格闘ゲームシステム
「あ~……。あたし、死ぬんだ……」
桃瀬は仰向けになりながら、自分が信じられないくらいの出血をしていることを感じていた。
自分が流れでてしまう感覚。
体温と共に生きるための気力も下がり、冷たくなっていく。
「桃瀬!!」
「ごめん京君、立ち上がれない、指も動かせないや……」
自由になるのは頭部だけ。
自分なのに自分ではないような不思議な気持ち。
痛みを感じるのだが、何か痛みよりも寒さが優先されてしまってそこまで苦しくはない。
「くそっ!! 俺が焦ってしまったばかりに……!!」
「京君のせいじゃないよ……。悪いのは私。いつだって私が悪い……。小学校のときのこと、覚えてる?」
「それ以上喋るな!! 今すぐどうにかして……どうにかして……」
桃瀬の視界はすでに霞んでいて、京太の声もあまり聞こえなくなってきていたので勝手に話を続けた。
「京君は生まれつき身体が弱くて辛いのに、それでもみんなに優しくて、引っ張ってくれる人で、明るくて元気で……ほんとに格好良かったなぁ……」
幼い頃のわんぱくな京太が瞼の裏に浮かぶ。
「あたしは道場の家の娘なのに、運動神経もよくなくて……。イジメのターゲットにされて苦しんでいたときも、京君が守ってくれた。すごく嬉しかったよ……」
桃瀬は弱々しくも、嬉しそうな声で話す。
「キミはあたしのヒーロー。でも……イジメのターゲットが京君に移っちゃって、あたしは家の都合で引っ越しちゃった……。それも逃げるように……サイテーだよね……」
目から涙がボロボロと流れる。
それは痛みからではなく、自らの情けなさからくるものだ。
「あの京君なら大丈夫だろう、って思ってた。けど……けど……あたし、知っちゃったんだ……。星華ちゃんから聞いちゃったんだ……。あのイジメが原因で、京君が今どうなっていたかっていうのを……」
京太の悲惨な日々、それは筆舌に尽くしがたいものであった。
それを京太の妹である星華から聞かされたとき、桃瀬は愕然とした。
「死んじゃおうかと思った。星華ちゃんに止められた。だから今日まで生きてた。……都合がいいよね、京君に押しつけるような形になって、あたしだけ平穏な暮らしをしちゃってさ……」
すぐに京太に連絡を取ろうとしたが、気に病んだ桃瀬が、同じく病んでいる京太と会うのは良くないと言われた。
もうすぐ京太は立ち直るから、そのときに一緒に遊びにでも行こうと星華と約束していたのだ。
「それだったらさ、強くなった自分を見せたくて道場でいっぱい頑張ったんだ。でも、やっぱり全然強くなれなかった。あたし、だっさ……。それで格闘ゲームに逃げて、ハマっちゃった……格好悪いよね……。全然ポジティブな理由じゃないのに、ピンキーとしては元気に振る舞ってさ……」
桃瀬はピンキーとして元気な笑顔を見せようとした。
「負けるときも笑顔で、すごく元気で性格の良いキャラなんだよ、ピンキーって……」
止めどなく溢れ出てくる涙、眉はハの字になり、表情がグシャグシャになってしまう。
「ああ、でも悔しい……。負けるって悔しいよ……! 相手の強さに手が届かないなんて……残酷だよ……! 負けるのが死ぬより悔しい……!!」
死の恐怖よりも、格闘家としての本能が湧き上がってくる。
ただ勝利を求めるという本能。
醜く、貪欲な獣性。
「勝つ……勝ってやる……まだあたしは生きてる……負けてないぞクソGM野郎……! モンスター如きが人間様に勝った気でいるんじゃない……!! ただのデータが人間に勝てる道理なんてない……!! ちょっと運良く攻撃がカス当たりして勝った気になるなよ機械風情が……!! テメェは人間様のモノマネイキリ芸人かよ……!!」
罵詈雑言を発していると心が元気になってくる。
力が沸いてくるような気がしてきた。
「対戦相手を煽るだけのオナニー低スペマシンめ! こちとら頭の天辺まで対戦沼に浸かって溺死しているハイスペJKやぞ!! ファッキンクソCPU野郎に負けるなんて、それこそただのピンキーコスプレをしている頭ハッピーセット女になっちまう!!」
気がしてきた――ではなかった。
実際に立ち上がり、格ゲープレイヤー特有の生き汚い表情を浮かべながらHPが満タンになっていた。
それを見た京太は驚きの声をあげる。
「桃瀬、お前どうして……!? いや、そうか! 格闘ゲームのシステム、二ラウンド先取制か!!」
京太は大事なことを忘れていた。
格闘ゲームは大抵の場合、二ラウンド先取で構成されている。
つまり一回倒されても、HPが満タンになって復活する。
立ち上がっての逆転劇があるのだ。
「さっきはテメェのCPUがフロッピーディスクくらいかと思って油断していた。実際はキーホルダーのミニゲームくらいはありそうだな! それじゃ……ピンキー、第二ラウンドいくよ!!」