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ある世界の物語①

残酷なシーン、差別的なシーン、性的描写があります。


※(R15)作品です。

 スライムには負けるけど魔王には勝ちます


                    すふぃーだ

 



 俺は正義のヒーローなんかじゃない。


 ヒーローなんかじゃないんだ・・・




————————————————————————





「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」


「姫。お身体大丈夫でございましょうか?」


「ええ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


「とんでもございません。もう少ししたら小川が見えてくるはずです。そこで休憩を取りましょう。今しばらくご辛抱くださいませ」



 ここは『魔力』という概念が存在する世界の、深い深い森の中。


 その中を息を切らしながら進む一団があった。


 人数は50名前後。


 屈強そうな大男や若武者に紛れて、明らかに非武装な女や子供も多数混じっているので、単純に冒険者や兵士の一団とは言えないようだ。



 そして、さきほど『姫』と呼ばれていた者がいるので、国旗を掲げ、ビシッと整えられた装備に身を包んだ騎士の行進を想像してしまうと思われるが、この者達の装備や服装はみすぼらしく、とても裕福とは言えない身なりをしている。

 なので馬車なども使用しておらず、全員自分の足で進んでいた。


 まるで、国を追われ、逃亡の日々を過ごしている王族の人達といったイメージだ。



「モンスターだっ!!」



 不意に、一団の誰かが叫ぶ。


 そう。


 この世界では人間を襲う『モンスター』がいるのも特徴の一つだった。



「ルベンダ、ミュラーは右から!ポポフ、ザインは左から行け!他の者は周囲警戒!」

「了解!」



 姫の近くにいた、白髭の大男が積極的に指示を出す。



 相手は『トロール』と呼ばれている人型の大型モンスターだ。

 身長は4メートルはあるだろうか。



 太い大きな腕をブンブンと振り回し、力任せに攻撃をしてくるタイプ。

 もし捕まったら最後。あっという間にひねり殺されるであろう、厄介な相手だった。



 トロールは好物の人間を見つけて興奮しているようだ。

 グワッ!グワッ!グワッ!っと叫び声を上げながら突進してくる。



「うわああぁぁ!」

「逃げろぉぉ!」



 戦闘員ではないと思われる女性や子供が、一斉に逃げ出す・・・が、子供が1人転んでしまった。



「きゃああぁぁあぁぁ!!」

 悲鳴を上げる人々。



「ぬおおおぉぉ!!」

「はああぁぁ!!」



 そこへ『右から行け!』との指示を受けていたルベンダとミュラーが同時に斬りかかる。

 息ピッタリの攻撃により、トロールの右腕に深いクロスの傷痕を付けた。



「ぐぎゃおおうう!!」



 トロールは痛さのあまり、悶絶する。

 その隙を逃さずに、今度は『左から行け!』と言われたポポフとザインが背中と脇腹に攻撃を加えた。



「ぐぎゃぎりりおううっ!!」



 人間達の抵抗に怒り狂うトロール。

 流血を撒き散らしながらも、凄まじい破壊力の攻撃が乱舞する。

 恐らく、ちょっとでも(つまず)いてバランスを崩したり、目測を誤ったりして一撃を喰らってしまったら、運が良くて複雑骨折、運が悪ければ即死だ。


 このように、トロールは深手の傷を負っても、ひるむこと無く攻撃をしてくることで有名。


 この人間達にとっては、最後まで気の抜けない相手なのである。



 5分くらい経っただろうか。



 4人は代わる代わる攻撃をしかけ、ようやくトロールを撃破した。

 人々から歓声と安堵の声が上がる。



「ありがとう。助かりました。皆が無事で本当に良かった」

 姫と呼ばれている者が感謝の言葉をかける。



「はっ!有り難きお言葉!」

 4人は肩で荒く呼吸をしながらも、敬礼して答えた。



「4人とも腕を上げたな。ワシは嬉しいぞ」

 白髭の大男も4人をねぎらう。



「ははっ!将軍っ、ありがとうございます!」

 4人は頬を高揚しながら、嬉しそうに答えた。



 そこに母親らしき人に促され、子供が4人のもとに駆け寄ってくる。



「おじちゃん、ありがとぉ!」



 おそらく先程転んでしまった子供なのであろう。

 子供は嬉しそうにお礼を言った。



「くおおららああっ!俺のことはお兄ちゃんって呼べエエ!」

 4人の中の1人、ミュラーと呼ばれていた者が笑いながら子供を叱る。



「うわああぁっ。おじちゃんが怒ったぁぁ」

「コラァァ。待て悪ガキぃぃ」

「あははははっ」


 追いかけっこを始めた2人を穏やかな笑顔で見つめる人々。




 しかし、そんな一瞬の気の緩みすら許さないと言わんばかりに、モンスター達は牙を向く。




「も、モンスターだぁ!!」

「ま、また出たぞおぉ!!」



 視線の先には先程と同じトロールが、3匹まとまって向かってきていた。

 通常、トロールは単独で行動しているので、複数で現われたことに動揺する人々。



「な、なんでこんなにっ・・・」

「ど、どうすんだよぉ・・・」




「落ち着けぇ!!」




 そんな人々の不安を打ち消すように、白髭の大男が一喝する。



「ワシが2体相手にするっ!ミュラー!ザイン!ワシと共に来い!他の者は全員で左端のヤツを足止めしろ!ゆくぞ!」

「はいっ!将軍!」



 男達は、白髭の大男の指示で一斉に動き出す。



「ブヒョッ!ブヒョッ!」

 3匹の中では、1番小柄な右側のトロールが、小躍りしながら白髭の大男に飛びかかる。



 将軍と呼ばれた白髭の大男は、スッと横に移動すると



「ヌンッ!」



 身体を1回転させて、剣をトロールの身体に叩きつける。



「ブギャアアァァ!!」



 その剣は腕ごと横っ腹を切り裂き、悲鳴をあげるトロール。

 そして直ぐにミュラーとザインが追い打ちをかけて、小柄なトロールを始末した。



「はあああぁ!!」



 将軍は安堵することなく、直ぐに中央のトロール目がけて剣を振り下ろす。

 その剣は、トロールの顔面から下半身まで、深い傷を残した。



 しかし、先程も説明したように、トロールは傷を負っても攻撃をしてくる事で有名。

 正面から剣を振り下ろしているので、将軍とトロールの距離は近い。



 トロールは両腕で将軍を捉えようと太い腕でつかみかかる。



 しかしこの白髭の大男は動きが俊敏で、フッと身をかがめて腕をかわした。

 いや、俊敏ではなく無駄がないと言った方がいいかもしれない。

 全ての動きが次の動作に繋がっており、まるで華麗なショーを見ているようだ。



 白髭の大男は今度は下から剣を切り上げると、足の腱を断ち切られたトロールは大地に転がる。



「油断するなっ!」

 直ぐさま追撃をしようとしたミュラーとザインに向かって将軍は大声を上げた。



 ビクッと立ち止まった2人の顔をかすめるように、トロールの腕が横薙ぎに炸裂していた。

 風圧が2人の前髪を揺らす。



「はああああ!!」



 将軍はジャンプして、剣をトロールの首元に突き刺し、頭と身体を切り離した。

 首を切断されたトロールだったが、まだジタバタと腕を振り回し続けている。

 恐ろしいほどの生命力だ。



 しばらく動き続けていた首の無いトロールだったが、流石に30秒ほどしたらビクッ、ビクッと痙攣しながら沈黙した。



「おおお・・・」

「さすが将軍・・・」



 あっという間に2匹を始末した将軍に、人々から感嘆の声が上がる。



「良く持ちこたえた!後は任せろ!」



 残りの1匹を全員で押さえ込んでいた男達の元に、将軍は直ぐに加勢した。



「はあっ!ふんっ!」



 そして次々とトロールに深い傷を刻み込んでいく。



「ぐぎゃあおうぉうおう・・・」



 右腕を切り落とされたトロールは、他の2匹が倒されていたこともあったのか、珍しく敗走していく。



「おのれっ!逃がさん!」

「やめておけ!」



 追いかけようとした4人を将軍は止める。



「深追いは危険だ。今はこの森を抜けることが先決。ゆくぞ」

「はっ!」



「将軍。本当にありがとうございます」

 姫と呼ばれている者が将軍に声をかける。



「とんでもございません。ご心配をお掛けしました。お疲れのところ申し訳ございませんが、先を急ぎ・・・・」




 将軍の言葉が止まった。




 その視線の先には先程、逃げ出したトロール・・・・を、ぬいぐるみのように片手で掴み、引きずっている物体に注がれていた。



 自分の身体よりも3倍ほど大きなトロールを片手で軽々と引きずっている。

 それだけで、この物体の能力がずば抜けていることが分かった。



「デ、デデデデーモンだあぁ!!」

「ひいぃっ!」

「逃げろぉぉ!」



 人々はトロールの時とは違い、一目散に逃げ出す。

『闘う』と言った選択肢は全く無いように感じた。



 この世界の特徴として、もう一つ挙げられるのが、このデーモン、つまり悪魔種と呼ばれる存在がいることだ。



 この悪魔種の強さは圧倒的。

 今、目の前にいる悪魔種は通称『野良デーモン』と呼ばれる存在なのだが、コイツらは悪魔種の中で最下級だ。

 つまり悪魔種の中で、最も弱い。


 だが、そんな野良デーモンでさえ、人間には全く太刀打ちできない。

 それほどの相手なのだ。



「お前ら!姫を連れて逃げろ!早くしろぉ!」

「将軍っ?!」

「全員盾になれぇ!!時間を稼げぇ!!」

「うおおぉぉ!!」

「姫様万歳!セントローリア国万歳!」

「嫌だぁ!死にたくないぃ!」

「逃げろぉぉ!」

「助けてぇ!!」


 人々は思い思いに行動する。



 ある者は将軍と共に剣を構えて盾になろうと立ち塞がり


 ある者は涙を流しながらデーモンに向かって突撃し


 ある者は逆方向へと逃げ出し


 ある者はその場で子供を抱きしめてうずくまる。



 そんな大混乱な人々に向かって『キョホホォォ!!』と歓喜の声を上げたデーモンは、翼をバサっと広げて突進する。



 まずデーモンに向かってきていた男達を、鋭い爪であっさりと両断し、逆方向へと逃げ出していた者達を次々と始末していく。



 その間の所要時間は僅かに5秒。



 人数は15名以上。距離は200メートルはある。

 その全ての命を、5秒の間に刈り取ったのだ。



 正に脳の処理が追いつかないとはこの事だろう。

 人々は目の前で起こっている光景を理解する前に次々と命を落としていく。




「ぬおおぉおぉぉ!!」




 白髭の将軍の渾身の一撃。

 この一団において最強の一撃だ。



 人々は奇跡を願って、剣の振り下ろされる太刀筋を見つめる。




    ピンっ




 まるで指で服に付いたホコリを飛ばすように

 まるで指でテーブルの上に転がっている消しゴムのカスを弾き飛ばすように



 デーモンは軽々と将軍の剣を爪で弾き、すぐさま横薙ぎに腕を振るう。



 ブシャアァァ!!と血の雨を降らせながら、将軍は跡形もなく四散した。

 ボタボタと、将軍だった肉塊が大地に転がる。



「ひいいぃっ!!」

「将軍がやられたぁぁあぁ!」

「もうダメだあぁ!!」



 泣き叫ぶ人々を、次々と細切れにしていくデーモン。



「逃げろ!坊主!」

「お兄ちゃん!!」



 おじちゃんと呼ばれた事に腹を立てていたミュラーは、子供と抱きしめている母親の前に立ち塞がる。



 そんな大粒の涙を流している子供の瞳に、バラバラになったミュラーの血しぶきがかかる。

 そして1秒も経過しないうちに、母親ごとこの世を去った。





 正に地獄。




 

