町に迫るレイドボス
非常事態宣言が発令された。
縄張りから動かないはずのレイドボスが、まだ人間が残っている町へ向かい始めたのだ。
通常、レイドボス戦というのは入念に下準備された状態で、多数の戦闘用アバターが協力しなければならないほどだ。
四角江町で京太が倒した白虎も、五体セットのレイドボスの一体でしかない。
他の四体は冒険者ギルドのアバターたちが協力して倒した。
それが今回は下準備もしていないところで、前例なく縄張りを離れたのだ。
世間は大騒ぎになっていた。
『もしかして、他のレイドボスも動くのか? オレの住んでるところは大丈夫かよ……』
『政府は何をやっているんだ!!』
『どうせ冒険者ギルドが倒してくれるっしょ』
『ギルマスの房州は、今は対処できないと言ってたぞ』
『マジか。じゃあ、生で虐殺ショーが見られちゃうの?www やったぜ!www』
『不謹慎すぎるから通報しますた』
それらの情報を見て、京太はようやく状況を理解した。
「クソッ!! 急がなければ!!」
「まぁ、落ち着くんや。京太」
「これが落ち着けるか……!! あそこには病院があって、避難できない人も沢山いるんだぞ……!!」
京太の脳裏に浮かんだのは、大会に向かう途中に助けた妊婦だ。
他にも避難のために動かしたら危険な人間も多い。
それにレイドボスが本気で走ったら、避難者を乗せている車などすぐ追いつかれてしまうだろう。
「ほな、京太が今の疲労困憊の状態で仮想変身して、全力で走って向かっても勝てると思うんか?」
「それは……。だが……アバターが対処しなければレイドボスは……」
そこへ桃瀬からの通知が入った。
短いメッセージだった。
『今、闘魚の出場者を集めて、レイドボスを討伐するために大規模パーティー。なんかアライアンスっていうのを組むことになったみたい。もうすぐ戦闘に入る。あの病院は守るから心配しないで』
銃子がニッと笑った。
どうやら先に知っていたらしい。
「まっ、それにウチもそれなりに疲労しとる。下手にすぐ駆け付けて負けたら、大会で戦ったあいつらに顔向けできへん。今は仮想変身解除して、この大型トラックに運んでもらいながら体力を回復させるんや」
「京太、そうしてください。桃瀬さんたちを信じましょう。もしかしたら、私たちが到着前に倒してくれているかもしれませんし!」
「……わかった」
銃子とかおるの二人に説得され、京太はしばしの休息を取ることにした。
***
「さてと……京君には大見得切ったけど、相手はすっごいでかいなぁ……」
桃瀬は見上げていた。
そこには三階建ての建物クラス――約十五メートルのディノサヴロスがいた。
一言で表すなら特撮に出てきそうな恐竜型の怪獣に近い。
もっとも、有名なそれは五十メートルサイズと言われているので、こちらは小さくて助かるのだろう。
二メートルに届かない人間サイズのアバターが、十五メートルの怪獣と戦わなければならないと考えなければ……だが。
「ウサギ殿とコンビを組めるとは心強いであります」
独特な軍人口調で、一度戦ったことのあるミリタリーボマーズの一人が話しかけてきた。
「まぁ、大会のメンツが集まればやれないことはないだろう」
「そうだな、大会で禁止されて出せなかった攻撃系スキルも見せてやるぜ!」
他の大会出場者たちも、大型トラックで輸送されてディノサヴロスの進路上へと配置されていた。
ディノサヴロスが聖丸を乗せたあと、移動速度を落としたのが幸いした。
すぐに銃子とらきめが大会用の連絡方法で指示して、出場者たちを集めたのだ。
大会が終わった直後なので、全員が現地にいたし、身体も温まっていたので行動も早かった。
非常事態と言うことで、現場判断の裁量を最大限に許可。
いつの間にか国も連携して、大がかりな作戦を迅速に実行していたのだ。
「それじゃあ――レイドボス〝ディノサヴロス〟討伐作戦、開始!」
「まずは世界一売れてるゲームの建築力を見せてやる」
事前にディノサヴロスの進路を予想して、〝サンドボックスの顔も三度まで〟がスキルで四角いブロックを積み上げて城壁を構築していた。
三十メートルサイズのそれは、簡単に飛び越えることはできないだろう。
