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破綻した世界は幸福か否か  作者: 波風そらいろ
第一章 狭間の向こう側
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四 祝福の鍵

 またしても聞いたことのない単語を脳内で検索しつつ、


「ギフトキー……? 俺たちも、それがもらえるんですか?」


(かぎ)なんですよね?」


 困惑している颯吉たちに対して、神様が確信をもった顔でうなずく。


「そうだよー。本来なら、渡った先の世界で与えられる……よっと、ワタリビトであることを証明する役割しか持たないはずのものだったんだけどさ」


 言葉の途中で新たに緑色の油性ペンを出現させた彼は、スケッチブックを先ほどの説明で使っていたページから一枚めくると、鍵のような物体を描き始めた。


 海鈴と一緒に、颯吉もそのスケッチブックを覗き込む。

 迷うことなく描いているあたり、そのギフトキーとやらをずいぶんと見慣れているらしい。


「見た目は普通の鍵なんだけど、そこに埋まってるものがちょっと特殊でね」


 彼の言葉とは裏腹に、持ち手の部分が大きな歯車(はぐるま)になっているその鍵は、なかなか特徴的な見た目をしているように思える。


「少なくとも、普通の家の鍵とは似ても似つかない気が……」


「なんだか、秘密のアイテムって感じ!」


「言われてみれば、特殊なのかな? なにせ、僕にとってはずいぶんと馴染み深いものだからさ」


 黒から緑の油性ペンへと持ち替えた神様が、歯車の隙間(すきま)に五つの小さな石を描き足す。

 スケッチブックから視線を外すと、彼は颯吉たちの方を見て満足そうにうなずいてみせた。


「うん、こんな感じかな! 持ち手部分の歯車の隙間に埋まってる、見た目は小さな石。色は別にこの色じゃなくて、人によって違うんだけど……実は中に入ってるのは、君たちの(たましい)の一部なんだ」


「へ!?」


 さらりと告げられた内容に、海鈴が思わずといった様子で声を上げる。

 颯吉も、さすがに今の言葉を流すことはできなかった。


「それ、俺たちの魂奪われてないですか!? まさか、一部だからセーフとか……?」


 慌てる二人を「落ち着いて」となだめつつ、神様は描かれたその石を指でなぞりながら続ける。


「石に込められた魂の一部っていうのは、僕の管理する世界に呼応こおうしている部分のことでね」


 真面目な顔つきになった彼は声に特段の重みをのせて、


「だから、ギフトキー本体もしくは五つすべての石が破壊された場合――ワタリビトの魂は、こちらの世界に滞在し続けることはできない。もといた世界に、肉体ごと強制的に送り返されることになる」


「私たちって、五回は世界を行き来できるんですよね? この鍵がないと、それもできないってことですか?」


「そうなるねー。あえて身近なものに例えるのなら、パスポートが近いかな? ギフトキーがなければ、異なる世界へは渡れないってわけさ」


 とりあえずはその説明に納得しながら、颯吉は神様の最初のセリフを思い出していた。


「ワタリビトであることを証明する役割しかないっていうのは、どういう……?」


「あー……そのことなんだけどね。神室くんの管理する日本だと、事情が変わるみたいなんだ。ギフトキーになにかしらの特殊な能力まで付与されて、面倒な感じになっちゃってるというか」


 頬をかきつつ困ったよと言わんばかりの表情で笑う神様に、嫌な予感がつのっていく。


「あの、まさかとは思いますけど。俺たちにその神室さんとなにか超能力的な戦いをしろとか、言わないですよね……?」


 颯吉が口の端を引きつらせて絞り出した言葉に対して、心の底から申し訳なさそうな顔をしつつも彼は否定しなかった。


「神室くんには仲間がいる可能性が高くてね。実際に、彼が有していないであろう能力の存在も確認できてる」


「じゃあ、俺たちが日本を取り戻すために神室さんたちと争いになったら、」


「うん。向こうはきっと、そういった手を使ってくるんじゃないかと思う」


「……」


 なんと返せばいいかわからず沈黙する颯吉だったが、脳内では慌ただしく思考を巡らせていた。


 ――これ、もはや魔王に挑む勇者みたいな構図になってないか? 