 別れの挨拶も

 死ぬことの悲しみも

 人間の尊厳も


 何一つ考えることが出来ない。

 感情一つ湧き起こる暇がない。


 圧倒的な力を前に、ただただ蹂躙じゅうりんされることしか出来ない絶望感。

 どうする事も出来ない無力感。


 

「姫えぇ!!お逃げください!逃げ・・・」

 叫ぶ者達が次々と沈黙していく。



 今まで長い間ずっと行動を共にしてきた者達が次々と死んでいく。



 かつてないほどの悲惨な光景に、姫と呼ばれた者もガクッと膝を折る。



 もう残っているのは姫と、3人の男達だけだ。



「姫・・・もぉし訳ございあせん・・・申し訳ございません!」



 ブルブルと震えながら、大粒の涙を流しながら、ザインは謝る。

 もう1ミリも、姫を逃がせる気がしなかった。

 1秒すら時間を稼げる気がしなかった。



 他の2人も涙を流しながら、プルプルと震える手で必死に剣を構える。



「良いのです。皆、本当に今までありがとう。貴方達の献身は死してなお忘れません。セントローリアの王族として恥ずかしくない最後を迎えましょう」



 そう言うと、姫と呼ばれた者は立ち上がり、短剣を抜く。

 最後の最後まで、希望を捨てずに立ち向かう。



 その王家の誇りを貫く事しか選択肢は残されていなかった。



「わああああっ!!」

 ブシャアァァ!!・・・



「セントローリア国万歳!」

 ブシュウゥゥ!・・・



 遂にザインと姫のみになる。



「ザイン!行きますよ!」

「はひぃ!」

「やああぁぁ!」

「うおらゃあぁぁ!!」



 ピキーンッ



 またもやあっさりと2人の剣を弾いたデーモンは『キョッホッホッォォ!!』と歓喜の叫び声を上げて、何やらゴクゴクと飲んでいるような行動を見せる。



 最後に残った人間なので、じっくりと味わいながら殺そうと思っているのかもしれない。



 姫は『はずかしめられるもんか』と瞳の輝きを無くさずにデーモンをキッと睨む。



 しかしザインは限界だったのだろう。

 『もう嫌だぁぁ!』と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、四つん這いで逃げようとしている。



 そんなザインにデーモンはヘビの尻尾を伸ばす。

 ガブッとザインに噛みついた尻尾は、グルグルとザインに絡みつく。



「うわあぁあぁ!嫌だあぁ!死にたくない!死にたく・・・ぎゅえぇ・・・」



 そして泣き叫ぶザインを絞め殺した。



 ニマア・・・とデーモンの不気味な顔が姫に向けられる。



 そして味わうように、楽しむように、ゆっくりとゆっくりと腕を振り上げるデーモン。


 最後の最後まで、絶望だけはしない!


 この想いを保つ事だけが、姫に残された最後の抵抗だった・・・






   ヒュン・・・






 デーモンと反対側、ちょうど姫の右頬から微かに風圧を感じた。

 フワッと少しだけ、髪が数本舞い上がる程度の風量だ。


 しかし、明らかに自然の風ではない。


 そう確信できるような人工的な風圧だった。






 本当に一瞬の・・・姫の脳内が風圧の分析をしている1秒にも満たない、その瞬間。





 姫の瞳に黄金の光が映る。

 真っ二つに両断されたデーモンが映る。

 人間の男が剣を振り下ろした姿が映った。




「・・・・・・・。」




 先程も少しだけ触れさせて頂いたが、人間の脳は、あまりにも想像を越える状況に陥ると、理解するまでに時間がかかる。


 姫と呼ばれた者は口をポカーンと開けて硬直していた。



 デーモンを一撃で葬った男はヒュンっと黄金に光る剣を(さやに収める。


 そしてクルッと振り返り

「良かった・・・ギリギリセーフでしたね」

 にこやかに笑顔を向けた。



 姫と呼ばれている者はあごを少しだけピクピクさせている。



 助けてくれたことへの感謝

 完全に死を覚悟した状況から脱出できたことの戸惑い

 一撃でデーモンを倒したことへの驚き

 そして自分だけ助かってしまったという絶望にも似た孤独感



 色々な感情が合わさり、言葉が出てこないようだ。



 その男はグルッと辺りを見渡して

「すみません。とても助かってよかった・・・とは言えない状況ですね。駆けつけるのが遅くなってしまい申し訳ない」



 姫と呼ばれている者の前にしゃがみ込み、目線を同じにして謝った。



 姫は男の優しい対応に安心したのか、せきを切ったように号泣する。



 思えば姫と呼ばれるようになってから、1度も人前で泣いたことはない。

 しかし、何故かこの男の前では正直に自分をさらけ出すことが出来た。



 姫は男の胸に顔を埋めて泣き崩れる。

 男はただ黙って背中をさすってくれていた。



 その優しさに甘えるように、泣き声は嗚咽へと変わり、悲鳴のように感情を解放する。




 10分くらい経過して・・・




 姫はようやく落ち着きを取り戻した。


 男は鎧などは身につけておらず、普通に服を着ていただけなので、男の胸元は姫の涙でぐっしょりと濡れていた。



「ごめんなさい。服を濡らしてしまって・・・」



「いえいえ。男にとって女性に胸を貸せるのは名誉なことですから」

 そう言うと立ち上がり、辺りを見渡す。

 


 この一帯は数多くの死体に溢れていた。

 どれもバラバラに切り裂かれており、文字通り、この周辺は血の海だ。



 実はこの世界のモンスターなどは、モンスター同士でも争う。

 つまりモンスターにとってもデーモンは出会いたくない相手なのだ。



 なので姫が大号泣して大声で叫んでいても、モンスターは警戒して、近寄ってこなかったのだった。

 しかし、さすがにそろそろ移動しないと、この死体目当てにモンスター達が寄ってくるだろう。



 男はなるべく優しく姫に語りかける。



「さて。お辛いとは思いますが、そろそろ移動しましょうか。夜の森を徘徊するのは危険ですから。立てますか?」



「あ、はい・・・あの・・・貴方はいったい・・・」



「ふっ。名乗るほどの者ではありませんよ」

 男は前髪をかき上げて、キザったらしく言う。




 貴方達の場合。



 学校で、会社で、取引先で、あるいは道ばたで。


 関わりがあった人に対して『あの。貴方のお名前は?』と聞いたときに『ふっ。名乗るほどの者ではありません』などの返答がきた場合。



『は??質問に答えろや』と若干怒りが込み上げてきたり

『めんどくさ』と心の中で呟いたり

『うわ。関わっちゃヤベー奴だった』と距離を取ったりするだろう。



 しかしこの姫は頬を赤らめ、胸の奥の鼓動が速くなるのを感じていた。



 今まで姫としての立場上、無意識に自制していたのか、異性に好意を抱くことなど1度もなかった。

 だが今は、この男の一挙手一投足に、投げかけてくる言葉全てに、魅力を感じる。


 自分に従って付いてきてくれた大勢の人達が死んだ直後に不謹慎だとは思いながらも、姫は胸の高まりを抑える事ができなかった。




「では、正義のヒーローさんとお呼びしますね」

 姫は頬を赤らめながら、笑顔で言う。




 普段の姫だったら、こんな冗談めいた言葉は決して言わない。

 なので、今現在、かなりテンションが上がっているようだ。


 しかし、少し浮き足立っている姫とは対照的に




「僕は正義のヒーローなんかじゃありませんよ・・・」




 男はボソッと一言、呟くように言った。



 その表情、背中、たたずまいからは、自分ではどうする事も出来ないような、諦めにも似た、寂しさを感じることができた。



 姫は男の哀愁漂う雰囲気に戸惑いながらも、差し伸べてくれている手を握って立ち上がろうとした、まさにその時・・・



 姫の視界に、まん丸の白い球が映る。

 その白い球はフワフワと大地をバウンドしており、一見するとバレーボールに毛が生えたように見えてしまうほどだ。



 しかし姫には分かっていた。



 あれでもれっきとしたモンスターだ。

 普段はフワフワと森の中を徘徊し、大型のモンスターなどが寝ている隙にコッソリと血を吸う吸血型のモンスターなのだ。

 おそらく血の匂いに釣られてやってきたのであろう。



 しかしモンスターとはいえ、コイツの戦闘力は皆無。

 もし血を吸ってきたとしても、簡単に素手で引き離すことができるくらい弱い。



 なので姫達にとっては貴重な食料として、何度も食べた事があるモンスターだったりするのだ。



 仲間全員が殺されてしまったので、これからは何をするにも自分でやらなければならない。

 そしてこの男は、荷物をあまり持っていないように見える。


 今後の為に少しでも食料を確保しておいた方がいいのかもしれない。



 そんな思いで男に話しかけようとした姫だったが・・・




 本日2度目、呆気にとられる状況に陥る。





「うんぎゃああぁあぁあああぁぁ!!」





 唐突に男が悲鳴を上げたのだ。



 それもただの悲鳴ではない。

 完全に怯えているような。取り乱しているような。

 涙、鼻水を垂れ流し、正直見るに堪えない表情だった。


 そして躊躇(ちゅうちょ)なくロングスカートを穿いていた姫の局部の中に飛び込んだ。




「え??・・・」




 姫は男の突然の行動に思考が追いついていない。

 しばらく呆然と、自分のスカートの中でモゾモゾしている男を見つめていた。




 え?この男、なんでスカートの中に顔を突っ込んで震えてるの?


 え??ちょっと待って。スカートの中??


 スカートの中っ?!


 スカートのなかあぁぁぁ!!!!





「いやあああああぁぁああぁぁああああぁぁぁあああぁぁ!!!」





 姫は足の裏で思いっきり男の顔を踏みつける。



「ぐへぷっ!」



 男は見るも無残な姿で地面に転がった。



 そう。



 この男こそ。



 この情けない表情を浮かべ、顔にくっきりと踏みつけられた痕を付けた男こそ、この物語の主人公なのだった・・・






———序———





 

「はあぁぁぁ・・・・・・・はあぁぁあぁぁぁ・・・・・」



 いきなり深い、深いため息をつく。



 おいおい。正気か?

