ガタリヤ奮闘記②
不特定多数に犯され、さっきまで男なんて近づくのも見るのも嫌だって思ってた自分なのに、今はこの見ず知らずの男の笑顔にドキッとしてしまうなんて・・・
恥ずかしさを隠すように足取りに力強さが加わり、グングンと歩みを進めるお嬢様だった。
⇨ガタリヤ奮闘記②
1時間ほど歩いただろうか。
耳を澄ますと水の流れる音が聞こえてきた。
「よしっ。方向は当たってるっぽいな」
独り言を呟くミール。
歩みを進めると、川幅4メートルくらいの底が浅い川が見えてきた。
水流は弱くチロチロと流れている。水は透き通っていてかなり冷たい。
飲んでみるとすーっと身体に染みこむような感覚がしてとても美味しい。
近くに湧き水の源泉があるようだ。
ミールはマジックポケットから筒のような物を取り出す。
それに水を含ませ押し出してみると、ちょうど昔の水鉄砲のようにピューッと水が押し出された。
通常は焚き火に空気を送り出す時に使う道具なのだが、代用できそうだ。
「よしっ。じゃあ各自これを使って膣内の精液を洗い流してくれ。気休めかもしれんがやらないよりはマシだろう。俺は向こうで通話してくる。絶対に結界の外には出るなよ」
そう言うと結界石を地面に埋め込み、森の方に向かって歩いて行く。
口調が僕から俺になっているのは、ミール的には相手を気に入っている証拠で、素の自分を出しているだけなのだが、女の子達には当然伝わっておらず少し戸惑っている。
しかし言われた通りにするしか道はないので、おとなしく言う通りに洗浄を始めた。
「ひゃあっ。冷たあぁぃい」
「お嬢様。我慢してください」
「うぐぐぅぅぅ」
「はいっ終わりましたよっ」
「じゃあ今度は私がしてあげるわっ!」
「い、いえっ私は自分で出来ますので・・・」
「問答無用っ!えいっ」
「ひゃひいいぃぃん。お、お嬢様っ。もっと優しく・・・ひんっ」
「ルクリアもよっ。観念しなさいっ」
「う、うん・・・きゃあぁぁん・・・」
女の子同士で洗い流しているのを遠目で確認しながら、ミールはガタリヤの商人ピエールに連絡を取る。
「よおっピエール。今話せるかい?」
「あっ、ミールさん。無事だったんですね。よかった。アニエスさんから連絡は貰ってたんですが、やっぱり実際に声を聞くまで心配でしたっ。全然大丈夫ですよ、話せます」
「ピエール今どこにいんの?」
「今ですね、女の子達を連れてガタリヤを出たところです。全員治療出来ましたので、もう大丈夫ですよっ。あと2日もすれば村に到着できると思います」
「そうかい。それはなによりだな。でな、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「あ、はい。ミールさんの頼みなら断れません。なんでも仰ってください」
「サンキュー。あのさ、ガタリヤで腕の良い修復士って知ってるかい?できれば紹介して欲しいんだけど」
「修復士ですか?一応いることはいるんですけど・・・どんな要件ですか?」
「言いづらいんだけど・・・ゴブリンなんだよね・・・」
「・・・・・なるほど。正直ミールさんもご存知の通り、ゴブリンとなると厳しいかもしれません。修復士としての腕の問題もありますが、ついでに口が堅い人、更には自己犠牲もいとわない人となると・・・いませんね」
「そ~だよなぁ。例えばさ、領主代理に相談して、専属の修復士にお願いとか出来たりしない?俺ドラゴン退治したし、恩は売れると思うんだよね?どう思う?」
「確かに領主代理アーニャ様に相談するのは1つの案だと思います。しかし恐らく治療する前にストップがかかる可能性が高いかと・・・専属の修復士が関わる。つまりアーニャ様や重臣達と関係が有る者が関わるという事ですから。政府としたらアーニャ様になにかあったら一大事ですからね。もしかしたらアーニャ様ご自身は協力したいと言うかもしれませんが、重臣や護衛の方達が全力で止めるでしょう」
「そうだよなぁ。難しいよなぁ」
「時間的には、あとどれくらい猶予があるのですか?」
