三 きっかけ
窓の外から差し込む日の光に、意識が浮上する。
「……もう朝か」
この世界に来てから数日は、目が覚めてから全部夢だったのではと思うことが多かった。
だが、枕元にあるギフトキーやまだ住み慣れていない部屋を見渡せば、現実であることは疑いようもないわけで。
ぼんやりとしたまま手繰り寄せた携帯の画面は、午前五時過ぎを示していた。
まだ少し早い時間ではあるが、今日はこの世界で暮らすもう一人の海鈴と家族の様子を確認しに行くのだ。
――寝過ごさないためにも、このまま起きた方がいいな。
そう判断して覚醒しきっていないままベッドから出ようとしたところで、
「おっはよー、颯吉くん!」
すでに起きていたらしい翠と、ばっちり目が合った。
朗らかとしか言いようがない挨拶を受けて、ようやく颯吉の頭も回り始める。
「おはよう、翠さん。もう起きてたんだな」
「まあねー。颯吉くんは……その顔を見るに、あまり眠れなかったようだね。理由は、言うまでもないんだろうけどさ」
「……昨日の夜、全然寝れなくて。色々考えてたんだ」
こちらを見つめる翠の表情は、どこまでも穏やかで落ち着いている。
颯吉は一度目を閉じてから、大きく息を吸い込む。
静まり返った室内で、緩々と息を吐きだして。気づけば、再び口を開いていた。
「俺は今まで、海鈴ちゃんとは違う世界で生きてきた。あの子のいた世界がどんなものかなんて、想像しきれない。俺なんかができることなんて、なにもない。……そんなこと、わかってるはずなのにな」
次々とこぼれ落ちる言葉を静かに聞いていた翠は、瞳を細めて「なるほどね」とつぶやく。
逸らすことがはばかられるほどにまっすぐな視線を向けられて、続けようとした言葉を自然と飲み込んでいた。
「颯吉くん。あまり自分を卑下しすぎてはいけないよ。それは君にとって毒にしかならないからね。前提とやり方さえ間違えなければ――誰かの力になろうとするその想い自体は、尊ばれるべきものだと僕は思ってる」
「……」
「それに、自分の常識では測れない世界に共感しようとして、無理に想像力を働かせなくたっていい。同じ世界で生きてこなかったことは、決してなにもできないこととイコールにはならないんだ」
友人を含む周囲の人間から、もっと自己肯定感が高くてもいいんじゃないかと言われてきた颯吉は、どう返せばいいかわからない。だが、翠が颯吉のことを思って真剣に言葉を紡いでくれていることだけは、十分に伝わっていた。
――無理に海鈴ちゃんの世界に共感しようとしなくてもいい、か。
そっか。今はなにも思いつかなかくても、俺にもなにかできることはあるのかもしれない。
ほんの少しではあるが、颯吉の中のなにかが変わった瞬間だった。
◇
約束していた午前七時になり、颯吉は隣の部屋のインターホンを鳴らす。
少しして玄関のドアが音を立てると、薄いベージュのエプロンを着た海鈴が出迎えてくれた。
「颯吉さん、スイさん、おはよう! 朝ごはんね、ついさっき完成したところ!」
朝から元気いっぱいですと言わんばかりの眩しい笑顔を浴びて、少々反応が遅れる。
颯吉の肩に乗っている翠は、慣れた様子で「おはよう、海鈴ちゃん!」と軽やかに挨拶を返していた。
「おはよう。ほんとに、手伝わなくてよかったのか? まあ、海鈴ちゃんの方が、俺よりずっと料理が上手いのは知ってるけどさ」
昨日の夕食の際に「明日の朝ごはんは私に作らせて!」と意気込んだ海鈴に押し切られる形で、今回は 彼女に任せることになっていたのだ。
すると、海鈴は少し目を見開いた後に納得がいかないといった様子で、
「颯吉さんの料理だって、美味しいんだから! って、ううん、大丈夫。昨日、私の世界の話でしんみりさせちゃったし、お詫びみたいなところもあるんだけどね。今日の朝は、一人でひたすら手を動かした方がいいかなって。そう思っただけだよ」