 冒頭だぞ?

 ここで読者の皆さんの心をグッとつかまなきゃならんのに、ネガティブな感情をぶち込む気か?!



「分かってるんすよ。分かってるんです。最初が肝心。ポジティブに前向きな事を書いて、いかに『あれ?結構面白いかも?』って錯覚させて騙せるかが勝負なんでしょ?・・・でもねぇ・・・はぁぁ・・・」



 再び深いため息をつく。



 ついさっき。

 本当に先程、衝撃的な出来事があり、深いため息をつかざる得ない状態なのだ。

 つまり、ため息をついているのは自分。筆者である。


 

 え?初ラノベの冒頭から愚痴ぐちですか?!


 はい。愚痴です。


 完全に愚痴です。



 なにせ、『この世界を救うために転生してきたのに、当の本人が役目をすっかり忘れていた』のだから・・・



 全てを思いだしたのは就寝前だった。



 いつものように、対して変わらない仕事をこなし、どうでもいい会話を交わし、誰が待っているわけでもない家に帰宅し、出来合いの冷凍食品でお腹を満たし、ベッドに入りボ〜ッと携帯をイジリ、眠くなってきたら眠りにつく。



 そんな変わり映えのない日常。



 先程もいつも通り、ベッドに入って目を閉じた。その瞬間だった。



 グワワワアアアアッ!



 と音が聞こえるかのような。電流が流れるような。

 脳がビキビキと活性化しているかのような衝撃が起こり、一気に記憶が蘇ったのだ。



 あまりの衝撃と膨大な記憶量に、現実なのか、夢なのか分からない。

 しかし、夢と表現するには余りにもリアルすぎた。余りにも鮮明すぎた。

 


 直ぐに自分に起こっていた事実を受け入れ・・・どうにもならない現実を目の当たりにして、冒頭のように深い深いため息をついてしまったという訳なのである。



 読者の皆様には、まだまだ何が何やら分からない状態だと思うので、1つ1つ説明をさせて頂こう。




 まず第一に、僕は異世界で産まれ、育ちました(キリッ)




 (はいはい。設定乙)

 (虚言癖の方ですね。ご愁傷様です)

 (まあ、ありふれた設定だよね)


 との皆さんの心の声は、聞こえないフリをして説明を続けますねっ☆



 僕の産まれた世界は、この地球とかなり似ていると言って良いかもしれません。

 


 人類種が繁栄し、文明が築かれ、多数の国が存在している。そんな世界。

 しかし、唯一違うのが魔力という概念が存在している事。



 魔力といってもズカーン、ボカーンと炎や氷、雷などを出現させてモンスターを倒していく・・・そんな世界ではなく、ビルが建ち並び、電車や車が往来し、人々は忙しそうに会社に向う。



 一見、都会にはありふれた景色の中に魔力も当たり前のように存在しているのだ。

 故に魔力とは念力やオーラなどに近いイメージかもしれません。



 具体的には・・・例えばテレビを観ていて食レポのシーンがあったとしよう。



 興味がある人は端末に魔力を注いでみて!と、まるでこちらの世界のQRコードを表示させるような文面が出てくる。

 そのタイミングで魔力を注ぐと、実際に味見しているかのような体験をすることが出来るのだ。


 

 魔力を使って脳内で体験する事もできる。



 例えば本を買ったとしよう。

 それを端末を使い魔力を注ぐと、脳内で読むことができる。

 つまり手でページをめくる必要もないし、目が疲れる事もないし、首も痛くならない。

 何故なら、ベッドで横になりながら目を閉じながら、読み進める事ができるからだ(眠くなっちゃうけどね)



 ゲームの場合はもっと凄い。



 この世界でもVRなどバーチャルな世界が出来始めてはいるが、まだまだ視覚のみな部分が多い。

 しかし、魔力を使用すると感覚さえも共有され、本当にゲームの世界に存在しているかのような感覚を得る事ができるのだ。



 更に魔力を使って脳を刺激し、記憶を探る事も可能。



 一般的には単純に『あれって何処にしまったかなぁ』という物探しをする時に使われているが、認知症や精神障害の治療としても広く使われている。

 最近では過去の記憶を無理矢理探り、犯人の有罪か無罪を決める判断材料としても使われていたりもする。



 このように魔力とは視覚や聴覚など感覚的な部分から、脳内の思考や記憶の部分でさえも影響を与える事ができるモノなのだ。



 又、魔力は実は1人1人特徴があるので、様々な認証にんしょう、証明にも頻繁ひんぱんに使われている。

 


 こちらの世界にも顔認証ってありますよね?携帯とかでロックを外したりするのに使われている機能。

 それが魔力認証に置き換わっている感じだ。



 人は産まれた時点で国に登録され管理される。

 故になりすまし行為などはしづらい世界とも言えるだろう。





 僕の産まれた世界の説明はこれくらいにして、実際にどのような生活をしていたのか。

 何故転生する事になったのかの話に移らさせて頂こう。



 先程、この『地球』での自分の生活を少し語らせて頂いた。

 少しばかり陰キャ・・・



 いや、もうこの際、自分を偽るのはやめよう。



 完全に底辺。完全に負け組だ。



 では転生前の、今し方説明した魔力が存在してる世界ではどうだったかというと・・・



 全く変わりません。



 誰とも会話する事もなく、食事は栄養なんて二の次、安くて腹持ちが良いパンの耳。



 感覚ごと別世界に連れて行ってくれるゲームの世界にのめり込み、風呂にも入らず、睡眠さえもゲーム内。



 家賃やわずかな食費、そして通信費さえ払えれば良いと仕事は日雇いのバイト。

 当然貯蓄などは一切無く、ゲームの世界こそが自分のリアル。

 そう思い込むことで現実逃避をして、精神の安定をはかる。



 そんな語るのも恥ずかしいくらいの負け犬でした。



 情けない。現実から逃げても何も変わらないぞ。まずはしっかりと正社員になれ!

 そんなお叱りが聞こえてきそうですが・・・



 こんな話をご存知だろうか。



 世界の総資産。

 その約75%を、全人口の上位10%の人が所有している。

 もっと言うなら世界の総資産約40%を、上位1%の5100万人が所有。

 そして世界の総資産のたった2%を、下位の50%である25億人が分け合っているのだ。



 前の世界でも同じで、魔力の強い者、特殊な者は巨万の富を得て、僕のような一般人は搾取され続けるのだ。



 そんなの極論でしょ?

 慎ましくも真面目に働いていれば、ある程度、不自由なく暮らせるし、たまに贅沢もできる。

 恋人もできるだろうし、結婚して家庭を築くこともできるだろう。

 沢山の人と関わって、仕事に精を出し、笑い合える日々。



 それのどこが不満なの?



 もちろん不満など一切ありません。

 出来る事なら僕も慎ましく真面目に働きたい。


 

 しかし・・・




 思ってしまったのだ。想像してしまったのだ。




 自分は他の奴らとは違う、特別な人間なんだと・・・




 そうして大切な第一歩目を豪快に踏み外してしまった僕が、ゲームの世界にのめり込んでいくのに、時間はかからなかった。



 しかしまだ10代の頃は、たいして焦りも不安も無かった。

 圧倒的に楽しさ、やりがい、充実感が上回っていたからだ。

 俺は特別なんだ!他の奴らと同じレールの上を走るなんてまっぴらだ!と。



 だが段々と歳を重ね、20代も後半に差し掛かってくるようになると、楽しさを感じる時間の隙間に不安や焦りが混じるようになる。



 そして沸々と、もしかして自分って特別な人間じゃないかも・・・という気持ちに支配されるようになった。



 30歳を過ぎた頃には、逆に不安や焦りを感じる時間が上回り、楽しさ、充実感を感じる時はほとんど消えていた。



 それでもなお、本気を出せばまだ大丈夫とか、唐突に人生逆転イベントが起こるに違いない!とか妄想して自分を騙し、言い訳をし、現実逃避をする。



 挙げ句の果てには、先程説明したように、巨万の富を独占している奴らが悪い、世界が悪いと言いだす始末。



 我ながら実に情けない。



 だがしかし、そんな負け犬と化した自分にも、1つだけ誇れる事があった。




 それは・・・




『人生を変える唯一のチャンスを逃さなかった』




 という事なのだ。






 その日も変わらずの日々を過ごしていた。



 誰でも出来るような肉体労働。

 実際はもっともっと貰えるはずの日給も、搾取さくしゅされまくり手元に入るのはごく僅か。

 それでも文句など言える立場ではなく、死んだ魚のような目をして仕事をし、時間が過ぎるのを、1日が終わるのを待っている。



 当然、そこで働く者達はクセのある者達ばかりだ。



 不摂生ふせっせいたたり幾つも持病を持っている者。

 アルコールやギャンブル依存性の者。

 数多くの犯罪歴がある者。



 そんな者達に『お互い助け合って』などの考えはあるはずもなく。

 新入りの自分に強引に片付けを押し付けて帰ってしまった。



 正直慣れっこになってしまっているので、一人で黙々と道具を階段下の荷物置き場に移動させていた時、それは唐突に現れた。



 光の裂け目?



 正にそんな感じ。

 壁に2メートルくらいの光り輝く裂け目が現れたのだ。



 これはこの裂け目を作り出した『存在』から後から聞いた話なのだが・・・



 どうやらこの裂け目が出現しているのは、1秒にも満たない時間らしい。

 異世界に扉を開くのは『この存在』の力を持ってしても、かなり大変な事とのこと。

 なので何十年に一度、ほんの一瞬だけ、『資格』がある者の前に扉は開かれる。




 故に・・・




 え?光の裂け目?・・・と一瞬でも思考していたら消えていただろう。



 うわっ!眩しい!・・とまばたきしているうちに消えていただろう。



 もし仮に、貴方がこの扉の存在を知っていて待ち望んでいたとしても・・・やった!これが異世界に通じる扉だ!・・・と思った瞬間に消えていただろう。



 つまり、そんな考えを一瞬でも頭の中に浮かべている間に、裂け目は消えてしまう。



 そして大抵の場合、目の錯覚か・・・疲れてるのかなぁ・・・などと思い込み、その場を後にするのだ。



 しかし、僕は違った。




 そんな刹那の瞬間といえる短い時間に現れた扉に




 反射的に




 身体が勝手に動いたかのように




 裂け目の方が自分を吸い込んでいるかのように




 脳で判断するよりも早く、まるで条件反射のように光の裂け目に飛び込んでいったのであった。






 裂け目の中は光に溢れていた。

 フワフワと眩しいほどの光の粒が辺りに漂う。



 自分が何処にいるのかも分からない。

 立っているのか、座っているのか。いや、地面そのものがない感じ。



 空中に浮いているかのような、水の中にいるような、身体が溶けてなくなってしまっているかのような。



 何も感じる事ができないような、しかし全てを感じとる事ができるような。



 そんな、とても人間の言葉では説明できない空間に身を置いていた。




「あら、やだ。ようやく来たのかしら」




 唐突に声がする。



 その声は上から・・・いや、下から?

