジックポケットから畏怖のお面を取り出す。
お面を装着してリリフの手をギュッと握る。
リリフは頬を紅潮させながらギュッと握り返す。
時間はちょうど0時30分!
「いいな。なにがあっても絶対に俺の顔を見るなよ。あと手を離すな」
「はいっ!」
「いくぞっ!」
ミールは門の近くまで足音をたてずに忍び寄る。
予想通り門番は交代の時間のようで、門に併設されている交番のような詰め所で、引き継ぎをしながら談笑しているのが見えた。
通りにも人の姿は全く見えない。
お店も看板の明かりは消え、静まりかえっていた。
よし!行ける!
ミールはスルスルーと門を通り抜け、そして走り出す。
角を曲がる、走る、次は右にっ!
女の子達も必死についてくる。
やはりルクリアが少し遅れ気味だが、リリフとセリーがしっかりと手を握って支えている。
よしっ。半分くらい経過した。あとちょっと!
なるべく静かに駆け抜けたいが、石畳になっている街道はどうしても足音が響く。
しかも石畳はデコボコしてたり、偶に穴が開いてたりで、ハッキリ言って悪路。
あまりしっかりと整備がされてない道のようだった。
ミールはなるべく注意しながら進むが、どうしてもドタバタ足音が出てしまう。
たまにびっくりした猫が飛び出してきたり、ビールの瓶を蹴飛ばしてしまったりして大きな音が出てしまっているが、もうここまで来たら四の五の言ってられない。
音が出ても構うもんか!
とにかく走り抜けろ!
行け!行け!行け!
唐突にぐいっと後ろに引っ張られる。
ルクリアが転んでしまったようだ。
しかもちょうど運悪く、路上で酒盛りしている連中の目の前で・・・
「おおうっ!お姉ちゃんっ素っ裸じゃねーか!俺っちと遊ぼうぜええ!」
「3人も引き連れてずるいぞ!俺たちにもまわせ!」
「うひょ~!かっわいいい!なになに?痴女プレイなの??」
早速絡まれる3人。あっと言う間に囲まれた。
「すみません。先を急ぎますのでどいてくれませんか?」
ミールが男達に声をかける。
「ああん!兄ちゃんっ。あんま調子にのって・・・・」
「てめえ!痛い目にっ・・・・・・」
「死にたくなかったらおとなしく・・・・」
男共はミールの顔を見ると、血の気が引いた表情になり
「うぎゃあああああ!!!」
「ひいいいいぃぃぃ!!俺が悪かったああぁ!」
「助けてくれえええぇ!」
と一斉に逃げ出す。
女の子達3人は、言いつけ通りに目をつぶってミールを見ないでいる。
「よし、走るぞ!」
ミールは前を見ながらリリフの手を握る。
リリフはぎゅっとその手を握り返しルクリアを、ルクリアはセリーをぎゅっと握りお互い大きく頷き、そして走り出す。
「見えたっ!あれだ!グワンバラの宿って所に走り込め!俺もすぐ行く!」
先に女の子達3人を宿に入らせ、付けてきている者がいないかを確認してからミールも宿に入っていく。
深夜にガランガランと扉の鈴が勢いよく鳴り響いた。
お互いに、はあっはあっと肩で息をする。
「よくやった。えらいぞ」
ミールはそれぞれ女の子達3人の頭を撫でた。
女の子達は汗だくになりながら、笑顔を見せ息を整えている。
「なんだいなんだいっ。こんな時間に・・・・おや?ミールじゃないかい?久し振りに帰って来たと思ったら、女の子3人も連れてきて。うちはラブホじゃないんだよ」
受付の扉から出てきたのは恰幅の良いおばさん。
黒髪の頭にはパーマを当てていて、動物の可愛い顔がプリントされているエプロンを掛けているが、横に引き延ばされてカエルのように見えてしまっている。
ジロジロっと女の子達を見渡し
「まっ、エロいことをしに来たって訳じゃなさそうだけどね」
「グワンバラ。すまんが事情があって1部屋を1ヶ月くらい借りたいんだが・・・」
「ふんっ。なんだいなんだい。面倒はお断りだよ。帰っとくれ」