「え~っと・・・あと40時間くらいかな・・・上手くいけば明日の夜、午前0時くらいにはガタリヤに着くと思う。その時点で大体35時間経過してる感じかな」
「なるほど。でしたら深夜ってことですよね?う~ん・・・」
「あ、そうだっ。ザザの村にいるパウニー。ガウディ一派の修復士パウニーさんに助けてもらうか?パウニーさんなら多分協力してくれると思うんだよね」
「なるほど・・・それは確かに可能性はあるとは思いますが・・・色々と障害が出てきそうですね」
「障害??時間的なことか?」
「いえ、時間の問題は多分クリアできるでしょう。僕の馬は以前ガウディさん達に酷使された影響でスピードを上げたりする事ができませんから間に合いません。ですが幸いにも、今ザザの村には沢山の馬がいます。つまりミールさん達、討伐隊が乗ってきていた馬ですね。なので通話で連絡して直ぐに村を出発してもらえれば間に合う可能性は高いと思います」
「そうかそうか。確かにな。俺ずっと荷車押してたから忘れてたわ。そうじゃん。確かに馬は沢山用意できるな。これの何が障害なんだ??」
「いえいえ。障害の話はこれからです。まずは単純にパウニーさんの修復士としての腕の問題ですね。通常は治療院を開いて10年くらい経験を積んでいる者が担当するんですよ。それほどゴブリン化の治療は難しいのです」
「ふむ。でもやってみる価値はあるよな?ダメ元で」
「いえ、ミールさん。多分そのダメ元すら出来ないと思います。つまり、例えパウニーさんの協力を取り付けても、修復魔法を使う事はもちろん、肝心の触媒すら手に入れる事は出来ないって事なんです」
「は?!なんで??」
「ミールさんはご存知ないかもしれませんが、ゴブリン化の治療をするには、政府の許可が必要なんですよ。下手に治療に失敗して、むやみに住民を危険に晒すわけにはいかないので。なので政府の許可が出て、始めて触媒を購入する事が出来る仕組みなんです。そして・・・想像できるかと思いますが、政府のお役所仕事は絶望的に時間がかかります。人々のゴブリン化の不信感も相当なモノですから妨害も多いでしょう。今回は到着が深夜になりそうなのもネックですね。役場が開所するのを待つ余裕はないでしょうから。ガウディさん達はトリクメスタンのカントリーチームなので、多少発言力はあるとは思いますが・・・それでもなんやかんや理由をつけて審査を先延ばしさせ、妨害する事など容易でしょう。つまり猶予時間内に許可が下りる可能性は、ほぼゼロという事です。恐らく貴族以外の住民に許可が下りることはまず無いかと」
「・・・そうなのか・・・くそっ・・・」
ミールの頭は絶望感でいっぱいになる。
そんなミールの声を聞き、思わずクスリッと口元が緩むピエール。
相変わらず他人の為に一生懸命な人なんだなぁ・・・
恐らくこの人は無許可でゴブリン化の治療をする事には何の躊躇もないんだろう。
そして自分を助けてくれた時の境遇に思いを重ね、ピエールも覚悟を決める。
「ミールさん・・・・一応もしかしたら・・・可能性がある人物がいるかもしれないんですが・・・」
「おっ?まじで?」
「いや・・・ちょっと正攻法ではないんですが・・・ミールさん、一旦通話切ってもいいですか?ちょっと本人に確認してみます。結構遠出してることが多いので、ガタリヤにいないかもしれないので」
「了解了解。頼むな」
「・・・ふふふ、それにしてもミールさん。アニエスさんから、もう村から出発したと聞いてましたが、早速なにかに巻き込まれているんですねっ?」
「ほっとけ・・・」
「あははっ。では一旦切りますねっ。のちほど」
「おうっ。頼むな。よろしくー」
一旦通話を終え、ピエールからの折り返しを待つ。
ちなみに・・・あれ?ミールが森の中にいるのおかしくない?だって危険地帯は早く抜けたいって朝早くにザザの村を出発したじゃない・・・と、お思いの貴方。
そう、確かにあの時はそう思っていた。
しかし段々と歩みを進めるうちに、いつもの道楽が発動してしまったのだ。