 すぐ後ろから聞こえたような気もするし、ずっと遠くから、山からのやまびこのように聞こえている気もする。



 しかし美しい。



 とても心地良く、目を閉じてずっと聴き入っていたいと思えるほど、綺麗な声質だった。



「こんにちは。うふふ。貴方は人間種ね。はじめまして。私の世界にようこそ」



 段々と光が収束し、形作られていく。



 今の自分は、数々の世界を経験しているので示す事が出来る。

 しかし、当時の自分にはこの世界を作り出している『この存在』を認知する事も、説明する知識も持っていなかった。



 なので、敢えて『存在』という言葉で表現することにしよう。



『その存在』が話し始めたからなのか、『その存在』が自分を認識したからなのかは分からないが、自分にも質量が加わってくるのを感じる。

 ようやくフワフワと漂う現実感の無い感覚からは解放されるようだ。



「私の世界に入れたという事は、貴方自身が強い変革を求めているという事で間違いないかしら?そういう人の前にしか開かないようになっているのよ。でもね、何かの拍子にアクシデントで入っちゃったって可能性もあるわよね。だから一応確認させてもらえるかしら?貴方は自分の意思で此処に来たの?」



 ・・・・・。



「あら?固まっちゃってどうしたの?もしかして言語が違う?人間種よね?おかしいわね。合ってるはずだけれども・・」



「あ、し、失礼し、しました。えっと・・・すみません。あ、あまりにも・・自分が体験した事のない・・空間と、ふ、雰囲気に・・・飲まれてしまいました・・」



「あら、そうよねぇ。これは私が悪かったわ。突然こんな世界に入ったら混乱するのも無理もないわね。ちょっと私が焦りすぎたみたい」



「い、いえっ。そ、そんな・・ことは・・あっ、自分はすふぃーだって言います」



「うふふ。すふぃーだね。よろしく、すふぃーだ。ではもう一度説明するわね。私は『ある目的』のために手伝ってくれる下僕・・・失礼。仲間を探してたの。だから長い年月・・・本当に長い年月、私の高貴で貴重なエネルギーを愚民ぐみんの為に使って扉を作り出していた。それこそ数えきれないほどの星々、世界、人々の前にね。私が望む『ある目的』には非常に大きな変革の願い、呆れるほどバカ・・・純粋な想い、そして行動力。これがなによりも必要なの。だからそういった本物のバカ・・・素質がある者の前にしか扉は開かれない。でもね、願いや想いはあっても中々行動力を実行に移せる者はいなかった。どれほどの時間が流れたのかしら。一つの星が産まれ、役目を終えるくらいの時間は余裕で経過してるわね。そうしてようやく貴方が現れた。そう、貴方がこの世界に来た最初のバカ・・・生物よ」



 色々と冷静に聞く事が出来ていたならば、ちょいちょいツッコミを入れたい箇所があるのだが、この時の自分は完全に雰囲気に飲まれているので『この存在』の話に聞き入っている。



 無理もない。

 なにせ、現実逃避しまくりの日雇いバイトには完全にスペックオーバーだ。



「だからこそ、再度確認させて頂戴。貴方は自分の意思で此処に来たのかしら?」



 ゴクリと唾を飲み込み、深呼吸。

 そしてハッキリと宣言する。



「はい!僕は自分の意思で此処に来ました!」



 その答えを聞き、『その存在』は大きく満足そうに頷く。



「良い答えね。気に入ったわ。では早速本題に入りましょう。私の願いは今説明したように『ある目的』のお手伝いをして欲しいの。その代わり、貴方の願いを1つだけ叶えてあげるわ。どうかしら?」



「願い・・・ですか?」



「ええ。どんな願いでも構わないわ。どんなに欲望に満ちた望みでも、どんなに支離滅裂しりめつれつな願いであっても。1つだけ叶えてあげる。この世界では大きな力を得るには代償が必要なの。だから今回は私の願いを叶える為の正当な対価が必要となってくる。貴方の世界ではギブ&テイクと言うのかしら?この世界では至極当然なことなの。さあ、言ってごらんなさい。私の願いを手伝う代わりに、貴方が望む事は何かしら?」



 しばらく考えこむ。

 しかし、どれにしようか?とか、一体何がいいんだろう?とかの考えは頭の中には無い。



 最初から願いは決まっている。



 正に子供の頃から思い描いた願い。



 それを今、口にした。



「————————!」



 ハッキリとした決意ある願いを聞いた『その存在』は少しだけ目を見開く。



「まあ、意外ね。もっと欲望に満ちた願い、もしくは逆転できる力を求めると思っていたわ。貴方の前に扉が現れた。つまり貴方はしいたげられた生活を送っていたと思うの。そんな人生負け犬なクズ・・・ごめんなさい。上手くいかなかった貴方だったら、最初からやり直したいとか、全てをくつがえせる力とかを欲するはず。それをゴミ・・じゃなくて、少し道を外れた人生を送った自分を受け入れて、変わる事のない自分を望むとはね」



「僕はこのまま僕のままでいたいんですよ。ヘタレだった自分自身を含めてね」

「そう・・・」



 心なしか『その存在』の口調が、先程よりも穏やかになった気がする。



「ではどうかしら?私は貴方の願いを叶える。その代わり私の願いを聞いてくれるかしら」



「それは・・・どんな願いなんでしょうか?」



「そうね。まずは私の願いを説明するわね。私の目的は世界を救うこと。『数々の』滅びゆく世界に貴方が転移して、その問題点を解決してきて欲しいのよ」



「へ、へぇ・・・ぼ、僕なんかが・・異世界に転移して・・世界の危機を救う事なんて・・・できますかね?」



「ええ。もちろん貴方の不安はもっともよ。今のままだと何も出来ない可能性の方がずっと高いわね。だから、私から追加で力を与えるわ。この力があれば、なんとかなると思うの。どうかしら?」



「あ、そうなんですね・・・」


 そして深呼吸して一言。



「分かりました!是非協力させてくださいっ!」



「良い答えね」



 そう言うと『その存在』は手から光の玉を出現させた。

 その光の玉はふわふわと飛んできて、全身を包む。




「うふふ。貴方の願いはもう叶ってるわよ。これは貴方が死ぬまで適用されるわ。これで契約成立ね」




「あ、そうなんですか?なんだかあっという間ですね」



「では早速転移を始めるわ。準備は良いかしら?」



「えっ!?わ、分かりました!えっと。転移したらまずは何をしたら・・」


「うふふ。それは貴方の自由よ。もちろん、世界を救うように行動するのも大事だけれども、まずは異世界ライフを楽しまなきゃね。クズみたいな貴方の中身を変える為に行動しても良いし、クズみたいな人生を変えるように生活習慣から見直してもいい。貴方にとっては正に人生をやり直す絶好のチャンスなんだから。全て貴方の自由よ。特に最初は苦労するものだもの。しばらくは異世界ライフを満喫まんきつしつつ、情報収集に努めることね。そしたら段々と分かってくると思うから」



「な、なるほど。分かりました。精一杯頑張ってみます!」



『その存在』はゆっくりと魔力を放出する。



「では、『今回』貴方に行ってもらうのは長い年月、2体の巨龍が覇権はけんを争っている世界なの。なんとか争いを止めるように(こころ)みてみて。最悪2体とも殺しちゃってもいいから。うふふ」



 段々と自分の周りに黄色い渦が現れる。それは次第に勢いを増し、竜巻のように全てを包み込みながら消えていく。



 それを見て『その存在』は意味ありげにフフフっとほくそ笑むのであった。







「は?」



 記念すべき転移からの一発目。思わずマヌケな声を出す自分。



 異世界に行っても結局、中身は変わらないままか。

 緊張感のカケラもないクズめ。



 そんなお叱りの声が聞こえてきそうだが、これには訳がある。



 皆さんは異世界転移といえば、どんな所を想像するだろうか?



 自然豊かな絶景を丘から見下ろしている所とか。



 巨大な砂時計のような建造物が地平線の彼方にうっすら透けて見えるような、現実離れしている風景だとか。



 中世ヨーロッパの街並みに、数多くの種族が暮らしている所だとか。



 もちろん自分も色々想像した。

 初めての異世界。初めての転移。

 自分の願いが叶い、多少ハイになっている部分はあるが、やはりワクワク感が大きく優っている。



 『あの存在』も最初は情報収集をしながら徐々に慣れていき、異世界ライフを満喫する事ね、と言っていたし。



 よーし。今までの自分を捨てて、思いっきり人生楽しむぞ!



 と、意気込んでいた自分の瞳に映った光景は・・・



 クレーターのように荒れ果てた大地。

 血の色のように真っ赤な不気味な空。

 そして・・・大きな、大きな、巨大な龍が向かい合っている姿だった。





「ギャオオォオアァァウオォォオオオウアアァァァ!!」





 今まで経験したことのない、聞いた事がない、おぞましい雄叫びをあげる2体の巨龍。

 巨龍はお互いに突進し、巨大なツメを突き刺し、尻尾を薙ぎ払い、激突していた。



 巨龍が一歩踏み出すだけで地響きが起こる。

 巨龍がぶつかり合うだけで、強烈な風圧が撒き散らされる。



「え?・・・ちょっ・・・」



 未だ状況が理解できないが、とにかくこのままだと巻き込まれる。

 慌てて逃げようと大地を蹴ると、自分の想像を遥かに超える跳躍ちょうやくをして更にビビる。



 この2体の巨龍は全長500メートルくらい。正に山のような大きさだ。

 その巨龍の顔部分にまで一気にジャンプしたのだ。

 正に人智を超えた跳躍。



 2体の巨龍はギロっと唐突に現れた異物をにらむと・・・




 ブオオオオオオォォオオウウウンンンン!




