正義の前では、すべて悪
同日――夜間、遠く離れた場所にある不詠栗鼠の部隊。
月明かりが廃墟を照らし、その中を男が必死に逃げていた。
京太とは違うMMOアバターで、派手なゴールドの課金装備を着込んでいる。
「ひぃ……はぁ……! なんなんだよ、あのバケモノは!?」
男の表情は、本当にバケモノを見てきたような焦燥と恐怖に駆られた歪み方だった。
だが、実際はモンスターというバケモノを見たのではない。
人間の〝正義〟という何よりも恐ろしいバケモノを見たのだ。
「見ぃ~つけた」
「な、なんで先回りされて……!?」
暗い物陰から歩んできて、月明かりに照らされたのは十歳程度の少女――正義の四天王である栗鼠だった。
グミを一つ取り出して、幸せそうに頬ばる。
「グミって美味しいよね。美味しいから好き。それに落ち物パズルのブロックに似ているというのもある。ブロックが好きっていう感覚はパズルゲーマー特有なのかな? わかる? あはは、わからないか」
連鎖する独特な口調、それに対して男は困惑してしまう。
「な、なに一人で話をしだして完結させてんだ……」
「あ、会話の割り込みってやつだね。気持ちよくなっているところで割り込まれるのがボクすっごい嫌いなんだ。でも、今はグミでお口が幸せだから特別に答えてあげる。どうして先回りできたか? 簡単だよ、キミというブロックが落ちる位置くらい予測できるでしょ。パズルゲーマーの初歩中の初歩、チュートリアルすらいらないじゃん」
「何を言っ――」
「これから何をするっていうのも説明してあげるよ、あまりにゲームが簡単すぎて暇だからさ。連鎖って知ってる? ま、知ってるよね。知ってる前提で話しちゃうよ。ブロックを一つ消す、で、次の二つ目のブロックを消す。それを繰り返していくのが連鎖ってやつ。理解できたかな? はい、えらい。あ、話の途中で逃げようとしてる~」
男は頭のおかしい栗鼠の相手はできないと思い、その場を全力で駆け出していた。
相手はまだ子どもだ。
得体の知れない何かがあったとしても、逃げ切れる可能性はある。
「うーん、もしかして理解力の足りないお馬鹿さんかな? ボクが何人もアバターを殺したのを見てたはずだよね?」
男は思い出してゾッとする。
目の前で次々と理解不能な殺され方をしていく不詠栗鼠部隊メンバーたち。
「冒険者ギルドの仲間じゃなかったのかよ!? なんで俺たちを殺すんだよ!!」
「だって、キミたち過去にチートを使ったことのあるチートアバターでしょ? 殺せって言われてたんだよね」
「ち、チートを使っただけだろ!? まだ俺たちは誰も狂ってなかったし――」
「うーん。こっちが正義だし、正直そういうのどうでもいいよ。それにね、連鎖をすると……とても気持ちがいいんだ。嫌なモノもスッと消える」
「やっぱパズルゲーマーは根暗だな! お前らなんて気持ち悪いチー牛しかいねぇんだからな!」
逃げるチートアバターの男が口にした一言。
それによって場の雰囲気が変わった。
「は? それ、ボクが一番嫌いな言葉だよ」
ただの幼い少女から発せられた声だったはずだ。
それなのにチートアバターの男は不思議と足が止まってしまう。
理解が追いつかない。
「え、あれ、なんでオレ……進めなく……」
「キミはボクに禁句を言った。言ったのなら、ボクはとても嫌な思いをする。嫌な思いをしたら、相手を消しちゃってもいいよね? うん、いい」
「な、なんだこれ!? なんだよこれェッ!?」
どこからともなく巨大なブロックが引き寄せられてきて――
「や、やめ――あぎぅッばぁぁぁあああああああッッ!!」
男を強く抱擁した。
骨の砕ける音、内臓が破裂する音、断末魔の音。
それらはすべてゲームの効果音でしかない。
「この人で十連鎖目、気ん持ちいい~!!」
愉悦の表情を見せ、ご褒美としてグミを一つ口に放り込む。
いつもより、ずっと甘い気がした。
至高の時間だ。
「あ、こっちは全員〝処理〟したから、連絡しなきゃ。Deathcordの正義の四天王部屋にいこっと」
Deathcordとは、テキストチャットやボイスチャットがグループ単位でできる大手サービスアプリである。
一般層から、配信者やゲーマーなどに幅広く使われている。
スマホを操作してルームに入り、ボイスチャットをオンにした。
「こん不詠~、こっちは全部〝処理〟したよ~」
『こん不詠って、VTuberの挨拶かいな! なはは!』
最初に反応したのは、正義の四天王のFPSアバターである銃子だ。
その声はいつもと変わらない、明るく陽気な関西弁をしていた。
『こっちも終わった。チートアバター〝処理〟余裕やったわ』
「銃子はどんな感じに〝処理〟したの~?」
『ん~、いや、特筆すべき点はないんとちゃう? あ、でも部位ダメージの計測に使わせてもろたわ』