 いや待て、なにを引き受ける前提で考えてるんだ俺は。こんなの普通に断るべきだろ。

 もとの世界に戻ってもいいって、さっき神様も言ってたわけだし。

 でも、俺たちをわざわざ呼んだって言ってた気が、


「えっ……! 能力ってどんな感じなんですか!? もしかして、魔法とか使えたり……?」


 弾んだ声に顔を上げると、最初の警戒心はどこへやら。

 目を輝かせる海鈴が、なぜか期待に満ちた顔で神様の方を見ていた。


「ごめんね、それは僕にもわからないんだ。こっちの世界の日本に来たときのお楽しみってことで!」


 彼女に向かって華麗にウインクを飛ばしている神様にげんなりとしつつ、


「……あれ? 神様が、俺たちにその能力をくれるんじゃないんですか?」


「違うよ? 僕は管理者ではあるけれど、この世界を作った創造主とかではないからね。管理者って役割を世界から与えられているだけなのさ」


「そうなんですか?」


 よくわかっておらず不思議そうな様子の海鈴に、神様は「そうだよー」と軽い調子で返す。

 そして、「万能ってわけじゃないんだよねえ」と(ひと)()ちた彼はスケッチブックを仕舞うと、おもむろに立ち上がった。

 先ほどまで緩んでいたその表情が、再び真剣なものへと変わる。


「だけど、ギフトキーにどんな能力が宿るかの大まかな予測はできるよ。この鍵に宿るのは、本人が持ちえたかもしれない可能性に関わる性質なんだ」


 そこで神様は両手を軽快に打ち鳴らすと、


「さてと! 大まかな説明は終わったけど、ものは試しにこちらの世界に来てみるかい?」


 その軽やかな声の調子につられそうになり、慌てて踏みとどまる。


「いや、軽っ! その神室って人、話を聞く限りじゃヤバい人ですよね? いくらそのギフトキーをもらったって、俺にどうにかできるわけなくないですか!? というか、神様がなにか解決策を――」


 言葉の途中で、ふと神様のまとう雰囲気に影が差していることに気づく。

 どう見ても疲労がにじんでいるその姿に、颯吉は自然と口をつぐんでいた。


「神室くんに日本の管理権を奪われてから、僕もどうにかできないかと色々試してるんだけど……。僕が取り戻せたのは、日本の管理権の数パーセントだけなんだ。日本に行こうとしても、結界に弾かれるし」


 そう口にして、「そもそも、今の日本で彼に勝てる見込みがほぼないんだよね」と力なく笑みを浮かべる。


 ――なるほど、神様も色々と試してはいるのか。

 諦めが一周回ってもはや笑顔になってる神様には悪いけど、ここは迷わずに帰るべきでは?


「刻まれている概念がわからないとは言ったけど、実はある程度の予測はついてるんだ。僕の推測が当たっていれば、表面上の日本はそれほど酷い状況にはなってないはずだよ。大丈夫! 僕もできる限りの手助けはするから!」


 渋る颯吉に対し、神様は「ほんとに無理そうなら、すぐにもとの世界に戻ったっていいしさ!」と、説得にも力が入っている。


「そうは言っても……あれ? 俺たちのいた世界って、今どうなってるんですか? このままだと行方不明者扱いなんじゃ、」


 そういえば一番大事なことを聞いていなかったと我に返る。

 月曜日以降に無断欠勤や家に不在の状態が続いた場合、周囲の人間から確実に怪しまれるだろう。


「あっ、確かに! 急にいなくなったら、なにかの事件に巻き込まれたのかと思われるかも……」


「大丈夫さ。颯吉くんと海鈴ちゃんがここに来た時点で、二人の世界の管理者がそれぞれ手続きをしていてね。もとの世界に、二人の分身のようなものを置いてるんだ」


「俺たちの……? 分身って、なんのためにですか?」


「最終的にどちらかの世界を選ぶまでの間、君たちがいないことによるトラブルを防ぐのが目的だよ。とはいえ、分身に関してはワタリビトが世界を選んだ時点で消えてしまうから、応急処置みたいなものだけどね」


 ワタリビトという存在についてますます謎が深まる中、海鈴が先ほどまでとは打って変わって真剣な様子で切り出した。


「神様、一つ聞いてもいいですか? パラレルワールドってことは、私と同じ人がそこに暮らしてるってことですか? ……その家族も?」


 彼女の言葉に、それまで穏やかな表情で話していた神様の雰囲気が一瞬で硬いものへと変わる。

 その変化に、この空間に流れる空気もどこか引き締まったように感じられた。


「そうだね。少なくとも、僕が管理している――今は神室くんだけど、その日本に二人ともいるはずだよ。ただ、厳密にはすべてが同一の存在ってわけじゃない。住んでいる場所や所属している組織に関しては、君たちと似ているだろう。それから、容姿もかな?」


 ――話を聞いてると、なんかドッペルゲンガーみたいだな。

 自分とそこまで似た人間って、会っても大丈夫なのか?