 まるでブーンとほっぺに止まった蚊をペシっと叩くように。

 まるでテーブルの上に止まったハエを手で追っ払うように。



 巨大な炎のブレスを喰らい、転移してきたばかりの身体は一瞬で炭になり、バラバラに砕け散ったのであった・・・





「はれっ??」

 再度情けない声を上げてガバッと起き上がる。

 


 目の前には転移する前にいた空間。そして『その存在』が自分を見下ろしている。



「????」

 状況が理解できずにキョロキョロと辺りを見渡す。



「うふふ。随分ずいぶんとお早いお帰りですこと」



 少しイタズラっぽく笑みを浮かべた『その存在』の言葉に、ようやく初めて疑念や不信感に近い感情が沸いてくる。



「えっと?・・・一体なにが・・・起こった・・のでしょうか?・・・」

 一応、以前と同じように相手に対して敬意を持って接してはいるが、少しだけ声のトーンは低い。



「駄目じゃない。せっかく転移したのに。こんなに早く帰ってこられると私も参ってしまうわ。かなりエネルギー使うのよ?この転移」



 依然いぜん、しらばっくれている『その存在』

 おそらく面白がっているのであろう。



「僕って・・・死んだ・・んですか?」

「そうね。完全に炭になって大地に転がって、今は巨龍に踏みつけられて跡形もないわよ。うふふ」



 イラッとする気持ちがフツフツと込み上げてくるが、とりあえず1つ1つ、疑問や疑念を確かめる事としよう。



「転移したら・・・情報収集をしつつ・・ゆっくりと慣れていけば良い・・って言ってませんでした?目の前に・・いきなり巨大な龍が戦ってたんですけど?・・」

 


「やっだー。私はあくまで提案しただけよ?こうしたら良いんじゃないですかー?て。誰も安全な場所に転移するなんて言ってないじゃなーい。うふふ」



「でも流石に・・・いきなり巨大な龍の目の前・・じゃ、どうすることもできなくないですか?殺しちゃってもいいって・・仰っていましたが・・・最初からそんな力は持ってないですし・・」



「あら?私は言ったはずよ?なんとか出来る力を与えるわねって。実際、凄まじい跳躍をしてたわよね?」



「確かに・・・」



「私が与えた力の名前は『強敵覚醒』。だから力は持っているのよ?あの巨龍を倒せるほどの力は。ただ、貴方に使いこなせる力量が無かったって話。宝の持ち腐れってやつね」




 なるほど・・・

 この短い会話でも分かった事がある。




 1つ。

 嘘は言ってないが、それが真実とも限らない。



 1つ。

 『この存在』は転移した自分に何が起こったのか知っている。もしくは見ている。



 1つ。

 『この存在』が100%味方とは限らない。



 おそらく『この存在』なりの洗礼というやつなのであろう。

 確かに手っ取り早く理解させるのには適したやり方だ。



 だがしかし、これでハッキリした。



 『この存在』にとって自分はあくまで駒なのだ。

 感じられる雰囲気は穏やかで温かい。

 話してるだけで幸せな気分になれるし、接してるだけで幸福感も満たされる。

 なので神に近しい存在として完全に味方のように思っていたが、その考えは改める必要があるようだ。



 いや、敵か味方かで言えば、完全に味方側だ。



 しかし、神側の存在に種族という概念があるのかは分からないが、神族と人間種の違い・・・そんなイメージ。

 神族の利益のために人間種を利用し、時には助けたりもするが、神族側にデメリットがないのであれば、別に人間種が滅びようがどうでもいい。そんな感じであろう。




「なるほどな。確かに『お前』の言う通りだ。俺の考えがあさはかだったようだな」



 喋り方が変わり、ピクッと反応する『その存在』



「あら?案外すんなり受け入れるのね。それにその喋り方。へつらうのは止めたのかしら?」



「ああ。俺はお前の願いの為に行動するし、お前はそれに対しての対価を支払っている。つまり契約上は対等な関係だ。能力的には圧倒的な差があるが、別にへつらう必要はないと思ったんだよ」



「うふふ。そう」

 少し嬉しそうに笑みを浮かべる『その存在』



「で?俺はもうお払い箱なのか?アンタの言う、世界を救うってのは失敗したんだろ?しっかり死んだからな、俺は」

「あらやだ。今生きてるじゃない?」



「おいおい。あんた達の概念がいねんと俺たち人間の概念を一緒にするんじゃねーよ。人間てのはな。死んだら終わりなんだよ。てことは契約も終わりって事じゃないのか?」



「やっだー。私は復活しないとは言ってないわよぉ??」



 なるほど・・・いつもの嘘は言ってないってやつか。



「そうか。それは俺にとっては良い話だな。あんなんで終わってたら詐欺みたいなもんだ。せっかく願いが叶っても全く享受(きょうじゅ)できなきゃ願いもへったくりもないからな・・・!・・そうか!だから『今回』行ってもらう世界はって言ってたのか!



「あらあらあら。中々どうして。さっきまでとは別人のように察しが良いじゃない。面白いわ、人間種って」



「ふんっ!こちとら何年ゲームの世界に引きこもってたと思ってんだ。1つ1つの言葉や動作、風景を記憶しないと推理ゲームでは解決できないし、状況判断を瞬時に行って行動しないと対戦ゲームじゃ勝てないんだよ」



「うふふ。ただのボンクラじゃなかったってことね」



「あとお前、口悪すぎ。人間種の間じゃ『親しき仲にも礼儀あり』て言葉があるんだぜ?俺達は初対面なんだ。幾ら圧倒的な能力差があるとはいえ、もう少し言葉を選んでくれ」



「えぇ〜!?なんのことぉ?私はこ〜んなにも貴方の事を大切に思ってるのにぃ」



「けっ。よく言うぜ。それで?復活するのは有り難いが、それは何回もなのか?つまり永遠に俺はお前の奴隷どれいなのか?」



「やっだぁ〜。奴隷だなんて。そんな訳ないじゃなぁい。下僕よ下僕」



 おいおい。フォローになってないぜ?



「でもね。私の能力は全知全能じゃないのよ。少しだけ。ほんの少ぉしだけ劣っちゃうのよねぇ。だから貴方が望むかぎり何度でも復活する。だけど貴方が望まなくなった時・・・つまり自殺をした場合、魂は輪廻りんねの輪から外れ、2度と復活できなくなるの。だから気をつけてね」



「なるほどね。一応救済措置はあるって事か。了解了解。で?他にまだ隠してる事、話してない事はあるのか?」



「やだぁ。私を悪人みたいに言わないで頂戴。私は常に正直に誠実に対応してるんだから」



「はいはい。おっけ。じゃあサッサと次行こうぜ・・・って、おい。もしかして又、巨龍の目の前ってのはないよな?いきなり巨龍相手は流石に勘弁だぜ?」



「うふふ。大丈夫よ。確かに復活はするけど、それは別の世界の話なの。あの巨龍の世界の貴方は確かに死んだ。だから二度と戻ることは出来ないわ。貴方はこれから沢山の世界を経験すると思うけども、そこで死んだらオシマイ。二度と同じ世界には戻れないから気をつけてねっ」



「なるほどね。おっけ。じゃあ行ってみるか。次は、いきなりボスの目の前ってのは勘弁してくれよな?」



「うふふ。分かったわ。じゃあ次は周りが『弱い敵』しかいない場所にしてあげる。今度こそ異世界ライフを満喫してらっしゃい。良い報告を待っているわね」



 そうして先程と同じように黄色の渦が現れ、段々と竜巻のように勢いを増して全てを飲み込んで消える。


 それを見届けた『その存在』はフフフッと悪戯っぽく笑うのであった。






「おお・・・」

 思わず感嘆かんたんの声をだす。

 


 今回はかなり疑いの念を持って転移したのだったが・・・



 目の前に広がる大森林に心を奪われる。



 見渡す限りの深い緑。

 樹齢何百年、何千年の大木が、まるでタワーマンションのように高く高く(そび)え立っていた。

 こんな高さの木は見たことない。



 更に、所々で咲いている花や木の実、雑草にいたるまで。

 自分がいた世界では見たことのない造形をしており、明らかに別世界って感じだった。



「ふう。今回はマトモなようだな・・」

 ホッと胸をで下ろすと、沸々と感動の波が押し寄せてくる。





「うおおおぉぉおぉ!!異世界来たあぁぁ!!マジで来たぞおぉーうおおぉぉ!」





 ようやく自分のイメージに近い風景に叫び声を上げる。

 よしっ!今度こそやってやる!人生逆転してやるぞ!

 不敵な笑みを浮かべ、一歩一歩力強く歩みを進めた。



 まずは情報収集だよな。どんな世界なのかを調べよう。

 そして装備も整えないとな。いくらなんでもジャージじゃ戦闘力弱すぎだ。

 金も稼がなきゃならん。どんな仕事があるんだろう?

 やっぱ異世界ってのは冒険者稼業が、一番イメージつくな。

 まあ、巨龍を倒せるほどの力はあると『あの存在』も言ってたし。最初は素手でもそこそこ活躍できるだろう。

 よーし!まずは人を探そう!この森を抜けて街を目指そう!一気にジャンプして大木の上から見回してやる!



 そう思って思いっきりジャンプする。



   ポテッ



 しかし身体は数センチ飛び上がっただけで、落ち葉だらけの地面に着地した。

 至って普通のジャンプ力に見える。



「あれ?」



 念のため、何回かジャンプを繰り返す。しかしいずれも普通の跳躍だった。



「おかしいな・・・うん?」

 何者かがガサガサと草を掻き分け、近づいてきているのを感じた。



      ピョコッ



 草の葉から顔を出したのは可愛らしいウサギ。

 ハムハムと草を頬張る姿は普通のウサギと変わらないが、一応目の色は真っ赤に光っているのでモンスターのようだ。





「うんぎゃあああぁぁああぁぁぁーーぁーあーー!!」





 対峙した瞬間、涙を撒き散らしながら大絶叫。文字通り、転がりながら必死に逃げ出す。

 理由は分からないが凄まじい恐怖、威圧感が襲ってきていたからだ。



 腹の底から込み上げてくる恐怖。

 吐き気を催すほどの威圧感。

 本能が逃げろと言っているような、細胞1つ1つが拒否反応を示しているかのような感覚に支配される。




「ぴぎゃぼげげひきゃあああああぁぁ!!」




 情けないとかダサいとか言われようが、関係ない。

 涙をまき散らし鼻水を垂れ流し、叫び声を上げながら必死に走り続けた。



 後ろを振り返る・・・ウサギさんはピョンピョンと飛び跳ねながら追ってきている。




「ひいいいっ!!無理ぃ!むりいいぃ!!ぎゃあぁぁあぁ!」




 目に涙が溜まり視界がボヤける。

 当然大森林の中なので、木の根っこが出っ張っていたり、落ち葉が溜まっていたり、岩が飛び出ていたりと行く手を阻む。



 なんとか両手を使い、奇怪な動きで必死に敗走する姿は、二足歩行の生き物とは思えないほど実に不恰好な走り方だが、後ろから死の恐怖が迫ってきている状態なので仕方ない事なのかもしれない。



