GMとの戦闘
ボス部屋の中心に立っていたGMは、赤い全身甲冑を身に纏っていた。
普通のプレイヤーと見分けが付くように、特殊なオーラのエフェクトを漂わせている。
ゲーム内の最高決定意思である存在として相応しい格好だろう。
それを見て桃瀬は気圧されているようだ。
「うわぁ……、あれがGMなんだね……。メチャクチャ強そうだけど大丈夫?」
「一応の強さは解析情報があったから把握している」
「解析……?」
解析とは、ゲームのクライアントなどから情報を抜き出して閲覧できるようにしたものである。
基本的には違反行為などであり、決して褒められたものではないのだが、今だけはネットに転がっていたものを使わせてもらう。
ちなみにGMのドロップアイテムデータもそこで確認した。
「どうやら攻撃力は、元のゲームではカンストらしい」
「か、カンスト……? 9999とか、そういうデタラメな攻撃ステータスってこと?」
「開発のお遊びか、それとも緊急時に実際に違反プレイヤーをキルしていたのか……。そこらへんは元のゲームをプレイしていないからわからない。だが、一発でも食らえば俺たちなんて即死だろうな」
ネトゲにおけるGMとは、プレイヤーやモンスターなどと存在と同等のものではない。
別次元の存在なのだ。
専用クライアントから入力する公式チートで何でもできるようになっているし、実際にプレイヤーを倒さなくても行動を規制することなんて簡単にできる。
今回は手動入力する中の人がいないので、その公式チートは使ってこないと見ていいのだろうが、GMとしてのカンストステータスは非常に厄介だ。
その世界の最強の存在と言っても過言ではないだろう。
「ど、どうするの!? 京君!? 相手が攻撃する前に倒しちゃう!?」
「いや、俺に考えがある。まずはそれを試させてくれ」
「だ、大丈夫なんだよね……? 無茶はしないよね……?」
桃瀬は、かおるから『京太のこと頼みましたね~。こう見えて結構バカなことをするので気を付けてください~』と言われていたのを思いだしたのか、小動物のように不安げな表情を向けてきていた。
京太としては何とか安心させてやらなければならないだろう。
「心配するな、大丈夫だ」
「う、うん……」
「俺が相手の攻撃を全部避ければ問題はない。だから大丈夫だ」
「ぜ、全部避けっ!? 大丈夫に聞こえないよ!?」
「時間が無い、それでもやるしかないさ」
その言葉を聞いた桃瀬は、京太の覚悟を知った。
どんなリスクを負おうと、すべてはかおるのためなのだ。
ここで躊躇していては、命の砂時計がすべてこぼれ落ちてしまう。
「……わかったよ、あたしも出来る限りサポートする」
「ああ、たぶん桃瀬も大切な役目があるから、少し待っていてくれ」
京太はそう言うと、盾を持つ防御力重視の天騎士モードではなく、両手剣を持つ回避重視の背徳モードを選択した。
先ほども言ったが、馬鹿げた攻撃力に対しては回避しなければ即死だからだ。
『こんばんは、八王子京太さん』
京太が近付くと、GMが喋りかけてきた。
思わずビクッとしてしまう。
「もしかして、意思あるアバターなのか……?」
『私はGMです。貴方はGMに敵対行動を行おうとしています』
「俺たちはあんたが持つアイテムが必要なだけで――」
『これは規約違反のために永久にアカウントを停止させて頂きます』
GMは淡々と言葉を続ける。
どうやら京太の言葉は届いていないようだ。
「この世界には規約違反やアカウントなんてない。本来のGMの口調を機械的に真似ているだけのモンスターか……!」
『ご了承ください』
「それなら喋っている内に……!!」
京太は大剣を振り上げながら、そのままGMの懐に飛び込んだ。
急所に見える甲冑の隙間――首に対して一撃を加えた。
しかし、無意味だった。
ダメージ0。
「くっ、やっぱりモンスターだな、こいつ!」
異様な堅さで、体のどこの部位を攻撃しても鎧と同じ強度なのだろうと察した。
見た目など関係ない、全身がカンストの防御力というデータの塊なのだ。
その攻撃にヘイトシステム的な反応をしたのか、GMは眼を怪しげに発光させて語気を荒らげた。
『you BAN!!』
法の番人、絶対のルール、最強の逸脱存在。
世界の管理者――GMが、その荘厳なるオーラを纏わせた赤い大剣を振り上げた。
当たれば確実に死をもたらす一撃。
これに恐怖しない者はいないだろう。
元のグリムロックというゲームでは、回避というシステムがなかったので、この状況になったら即死を受け入れるか、死んだあとに蘇生で対処するしかないだろう。
なので――
「お前の知らないシステムで対処させてもらうぞ! スキル【神一重】!」
振り下ろされる赤い大剣、京太はジャストタイミングでスキルを発動させて回避する。
WROで数万回と繰り返した動作だ。
それにGMの攻撃モーションも解析で事前に調べているのでフレーム単位でわかっている。
「す、すごい……京君、完全に見切ってる……」
「死神の一撃とて、当たらなければ問題はない――【天撃】!」
回避と同時に、返す刀の形でカウンタースキルを発動させる。
しかし、今回も1ダメージすら与えられずに弾かれてしまう。
「くっ!!」
それでも【天撃】の特殊効果によってヘイトが溜まっているはずだ。
ヘイトとは――敵が誰を狙うかの指標になるシステムである。
攻撃や回復などのありとあらゆる行動で溜まるように設定されていて、猛烈な攻撃を与えるアタッカーや、ピンチの時に一気に回復するヒーラーなどが敵から狙われやすくなるのもこれである。