「来たぞ!! ディノサヴロスだ!!」
十五メートル級の恐竜型レイドボスは、その頑丈そうな頭蓋骨でブロック城壁を破壊しようとしたが、どうやら時間をかけて作られたことだけあってビクともしない。
はじき返され、反動でたたらを踏んでいた。
「足止め成功! あとは売上本数の低いお前たちに任せた」
「売上本数でゲームの面白さを語るな! お前はマ○クが世界一おいしい食べ物だと思ってるのか!?」
「マ○ドと呼べであります!」
「心底どうでもいい……。次、ミリタリーボマーズさんお願い」
つい桃瀬がツッコミを入れてしまった。
「ウサギ殿、辛辣でありますな……。さて、足を止めたということは我ら最強ボムスキルの出番! ……と言っても、もうカウントダウンが始まってるので見ているだけなのですが」
爆破系FPSのミリタリーボマーズは事前に予測して、スキルで作り出した大型ボムを地面に埋めて置いたのだ。
三人が協力して作り出すアルティメットスキルなので、かなりの効果が期待できる。
「カウントダウン……3……2……1……解除されず!! 我がチームの勝利であります!」
地面が盛り上がる。
直視できないような閃光、肌を震わせる衝撃、耳をつんざく爆音。
ギリギリ城壁に当たらないようにした爆破ダメージが広がる。
あまりの光景に、巨大な落雷でも落ちたかという状態だ。
城壁がなければ、爆発による衝撃波で町側の窓ガラスがすべて割れていたかもしれない。
巻き上げられた土がパラパラと降ってきて、まるで雨のようだ。
「やったでありますか!?」
「フラグを立てるな! 見ろ、やってない!!」
ディノサヴロスはフラついて頭をブンブン振っているものの、致命傷にはなっていないようだ。
「おかしいでありますな……爆弾設置で解除されなければ勝ちでは?」
「ゲーム脳すぎる! でも、ダメージは与えている! 次、怪獣が逃げないようにチーム〝鋼の魂〟お願い!」
「私たちの可愛いロボを斬り刻んだチーム〝京天桃血〟のあんたには指示されたくないけど……仕方がないわね!」
「それは『優勝チームやから、ピンキーが隊長頼むでぇ~』とか言った銃子さんに言えー!」
「はいはい」
城壁の裏に潜んでいた赤い巨大ロボットが飛び出してきた。
操縦している女性パイロットがスーパーロボットアニメ風に叫ぶ。
「今度は三人乗りの二号機よ! 三つの力を一つに……!!」
赤い巨大ロボットは、ディノサヴロスと取っ組み合いになった。
巨大なモノ同士でお互いを抑え合う形だ。
「昔、怪獣同士がプロレスするのがゲーセンにあったな……」
「老人乙!」
ちなみに家庭用にも移植されていて、現行機でも遊べる。
「今だ! 全員攻撃ー!! みんなの超必殺技を放てー!」
「それは格ゲーだけだろ!!」
そこから総攻撃が始まった。
チーム〝パンツァースリー〟が予備の戦車に乗って主砲を発射。
遅れて合流したチーム〝対ゾンビ特殊部隊〟がラスボス用のロケットランチャーを放つ。
チーム〝ザ・紙装甲〟のパワードスーツはホバーで高速移動しながら、全身に搭載された火器を全解放。
空を飛ぶチーム〝弾かすり至上主義〟は、三発のボムを出し惜しみせず放っていく。
他にもPVで紹介されなかったチームたちが一斉攻撃を加えている。
「それじゃあ、あたしも溜めてたゲージを……!! 超必殺技【ピンキーファイナルワイルドラッシュ】ッ!!」
ディノサヴロスは次々と強力な攻撃を食らい、着実にHPを減らしてあと一歩のところになった。
だが――
『うけけけ……小さいゴミ虫たちがうざったいぜ……。どれ、聖丸様が本気を見せてやろう……』
「なっ!?」
聖丸の気持ち悪い声が響き渡ると、ディノサヴロスの表皮が溶け出した。
ついに倒したか? と思ったが、それは違った。
溶けたところはゲル状で止まり、多数の触手が形成されていったのだ。
ディノサヴロスだったものはさらに巨大になり、まるで腐った怪獣が小山のように溶けて広がったようだ。
その天辺に光沢のある球体が現れ、聖丸の巨大な顔だけが映っていた。
『これが僕、佐藤聖丸様と合体したディノサヴロス――そうだな……セイント・ディノサヴロスとでも呼ぶかぁー!! ぎゃははははは!!』