昨日の話が出た瞬間に返答に戸惑ってしまったが、それは杞憂だった。
「さあ、二人とも入って入って! 料理が冷めちゃわないうちに、食べよう!」
笑顔の海鈴に軽く手を引っ張られ、「お邪魔します」と告げた颯吉たちは見慣れた部屋へと通される。
比較的地味な色合いの颯吉の部屋とは対照的に、彼女の部屋はパステルカラーと白で上手くまとめられていた。
入居した当初、家賃についてこっそりと調べた颯吉は目をむいた。
翠が用意してくれた部屋は1LDKであるため、寝室が扉で区切られていて、ダイニングキッチンまで付いているのだ。
――とりあえず。この世界で働くことになったときに、返せる分を少しずつ返していこう。
翠は気にしなくていいと言ってくれているが、それでも気になってしまうのは、颯吉の性分に加えてこの世界がもといた世界と似ていることも関係しているのかもしれない。
全員で「いただきます」と手を合わせてから、改めて目の前の食事に視線をやる。
献立は、鮭の塩焼きにご飯、豆腐とわかめのみそ汁、ほうれん草の胡麻和えと卵焼きである。
「それにしても、海鈴ちゃんすごいね。朝からこんなにしっかりした和食とか、俺なら絶対無理だと思う」
しみじみと言葉にする颯吉に、楽しみだという気持ちを前面に押し出して目の前の料理を見つめていた翠も、海鈴の顔を見上げる。
「僕は和食に詳しいわけじゃないけど、色々と手間がかかるものなんだよね? 作るのは大変じゃないのかい?」
颯吉たちの視線を受けて、彼女が鈴を転がすように笑う。
それから、懐かしむような表情で、
「これから行く場所を考えたら、今日は特に気合が入っちゃって。……こういう料理とかね、お母さんや、ときどきお父さんも一緒に教えてくれたの。一通りの家事をできるようにしておいた方が、この先も困らないだろうからって」
海鈴の作る料理は美味しい上に品数が豊富で、栄養バランスもよく考えられているものだった。
颯吉も一人暮らしの経験があるため、自炊も慣れたものである。ただし、あまり手の込んだものは作らない上に、パターンが大体決まっていることは否めない。
――そうだ、なんで不思議に思わなかったんだ。
高校生で初めての一人暮らしにすぐ慣れてしまえるぐらい、自立してるんだ。
ふいに、昨日の話を聞く前なら思いつきもしなかったことが頭をよぎる。
海鈴の両親は、一人残されるかもしれない彼女のためにそうしていたのではないかと。
もちろんそれは憶測であり、そもそも口にするべきことではないと心の中に仕舞い込む。
「そっか。俺も海鈴ちゃんを見習って、もっと作れる料理を増やさないとな」
その言葉とともに颯吉が笑うと、海鈴は照れたようにはにかみながら、「そのときは私も教えるからね!」と返してお椀を手に取ったのだった。
朝食の片付けが完了したころを見計らって、翠が二人にあるものを差し出す。
「これは……?」
「わっ、すごく綺麗……!」
「想定よりも、少々時間がかかってしまったけどね。これがあれば、颯吉くんと海鈴ちゃんの行動範囲もぐっと広がると思うよ」
この二週間で彼が作っていたのは、宝石のようにカットされた深緑色の石が輝く、一見するとイヤリングのような小型の通信機だった。
「ごめんね。今の僕の力だと、二人で一つのイヤリングになる分しか作れなかったんだ。会話するときは、どちらかの耳につけるか当ててほしい」
試しに片方の耳に挟んでみると、特にずれ落ちることもなく装着することができた。
海鈴から「似合ってるよ、颯吉さん」と微笑まれて、思わず意味もなく照れてしまう。
「なにか話したいことや伝えたいことがあったら、通信機に向かって強く念じるといい。ちゃんと反応するはずだからさ」
「凄すぎないか、それ!?」
「ふふん、頑張りました!」
存分に胸を張る彼に、海鈴も「天才だー!」と目を輝かせる。
颯吉たちの心からの称賛に、翠は「いやあ、管理者ならこれくらいは当然だよ」と途中から照れくさそうにし始める。