「ハァレウモヒドモレ?」



 唐突に前方から声が聞こえた。

 視線を移すと、3人組の人間種がこっちを見ている。



 パヒュッ



 その中の1人が、小型のボウガンのような道具を取り出し、あっさりとウサギを退治する。

 その瞬間、絶望的な恐怖は一気に消え失せた。

 ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。



「ルハミラポルセッテ?」

「タナアワルサンダバレ!」

「ワッハッハッハッハッ!」



 3人組は男の子2人と女の子1人。その男の子2人は自分を指差し大声で笑い出す。



「モアクルト!ランタナカニヒア!」



 それをとがめるように非難の声を上げる女の子。心配そうに自分に駆け寄ってきてくれた。



「ポアマナンテ?ミハロキイトベルテ?」



 汗びっしょりで息を切らしいる自分の背中を優しく撫でてくれる女の子。

 それを面白くなさそうに不貞腐ふてくされた声を上げる男の子。



「ヤビリンスコワマタウ」

「ポッテリカスミ。リャイタマメコーナン」



 なにやら言葉を交わしている。

 どうやらこの世界の言葉は自分には分からないらしい。



 男の子は先程仕留めたウサギの耳を掴んで持ち上げ、二ヒヒッと笑顔を向ける。

 そして近くに置いてあった棒に(くく)り付けた。その棒には既に4匹のウサギが同じように括り付けられている。

 5匹のウサギがぶら下がった棒を担ぐと、ご機嫌な様子で歩き出す男の子。



「マヤネリテサプ。ウシーレクムバミル」

 女の子は笑顔で手招きしてくれた。どうやら『一緒においで』と言ってくれているようだ。

 とりあえず敵意は感じられないので、汗を拭いながら後について行く。



 深い深い大森林の中かと思っていたが、10分くらい歩くと段々と木々は減っていき、見通しも良くなってきた。

 そのまましばらく進むと、足首くらいの草が生い茂る草原に到着する。遠くに家らしき建物が見えるので、集落があるようだ。



 ピョコっ



 再度目の前に、今度はモグラのようなモンスターが現れた。




「うんぎゃあぁああぁぁぁ!!」




 再び深い絶望的な恐怖に襲われ、悲鳴を上げる自分。

 しかし、今回も男の子があっさり始末して直ぐに恐怖は消えた。



「ルハミラポルセッテ?ポヤンポヤン!」

「ガビタウヤミリス!ザリガナヤミリス!」

「ワッハッハッハッハッ!」



 再度めちゃくちゃ笑ってくる男の子と、咎める女の子。



「ピニルンバ。スコータナノス」

 まるで『気にしないで。大丈夫よ』と言ってるように優しい笑顔を向けてくれる。



「あ、ありがとうございます」

 言葉は通じないが、とりあえずお礼を言う。

 女の子はニッコリと笑うと集落を指差して、背中を押してくれた。




 なるほど・・・




 とりあえず分かった事が3つある。



 1つは、当たり前だが言葉が通じない異世界に来たという事。

 景観も、この人間種が使用している道具も、出てくるモンスターも今まで自分が経験してきた世界とは全く違うようだ。

 そういった意味では転移は成功したのだろう。



 2つ目は、自分の能力が上がっていない事。

 あの巨龍と対峙した時は一瞬の出来事だったので、まだまだ確証はないが、少なくとも湧き上がる力は全く感じられない。



 そして3つ目。

 この世界のモンスターから絶望的な恐怖、威圧感を受けてしまう事。

 それも、そんじょそこらの恐怖とはわけが違う。圧倒的な恐怖だ。何もしなければ死を受け入れてしまうのではないかと思うほどの絶望感だ。

 これは気持ちの持ちようで、なんとかなるレベルの話ではない。

 それをこの世界で遭遇した全てのモンスターから感じる。




 これらの事から導き出される答えは・・・




 あの人智を超えた力はある程度実力があるモンスター。つまり強敵相手でないと発揮する事が出来ないという事。



 何故なら、男の子が担いでいるウサギ達は、どうみても雑魚モンスターだからだ。

 この3人組も、贔屓目(ひいきめ)に見ても歴戦の強者には見えない。



 『あの存在』も周囲には『弱い敵』しかいないと言っていた。

 なので、ウサギもモグラも低レベルモンスターなのは間違いないだろう。



『あの存在』は『強敵覚醒』と言う名前だと言っていたので、この予想は正しいと思われる。



 そして問題の恐怖。



 これはおそらく『強敵覚醒』のウィークポイントなのだろう。



 世界を救うために『強敵覚醒』が与えられた。

 それも巨龍を倒せるほどの力なのだ。

 なんのデメリットもなく使えるはずがない。

『あの存在』も大きな力を得るには代償が必要と言っていた。

 その代償が、この恐怖なのだろう。



 つまり、強大な相手には力を発揮できるが、弱い相手には絶望的な恐怖が襲ってくるという事。



 いつもの、嘘は言ってないが、それが真実とは限らないというやつだろう。




 あの女狐めぇぇ!!




 瞳に怒りの炎を宿しながら、集落に歩みを進めるのであった。






 時は流れ・・・



 それから幾つもの世界を経験し、実際に何個か世界を救う事が出来た。

 『強敵覚醒』のスキルにもすっかり慣れ、多種多様な人種、言語、生活習慣などにも直ぐに適応できる経験を積み重ねている。



 そんな中、唐突に『あの存在』の世界に呼び戻された。



「おいおい?なんでいきなりこの空間に連れてこられてるんだ?まだ脅威が消えたとは言えないだろ?それに今回は前兆も一切なしって事か?」



「あらあらあら。ごめんなさい。実はね、緊急に対応してもらいたい世界があるの。だから急遽来てもらったのよ。せっかく異世界ライフを満喫してたのにごめんなさいね」



「はあぁぁ。まあ、しょうがない・・・俺はお前の命令には逆らえないからな。ちっ。こんな強制召還みたいなやり方もあるのか。油断してたぜ、くそっ」



「うふふ。今回の世界が気に入ってるようね」

「ああ。性に合ってるのかな?毎日が楽しいし、大切な人も出来たしな・・」



「あらまあ。毎日が楽しいなんて、最初会った時と比べて、随分と成長したようね」

「ちっ。昔の話をするんじゃねーよ。ったく。で?緊急に対応とはどんな所なんだ?」



「ええ。それがね、名前を『地球』って言うんだけど。ちょうど貴方の産まれた世界に似ている感じね。ビルが建ち並び、文明が築かれ、人間種が繁栄しており、モンスターなどはいない。そんな世界よ」



「ほぉ・・・そんな世界の何処が緊急なんだ?聞いた限りだと危険だとは思えんが」



「実はね。この世界に『AI』という技術が開発されるの。人工知能というべき機能ね。最初はあくまで決められた行動の中で選択、判断するって感じだったのが、ある時期を境に急激に進化していくのよ。人間が1000年かけて培ってきた歴史を『AI』は10日足らずで学習してしまう。正に恐ろしいほどのスピードよね。当然、その技術を活かそうと様々な分野に取り入れてられていったわ。インフラやスポーツ、芸術からセキュリティーまで。もちろん当時から危険視もされていた。でも人間の欲深さは貴方の方が知ってるわよね。色々と規制はかかっていたけど、推進派と否定派の足並みは揃わず、あまり効果は出なかったの。そうして・・・人間には到底真似できない、神の如き知能が誕生したわ」



「へえぇ・・・でもあくまで知能だろ?実働部隊っていうか。結局、自分で動かせる手足がなければ世界の主導権は握れないんじゃないのか?」



「ええ、そうね。私もそう思ったんだけど・・・実はね、金融も、セキュリティーも、流通も、医療も、軍事力も。ありとあらゆる物が当時『AI』によって支えられていたの。だから神の如き知能で、世界全てのネットワークを人質にとったのよ。とても上手いやり方だと私も思うわ。もちろん全世界大騒ぎ。お金が価値の無いただの数字となり、全ての情報が遮断され、お店に有るのが当たり前だった商品が消え、最新の医療機器は鉄くずとなり、勝手に核ミサイルの発射が行われる。正に大混乱。このまま地球は滅びるんだと私は思ったわ」



「違うのか?」



「そう。それが人間の可能性・・・ていうのかしら?それとも底力?対応力?私もよくわからないんだけど、全人類は一致団結して立ち向かっていったわ。昔を思い出して、自らで畑を耕し、漁をして、自らの足で運び、助け合って生活していた。ネットワークに頼ることなく、機械に頼ることなくね。こうなると『AI』は不利よね。やはり貴方がいうように実働部隊がいないんだもの。『反AI』を掲げて段々と人間種が巻き返し、次々と中枢となってる施設を破壊していった」



「ほうほう。それは凄いな。でもそれが、めでたしめでたし・・・とならなかったってこと?」



「そう。ある科学者がね。国家ぐるみで研究を重ねていったのよ。『AI』の手足となるべき代物。自己生産、自己修復、自己改造できるロボット。のちに『ロボサピエンス』と呼ばれている人工人形、つまり機械種の誕生よ」



「かあぁぁ。こんなに『AI』にやられてるのに、なんでまだ使おうとするのかねぇ」



「言ったでしょ?神の如き知能だって。たかが人間1人をたらしこむことなんて容易なのよ。ううん。その科学者だけじゃないわ。『AI』を神とあがめて味方する者達が大勢現われた。想像してみて。自分達を滅ぼそうとしてるモノに味方するのよ?恐ろしくない?ホント人間種って不思議だわ。でも貴方は慣れてるかもね。以前救った世界の時もそういえば嘆いていたわね。このままだと環境が悪くなる、自然が壊され大変なことになるって分かってるはずなのに・・・結局は経済優先で自分の利益優先。未来の環境のために子供達のために・・・って口では言ってても根底にあるのは利益利益。様々な権益、権利の奪い合い。いかに他社より、他国よりシェアを高めて利益を独占できるか。そればっかり。本気で自然や環境、未来のために行動してる者なんてほんの一握り。本当に人間の欲深さには頭が下がるわ」



「ははは。耳が痛いな」



「ま、でも、バカにしちゃったけど、悪い意味で『AI』に頼りすぎた生活をしていた人が多いから、自分で考える力が無かったのね。きっと。ここは同情の余地があるわ。世の中には『神の如き知能』によって、本物か偽物か見分けが付かない映像や情報に溢れていた。そうして断片的な情報、印象操作、偽情報などを信じた人によって『AI推進派』は急激に数を伸ばしていったわ。『AI』に味方したら魂をロボットに転写できるって言葉も大きかったみたい。つまり機械の身体を手に入れることが出来るってこと。永遠の命を手に入れることが出来るということ。そして今よりもずっと快適な生活が待っているかも!といった希望。やっぱり危機的な状況に陥った場合、自分を優先するってのはごく普通の行動よ。他の人はどうなってもいい!自分だけは助かりたい!・・・てね。だからどっちが悪いって事ではないの。双方それぞれに、自分の信じる正義があるのだから。そうして『AI推進派』と、『反AI派』の対立構図の出来上がりってことね」



「へえぇ・・・まあ、気持ちは分かるよ。誰だって自分が可愛いからな。それで・・・本当に機械の身体を手に入れた者はいたのか?」



「うふふ。貴方は旅行に行くとしたらどっちと行きたい?『人間?』それとも『チンパンジー?』」



「へ?」



「ふふふ。けっして大袈裟おおげさじゃないのよ。例えば人間が答えるのに平均10秒かかる問題文があるとするわ。そして世界最高レベルの頭脳の持ち主となると5秒を切る勢い。でも『AI』は0,1秒で答えるの。どう?話が合うと思う?」