このザザの森周辺を訪れたのは、久しぶりだという事もそうなのだが、何よりもミールの心をくすぐるのが淡水湖の存在だ。
森の中に唐突に現れる巨大な湖には、多種多様な魚が住んでいて釣りが楽しい。
そして釣り上げた魚も旨いのだ。
かなりレアで滅多に釣れないのだが、この湖に生息しているナマズはもの凄い美味。
こうして説明してるだけで、ヨダレが出てきてしまうほどなのだから。
なので、ミールは湖を目指して森の中を進み、途中で一泊。
ドラゴン討伐の期間中、ずっとキャラ作りを演じて疲れていたということもあり、グースカ寝ていた所に、今回の騒動に巻き込まれたという事だったのである。
女の子達は洗浄は終わったようで、不安そうにミールの様子を伺っていた。
ミールが誰と会話しているかなどは、会話内容が聞こえない仕様になっているので、全くわからない。
もしかしたらまた騙されているのかも・・・という不安の感情がどうしても出てきてしまう。
しかしもう、この男を信じるしかない。
まるで選択肢の無い人生ゲーム、そんな表情に見えた。
ミールは女の子達のもとまで歩いて行き
「ちょっとまだ時間かかりそうだ。とりあえず、これでも食べて待っててくれ」
マジックポケットからパンと干し肉を取り出し石の上に置く。
グキュルルルル・・・
食べ物をみた瞬間、誰かのお腹が鳴った。
「今日は食べ物は?」
「初めてです・・・」
「そうか・・じゃあゆっくり食べな。胃がびっくりするからな。ほれ、追加な」
ミールはさらに追加でパンを置くと森の方に歩いて行く。
「では有り難く頂きましょう。はいっお嬢様」
「ありがとう。セリー」
口調は少し変っても態度は優しいままだった事に少しほっとしてパンを頬張る。
「ふわわああぁぁ・・おいしい・・・」
「本当ですわね・・・パンってこんなに美味しかったんですね・・・」
「こんなにゆっくりと・・・しかも3人で食事出来るなんて・・とても嬉しいし美味しい」
女の子達は一心不乱にパンと肉でお腹を満たし、湧き水で喉を潤す。
少し日差しも暖かくポカポカとした陽気にも助けられ、落ち着いた3人に睡魔が襲ってきた。
しかしお嬢様はブンブンと首をふり
「いけないいけないっ!ダメよ、今は私たちの今後の人生の全てがかかっているんだからっ!さあ、靴を履いて何時でも出発できるように準備をしましょうっ」
お嬢様の意思のある言葉に2人は驚きながらも
「そうですわねっ。脱げないようにしっかり巻きましょう」
「うん。分かった・・・がんばる・・・」
女の子達が出発の準備を整えている時、ようやくピエールからの折り返しが来た。
「あ、お、お待たせしました。ミールさん」
あれ?・・なんかピエールの声が上擦っているような・・・気のせいか。
「ええっとですね。一応ガタリヤにはいるみたいです・・・ですが・・その・・・」
「ん?どうした?」
「実はですね・・・こ、これから紹介する人物は修復士ではないんですよ」
「ほお」
「ほ、本業は修復魔法の触媒などを専門に扱っている商人なんですが、ちょっと変わった奴でしてね。触媒の効力だけで病気を治そうと研究している・・・い、いわゆる異端児でして。結構政府にも目を付けられてるって噂もあるとかないとか。し、しかし触媒の知識は相当なものがありまして、実際自分も昔こいつに助けられた事があるので実力は本物です。ゴブリンの事も話したんですが・・・べ、別にそれが理由で協力しないってことはなさそうです。触媒も売っても構わないって言ってます。た、ただ、魔法を使わない方法なので悪影響が出る可能性も否定出来ません」
以前少し説明させてもらったが、この世界では魔法が全てなので、貴方達の世界でいう薬での治療という行為は全く発展していない。
ギリギリ食事療法などは、ある程度認知されているのだが、薬剤での内科的治療、物理的に患部を切開して治療する外科的治療、それら全ては異端児として奇異の目で見られることになり迫害を受ける事も少なくないという。
なのでそれらの通称、異端児達は細々と独自に研究している者がほとんどで、おおっぴらにしている者は少ない。