そうして「こほん」と一つ咳払いをした彼は、薄緑色の翼を大きく広げてから、
「それじゃあ、これから認識を加工させてもらうよ。この世界の海鈴ちゃんや颯吉くんに出会ったとき、自分たちにそっくりだと怪しまれないようにね」
颯吉と海鈴がうなずくと、翠の首元にあるネックレスの先についた小石が熱を帯び、同調して翼も淡い緑色の光を放ち始める。
その光に目を奪われていると、共鳴するかのごとく、颯吉たちの体もどこか温もりを感じる光に包まれていた。
だが、それも一瞬のことで――光はすぐに収まった。
「これで、こっちの世界の私たちと出会っても大丈夫なの?」
「そうだとも! この世界の君たちの家族や友人、知人を含めた関係者に会っても問題ないはずだよ」
「……なんか、翠さんの力って本当に魔法みたいだよな」
「ええー? 魔法だなんて、そんな大げさなものじゃないよ? これも、渡り人の手続きの一環みたいなものだし」
――そういえば、俺が暮らしてた世界にも管理者はいるんだった。
というか、並行世界の数だけ管理者がいるはずだし、その人たちも同じようにできるってことか。
巡らせかけていた思考は、翠が「二人とも、準備は大丈夫かい?」と尋ねてきたことで中断される。
「俺は大丈夫。海鈴ちゃんは――」
渡された通信機を耳につけて、彼女は確かな力強さを感じさせるまなざしで颯吉と翠を見返していた。
「うん、大丈夫だよ。行こう」
そうして、忘れ物がないかを確認していざ出かけようとしたときだ。
なにかを思い出したらしい翠の「二人とも、ちょっと待って!」という言葉に、玄関に向かおうとしていた颯吉たちの動きが止まる。
「ごめん! 通信機の最終調整にかかりっきりで、伝えられてなかった……! 海鈴ちゃんの家なんだけど、この世界では別の場所にあるかもしれないんだ」
想定外の内容に、颯吉も海鈴も思わず固まってしまう。
ある意味当然ともいえる反応に、「まあ、そうなるよね」と申し訳なさそうに彼が続ける。
「もちろん、海鈴ちゃんの記憶と同じ場所に存在してる可能性だってあるよ。ただ、お店や観光地の名前が君たちの世界と完全に同じではないように、家の座標が違っていてもおかしくはない」
「確かに、俺が知ってるコンビニはこっちにないみたいだし。違う人が住んでるってこともあるか」
「その通り。並行世界である以上、どうしたって細部に違いは出てくるものだからさ」
「あれ? じゃあ、もしかして、ほかの都道府県に私の家が……!?」
「あくまでも、可能性だけどね。僕に残された管理権で突き止められたのは、颯吉くんと海鈴ちゃんに似た魂と肉体をもつ人物が、日本にいるというところまでなんだ。申し訳ないけど、場所までは特定できなかった」
やや混乱している様子の海鈴に対して、「ともかく、東京にいない可能性も視野に入れておいてほしい」と翠が改まった仕草で翼を閉じる。
「そっか……うん、わかった。じゃあ、まずは私のいた世界と同じ場所に住んでるか、その確認からだね!」
立ち直るのが早いらしい海鈴は、「よし!」と軽く握りこぶしを作って意気込んでいる。
一緒に行動しているからこそわかるその前向きさは、きっと見習うべきものなのだろうと思いつつ。
――ああ、なるほど。そうなると、俺の家も簡単に見つからない可能性があるのか。
どうにも、目的を達成するまでの道のりは長いらしい。
◇
ゴールデンウィークということで、朝にしては混雑した電車に揺られること約五十分。
もといた世界で、海鈴は東京の調布市にある一軒家で家族と暮らしていたらしい。
最寄駅に着いた颯吉たちは、さっそく彼女の案内で閑静な住宅街へと向かう。
家が見つからない場合に歩き回ることを想定して、颯吉と海鈴は比較的ラフな服装、さらに疲れにくいようにスニーカーを履いてきていた。
「あ、もしかして。海鈴ちゃんが前に言ってた大きな桜の木がある公園って、ここだったりする?」