「部位ダメージの計測?」
『せや、FPSだと当てる部位によってダメージが異なって、それがリアルの人間でどの部分になるのかな~っ思てな。撃つのが手先だと何パーセントか、撃つのが腕だと、撃つのが肩だと、撃つのが足だと、撃つのが太股だと、撃つのが胴体だと、撃つのが頭だと――ちゅう感じにな』
「うわ、えっぐ……。一息で殺したボクの方が優しい」
『どうせ死ぬんなら、途中はどうでもええやろ~! なはは!』
「ほんっと、笑っていても心がない銃子はFPS向いてるよね~」
『褒めてもアメちゃんしかでぇへんで~』
「栗鼠はグミの方が好きぃ~」
女子二人がそんな和やかなやり取りをしていると、三人目がボイスチャットに入ってきた。
正義の四天王の一人――RTA勢の有名RPGアバターの光野雷田だ。
『オレ! 登場ッッッ!!!!』
「うわ、うっさ。音量下げてよ」
『十人〝処理〟RTAで二秒ピッタリだったぜ! Any%なら時間や場所を気にせずもっとタイムを縮められるはずだ! また挑戦したいぜ! ちなみにAny%というのは何でもありという意味で――』
「興味ないし、声がデカいまま……。もういいよ、こっちで音量下げるから……」
個性が強すぎる仲間にウンザリした栗鼠だったが、最後に入ってきたボイスチャットメンバーを見てホッとした表情を見せる。
「あ、やっと来た! 面倒だからあんたがちゃんとまとめてよ! 渋沢!」
『えぇ~……!? 入ったばかりで叱られムードですか? おじさん、若者のノリについていけないな~』
「で、そっちは〝処理〟終わったの?」
『ん~……。終わったは終わったんだけどねぇ~……』
「どうしたのよ? 何か問題でも?」
『予定とは違い、チートアバターとして覚醒した三人が、通りすがりの白虎に食われちゃった感じにねぇ~……なったわけよ~……』
「ぷっ、あはは! なにそれ! どうしたらそんな連鎖になるの!? ちょっと楽しいじゃん!」
『連鎖かぁ~……。実はさらに連鎖して、こっちのVTuberアバターのかおるちゃんがアンチチートウイルスに罹っちゃってねぇ……』
「ふーん、予定されてたシナリオとしては平気なんじゃないの? だって――」
栗鼠は、悪びれもなく言葉を紡いでいく。
「チートアバターとして覚醒したら殺して、それを配信でお涙頂戴な宣伝して正義をアピールするんでしょ? で、チートアバターとして覚醒しなくても見えないところで殺して、政府が手をこまねいている〝支配地域開放〟のために貴い犠牲となった冒険者ギルドメンバーとして正義をアピールする。犠牲者が一人増えたって問題ないじゃない」
『なんですがねぇ~……。おじさんとしては、京太くんを仲間に引き入れたいと思ってたから、彼にとってショッキングなことは避けたかったんだよねぇ~』
「ふーん、あの二人、恋人なの?」
『若い人のことはあんまりわからないねぇ。ただ、特別な関係には見えたかなぁ。はぁ~……明日、かおるちゃんが弱り切って死んで、こっちの空気が最悪になるのにおじさん耐えられないよ……胃が痛いよ……』
「べっつにどうでもいいじゃん。最悪、隠している力を使えば渋沢一人でも白虎を倒せるでしょ?」
『あはは~……。さぁ、どうでしょうねぇ……?』
自信なさげな渋沢の声だが、シミュレーションゲームアバターというのは常に何か隠している。
積み上げ、勝利に導くという点ではどのアバターよりも狡猾で強い。
現にこのチートアバター処理を言い出したのも渋沢で、何か彼の手の上で操られている気配まである。
「そういえば、そっちのアクシデントは配信されちゃったわけ? いいの? 今回のことはリーダー――房州さんに隠してるんでしょ?」
『一応、撮られた範囲は見られても平気になっているのでご心配なく』
「そっか、よかった。房州さん、ボクたちと違って本物のヒーロー、マジもんの英雄、神に愛されしアバターだからね。こういうの知られたら怒られちゃうっしょ」
聞いていた雷田と銃子も『うんうん』と同意の声を出していた。
『とりま、計画はそのままで。……途中経過に何があろうと、辿り着く先は房州さんが――ここにいるみんなが望む正義なんですから』
「それは信用できる。ボクたちは房州さんの正義に魅せられて集まったんだからね」
『それじゃあ、おじさんは色々とあるから……これで。あ~……胃が痛いなぁ~……。落ち込みきっているであろう京太くんをどう慰めたらいいものかねぇ~……。灰色の竜のこともどうしようか~……。まったく、人生ってのはままならないねぇ』
その情けない渋沢の声によって、正義の四天王のボイスチャットは終了した。
面白い!
続きが気になる……。
作者がんばれー。
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<(_ _)>ぺこり