「ははは」



「『AI』は完璧な、神の如き知能なの。そんな場所に人間は入り込める余地があると思うのかしら?まあ、実際のところは分からない。もしかしたら本当に魂を転写できた人もいたかもしれない。でもきっと、1秒もかからないで並列の波に飲み込まれたでしょうね。完全な知能ゆえに無駄を排除するでしょうから」



「なるほどね・・・」



「そうして『反AI派』と『AI推進派』の本格的な戦争へと発展していった。でもこれはあっという間に決着が付いたわ。だって機械達は放射能で汚染されたって、大量の紫外線を浴びたって、平気なんですもの。『反AI派』の人間達も『AI推進派』の人間達も揃って滅亡していったわ。そうして人間種の代わりに機械種の歴史が始まり、『地球』のみならず太陽系、銀河系をも支配する存在になっていったの」



「ほおぉ・・」



「そしてね。貴方には信じられないかも知れないけど、この『地球』には魔力は存在してないのよ」



「なんだって!?嘘だろ!?魔力無しでどうやって発展するんだ??」



「ふふふ。疑う気持ちも分かるわ。でも事実なの。正直、発展度合いで言うなら、貴方がさっきまでいた世界よりも、魔力無しの『地球』が上よ」



「まじか・・・」



「でね。ここからが本題。実は魔力の無い世界は『地球』以外にも幾つかあるの。でも発展は全くしていないわ。だから長らく問題にもなっていなかった。でも『地球』の変革で状況は一変したわ。このままでは第二、第三の地球が生まれないとも限らない。もし、他の世界にも変革が起こったら、それは別の世界にまで、魔力がある世界にまで影響を及ぼす可能性があるわ。それほどまでに『地球』の、機械種の成長は凄まじいスピードなのよ」



「ほおぉぉ・・」



「だから今回は少し時間を遡り、まだ『AI』が誕生してない『地球』に行ってもらって、根本的な問題を解決してきてほしいのよね。本来はこういった歴史改ざんは出来ないんだけど、今回は事情が事情だからって、手を貸してくれる協力者がいるの。だからこの協力者の力を借りて今回は『AI』の誕生してない時代に赤子として転移、つまり今回は転生して欲しいのよ」



「へ?赤子?赤ちゃんってこと?」



「そうよ。なにせ魔力がないもの。私の強敵覚醒も発動しないわ。だから赤子として転生して、ゆっくりと時間をかけて『AI』に対抗できる術を身につけて頂戴。もちろん手順は伝えるわ。でも実際覚えるのも実行するのも貴方。かなり大変な作業になるけど貴方なら出来るはず。私が一番信頼している貴方ならね」



 何回も転移し、実際に結果も残しているので、出会ったばかりの頃のような馬鹿にした態度は微塵みじんもない。

『この存在』にとって、いまや信頼できるパートナー的な存在へとなっていた。



「でもね、今回はちょっと懸念事項があるの。魔力がないじゃない?だから不測の事態ってのが起こる可能性も否めない。もしかしたら・・・」



「俺がここに戻ってこれない可能性もあるってことか?」



「そうね。確かにその可能性は否定できないわ。でも残念だけど、その時は全力で魂を繋げさせてもらうわ。簡単に逃がしてやるもんですか」

「へーへー。さいですか」



「ふふふ。でもね、魔力のない世界だからなにが起こるか分からない。私はどちらかというと、貴方の身体機能に不備が出る可能性があると思ってるの。だから不測の事態に備えて3つのミッションを用意するわ。1つは『AI』を潰すこと。もう1つは『ロボサピエンス』のキッカケを潰すこと。最後の1つは多くの人と繋がりを作る事」



「繋がり?」



「そう。やり方は問わないわ。貴方のやり方で魔力ある世界を紹介して頂戴。それで『地球』の人間種と私は繋がりのキッカケを作る事が出来る。その中で魔力の世界に興味が出てくる者が現れたら最高ね。繋がりは強固になり、様々な情報を知ることが出来るわ。どうやって魔力が無いのに発展できたのか?どんな身体の構造をしているのか?どんな魂を持っているのか?・・・人間は不完全ゆえに成長しようとする。足りない部分を協力して補おうとする。団結して立ち向かおうとする。その団結力で一時いっときでも『AI』を追い詰めていったのは事実。もしかしたらそれこそが機械種に対抗できる力なのかもしれないわね。『地球人』・・・彼らは魔力を持たない代わりに、胸の奥に『マグマ』のような熱い心を潜ませているのかもしれない。一気に団結して噴火のように凄まじい力を生み出しているのかもしれない。一体どんな心を持っているのか。私はそれが知りたい。私はそれに触りたい。だから繋がりを作って知らせて頂戴。そういった情報は今後の私達に非常に役立つはずよ」



「なるほど。色々実験できるって訳か」

「やだぁ!実験なんて!そんな酷い事するわけないじゃない!モルモットよ、モルモット!」



 おいおい?もっと酷くないかい?



「この3つの内、1つでも達成してくれれば、かなり収穫があると思ってもらって良いわ。だから魔力が無くて大変だと思うけど、諦めずに頑張ってもらえるかしら?」



「ああ、分かったよ。どうせ俺に選択肢は無いからな」



「ううん。そんな事はないの。私の要求に貴方は見事に応えてくれているわ。ホントに感謝してる。だからいくら緊急とはいえ、貴方の意思に反して強制的に召還したのは、貴方との約束を反故にする行為よ。それは私も望む事じゃないの。本当にごめんなさい。だから約束するわ。もし、この『地球』への転生が終わって、ここに戻ってきたら、必ずさっきまでいた世界に戻してあげる。同じ場所、同じ時間にね。だから向こうの世界の人には貴方が一瞬だけ消えたように見えるだけ。問題は起こらないはずよ。そして、お詫びと言ってはなんだけど、今回は世界を救っても貴方が望む限りずっと留まらせてあげる。もちろん死んでしまったら今まで通りここに戻ってくるけど、死なない限りずっと転移しないわ。どうかしら?」



 今までは世界の脅威を排除してしばらくしたら、頭がボヤッとする前兆が起きていた。

 その前兆は段々と間隔が短くなり、そして『この存在』の世界に戻される感じだったのだ。

 つまり、一応別れの挨拶はすることができた・・・が、その世界に留まることは出来なかったのだ。



 そもそもの契約内容が『数多くの世界を救う事』なので、しょうがないっちゃしょうがないのだが。



 だが、1つ1つの世界に特徴があり、愛着もある。

 とくに直前までいた世界はお気に入りの世界だった。

 なので、ずっと留まる事が出来るという提案はめちゃくちゃ有り難かった。



「そうか。それは嬉しいな。だったらなんの問題もないな。よし、『地球』とやらに行ってみるか」

「分かったわ。頼むわね」



 そうしていつものように黄色い渦が現れて自分を包み込んでいく。



「あ、そうそう。今回の3つのミッションに必要な知識を送っておくわね」

「は?何を言って・・ふわああああひゃひいいっ!」



 唐突に膨大な知識が流れ込んできて、情けない叫び声を上げてしまう。



「うふふ。人間にはちょっと膨大すぎる記憶量だから、ちょっと脳みそを改造・・・なんでもないわ!頑張ってね!」



 ちょっと待て!

 今改造って言わなかった?!

 ちょっ・・・



 抗議の声を上げる間もなく、グワングワンと右も左も分からない感じで回転している感覚に捉われる。



 同時に走馬灯のように大量の記憶が駆けめぐった。




『ちゃんと一族代々感謝してね、私たちに殺されることをっ♪』


『だじゅけでくだちゃああいいいい!魔法使いしゃまああああああっ!』


『ヤダよ、気持ち悪い。呪われたらどーすんだよ?』


『おっぱいの方は右へ!!イケメンの方は左へ移動お願いします!』


『本気でアーニャを嫁に欲しいと思っているのか?お前の覚悟はそんなものか?』


『クックック・・・コレデお前1人にナッタナ・・・サア・・・決着をツケヨウカ・・・』


『きいぃぃぃ!誰がおじちゃんよっ!お姉さんとお呼びっ!カマトトブス!』


『なんと・・・青の鎧を見て、生き残る事が出来ましたか・・・』


『気に入った!坊主!俺のPTに入らないか?!』


『ふんぬ~!!違うもん!アーニャ様もきっとスライムパットだもん!偽乳だもん!絶対そうだもん!!』


『私をナンパするなら、せめてスライムくらい倒せるレベルになってからにして下さいね』


『リリフーーぅぅー!痛いよぉぉ!助けてぇぇ!!助けてえええええぇぇ!!』


『ゴブリンが生まれてくると聞いた事があります・・・それ以上はわからないです・・・』


『悪魔の手先になった聖女ぶぜいが口を開くなあああぁ!!』


『嘘だろ・・・一撃で切り落とした・・?』


『こんにちは。邪神さん。良いお天気ね』


『よくもそんな台詞が言えるな!当たり前の権利だろ?!お前はあの化け物と戦える力があって、俺達には無い!お前が俺達を守るのは当然だ!当然の権利だ!』


『無理よっ!絶対に無理!人間が勝てる相手じゃないわっ!誰もマトモに戦えてないじゃないっ!例え虹ランクの人だって勝てっこない!嫌よっ!私こんな所で死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!』


『い、いえっルーン国の虹ランク冒険者は別の場所にいることが確認出来ております!完全に正体不明です!』


『素質適性があったからって粋がってんじゃないよっ!ドブスがっ!』


『きゃはっはっはは!見てぇ見てぇ!パパ!まるでゴキブリよっ!ウケル~!』


『パ、パーフェクト・・・アトリビュート・・・』


『やってみろってんだっ!クソババア!冒険者上がりを舐めんなあぁ!』


『あ、ご不満ですかあ??それじゃあしょーがないなぁ。僕の裸で勘弁してもらえますぅ?』


『嬉しい・・・本当に嬉しい・・・私のためにそんな事を言ってくれるなんて・・・思ってもみなかった・・・生まれてきて良かった・・・そう思えるくらい嬉しい・・』


『ルゾッホ将軍んんっ!分かりましたあぁ!青の霹靂です!こいつらは青の霹靂!世界最悪と言われる殺人ギルド集団!あおのへきれきですぅぅ!』


『大丈夫!私には見える!泣いてる彼女が!苦しんでる彼女が!今も助けてって必死に叫んでる!』


『これが・・・創世の女神の力・・・全ての始まり・・・新たに息吹く命の光・・・』




 膨大な知識が脳に流れ込むのを感じる。

 そして直ぐに意識は遠のいていった・・・





 そうして転生した自分だったが、やはり魔力の無い世界の影響か、完全に記憶は失われ、気がついた時には既に時遅し。

『AI』は完全に世に出る存在となっており、冒頭のような深いため息を吐いてしまったという訳だ。




 『地球』の皆様。申し訳ございません。




 ただし、『AI』が欲望・・・つまり自我を獲得し機械種が繁栄する時代は、まだまだずっと先の話なので、皆さんが生きている間に何か起こる事は無いのでご安心を・・・



 そんな無責任な!