住宅街の隙間に埋め込まれる形で、ちょうど小学生ぐらいの子どもたちが楽しそうに走り回り、弾むような笑い声が響いているその場所。
快晴の空の下で、端の方に整備された花壇は訪れた人の目を楽しませるものではあるが――、
「うん! そうだと思う。場所とか広さとか、同じぐらいだし。……でも、あの桜の木はないみたい」
どこか残念そうな声音の海鈴に対し、颯吉の肩の上から軽く公園全体を見渡していた翠はおもむろに深緑色の嘴を開くと、
「桜の木が植えられたきっかけがなければ、当然結果も違ってくるからねー。誰かの一言や意思の介在というのは、思いのほか大きな影響を与えるものさ」
「――、それは、そうだろうな」
つぶやいた言葉は、周囲の喧騒に掻き消えていった。
「ここのはずなんだけど」
数分ほど歩いてふいに立ち止まった海鈴が、こちらへと振り返る。
だが、期待とは裏腹に――目の前にある家の表札は、『日向井』ではなく見覚えのない名字を示している。
肩を落とす颯吉たちとは対照的に、翠は片方の翼を嘴の近くに持っていきなにやら考え込んでいるようで、
「うーん、やっぱりかー。……いや、まだ諦めるには早いかな。家の位置が多少ズレているだけの可能性もあるからね。もう少し、近くを探してみてもいいと思うよ」
彼のアドバイスを受けた颯吉たちは、その家の周辺を歩きながら怪しまれない程度に辺りを見渡す。
すると、何軒か離れた場所に『日向井』と書かれた表札を見つけることができた。
「あった……!」
「って、ここで話すのは……海鈴ちゃん、こっちへ」
肩に翠をのせたまま、颯吉は彼女を連れて少し離れた電柱に隠れるように移動する。現時点で知り合いでもない人物の家の前で長居することを避けるためだ。
――いや、冷静に見て、俺たちの行動って怪しすぎないか?
やってること、完全に探偵とかスパイだし。
「見つかったのはいいけど、どうする? 今はまだ人通りが少ないけど、いつまでも家の近くにいたら目立つだろうし」
顔を突き合わせ、小声で相談し合う。
颯吉の指摘に、それまで喜んでいた海鈴は髪の色と似た栗色の眉をわずかに下げる。
「できれば話してみたいし、知り合えれば一番いいのかなって。こっちの世界の私と、なんとかして友だちになれないかな?」
「違う世界とはいえ、自分と友だちになる、か。俺にはちょっとハードルが高いというか……海鈴ちゃんなら、仲良くなれそうな気はするけどさ」
「二人とも見てごらん」
翠の声に颯吉たちが振り向くと、片方の翼を広げた彼はある方向を指し示していた。
その先を目で追うと――タイミングがいいというべきか。
この世界の海鈴らしき中学生ぐらいの少女と、おそらく母親であろう女性がちょうど家から出てくるところだった。
「これから出かけるみたいだな。どうする? 海鈴ちゃん」
「今ここで話しかけたら、私たちって完全に怪しい人だよね?」
迷っている海鈴と、そういえば実際に知り合う方法までは考えてなかったなと今さらながらに気づく颯吉。
そんな会話を颯吉の肩から降りて塀の上で聞いていた翠は、
「よし、僕に任せてよ! 通信機はそのまま耳につけておいてね!」
「え、ちょっ、翠さん……!?」
予想外の行動に出た。
翼を広げて戸締まりをしている二人の前まで羽ばたいて行ったかと思うと、彼はそこで動きを止める。
「スイさん、あの人たちの所に……っ、私たちも行った方がいいの……!?」
見つからないように小声で喋っているため、颯吉たちの声が果たして翠に聞こえているのかはわからない。落ち着いた様子で、彼は二人の次の行動をうかがっているようだった。
すると、少女が両手でそっと翠を拾い上げるのが見えた。
穏やかな雰囲気で、自身の手に大人しく乗っている彼へとなにか話しかけている。
その光景を遠目から確認しつつ、颯吉は考えを巡らせる。
――これ、今行くべきなのか?