恐らく今回のグレービーという異端児も、ピエールだから紹介を受ける事にしたのだろう。
「なるほどな・・・しかし・・良いのか?つまり無許可で治療するって事だよな?これって違法行為なんだろ?」
「ええ。一応それも確認しましたが、問題ないそうです。まあ、ヤツはそもそも異端児なので・・・そういったしがらみは無いですね」
「そうか・・・でもピエール。お前も危険に晒すことになるぞ?」
「ははは。とっくに腹はくくってます。僕にとってミールさんの期待に応えられない事は
死も同然ですから」
「そうか・・・ありがとうな。ピエール。本当に助かるよ。じゃあ頼んでもらえるかな・・・この際、異端児とか気にしてる状況でもないし、お願いしてみてくれるかい」
「わ、分かりました。で、ではそう言っておきます。ただですね・・・もう一つ問題があるというか・・・こ、こいつ本人にもちょっと問題があってですね・・まあ個性的な性格をしてまして・・・あいつ・・・グレービーって言うんですけど・・・グ、グレービーは気に入った奴としか商売しないんですよ。い、一応自分の紹介って感じで会って頂いて・・・それからはミールさんの魅力次第って感じですね・・・すみません・・一癖も二癖もある奴でして・・・」
「なるほど・・・それは・・怖いな(笑)・・ま、しょうがない。こうなったら当たって砕けろだな。じゃあ場所を教えてくれ。明日の夜、午前0時くらいに着くと思うんだが、まだ店ってやってるかな?流石に閉まってるよな?」
「分かりました。ば、場所は星雲街の5丁目、グレービー商会ってとこです。時間は問題無いと思います。な、なにせ奴の店は日中は閉店していて夜になってから開店するんで」
「そりゃ好都合だな。おっけ。ありがとな。このお礼はまた今度」
「いやいや、お礼なんて・・本当は迎えに行きたい所ですが、お力になれず申し訳ないで・・・」
唐突にピエールの言葉を遮り、女の子の声が響く。
「ピエールさん!迎えに行きましょ!私はミールに協力したいのっ!」
「うわわわっ!ニ、ニアさん!ち、近いです!うわわっ!キレニハさんもー!」
「わ、わわわたしも協力します!ミールさん!」
「だから!2人とも落ち着いてぇー!」
なるほど・・・
ミールは一瞬で状況を理解した。
おそらく・・・
ミールから着信→「ミールさんからでした」「え?!ミールから!?」「ミールさん!?」→「ええ、実は◯◯みたいで知り合いに聞いてみます」→「どうだったの!?」「いけそうです。これからミールさんに知らせますね」「私も聞かせて!」「わわわたしもお願いします!」「えええええ?!」
てな展開だったのだろう。
通話は基本的に魔法膜に覆われるので、外部に声が漏れることはない。
しかし、その魔法膜内に首を突っ込めば会話が聞こえるし、こちらから話す事も出来るのだ。
だかしかし、魔法膜は結構、術者近辺に張られるのでスペース的にあまり余裕は無い。
ニアはもちろん絶世の美女。キレニハも愛想が良い可愛い女の子。
2人の美女に顔を近づけられてピエールの声は上擦っていたのだろう。
「ははは。聞いてたんですか、ニアさん、キレニハさん。こんにちは」
「うんっ!ミール、こんにちはっ」
「ミミミールさん!先日はああありがとうございましたぁ!」
「いやいや、キレニハさん。体調はどうですか?」
「はっ、はいっ!大丈夫です!」
「よかった。ニアさんも護衛ありがとうございます。問題なかったですか?」
「ええ。すれ違う冒険者すらいなかったわ。やっぱりドラゴン討伐に遠慮してるのかしら」
「かもしれないですね・・・で、先程の件ですが、今回は遠慮させてもらいます」
「え?!どうして!?」
「今、自分が何処にいるのか不明確なんで・・無事に合流できるかも怪しいですし・・あまり時間に余裕が無いので・・」
「そんな!例え時間かかっても合流できれば巻き返せるよ!何よりミール1人じゃ危ないでしょ?!」
まだミールの能力を知らないニアは、思いっきり心配する。