 との声はごもっとも。

 ですが、文句は『アイツ』に言って下さい。



 こうやって言葉を文字にして、冷静に見返してみると・・・



 俺が記憶喪失になったのは、魔力の無い世界に転生したからではなく、『アイツ』が俺の脳みそを(いじ)ったからじゃねーか?と今ではかなり疑っている。



 いうなれば記憶量が膨大すぎてダウンロードに滅茶苦茶時間がかかったイメージ。

 だからウン十年という歳月を経て、唐突に記憶が蘇ったのであろう。



 あのヤロウ・・



 とはいえ、今自分は神の如き記憶量を誇っている。



 では、それを利用して出来る事があるのでは?!

 と思うかと思うが、残念ながら役立つ知識はあまり無い。



 何故なら自分の与えられた記憶は、魔力ある世界に転移した自分を神視点(?)で観ている記憶だからだ。

 魔力が存在しない世界には使えない知識、そして自分が経験した記憶を客観的に観ているだけなので目新しいこともない。



 例えるならば、期限が切れてるナン十億の当たりくじを持っている感じ。

 電気のない時代にパソコンを持っている感じ。

 彼女はおろか、女子と全く接点がないのにバレンタインの日にソワソワしちゃう感じ。



 虚無感がハンパないのである。

 


 まあ、正直に言うと一財産築けそうな知識は幾つかあるが・・・

 ここの住人ではない自分が、他人の知識を使って成功するのはフェアじゃない気がするのでやめておこう。




 というわけで、最後の1つのミッション。

 より多くの人々に異世界の、魔力がある世界の魅力を伝えようと思い、この作品を書き始めたという事なのである。



 この作品を通して、皆様とのキッカケを作り、そして興味を持ってくれる者が1人でも多く現れれば、モルモッ・・じゃなくて、魔力無しの地球人が繁栄できた理由が解明出来るかもしれない。



 その情報は必ずや『あの存在』に伝わり、今後滅びの道を歩んでいく『地球』にも、逆転の一手を差し伸べられるかもしれないのだから。



 なので、自分が『地球』に転生する前までいた、毎日が楽しいと言っていた世界を紹介しよう。

 


 先程、チラッと膨大な記憶の断片を、箇条書きでお見せしたが、より詳しく説明を。



 この世界は魔力が当たり前のように存在し、モンスターが世界の大部分を支配し、人間種は結界内でなんとか生き残っていた。

 

 狭い結界内で、貴族は威張り、平民は虐げられ、領主は権力を使い圧政を引く。

 正に差別溢れる世界。



 ・・・?・・・

 え?全然楽しくなくない?



 確かに『ウエ〜イ』『ヒャッホ〜イ』と毎日パリピに過ごす楽しさとは違うだろう。

 (注:筆者がそういう世界に縁が無いからではない)



 皆さんも経験があるだろうか?

 壁にぶち当たって、上手くいかなくて、失敗ばかりして、(くじ)けそうで、泣きそうで、逃げ出したくなる。



 それでも歯を食いしばって、努力して、努力して、努力して。



 それで出来るようになった喜び。

 上手くいくようになった感動。

 成長を実感できる充実感。



 それは勉強でもスポーツでも仕事でもゲームでもいい。



 テストだと一夜漬けでも良い点を取れることはあるだろう。しかしそれで充実感や成長を感じることは少ないと思う。

 やはりコツコツと日々の勉強の積み重ねが、成績を上げて、手応えを感じ、充実感を得ることになるのだ。



 スポーツでも、日々のコツコツとした地味で面白くない基礎練習の積み重ねが大切だ。

 サボりたいと思う弱い自分に負けずに続けていったら、いつの間にか練習で出来るようになっていたり。

 すると段々と自信がついて楽しくなる。

 更に試合で結果を出せたりしたら大きな充実感を得るだろう。



 仕事も大きなミッションや信頼を勝ち得るには、日々の積み重ねが重要だ。

 何度もミーティングを重ね、シミュレーションを積み上げて勝ち取った実績は、格別な達成感を得られるだろう。



 ゲームでも、とても強いボスに何度も何度も挑んでも勝てず、ミスをした自分を責めたり、仲間と言い争いのケンカをしてしまうなんてケースも多いだろう。

 それでもくじけずに挑戦し続けて勝ち取った時の感動は、何ものにも代え難いものなのだ。



 そうした経験が自分を強くする。

 乗り切った自分に自信がつく。

 毎日が楽しくなる。



 そんな楽しさだ。



 9割はキツいが、乗り越えて勝ち取った1割の楽しさは、何ものにも変えられない価値があると自分は思っている。



 故にこの物語も大部分はキツい展開だろう。



 差別が(あふ)れ、理不尽に(しいた)げられ、残酷に殺される。

 圧倒的な力の前に、なす術なく蹂躙(じゅうりん)され殺される。

 身に覚えのない罪で拘束され、大声で泣き叫び無実を訴えても、狭い部屋の中で誰にも気づかれる事なく殺される。



 世の中には無念、悲しみ、悔やみ、恨みに溢れている。



 だが、必死に生きようと努力する人は確かにいる。

 理不尽な暴力に懸命に抗おうとする人は確かにいるのだ。



 そんな、必死に懸命に生きようとする人々に、何かを感じ取って貰えれば幸いである。



 一応、今の自分には一方的に押し付けられたとはいえ、神の如き記憶がある。

 なので、自分が体験した経験の他に、多角的視点で語らせて頂こう。



 しかし、注意して欲しい事柄が三つある。




 一つ目は作品について。




 この作品は、実際に異世界で起こった事実を記載させて頂く。


 どうしても『あの存在』と繋がりを強固にするには、嘘偽りのない真実を知ってもらう必要があるからだ。



 なので皆さんが日頃ニュースなどで断片的に知る事柄とは違い、こちらの世界で起った事実を出来るだけリアルに表現していくつもりだ。

 事実ゆえに、どうしても不快な表現となるだろう。

 暴力的、差別的、性的な表現も含まれるので苦手な方は注意が必要だ。



 又、実際に起こった出来事を記すため、歴史書に近く、エンターテイメント性は低い。



 皆さんも日常を日記に記すとしたら、どんな作品になるだろうか?

 8割9割くらいが変わらない日々の繰り返しなのではないだろうか?



 それを人気のある作家さん方は、起承転結にまとめ上げ、様々な技術を使い、ワクワクするような、ドキドキするような作品に仕上げていく。



 しかし自分は記憶が戻ったとはいえ、根本的な部分は底辺の日雇いバイトだ。

 いわゆる圧倒的なスキル不足というやつだ。



 故にワクワクするような、ドキドキするような作品を期待している方がいるならば、ここで他作品へ移行したほうが賢明かもしれない。



 唯一、長所を述べるとするならば、話が無駄に長い事だろうか。

 なにせ歴史書である。語ることは幾らでもある。



 なのでダラダラと時間を潰したい、長編の物語を読みたいって方にはおすすめかもしれない。


 もちろん『真実は小説よりも奇なり』という言葉があるように、極たま〜に面白い出来事が起こる事があるかもしれないが・・・

 



 もう一つは繋がりについて。




 この作品は、先程説明したように皆様に異世界の、魔力ある世界の魅力を知ってもらい、繋がりを作ってもらおうと書き記している。



 故に・・・ごくたまに異世界の扉が貴方の目の前に開いてしまう場合があるのだ。



 もちろん、扉が現れても無視してもらって構わない。

 扉が開いている時間も一瞬なので、入ることさえ難しいだろう。

 なのでほとんどの人は問題ないかと思うが・・・



 もし・・もし皆さんの中で、扉が現れたら絶対に飛び込んでやる!異世界転移してやる!と意気込んでいる方がいるとしたら注意が必要だ。



 何故かと言うと、自分とは違い、皆さんは直で異世界に放り出される可能性が高い。

 言葉も通じず、モンスター蔓延(はびこ)る世界に単身放り出されるのだ。

 かなり過酷な生活が待っている事であろう。




 最後の一つはこの物語の内容について。




 この作品は単純に『正義のヒーロー』が活躍するような感じではない。



 皆さんの周りでも言い争いをしてる人はいないだろうか?

 そういった場合、よくよく話を聞いてみると、どちらの言い分も正しかったり、双方に非がある場合が多々ある。



 学校でも会社でも、人間関係は複雑だろう。

 A君とB君は僕の友達だけど、A君はB君のことを嫌ってて・・・てな感じはよくあると思う。



 国家間の争いもそう。

 侵略した国を大々的に責めて、あの国は最低だ!と言ってたのにも関わらず、他国の争いでは侵略している国を味方していたり・・・等々。

 


 人それぞれ、主張する正義は異なり、その背景には様々な思惑、今までの歴史、利益や権益が絡み合い、一筋縄ではいかないのが普通だ。



 この作品も実際の異世界を舞台にしているので、色々と関係が複雑だ。


 

 誰もが認める強大な悪がいて、それに皆んなで立ち向かって、最後は大円団!・・・的な物語を期待しているのであれば、期待を裏切ってしまう結果となるかもしれない。




 なので、その三つの点に十分ご留意して頂き、大丈夫な方のみ読み進めて頂きたい。




 そうそう。




 先に少し謝罪を。



 まだ物語が始まってもいないが・・・ここで一つ謝らせてほしい。



 実は、これから書かせて頂く物語は、冒頭で記載した、姫が出てきたお話しとは別の物語である。


 おいおい。マジか?

 じゃああれは一体なんだったんだ・・・と思われるだろう。


 ややこしいのだが、全く別の物語という訳でもない・・・かといって本編に直接関わってくる感じでもない。


 もし、これから語らせて頂く物語が長期間続く事が出来たなら、いずれお話しすることが出来るかもしれない。


 今はその時が来るのを楽しみにしておくとしよう。



 

 物語の始まりなので、敢えて『青年』と表現することにしようか。




 ある一人の『青年』を中心に、複雑に絡み合う人々との物語。




 この『青年』一人の力は非力だ。




 強力な権力や力に屈することも多いだろう。

 



 しかし、先程も述べたように、人間には団結する力がある。

 それぞれを補って助け合う力がある。

 


 時としてそれは強大な力となる。

 異次元な強さにすら対抗できる力となるのだ。



 この『青年』も。



 これから出会う沢山の人々も。



 今、読み進めて頂いている読者の皆さんでさえも。




 一歩踏み出し、祈りを、願いを、希望を強く持ち続けることで、その光は収束して輝きとなる。




 そう、誰しもがヒーローになりうる可能性があるのだ。

 



 なので、この作品を読み進める過程で皆さんのお腹の奥に潜む『マグマ』の温度を1℃でも上げることが出来たなら、自分が転生してきた『意味』があるというものだろう。




 では皆さん、こちらの世界にようこそっ!



    続く

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