 どうにも引っかかりを感じていると、颯吉の考えていることを先読みするかのように神様がきっぱりと言い切る。


「だけど、根本的に構成する要素が違う。属する世界が異なる以上、まったく同じ人間なんてものは存在しないんだ」


 そこで一度口を閉じると、彼はまっすぐに海鈴と颯吉へ視線を向ける。

 翡翠にも似たその瞳は深緑(しんりょく)、あるいは誰もいない森林のような静謐(せいひつ)さを秘めていた。


「おそらく、君たちの年齢ともズレがあると思う。それでも、これ以上ないくらいに構成する要素が近いのは間違いない。だから、もしこちらの世界で生きることを選ぶなら……できるだけ関わらない方がいい。お互いにどんな影響があるかわからないからね」


 落ち着いた口調ではあるが諭すように言葉を紡ぐ神様に、それでも彼女は諦めきれないようだった。


「本当に遠目からでもいいんです。実際に会えなくたっていい。そこでどんな風に暮らしてるのか……ほんの少しでいいから、この目で見たいんです」


 どこか縋るように言い募る海鈴を不思議に思っていると、その言葉を受け止めた神様は「……そっか、それだけ強い思いなんだね」とほんの少し表情を緩める。


「わかったよ、海鈴ちゃん。今のままの姿で会わない方がいいのは事実だ。とはいえ、颯吉くんと海鈴ちゃんに関しては、なけなしではあるけど僕の管理権を使った手助けが可能だからね」


 人差し指をまっすぐに立てた彼が、自信に満ちた表情になる。


「認識を加工するなりして、彼らに別の世界の君たちだとわからないようにさせてもらうよ。そうすれば、会っても問題はないはずさ」


「えっ……じゃあ、話してみてもいいんですか……?」


 海鈴は、少しの困惑と――それを上回る心からの喜び、それから安堵をにじませた表情を浮かべる。

 まだ少し戸惑っている様子の彼女に向かって、神様は安心させるように笑いかけた。


「もちろんだとも! ただし、自分が別の世界から来た存在だということは絶対に言ってはいけないよ。これは、ワタリビト全体に共通するルールなんだけどね」


 改まった様子になったかと思うと、彼は海鈴だけでなく颯吉の方にも顔を向ける。


「渡った先の世界の人間に対して、自分が並行世界から来たという内容を口にしたり、筆記その他なんらかの手段で伝えたとする。その場合、本人はもとの世界に強制的に送り返されるし、ギフトキーも剥奪されるんだ」


 明かされた内容に、颯吉も海鈴も目を見開く。

 だが、海鈴はすぐに表情を引き締めると、力強くうなずいてみせた。


「私、絶対に言いません。ありがとうございます……っ」


「わかりました、俺も言いません。相手側からしたら、混乱するだけでしょうし」


 そう答えてから視線を少し下に向けて、颯吉はこれからどうするかを考える。

 この場所に連れてこられてから、一体どれぐらいの時間が経っているのだろうか。

 現実味のない真っ白な空間では、自分という存在がずいぶんと浮き彫りになる気がした。


 ――もう一人の自分に近い存在、別の世界の日本で暮らす俺。それは、きっと――いや、そんなことを考えても仕方がない。

 神様の世界の俺がどんな人生を送っていようと、俺にはなんの関係もないはずだ。


 結論を出せずにいると、「そうだ!」と弾んだ声を上げた海鈴がとてもいい笑顔でこちらへとやってくる。


「ここで会ったのもなにかの縁ですし、今居さんも一緒に向こうへ行きませんか? 人生、一期一会(いちごいちえ)ですし!」


 そう言って元気よく手を差し出す彼女に、急いで待ったをかける。


「え!? いや、えーと、日向井さん。そもそも俺、向こうの世界の自分や家族にどうしても会いたいってわけじゃなくて。あ、いや、別に会いたくないわけではないんだけど」


 きっぱりと言いきることのできない颯吉に対し、海鈴は正面からその顔をしっかりと見つめると、「なるほど?」と目を細めた。


「その言い方だと、会うかどうか迷ってるってことですよね?」


「……」


 否定できなかった。


 もう一人の自分のこともそうだが、別の世界の日本がどんな国になっているのか、まったく興味がないというわけでもない。

 ただ、颯吉にとって――今の自分と大きく異なる人生を送っているかもしれない自分の姿を見ることは、少々勇気を要することだった。


 そんな二人の様子を静かに見守っていた神様はというと、


「まあまあ! とりあえず、神室くんの管理してる日本がどんなものか確認してみようよ」


 颯吉と海鈴が振り返ると、彼はなんとも気まずそうな表情で「言い忘れてたことがあって」と切り出す。


「実は、もとの世界に戻るにしても、一度ギフトキーを受け取らないといけなくてさ。それは、魂が呼応してるこちらの世界に実際に足を踏み入れて、初めて手に入るものなんだ」


 手を合わせて「ごめんねー!」と頭を下げる神様に、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。


「俺が悩んだ意味……! 結局、最初から行くしかないんじゃないですか……」


 うなだれる颯吉の腕を軽く引っ張りつつ、海鈴は小さくガッツポーズをしている。


 ――こうなったら、仕方ない。こっちの世界の俺を一目(ひとめ)見てやろうじゃないか。

 あとヤバそうな気配を感じたら、即刻帰ろう。そうしよう。


「はあ……いや、うん。わかった、行こう。でも、危険だと判断したらすぐに戻る。もちろん、そのときは日向井さんも一緒にだ」


「……! 了解ですっ!」


 榛色(はしばみいろ)の瞳に喜びの色をのせて、彼女が弾けるような笑みを見せた。


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