「それに・・なにより他の村人達をこれ以上巻き込む事は出来ないです。これからゆっくり心の傷を治さなきゃいけないのに、更にゴブリンに襲われる危険性を背負わせるなんて・・・分かりますよね?ニアさんなら」
「・・・そうね。ごめん、冷静じゃなかったわ私」
「え?どういう事ですか?」
「キレニハさん、あとで僕が説明しますね。ミールさん、今時間無いんですよ」
「そっか・・あの・・ミールさん、またいつでも遊びに来てください」
「ああ、キレニハさん。ありがとう」
「私も困らせてごめん。あの・・今度通知登録しようね、ミール」
「あ、そっか。ニアさんとはまだしてなかったですね。了解しました。またお会いしましょう」
「では、ミールさん。あまりお力になれず申し訳ないです」
「何言ってんだ。俺はめちゃくちゃ感謝してるし嬉しいよ。ありがとな、ピエール」
「こちらこそ。僕もこの件が済んだら帰りますので、またお店寄ってくださいっ」
「ああ、もちろん。じゃ、ありがとな」
「はい、お気を付けて~」
ミールが通話を終えた事に気付いた3人は立ち上がり整列、ミールの指示を待っている。
『なんかめっちゃ従順だな・・・』とは思ったが、こっちの方が都合がいいのでこのままで行くことにした。
「待たせたな。準備は出来てるな?」
「はいっ!」
「よし、では出発」
ちょっとした軍隊のようなやり取りを交わして前に進む。
そのまま川を横断して更に森の奥深くに入っていった。
さっきよりも一層ツタや雑草が生い茂り行く手を阻んでいる。
「ここら辺から少し危険な地域になっているはずだ。絶対に結界の外に出るなよ」
ガサガサッ
ミールが注意を促した矢先に雑草の中からバウンドウルフが現れた。
「ひいいいぃぃ!!」
思わず抱きしめ合う3人。
しかしバウンドウルフは何故かこちらに気付いてはおらず、辺りの匂いをクンクンと嗅いでいる。
構わず雑草を押しのけ進むミール。
ガサガサと音を立てて進んで行く一行の存在に、流石に気付いたのかグオオオンっと牙を剥き出しにして飛びかかってきた。
しかしその牙は女の子達には届かず、バチバチと閃光を放つ結界に弾き返される。
「キャインッ!」
バウンドウルフは驚きの声を上げ、その場から逃げていった。
「こういう感じでモンスターは結界に入って来れない。飛びかかってきても弾き返されるだけだ。更に奴らからは俺たちを視認する事も出来ない。匂いも音も姿さえも結界の力によって隠されている。だから結界内にいれさえすれば安全だ」
ミールは振り向きもせずに、雑草をかき分けながら説明する。
「あっあの・・姿が見えなく認識出来ないなら・・・なぜ・・今襲ってきたんでしょうか?・・・」
大きなメイドさんは知識欲が抑えきれずに、遠慮がちに質問してきた。
「今のは俺たちを認識して襲ってきたんじゃなく、雑草からガサガサと音がしたから怪しんで飛びかかって来たにすぎない。結界内の音は消せても範囲外に出たら音が出るからな。踏みつけられた雑草が戻ろうとしたり、木の枝が連鎖して範囲外の草を揺らしたり。そんな音を聞きつけ怪しんで飛びかかってきたんだろう」
「な、なるほどっ」
知識欲が満たされ頬を紅潮させる大きなメイドさんセリー。
途中何回か雑草の音に反応して飛びかかってくる者、たまたまミール達の進行方向で寝ていたモンスターが結界の力で弾き飛ばされる者(不幸)などがいたが、大きな問題も無く太陽もだいぶ傾いてきた。
「なんとか日が暮れるまでには森を抜けたいな・・・」
「ミール様。距離的には後どれくらいなのでしょうか?・・」
大きなメイドさんセリーは、少しくらいは大丈夫そうだと判断したのか、道中何回か質問してきている。
『私語は厳禁だ、質問するなと言っただろう』とでも言えば黙ることは間違いないが、あまり気まずい感じにはなりたくない。
ミールはそこそこの会話は許している。
「いや、今どこにいるのか分からないから答えようがないな」
「えっ?!そうなのですか??」