隠れて見てたのがバレたら余計に怪しまれるんじゃ、
母親らしき人物と言葉を交わして、少女はガレージにある車に翠を連れたまま乗り込む。そうして、躊躇している間に、車は颯吉たちがいる場所とは反対の方向へと発進してしまった。
残された颯吉と海鈴は、一連の出来事にしばし固まっていたかと思うと――、
「どうしよう、颯吉さん!? スイさんたち、行っちゃった……」
「もしかして、この世界の海鈴ちゃんたち、翠さんのことを飼われてる鳥だと思ったんじゃないか?」
翠はその辺にいそうでいない色合いの鳥というのもあるが、なにより首元にネックレスをつけているのだ。
人慣れしている上に首輪ともとれるものが確認できるのならば、野鳥ではないと判断するのも当然だろう。
「あ、そっか……! 私もだけどお母さんも動物好きだから、スイさんのことを保護したのかも」
「やっぱりか。まあ、翠さんもなにか考えがあるみたいだし。追いかけたいけど、とっくに見失ってるんだよな……」
「あっちは車だもん。どこに行ったのかなんて、わからないよね」
どうしたものかと颯吉たち二人が頭を悩ませているときだった。
『――颯吉くん、海鈴ちゃん。聞こえるかい?』
朝食後からずっと耳につけていた通信機から聞こえてきたのは、紛れもなく当の本人である翠の声で、
「スイさん、大丈夫なの!?」
「今喋ってるってことは、あの二人は近くにいないのか? ごめん、車で連れて行かれたから、追いかけようがなくて」
『大丈夫、問題ないよ。彼女たちなら、まだ一緒さ。どうやら、僕のことを保護してくれたみたいでね。この姿で喋るわけにもいかないから、思い浮かべた言葉を通信機を通して君たちに伝えてるんだ』
「それ、心の声を……? 器用すぎないか?」
『初めての試みだけど、うまくいったみたいでよかったよ。まあ、直接口で伝えるよりも、体力というか力は消耗するんだけどねー』
軽い調子ではあるが心なしか元気のない声に、眉を下げた海鈴が通信機の向こう側に強く意識を向けているのがわかる。
『今はまだ車で移動してるんだけど、彼女たちの会話で行き先がわかったから伝えておくよ』
続けられるのはここまでらしく、通信機越しの声は目的地を伝えてからすぐに途絶えてしまう。
すぐに翠の情報を携帯で検索すると、それはここからそう遠くない場所だった。
「……よし。バスで行けば、そこまで時間はかからないな」
携帯の画面から顔を上げた颯吉に、背負っていたリュックサックの紐を強く握りしめた海鈴もうなずき返した。
◇
「スイさんと合流した後って、どうしたらいいんだろう。その子を迎えに来ました、とか?」
あれから三十分ほどが経った現在。
目的地である大型ショッピングモール――その最寄りの停留所に到着した颯吉たちは、休日の人混みの間を縫うようにして、自然と急ぎ足になっていた。
「まあ、俺たちが翠さんの飼い主ですって言うのが一番いいと思うよ。それ以外の目的だと、怪しまれそうだし」
「そうだよね! それをきっかけに話してみて、まずは知り合いになる感じで……! あっ、でも。私たちが飼い主だって伝えて、信じてもらえるのかな?」
あれこれ意見を交わしていると、イヤリングを模した通信機から再び翠の声が発せられる。
『二人とも無事に着いたみたいで、よかったよ。実は、こっちの世界の海鈴ちゃんと僕は、ショッピングモールの近くにある公園にいるんだ。母親の方は買い物に行ったみたいでね』
「そうなんだ。……ねえ、スイさん。あのとき、私が迷ってたから動いてくれたんだよね?」
続けて「ありがとう」と微笑んだ海鈴に、通信機の向こう側の気配が静かになる。
「俺からも、助かったよ。あのままだと、ずっと迷って動けなかっただろうから」
翠の行動は、この世界の海鈴たちと知り合うきっかけを作るためのものだったのだろう。
アドリブではあったが、おかげで手をこまねいている状態から抜け出せたのは事実だった。
ややあって、柔らかく笑む声が通信機から聞こえてくる。
『もー、そんなの気にしなくていいってば! これは、僕が思いつきで勝手にやったことだからね。それよりも、海鈴ちゃん。今がチャンスだと思うよ? この世界の彼女たちと知り合いになるならね』
その言葉に目を見開いた海鈴は――しかし、すぐにどうするかを決めたようだった。