そうしてヘイトのたまった京太に対して、ダメージモーションすら見せないGMは、何事もなかったかのように赤い大剣で再び攻撃をしてきた。
「スキル【神一重】!」
京太も再び、それを間一髪の所で回避。
GMの攻撃は急所である首の動脈を掠める、カミソリのような刃。
ずっと続く濃い死の臭い。
打つ手なしの状況に見えるが、京太は逆にニヤリと笑みを見せた。
「さすがカンストステータスだな……。防御力が高すぎて、俺の攻撃が通らない」
「こ、こんなの倒せっこないよ!? いつか集中力が切れて京君が死んじゃう!!」
「その二つの内、一つは間違いだ。桃瀬」
「え?」
京太は先ほどと同じように攻撃を打ち込み、パターン化した攻撃を回避しながら淡々と話を続ける。
よっぽど場慣れしていないとできないような冷静さだ。
「たしかに俺が回避をミスれば死ぬ可能性はある。それは正しい。しかし、GMが倒せない? それは間違いだ。俺だけでは倒せないが、桃瀬――お前がいれば倒せる」
「あ、あたし? でも、こんな防御力が高い相手にどうやって……」
「最初に言ったろ。GMの知らないシステムで対処させてもらうってな」
「GMの知らないシステム……?」
「格闘ゲームの削りだ」
「あっ!?」
どうやら桃瀬は気が付いたようだ。
格闘ゲームの削りとは、ダメージをゼロにしてしまう〝ガード〟状態でも、必殺技などなら強制的に小さな割合ダメージを与えることができるシステムだ。
格ゲープレイヤーからしたら当たり前すぎて忘れてしまっているのだが、他のゲームジャンルからしたらかなり異色だ。
どんなに硬くなっている相手でも、削り殺せてしまう無限の可能性を秘めているのだから。
「わ、わかった! やってみる!」
回避し続けている京太から見えるGMの背中側、そこで桃瀬は格闘ゲーム特有のリズム感ある構えを取った。
ウサギが跳ねるような躍動感ある待機モーション、そこから小刻みに横移動としゃがみの動きをした。
きっとそれは格闘ゲームにおける、レバー操作による必殺技コマンド入力なのだろう。
何千、何万と繰り返してきたであろう精緻な動作を素早く行う。
「あたしにできるのは最速のコマンド入力! 食らえ!! 必殺技【ピンキー弾道昇】!!」
右、下、右下のいわゆる対空ワザコマンドを入力することによって、ピンキー弾道昇が発動した。
それは上空に向けて大振りな蹴りを放ちながら上昇する必殺技で、これなら背の低いピンキーアバターでもGMの顔面にヒットする。
「ダメージは!?」
「入っているぞ、桃瀬! これでいける!」
GMのHPバーが微かにだが削れている。
希望が見えた。
実は、京太はここまで『勝てる、できる』と言い切っていたのだが、それは不確定要素を見ないようにして桃瀬を――いや、自分自身の心が折れないために鼓舞していた面が大きい。
実際、桃瀬の必殺技で削りをできなかった場合、確実に詰んでいた。
これでかおるを救える希望が見えてきて、桃瀬には礼を言っても言い切れないのだろうが、今は止めておいた。
「桃瀬は桃瀬のできることだけに集中しろ」
「わかった!! 一番キツい盾の役目は任せた!!」
桃瀬は、ピンキーアバターが使える必殺技をいくつか試すことにした。
まずは先ほども使ったピンキー弾道昇。
これは対空ワザであり、ヒット数がいまいち出ないので削りには向いていない。
次にピンキー三連掌。
下、右下、右+パンチで出せる必殺技で、連続入力すると違うモーションで最大三コンボが繋がるというものだ。
攻撃力もそれなりの鋭いパンチモーションで隙も少ないのだが、現状ではそれをあまり活かせない。
あとは以前の雑魚戦で使ったピンキートルネードキック。
下ため上+キックで発生する回転蹴りなのだが、移動距離が大きすぎてGMの攻撃範囲まで移動してしまう可能性があるので使えない。
「……となると、これがよさそうかな……! 必殺技【ピンキー激烈脚】!!」
コマンドはとても単純なキックボタン連打。
それにより猛烈な連続蹴りが発生する。
隙は大きいが、ひたすらに攻撃判定が発生するので今回のGM戦には向いているだろう。
「削れてる!! 削れてるよ!! これなら……!」
「ああ、このまま順調にいけば――」
無敵かと思われていたGMも、攻撃を回避して、削りによって少しずつHPバーを減らしていけば倒せない敵ではない。
これで中に人間のいるアバターだった場合は何かしらの対処をしてくるのだろうが、今のGMはモンスターだ。
何も怖くない――そう思っていたのだが、京太は何か嫌な予感がした。
「なんだ……何か忘れている気がする……」
そのとき――突然GMが桃瀬の方に振り向いた。
「えっ?」
「まさか……ヘイトリセットシステムがグリムロックにもあるのか!?」
ヘイトリセットとは、ボスモンスターなどが何かの拍子に盾役が溜めていたヘイトを0にしてしまうシステムである。
今回は一定ダメージをトリガーとして、攻撃でヘイトを稼いでいる桃瀬にターゲットが移ってしまったのだ。
桃瀬は途中でピンキー激烈脚を止めることができない。
結果――GMの赤い大剣が桃瀬を斬り裂いた。
「あっ」
ピンク色を基調とした衣装ごと刃が貫き、肌を露わにしながらぼろ切れのように転がる。
大きく表示される冗談のような『YOU LOSE』という演出の文字。
桃瀬のHPバーは0になっていた。
即死だ。