「ああ、全くわからん。一応魔法地図は持ってるんだけど俺のは旧式でね、太陽の正確な位置が分かればなんとかなるんだが・・・こう360度深い森に囲まれてると万事休すだな。多分ここら辺だろうなって事くらいしかわからん。結構ゴブリン達に移動させられて森深くまで入ったからな。正直これは運だ。上手くルートを辿れていると信じるしかない。その為にも早く森を抜けて太陽の位置を確認したいのだが・・・」
しかしミールの願いも虚しく辺りは真っ暗な闇へと飲み込まれていく。
暗闇の中を進むのは、大抵の者には恐怖や不安を抱かせる。
女の子達も例外ではなく、先程から3人固まって周辺をキョロキョロしながら進んでいた。
一応先頭はクルッピが光りを放ってくれているので、ある程度は視界が確保されているが、それ以外の場所は真っ暗な闇。
ずっと後ろを付いてきている者がいるかもしれない。
暗闇から誰かがジーっと覗いているのかもしれない。
唐突に手が伸びてきて、自分だけ暗闇に引きずり込まれるかもしれない。
そういった得も言われない恐怖が3人達に襲ってきていた。
ミールは歩きながらマジックポケットに手を入れ、新しい結界石を取り出す。
しばらくして結界が新たに発動した。
結界石の仕組みについて、少しだけ補足するとしよう。
通常の結界石の使い方は地面に埋め込み使用する。
そうすることで大地の力を利用して、長時間効果を発揮する事が出来るのだ。
しかし今のミール達のように、移動しながら使用していると大地の力を利用する事が出来ないので、結界は一応発動するが効果時間はかなり短くなってしまう。
例えば地面に埋め込むと12時間ほど効果があるルーン国産の結界石の場合は、移動しながらだと2〜3分ほどしか保つことが出来ないという感じだ。
しかしミールは偶然だが、効果時間を延ばす事が出来る事を発見している。
それはミールが保有している光の属性。
これを結界石に込める事で、移動しながらでも2~3時間ほどに効果時間を伸ばすことが出来るのだ。
当然、光属性の持ち主でないと意味が無いのと、ミールが光属性持ちという事がバレると困るので公表はしていない。
そういう訳で、ドーラメルク産という能力は抜群だが、効果時間が短い事がデメリットな結界石を、上手く使いこなすことが出来ているという訳だった。
「ひゃっ!今あそこ光らなかった?!」
「お、おおおお落ち着いてください。お、お嬢様っ。だ、大丈夫です。セリーめが付いてます」
「セリー・・・そんなに強く握らないで・・・手が痛い・・・」
ガサガサ!! グオオオオオオオンンン!!
「ぎゃあああぁぁぁあああぁぁ!!!」
「ぎょええええ!!!」
「きゅぅ・・・」
バチバチッ
「キャインッ!キャインッ!」
「はあっはあっ。びっくりしたぁ」
「お、お嬢様っ。ルクリアが気絶してしまいましたわっ」
「ちょ、ルクリアっ!しっかりして!」
「ぐぅ・・・・」
という感じで騒がしいこと、この上ない。
ところでミールは何故平気なの??と思った方もいるだろう。
確かに実際のところ、叫びたいのはミールの方なのだ。
読者の皆さんはご存知の通り、低級のモンスターはミールにとっては恐怖の大魔王。
通常であれば叫び声を上げて逃げている。
では今回は何故大丈夫なのかというと、もちろん女の子達を不安がらせる訳にはいかないってのも理由の1つ。
だが最大の理由は、結界内では恐怖が少し軽減される効果があるのだ。
故にお腹にグッと力を込めて痩せ我慢をし、平静を装う事が出来ているというわけだったのだ。
ふと辺りの風の質が変わる。
「おっ。森を抜けるか?」
ミールはしつこいツタを振りほどきながらなんとか進む。
急に視界が開けて目の前には草原が広がっていた。
「ふうっ。ようやく抜けたか・・・」
「わあぁっ。月が綺麗ねぇ」
「本当ですわねっ。星もまるでこぼれ落ちてきそうですわ」
「こんな夜空は・・・初めて・・・」
思わず立ち止まり空を見上げる女の子達。
ミールも少しだけ立ち止まってあげてから
「さ、行くぞ」
「あ、はいい」
また歩き出す。
「はあ・・・はあっ・・・・はあ・・・」
体力的には回復魔法のお陰で問題は無さそうだが、精神的には限界が来ているようだった。3人共に息が荒い。