グワンバラは全く取り付くしまもないって感じで、あっさり手を横に振り、奥に引っ込もうとしている。
「ちょちょちょちょっ!とりあえず話!話だけでも聞いてくれっ!頼む!」
ミールが頭を下げるのを見て、慌てて自分達も頭を下げる女の子達。
グワンバラは腰に手を当てて
「あんたねっ。うちは客商売だよっ?変な噂が広がったらどうするんだい?責任とってくれるのかい?勝手に巻き込まないでおくれっ!ミールっ!あんたは今日限りで部屋を引き払ってもらう!いいねっ!話は終わりっ、さあっ!出てっておくれっ!」
思いのほか厳しい言葉に、悔しさが込み上げてくるミール。
食ってかかろうかと思い一歩踏み出すより早く、リリフスピアーナお嬢様はグワンバラの前まで走り寄り、膝を折り足下にすがる。
「お願いですっ!私たちはどうなっても構いません!言われた通り直ぐ出て行きますっ!ですがっ!ミールまで責めないでくださいっ!ミールは絶望している私たちを救ってくれましたっ!唯一助けてくれましたっ!本当に本当に何度も励ましてくれましたっ!お願いします!ミールを責めないで・・・ううっ・・私たちが・・悪いから・・うっううう・・出て行きます・・・から・・ぅぅぅ」
最後は泣き崩れてしまい言葉を必死に絞り出す。
「本当にご迷惑をおかけしました。ミール様、ありがとうございました。そしてグワンバラ様、大変お騒がせ致しました。失礼します」
セリーはそう言うと泣き崩れているリリフを支えながら外に向かう。
ルクリアも大粒の涙を流しながら深くお辞儀をして、リリフを支えながら出て行こうとする。
「待ちなっ!」
怒号にも聞こえるような大きな声を出し、それを制止するグワンバラ。
腕を組んで仁王立ちしている姿は、まるで何処かのお寺や神社の、名のある守護神のようだった。
「なんだい。よく見れば服も着てないし靴も履いてないじゃないか。しかも身体中傷だらけ・・よほどの事があったんだろうよ。ふんっ。わかったよ。話だけは聞こうじゃないか。こっちおいで」
グワンバラは首をくいっとして奥の扉を開ける。
「さあ、とりあえず話だけでもしてみよう」
ミールは優しく3人に語りかける。
女の子達は涙を拭いながら頷き、ミールの後についてゆっくりと部屋に入っていく。
部屋はダイニングになっており、長方形のテーブルに椅子が8つ置いてあった。
グワンバラは左側の4つの椅子の1つに腰掛け、ミール達は右側の4つの椅子にグワンバラと向かい合う形で椅子に腰掛ける。
テーブルの上に置いてあるポットと湯飲みを並べ、お茶を出してくれるグワンバラ。
自らもずずずーっと音をたててお茶をすすりながら
「・・・で?・・なにがあったんだい?」
ミール達はこの2日間の事を詳細に語り出した。
奴隷商に犯されながらガタリヤに向かっていた事。
途中盗賊の襲撃に遭い、更に犯された事。
そしてゴブリン達に犯された事。
そしてミールが助けてくれた事、励ましてくれた事、ここまで連れてきてくれた事。
異端児の力を借りて助かるかもしれない事。
とにかくどんな結果になっても最後まで諦めずに生き抜きたい、虐げられたままで死にたくないっ!という決意を必死に伝える女の子達。
「そういう訳で、俺は直ぐにでも異端児のもとに向かって触媒を調達したいんだ。とにかく時間との勝負なんだ。お願いだっグワンバラ。力を貸してくれ!」
ずっと黙って聞いていたグワンバラだったが、バンッとテーブルを叩き立ち上がる。
「なにをしてるんだいっ!このすっとこどっこいっ!早く異端児だか異邦人だかの所に行っといで!この子達の事はあたしに任せときなっ!」
ミールは目を見開いて大きく頷くと、ダッと駆けだして外に出て行く。
「さてっ。じゃあまずは部屋に案内しようかね?ついてきな」
グワンバラはノッシノッシと歩き出す。
「あっあのっ!あり、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
リリフは何回も頭を下げる。
「ふんっ。年頃の女の子がこんなに傷だらけになって・・・大変だったろうに・・あたしゃ根性ある女は嫌いじゃないよっ」
深夜にも関わらず、がっはっはっと豪快に笑いながらミシミシっと音がする階段を上っていく。
グワンバラは2階の奥の方、宿屋の一室とは雰囲気の違う部屋に案内した。
「ここはね、前に住み込みで働いていた従業員の部屋なんだけどね。今は使ってないから。キッチンもトイレもシャワーもあるし、布団もギリギリ3人分敷けるだろ。ただし・・・」
グワンバラはカーテンを開き、窓を開けた。
ブワッと埃が部屋中を舞う。
「けほっけほっ・・・掃除は自分達でやっとくれ」
「は、はいい・・・あの・・・」
「ん?なんだい。美人なねーちゃん」
「私たち・・・もしかしたらグワンバラさん達を襲う可能性があるんです・・・それがゴブリンに犯された者の危険性なんだそうです。私たちが泊まっているという事が知られただけで大きな・・・とてつもなく大きな風評被害に遭われるかもしれないんです。本当にグワンバラさんの善意に甘えてしまって・・・泊まってしまっても・・・良いのでしょうか・・・」
グワンバラの優しさに触れ、危険性を黙っている事が出来なくなったリリフ。
追い出される覚悟で正直に真実を話す。
どうしても恩を仇で返してしまう可能性に抵抗があるようだ。
3人とも意気消沈といった感じでうつむいてしまう。
グワンバラはふうっと鼻から息を吐き
「ついといで」
それだけ言うとグワンバラは階段を降り、先程ミール達が話したダイニングに戻ってくる。
ダイニングから更に奥の部屋に案内すると、そこにはグワンバラと若い娘が笑顔で映っている魔法絵(写真のような物)が立てかけられており、左右にお花が飾ってあった。
「うちの娘だよ。20年前、旅行中にゴブリンに襲われてね」
「!!!」
驚きを隠せない3人。
「あの頃はね。もう必死で、政府や冒険者達にお願いしてね。娘を助けてくださいって。しかし返ってくる答えは決まって『もう手遅れだ』ってね・・・諦めきれずに、全財産はたいてクエストを発注してね。娘をゴブリンから取り返したのさ。しかし連れてこられた娘は、猿ぐつわをされて手足も縛られていてね。理由は直ぐ分かったよ。言葉も交わせないし、暴れまくるってのもあるんだけどね・・・目が違うの。ゴブリンにそっくりの真っ赤な瞳をしていてね。私に対してもウ~ウ~って唸っていたよ・・・何処かで自分に会えば思いだしてくれるはずって、根拠のない自信みたいなものがあったんだけど・・・見事打ち砕かれたって訳よ。結局娘は安楽死する事になってね・・・これはね。あたしの弔いでもあるんだ。なにもしてやれなかった私の贖罪。あんたらを利用して、自分自身にケジメをつけようって魂胆なのさっ。だ・か・ら・」
グワンバラは白い歯をにいっと見せて
「お互い様ってことだい。どーんと迷惑でもなんでもかけたらいいさっ!そんなもん吹き飛ばしてくれるわいっ!」
バンバンっとリリフの背中を叩く。
自然とリリフの目から涙がこぼれ落ちた。
リリフは3人でグワンバラの前にしっかりと整列をして
「グワンバラさん。本当に本当に迷惑をかけてしまうと思うのですが、どうぞ宜しくお願い致します。お礼は生きて帰れたら必ずお返ししますっ」
「ふんっ。それじゃあ食堂の手伝いでもしてもらおうかしらね。こき使うから覚悟しときなよん」
「はいっ!」
満面に笑みで答える女の子達。
「それじゃあ布団を運ぶの手伝っておくれ。ほれっ。そこの乳のデカい姉ちゃん!いくよっ」
「あ、はいいっ」
「それじゃあルクリア。私たちはお掃除をしましょう」
「・・・わかったっ・・・お水汲んでくるっ・・」
3人の瞳には希望が溢れていた。
続く