ミールの魔法時計は20時を示している。
「よしっ、今日はここまでにしよう。よく頑張ったな」
ミールは唐突に立ち止まるとマジックポケットを出現させ、薪やお鍋、毛布などを取り出す。
「えっ?ミール様。お言葉ですが休憩している時間など私たちに無いのではないでしょうか?・・」
大きいメイド、セリーが異を唱える。
「確かに時間は無いな。しかし正直、どこにいるか正確にわからない今は、むやみに歩き回らない方がいい。逆に遠回りになる可能性もあるしな。明日の日の出の位置を確認して、まず魔法地図を使う。それから今いる大体の場所を把握して、最短ルートで突っ走る。それが1番助かる可能性が高い作戦だ。しかし今のままでは、明日ぶっ倒れる確率が高い。明日の深夜0時くらいで恐らく35時間になると思う。明日はとにかくぶっ通しで歩いてもらわなければ困る。そのためにも今日は休もう」
「は、はいっ。了解致しました」
正直身体・・・というか精神が限界近くになっていた3人は、心の底でホッとしていた。
「寝袋は3人分ないから、この毛布を3人で使ってくれ。結構広げると大きいから身を寄せ合えばいけるはずだ。今日は風が冷たいからな、朝は冷えるぞ」
「あ、あの・・ミール様。あそこの少し丘になっている場所、大きな岩が見えます。あれを風よけに使うのはどうでしょうか?」
「ダメだな」
「え?なんででしょう?」
ミールは薪に火を付け料理の準備をする手を止めずに答える。
「さて、何でだと思う?セリーさん」
急に名前で呼ばれてドキッとしてしまうセリー。
しかし前髪を整えつつ、直ぐに正気を取り戻し考え始める。
「う、う~ん。なんででしょう・・?見晴らしが良いから?・・・違いますわよね・・・う、う~ん」
「ああいう場所は・・・モンスターが集まりやすい・・・からかな?・・・」
「おっ。ルクリア正解。正確には人もモンスターも集まりやすいからってのが正解だな」
ルクリアも名前で呼ばれて嬉しそうだ。
ミールは絞めてある鳥を捌いて肉を切り分け、醤油と調理酒をふりかける。
それをホイルで包み込み、焚き火の中に放り込んだ。
「あのぉ。結界石があるのにダメなのはどうして?」
「なんでだと思う?リリフスピアーナ。理由は二つある」
お嬢様リリフスピアーナは頬を赤らめながら
「えっと・・・結界にも限界がある・・・とか?」
「おっ!正解だっ、リリフ。凄いな」
「やったっ」
「もう1つは分かるかい?」
ミールは沸騰したお鍋に野菜や肉を入れながら尋ねる。
「えっと・・・もう一つ・・・う~ん。なんだろう・・・」
「わたくし分かりましたわっ。結界石は人間には効果が無い。だから盗賊対策って感じですわねっ?」
「セリー、正解。正確には冒険者も含めた人間対策って感じかな」
ミールは銀紙に包まれたガタリヤ特製の味噌を、お鍋に少しずつ加えながら説明する。
「まず結界石には耐久値ってのがあって、ある程度の攻撃を加えられると破られる仕様になってるんだ。その耐久値は結界石の産地で変わってきて、俺が使っているドーラメルク産は1番丈夫だと言われている。まあ、最低ランクと言われている、この国、ルーン国産結界石でも並のデーモンくらいじゃビクともしないくらい、結界の力ってのは強固なんだけどね。でも用心に越したことはないってことだな」
ミールは焚き火の中に放り込んでいたホイルを取り出す。
ホイルの中からグツグツと美味しそうな匂いをした汁が顔を見せている。
それをお皿の上に盛り付けながら
「もう一つは人間対策だね。ああいう風よけ出来る所は人間にとっても休憩しやすい場所だから冒険者、商人、そして盗賊。色々な人が集まりやすいんだ。結界石で姿や匂い、音などは消せるけど、モンスターみたいに結界に接触しても弾かれないから。たまたま腰を下ろしたら結界の中に入ってて、中の人と目が合ったなんて事も、なきにしもあらずって感じだからね。君たちはもう十分理解していると思うけど、人間相手ってのが1番注意しないといけないんだ。優しいフリしていきなり襲ってきたりするからね、人間ってやつは・・・」
ミールは喋っていて注意するべき人物像に自分も当てはまっている事に気付き
「ま、まあ・・・俺にも警戒心は持っておけって事だな・・・ほら、出来たぜ」
ミールはパンとホイル焼きを載せたお皿と、野菜とお肉のスープがナミナミと注がれたお椀を3人に配っていく。
「あ、ありがとうございます」
「はぁ~。良い匂い・・・」
「さあ。サッサと食べようぜ。早く寝て明日に備えないといけないしな」
「い、いただきます・・・」
ホイル焼きを開けると中からモワッと湯気が出て美味しそうな鳥の胸肉が姿を見せる。
各自フォークだけ配られていたのでグサッとお肉に突き刺しガブリと噛みつく。
ブワッと肉汁が滴り落ちる。
お肉は柔らかく、歯で簡単にかみ切ることができた。
「おっおいしいぃぃ!」
「はあぁぁ、幸せですわ・・・」
「こんな暖かい食事・・・ほんと久し振り・・・」
黙々と食べる3人を見ながら、ミールもパンにスープを浸し口に放り込む。
結構多めに作ったつもりだったが、あっと言う間にお鍋は空になった。
「さてと・・・それじゃあ早く寝ちまいな。明日は日の出と共に出発するからな」
「は、はいっ!・・・・あ、あのぉ・・・・」
遠慮がちにリリフスピアーナお嬢様が尋ねる。
「ん?どうした?」
「えっと・・・その・・・少し結界石をお借りしてもいいでしょうか?・・・」
「ああ、う○こか。すまんすまん。はい、ティッシュ。いってらっしゃい」
「ち、違います!小さい方ですぅ!」
顔を赤らめ必死に否定しながらティッシュを受け取ると、3人で森の方に駆けていった。
ミールは調理道具などをマジックポケットにしまいながら焚き火に薪を足す。
周辺はシーンと静まりかえっており、パチパチと焚き火の音だけが静寂を破っていた。
どうやら近くにモンスターや人間はいないようだ。
ミールは頭の中で地図を描きながら、現在の場所の検討を付ける。
ミールの予想ではガタリヤとザザの村を繋ぐ宿泊ポイントよりかなり西側、ちょうど宿泊ポイントとヨウレン川の中間くらいかと思っていた。
『街道に出るよりかは、そのままガタリヤの街を目指した方が確実か・・・』
ゆらゆらと揺れる炎を見ながら、独り言を呟くミール。
街道に出た方が、商人などの馬車に乗せて貰える確率は上がるのだが、そもそもザザの村に行こうとする商人が少ない事、そしてドラゴン騒ぎで貿易自体も止まっている事が懸念材料だった。
そしてピエールの話からすると、ゴブリン化の事は隠す必要があるようだ。
しかし女の子達は、ミールが即席で作った布を纏っているだけ、ほぼ素っ裸の状態。
こんな女の子達3人(しかも全員美人)が歩いていたら、めっちゃ目立つし、邪な考えを持つ者や、色々と詮索してくる者も多いだろう。
無駄に刺激したくない・・・ミールは直接ガタリヤの街に向かう事を密かに心に決める。
どうか日の出が全然予想してない方向から出てきませんように・・・そう願いながら。
しばらくして女の子達3人が帰って来て、寝る準備を始める。
ミールも横になろうと背中に背負った剣を地面に置いていると
「あ、あのっミール!」
お嬢様がうわずった声で話し始める。
「ん?」
「私たちさっき話したんだけど・・・あんな事あって、あんな目にあって、こんな事言うのは馬鹿かと思われるかもしれないんだけどっ・・・」
キッと意を決して宣言する。
「私たちはミールに警戒心は持たないですっ」
「他の男達とは全く違いますわ!」
「ミールさんを・・・信頼してる・・・!」
「本当に助けて頂いてありがとうございます!」
「明日は頑張って走りますわっ」
「生き残って・・・元気になった姿を見てもらいたい・・・」
「お、おやすみなさいっ!」
「おやすみなさいませっ」
「おやすみ・・・」
ぐっと深々と3人とも頭を下げて、そして恥ずかしそうに毛布を頭から被る。
ミールはふっと笑顔になりながら
「おやすみ・・・」
小声でそう言ってゴロンっと横になるのだった。
続く




